2010年12月31日金曜日

ネット接続

 以下は昨夜書いたのだがネット接続が切れたままアップできなかったのでtxtで保存しておいたものです。
 それにしても、ネット接続が切れている場合、ネットでその情報が得られないのが何とも不都合です。昨夜のネット切断も、NTTなのか、プロバイダなのか、はたまたその先のどこかなのか、ちっとも判らない。困ったものです。


全国の文芸同人誌に掲載された秀作をインターネット上で、誰でもどこからでも読むことができるようにと開設した文学館に、昨夜、私が昨年同人誌に苦し紛れに載せた作品を推薦してきてくれた方がいる。
 うーん、困った。
 この文学館を始めるにあたって、作品推薦は自薦ではなく他薦ということと、もうひとつ、ほかならない自分の作品は載せないという決め事をして、それでスタートしたのだった。
 推薦していただいた方にはそのことをメールで率直にお知らせし、謝りました。

 年越し前に帰省した長男が帰京し、落ち着いたので、注連縄作りや餅つき。
 注連縄といっても簡単なごぼう締めで、自作するようになってこれで何年目だろう。相変わらず紙垂の作り方を忘れてしまって、ネットで検索して見て思い出した。
 餅つきは電動餅つき機なので、水に浸したもち米の水気を切ってホッパーの中に入れ、後は「蒸す」、「つく」のボタンを押すだけなので楽だが、時間は一回分が一時間ちょっとかかる。こんな簡単な機械にもわが家の♀ふたりはまったく手を出さないので、いつの間にか餅つきがわが責務になってしまいました。機械音痴を装っている方が特だよね。
 家の分2回、兄弟と親戚の分を2回で、計4回、ふう。



2010年12月28日火曜日

どうでもいいこと、大事なこと、一大事なこと

 不景気ながらも仕事はほぼ片付いたので、今日は「注連縄」作りをした。これで何年目だろう? といってもいちばん簡単な「ごぼう注連」を12本、作っただけ。紙垂も12枚作ったので、明日、ちょっと山に入って松の枝を採って来なくては。でも芯松を切るのはやめましょう、ね、って(誰に?)。

 感想を書かなければならない同人誌が2冊。どちらも全作品を読み終えてはいる。
 読んですぐに感想が書けるひとが羨ましい。
 関西のある同人誌、頂いてからかなり時間が経過しているが、まだ一作も感想が書けない。全作品でなくても、一作でも感想が書ければいいのだが、それさえ出来ない。実は全作品が物書きとして本気であり、かなりビビッドなので、安易な感想を書くのもどうかと気持ちが萎えてしまう。自分のお尻にきつく鞭を打たないと書けない。越年していい、書きたいのだけど。
 もうひとつ、関東の同人誌。三作くらいは感想が書けそうなのだけど、この期に及んではやはり越年してから............済みません。

 動画サイトに、ピアニストであるグレン・グールドが製作したラジオドラマで、孤独三部作と言われている「北の理念」、「遅れて来た者たち」、「大地の静寂」がそれぞれ6分割でアップロードされているのを発見。ヤッホー!!
 今月11日にアップされたばかりだ。
 CDで入手できないことも無いが、せっかくアップされているので、音声ファイルだけを録音しようと思う。
 いかにインターネットの世界がニュートラルで、国境も各国の法律も及ばないアナーキーであるにしても、著作権の問題からしておそらくじきに削除されて当然と考えた方がいいだろう。元来がラジオ・ドラマなので動画部分は不要(というか静止画が時々入れ替えられるだけだし)。
 英語のリスニング能力10%くらいなので、悲しいことにすべてのセリフを聴き取ることは出来ないが、もともと構成がポリフォニーで、いくつもの音声が重なるので聴き取ることは難しい。人間の声も列車が走る音も並列されて進行してゆく。
 その雰囲気は分るし、彼が音でどんな世界を構築しようとしたか、少しは解るだろう。

2010年12月27日月曜日

牧野信一電子文庫・閉鎖

 このところ日曜の度に蕎麦を打っているが、今日も2回戦。1回目はわが菜園の地主が地代を取らずに貸してくれているので、ささやかなお歳暮に手打ち蕎麦を添えて届けるために。2回目は年末年始に休暇の取れない長男が一足先に帰省したので、彼に一足早い年越し蕎麦を食べさせるため。
 しかし、悲しいかな、素人は打つ度に蕎麦が同じではない。今日の、ことに自宅の分は、どうも思ったより薄く延すことが出来なかったらしく、茹でたら蕎麦が妙に太く感じた。いつも600gで打つのを700gにしたのがいけなかったようだ。もっと薄く。
 ただし、水回しの際に蕎麦の香りが立ち上がって来るようになったし、食べて風味も甘味も感じるようになった。やはり製粉の仕方で風味も失せたり、残ったりする。粗碾きだと風味があり、粉が細かいとつながりやすいが風味が無くなる、そう言われているが、それだけの単純な話ではなかった。ソバの実のどの部分が風味が強いか、そこまで考慮して製粉しなければならない。ベストは鬼皮を剥いたむきみ(ぬき)をすべて碾き込む全粒粉であろうが、むきみにする機械が高いし、手間がかかる。 

 今日、たまたま久しぶりにアクセスしたところ、牧野信一電子文庫が2011年1月12日をもって閉鎖するという12月14日付けの告知があって、驚いた。確かに、青空文庫もあるにはあるが、お気に入りに入れてあったウェブサイトなので、さびしい。でも運営者の方、ご苦労様でした。

 そういえば、右サイドバーにブックマークとしてリンクを表示している「左川ちか全詩集」も、新しく全詩集が出たらしく、そのために閉鎖されてしまっていた(泣)。しまった、ファイルを全部DLしておけばよかった。
 どのサイトも永遠に続く訳ではないから、必要なテキスト・データはDLして保存しておくべきでした。

2010年12月26日日曜日

蟻の時間に近くなってきている

 寒い。冬は体を動かすことが少なくなるので、頭脳労働派でなく肉体労働派の身にはつらい。
 その上、この頃、妙に、眠っては起き、起きては眠る、その間隔が短く感じられてならないのは、気のせい? 蟻の時間に近くなってきているのかもしれない。



いつの間にか、こんなドキュメンタリーが5分割されてアップされていました。

2010年12月24日金曜日

Google Chrome

 firefoxを重く感じるようになってほとんど使わなくなっているので、その代わりにGoogle Chromeを使ってみようかと試しにインストールしてみた。確かに速いし、動画や音楽に強いというので、例の試聴サイトに行き、試聴してみた。あれ、日本語の広告が出るようになったが、曲をスキップする度に30秒ずつ待たされるのが無くなってスムーズに聴けるではありませんか。
 ということで、firefoxをアンインストールし、Google Chromeはそのまま使うことにしました。IEのタブブラウザであるSleipirが、通常のブラウザとしてだけでなく、Headline Readerも組み込めてRSSリーダーとして使うのもタブの切り替えひとつで済み、とても 使い勝手がいいのでふだんはほとんどこれを使っていますが、今後は動画と音楽はGoogle Chromeでということになります。

 そんな訳でGoogle ChromeでyouTubeを検索しているうちにこんな動画に遭遇してしまいました。決してマタイ受難曲をおちょくっているのではないので、笑ってはいけません。



わ、こんな本がありました。上の動画はこの翻訳を使っているんですね。読んでみたいような気が......(ーー;) 恐るべし大阪弁。

2010年12月23日木曜日

bien Vian?

「ボリス・ヴィアン伝」(フィリップ・ボッジオ・浜本正文訳・国書刊行会; 初版 2009/9/25)
 しばらく検索しないでいたら、昨年、こんな翻訳が出ていた。欲しい、が、3990円。むむ、今年のうちには買えない。来年になってから。
 こんな本もあった。
「ボリス・ヴィアンのジャズ入門」ボリス・ヴィアン (著), 鈴木孝弥 (翻訳) ・シンコーミュージック (2009/12/21) 、2940円。

 そういえば、「屠殺屋入門」が日本の古本屋に3冊も出ていた。8,000円、9,800円、15,000円。
一年以上検索し続けてようやく入手したのに、3冊も出ているなんて。やはり不況のせいか。

2010年12月22日水曜日

すべてが大事

 「銀座線」16号を送っていただいた。
 早速読み始めた。目次順ではなく恣意的な読み方。
 それというのも、目次を見て、この雑誌のひとたちの題名の付け方の上手なことに気づいた。若い頃に読んだ「ニューヨーカー短編集」みたい。
 しばらくまじまじと見入ってしまった。
 題名の牽引力の強い作品から読んでしまうという、相変わらずアマノジャッキー(何!!)な読み方、(ーー;)  (何ともややこしい、厄介なやっちゃなあ)

 どうもしかし、自分の書くものはとうてい年内に書き出せる雰囲気ではなく、この頃は書くことよりも読むことの方がずっと楽しい。
 生きることとと書くこと、そのどちらもが前に進むために必要な右足と左足の連動した歩行運動であるとするならば、書くことと読むことも同様に前へ進むのに必要な右足と左足の連動運動であるから、どちらもおろそかにはできない。
 そうは承知していても、やはり書くのは苦手だ。
 本来、自分は文学とはもっとも遠い人間だと思っている。
 今も、ソバだ家庭菜園だと、体を動かしていればご機嫌な単細胞にすぎない。にもかかわらず、もっとも不似合いな文学に足を入れてしまっている。文学をするには似つかわしくないほどの、繊細さとは対極の太くて本数少ないニューロン。
 小学校の頃、何が嫌いって、B4の大きな原稿用紙を渡されて作文を宿題にされたこと。そして音楽の時間。
 音楽の授業がある日はことさら意識的にそうしたのではなく、いつでも忘れ物をしていた。リコーダー、ハーモニカは必ず忘れて家まで持ちに帰らされた。運の悪いことに、わが家は小学校から歩いて数分の場所にあったので、忘れ物の意味はあまりなかった。いつも忘れ物を取りに帰らされる常連だった公平君は通学距離が遠くて、彼が忘れ物を持って学校に帰って来るのは授業が終わる時間だった。それがとても羨ましかった。

 お、思いきり脱線してしまいました。
 生きることと書くこと、読むことと書くこと、すべてが大事。




2010年12月21日火曜日

少し反省

 ようやく重い腰があがって年賀状作成。家人2人の年賀状、仕事上のものを先に作成して印刷を開始したが、じきにインクが「黒がない」という警告が出、それでも印刷を続けていたらまた「シアンがない」という警告が出た。そうか、「黒」がないと他のシアンやマゼンタなどを使ってしまうのだった。
 仕方なく、印刷はやめて自分のプライベート年賀状の作成にとりかかる。あちこちの無料テンプレートではダメなので、自分で作成したが、結局、数年前に使った浅間山の写真を図々しく再使用。風景はお天気次第でいつでも撮影できる訳ではないので仕方ない。自分で撮った写真だからいいけれど。
 今年は宣伝のために運営するウェブのURLを書き込んだ。

 露出症の気があるらしく、創作メモまでアップしてしまった、(ーー;) 少し反省。
 こんなに裸になってどうする?
 これでも書けなければ書けないのが私。書けたら、書けたのが私。

2010年12月20日月曜日

ここから作品が立ち上がるとは

 今日は妻が実家にお歳暮を届けに行くというので、朝食後ちょっと待たせておいて蕎麦を打った。妻の実家は人口がわが家の2倍なので二八で1kgを打った。通常は500gから700gくらいで打つことがほとんどなので、少し緊張した。やはり、こねて延すのは良かったが、切るのにもたついてきれいに切れなかった。2枚に分けて切れば良かった。
 道具を出したついでなので、従姉のW家にも700gを打ち、3回目に自分用にも700gを打った。これを4人前に分けて3人前は真空パック袋に入れて冷凍庫に入れ、冷凍保存実験。残る一人前は冷蔵庫に入れて明後日に試食してみる。なぜ明後日か? 宅配便で翌日配達になる東京へはすでに或る女性詩人にクール宅急便で送ってゆでて食べていただいてOKが出ているので、宅配便で翌々日配達の地域へも大丈夫かどうかという試験をするため。

 昨夜、創作メモが少し進んだ。しかし、パソコン内に書く創作メモはどうも不自由で、メモはやはりアナログな手書きが良さそうだ。夜中に目が覚めてふと書き留めたい時にパソコンではその都度起きてパソコンを起動しなければならないが、アナログなノートだったら枕元に置いておけばいつでも書き留められる。
 100円ショップで買った新書版のメモ帳が最初の「パソコン、各種設定記録帳」に引き続いて、「Rhubarb Memo」、「Soba&oyamabokuchi」、「家事農事全般メモ」、「冠婚葬祭覚書」など5冊あるのだが、かんじんの創作メモは広告の裏であったり、コピー用紙であったり、大概は消滅してしまう紙片で済ませて来た。昔、休まずに半年に一回ずつ律儀に書いていた頃には一冊の創作メモがあり、そこに書き付けられた意味不明の一行や数行からたいていの作品が書かれて来たのだが、掲載が休みがちになってからは創作メモが行方不明になってしまった。
 ということで、もう一冊、新書版のメモ帳を買って来て、今朝方の丑三つ時に紙切れに書き留めた創作メモを転記した。



 書き出しのイメージ。
 
 ある朝不意に、出海(いずみ)の臭覚器官を全面的に塞いでしまう悪臭が出現した。それは炭水化物とたんぱく質と脂肪とがいっしょくたになって、真夏の高温化で一斉に腐敗を始め、数日かけて腐熟化したようなきつい臭気だった。壁際のベッドの中で出海はここ数日の夕食のメニューを思い起こしたが、心当たりはなかった。昨夜はコンビニで買って来たハンバーガーしか食べていないし、一昨夜は280円の牛丼を食べてしのいだはずだし、その前夜は見知らぬ男に寿司店に連れ込まれたついでにホテルにまで連れ込まれそうになった。生ゴミなどないはずだった。

 これでは文体がまったくダメ。自分で悪酔いしてしまう。叙述の文体でことばをもっと必要最低限まで制限しないと。エクリチュール一本。

以下、メモ。
主人公、女性、28歳。名前「出海(いずみ)」。
 彼女が住む20世紀に建てられた古いマンションの隣室から異臭がする。やむを得ずマンション退去して、友人知人宅を転転とする。
 いわゆる住処を放り出されて都市をあてもなく彷徨=(ユリシーズ)せざるをえない女性が主人公。

 彼女は、たとえばサドのジュリエットであったりジュスティーヌである可能性もある。

彼女の職業、これが肝腎!! さて何にする? あるいは無職か、契約が切れたばかりの契 約社員?

 彼女はスタイル抜群だが、顔はその輪郭と目、鼻、口がどこかアンバランスで、いつでも困ったような、済みませんといったような表情をしている。いわば、昔使われたことのあるバックシャン(背中美人)といった感じ。女性の容貌のマイナス面をことさら描写するのはいかがなものかと思うが、そこで躓く訳にはいかない。
 その容貌のアンバランスを正直に告げて、故に背後から犯す男。
��おいおい、それはまたボリス・ヴィアンの「心臓抜き」の一場面のパクリに似ていて、前作で使ってしまっていますよw、やめましょう)

 5倍ズームカメラで覗きをする男。
「35倍でズーム出来て、その上、頭やハートの中まで透視できればいいのにね」
 これは彼女の言葉。
 男はたまたま街で知り合った年下の男だが、彼はやがて殺人行為を決行するに至る。

 女性性の聖と俗(「聖と俗」って昔流行して手垢が付いていますが......)。


 うーむ、メチャクチャなメモ。
 ここから作品が立ち上がるとは、到底、思えませぬが、とりあえずはメモ!!


2010年12月19日日曜日

羨ましい限り



 ジャズ・ピアニスト上原ひろみの動画をさんざん見た上に、例の試聴サイトでHiromi Ueharaで検索したらヒットしなかったが、ただHiromiで検索したらアルバムが2枚ヒットした。アメリカではHiromiで通っているらしい。その2枚、チック・コリアと演奏している「Duet」と「Jazz in the garden」を聴いた。チック・コリアとの競演もすごいが、後者のトリオも結構いい。
 若くて、才能があって、しかも楽しそうで、羨ましい限り。
 こんな風に楽しそうな顔をして小説が書けたらいいのに、ね、ね!!





 Sicilian Blue 、これ、彼女自身の作曲であるらしい。




 まだ一行も書き出せない。
 存在としてのイメージが固まらないだけでなく、人間としての現実的細部も決まらないからだ。
 後者が案外大事なのに、これまでおろそかにして来過ぎた。
 一応、臨戦態勢をとって手元にアナログの創作メモをおいているのだけど、まだ5行しか書き記されていない、ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ。年内に書き出さないと間に合わないぞ(と自分を脅してみる)。
 そうか、年賀状も何とかしないと。こちらも絵、または写真が決まらない。


2010年12月18日土曜日

誰が書いたのか

 もしあなたがどうしてもそれを知りたいなら言うのだが、わたしは本当は生まれないほうがよかった。人生とはくたびれるものだと思う。勿論、今となっては手遅れで、わたしには人生をどうする力もない。しかし、わたしの心の底には、生まれたことを悔やむ気持ちがいつまでも残るだろう。


 こんなことを、誰が書いたのか。
 「調書」でルノード賞を得た二年後に出した短編集「発熱」(高山鉄男訳・新潮社)で、ル・クレジオが9つの短編の前に「手紙―序文」という2頁の文章を置いていて、その冒頭の言葉である。
 この時、かれはまだ弱冠25歳だったはず......。
 その終わりに近いところでさらにこんなことも書いている。

 詩とか長編とか中篇小説などというものは奇妙な遺物で、もはやだれも、あるいはほとんどだれも騙されはしない。詩だのレシ(物語)だのをなんのために作るのだろう。エクリチュール(文体)、もはや文体しか残っていない。言葉によって手探りし、綿密にかつふかぶかと探求し、描き、現実にしがみつき、現実を仮借なく痛めつける文体だけがある。


 うーむ。

2010年12月17日金曜日

まさに鬼の霍乱

 今朝、デジタル文学館に作品推薦があったので、先ほどHTMLファイルとPDFファイルを作成し、リンクを張ってアップロードした。
 案外、推薦者が増えないので、こうして自分以外の作品を推薦していただける方はありがたい。

 昼頃に、ここ数日市販の風邪薬を飲んでいた母親が、昼食後ガソリンスタンドへ燃料を入れに行っていたら携帯電話に電話をして来て、熱が出て具合が悪いという。帰宅して熱を計ったらいきなりの39,1℃なので、慌ててかかりつけの病院へ連れて行き、受診。
 インフルエンザではなく、普通の風邪だった。30分ほどの点滴に解熱剤が入っていたらしく、本人はじきに楽になったらしい。
 しばらく前にこの病院にインフルエンザ・ワクチンの接種に来たのだが、その翌日から喉が痛いと言い出したので、案外ここで風邪に感染したのかもしれない。39度の熱を出すなんて初めてのことではないか。まさに鬼の霍乱。

2010年12月16日木曜日

私がぽっくり

 毎月15日恒例の赤提灯から帰宅したら、配偶者がいきなりE・M・シオランの「カイエ」(定価28,350 、1030頁)を古書で探してくれと言う。購入のあかつきには自分も便乗し読めると思い、必死になって検索した。
 最安値も何も、古書価格19000円のが一冊しかヒットせず。
 で、それを買うのかと思ったらネットで読んだひとの感想をいくつか読んだり、なぜかシオランが84歳まで生きたことを知って、購入意欲を喪失した模様。
 何とも人騒がせな。
 今後は自分で探して自分で注文してください。
 私がぽっくり死んでしまったら、どうするんですか?! と言ってみたがまったく効果なし、あわわ...(ーー;)
 まあ、シオランなど読まない方が幸せに決まっていますから、よしとしておきましょう。
 

2010年12月15日水曜日

スィッチ

 今朝も中途半端な時刻に目が覚め、先日送っていただいた創作集を開いたら、とうとうまるごと一冊読み終えて夜が明けた。
 どうもスィッチが切り替わってしまったらしいが、この期に及んでの読書モードは困ります。どうせなら創作モードをお願いいたします。

 9月に別のメーカーから35倍ズームのコンパクトデジタルカメラが発売されているのを知った。この機種は液晶モニターだけでなくファインダーもちゃんとついている。最近までウォッチングしていた機種は高倍率ズームなのにファインダーが無い、そのことに不安を感じて買わずじまいだったが、買わないで正解だったかもしれない。
 

2010年12月14日火曜日

気が遠くなってしまう(泣)

 昨夜から今朝にかけて、先日送っていただいた雑誌「現実と文学」」を通読。最近は、菜園での肉体労働が無くなったせいか妙な時刻に断眠があるので、そういう時は同人誌の作品を読む。おかげでこの頃、同人誌掲載作を読むのが捗っている。
 ただし、なかにはどうしても読めない作品がある。なぜかと考えていて、先ほど、センテンスが長くて修辞の多い文体のものが読み進められないことに気がついた。目が回ったり、気が遠くなってしまうのである。これも老化の証明かもしれない。
 そういえば、まだ「白鴉」25号の感想が書けていない。どの作品も今日的にvividな光景を描き出していてエネルギーを感じさせる同人誌なのだけれど、それに読者である私が負けてしまって、感想を書きたいのに書けない、そういう感じ。これも老化(泣)。
 もっとも私の偏向した読み方などあまりプラスにならないので作者に伝わらない方がいいのかもしれない。


 もう自作を書き始めていなければならない時期であるが、まだどんな人物を書くかも決まっていない。私の場合、ストーリーなどより先にこの人物が決まらないと何ひとつ動き出さない。厄介だなあ。
 dis-communicationを書きたいと思うのだが、会話の関節をずっと外してゆくというのはかなり難しい。

 そうか、もう次の表紙のイメージも考えておかなければならない。ボランティア編集の方の表紙も。ふたつはタイヘン。



毎度おなじみ......(ーー;)

2010年12月12日日曜日

〇△☐?三昧

 本日は、わが家かかりつけの歯科医院、先日長いもをたくさん頂戴したYさん、など三軒分の蕎麦を外二八の600gで3回に分けて打った。蕎麦を打つことより、道具を出したり片付けたりが面倒なので、いっそ三軒分を一気にということで、午前9時頃から11時半ころまで。まさに〇△☐?三昧である。
 今月初めに製粉した粉を使用したところ、それ以前のものより水回しの際に立ち上がってくる香りが強く感じられるようになった。ということは、玄ソバの問題ではなく、粉の碾き方に問題があったのだったと納得。
 同じ玄ソバでも碾き方で風味が変わる!!

2010年12月10日金曜日

読書と工作

 歳のせいか、最近ちょっと早めに就寝すると午前二時とか三時に目が覚めることがあって閉口する。昨夜もそうだった。無理に寝ようとすればかえって良くないので「木曜日」の十河順一郎『カプセルタウンからの脱出』を読み始めて、結局そのまま結末まで読んでしまった。
 ショーワ・ヘイセイ時代が1700年あまり前のことと書かれているから、近未来小説ではなく未来小説か遠未来小説とでもいうべき世界だ。ただし書かれているのはルチファーというひとりの女性をめぐる契約婚の夫、それとは別にルチファーをもてあそぶユーニと、その兄であるジュ-イによって展開される。ことにジューイは粗野な乱暴者で、弟ユー二からルチオファーを奪って自分のものにしてしまい、さらにルチファーの契約婚の相手であるアルヒーをあっさり殺してしまう。
 ジューイの粗暴な言動を見ていて、ふとW・フォークナーの粗暴な人物であるポパイのことを思い出してしまった。
 ジューイはガンであることが判明した母と眠らせたルチファーとロボットR7とともに飛行車に乗ってこの国を脱出、太平洋の地底と水中に都市を建設している島国をめざす。
 ボリス・ヴィアンやアルフレッド・ジャリに慣れ親しんだせいか、こういう荒唐無稽も嫌いではない。ただし、時代がなぜ昭和・平成から1700年(17世紀後!!)に設定されたのかがいまひとつ解らない。むしろ現代の設定でこの人物たち、このストリーで書いたとしたらどうなったか?そんなことを考えた。
 それから、もう一点、読み始めは弟ユーニが主人公であったはずなのに、いつの間にか転轍機が切り替えられたみたいに兄ジューイが主人公の小説になっていた。このことにちょっと違和感を感じた。




101209sobakirihoutyo.jpg 蕎麦切り包丁の鞘と柄がほぼ形になった。鞘はもう少しカンナとやすりをかける必要があるし、柄も白木のままでは汚れがしみこむので塗装をしなければならないが、以前こね鉢の塗装に使ったカシューが残っていたので塗ってみた。色が薄いので、最低でも3回くらいは重ね塗りしないと色合いも艶も良くならない。
 ちらちら雪も舞い始め、厳寒の地では家庭菜園も3月まで用はないので、この冬は工作でもして過ごそう。
 

2010年12月9日木曜日

信じられないほど上手になった

 文芸同人誌案内掲示板で、読書人と図書新聞の同人誌評に「出現・創刊号」が取り上げられているのを教えていただいた。読書人は11月16日の号だからもう書店には無いだろうが、図書新聞は12月11日号だからあるはずなので書店に行ってみよう。でも昔と違って田舎書店は読書新聞など置いてないかもしれない。あ、セブン・ネットショッピングではもう品切れ......

 蕎麦切り包丁の鞘を作ったら、取っ手にただ紐を巻いてあるだけの包丁なので木の柄を付けたくなった。紐が巻いてあるだけだと、蕎麦を伸ばしてから切りに入る時に丁寧に手を洗わないと紐にソバ粉がくっついて忽ち汚れてしまう。
 それが気に入らないので木で柄を付けたい。
 夕方、ホームセンターへ走って、今度は朴を買って来た。一本の材に包丁の柄の部分が入る溝を彫る道具など持ち合わせていないので、二枚の朴を貼り合せることにし、夕食後に二枚を柄のサイズに合わせて切り出し、それから柄の中に入る包丁の柄の部分が納まる3ミリの凹を二枚で1,5ミリずつ、彫刻刀で彫り始めた。手彫りで3ミリというのはそう簡単には彫れない。9時半頃まで彫っていて、ようやくもうちょっとでピタッと2枚の朴が包丁の柄の部分を挟み込んで見えなくなくくらいになったので、後は明日と思ってひょいと鞘から出した包丁を動かしたら、左手の親指に触れた、と思ったらまた切れました......。この頃、包丁の研ぎ方が信じられないほど上手になったらしい、(ーー;)

2010年12月8日水曜日

工作続き

 昨日と今日、時間をやりくりしてTさんの玄ソバ20kgと自分の最後の20kgを製粉したので、ジグソーを取り外した電動ふるい機をダンボール紙で包んで物置の棚に保管した。製粉機をエア・コンプレッサーで掃除するのは明日にする。
 夜になって、電動ふるい機から解放されたジグソーに木工用の刃を装着し、その予定で購入してあった桐の集成材の6mm厚の板をL型に切断。ボンドで接着して蕎麦切り包丁の鞘を作った。切り口などはまだそのままなので、明晩、仕上げのカンナとやすりをかけることにしよう。本当は朴の木で作りたかったが、朴は3mm、5mmといった薄い板材は販売されていなくて、1cm以上のものばかりだった、残念。

2010年12月6日月曜日

何を大移動?

 仕事も休み、菜園もすでに片付いてすること無し。昨日の続きで、電動ふるいの外箱の手前と向こう側に3cm、4cmの角材をボルトで固定し、その角材の部分にクランプという上下から挟んで固定する道具を使って、作業台としている横長の会議机に2ヶ所ずつ4個取り付けて固定した。これで、電動篩い機自体は会議机に固定されて、両手が使える。会議机自体の振動は、左右の端に20kgくらいの荷物を置くことでだいぶ改善された。
 昨日は机の上に置いたものが振動で踊って、そのうちに落下してしまった。
 専用の台を作って固定してしまえばいいのだが、収納場所を考えると使う時だけ固定する方式の方がこじんまりしていていい。
 そうこうしているうちにTさんが今年の玄ソバを製粉してほしいというので、Tさんの家まで持ちに行き、時間に余裕があったので循環式精米機で玄ソバの「磨き」をしておいた。といっても、精米機のホッパーに玄ソバを入れ、抵抗ゼロにして20分ほど回しているだけだが、土埃やら萼やらのゴミが両手で持ちきれないほど出る。玄ソバがピカピカ光るようになった。

 午後、妻の買い物に同道。評判のいい地元スーパーに行ったら、さすが、他の安売りスーパーには無かった「スター・アニス」のミニ袋(スター・アニス2個で、レシピの必要量にぴったり)があったのでひと袋購入。レシピに書かれたシェリー・ビネガーが見つからなかったので、適当にワイン・ビネガーとリンゴ酢のどちらかにしようと自己判断したが、結局、前者の小瓶を購入。米酢は家にあるもので済ませられるから買わなかった。
 帰宅後、細めの赤茎rhubarbだけを選んで3cmの長さに切り、酢、砂糖などの材料を鍋に入れて沸騰させ、それをrhubarbの茎を入れた別の鍋に注いだ。
 レシピに書かれているpourという言葉が、翻訳ソフトやweb翻訳で「大移動」と訳されていて、何を大移動させるかチンプンカンプンだったが、どうやら、「注ぐ」が正解らしい。(もっとまじめに英語を勉強しておくべきだった)
101205rhubarbpickles.jpg ピクルスというものは、生の素材を漬け込むものと思っていたので、熱した酢主体の液体を注ぐというのがイメージできなかったのが混乱の元だった。だいたい、キュウリやトマトのピクルスくらいしか口にしたことがないので分らない。ラッキョウの酢漬けだって、生のラッキョウを漬けるのだろうし。ま、おじさんが妙なことに首を突っ込んでいるのだから仕方ないが、適当に空いていたガラスビンに入れたら、何となくピクルスっぽくは見える。作業中にこれまで嗅いだことのないような匂いが漂ってきたが、これがスター・アニスの匂いか、ふうむ。
 これでしばらく冷蔵庫に入れておけばいいのだろう、やれやれ。



 夕食時に、昨日製粉したソバ粉でつなぎを使わず十割で打ってみた。予測通り、60メッシュ以上にしたら、ちゃんとつながった。「私は十割蕎麦を打っています」などと自慢げに言うことも無い。やはり、粒子が細かいソバ粉を使えばだれでも十割蕎麦は打てるのだ。
 しかし、どうも食感は二八の方がいいような気がするので、次回からはまた二八に戻す予定。
 今年の蕎麦は昨年のものに比べて風味が劣るような気がするが、気のせい? 昨年は新蕎麦の時には水回しの時には緑がかった色をしていたのだが、今年はそれが無い。風味といえば味と香りをふくめた感覚であろうが、今年の蕎麦は、味はともかく香りが弱い。香りの無い蕎麦は貧弱である。
 雨に祟られて、刈り取りから脱穀まで2週間もかかってしまったせいかもしれない。八月、九月の異常高温のせいかもしれないし、原因は判らない。むずかしい。

2010年12月5日日曜日

「木曜日」27号

mokuyoubi27.jpg 昨日、よこいさんから送っていただいた「木曜日」27号(11月30日発行)、昨夜のうちに長めの二作を除く小説4作を読んだ。
 よこいさんの「墨中遊行」、最後の男との会話の部分、13行が惜しかったような気がする。この13行が別のものであったら、作品の様相が一変していたかもしれない。
 菅原英理子さんの「羽あるもののメッセージ」は、前号の作品「掌の上の恩恵」に感心してデジタル文学館に推薦させていただいたのだったが、この作品も文体に無理が無くて、他者の言葉を読むという一種の呼吸作用が自然に出来、実に心地よい文章で書かれている。題名にあるように、こどもの頃にまで遡って、黄金虫など虫のことなど些細なことが書かれているのだが、場面ごとに印象が深い。楽しみな作者である。
 「或る夏の朝」はタイトル、作者名に大きく場所を取ってもなお見開き二頁だけの掌編だが、ふと内田百閒の「旅順入城式」という短編の幻想を思い出させられた。あり得ないはずのものを現前させることができる。これは文学の大事な力のひとつだと思いました。

 長めの二作はこれから読ませていただきます。




電動化成功

 12月に入ったので、朝のうちに妻の車のタイヤをスタッドレスに交換してから、玄ソバ20kgの製粉にかかる。「スピードコントローラ」が午前中に代引きで配達されるはずだが、製粉機に一回かけて、そば殻だけは手で篩い出しておこうと考え、先に作業を始めたが、ちょどそば殻を篩い終わった頃に「スピードコントローラ」が到着。早速電源に接続し、その「スピードコントローラー」にジグソーのコンセントを差し込む。そしてジグソーの無段変速の方は最高にしておき、「スピードコントローラー」のダイヤルを3にして電源をON。ちょっとまだストロークが激しいので目盛り3より更に下げると、だいたい良さそうな感じですが、それにしても振動が激しいのでこんな事務机の上に置いただけでは落ちてしまいそうで、専用の台を作り、しかも何か重りをつけないとダメです。
 しかし、この振動の仕方、じっと見ているとぷっと吹き出してしてしまいそう。
 妻が今年になって購入したデジカメがHD動画まで撮影できるので、ちょっと借りて撮った動画をアップしてみました。
 とうとう、YouTubeデビューまでしてしまいました、(ーー;) 何とも粗忽な......



 蕎麦粉の方は、玄ソバ20kgからソバ粉が1kgで14袋出来ました。

 ソバ粉は、粒子が細かい方が蕎麦が打ちやすく、つながりやすい。
 他方、風味を感じるのは粒子が細かいソバ粉より粗いソバ粉の方だと言われています。つまり、打ちやすく風味のある蕎麦というのはなかなか成立しにくい。矛盾してしまうのです。打ちやすいようにソバ粉の粒子を細かくすれば、風味が失われる。風味を重視して粗碾きの粉にすればつながりにくくなって、短く切れてしまう。
 打ちやすく、しかも風味を感じさせる蕎麦が打てるソバ粉。
 篩いの電動化で何となくそういうソバ粉のイメージが湧いてきました。
 今日のソバ粉で、明日、十割蕎麦に挑戦してみよう。多分、うまく行くはず。


2010年12月4日土曜日

泥沼?

 先週、従姉から、便秘解消にいいらしいのでにRhubarbを採らせてほしいと電話があったが、その後忙しくて採りに来たのか、来ないのか、不明。
 庭先に野菜クズなどが大量にビニール袋に入っていたので、夕方、菜園の隅に掘った穴に捨てに行って、Rhubarbがある一角に行ってみた。もうほとんど凍みてしまっているが、下部の中央でまだピンとしている若い茎もあり、赤くて細めのものを採取してレジ袋に入れ、帰宅、計量したらちょうど1kgあった。これでRhubarb Picklesを作ってみようと思ったのだが、滑り込みセーフか、それとも、もう繊維がふにゃふにゃしていてダメなのか、とにかく試行。
 といってもPicklesの作り方など知らないからネットで検索。日本語ではなく英語で検索するとレシピが見つかった。
 「シェリー酒の酢」とか、見つけるのが面倒なのでリンゴ酢とかで代用しておこうと思うが、star aniseというのが分らないので調べたら大茴香(だいういきよう)の果実を乾燥させたものだという。ほんとに星の形をしている。こんなものが、田舎のスーパーマーケットの棚にあるかどうか、明日、のぞいてみよう。この頃は結構、都会も田舎も同じ品揃えで置いてあるのである。




 電動ふるいシステム(というほど大袈裟なものではないが)はほとんど完成に近いが、どうも購入した電動ジグソーの無段変速がほとんどあてにならないことが判明。ジグソーの往復運動が0~3200回(1分あたり)と表示されているものの、そんなに回数が落ちない。動きが激しすぎてジグソーに取り付けたブレードの形に似せた金具が破壊されそうで、慌てて停止させた。
 やはり、スピードコントローラーが必要か。
 スピードコントローラーは電動工具の回転を無段階にコントロールできるらしい。
 ただし調べてみるとブラシ・モーター以外には使えませんと断り書きがしてある。ジグソーの仕様書をみると「単相直巻整流子モーター」と書かれている。整流子はブラシとセットであろうから、使えそうであるけど、使い物にならない無段変速が邪魔にならないかと調べてみたら、無段変速ダイヤルを最高の回転のところにもっていっておけば大丈夫らしい。
 ということで、さっそく注文。三十分後に代引きで発送したというメール着信(速い!)
 しかしこのコントローラーも使いものにならなかったらどうしよう。泥沼?




 「木曜日」27号、拝受。





 記録するのを忘れていたが、11月30日に、同人誌の仲間へ同報メールを送信。
 その1は、締め切りが1月末日ということ。
 もうひとつは、会計の残高が多すぎるので、来年、2011年度は月額1500円の同人費を徴収せず、残高と頁割り負担金のみで発行しますという連絡。
 版下を製作して印刷製本だけを依頼するようになってから、印刷代が安くなってだんだん残高が多くなってしまった。このあたりで少し調整しておかないと。
 2012年度以降も月額1500円は要らないので、半額か、せいぜい年間10000円くらいに値下げすべきであろう。

2010年12月3日金曜日

重宝な道具

 自宅の野沢菜はすでに一週間ほど前に漬けてしまい、菜園もすでに管理機ですべて耕してしまったのだが、母親が友だちの家で野沢菜の醤油漬けをご馳走になったらおいしかったので私も漬けたい、どこかに野沢菜がないかと言う。仕方なくTさんの携帯に電話すると自分は昨日採って今漬けているところだが、まだ畑に沢山残っているので、必要なだけどうぞという。昼食後、母親を連れてTさんの畑へ行き、30分ほど野沢菜採りをした。醤油漬けだが酢が入るので、これはこれで結構おいしい。

 それから仕事に出て、夕方、帰宅前にホームセンターに寄り、L型金具や厚さ1mm幅18mm長さ120mmの鉄のプレート、ボルト、ナットなどを購入。
 夕食後、既に買ってあった杉の板材をジグソーで切断し、内箱と外箱の底板以外の4枚の枠板を金具と木ネジでとめて箱の形にする。

101202uchibakosotobako.jpg

 それからさらにジグソーと篩が載る内箱を連結する部品の製作。
 買って来たL型金具と厚さ1mmの鉄製のプレートをネジで連結し、その反対側、四角で囲んだ部分を、下のジグソーの刃の丸で囲んだ部分の形にするために、黒く塗りつぶした部分を切断し取り除く必要がある。この先端部分をジグソーに取り付けるので、出来るだけジグソーの刃にそっくりにしなければならない。
101202rennketsukanagu.jpg
 電気ドリルに金属切断用のディスクをつけてそれで切断するつもりでいたが、よく考えてみたらジグソーが木工50mm、鉄工3mmまで切断できることになっている。プレートは1mmだから間違いなく切れるだろう。細かい作業なので、切断は明日に明るい場所で行なうことにする。

101202jigsaw.jpg

 それにしてもこのジグソー、篩い作業を電動化するために2500円で購入した新古品だが、篩い機の動力源として使わない時は外して、木の板や鉄板、プラスティック板などを切断したり、結構重宝な道具ではあります。

2010年12月2日木曜日

疲れました

101201hegisoba.jpg

 五人前注文し、三人で三通りずつ食べて、結構満腹。
 味については、自家栽培・自家製粉のソバ粉100%と比べること自体が無理なので、ここでは書きません。
 帰路は往路とは別のルートをとって上越方面から帰り、途中の鮮魚センターで「ふのり」を胆石持ちの家人のために、自分のために「かんずり」を買う。「かんずり」は雪で晒した唐辛子に麹と塩、柚子を混ぜて醗酵させ、更に寝かせたもので、辛味調味料。
 昼食時以外、ほとんど車に乗っていたので疲れました。
 
 秋山郷は途中の津南町からさらに東へ10kmほど入った場所にあり、ついでに立ち寄る場所ではありませんでした。
 でも、飯山線沿線でも結構農村の原風景を思わせる家々がそこかしこに広がっていて、いい光景でした。




 帰宅したら、無段変速ジグソーが届いていた。いよいよ、明日から少しずつ電動ふるいシステムの製作にかかる。早く製作しないと、前回製粉したソバ粉があちこちにあげてしまってだいぶ減ってしまったので、2回目の製粉に間に合わない。

2010年12月1日水曜日

どうか、秋山郷で

 夕方、ホームセンターに寄り、外箱、内箱を製作するための板材や戸車とレール、ネジ、ボルト、ナット、鬼目ナットなどを購入。板材が案外高くて合計で4000円を越えた。内箱の下に丸棒でコロを作って内箱を支える予定だったが、単純な往復運動なので戸車とレールで対応させることにした。ただし、ジグソーの動きが激しいと脱線するかもしれず、その場合はより原始的なコロの方が良いのかもしれないので、丸棒でコロを作成する準備はしておく。
 昨夜落札したジグソーを今日発送したというメールが着信。
 ということは、明日、代引きで配達になる。
 速い!

 そうだった、明日は越後の十日町へ「へぎ蕎麦」を食べに行く日だった。「へぎ蕎麦」が喉越しが良いのはつなぎの「フノリ」の効果であるし、オヤマボクチ蕎麦にコシがあるのはオヤマボクチの効果であるし、オヤマボクチ蕎麦の喉越しが良いとすれば打ち粉に
 ルートは飯山から秋山郷を越えて行くのだったらいいのだが、どうだろう。
 へぎ蕎麦もだが、秋山郷や飯山のオヤマボクチ蕎麦にも未練がある。同行者たちは昨年私を誘わずにオヤマボクチ蕎麦を食べに行っているので(!!!)今回はパスであろうけど。オヤマボクチ蕎麦は要りませんから、どうか、秋山郷で時間を下さい。
 (念のため、持っているデジカメ2台、持って行こう。それにしても、30倍ズームのデジカメ、欲しかったなぁ)

2010年11月30日火曜日

無段変速つきジグソー

 ホームセンターへ行って電動工具売場でジグソーを見てみたが、安いものでも1万円前後なので、ネットのオークションで買うことにして帰宅し、夕食後に検索。
 ジグソーであれば何でもいいのではなく、無段変速という機能がついている機種を選んだ方が良さそう。無段変速だとたとえば1分間に0から3200回という風にそのストローク(往復運動)回数をダイヤルで調整出来るらしい。無駄変速でない機種は1分間に3000回とか固定されているのである。
 それでは少し都合が悪い。
 ストローク(往復運動)があまり激しすぎてもいけないので、やはりふるいに適したストローク数に微調整出来るに越したことはない。
 ということで、未使用だが現在販売中ではない旧型、いわゆる新古品を2500円で落札。
 あとはジグソーの刃を取り付ける部分に合うように鉄の板をいかに加工し、ふるいを収める箱に固定するか。金属を加工する工具があまり無いので、自力でダメな場合は従姉の夫で金属化工業を営むSさんの工場へ行こう。
 それ以外の木枠などはサイズなど大体決まった。次にすべきは、木材や金具の買出しである。

2010年11月29日月曜日

文系頭の怪しい工作

 午後、Tさんの2009年産玄ソバを製粉してみた。暑い夏を経験した玄ソバなので、虫の食害やカビ、異臭など無いか心配だったが、十分に磨きをかけてから観察、匂いを嗅いでみたが先ず大丈夫らしいので製粉してみた。
 正確に計るのを忘れたが玄ソバ18kgくらいで、12,2kgのソバ粉と1,4kgの甘皮粉が取れた。1kgずつ脱酸素剤を入れてガゼット袋に封入。
 しかし、先日自家用だけでは余ってしまうので玄ソバを60kg、Tさんのも60kg、製粉会社に売りに行った時に売店の陳列台を見たら、2009年産ソバ粉が1500円のものが750円と半値で売られていました(泣)。

 江戸流の白いソバ粉に物足りなさを感じているので、もう少し丁寧に製粉しているせいもあるけれど、それにしても自家製粉は時間がかかりすぎる。
 それも、尺二寸の丸い篩で手で篩うのでは腕は疲れる、粉が舞って自分が被ってしまう、篩う時間も結構かかると、三拍子そろって最悪なのである。市販の電動ふるい機もあるが、12万円台で個人の道楽としては手も足も出ない。

 そこで、何とか電動化出来ないものかと考えはじめた。
 当初はモーターの回転を往復運動に変える方法を検索していたが、そんな面倒なことをしなくても電動工具のジグソーが最初から往復運動をする仕組みになっているので、あれを使えば電動で篩を揺動できるではないかと気がついた。
 そう思って、電動ふるい機・ジグソーで検索したら、もうジグソーを動力にして電動ふるい機を製作している方がおられました。
 これ
 音が騒々しいのとその往復運動がいかにもせわしなくて笑ってしまうのはいたし方ありません。
 同じジグソーでも無段階でスピードをコントロールできるジグソーもあるらしいので、それを使えば篩いの動きもある程度コントロールできそうなので、是非とも電動化をしたいと考えています。ただし、新たに四角い網を作るのは面倒なので、あくまでも現在使用している直系が尺二寸の丸いふるいをセットして篩えるような仕組みにしたいと考えています。外側の枠の下部にはベルトコンベアのような丸棒を五本くらい並べて、その上で、内側のふるいと粉受け容器をセットした箱を前後に揺動するようにしてみよう。
 手書きで簡単な図面を書いてみた。電気、機械に弱い文系頭なのであまり精密ではありませんが。

2010年11月27日土曜日

小説には毒気が必要

 秋も終わり。ようやくいろいろな仕事が片付いて来た。人参、総太り大根、ねずみ大根、野沢菜につづいて下仁田ネギ、長ネギの収穫を最後に、家庭菜園、蕎麦栽培地も耕せばいいだけになった。
 そういえば、先日大根やネギを採りに来た従姉が、便秘対策にとすでに霜でグニャリとなっているルバーブ(ネイティブな発音ではルーバーブ)のなかからまだピンとしている茎を少し採っていったらしいが、砂糖漬けにするつもりが少し火にかけたら溶けてジャムになってしまったけど、とてもおいしかったので、もう少し採らせてもらっていいかという電話。
 薬用ダイオウもだが、食用ダイオウであるルーバーブにもその豊富な繊維のせいか、あるいは蓚酸などの他の成分に拠るものなのか、便秘の解消=健康=美容となるらしい。ただし、だからといってルーバーブ・ジャムなどでは毎日接種しては含まれる糖分でもって糖尿病になってしまう懼れがある。この酸っぱい繊維だらけの植物を、どうしたらそういう弊害無しに摂取出来るかと考えていて、ふと「ピクルス」を想起していた。そこで「ルバーブ・ピクルス」で日本語検索したら一件ヒットし、さらに英語で検索したらぞろぞろヒット。そうでした、ピクルスだとジャム同様にビンに保存できるのでした(アイデア、閃き)。

 その後まもなくT屋さんからも電話があり、何と物置から昨年の玄ソバが一袋20kg出て来たけど製粉できない? って。え? む、虫が食っていません? (ーー;)
 とりあえず磨きをかけてみることにして、T屋さんの物置からその紙袋を持ち出して来て、循環式精米機で磨きをかけてみた。そして、殻がむけた蕎麦の実を噛んでみたが蕎麦の味も風味も感じられなかったのでこれはダメかと思ったが、殻がむけた蕎麦の実を3個まとめて噛んでみたら蕎麦の味も風味も感得出来たので、暇を見て製粉してみよう。 

 そして午後、さらに高校時代の同級生から電話があり、来週、越後の十日町へ「へぎ蕎麦」を食べに行くけど行かない? とお誘いを受けた。「へぎ蕎麦」は海藻のふのりをつなぎにした蕎麦である。
 行ってみよう。
 以前、オヤマボクチに手を焼いてフノリをつなぎに蕎麦を打った記憶がありますが.....でも、あれ、.美味しかったけ?




 先日から読んでいた同人誌、ほぼ読了したが、感想が書けない。
 若い作者が多いのだろう、作品の印象が良くも悪くもVividで少し毒気に当てられたらしい。いつのまにか自分が年老いて枯れてきているからこそ感じる毒気であり、かつては自分だってこういう毒気が芬々としていたに違いない。
 いや、そうでなくて、小説には毒気が必要なのだ。毒気のない小説など気の抜けたサイダーより不味い(なんちゃって)。
 出典が見つからないので困っていますが、三島が太宰の小説を評するのに用いた「赦す作家と責める作家」という概念に即して言えば、責めるからこそ毒気が生じるのだし、こういう存在でしかない人間を赦そうと思えばどこまでも赦せる。
 文学はこういう存在でしかない人間を赦して癒しもし、同時に責めもする。そのどちらを文学の本道とするかは、またひとりひとりの判断に委ねるほかないだろう。
 少し時間を置かないと感想が書けないみたいだ。


2010年11月25日木曜日

ファインダーが無い

101124asamakansetsu.jpg

 知らないで車を走らせていたら、浅間山の頂上付近が雪で白くなっていた。
 朝出かける時にはカメラを持っていなかったので昼食後の撮影で、少し霞んでいます。朝だったらもうちょっときれいに撮れたはず。
 そういえば、このカメラの後継機種で光学30倍ズームが出ているのだけど、液晶モニターだけでファインダーが無くなってしまったので購買意欲が失せた。太陽を背にして撮影するのに、明るい場所では液晶モニターでは被写体がよく確認できないし、液晶モニターは保護シールを貼っていても結構擦り傷が付いて見にくくなる。また携帯カメラのアウトカメラの透明なプラスチック・カバーにも擦り傷がついて、写真を撮るとなんだか紗をかけたようにぼんやりと白っぽくなり、最近は携帯カメラでは写真を撮らなくなった。24回払いの分割払いが終了したが、その頃にはこういう不都合が生じて来る。

 そういえば妻が買ったデジカメにもファインダーはない。普通のデジカメにファインダーが無いのは今はあたりまえかもしれないが、30倍ズームのカメラにファインダーがないなんて、ちょっと不都合。光学30倍にデジタル5倍、合計150倍で月を撮るとクレーターまではっきり写ってすごいのだけど、そんなカメラにファインダーが無い!?!
 来春のモデルチェンジでファインダーが付けばいいのだけど。

2010年11月24日水曜日

眠い

 この頃少し体にきつい仕事をしているせいか、夜は早くから眠い。
 先日送っていただいた関西の同人誌を読みはじめた。われわれより若い世代の雑誌で、どの作品も気合が入っていて面白いのだが、その分、読むのに疲れる。感想を書ける作品がありそう。

 ネット・オークションで「石抜き機」と「穀物水分測定器」が出品されていて、どちらも玄ソバの加工にあれば便利なものなのでウォッチングしていたが、前者は4万円台、後者も1万円を越えてしまったので、見ていただけ。ほかに玄ソバの皮むきに使えそうな籾摺り精米機の中古が格安でスタートしているが、これも終了間際に入札価格が跳ね上がるだろう。

2010年11月22日月曜日

今日は羊になって運転手

 今日は、ある方が建てられた別荘の場所を確認したいということで、家人の執事兼運転手として車を運転し、信濃追分から軽井沢方面へ数時間のドライブ。
 学生時代に信濃追分でふた夏、住み込みのアルバイトしたことがあるので、別荘は信濃追分駅からそう離れていない場所ですぐに見つかり、さっさと任務完了。
 来たついでなので、近くにあるはずの古書店に寄ろうとしたが、ネットでみた場所がうろ覚えで見つからず、断念。家人が軽井沢雲場の池方面へというので東に向かったが国道は中軽井沢より手前から渋滞しており、渋滞は苦手なのでUターン。
 メルシャン美術館の庭を散策し、隣の町営施設で山下清の東海道五十三次シリーズの展示を見、常設の縄文・彌生時代の土器を見た。その後遅い昼食をいただいて(何だ、お昼をご馳走しますって言ったのに、普通のファミレスですか)帰宅。
 せっかくの休日なのに、奇妙な数時間でした。


2010年11月20日土曜日

またまた男子厨房に入り

 過日製造した赤いルバーブ・ジャムを、酸っぱいものが苦手な母親がパンに付けて食べて、「あれ、そんなに酸っぱくなくておいしい」といい、ヨーグルトにかけて食べてまた「おいしい」と。え? 緑茎のルバーブ・ジャムを口にして「おお、酸っぱい、こんなジャム、いやだ」といったじゃありませんか。その上、「酸っぱくないし、あの草臭い味も無くなって、とてもおいしいし、美容と健康(=便秘)にいいっていうから、たまたま食べてみようかな」って。
 慌てて夕方家庭菜園に行って、霜が降りたり気温がマイナスになったりしてかなりぐったりしているルバーブのなかから、外側の茎に守られてそれでもまだ生きているらしい茎の中から、赤いものを選んで採取して来た。計量したら4,4kgあったが、多すぎたので、とりあえずは2kgを洗って刻んでその80%の砂糖を混ぜておいた。そして夕食後にまたまた男子厨房に入り、ジャムだかコンフィチュールだか知らんが製造した。
 少しなめてみると、確かに酸味が突出せずマイルドな味わいで、しかも、確かに草臭さが消えていて実においしい。

 何とも食い意地の張ったおじさんであります。

2010年11月19日金曜日

熱しやすく深入りしやすい

 11月7日に注文してあった「常陸秋そば―育種・栽培・流通・製粉―」(浪川寛治・茨城新聞社)が今日ようやくコンビニに到着した。いかにネット・ショップとはいえ、在庫がなくて版元から取り寄せのものはこれくらいの日数がかかるのはいたしかたない。
 早速読み始めたが、三年かけた育種の方法の詳細が書かれていて参考になった。また、以前購入したソバ栽培のテキストに比べても、育種、栽培、流通、製粉のどの章も丁寧に細かい部分まで書かれていて、うれしくなってしまった。製粉の章も少し覗き見したら、やはり風味とつながりやすさとソバ粉の粒子の反比例な関係が、考えていた通りに書かれていて納得。
 また、蕎麦を打ちたくなって来ました。
 熱しやすく深入りしやすい危ない性格ではあります......(ーー;)

2010年11月18日木曜日

やはり近未来?

 パソコンで様々な作業をしながら、久しぶりに詩・arthur rimbaud、曲・Hélène Triomphe、歌・Colombe Frezin「 L'etoile a pleure Rose」(2分49秒)」をしつこいほどリピート再生した。

 誰の目にも惚れ惚れとするような虚構上の主人公などというのを夢想している。そんな、現実では存在しえないような存在。ふとアンドロイドという言葉が浮かんだ。
 やはり近未来か。
 近未来の神=あるいは悪魔。

2010年11月17日水曜日

要するにただの勇み足

 何とも情けない話ですが、今夜、ようやく自分の同人誌創刊号掲載作の全作品の感想を書き終えました。
 何と、発行から二ヶ月経過!!  こんな怠け者な編集発行人は日本中のどこを探してもおりません。
 その恥を同人専用の「オンライン例会室」だけでなく、「小説・書くひと=読むひと・ネット」にまで転記してしまいました(嗤うべき自作自演)。

 明日からは、2号に載せる小説に専心することにいたします。
 実はここ数日、ひとりの主人公とひとつのストーリーとひとつの光景が降りて来て、それを忠実に書こうとして、結局、書き遂せませんでした。
 それが何とも言いがたい超自我(ウルトラ・エゴ)小説だったので、こんな小説を書いて、誰に読んでもらえるのだろう、だれに解ってもらえるのだろうなどと懐疑的になってしまって、それで自分で辟易して、沈没してしまいました。
 あまりに奇矯な小説だったので、創造の女神に見放された?(泣)。
 いや、創造の女神に憑かれて書いた小説なんて気持ちが良くありません。
 きちんと自分で考え、感じ、イメージした小説を書きたい。(と思うのは不遜?)
 「私」という特殊な個を描いた小説が人間存在の普遍に至ることも無くはありませんが、「私」と「他者」を=という等記号で結んでしまうような、超自我(ウルトラ・エゴ)小説を書きたい。なんて考えること自体、小説の土俵を大きく踏み出してしまっているのかもしれない。
 要するにただの勇み足。

2010年11月16日火曜日

墓場のポルカ

 毎月15日恒例の赤提灯から帰宅。
 この町内のメイン・ストリートは前世紀末にシャッター通りに成り下がってしまっていて、21世紀になったら更地化が深刻で、また一棟か二棟が解体されるという情報。更地というのは、かつて誰かの家族が住んでいたが今は誰も住むものがいない、すなわち宅地が墓場になってしまったということなのである。

 Tom Waitsの「Rain dogs」というアルバムに「 Cemetery polka」という歌がある。直訳すれば「墓場のポルカ」。聴けば本当にポルカなのが泣かせる。
 Cemeteryで連想させられたのがスティーブン・キングの「ペット・セメタリ」。その小説と映画のどっちがより怖かったか。

 以下、YouTubeにアップされているCemetery polkaのCD版とライブ版の相違。
 ライブ版、画像がきれいじゃありませんが、迫力はすごい。 





 更にタルコフスキーの映画の世界と、漫画「北斗の拳」の世界を連想せざるを得ません。

2010年11月15日月曜日

【奇才】【海猿】【薄情】【隠居】、要約すれば【真剣勝負】?

euripidesさんの人生は、幼い頃は【奇才】で、若い頃は【海猿】で、中年の頃は【薄情】で、晩年の頃は【隠居】です。要約すれば、euripidesさんの人生は【真剣勝負】です。


 ぷふっ。
 これ、人生要約診断の結果。

 要するにこれも彼のロートレアモンが書いた「手術台の上の蝙蝠傘とミシンの出会い」なのだと思えば受容できます。
 いえ、ただのお遊びですw。

2010年11月14日日曜日

巧妙なトリック

 思い立って、先日製粉したソバ粉をもう一度篩い直し。80目(64メッシュ)より粗いものは取り除いてサイド袋詰め。これで初心者でもまずまず蕎麦がつながるはず。取り除かれた80目より粗いものは製粉機に反復してかけ、ほぼ8割は80目の篩を通過するようにして、それは甘皮粉として保存。打ちたい蕎麦に応じて10~20%を普通のソバ粉に混合して使うようにする。これはほとんど自家用というか、自分用。甘皮の部分は粉になりにくく、つながりにくいのだが、蕎麦の香りや甘味はいちばん強い。どちらかといえば田舎蕎麦で、更科のような品はないが、風味を取るか、コシや喉越しを重視するか、好みの問題となる。この双方のバランスが取れればいいのだが、これが案外むずかしい。
 ネットで検索してみたら、「甘皮そば粉」なる名称の特殊なソバ粉を販売している製粉会社が結構存在する。ということは、似たようなことを考えている人がいるという証明である。
 
 
101113rhubarbjuice.jpg 9日の大鍋の方の怪しい作業の続き。
 熱湯をかけてそのまま3日置いた大鍋の中身を漉して液体だけにし、そこへレモンやオレンジ、レーズンなどをスライスしたり刻んだりして砂糖とともに投入。かき回して少し味見をしてみると、結構おいしいジュースになっていて、このままでも真夏なら売れるかもしれない。1,5ガロンなどという慣れない度量衡でその量の見当もつかずに、昔の梅酒のビンをふたつ用意し、入れてみたらひとつでちょうど良い量だった。
 そこで、気をよくして、もう一度菜園へ行って5ポンドの赤い茎を採取して来て、先日より細かく刻んでまた1,5ガロンの熱湯をかけ、三日間放置することにした。傍目には何とも道楽三昧に見えるだろうが、生きているのだから何かしていないと落ち着かない。連日の霜でだいぶ萎れてきているので、チャンスは今だけだし。
 しかし、「過活動は緩慢なる自殺行為」とは言い得て妙。自分が自分であることから目をそらすための巧妙なトリックと考えられないこともない。

 明日は地域の神社の注連縄作りがあり、懇親会もあるので車の運転も出来ず、おそらくほかには何も出来ない。

2010年11月13日土曜日

ただの眠り病のおじさん

 ここ何日か、ナルコレプシーというほどではないが昏倒しそうなので、ひっくりかえってうたた寝をし、少し眠ったからいいかと思って起きてみるとまたじきに眠くてたまらなくなり、またうたた寝をすることの繰り返し。
 本を読むどころか、パソコンを開いてモニターをみつめていることもできない。
 昼間はそうでもないが、夕食後から零時頃までがいけない。
 ただの眠り病のおじさんである。

2010年11月12日金曜日

ツイッター並み

 昨夜は、ご自身の掲示板への書き込みからlydwine.さんのブログが消滅していることが判って、あまりのショックにこのブログに何も書かずに寝てしまった。
 数日前には確かに存在していたのですが、嗚呼。(ツイッター並みに短い)

2010年11月10日水曜日

ことのほか怪しい作業

101109saintdrift.jpg 四日連続で霜が降りているし、苦心の赤いルーバーブがこのまま放っておいたら凍みて枯れてしまうだけでもったいない。そこで少し採って来ていたずらしてみることにした。
 検索しても日本語のレシピは見当たらないので、海外のウェブサイトでレシピを見つけた。
 それによると、先ずはこの赤い茎5ポンドを洗って2~3cmに刻み、そこへ1,5ガロンの熱湯をかけ、蓋をして三日間放置する。
101109saintdrift2.jpg ということで、またまた夕食後にキッチンが空いたのを見計らって、赤い茎を2,27kg計量して刻み、お湯を5,6775リットル沸騰させた。沸騰すると減るだろうから5,7リットルの熱湯をかけた。ここまででちょうど30分。(右の大きい方の鍋)


101109saintdriftjam.jpg 赤い茎がちょうど500g余っていたので、左側の小さい鍋に同じように刻んで40%,200gの砂糖を加え、砂糖が溶けてきたら火にかけてかき回し、やがてジャムの出来上がり。→→→
 しかしわが家のふたりは酸っぱいものが苦手なようで振り向きもしてくれません。私などは甘い、辛い、酸っぱいだけでなく、苦いも大丈夫なのだけど。
 
 今夜はことのほか怪しい作業。(君、早く感想を書きたまえ!!......自分で自分に)



 常陸秋そばの玄、3kg代引きで到着。しかしただ、「玄そば」と書かれているだけで、生産年月が書かれていない。大きさは余り変わらないが、実がやや膨らんでいるような気もするし、皮を向いてみたらきれいな黄緑色なので、碾いてみればおいしいかもしれない。しかし量が少ないので碾くのがむずかしい。発芽テストもしてみたいが、気温が下がって来ていて、室外ではむずかしい。
 常陸秋そばに関する本を7&Yに注文しておいたが、7&Yには在庫は無く、版元へ在庫確認して在庫有りのメールが着信。

2010年11月9日火曜日

切れ味がいい

 夕食後、母の頼みで蕎麦打ち。「おばさん、おばさん」と何かと声をかけてくれる姪の家に呼ばれたのでおみやげにしたいのだという。こちらは練習になるので結構。
 実は土曜に妻がある会合のために東京へ行って、親しい詩人のMさんに「そろそろ新ソバの季節ね」と言われたそうで、「近いうちに送ります」と約束して来てしまったのだという。どうも夏の終わりにいっしょに大阪へ行った時に夫(私)のソバ吉ぶりを話したらしいのだ。こらあ、まだ、自分の友達でも県外へは送ったことがないのに。
 いずれにしても、そういう場合、どういう容器に入れて送るか、その容器の長さに合わせて切らなければならない。
 手元にある「フードパック(特大深)」はサイズが148×250×50mmだが、いちばん大事なのは250mmという縦の長さ。ここに切った蕎麦がうまく納まるように麺体を畳んで切らなければならない。幅は任意でいいが、長さを1m近くまで延し、それを二度畳んで4枚にするとぴったり収まる計算。延し板が90cmしかないから江戸流で麺棒を2本使って巻いて延せばいいが、実際は1mより少し短い方がフードパックに納まりがいいのではないか。そう考えて95cmくらいに延して切ったら、だいたいイメージ通りになり、かなり大盛の2人前が納まった。このパックをさらにポリ袋に入れ、シーラーで密封してクール宅急便で送れば大丈夫だろう。またガスを通さないナイロン・ポリの真空パック用の袋に密封して送れば、食べきれない分は冷凍保存も可能かと思われるが、これはどなたかに実験台になっていただかなければならない。一人暮らしのはずの詩人のMさんで実験させていただこう。今年は「ねずみ大根」の生育も順調なのでこれもお付けして。
 そういえば日曜に地元資本のスーパーマーケットに運転手で付いて行って店内をふらついていて、「信州わさび」1本399円が159円に値下げされているのを発見。このスーパーではたまに「信州わさび」の値下げに遭遇する。5パックあったが、物のいいのを3パック購入し、真空パック袋に入れ直して冷凍庫へ入れておいた。必要な時に出して、凍ったままガリガリ大根おろしでおろして、ラップで蓋をしておけば立派なおろしワサビとなる。普通のポリ袋だと乾いてしまったり匂いがついてしまうので、必ずガスを通さない真空パック袋に入れなければならない。

 とか何とか、ソバ切り包丁を研いで刃先の具合を見ようとしたら刃先が強めに右手中指の先の腹に当ってしまい、スパっ。うーん、包丁の研ぎ方もずいぶん上手になったもので、切れ味がいい。いてて、結構深く切れました。
  

2010年11月8日月曜日

自分を書かない

 先日送られて来た「S作家」のS田君の小説とも散文詩とも区別がつかない掌編3編がいい。3編とも書かれている内容は極めて私的なのだが、書いているS田君が書かれているS田君=つまり自分自身をきちんと客観して書いているのに感心。しかもどこか、カフカの小説とも散文詩とも区別がつかない「観察・国道の子供たち」を思い出させてくれるような文体。
 
 私は虚構派で私小説反対派と目され勝ちだが、必ずしも私事を書いてはいけないと言っているのではない。他人を見るような目つきで自分を見て書けたらすごい小説になるのであるけれど。私は自分をそういう風に客観的に見ることが出来ないから自分を書かないだけ。

きわめてシビア

 今日はお休みなので花園2,3号地で栽培したソバの茎を土に還元すべく、押切で手作業で切って散らした。これで石灰を散布して耕して今年の作業は終了となるが、先日、最初に借りた花園1号を返して、その代わりに土が良く排水もいいらしい4号、5号地を借りたので、そこも石灰を多めに散布して耕しておかなければならない。4号地は歩いてもいける距離なので母親専用にしようと思ったが、そんなに要らないという。宅地一軒分で60~70坪位なのだが。私が栽培した収穫物でも自分のもののような顔をしてお茶のみ友達にどっさり上げてしまうのにね。

giantwhitelimabeans.jpg そのほか、花園1号地に播いた、アメリカから取り寄せた白いライマビーンズを片付け、ネットもパイプ支柱も片付け、別の場所の斑なクリスマス・ライマビーンズのネット、パイプ支柱も整理した。
christmaslimabeens.jpg ライマビーンズは2種類とも来年度の種を確保するのがやっと。
 今年は猛暑の影響で豆類は全滅である。面白がって播いた黒豆、青豆もまったく実が入っていなかったので草刈機で三段に刈り払い、鋤き込んでしまう予定。

 連日の霜だが、RhubarbのSaint Driftが株によっては首まで真っ赤になって来ている。ジャムにしてもわが家はあまりパン食をしないので不要だし、さて、そういえばワイン・イーストを取り寄せたはずだったが、あれ、どこにしまい込んだのだろう。あれで少し実験してみようかな。

 一昨日、ネットで「常陸秋そば」の玄ソバを販売しているネット・ショップを発見したので3kgほどオーダーするメールを送信しておいたのだが、昨日は返事が無く、これは無視されたかなと思って諦めていたら、今日、明日、代引きで発送できますと返信があったので住所、氏名、電話番号を書き込んで返信した。
 この品種、種としては茨城県外には販売しないことになっているが、食用の玄ソバとしてならOKであるらしい。
 それからわが県の在来種で「奈川在来」というのがあるのだが、これは北海道に持って行かれて栽培され、そちらですっかり有名になってしまったことを反省してか、奈川地区以外は種を出さないらしい。
 rhubarbもそうだったが種子の世界はきわめてシビアである。

2010年11月7日日曜日

新蕎麦試し打ち

 木曜日にまた代休二日分を加えて帰省した長男がいるところへ、今日は妻が午後東京へ行き、今夜のうちに帰って来るのだが、ちょうど良い機会なので新蕎麦の試し打ちをするつもりで道具を出したら来客があり、17時30分過ぎまでいて、今日は蕎麦は打てないかとあせった。
 加水率51%だったので冷凍庫に入っている昨年のソバ粉とほとんど変わらない。ある蕎麦打ちをするひとのブログには新蕎麦の加水率57%と書かれていたが、このひとは昨年のソバ粉も57%で同じだという、多分、よく乾燥させていて含有水分が少ないのだろう。私は水分15~6%がいいと思っていて、あまり過乾燥させたくないので、いつも50%くらい。 
 水回しの時に蕎麦の香りが立ちのぼって来る。600g打ち、4人前に分けたものを3人前茹でて3人で早速試食。風味よく、満足。蕎麦湯もしっかり蕎麦の味がしている。
 1人前はポリ袋に入れて冷蔵庫に入れておいた。

 テレビ番組がまったくダメなので、ビル・エヴァンスをBGMにして、最近送られて来た県内の同人誌2誌の作品を読む。いわゆる純文学的な作品が滅法少ない。読むのは楽だが面白くない。

2010年11月6日土曜日

Monomanie

 うっかりしていた。
 今日は留守番で外に出られない日だった。

 ということで、デスク・ワークをしながら、ついでに昨日見つけ出した前処理をしたオヤマボクチの精製をしてしまうことにし、大きめの鍋に水と重曹をいれオヤマボクチを入れてガスに火をつけた。そして半日ずっと煮立てているとガスの消費量もバカにならないなどとつまらないことを考えているうちに、以前、どこかの結婚式の引き出物のカタログで引き換えた圧力鍋のことを思い出した。母親が豆を煮るのに圧力鍋がほしいとか言って、一度ライマビーンズを煮るのに失敗して焦がしたまま、箱入りでスチール物置の奥の方に鎮座している。
 あれでオヤマボクチを煮たら時間短縮できないか。
 ということで、早速、圧力鍋にオヤマボクチを移して実験開始。ただし、カタログで貰った鍋なので小さめで容量が少なく、せいぜい1/3くらいしか入らない。
 じきに煮立って鍋蓋の上の錘が回転を始めたが、そこから緑色と茶色が混じったような煮汁が噴出して鍋蓋を汚し出したのには慌てた。普通の鍋である程度煮て、いったん煮汁を捨てて水を入れ替えて圧力鍋で煮た方が良さそうだ。10分煮て10分蒸らしてから蓋を開けてみたが、まだ茎などが硬い感じがするのでさらに15分煮て15分蒸らし、それを煮汁といっしょにあるキッチン用の調理器具にかけ、それをさらにキッチン用の金属製の籠に入れ、水道水で細かいゴミを洗い流す。
 それを何回も反復してゆくとだいぶきれいにはなった。

101105oyamabokuchiseisei.jpg

 だがまだ完璧ではない。そこかしこに茎の切れ端が残っている。

 どうもわれながら熱中しすぎで、ふとMonomaniaという言葉を想起してしまった。 
モノマニア(monomania、ギリシャ語:monos(単一の) + mania(狂気)に由来

 この言葉を検索したら、そういうブランドがあるのには呆れた。
 ガルシア・マルケスもロートレアモンも、モノマニアという精神医学用語さえブランド名にしてしまう日本の資本主義、商業主義は異様である。

 ということで、本日のタイトルをMonomania(モノマニア)ではなくフランス語風にMonomanie(モノマニー)とした。

2010年11月5日金曜日

またしてもオヤマボクチ

 絶好の日和なので早速ソバの実の乾燥。

101104sobakansou.jpg
101104sobakansou2.jpg
 ただしこんな風にたまたまハキダメ菊の蕾が混入している。だからこの種を来年播くと、ハキダメ菊も発芽してしまう。ハキダメ菊、ソバ栽培の最大の敵である。生育旺盛でソバが負けてしまう。種子用に残すものはこの蕾を手で取り除かねばならない。
 

101104oyamabokuchiseiseikakou.jpg
 こちらは、何年もこのブログにおいでの方には「またか」という、オヤマボクチを精製の前処理をしたもの。6月に畑のオヤマボクチの葉を採取して乾燥、夏に粉砕しフルイにかけておいたもの。忘れていたがひょんなところから出てきた。
 先日、何とかオヤマボクチをつなぎにしたソバがうまく打てたので、またこれを精製しないともったいないと思いはじめた。
101104oyamabokuchiseiseikakou2.jpg

 重さを量ってみると96g。拡大してみればまだ茎などのゴミは残っているが、精製しても90gくらいあるのではないか。ソバ粉1kgにオヤマボクチ5gの使用量だから、ソバ粉18kg分に相当する。
 無論、精製作業は半日かかる根気作業なので真冬の暇な時にでも。

2010年11月4日木曜日

一日弥生時代

101103sobadakkoku.jpg

 何とも原始的なソバ脱穀シーン。
 右端に少し映っているのがTさん。棒を持っている。
 中央の丸い茎の山がソバを叩いている場所。周囲を囲んでいるのはこれから叩くソバの茎。
 赤い線で囲んだ部分が脱穀されたソバの実と茎や葉などの混合物を寄せたものだが、この段階ではただのゴミの山。
 これを先ず竹で編まれた粗い籠で篩って茎を取り除き、さらに唐箕(とうみ)という風でゴミを吹き飛ばす手動式機械にかけて、ソバの実だけに選別されたものを20kgずつ袋詰め。
 最終的には20kg×8=160kg+13kgで、合計収量173kg。昨年より栽培面積を半分にしておよそ1反3畝くらいらしいので、反収は173kg÷1,3=133kg、おお、結構多いではありませんか。発芽後の旱魃と高温、そして雹害に遭ってのこの数字はかなりいい数字だと思う。Tさんなど最初から「今年は収量が少ないらしい。ここも100kgも獲れないだろう」とばかり言っていたが、私は100kg以上あると思っていた。
 
 これをTさんと4袋80kgずつ山分けし、半端の13kgは私が来年用の種に保管しておいてと言われ、持ち帰ることに。
 種はそんなに要らないし、来年用の種を持ち帰ったということは、来年もいっしょに共同栽培するって約束したことになってしまいます、がな。
 そんなに簡単にコンビ解消できないだろうし、まあいいか。来年のことは来年になってから考えればいい。
  

2010年11月3日水曜日

自分で自分に

 雨続きだったが、ようやく昨日から晴れ間が見えるようになり、今日も晴れて風があったので、花園2号3号地で収穫したソバの半分ちょっとを製粉することにした。雨の日や湿気の多い時にはソバ粉が湿気を吸ってしまいそうなので晴れた日がいい。自営業であるから、自分で自分に半日暇を与えるという妙なことになる。
 一番粉、二番粉、三番粉と順に篩い出しをしながら、それぞれを指先に少し掬いあげてなめてみると、どのあたりが風味が強いか、よく判る。自分の粉だからつい丁寧に篩いすぎて、気がついたら昼までに袋詰めまで出来なかったが、粉を握ればキュッとなるような粉に仕上がった。昨年は60目(48メッシュ)まで通したが、今年は80目(64メッシュ)より粗いものは通さなかったので、蕎麦のつながりはいいだろう。細かくしても風味が残るよう工夫したので、近いうちに一度加水率を調べながら打ってみよう。過乾燥を避けたので、加水率も50%か、もう少し少なくなるかもしれない。
 それにしても篩というのは実に優れた選別道具であること。あらためて感心しました。

 そうこうしていて、昼食時にTさんから電話があり「明日、蕎麦の脱穀をしませんか」と。日が当り、風も吹いていたので、明日あたりは実の落ちもいいだろうと二つ返事をして電話を切った。うーん、まずい、こんなくらいだったら今日は製粉などしないで仕事をしておけばよかった。
 またしても自分で自分に「明日も休暇をいただきますので、よろしく」
��土日に休まないこともあるからいいか)
��あ、明日は文化の日でお休みではありませんか)

 それにしても、また弥生時代さながらの叩いてソバの実を落とすという原始的作業......。乾いていれば気持ちよくバラバラ落ちるんですが、さて。

 真空パック用のガゼット袋に脱酸剤といっしょに1kgずつ袋詰めし、合計18袋できたが、半端に残った100gほどを夕食時に蕎麦掻きにしてみたら、水が少なかったのかやや固めの蕎麦掻きになってしまったのと、水を加えたら結構量が多くなったのでひとりでは食べきれず、残りはだし汁を作るのが面倒だったので味噌汁に入れてみた。あ、これも結構いけます。
 

2010年11月2日火曜日

アナログも捨てがたいが

 なんとも間抜けなことに、自分の同人誌の創刊号掲載作への感想をようやく書きはじめた。
 感想批評の書きにくい作品があるとはいえ、発行から一ヵ月半もしなければ感想が書けない編集発行人て、もう馘首間違いありません。今夜は何とか2作分をオンライン例会室に書き込んだ。明日も頑張ろう。

 そういえば、この地域に住むひとから同人誌を送っていただきたいという手紙をいただいて、終刊号と創刊号2冊をA4一枚の手紙まで添えてお送りしたのだったけど、着きましたとも何とも返信がありません。期待していた訳ではありませんが、ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ(久しぶりの自演)

 いろいろ雑事雑念に追い回されているというか、みずから雑事雑念を増やしているというのが正しいのですが、そろそろ次作のことを考えた方が良さそうです。

 久しぶりにランボーの「 L'etoile a pleure Rose」をリピート再生していてふと思った。
 紙に印刷された雑誌だから出来なかったけれど、仮に電子ブックだったら小説の随所で音楽を鳴らすことも、絵画や写真を挿入することも可能ではないか。アナログも捨てがたいがデジタルの可能性も無視できない。

2010年11月1日月曜日

高すぎ、厚すぎ

 『ピエール・リヴィエール 殺人・狂気、エクリチュール』を読んでちょうど中程にさしかかっているが、これまでに三回、ピエール・リヴィエールが《メリエ司祭の「良識」》を読んだと記述しているのに遭遇した。
 メリエ司祭といえば、あのジャン・メリエ司祭か、それともたまたま同じ姓なのかと考えたが、訳注をみてジャン・メリエと判明。
Jean Meslier81664-1729)、フランスの司祭、社会思想家、密かに書き残された大部の手記が死後発見され、時代に先んじた急進的な社会思想家として知られるところとなった。


58815042.gif やはりそうだったか。以前このブログで書いたことがあったが、定価31500円で1365ページの「ジャン・メリエ遺言書―すべての神々と宗教は虚妄なることの証明」の原著者なのです。
 まあ、500ページの文庫本を読むのにこんなに時間がかかる私などには、1365ページなんてぶ厚い本は爆睡用の枕にもならないでしょう。高すぎるし厚すぎます。




 この『ピエール・リヴィエール 殺人・狂気、エクリチュール』についてもうひとつ。
 「3 手記」は母親殺しのピエール・リヴィエール自身が綴った手記なのだが、これが何ともジョイスの「ユリシーズ」最終章である「ペネロペイア」そっくりに改行がほとんどされていない。これだけ改行が無いということは、ピエール・リヴィエール自身の手記に改行が無いということなのだろう。
 改行の無いエクリチュールは案外、面白い効果を生むものだ。




 また雨が降っている。今日、刈ったまま地干ししているソバがそのまま発芽していないか、様子を見に行って来た。発芽はしていなかったがとにかく湿っぽい。しかも追熟して殻が真っ黒に黒化していた。こんなに風雨に曝されていて風味に影響はないだろうか?
 
 夕食時、妻がソバを食べながら「去年のソバなのに、おいしいわね」
 そりゃそうでしょ!!

自家採種大成功

 午前十時過ぎ、さるお宅にいただき過ぎのお礼へのお礼として蕎麦を打つことになり、ついでに自宅の分もと2回連続蕎麦打ちをした。500gと600gなので、1100gを一度に打てばいいのだが、まだ一度も1kgを打ったこともなく、モタモタして失敗するのもいやなので二回戦に分けた。
 打ち終えて自家製のキャベツ、白菜、長ネギなどもあげようと畑に採りに行き、ふとねずみ大根の葉が目に入ったので、根の周りを見るとそこそこねずみ大根らしい太さなので一本抜いてみた。昨年の小石、砂利混じりの畑から土の良い畑に変えたのでどうかと思ったが、実に白く、また尻がまさにねずみのお尻のようで、美しいねずみ大根に育っていた。
 洗って蕎麦の薬味にと付けてあげた。
 それにしても、このねずみ大根の種は昨年播種したものの出来が悪くて抜かないままだったものが(管理機で耕さない場所だったので)、この春に花が咲き、それから自家採種したものを9月初めに播種したものだった。まさか、物になるとは思っていなかった。それがまあ、ねずみ大根の典型のような姿形で、実にうれしい。大根の花を咲かせて採種するひとなどこの地方ではいないので、交配せずに済んだらしい。自家採種大成功である。今年も何本か抜かずに採種用に残しておこう。

101030nezumidaikon.jpg





 そういえば今日は、隣でグウスカ眠っているお方のウェブページを更新しなければならない日だった。二時間ほどかけてようやく更新作業完了。
 何号か前からHTML版はトップだけで他はみなPDF版にしたのだが、詩誌本文まるごとひとつのPDF文書にしてみたらファイル・サイズが1.92MBだったので、これまでの作品ごとのPDFに目次からリンクを張るほかに、本文一括PDF版と、昨日作成してみた電子ブック試行版もアップしてみた。こちらは18,8MBあるので、あるいはADSLでない方、WindowsがXP以前の方はちょっとスムーズにつながらないかもしれない。

2010年10月31日日曜日

同人誌電子ブック版(のテスト)

 性懲りも無く、また別の電子ブック作成ソフトの無料版をDLし、インストールして、同人誌の創刊号の表紙から最初の作品だけを電子ブック形式で書き出ししてみた。
 それがこの同人誌電子ブック版(テスト版)です。
 この電子ブックが、iPadなどを購入しなくてもパソコンのブラウザで読めるのは結構なのですが、度胸よくご覧いただいた方にはお分かりでしょうが、私のパソコンのモニターが1024 x 768 pxと小さいせいもあるが、同人誌のA5版9ポ2段組といった版組みをそのまま電子ブックとして書き出ししてみると、モニターで表示される文字が小さくてそのままでは読みにくいことが判明。
 1280あるいは1440といった、もっと大きなモニターのパソコンではどう見えるでしょうか。
 おそらく、2段組でなく1段組でフォントのポイントをもっと大きくすべきかと考えました。
 ファイルサイズはこれだけで6,42MB。
 それから、この電子ブック作成ソフトは無料版なので電子ブックを作る基本機能だけで、他の細かい設定はまったく出来ない。製品版が50万円前後のソフトの無料版なので仕方ないけれど。
 
 ちなみに、epubにせよ他の電子ブックフォーマットにせよ、日本語のフォントの美しさはは今のところPDFか画像で表示するしか方法が無いので、このテスト版もjpgファイルで制作しています。

2010年10月30日土曜日

遺伝子の記憶

101029hiratake.jpg

 まったくその気配がなかったのであきらめていたら、ヒラタケだけ出始めた。(さて、いつ菌を植えたんだっけ? と思ってこのブログ内を検索したら、2008年の春に植えていた。こういう時、ブログに書いておくと記録になっていて便利)
 2008年春に菌を植え菜園の隅に伏せておいたヒラタケ、ナメコ、クリタケのうち、ヒラタケは植えた2008年秋、昨年と出たが、ナメコは昨年少し出ただけで、クリタケはまだまったく出ない。シイタケも管理もせず放っておくので雨の後などに少々出るだけ。


101029rhubarbflower.jpg

 この頃になってSaint Drift種だけこうして花茎を伸ばして咲きそうになる茎が続出している。この時期に採種は無理なので、目についたものから切り捨てているが、5月頃に花茎が出てくるのが普通。おそらく種子の原産地での遺伝子の記憶がまだ残っていて、この時期に花を咲かせようとするのだろう。

2010年10月29日金曜日

重層性

『ピエール・リヴィエール』、「3 手記」のなかの、父がいかに母に苦しめられつづけたかを書き綴った部分には辟易したが、次に自身のことを書きはじめ、ついに母と妹、弟を殺害した後に、森や村をさまよって歩くあたりから最後までの部分は、ほんとうに美しい。
 と思ったら、次の「4 法医学鑑定書」のふたりめの医師はこう書いている。
 彼の母親は極めて短気な性格の持ち主で、非常に強情であると同時に気まぐれでもあり、また終始意地が悪く、その奇矯さは並外れたものであった。しかし夫は、はなはだ苦しまされたにもかかわらず、妻を恨むことができなかった。彼は妻の脳が正常ではなく、彼女が彼女自身の行動の主人ではないということをずっと以前から知っていたのである
           (下線は引用者自身)


 この医師は、妻の家系の狂気の遺伝を取り上げているのだが、この妻、母が狂っているという視点からみると、これはこれでまた別の光景、物語が見えて来る。
 こういうひとつの出来事の影に潜む重層性に目を瞑らなければ、ひとつの視点、ひとつのストーリーで一貫された小説を書くことは出来ない。まして、そのどちらがいいとか、間違っているとかさえ判らないが、単一な構成やストーリーの方が多くの読者を得るのは確かである。
 難しい。




 リンゴを栽培している親戚からいただいたシナノスイートを、家族二名がさっぱり食べないので、ひとりで毎日一個ずつ、夜ひとりになってから丸かじりしている。
 今年のシナノスイートは例年より実が柔らかく、甘味と酸味のどちらも弱いので、いつもほどおいしく感じないが、その前に収穫時期を迎えるジョナゴールドが、例年は酸味が勝って閉口するくらいなのだが、今年に限って甘味と酸味がシナノスイート以上に競り合っている感じで味が濃く、実においしかった。終わってしまって残念。


2010年10月28日木曜日

すくいがたい

 『ピエール・リヴィエール』、3の「手記」を2/3くらいまで読み進めたが、やや食傷気味。
 こういう女性が妻であったり母であったりしたら、私だってぶん殴るだけでは済まないが、さりとて斧で惨殺する気にはならない。
 ピエール・リヴィエールやその父親よりずっと人が悪いので、おそらくもっと悪知恵を働かせてこのような妻や母と断絶する方法を考え出すだろうが、それにしてもこういう女性(人間)とは関わりたくないものです。
 現にあったことというのは、どこかほんとうに掬いがたいし、救いがたい。
 しかも厄介なことに、この物語の被害者である妻、母の視点から見ようとすればまた別の光景、別の物語が見えて来ないでもない。





 あれ、久しぶりにyouTubeで検索したらこんなドキュメンタリーが。



 ん? 1/5と2/5だけで3/5以降が無い。



 こちらは全部。

もう少し

 今頃になって天候が悪く、刈ったまま地干ししている共同栽培のソバ畑が気になるが、乾燥しなければ脱穀できない。雨が続くと、まさか茎についたままの実が発芽するなどということはない?


101027soba_kansou1.jpg

101027soba_kansou2.jpg

 写真は、個人栽培の花園2号、3号地の収穫済みのソバ。
 ようやく葉や茎などのゴミを取り除いてソバの実だけになり、本日午前中は晴れだったので庭でブルーシートの上に広げて天日乾燥。
 風味が失われるような気がするので余り過乾燥にしたくないのだが、穀物水分計が無いので勘が頼り。
 かつて父親が利用していた怪しい製粉所の爺さんに教わった方法......板の上にソバの実を置き、鎌などの柄の尻でギュッと押し潰し、中身が粉々になってパッと散れば乾燥OK......を試してみた。
 未だ少し乾燥が甘いか。もう一日乾燥してみよう。
 少し残っていた茎などをもう一度取り除き、乾燥したら、44kgが43kgになっていた。
 もうゴミは無いので、43kgが乾燥して1%水分が無くなったとすれば42,57kg、2%では42,14kgとなる。せいぜい、それくらいが目標ではないか。
 製粉までもう少し。

2010年10月25日月曜日

冒頭から順に

 ここ数日、眠気が強く、少し活字を読んでいると気が遠くなる。寄る年波とはまさにこのこと、(ーー;)

「ピエール・リヴィエール」(ミシェル・フーコー編著・河出文庫)。ようやく予審まで読み、明日からはいよいよ本命のピエール・リヴィエール自身の「手記」が読める。先に「手記」を読みたい誘惑に駆られたが、それでは他の部分を読まずに終わってしまう可能性もあり、必死に我慢して冒頭から順に読むことに。

2010年10月24日日曜日

見直しました

 帰宅後、庭で収穫したソバの粒を観察していたら、東京の印刷会社から携帯電話に着信があり、二ヶ所に不審な半角横向きの?があるという。
 自宅に入って確認すると、一ヶ所は全角ダッシュがふたつ続いている部分に半角?がふたつ並んでいる。もう一ヶ所は「繋がる」の「繋」が?に文字化けしている。
 あわてて訂正した2頁分だけをプリンタ・ファイルに変換し、セキュリティ上の問題から直接メール添付では受け付けないらしいので、宅ふぁいる便でファイルを送信した。滑り込みセーフ。
 この修正作業で2頁×840円を追加で支払いしなければならないらしいが、でもよくぞミスを見つけて連絡してくれたものと感心。
 こちらでデータを作成して送り、印刷会社ではデータを元に製版し、印刷と製本だけをする。それゆえに安価な代金で雑誌が出来るのだが、そういうシステムのなかでの作業でも、データと出力見本を照らし合わせて、ミスを見逃さない。見直しました。

個人分脱穀終了

 明日以降は晴れの日がないという天気予報なので、日曜に予定していた共同栽培のソバの脱穀は中止になった。その代わりに、午後、花園3号地のソバの脱穀した。これで、個人的に栽培したソバはすべて脱穀した。唐箕で茎や葉などのクズを除いて27,4kg。先に脱穀した2号地は17kg。合計44,4kg。3号地が倒伏し草に負けたのでもっと少なく予想していたが、これくらいだったら喜ぶべきだろう。



2010年10月23日土曜日

開眼?

 夕方、仕事終いもそこそこに道具を出し、ソバ粉300g、昨年精製したオヤマボクチ1gを計量。オヤマボクチは小さな鍋で煮る。加水は先ずは通常のソバと同じ50%で水回しをする。どうも足りないらしいので20cc、更に10ccを追加してようやくソバ粉がまとまり始めたので、そこに煮ておいたオヤマボクチの水気をしぼってから混ぜ、捏ねに入る。加水量がいつもより10%も多いのでさすがに両手に粘りつく感じだが、我慢して捏ね続けるが、さすがに40~50分は無理だし、ソバ粉300gと量も少ないので20分で延しに入る。いつのまにかべたつく感じは無くなり、延しも力を入れないと延びない。本延しは昨日購入したステンレス・パイプの太さ32mm、長さ91cmを使用。これが案外使いやすい。表面がステンレスでつるつるしているのと、適度な重み、そして強度があるので結構力を入れられる。あっさりと思い通りの薄さになった。計測はしないが、2mm以下、1,数mmくらい。
 それから30分ほど放置、乾燥するように壁の扇風機のスィッチを入れ、その間テレビ・ニュースを見る。
 夕食時に、オヤマボクチ蕎麦は硬くて嫌だという母を除き、妻とふたりで試食。お、まずまずのコシ、風味、喉越しで、おいしい。
 やはり、加水量と麺の厚さ(薄さ)にポイントがありそうだ。加水が少ないと捏ねの団塊で固くなりすぎ、薄く延すことが出来ない。

 たまたま蕎麦打ちの最中に県内のローカルニュースで、オヤマボクチ蕎麦のイベントの予定を伝えていたが、そのなかでふたりの打ち手がオヤマボクチをソバ粉に混ぜる様子を映していた。ひとりは煮たオヤマボクチをソバ粉全体に散らせており、もうひとりの女性はソバ粉を盛り上げてその中央に浅間山の噴火口のような穴をあけ、そこに煮たオヤマボクチを塊のまま入れ、お湯を入れながら菜箸でオヤマボクチとソバ粉を溶かすようにかき回していた。水ではなくお湯と判ったのは菜箸でかき回しているのと、かき回されているソバ粉やオヤマボクチがとろみを感じさせたからで、この女性の場合は湯捏ねであるらしい。信州では女性が受け継いで来た蕎麦打ちは湯捏ねがオーソドックスである。わが家の母親も先ずは熱湯でかき混ぜ、その後に水を足して固さ(柔らかさ)を調整していた。私はお湯は使わない。


 いずれにしても、もうじき新ソバの時期でもあるし、封印せずにもう少し研究してみよう。

101022niwakiku.jpg

 これはわが家の庭。株を畑に伏せておいて、春に出てきた芽をさしておくと苗が出来、それを広めに植えておくと、こういう風に丸くなる。鉢植えにしてあちこちに差し上げた。

101021rhubarb.jpg

 これもソバ同様のタデ科の植物で、私の宿痾にまでなっている植物。霜が降りる直前がいちばん赤くなる。もっともっと赤くなあれ。っと、畑のなかで這いつくばって写真を撮った。

2010年10月22日金曜日

封印?

 午前中、仕事でTさんの家へ寄って、「こんな天気だから、寄って」と言われ、お茶をいただいた。現在ひとり暮らし中の男性にお茶をいれていただくのは恐縮だが、Tさんは手馴れている。
 あれこれ話して、当然、ソバ栽培や蕎麦打ちのことにも話が及ぶ。
 Tさんがふと「もう一度......」
 私もそれにつられて「オヤマボクチ蕎麦」
 ふたりとも同じことを考えているのである。
 Tさん。「とにかく可能な限り薄く延せば、硬過ぎるということはないらしい」
「そうですね。それにはやはり大目の加水と、麺棒が曲がっていないことが大切ですね」
「そう、麺棒が歪んでいては麺の厚みが均一にならないしね。かといって本職用の麺棒はむやみに高いです」
「ホームセンターに、階段や廊下の壁に取り付ける手すり用のステンレス・パイプが得られていますが、あれなんかどうでしょう。鉄パイプだから歪み、曲がりはほとんど無いと思いますが。太さ32mm、長さ91cmとちょうど手ごろなものがあります」
「鉄のパイプというイメージがどうもね。同じ手すり用で集成材の棒があるので、どちらかといえばそちらの方がいいような気がします」
 
 午後、ホームセンターに立ち寄り、手すり用の部材を売っているコーナーへ。直系32mm、長さ91cmのステンレス・パイプと、直系32mm、長さ180cmの集成材の丸棒を交互に持ってみたり、床に転がしてみたり。ほかにも、どんな製造方法なのか、中はステンレス・パイプで、外側に木材が巻かれているパイプもあったが、結局、ステンレス・パイプの方を購入。648円。
 残る問題は加水率。50%までは計量するが、それ以上は勘で判断するほかない。
 それでもうまく打てなかったり、風味が失われておいしくなかったら、この植物繊維をつなぎにする打ち方は封印する。

2010年10月21日木曜日

先に読みたい誘惑

 18日にネットで注文した文庫本3冊、宅配便下請けのいつものおじさんが昼に配達。
 「ピエール・リヴィエール」を、早速ぱらぱら。いつもの悪い癖で訳者解説を先に読む。
 いったい書物の解説は最後に読むように末尾に置かれているのだろう。先に読んでほしければ前に置くだろうし。
  その訳者解説に書かれている、殺人を犯したピエール・リヴィエールが「まるまる一ヶ月のあいだ村や森さらには海岸を放浪した後、逮捕されて、裁判にかけられて、死刑判決を受ける」というくだりで、なぜかW・フォークナーの「八月の光」の主人公が森や村を逃げ回る場面を思い出した。
 それにしてもピエール・リヴィエール自身の手記を先に読みたい誘惑に駆られて困っているのだけれど、やはり巻頭から順に読み進めるべきだろうな。
 文庫本でほぼ500頁を通読するのは、パソコンの液晶画面に視力を落とされている身にはきついが、ぼちぼち読もう。
 他のノンフィクション2冊は、とりあえずはいわゆる情報として読むだけ。

2010年10月20日水曜日

腰が痛い

101019sobakaritori.jpg

 腰と膝が痛いのに草刈機でソバを刈るTさんと、向こうに小さく見えるのはTさんの応援のFさん。ただの草刈にしか見えませんが、これでもソバの刈り取り作業中。
 
101019sobakaritori2.jpg

 の写真。刈って縛るでもなく、棒に架けるでもなく、適当にまとめてそのま4~5日干しておく。「地干し」という実に横着な方法です。これをブルーシートを広げた上に集め、彌生時代さながらに棒で叩いて脱穀する。
 欠点は、脱穀の際に土や細かい石が混じる可能性があること。
 それにしても、やはりソバは穀物ではなくただの草の実です。
 ただの草の実の粉をこね回して延して切って、茹でて、風味がどうの、喉越しがどうのと、何だかなあ。

 途中、Tさんが今年のソバは付いている実の数が少ないと言い出した。すでに個人栽培分の刈り取りを済ませている私はすでにそれを実感している。ソバは自家受粉ではなく他家受粉なので、ミツバチが少ないのが影響しているのか、それともこの夏の高温旱魃の影響か。その両方だと思うのだが、Tさんいわく、この400坪くらいで100~120kgは欲しい、と。
 さて、どうでしょう? 個人栽培の試験的に早播きした40坪で乾燥不十分ながら17kg、乾燥させても15kgはあるはずなので、400坪なら150kgある計算。でも、この400坪は雹に叩かれているので100kgあるかどうか。ふたりで分けて50kgずつ。製粉歩留まり65%で、ソバ粉32,5kg。大丈夫じゃないですか。
 でもお手伝いのFさんの日当支払いがありますが、さて、これは誰が?

 ああ、腰が痛い。お風呂で暖まろう。

2010年10月19日火曜日

ソバ刈り決行

 午前中にTさんから携帯に電話があって、明日、ソバの刈り取りをしないか、と。天候がいいうちに刈って脱穀までしてしまった方がいいが、何とか明日の仕事をやりくり、差し替えして決行することにしたが、Tさん自身は足、腰が痛くて、Fさんにお手伝いを頼んだ模様。奥さんは二度目の入院から療養型介護施設に入所したので、楽になったようなタイヘンになったような。本人は自宅で自分が看ている方がいいとは言っているが。
 とにかく、昨年の半分の面積になったとはいえ、1反4畝くらいというから、420坪くらいある。草刈機で刈り倒し、Fさんがそれをまとめて両手で持てるくらいの束にして畑に並べておいて乾燥を待つ。いわゆる地干しという横着な乾燥方法だが、面積が多いのでいちいち束を縛って棒などに架けてはいられない。

 Tさんの状況から判断して、来年度は共同栽培はやめて単独栽培に切り替えなければならないだろう。
 今年、花園2号、3号地を借りたのもその準備のつもりだったが、最初にオヤマボクチを植えるために借りた1号地が排水の悪さと石、砂利の多さとで栽培困難なので、ここは今年度限りで返して、別に3号地の斜め西北にある4号地を借りようと考えている。ここだと、母親が歩きや自転車で行けて、自分の好きな野菜を作ればいいと考えて。
 今年の2号地3号地のソバの収量によってはもう一枚5号地を借りても良い。持ち主のKさんは自分で空き地の草刈をする場所が少なくなるので大歓迎だろう。





 版下データの出力見本を印刷しようとしたら、トナーが減ったらしく印字が部分的にかすれている。こんな大事な時にどうして。そういえば、昨年レーザー・プリンタを買い換えてから一度もトナーを替えてないので、時期的には納得できる。仕事で納品書や請求書の発行に使い、妻とふたりで様々な個人的用途に使い、さらに雑誌の編集でもレイアウトの確認のために繰り返しプリントアウトする。それで一年近く使えていることの方が驚きなのかもしれない。Satera君に感謝。
 10月末発行が微妙になって来た。むしろ、発行日を11月7日とか10日にして、雑誌が手元に届くのはが10月末あるいは11月1~3日くらいの日程にした方がよろしいのでは、奥様。拙速はミスを生みますぞ。

2010年10月18日月曜日

チェーホフのような小説

 ふと発作的に、Lydwine.さんが読まれた「ピエール・リヴィエール---殺人・狂気・エクリチュール」 (河出文庫) をオーダー。そのついでに「 悪魔が殺せとささやいた―渦巻く憎悪、非業の14事件」 (新潮文庫)「殺人者はそこにいる―逃げ切れない狂気、非情の13事件 」(新潮文庫) というノンフィクションの文庫本2冊も注文。
 注文しておいて、この2冊、何だこれ?

 チェーホフのような小説を書けたらいいのに。「名の日の祝い」みたいな?

ただの草の実

 天候も良いので本日は花園3号地のソバ刈り取り。ここが問題。管理機が故障して修理に出してもたついている間に風雨で倒伏してしまい、ついに中耕と土寄せができないまま過ぎてしまったので、ソバ畑なのか草畑なのか判らないくらいだ。倒伏防止の土寄せと除草をかねた中耕を愚かにしてはならないし、そのタイミングも難しいこと身に沁みて実感。
 無論、手刈りしか方法はない。草の茎を除けてソバの茎だけを刈り取り、草のなかから引っ張り出す感じで、刈り進める。それでも少しは実がついているので、じっと我慢しながら刈り、あと30坪くらいを残して帰宅。残りは朝とか夕方ちょこちょこと刈り取ろう。

 それにしても、ソバというのは外見からして穀物ではなく、ただの草の実でしかない。
 信越県境でソバを栽培しておられる方が「今年は実の付きが良くないような気がする」とブログに書かれていたが、同感。高温と一時旱魃気味だったのが影響しているように思う。ミツバチが少ないのも受粉に影響するだろうし。
 自分で食べるソバを種から栽培するというのは、はなはだしい愚行である。




 ボランティア編集作業、ほぼ終了。あとは最終校正待ちで、印刷会社に送るプリンタ・ファイルの作成、CD焼き込み、出力見本のプリントアウトを宅配便で送るのみ。
 とか何とかバタバタしているうちに、山のキノコが出てしまったらしい。このところ雨が降らないのでもう盛りは過ぎたかもしれない。
 先日、いつもセンボンシメジが出る山に行ってみたが、キノコの気配無し......(ーー;)

2010年10月17日日曜日

全部録音



glenn gouldが製作したラジオ・ドラマ、「"The Idea of North" (北の理念9」、「"The Latecomers"(遅れて来た者)」「 the quiet in the land(大地の静けさ) 」の三作はSolitude Trilogyと呼ばれていて、この動画はその3作目の 「the quiet in the land(大地の静けさ)」を6つに分割してアップされている、これはその1。いつ消えるか判らないので、全部録音しておこうかと思う。

 3枚組みでCD化されたSolitude Trilogy、今はもう中古品でしか入手できないが、日本のAmazonのused品は 14,912円、一方、アメリカAmazonでは$117.32 (85円で計算して9972円。ただしアメリカAmazonではmp3のダウンロード販売をしていて、これだと$17.98 (1528円)で買えない金額ではない。
 ただし、問題は3枚組みのCDそっくりをダウンロードするのにどれくらいの時間がかかるか? 

2010年10月16日土曜日

これで十分

 ある方から創刊号の拙作について感想をいただいた。
 訳の解らないものを書いたなと思われても仕方ない畸形の小説だが、こんな風に読んでくれた方がひとりでもいれば、これで十分。一語一句、的をえていて、反論の余地0%。
父ではないかも知れない父を殺し、母ではないかもしれない母を殺し、自分の子供までも殺す。いや、殺人ではない。殺人という「決定的なこと」さえ曖昧な、造られた世界。真実は永久に隠されたまま、読者と主人公を、そして作者さえ置き去りにする。小説を書くということの不条理に目覚めたのが「メタフィクション」だと思います。ナブコフの「青白い炎」を読んだ以来の新しい読書体験でした。物語も桐野夏生の小説のような「刺激的」「今日的」ものです。知識人である「創作日記の作者」の読書記録から立ち上った亡霊のような物語が、上段の「涙を流す」「涙を流さない」小説世界なのです。鏡は左右対称に映りますから。そして、下段の創作日記も偽物なのです。「真実はつねに隠されている。そう思えば何でもないことです」と、審問官は言います。審問官こそこの小説の作者なのでしょうか・・・・。


2010年10月15日金曜日

コキュ=cocu、それともコキュ=cocue?

 以前にも紹介しているのでしつこいかも知れないけど、私が偏愛する稲葉喜美子の歌に「夏のコキュ」という一曲がある。



 コキュ?
 私の乏しい知識の範囲内では、コキュというのはフランス語でcocu「寝取られ亭主」のはずだったが、検索してみると現代ではcocueというブランドの方が有名らしい。マルシア・ガルケスだのロートレアモンだのというブランドが存在するのだから、cocue(コキュ)というブランドがあっても不思議はないのだけど、それにしても稲葉喜美子の「夏のコキュ」の「コキュ」はどちら?
 「夏のコキュ」は「夏の寝取られ亭主」? それとも?

 コキュと言えばアルフレッド・ジャリの戯曲のひとつである「寝取られユビュ」を思い出してしまうし、さらに有名な哲学者に妻を寝取られたらしいB・ヴィアンをも思い出してしまった。
 コキュってcocu? 
 それとも、コキュはcocue?
 あ、そうか、この歌はあるいは誰か妻のいる男を愛してしまった女性から見た愛する相手、すなわち寝取られ亭主なのかも知れない......。

印象批評やストーリー紹介は何とかならないものか

 印刷版の創刊号を送ってほしいというメールをいただいたHさんとメールの往復が続いている。Hさん、案外シビアに同人誌掲載作を読まれていて驚いた。
 そして本日のメールの末尾のこの3行。
最近も改めて感じますが
同人雑誌批評や合評会の 印象批評やストーリー紹介は
何とかならないものかと「文芸作品新批評論」というメモを作り始めました。

 うーん。『同感です。是非、「文芸作品新批評論」を書き上げて、私にも読ませて下さい』と、Hさんに返信しておこう。

そのどれもこれもみんな大事

 花園2号地で刈り取ったソバ、夕方乾燥させている場所に行って少し叩いてみたらバラバラソバの実が落ちたので、明日当りは脱穀できそう。といっても人力で叩くという原始的作業だが。除草と土寄せが出来ず、倒伏したり雑草に負けてしまった花園3号地のソバ、毎日1時間くらいずつ手で刈り取ることに決定。
 残るはTさんとの共同栽培の畑だが、昨日の夕方Tさんの家に行ってみたら、Tさん、左足が痛いらしくて妙な歩き方をしている。ソバの刈り取りも誰か自分の代わりのひとを探すと言っている。また食べ物を喉に詰まらせて二度目の入院をした奥さんは病院は退院したが、医師が自宅での介護は無理だと判断して、そのまま同じ敷地内の療養型介護施設に入所したらしい。
 おそらくもう来年は共同栽培は無理だろう。
 そこで、石、小石、砂混じりな上に排水がきわめて悪い花園1号地を耕作するのはやめて、かわりに2号、3号地の斜め西北の2区画を借りようと、その土を吟味してみた。1号地のような石、小石、砂は無く、むしろ2号地3号地と同じかつての水田の作り土であるらしい。1,2,3号地よりは高いので水捌けもいいと思われる。
 近々に地主さんに1号地の代わりにその二区画を貸して下さいとお願いしよう。
 って、合計すると宅地5ヶ所分なので、仮に一ヶ所が75坪×5=375坪。
 道楽にしては広すぎますが、ソバは面積当りの収量がとても少ないので仕方ないのです。

「そんな畑道楽と文学とどっちが大事?」
 と、自分のおなかの底から誰かが苦言を呈します。
「ソバやrhubarbやナスやキュウリやトマトと文学と私と、いったいどれがいちばん大事?」
 と、疲れて傍らですやすや眠っている「うたた寝名人」が寝言で言いそうです。

 ふん、愚問はやめて下さい。
 どれかひとつを選べというような、択一を強いるのはやめて下さい。
 私には、そのどれもこれもみんな大事なのですから。

2010年10月14日木曜日

そんなご無体な

 わ、自分たちの雑誌を発行してのん気にしていたら、またボランティアの編集作業が入って、今月末日に発行? む、そんなご無体な、お代官様。
 それぞれの作品ファイルを作っておいて、それから目次順につなげてゆくという作業が二重手間かもしれないが、詩の雑誌の場合、一段組みの詩と二段組のエッセイや詩論がはいるので面倒くさい。とはいえ、基本的な文書スタイルのほかにページスタイルでレイアウトを切り替えながら進むことは可能なので、出来ない訳ではない。
 が、今回はすでに書く作品のファイルは作成済みなので、1頁からファイルをつなげてゆくだけ。それにしても、今夜は妙にレイアウトが崩れる。Wordから書式が付いてきて邪魔をしているのか。もうWord文書もずべていったんtxtに変えてからレイアウトに流し込む方が良さそうだ。ただし、「ルビ」のある作品には気をつけないと、ルビが消えたり漢字の後ろに( )内に入れられてしまう。

 

2010年10月13日水曜日

続・赤い、太い、長い

101012rhubarb_ut.jpg

 左は昨年から試験栽培しているUnisonous Tragedy(仮名)から選んで定植、観察している株からの1本。右はSaint Driftの赤くもなく緑でもなく、中途半端な霜降りの株からの1本。こちらは普通の太さと長さ。
 比較してみればUnisonous Tragedyが赤いのは十分だが、いかに茎が細く短いかが一目瞭然。親と子より差がある。
 あまりに小さくて生産性ゼロに等しい。染色に使うとかであれば利用できないことはないが、営利栽培品としての食用の栽培には向いていない。
 しかしこのCrimsonな赤味は捨てがたいなぁ。どうも赤い茎は劣性遺伝なのか、茎が小さく細いのが普通であるらしい。
 赤い、太い、長いの三拍子が揃うのは突然変異という名の奇跡なのだろうか。




 ある方から創刊号を印刷版で読みたいというメールをいただいたので、本日、メール便で発送。
 拙作についてメタフィクションと書かれていましたが、そんな大それたものではございませぬ。




 3連休+代休1日で来ていた長男が夕方の新幹線で帰って行った。
 母親は仕事に行っているし、昼食をどうしようと思って「ご飯と蕎麦とどっちがいい?」と長男に訊くと「どっちでもいい」という返事。「蕎麦でもいい」ということである、(^_^;) 。そこで十一時二十分に蕎麦打ち開始。二八で500gを加水50%で水回し。前回同様、気温が低くなったせいか湿度がほどほどの60%だったせいか、気持ちよく打てて、気持ちよく切れ、しかも時間は道具を片付けて35分。500gだから大盛四人前はあるはずだが、小食の老母と三人で残すことなく完食。昨年の粉を冷凍保存しているにもかかわらず、気温が下がったら蕎麦の風味がしっかりと感じられる(ソバ吉)。

 思い出して、ソバ粉真空パック用のガゼット袋200枚、脱酸素剤200個をネットショップに注文。今日発送で、九州からなので明後日に代引きで配達。

2010年10月12日火曜日

今日は頭のなかが空っぽ

 午前中はまだ稲刈りが済まない親戚へ応援に行き、二条刈りの稲刈り機でひたすら稲を刈り倒す。
 午後は、そろそろあちこちでソバの刈り取りが始まったようなので、花園2号地に先行播種したソバを刈り取った。40坪くらいなので脱穀しても10kg~10数kgぐらいしか収量はないと思う。宅地用に造成したまま放置されていた土地なので肥料分はそう無いはずだが、結構伸びている。ただしあの高温が影響して実の付きが少ないように感じるのは気のせいか。
 とりあえずはこれで今月中に新蕎麦が打てる。
 面積150坪ほどの花園3号地は、管理機が故障して修理に出していて、除草しないうちに風雨で倒伏した。そのため、雑草の生育がソバの生育を上回って出来は良くない。残るはTさんと共同栽培している400坪くらいの畑。こちらは面積が大きいので、ある程度の収量は確保できるだろう。

 こうして体を動かしていると、頭のなかが空っぽになる。つくづく、肉体労働派である。
 もう感想を書かないと。




 昨日配達された「TOM WAITS' JUKEBOX」を開封して聴いた。
 やはり、Tom Waits自身の歌ではなく、かれが好きなミュージシャン、好きな曲がジューククボックスのように収められている。
 Bib Mama Thorntonの「Hound dog」、レイ・チャールズ、そしてビリー・ホリディはやはり「Strange Fruit」、マイルス・デイビス、セロニアス・モンク、ナット・キングコール、ルイ・アームストロングなど錚々たるミュージシャンと並んで、ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、そしてチャールズ・ブコウスキーの名前まであって、それぞれが小説「On The Road」や、詩の朗読をしている。ケルアックなどはギターの伴奏につられて唄うように「On The Road」の一部を朗読しているので、ついついyouTubeでケルアックを検索してしまった。
 ふと見たら、iPodに入っているTom Waitsの曲が112曲もあって呆れた。
 そういえば、iTuneにCDの画像を入れる方法を覚えたので、早速、Tom WaitsやEden Brent、稲葉喜美子のCDジャケットの画像を入れた。それをiPodと同期したらiPodにもCD画像が表示されるようになった。うれしい。

 それにしても、私はビリー・ホリディは少し苦手。以前も書いたが、ことに「Strange Fruit」はBessi SmithかIndia Arieの唄い方が好きだ。
 ビリー・ホリディとジャニス・ジョプリンの唄い方は相当鈍感なはずの私の神経に応える。案外繊細な部分もあるのかな。

2010年10月11日月曜日

赤い、太い、長い

101010rhubarb2.jpg 今年は、梅雨時には雨続きで根腐れ、梅雨明けしたら高温と旱魃で、すっかり成長を停止してしまった株やら、消えてしまった株やら、さんざんな夏だったが、このところの気温低下とほどほどの雨で茎が再び成長をはじめた。やはり気温が25度以下に下がって来ると赤味がはっきりとしてくる。昨年から種から育成を試みている赤茎系ルバーブのサンプルを採ってみた。
 左は緑茎種で茎が太く長い。右側の2本は先ず先ずの赤茎だが細かったり短かったりして生産性が劣る。左から2番目の茎は赤く見えるが、実は茎の裏側は緑色がかなり残っていて惜しい。これで裏表が葉の近くまで赤かったら選抜の第一候補になるはず。選抜の基準は「赤い、太い、長い」の三拍子そろったものが目標だが、ジャムにする場合はあまり太くない方が赤がきれいに発色する。皮が赤くても茎の中身は普通に黄緑色なので、太いと赤い色が薄められてピンクっぽくなってしまう。やや細めのものを本数多くした方が皮の比率が高くなるのでCrimsonな色合いになる。
 10月末から11月初めの、霜が降りる直前がいちばん赤くなるだろうから楽しみだ。
 そろそろ、残して株分けするものと、根を抜いて廃棄するものを分けて目印を立てておかなければならない。株分けは秋より春、それも3月、凍結していた土がとけて緩んだら速やかに。

 そういえば、この赤茎の種を取り寄せた海外のある種苗会社のショッピング・サイトを久しぶりにのぞいてみたら、「日本には発送しません」と、ことさら日本向けだけを特別に避けている表示をしていた。え、どうして? 来春播種する種を注文するつもりでいたのだったが、仕方ありません、来年度からは自分で採取、播種して選抜してゆくほかはあない。


2010年10月10日日曜日

うれしい情報

 RSSリーダーに登録してある大阪女性文芸協会の尾川さんのブログで、大阪女性文芸賞の候補作5作のなかに、「木曜日」の小梢さんの作品と「銀座線」の石原さんの作品が残られていることを知った。
 二作受賞すればいちばんいいんですが。静かに、応援しています。
 そういえばわが誌の同人、Uさんももこの賞をいただいているのでした。
 






 これもTom Waits、あれもTom Waits。
 やはり吼えて唸っています。
 八面六臂というか、すごい。

 Amazonから「Tom waits' jukebox」の出荷案内のメールが着信。CD一枚なので佐川の宅配便ではなくメール便らしい。
 その合間に、「The Heart of Saturday Night」11曲と、「Rain dogs」19曲中のまだ聴いてなかった16曲を聴いた。
 「The Heart of Saturday Night」は狼のうなり声以前のTom Waitsの、実にアメリカ的なメロディで、これはこれで気に入りました。それと既に聴いている「Mule variations」。みんなまとめてiTuneに取り込もう。
 残るはCD2枚組みで38曲収録の「Orphans」のうちの4~18曲め。




2010年10月9日土曜日

懼るべきはマンネリズム?(恐るべきはリアリズム?)

 Elmore Jamesのアルバムを聴き続けていて、今夜ふと気がついた。彼の名を知らしめた3連スライド・ギターリフ、ボトルネック奏法もあの時代では凄いものだったことは、いかな音楽音痴でも想像できる。
 しかし、現代の感覚ではリズムがあまりに同じ過ぎる。3連スライド・ギターリフ、ボトルネック奏法も傑出した技巧=マニエラではあるけれども、リズムが同一かつ単調では、懼るべきマニエリスムもただのマンネリズムに陥ってしまう。

 そういう陥穽は音楽だけに留まらない。絵画でも文学でも、演劇でも映画でも詩でも、どんな表現芸術でも陥る穽なのではないか?
 技巧を凝らせば凝らすほどに、それはマンネリズムに陥る危険性を多く抱えることになりはしないか?
 そして、結局はあったことをあったように書く(描く)リアリズムの威力に、フィクションやマニエリスムは敗北せざるを得ないのか?




 ジャック・ケルアックとか、アレン・ギンズバーグとかの名が見えたので、試聴サイトで2007年発売の「Tom waits' jukebox」を聴こうとしたが、アルバムはそこにあるのだけどなぜかまったく試聴できない。
 悔しいのでHMVで検索してみたらあったので注文しようと思った。ただし、HMVは3点まとめて購入するマルチバイで1470円+送料。Amazonでは単品で1550円だが1500円以上は送料無料なので、結局Amazonにオーダー。

 もう一枚聴きたかった「The Heart of Saturday Night」は試聴サイトにあることが判明したので注文せず。

2010年10月7日木曜日

劇的な差

 Elmore Jamesの曲、結局26曲ほどiTuneに読み込みさせた。やはりYouTubeより音質がいい。ただし、1963年に亡くなっているので、現在入手できるのはその後発売されているものが多い。試聴サイトに置かれている16枚も2枚が1992年と1995年で、ほかはすべて死後の発売。

 Acrobat 9 standard 本日到着。早速インストールし、使えそうなので古いAcrobat 5とフリーウェアのPDF変換ソフトをアンインストールした。
 気になるのはファイルサイズなので、テスト変換してみた。
 元原稿は一太郎の27KBのファイル。それをAcrobat 9の
「最小」だと96,7KB
「標準」だと105KB
「プレス品質」だと124KB
「高品質」だと116KB
 さして劇的な差は無い。
 同じ原稿をアンインストールせずに残しておいたアンテナハウスのPDF Driver 3.2でPDFに変換してみると、何と13,5KBとこちらは元原稿の27KBの半分に小さくなっている。これは劇的。というか、フォントの埋め込みをする、しないの差かと思ったら、Acrobat 9の「最小」がフォントの埋め込みをしない設定であるにもかかわらず96,7KBなので、この劇的な差の原因はフォントの埋め込みにあるのではないらしい。
 以前、ネット上に置いている小説のPDFファイルのサイズがとても小さいがどうしてかと質問メールをいただいたことがあるが、それはこのアンテナハウスのPDF Driver で作成したものだったのかもしれない。
 ただし残念なことに現在はこのPDF Driver はドライバ単体では販売されなくなっていて、瞬間PDFに組み込まれて販売されている模様。
 ネット上に置くPDFファイルはサイズが小さい方がいいのでPDF Driver で、印刷の版下用にPDFファイルを作成する場合は、いくらファイルサイズが大きくなっても印刷がきれいな方がいいのでAcrobat 9の「プレス品質」で作成すればいい。そういう風に使い分けよう。

2010年10月6日水曜日

ご機嫌



 あれこれ検索しているうちにElmore Jamesというブルース・ギタリストの演奏に遭遇して「カッコいい」と感じ、更に検索したらやはりミシシッピー生まれ(1918-1963)ではありませんか。スイングするデルタ・ブルース。もっと聴きたいとYouTubeを探したが、どうも接続が切れてしまうものが多くてイライラするので、例のフランスの試聴サイトに行って検索したら、無論、重複している曲もあるでしょうがCDが16枚もありました。ご機嫌~~~聴きまくります。

2010年10月5日火曜日

ありがとうございます

 今日は封書で創刊号そのものや掲載作への感想をお二方からいただいた。ありがとうございます。
 さいわい、どちらも手書きではなくワープロ、パソコンで書かれて印刷されたものであるので、明日にでもスキャナーで画像に取り込んでOCRでtxt化し、それをオンライン例会室の方に書き込みしようと思う。どうしてそんなややこしいことを、さっさと手で入力する方が早いのでは、と言われてしまいそうですが、私のキーボード操作はまったくの自己流でミスが多発するのです。
 創刊号からふたたび同人、非同人を問わず感想をひとまとめにしてネット上にアップしていたのをやめて、同人だけがアクセスできるページに感想を載せるように変更した。
 ただし、感想を寄せていただいた同人でない方にどうやってお返しするか? やはり、全文をまとめて印刷したものを送りするほかないだろうと思う。

 まだそんな時期ではないと思っていたのに、またボランティアで詩誌のレイアウト作業をしなければならなくなった。
 といっても、作成してある「詩の一段組みテンプレート」と「散文用の二段組テンプレート」にテキストを流し込むだけのことなのだけれど、txtファイルでの原稿提出は1名だけで、ほかは全員がWord。このWordが油断ならない。かえって邪魔な書式が沢山付いて来て面倒なことになる。ルビが無い原稿だったらかえっていったんテキストファイルに書き換えておいて、それを流し込む方がずっと安全。
 えーっとそれから、校正は一介のレイアウト作業者の仕事ではなくて、編集発行人様の仕事なのですけど......え?? 聴こえない?

2010年10月4日月曜日

何とものんきな一日

 日曜日ということで、本日も開館時刻まもなくの日帰り温泉へ強制連行される。
 稲刈り真っ盛りなのでがらがらに空いていて、露天風呂のジェットバスを独占し、パソコンで凝ってしまった背中の膏肓のあたりを集中攻撃。空を見上げて温泉に入るのはいいものです。
 そういえば、帰路、昼食のために立ち寄ったファミリーレストランのテーブル席の隣と、その隣も、なぜかカーテンを引いて食事している。しかも男同士であるらしい。
 へ、いつのまにこんなシステム、こんな人種が登場したのか? 私は狭いところが大嫌いで閉所恐怖症気味なので、想像しただけで呼吸困難になりそうです。

 帰宅する前にホームセンターに寄り、そば打ちの参考にするために温湿度計を購入。家に戻って早速台所の壁の見やすい場所に温湿度計を設置したら、気温22℃、湿度60%で、何となくそば打ちしやすい感じがしたので、道具を出し、先ず500gで打ってみた。加水率ピタリ50%で、実に延しやすく、切り安く、ご機嫌なそば打ちとなった。
 ふと、このまま道具をしまったのではもったいないような気がして、打った蕎麦は数十メートル離れたN沢さんの家に上げて、うちの分はもう一度打つことにした。N沢さんの奥さん、ニコニコ。
 それからもう一度500g。同じようにすいすい打てて、切るのもとてもリズミカル。やはり湿度60%がいいのか。今後しばらく、蕎麦を打つ度に温度と湿度を記録してみよう。湿度は意外と重要で、湿度が低い時は事前に加湿器とかヤカンの湯気とかを立てて調整するといいかもしれない。

101003soba.jpg

101003soba2.jpg

 蕎麦の風味もバッチリで、妻、母親も「今日のお蕎麦はおいしい」と結構あっさりと平らげた。
 どう苦しんでもうまく打てなかった真夏の蕎麦打ちを思い出すと嘘のようだ。やはり、この夏のような30℃越えでの高温下での蕎麦打ちは無理だった? 
 何とものんきな一日でした。さて。

2010年10月3日日曜日

うれしい&ビックリ

 今日は、同人誌について問い合わせのお手紙をいただいた。もう随分前から宣伝めいたことをしなくなっているので、うれしい&ビックリしました。どこで知られたのでしょう。
 同人誌を読みたいということと、一冊出すのにひとり幾らくらい費用がかかるかという質問なので、あるいは参加を希望されるかもしれないと、つい考えてしまいました。
 早速、返信をしたため、会の規約・案内を印刷し、終刊号と創刊号を一部ずつメール便で発送。
 もう数人、書き手が増えれば、私など書かなくてもよくなりますが、そうは問屋が卸さない。

 そういえば、そろそろ自分の同人誌掲載作と、ほかにも書かなければならない同人誌作品いくつか、感想を書き始めなければならない。

 雨が降ってぐっと気温が下がったので、キノコが出始めたらしいが、ひとりで山に行っては行けないというお達しがわが家の中で出た。先日も軽井沢で保養所の補修にでかけた市内の会社員が熊と遭遇し怪我をした。どうも浅間山、軽井沢方面は危険らしいが、わたしがシメジを見に行く山も「熊出没注意」の看板は立てられている。土日は山にキノコ採りのひとがどっと押し寄せるので熊も出ないだろうけど。

 お、Acrobat 9 standardのバンドル版がオークションに破格の値段で出ている......うーん、会のお金で買わせていただこうかな?(腕組み)。



2010年10月2日土曜日

PDF

 先日、電子ブック作成ソフトといっしょにPDF書き出しのフリー・ソフトもダウンロードした。
 それで一太郎からPDFに書き出ししてみると、縦書きの会話の「」のうちの、はじまりの「がぐっと下がって次の文字に被ってしまう症状が出て、これでは使い物にならないと思ったが、検索してみたらネット上に対処方法が記されている記事があり、設定で二ヶ所ほど訂正したら、「が普通の一文字目の中央に表示されるようになった。
 それから、もうひとつ、このフリー・ソフトにはPDF書き出しに解像度の低い順から「スクリーン」「印刷」「ebook」、「プリプレス」と使用場面に応じて4種類の設定があり、さらに自分で解像度を決められる「カスタム」もあるのだが、どの解像度でPDFに出力してもファイルサイズが同じという、納得できない現象に遭遇。解像度が異なればファイルサイズも異なって当然なのだが、これはおかしい。
 ただし、使い勝手はまずまずいいので、アンインストールはせずに、もうしばらく調べてみよう。PDF作成ソフトの本家Actobatを買えばいいのだが、これが高い。5.0より先が買えないでもたもたしているうちに今は9.0となってしまい、アップグレード版を購入する権利も無くなってしまった。PDFから直接jpg画像に書き出しするのに5.0が便利なのでこれも捨てるわけには行かない。

2010年10月1日金曜日

雨が大事

100930rhubarb.jpg

 雨が降って気温が下がり、また雨が降ってようやく、生育停止していたrhubarbが少し元気を出し、色付いても来た。(といっても、この株がもっとも赤味が強く、ほかは茎の真ん中あたりまで赤く、その上は緑というものが多い。多分、残して株分け出来るのは全体で5株くらいか。根腐れや暑さで枯れてしまった株もあり、正確には数は判らないが、多分150~200株くらい植えたうちの5株です。何とも徒労ではあります。
 今年は先ず梅雨の間は水攻めにあい、酸素欠乏で根腐れを起こして瀕死の状態になったところへ梅雨明けし、今度は暑さに弱い植物なのに異常な高温に攻められ、いよいよ仮死状態になっていた。
 やはり畑のものは雨が大事だ。白菜、キャベツ、大根、野沢菜、みな急に元気に大きくなり始めた。そうそう、自家採取したねずみ大根も播種したのだが、どうやら葉の切れ込みも鋭く、形質は残っているらしい。たまたま葉の切れ込みが丸い株が5つくらいあるので、それは今のうちに抜いてしまおう。

2010年9月30日木曜日

そんなことを考えると

 結果がシロだったから書けますが、今の医療技術はすごいと感心してしまいました。
 胃カメラの先端にエコーが付いていて、それで胃の内側から膵臓やら胆嚢を視るんですね。たった2mmの異常を発見しての再検査でしたが、一応、水疱という結論でしたのでほっとしました。
 しかし、自分が検査を受ける方がずっと楽だと思いました。
 私自身は生まれてこの方一度も入院したことがない健康体ですので、そんなことを考えると罰が当たりますが。

 



 しつこいようですが、今夜もまたJ.S Bach _ Matthew Passion_ Erbarme dich (Alto)を聴いて眠ります。

2010年9月29日水曜日

あっちにもこっちにもBlack Box

 23日に書いた、同人専用のページに入るパスワードが受け付けられなくなった一件、どうもウェブサイトリニューアルの際に削除したファイルといっしょにhtaccessファイルも誤って捨ててしまったのがもともとの原因であるらしいが、それがどうしても復活できない。プロバイダのサーバーのフルパスの記述が間違っているらしいが、どんなに調べても判らない。プロバイダに訊ねても多分教えてくれないではないかと推測される。お手上げなので、ついに個人ウェブの部分と同人専用ページだけをFC2の無料ホームページ・スペースを借りて引越しした。ここだと、パスワードによるベーシック認証がついていて、パスワード制限したいページを収めたディレクトリ(フォルダ)だけにパスワード制限をかけることが出来る。それも管理ページで実に簡単に。あれれ、自分であんなに苦労したのがバカみたい、(ーー;)

 そういえば電子ブックの表紙に画像を張ることができるはずなのに出来なかった。が、これも解決。
 電子ブック編集ソフトのウィンドウに「閉じるボタン」と「最小化ボタン」があっても「縮小」ボタンが無いので、ウィンドウを小さめに出来ない。小さめに出来ないから画像を納めたフォルダをウィンドウに重ねて開けない。開けないから画像ファイルをドラッグできない。なぜ、表紙に画像を入れるのにドラッグしかないのか、「表紙に画像を挿入」という風に、他の方法も用意しておいてくれればいいのに。
 と、モニターの右端に少し余白があって、そこにカーソルを持っていったら、何とが現われたではありませんか。そのを左に寄せたら、余白が大きくなったので電子ブック編集ソフトのウィンドウをぐぐっと左に寄せ、空いた余白に画像を納めたフォルダを開いておき、それから表紙画像を編集画面の表紙の部分にドラッグ。お、表紙に画像が入りました、 \(^o^)/

 明日は自分ではないが検査を受ける家族の付き添いで、午後、半日病院。
 iPodを充電し、ほかに上着のポケットに入る文庫本一冊と思ったが、小説は読みにくい。すると「重力と恩寵」が目に入った。これだったら、読めるかもしれない。
 明後日はアルツハイマー症になって73歳で亡くなった従兄の葬儀。
 人間の病気も一種のBlack Box。

2010年9月27日月曜日

電子ブック作成?

 今日は、長男がいきなり手伝いに来てくれたので、急遽、自家用米水田の稲刈り。ただいこの間の雨の影響でまだ土がぬかるんでいて、少し足が取られ苦労した。が、とにかく夕方には終了して、やれやれ。

 夕食後、昨夜ダウンロードした電子出版ソフトをインストールして、電子ブックを作成してみた。といっても要するにウェブページで使われているXHTMLファイルをZIPファイルにまとめるというepub方式ではなく、画像を組み込む方式の電子ブックである。昨日紹介したSF大家の日録に似た方式で、PDFを1頁ずつ画像化してそれを順に並べ、頁をめくることで読み進められる。
PDFファイルを一枚ずつ画像化するのは古いバージョンだがAcrobat5.0があるので、それで既成のPDFファイルを開き、それを一度「名前をつけて保存」をクリックし、保存するファイルタイプをjpgやpngなどの画像ファイルの拡張子を指定し、保存する。そうすると、みごとに1頁がひとつの画像ファイルになる。その画像を指定のピクセルにリサイズし、それを電子ブック作成ソフトの電子ブック作成テーブルに全てを追加する。すると、こんな感じの電子ブックが作成される。

 矢印のサムネール画像をクリックすると拡大表示される画像は、実物の80%。

星は薔薇色の涙を流さない.jpg

 この体裁で、左頁下をクリックすれば頁がめくられて次の頁へ、右頁下をクリックすれば前の頁に戻ります。(この画像はただのjpg画像なので反応しませんが。それからPDFの画像化がまだ下手なので、いまいち、フォントが美しくありません。2~3倍の大きさの画像を作成しておいてリサイズした方がきれいなようです)

 この方式のよい点は、日本語の様々なフォントで縦書き表示したものを頁化できること、欠点は画像化しているのでファイルサイズが大きくなること。
 ただし、この電子ブック作成ソフトのいい点はそのままepub方式でも電子出版できること。iPadなどで読んでもらうためにはepub方式がいいし、ファイルサイズも1/3くらい小さい。電子ブックオリジナルの方式のファイルだと12.7MB、epubファイルだと3.4MB。この差は結構大きい。
 しかし、この電子ブックオリジナルの方式だと、パソコンでこの電子ブックのファイルをダブルクリックするだけで、特別なビューア(読むソフト)が要らないというのがまた大きな長所。epubの電子ブックファイルをダブルクリックしても読めないのに比べればこれは優れている。

 それでも、ファイルが大きくなるので今のところ100枚くらいの長さの小説をこの方式で電子ブック化し、デジタル文学館に登場させるのちょっと、難しいか。あのサーバーは1ファイルの容量が1MBに制限されていたような気がします。

2010年9月26日日曜日

半分落胆、残る半分納得

 Twitterになじめずにアカウントを取得したまま、ひとこともつぶやかないで、作家、詩人など7~8人のTwitterを「お気に入り」に登録しておいてたまたま見に行っていたが、今日になってふとTwitterもRSSを発信しているのに気づいて、ブラウザに組み込まれているRSSリーダーである「Headline-Reader」を開き、それらTwitterのRSSフィードを追加してみたら、あっさり登録できた。これで、いちいち見に行かなくても更新されたTwitterだけ見ればいいことになった。
 などと遊んでいたらこの大先生この日記を開いてみて驚いた。電子ブック形式で、しかもヘナチョコなHTMLのフォントでなく先ず先ずのフォントで縦書き表示されていて、しかも左ページの左下をクリックすれば次頁へ進み、右ページの右下をクリックすれば前のページへ戻れるではありませんか。
 でも、やはり肝心のテキストは実は画像ファイルであるgifファイルでありました。いまだに日本語のテキストを縦書きでしかもある程度美しいフォントで表示することが出来るのは、画像ファイルしかないのですね。半分落胆、残る半分納得して100%。

 とか何とか、さらにあれこれ検索しているうちに、フリーウェアの電子ブック作成ソフトを発見、早速ダウンロードしました。
 どうやら、このソフトも頁をめくる方式の電子ブックが作成できるようですが、画像がgifではなくpdfからpngに変換されたものらしい。
 pdfをpngに変換するソフトなんてあるのだろうか?
 ケチケチせずに、PDFのご本家のAcrobat standardを購入すれば簡単に画像ファイルに書き出し出来るらしいけど、でも高いですw。

 って、まったく何を考えているんでしょうね。
 電子ブックの作成を目論んでいる?
 む、むむ? ?

2010年9月25日土曜日

相互交換

100924kaikyouha118.jpg 100924kaikyouha119.jpg 最近発行人になられた方から北九州市の歴史あるこの同人誌を送っていただいた。歴史、同人数、小説、詩、エッセイ、評論と総合文芸誌の風格があり圧倒されます。
 こういう風に、雑誌を相互に交換し合うことを今後はいちばんの主眼としなければならないと思っている。同じように小説を書く、小説を読むということをで二足歩行している者同志であるからこそ、文学的会話も以心伝心で交わせる。
 偉い批評家にプロットだけさっと書かれるような同人雑誌評などより、同じように苦しんで書いているひとのひとことの方がずっと的をえていて、うれしいことがある。

 そうそう、これからは、どんどん雑誌の相互交換を呼びかけよう。
 一冊ずつ無料で相互に送りあうのである。感想その他は強制しない。とにかく相互に送りあうだけ。

 というか、ネット上で同人誌の相互交換システムを作ってしまえばいいのかもしれないけど......(もうやめておけよと胸の中の誰かがお説教はじめました......)。


100924edenbrentcd.jpg これはスキャンついでに撮りましたが、先日発売元からイーデン・ブレントの新しいアルバムをダウンロード購入した、そのmp3ファイルをCDに焼き、ジャケットの写真(元々がモノクロ)をプリントして収めたもの。これで十分というか、すでにCDで音楽を聴くよりもパソコンでZ4スピーカーで聴くことがほとんどなので、CDは見てるだけになりつつあります。iTuneやら、フリーの録音ソフトやら音楽ファイル編集ソフトを使うと、結構自分の好きな曲だけ編集できるので、それを音楽専用のUSBフラッシュメモリに入れておきます。無論、イーデン・ブレントお姉さんのドスの利いた歌声と撥ねるようなピアノの音も、ミシシッピーど真ん中な陽気な諧調でご機嫌です。

2010年9月24日金曜日

パスワードがダメ?

 元同人だった方から、今度の創刊号掲載作についての感想を記したメールをいただいた。
 他の皆さんの感想に挟まれて、私の書いたものについては「これ私には無理無理。高級すぎて難しくてわかりません。ごめんなさい」と書かれていた。決して高級ではないが、読みにくく解りにくいのは確か。
 そうそう、このブログに来ていただいている皆様にもお断りしておきます。
 どうか、私の変な、解りにくい、小説なのか何なのかも判らない作品への感想はご無用に願います、(^_^;)
 他の作品の感想はどしどしお寄せ下さい。

 顔を合わせての例会が困難になってしまったので、合評もネットを使ってオンラインでしようとしたが、案外ネット上の合評が難しい。そこで同人、同人でない方、寄せられた感想すべてをネット上で読めるようにして来た。初めは同人だけがアクセスできるページで半分非公開だったが、最近は公開していた。しかしこの公開にも問題があり、今度の雑誌は非公開の方がいいのかなと考えている。とすると、やはりパスワード制限をして同人には専用IDとパスワード、感想を寄せていただいた方でネット環境にある方にはURLとゲスト用のIDとパスワードをお伝えして見ていただく。そういう方法が次善かと思う。
 しかし、そのパスワード制限が、現在使えなくなっているのを発見(顔面蒼白)。
 原因追求を続けたが、何故そうなのか、いまだに分からない(泣)。サーバーの方の仕様が変わったのか?? どうも、この方法が今のサーバーでは使えない可能性とすれば、他の方法を考えなければ。CGIが使えるサーバーを探す?
 

2010年9月23日木曜日

亜熱帯?

100922sobamankai.jpg 100922sobamankai2.jpg

 また共同栽培のソバ畑の様子を見に行った。
 雹害を忘れてしまうくらい賑やかになり、ほぼ満開の状態だった。倒れて起き上がって曲がっているので、刈りにくいと思うが、ある程度の収量は見込めるだろう。
 そういえば、ソバの東側のT屋さんが西瓜を栽培した跡地で知らないおじさんが後片付けをしていたので、T屋さんは?と聞いたら、昨日か今日か、また奥さんが喉に食べ物を詰まらせて救急車で病院に入院したという。また付き添いで、タイヘンだ。

 出たついでに千本シメジの出る山に回ってみたが、斜面にはまったくキノコが見当たらない。毒キノコさえ無い。まだ夏の山である。明日、雨が降って気温も下がるというので、そしたら出るか。
 一昨年、昨年と不作で、今年も不作? 9月には入ったら雨が降って気温が下がらないとキノコは出ない。やはり温帯ではなく亜熱帯になってしまったか。

2010年9月22日水曜日

もっとほかに情熱を

 果樹を栽培している親戚から電話があって、栗が採れたが持って行かれないから持ちに来られないかというので、行った。
 ほかに林檎の「つがる」、「プルーン」、やや小さめの「洋ナシ」をいただいた。すごいと思ったら、プルーンが生まれて初めてというくらい沢山実が付いて収穫が間に合わないので、たとえ半日でも一時間でもいいから収穫を手伝ってくれないかと言う。うふ、そういうことでしたか。ま、半日を2回くらいはお手伝いしなくちゃ。
 帰宅して夕食後に栗の皮むきのお手伝い。これがタイヘン。
 渋皮がついたままのもの少々は砂糖を入れた「渋皮煮」にするという。残りは渋もゴリゴリ剥いて湯通ししてから真空パック用の酸素を通さない袋に入れ、これもシーラーで密封、冷凍庫入り。
 少し残したもので明日は「栗おこわ」だそうです。なんとも食い意地の張った家族であります。

 こんなつまらないことに夢中にならないで、もっとほかに情熱を注がないといけません。

2010年9月21日火曜日

「胡壷」9号

 7月発行で、送っていただいた時に一読はしたものの、自分の難航する創作やら引き続いての編集レイアウト作業で感想が書けないまま、秋になってしまいました。




「小倉まで」ひわきゆりこ(胡壷9号・福岡市)

 小倉に住む叔母に久しぶりに招かれ、訪ねてゆくという5頁ちょっとの掌編だが、何よりも先ず、二ヶ所に描かれたふたつの背中が印象的だった。
 ひとつめの背中は、小倉駅を出ようとして遭遇した、両腕を振り回し奇声を発して駆けてゆく青年のデイパックを背負った背中である。彼は南口から北口へ一気に走りぬけた。彼に何があったのかは分からないが、主人公である「私」は彼の前に立って大きく両腕を広げ、制止するというイメージを抱く。なぜ、「私」がそういうイメージを抱いたのかは分からない。
 もうひとつの背中は、せっかく訪ねて行ったのに食欲と愚痴ばかりが旺盛で自分が不幸なのをいまだにひとのせいにする叔母が、自分の話が気に入らないのなら帰れと言って背を向けてしまう、その頑なな背中である。
 6頁下段、9行目。
......手だけが別の生き物のように籠の菓子袋をまさぐっている。それが必死に何かを求めているようで気味が悪い。
 もはや叔母は得体の知れない生き物になってしまったかのようだ。小倉駅の青年といい、叔母といい、コミュニケーションが成立しない場所に立って背中を見せている。
 このふたりの背中は、人間が人間でなくなってしまう一瞬を現わしている。「私」の視界に二ヶ所、ぽっかり穴があいている。それをさりげなく描写している。
 帰路、再び小倉駅で、変わった様子もなくショーウィンドウに見入っているデイパックが目に飛び込んできた。もう彼は普通の人に戻ってしまったのだが、「私」は彼の衝動が吹き出して自分に向けられるのではないかと思う。
 短いが、読んでいてふたりの背中の向こう側の大きな暗闇を感じないではいられない重さがあった。




「崖くずれ」納富泰子(胡壷9号・福岡市)

 何とも感想の書きにくい小説である。
 とはいえ悪い作品ではない。
 が、読んでいてどこか居心地が悪い。
 その理由は、あるいはこの作品が二つの顔を持つ小説であるからかもしれないと思う。

 この作品の基底には、過労死させた部下の妻と浮気してしまった夫の失踪という、何ともよくありそうな、コテコテな人間的現実が書かれている。
 浮気が発覚すれば、当然、夫婦の間に波風が立ち、そのあげくに離婚するか元の鞘に納まるかどちらかだが、嫉妬する妻の無言の嫌がらせが効いたのか、この小説では夫が失踪する。
 どこを探しても見つからないし、夫の浮気の相手であるアザミに似た女も行方は知らない。夫が生きているのか、死んでいるのかさえ知れない。
 残された妻は長年患っている膝関節症に加えて、転倒して骨折し、車椅子生活になり、ヘルパーの世話になりながら暮らしている身の上である。
 その彼女が、夫の残した高野喜久雄詩集のなかの「崖くずれ」という短い詩に着目する。
(そういえば、いつだったか、妻が高野喜久雄詩集を探してくれというのでネットで検索して注文したのを思い出し、読みたいので貸してと言ったのだが、どこにあるか判らないというつれない返事、(ーー;) ...... ) その詩から、「山を囲む、青黒く透明な池だ」で始まる書き出しの11行が生まれ、やがてこの作品の終わりに至って、ひとつの山や池がまさに実体を以って出現する。彼女の意識はすでにマンションにはあらず、山にある。
 これをただの認知症を患った老女の幻想、妄想と読むことも出来なくはないが、22頁上段8行目から23頁下段5行目の終わりに至るまでの幻想的でありつつもリアルな描写、これを認知症を患った老女の幻想、妄想と読んでしまっていいのだろうか?
 ......崖くずれの音は、頑なな山の心が、揺れ動いて開く音なのだ......。崖くずれは切ない。自分の一部を失いながら、何かを求めている。
 と書かれているが、認知症を患った老女の幻想や妄想にしてはあまりに澄明すぎはしないか。
 思わず私は、宮澤賢治が晩年に死にそうになった時のことを書いた詩を思い出してしまった。
 あの詩もまた、あまりに澄明すぎて、切なく悲しく、そして美しい。
 夫の浮気に嫉妬しないではいられなかった妻が、これほどに澄明な心境に至ることが出来る。それも認知症スレスレにである。

 「崖くずれ」。読むのも、感想を書くのも、実に難しい小説でした。
 この小説が二つの顔を持つ小説と言ったのは、あるいは人間という存在がふたつ、三つ、あるいはそれ以上の顔を所有するポリフォニックな存在であるということを証明してくれているからなのかもしれません。


2010年9月20日月曜日

叙情を排さない

 若い頃に「叙情を排す」という題名のエッセイに感銘した記憶があるのだけど、誰が書いたか失念して思い出せないのでGoogleで検索した。
 そしたら題名が違っていて「第二芸術論」だった。そうか、偏愛してやまない安吾のエッセイだったのだ。数十年も経過すれば、それさえも忘れてしまうのか。

 一部引用する。
 主知派だの抒情派だのと窮屈なことは言ふに及ばぬ。私小説もフィクションも、何でもいゝではないか。私は私小説しか書かない私小説作家だの、私は抒情を排す主知的詩人だのと、人間はそんな狭いものではなく、知性感性、私情に就ても語りたければ物語も嘘もつきたい、人間同様、芸術は元々量見の狭いものではない。何々主義などゝいふものによつて限定さるべき性質のものではないのである。


 人間という存在はどこかどの動物にも真似できない理知的な存在でありながら、もう一方でセンシティブ(感覚的)な存在でもあるので、どこまでもセンシティブ(感覚的)にならざるを得ない。
 ここでいう理知的は、前世紀の哲学者であるニーチェの言を借りれば「アポロ的明晰」のことであり、センシティブ(感覚的)とは反対にディオニュソス的陶酔ということになる。芸術で言えば音楽や舞踏はセンシティブ(感覚的)でディオニュソス的だが、哲学や文学、ことに小説が含まれる言語表現や言語芸術はアポロ的明晰が要求される。
 詩の中でも、抒情詩と呼ばれる分野はセンシティブ(感覚的)でディオニュソス的だし、叙事的な詩は「アポロ的明晰」に裏打ちされている。

 叙情だけの世界は鬱陶しい。だからといって叙事だけでは味気なく砂を噛む。
 多分、小説はその双方を必要としている。叙情的にも豊かで叙事的にも豊か、それが小説、文学というものだろう。



「照葉樹」9号

「十薬美身水」垂水薫......(照葉樹・9)福岡市)

 「照葉樹」はたったふたりの二人誌であるが、そのふたりがこの号も気を吐いている。

 垂水さんは、人間の登場人物以外に「蛍」とか「鶏頭」とか「樹木」とか小説の中に物を巧みに描出するのが実にうまいひとだが、今回はそれがドクダミであった。
 ドクダミで一編の小説を書かれてしまったとい驚き。まさか、あの草が一編の小説をつらぬく通奏低音となるとは思いもしませんでした。
 ドクダミが、妙子をしてその人生の来歴を語らしめている。
 サチヨが登場してからの十薬美身水の製造と販売の構想に至るまでの描写は読んでいて楽しい快進撃である。「十薬美身水」というのも実に絶妙な題名で感心した。

 ただ、唯一惜しいと思うのは、伸之との交流までをじっくり書いて来た部分と、伸之が来なくなってサチヨが登場した以降の場面との間に、小説が微妙に別物になってしまいそうなヒビを感じた。ここで小説がふたつに割れ、別物になろうとしているのである。
 もう少しサチヨの登場を早くして、伸之との交流と重ねて描いて、それから伸之が来なくなった方が小説として重層的になり魅力も増したような気がする。作者は律儀すぎて伸之は伸之、サチヨはサチヨときちんと分けて書き過ぎた。人間の人生そのものが重層的なのだから、そんなにきちんと書き分けなくてもいいのでは。

 と、「十薬美身水」を読んだひとには解っても、読んでいない方にはチンプンカンプンな感想でしたが、そういう方は上記リンクのkitaohiさんの感想をお読み下さい。




「ルイ子の窓」水木怜

 この小説は、診療内科の開業医である小松原の視点から書かれている。
 作者は、こういうきわめて専門的な職業的知識や医師の実感を得る場や交友があるのだろうか。そうでないと描けない描写がある。たとえば小松原の患者である大井さつき。彼女の存在感や戸惑いや挙動やいろいろが実にリアルである。小松原の医師としての生活の側面がこの大井さつきという患者の描写で裏打ちされていると言っても過言ではない。しかもやや意思の疎通を欠いているかと思える妻とも、この大井さつきという患者を媒介にして会話が出来るようになった。このあたり、実に、自然にうまい。
 その一方で、居酒屋「しんや」という場を介してのルイ子という女性の人生の来歴の総体と、その自死という終わりも、「ルイ子の窓」以外にタイトルの考えようもない小説のストーリーとして実に絵画的に派手であでやかである。小説としては多分に、ストーリー主体のオーソドックスな小説のスタイルなのだけど、小松原や大井さつきやルイ子は人間として十二分に描出されている。
 これまで読ませていただいた水木さんの作品の中でいちばん、かもしれません。

2010年9月19日日曜日

頭と目が悪くなった=老化

 同人誌の小説、遅ればせながら7作ほど通読。
 ただし、感想を言葉にするのがまたタイヘン。何でこんなに頭が悪くなったのだろう。
 いや頭だけではない、目もかなりひどい。9ポの、フォント・ウェイトの小さい、つまり線の細いフォントが、随分読みにくくなっているのに気づいた。自分の雑誌のフォントをやや太目のウェイト3にしてフォントサイズも0,5大きくしたものだから、他誌のMS明朝などの9ポのフォントが妙に印字が薄く小さく感じられる。
 これは老眼の症状であるが、近視もあるのでややこしい。遠近両用などいう眼鏡は、眼鏡店で勧められて断ったら二度と勧めなくなった。


2010年9月18日土曜日

恐るべしインターネット

 送っていただいたまま読めずに過ぎてしまった同人誌の2作を通読。もう一冊も読めずにいた作品を読み、読んだまま感想を書けないでいた2作も再読しようとしたが集中力が切れた、情けない。

 久しぶりにEden Brent姉さんの新しい歌がアップされていないかとYouTubeに行ってみたら、新しい曲もアップされていたが、Blues Music Awards とか、 Piano Player of the Year Award - Memphis 2010 とかを受賞したらしい。彼女のウェブに飛んでみたら、確かにこの二つの賞を受賞していたが、Ain't Got No Troublesという12曲入りの新しいCDが出ているではありませんか。さっそくHMVでけんさくしてみたら、USAからの輸入盤が2010/09./07の発売(2615円、マルチバイ特価だと1831円)、その上2010/10/22発売でどうやら日本の国内盤(2500円)が発売されるじゃありませんか。ありゃ、AMAZONでは1644円で配送料無料だって。国内で買うならやはりANAZONか。
 それにしても日本で発売されるなんて、ついにお姉さんも世界的にブレイク? やったぜ、お姉さん。
 しかし、彼女のオフィシャル・サイトから更にそのCDを出しているYellow Dog Recordsのサイトに行ってみるとCD一枚そっくりをダウンロード販売していて、その価格が何と8,99$じゃありませんか。
 うーん、代金決済もクレジットカードやPayPalでいいらしいので、ダウンロード販売で今夜にも購入したい気分。ebayにもCDは出ていたが、アメリカ国内発送でも10$以下はなく、日本まで発送してくれるのは一店舗だけで価格は$16.72。
 やはり、ダウンロード販売がいちばん安くて、いちばん早く入手できる!! 恐るべしインターネット。

 そのAin't Got No Troublesに入っているらしいMy Manという彼女のオリジナル曲。







 とか言っているうちにPayPalを使って支払いを済ませ、zipファイルに圧縮されていても108MBのファイルを、わが家の遅いADSLでも10分でダウンロード出来てしまいました。国内でもアメリカでもダウンロードにかかる時間はあまり変わらないんですね。
 さて、早速、解凍してみます。
 12曲のmp3ファイルと、CDカバーの写真をおさめたJpgファイルがひとつ、それからCDの表と裏のカバー写真とライナーノートがpdfファイルでちゃんと入っているではありませんか。
 これらのmp3をCDに焼き、jpgをカラー印刷し、ライナーノートも印刷して収めれば、一応Ain't Got No TroublesのCDが出来てしまうではありませんか。
 今夜はとりあえず12のmp3ファイルをiTUneに取り込んでしまおう。いやiPodにも入れてしまおう。そうすれば布団の中でも聴けますので......。
 ? ということは、彼女の1枚目のアルバムであるSomething Coolもダウンロード販売で購入できない?

 ギャッ! 自動返信とはいえ、Eden Brentお姉様から私のアルバム買ってくれてありがとうってThanksメールが届いたじゃありませんか、うれしい。



2010年9月17日金曜日

今夜こそ

 いつものように、ヨーロッパの試聴サイトでBill EvansのPortrait in jazz (keepnews collection)などのCDをややボリュームをしぼってBGMとしながら、読書。
 今夜こそ読まなければ。
 

2010年9月16日木曜日

湿度計と加湿器

 今夜は15日定例の赤提灯の無尽の日。3時過ぎから雨が降ってきたので帰宅したが、ふと思い立って300gのそば打ち。赤提灯から帰宅してから食べる予定で打った。量が少ないので30分ほどで終了。水150gでやや柔らかすぎかと思ったが、畳んだ部分が切れず、とても上手に切れた。雨が降って湿度が上がっていたためか。
 いずれにしても真夏に冷たくしめた蕎麦をと思ったが、この夏の異常な高温下ではうまく打てないことが判った。気温が下がって来てよかった。
 とか考えながら、ネットで湿度計を検索してみたら、そう高いものではないので、この際、温度計と湿度計がいっしょになった温湿度計を購入しておこう。感覚的に湿度が低い、高いではなく、きちんとしたデータとして湿度、温度を認識しながら蕎麦を打つ方がいいだろう。
 冬場の乾燥した時期には、湿度計を見て湿度が低すぎる場合には事前に加湿器で湿度を調整しておくのもいいだろうが、そこまでするのは度が過ぎているので、とりあえずは温湿度計だけ入手しておこう。

 赤提灯から帰宅後食べようと思っていた蕎麦は結局ビールを飲んだために食べられず、明日の昼ということに。

2010年9月15日水曜日

今日は冬瓜頭、(ーー;)

 毎月あることだが、昨夜は夕食後しばらくぼんやりしていて、そのうちに睡魔に引き込まれて八時間の爆睡。この赤ちゃん睡眠で復活する。

 今年は姫冬瓜を2本だけ植えた。姫冬瓜はミニ冬瓜なので着果数が多すぎ、毎年採れ過ぎて困るので1本でもいいのだが、枯れたら困るので2本植えた。しかし、樹勢がよくてパイプ支柱のネットに並べて植えたゴーヤーの蔓の上にまでのしかかってゆき、反対のキュウリの蔓にまでのしかかっていって、母親にこんなものを植えてと憎まれている。数えてみたらどうも40個以上生っているらしい。T屋さんの知り合いで欲しい人がいるというので昨日10個収穫して届けた。Y書林のSさんにも1個。それから妻が職場の同僚に上げたいというので6個をダンボール箱に入れ、車に載せておいた。
 そしてわが家の夕食用に1個。冬瓜を切って皮を剥き下茹でしながら、昆布などダシ3種類でダシ汁を製造。その後に冷蔵庫にあった豚肉をオヤマボクチ精製用に購入したフード・プロセッサーでミンチ状にして投入、さらにどこかに干しエビがあったと思って探し出し、これも少ししかないから全部投入したら、どうも多かったみたいだった。それから醤油は色が濁るのでやめて塩だけで味を調え、溶いた片栗粉を混ぜて火を止める。そして時期に購入して冷凍庫に確保してあった柚子の皮を解凍して刻み、鍋の中に散らす。この時期はまだ暑いので、そのままでは熱いので冷ましておいたいただいた。おいしい~、やはり柚子無しでは冬瓜のあんかけは成立しません。必須アイテムですが、残念ながら寒冷地である当地では柚子は栽培不可能らしいのです。
 来年は姫冬瓜はやめてほんとうの大きな冬瓜を作ってみよう。
 Tさんの知り合いは、冬瓜を切って茹でたものを冷凍保存しておき、それを解凍していつでも食べられるようにしているのだという。茹でて冷凍して、解凍してもスカスカにならないだろうか、姫冬瓜で実験してみよう。
 って冬瓜のことばかり.....今日は私の頭は冬瓜です.(ーー;)




 ふと、偏愛する作家の偏愛する小説みたいな小説を書きたいというややこしい思いに捉われた。かなりフィクショナルな小説だが、それを換骨奪胎してリアリズムの書き方で書いたらどうなるだろう? なんて、またムチャクチャなことを考えて......(ーー;)
 もう、今日は寝よう。

2010年9月13日月曜日

シンクロニシティ

 ようやく、創刊号の発送も済み、「デジタル文学館」と「文学サイト長野」のウェブデザイン変更も何とかクリアした。残るは後者の「リンク」のページのリンク切れの確認と、新しく登場した同人誌のwebがないか検索。
 すると北九州で発行されている「海峡派」のブログを発見したので書き加えてアップロードした。

 それからメール・チェックをしたら、何と、「海峡派」の新しい編集発行人になられた方から、「小説書くひと=読むひとネット」のメール・ボックスからメールが着信していて、最新号を送っていただけるとのこと。それから、「小説書くひと=読むひとネット」について記事を書かれた「海峡派」のブログのことも書かれていて、うーん、何というシンクロニシティ! ユングのシンクロニシティは眉唾にしか思えないが、こういうシンクロニシティは大歓迎です。


 新しい雑誌になって考えたこと
 1 残部を在庫しない。
 2 こちらが読んでいただきたいと思う同人誌へは、事前に断りもなく勝手に送付させていただく。
 3 2と逆の同人誌には、これまでの流れに関係なく送るのをやめさせていただく。
                         (ちょっと過激かな?)

 

2010年9月12日日曜日

いちいち「はい」、「いいえ」?

 宛名の差し込み印刷はやはり自動給紙ではなく、一枚ずつ手差しでないと紙詰まりで停止することがある。しかも封筒の上の糊付けする部分はそのままではなく、折った状態で給紙する方が紙詰まりしないらしいと判った。
 しかし、次号のために、今のうちにフォントの形やサイズをもう少し見た目の良いものにしておこう。 時間をおくと、どうして変更するか解らなくなってしまそうなので、今しておいた方がいい。

 この頃、少しお気に入りに入れてあるtwitterを見ることがあるのだが、必ず「セキュリティで保護された Web ページ コンテンツのみを表示しますか?」という表示が現われて、「はい」か「いいえ」を選択するように迫る。それがほかのひとのtwitterに移る度に表示されるのだからたまりません。10人分で10回、いや、なぜか、「はい」でも「いいえ」でも一回ではダメで2回押さなくてはその表示が消えないので20回クリックしないといけないのである。
 あまりにたくさんの「はい」「いいえ」に、思わずJ・プレヴェールの「劣等生」という詩を思い出してしまました。
  「はい」と答えるとすべて表示されるが、臍を曲げて「いいえ」を押すとそのページの画像がまったく表示されなくなる。右側のフォローしているひとのアイコン画像が表示されない。されなくても構わないが、いちいち「セキュリティで保護された Web ページ コンテンツのみを表示しますか?」は、鬱陶しい。
 またtwitterだけでなく、今、リニューアル中の自分のホームページのパソコン内のローカル・ファイルを、レイアウトが崩れていないか、表示確認のためIE8(インターネット・エクスプローラ8)で開いてみると、これもまた、「セキュリティで保護された Web ページ コンテンツのみを表示しますか?」という表示が出てしまう。
 これではアクセスして下さる方が嫌がるだろう。
 ということで検索してみた。どうもこの症状はIE8になってから出ているらしい。IE7以前であれば出ないのか、確かめようもありませんが、どうもそうらしい。
 対策は、IE8を起動して「ツール」→「インターネット・オプション」→「セキュリティ」→インターネット・「レベルのカスタマイズ」のなかの「その他」のいちばん下、「混在したコンテンツを表示する」を「有効にする」にすればよいことが判った。そこで、早速実施。確かに、表示されなくなりました。それにしてもあまり早くにバージョン・アップするのは考えものです。

 明日、同人の皆さんに雑誌が届くので、そしたらそろそろ、リニューアル中でアップロードすればいいまでになっているウェブページを新しいものに更新しよう。

2010年9月11日土曜日

私は気に入っているんです

 本日、指定どおりに創刊号が宅配便で届いた。先ずは表紙を見て、解像度がやや心配でかなりぼやけた表紙になったらどうしようと思っていたが、まずまずはイメージ通りでほっとした。夕暮れの逆光に立つ樹木の写真なのでむずかしいと思ったが、まあ、いいだろう。妻はなんだか気持ちが悪いとか言ったが、ふん、私は気に入っているんです。
 夕食後、先ず同人への発送分を荷造りした。これで、明日発送できる。
 その後、1部ずつ発送するための差し込み印刷のエクセル・データ(住所録)を整理。これまでは宛名ラベルに印刷して封筒に貼り付けていたが、宛名ラベルが無くなって買いにゆくと同じ仕様のラベルが見つからないということが続いて嫌になり、差込印刷で封筒に直接印刷することにした。それもWordでは厭なので一太郎で差し込み印刷に初めて挑戦。数回試みて、なんとか封筒に印刷できました。もう少し、フォントやサイズを工夫すればよかったが、まあ、あまりカッコつけても仕方ありません。封筒が出来たので、明日は発送できるかと思ったが、創刊号なので挨拶状くらいは入れたいので、これから作ります。

 ということで、発行日の15日までにウェブの方も表紙やコンテンツのトップページをリニューアル版に変更しなければ。デジタル文学館の方で一度演習しているので少しは楽。

 そういえば、ひょんなところからシモーヌ・ヴェイユの「重力と恩寵」が出て来たのでLydwine.さんを思い出したり、パラパラ開いていてなぜかE・M・シオランの本を連想してしまった。
 シモーヌ・ヴェイユとシオランとどちらが年上なのか? ネットで調べてみた。
 シモーヌ・ヴェイユは1909年生まれで、1911年生まれのE・M・シオランよりふたつ年上のお姉様でした。でもほぼ同世代だし、どちらもまじめゆえに苦渋の言語を発しているのは共通している。何だか、V・ウルフとJ・ジョイスに似ているような、似ていないような。
 あれれ? 妻の机の上に、澁澤龍彦編の「暗黒のメルヘン」とシオランの「絶望のきわみで」が置いてありますが、二冊とも私の本です、いくら夫婦でも勝手に黙って読まないで下さい、ってば。
 なんだか気持ち悪くありませんか? ふん、私は気に入っているんです。

2010年9月10日金曜日

どこまでも中途半端な素人

 デジタル文学館のサイト・デザインの変更を思い立ったが、小説を書くのもソバを栽培するのも蕎麦を打つのも、およそ何をやってもどこまでも中途半端な素人のかなしさで、どうも不徹底なリニューアルとなってしまいました。
 主なコンテンツページは新しくなったが、各作品のページのデザインは古いまま。その各作品ページのトップにあるリンク・メニューが古いままなので、無いページへのリンクもそのままになっている(泣)。
 こちらは時間をかけて訂正するほかありません。
 (こういう場合、全面的にスタイルシートを使っていれば、スタイル・シートを書き換えるだけで個々のページをいちいち書き換えなくてもいいのでした。もう一度、泣)

 む、明日は創刊号が宅配便で届く日ではありませんか。そういえば、自作を何とも絶妙に目立たない場所に無意識に置いているのに気づきました。
 もう、書くのはやめて編集発行人に徹することにいたします。
 

2010年9月9日木曜日

ますます泥沼

 デジタル文学館に45作目の推薦をしていただき、テキストを添付ファイルで頂戴したので早速アップロードした。Wordなどのワープロソフトのファイルは余計な書式まで付いてきてしまうが、テキスト・ファイルにはそれがないので、HTMLファイルにせよ縦書きのPDFファイルにせよ、作成がずっと楽で助かります。

 そうこうしてHTMLファイルをいじっているうちに、デジタル文学館のウェブ・デザインが随分ダサいことに気づき、ついでなのでこちらも同じテンプレートの色違いでデザインを変えることにし、作業を開始した。
 リニューアルはいいけれど、やはりリンクの点検がいちばん厄介。
 ますます泥沼に沈んでブクブクブクブク......

 それにしても「デジタル文学館」への推薦者が増えません。
 もっと積極的に営業しないといけないのは解っていますが。メール・アドレスの判っている同人誌にはメールで、そうでない同人誌には文書で、「デジタル文学館」の周知と作品推薦依頼を送らないとダメですね。

 あ、いよいよ明後日創刊号が届く。
 自作を載せなければとてもいい雑誌になったのに、(ーー;)




 オーストラリア第二国歌もTom Waitsが唄うとこうなってしまう。






2010年9月8日水曜日

静かに降って

 ホームページのINDEXページのほか、主要コンテンツのトップ・ページのデザインを替えようと思ったのはよかったが、以前の自作のものはテーブルだけを使った簡単なデザインだったので楽だった。今回はフリーのテンプレートを借りてデザインに統一性を持たせようとしたので、自然にスタイルシートでデザインされている。これが素人には案外厄介で、なかなか思い通りに独自サイトように書き換えが進まなかった。でも、まあまあリンクも張り終えて、アップロードできるところまで形が出来て来た。あとは同人誌の発行日に合わせて更新するだけ。以前作った下位層のファイルのデザインは古いまま。これから作成するファイルはこのデザインを使った方がいいのだろうけど、小説を掲載するのにどんなデザインがいちばんいいのか、まだ考えが熟さない。

 旱魃気味で、毎日菜園に水を運ぶ日々が続いたが、ようやく雨の音がして来て、ほっとした。
 注文を付けて申し訳ありませんが、あまり強く降ればソバが倒伏しますので、できれば静かに降って下さい。

2010年9月7日火曜日

またしてもブヴァールとペキュシェ症候群?? (ーー;)

 もう随分古い演奏だが、クルト・レーデル指揮のミュンヘン・プロ・アルテ・管弦楽団の「音楽の捧げ物」がお気に入りなので、なぜか同じクルト・レーデルの「Kurt redel interprete bach」という10曲入りのCDも持っている。
 その10曲のなかに「Allein zu dir, herr jesu christ, bwv33 aria 」と「Schwingt freudig euch empor, bwv36  chorale」と、「Ein feste burg ist unser gott, bwv80 aria」の3曲が入っている。
 バッハの作品番号であるbwvの1から200番前後までは「教会カンタータ」であるが、10曲中3曲選ばれているカンタータに俄然魅かれてしまった。
 それをCDを購入して聴こうと思ったら、たとえば日本のバッハ・コレギウム・ジャパンの「バッハ・カンタータ全集」はすでに45集まで出ている。これを全て買おうとすれば十数万円かかってしまう。検索しているうちにHMVに輸入盤で10枚ずつのBOXが1から4まで見つかった。一般価格(税込)が¥8,285、3点まとめて購入する マルチバイ特価(税込)で¥5,799。1BOXがCD10枚組なので少なくとも40集までは購入出来るが、それでも¥5,799×4=23196円+送料であります。廉価版のバッハ大全集を購入した方が早いのかもしれないが、急がば回れ。

 ということで、貧乏人の核兵器ではなくて、貧乏人のメディアでありますインターネットでさらに検索して、結局、YouTubeでBWV1から作品番号順に検索しながら聴いてゆけばいいのだと気がつきました。
 今夜は早速BWV1とBWV2を聴きました。このペースで毎晩聴いても100日かかる計算ですが、まあ、ぼちぼち前へ進みましょう。
 カンタータやコラールは所詮は文字が読めず聖書さえも読めないひとたちのためにメロディが付けられたものに過ぎないのかもしれませんが、それにしても、バッハの音のその美しさ。思わず、つまらない小説を書くよりもバッハの音に耳を傾ける方が有意義なのかもと考えてしまったりして、......トホホ。

 
 さすがにクルト・レーデル指揮のbwv33は見つかりませんでしたが、JÚLIA HAMARI(ジュリア・ハマリではなくユリア・ハマリ?) が歌っているbwv33がありました。



 明日こそ、読みながら感想を書けないまま過ぎてしまったり、気にかけていながら読めないでいた文芸同人誌の小説を読もう!!
 

2010年9月6日月曜日

陽の当たる場所に居られない

 暑い。陽の当たる場所に居られない。
 郵便局に用事があったが、日曜なので市の中央郵便局まで行かなければならなかった。共同栽培のソバ畑はその中央郵便局の近くなので、行ったついでに生育状況を見てきた。
 茎葉が伸びて雹の被害もだいぶ目立たなくなってきたが、26日以降、降雨が無くて暑いので旱魃気味になり、ソバの茎葉の繁茂の仕方が少しおとなしい。このまま雨が降らないと雹害だけでなく、これも収量に影響があるかもしれない。

 これはそのソバの前日の8月8日に庭でプランターに播いたソバ。暑くて乾いて、毎日水をやっているので、数キロ離れたソバ畑のソバの生育状況が自宅に居ながらにして判ると思って播いたのだったが、ひょろひょろ伸びてしまって、あまり参考にならない。2枚目は花をマクロ撮影したもの。これを見ていると、少し、涼しい。

100905plantersoba.jpg

100905plantersoba2.jpg