2010年9月30日木曜日

そんなことを考えると

 結果がシロだったから書けますが、今の医療技術はすごいと感心してしまいました。
 胃カメラの先端にエコーが付いていて、それで胃の内側から膵臓やら胆嚢を視るんですね。たった2mmの異常を発見しての再検査でしたが、一応、水疱という結論でしたのでほっとしました。
 しかし、自分が検査を受ける方がずっと楽だと思いました。
 私自身は生まれてこの方一度も入院したことがない健康体ですので、そんなことを考えると罰が当たりますが。

 



 しつこいようですが、今夜もまたJ.S Bach _ Matthew Passion_ Erbarme dich (Alto)を聴いて眠ります。

2010年9月29日水曜日

あっちにもこっちにもBlack Box

 23日に書いた、同人専用のページに入るパスワードが受け付けられなくなった一件、どうもウェブサイトリニューアルの際に削除したファイルといっしょにhtaccessファイルも誤って捨ててしまったのがもともとの原因であるらしいが、それがどうしても復活できない。プロバイダのサーバーのフルパスの記述が間違っているらしいが、どんなに調べても判らない。プロバイダに訊ねても多分教えてくれないではないかと推測される。お手上げなので、ついに個人ウェブの部分と同人専用ページだけをFC2の無料ホームページ・スペースを借りて引越しした。ここだと、パスワードによるベーシック認証がついていて、パスワード制限したいページを収めたディレクトリ(フォルダ)だけにパスワード制限をかけることが出来る。それも管理ページで実に簡単に。あれれ、自分であんなに苦労したのがバカみたい、(ーー;)

 そういえば電子ブックの表紙に画像を張ることができるはずなのに出来なかった。が、これも解決。
 電子ブック編集ソフトのウィンドウに「閉じるボタン」と「最小化ボタン」があっても「縮小」ボタンが無いので、ウィンドウを小さめに出来ない。小さめに出来ないから画像を納めたフォルダをウィンドウに重ねて開けない。開けないから画像ファイルをドラッグできない。なぜ、表紙に画像を入れるのにドラッグしかないのか、「表紙に画像を挿入」という風に、他の方法も用意しておいてくれればいいのに。
 と、モニターの右端に少し余白があって、そこにカーソルを持っていったら、何とが現われたではありませんか。そのを左に寄せたら、余白が大きくなったので電子ブック編集ソフトのウィンドウをぐぐっと左に寄せ、空いた余白に画像を納めたフォルダを開いておき、それから表紙画像を編集画面の表紙の部分にドラッグ。お、表紙に画像が入りました、 \(^o^)/

 明日は自分ではないが検査を受ける家族の付き添いで、午後、半日病院。
 iPodを充電し、ほかに上着のポケットに入る文庫本一冊と思ったが、小説は読みにくい。すると「重力と恩寵」が目に入った。これだったら、読めるかもしれない。
 明後日はアルツハイマー症になって73歳で亡くなった従兄の葬儀。
 人間の病気も一種のBlack Box。

2010年9月27日月曜日

電子ブック作成?

 今日は、長男がいきなり手伝いに来てくれたので、急遽、自家用米水田の稲刈り。ただいこの間の雨の影響でまだ土がぬかるんでいて、少し足が取られ苦労した。が、とにかく夕方には終了して、やれやれ。

 夕食後、昨夜ダウンロードした電子出版ソフトをインストールして、電子ブックを作成してみた。といっても要するにウェブページで使われているXHTMLファイルをZIPファイルにまとめるというepub方式ではなく、画像を組み込む方式の電子ブックである。昨日紹介したSF大家の日録に似た方式で、PDFを1頁ずつ画像化してそれを順に並べ、頁をめくることで読み進められる。
PDFファイルを一枚ずつ画像化するのは古いバージョンだがAcrobat5.0があるので、それで既成のPDFファイルを開き、それを一度「名前をつけて保存」をクリックし、保存するファイルタイプをjpgやpngなどの画像ファイルの拡張子を指定し、保存する。そうすると、みごとに1頁がひとつの画像ファイルになる。その画像を指定のピクセルにリサイズし、それを電子ブック作成ソフトの電子ブック作成テーブルに全てを追加する。すると、こんな感じの電子ブックが作成される。

 矢印のサムネール画像をクリックすると拡大表示される画像は、実物の80%。

星は薔薇色の涙を流さない.jpg

 この体裁で、左頁下をクリックすれば頁がめくられて次の頁へ、右頁下をクリックすれば前の頁に戻ります。(この画像はただのjpg画像なので反応しませんが。それからPDFの画像化がまだ下手なので、いまいち、フォントが美しくありません。2~3倍の大きさの画像を作成しておいてリサイズした方がきれいなようです)

 この方式のよい点は、日本語の様々なフォントで縦書き表示したものを頁化できること、欠点は画像化しているのでファイルサイズが大きくなること。
 ただし、この電子ブック作成ソフトのいい点はそのままepub方式でも電子出版できること。iPadなどで読んでもらうためにはepub方式がいいし、ファイルサイズも1/3くらい小さい。電子ブックオリジナルの方式のファイルだと12.7MB、epubファイルだと3.4MB。この差は結構大きい。
 しかし、この電子ブックオリジナルの方式だと、パソコンでこの電子ブックのファイルをダブルクリックするだけで、特別なビューア(読むソフト)が要らないというのがまた大きな長所。epubの電子ブックファイルをダブルクリックしても読めないのに比べればこれは優れている。

 それでも、ファイルが大きくなるので今のところ100枚くらいの長さの小説をこの方式で電子ブック化し、デジタル文学館に登場させるのちょっと、難しいか。あのサーバーは1ファイルの容量が1MBに制限されていたような気がします。

2010年9月26日日曜日

半分落胆、残る半分納得

 Twitterになじめずにアカウントを取得したまま、ひとこともつぶやかないで、作家、詩人など7~8人のTwitterを「お気に入り」に登録しておいてたまたま見に行っていたが、今日になってふとTwitterもRSSを発信しているのに気づいて、ブラウザに組み込まれているRSSリーダーである「Headline-Reader」を開き、それらTwitterのRSSフィードを追加してみたら、あっさり登録できた。これで、いちいち見に行かなくても更新されたTwitterだけ見ればいいことになった。
 などと遊んでいたらこの大先生この日記を開いてみて驚いた。電子ブック形式で、しかもヘナチョコなHTMLのフォントでなく先ず先ずのフォントで縦書き表示されていて、しかも左ページの左下をクリックすれば次頁へ進み、右ページの右下をクリックすれば前のページへ戻れるではありませんか。
 でも、やはり肝心のテキストは実は画像ファイルであるgifファイルでありました。いまだに日本語のテキストを縦書きでしかもある程度美しいフォントで表示することが出来るのは、画像ファイルしかないのですね。半分落胆、残る半分納得して100%。

 とか何とか、さらにあれこれ検索しているうちに、フリーウェアの電子ブック作成ソフトを発見、早速ダウンロードしました。
 どうやら、このソフトも頁をめくる方式の電子ブックが作成できるようですが、画像がgifではなくpdfからpngに変換されたものらしい。
 pdfをpngに変換するソフトなんてあるのだろうか?
 ケチケチせずに、PDFのご本家のAcrobat standardを購入すれば簡単に画像ファイルに書き出し出来るらしいけど、でも高いですw。

 って、まったく何を考えているんでしょうね。
 電子ブックの作成を目論んでいる?
 む、むむ? ?

2010年9月25日土曜日

相互交換

100924kaikyouha118.jpg 100924kaikyouha119.jpg 最近発行人になられた方から北九州市の歴史あるこの同人誌を送っていただいた。歴史、同人数、小説、詩、エッセイ、評論と総合文芸誌の風格があり圧倒されます。
 こういう風に、雑誌を相互に交換し合うことを今後はいちばんの主眼としなければならないと思っている。同じように小説を書く、小説を読むということをで二足歩行している者同志であるからこそ、文学的会話も以心伝心で交わせる。
 偉い批評家にプロットだけさっと書かれるような同人雑誌評などより、同じように苦しんで書いているひとのひとことの方がずっと的をえていて、うれしいことがある。

 そうそう、これからは、どんどん雑誌の相互交換を呼びかけよう。
 一冊ずつ無料で相互に送りあうのである。感想その他は強制しない。とにかく相互に送りあうだけ。

 というか、ネット上で同人誌の相互交換システムを作ってしまえばいいのかもしれないけど......(もうやめておけよと胸の中の誰かがお説教はじめました......)。


100924edenbrentcd.jpg これはスキャンついでに撮りましたが、先日発売元からイーデン・ブレントの新しいアルバムをダウンロード購入した、そのmp3ファイルをCDに焼き、ジャケットの写真(元々がモノクロ)をプリントして収めたもの。これで十分というか、すでにCDで音楽を聴くよりもパソコンでZ4スピーカーで聴くことがほとんどなので、CDは見てるだけになりつつあります。iTuneやら、フリーの録音ソフトやら音楽ファイル編集ソフトを使うと、結構自分の好きな曲だけ編集できるので、それを音楽専用のUSBフラッシュメモリに入れておきます。無論、イーデン・ブレントお姉さんのドスの利いた歌声と撥ねるようなピアノの音も、ミシシッピーど真ん中な陽気な諧調でご機嫌です。

2010年9月24日金曜日

パスワードがダメ?

 元同人だった方から、今度の創刊号掲載作についての感想を記したメールをいただいた。
 他の皆さんの感想に挟まれて、私の書いたものについては「これ私には無理無理。高級すぎて難しくてわかりません。ごめんなさい」と書かれていた。決して高級ではないが、読みにくく解りにくいのは確か。
 そうそう、このブログに来ていただいている皆様にもお断りしておきます。
 どうか、私の変な、解りにくい、小説なのか何なのかも判らない作品への感想はご無用に願います、(^_^;)
 他の作品の感想はどしどしお寄せ下さい。

 顔を合わせての例会が困難になってしまったので、合評もネットを使ってオンラインでしようとしたが、案外ネット上の合評が難しい。そこで同人、同人でない方、寄せられた感想すべてをネット上で読めるようにして来た。初めは同人だけがアクセスできるページで半分非公開だったが、最近は公開していた。しかしこの公開にも問題があり、今度の雑誌は非公開の方がいいのかなと考えている。とすると、やはりパスワード制限をして同人には専用IDとパスワード、感想を寄せていただいた方でネット環境にある方にはURLとゲスト用のIDとパスワードをお伝えして見ていただく。そういう方法が次善かと思う。
 しかし、そのパスワード制限が、現在使えなくなっているのを発見(顔面蒼白)。
 原因追求を続けたが、何故そうなのか、いまだに分からない(泣)。サーバーの方の仕様が変わったのか?? どうも、この方法が今のサーバーでは使えない可能性とすれば、他の方法を考えなければ。CGIが使えるサーバーを探す?
 

2010年9月23日木曜日

亜熱帯?

100922sobamankai.jpg 100922sobamankai2.jpg

 また共同栽培のソバ畑の様子を見に行った。
 雹害を忘れてしまうくらい賑やかになり、ほぼ満開の状態だった。倒れて起き上がって曲がっているので、刈りにくいと思うが、ある程度の収量は見込めるだろう。
 そういえば、ソバの東側のT屋さんが西瓜を栽培した跡地で知らないおじさんが後片付けをしていたので、T屋さんは?と聞いたら、昨日か今日か、また奥さんが喉に食べ物を詰まらせて救急車で病院に入院したという。また付き添いで、タイヘンだ。

 出たついでに千本シメジの出る山に回ってみたが、斜面にはまったくキノコが見当たらない。毒キノコさえ無い。まだ夏の山である。明日、雨が降って気温も下がるというので、そしたら出るか。
 一昨年、昨年と不作で、今年も不作? 9月には入ったら雨が降って気温が下がらないとキノコは出ない。やはり温帯ではなく亜熱帯になってしまったか。

2010年9月22日水曜日

もっとほかに情熱を

 果樹を栽培している親戚から電話があって、栗が採れたが持って行かれないから持ちに来られないかというので、行った。
 ほかに林檎の「つがる」、「プルーン」、やや小さめの「洋ナシ」をいただいた。すごいと思ったら、プルーンが生まれて初めてというくらい沢山実が付いて収穫が間に合わないので、たとえ半日でも一時間でもいいから収穫を手伝ってくれないかと言う。うふ、そういうことでしたか。ま、半日を2回くらいはお手伝いしなくちゃ。
 帰宅して夕食後に栗の皮むきのお手伝い。これがタイヘン。
 渋皮がついたままのもの少々は砂糖を入れた「渋皮煮」にするという。残りは渋もゴリゴリ剥いて湯通ししてから真空パック用の酸素を通さない袋に入れ、これもシーラーで密封、冷凍庫入り。
 少し残したもので明日は「栗おこわ」だそうです。なんとも食い意地の張った家族であります。

 こんなつまらないことに夢中にならないで、もっとほかに情熱を注がないといけません。

2010年9月21日火曜日

「胡壷」9号

 7月発行で、送っていただいた時に一読はしたものの、自分の難航する創作やら引き続いての編集レイアウト作業で感想が書けないまま、秋になってしまいました。




「小倉まで」ひわきゆりこ(胡壷9号・福岡市)

 小倉に住む叔母に久しぶりに招かれ、訪ねてゆくという5頁ちょっとの掌編だが、何よりも先ず、二ヶ所に描かれたふたつの背中が印象的だった。
 ひとつめの背中は、小倉駅を出ようとして遭遇した、両腕を振り回し奇声を発して駆けてゆく青年のデイパックを背負った背中である。彼は南口から北口へ一気に走りぬけた。彼に何があったのかは分からないが、主人公である「私」は彼の前に立って大きく両腕を広げ、制止するというイメージを抱く。なぜ、「私」がそういうイメージを抱いたのかは分からない。
 もうひとつの背中は、せっかく訪ねて行ったのに食欲と愚痴ばかりが旺盛で自分が不幸なのをいまだにひとのせいにする叔母が、自分の話が気に入らないのなら帰れと言って背を向けてしまう、その頑なな背中である。
 6頁下段、9行目。
......手だけが別の生き物のように籠の菓子袋をまさぐっている。それが必死に何かを求めているようで気味が悪い。
 もはや叔母は得体の知れない生き物になってしまったかのようだ。小倉駅の青年といい、叔母といい、コミュニケーションが成立しない場所に立って背中を見せている。
 このふたりの背中は、人間が人間でなくなってしまう一瞬を現わしている。「私」の視界に二ヶ所、ぽっかり穴があいている。それをさりげなく描写している。
 帰路、再び小倉駅で、変わった様子もなくショーウィンドウに見入っているデイパックが目に飛び込んできた。もう彼は普通の人に戻ってしまったのだが、「私」は彼の衝動が吹き出して自分に向けられるのではないかと思う。
 短いが、読んでいてふたりの背中の向こう側の大きな暗闇を感じないではいられない重さがあった。




「崖くずれ」納富泰子(胡壷9号・福岡市)

 何とも感想の書きにくい小説である。
 とはいえ悪い作品ではない。
 が、読んでいてどこか居心地が悪い。
 その理由は、あるいはこの作品が二つの顔を持つ小説であるからかもしれないと思う。

 この作品の基底には、過労死させた部下の妻と浮気してしまった夫の失踪という、何ともよくありそうな、コテコテな人間的現実が書かれている。
 浮気が発覚すれば、当然、夫婦の間に波風が立ち、そのあげくに離婚するか元の鞘に納まるかどちらかだが、嫉妬する妻の無言の嫌がらせが効いたのか、この小説では夫が失踪する。
 どこを探しても見つからないし、夫の浮気の相手であるアザミに似た女も行方は知らない。夫が生きているのか、死んでいるのかさえ知れない。
 残された妻は長年患っている膝関節症に加えて、転倒して骨折し、車椅子生活になり、ヘルパーの世話になりながら暮らしている身の上である。
 その彼女が、夫の残した高野喜久雄詩集のなかの「崖くずれ」という短い詩に着目する。
(そういえば、いつだったか、妻が高野喜久雄詩集を探してくれというのでネットで検索して注文したのを思い出し、読みたいので貸してと言ったのだが、どこにあるか判らないというつれない返事、(ーー;) ...... ) その詩から、「山を囲む、青黒く透明な池だ」で始まる書き出しの11行が生まれ、やがてこの作品の終わりに至って、ひとつの山や池がまさに実体を以って出現する。彼女の意識はすでにマンションにはあらず、山にある。
 これをただの認知症を患った老女の幻想、妄想と読むことも出来なくはないが、22頁上段8行目から23頁下段5行目の終わりに至るまでの幻想的でありつつもリアルな描写、これを認知症を患った老女の幻想、妄想と読んでしまっていいのだろうか?
 ......崖くずれの音は、頑なな山の心が、揺れ動いて開く音なのだ......。崖くずれは切ない。自分の一部を失いながら、何かを求めている。
 と書かれているが、認知症を患った老女の幻想や妄想にしてはあまりに澄明すぎはしないか。
 思わず私は、宮澤賢治が晩年に死にそうになった時のことを書いた詩を思い出してしまった。
 あの詩もまた、あまりに澄明すぎて、切なく悲しく、そして美しい。
 夫の浮気に嫉妬しないではいられなかった妻が、これほどに澄明な心境に至ることが出来る。それも認知症スレスレにである。

 「崖くずれ」。読むのも、感想を書くのも、実に難しい小説でした。
 この小説が二つの顔を持つ小説と言ったのは、あるいは人間という存在がふたつ、三つ、あるいはそれ以上の顔を所有するポリフォニックな存在であるということを証明してくれているからなのかもしれません。


2010年9月20日月曜日

叙情を排さない

 若い頃に「叙情を排す」という題名のエッセイに感銘した記憶があるのだけど、誰が書いたか失念して思い出せないのでGoogleで検索した。
 そしたら題名が違っていて「第二芸術論」だった。そうか、偏愛してやまない安吾のエッセイだったのだ。数十年も経過すれば、それさえも忘れてしまうのか。

 一部引用する。
 主知派だの抒情派だのと窮屈なことは言ふに及ばぬ。私小説もフィクションも、何でもいゝではないか。私は私小説しか書かない私小説作家だの、私は抒情を排す主知的詩人だのと、人間はそんな狭いものではなく、知性感性、私情に就ても語りたければ物語も嘘もつきたい、人間同様、芸術は元々量見の狭いものではない。何々主義などゝいふものによつて限定さるべき性質のものではないのである。


 人間という存在はどこかどの動物にも真似できない理知的な存在でありながら、もう一方でセンシティブ(感覚的)な存在でもあるので、どこまでもセンシティブ(感覚的)にならざるを得ない。
 ここでいう理知的は、前世紀の哲学者であるニーチェの言を借りれば「アポロ的明晰」のことであり、センシティブ(感覚的)とは反対にディオニュソス的陶酔ということになる。芸術で言えば音楽や舞踏はセンシティブ(感覚的)でディオニュソス的だが、哲学や文学、ことに小説が含まれる言語表現や言語芸術はアポロ的明晰が要求される。
 詩の中でも、抒情詩と呼ばれる分野はセンシティブ(感覚的)でディオニュソス的だし、叙事的な詩は「アポロ的明晰」に裏打ちされている。

 叙情だけの世界は鬱陶しい。だからといって叙事だけでは味気なく砂を噛む。
 多分、小説はその双方を必要としている。叙情的にも豊かで叙事的にも豊か、それが小説、文学というものだろう。



「照葉樹」9号

「十薬美身水」垂水薫......(照葉樹・9)福岡市)

 「照葉樹」はたったふたりの二人誌であるが、そのふたりがこの号も気を吐いている。

 垂水さんは、人間の登場人物以外に「蛍」とか「鶏頭」とか「樹木」とか小説の中に物を巧みに描出するのが実にうまいひとだが、今回はそれがドクダミであった。
 ドクダミで一編の小説を書かれてしまったとい驚き。まさか、あの草が一編の小説をつらぬく通奏低音となるとは思いもしませんでした。
 ドクダミが、妙子をしてその人生の来歴を語らしめている。
 サチヨが登場してからの十薬美身水の製造と販売の構想に至るまでの描写は読んでいて楽しい快進撃である。「十薬美身水」というのも実に絶妙な題名で感心した。

 ただ、唯一惜しいと思うのは、伸之との交流までをじっくり書いて来た部分と、伸之が来なくなってサチヨが登場した以降の場面との間に、小説が微妙に別物になってしまいそうなヒビを感じた。ここで小説がふたつに割れ、別物になろうとしているのである。
 もう少しサチヨの登場を早くして、伸之との交流と重ねて描いて、それから伸之が来なくなった方が小説として重層的になり魅力も増したような気がする。作者は律儀すぎて伸之は伸之、サチヨはサチヨときちんと分けて書き過ぎた。人間の人生そのものが重層的なのだから、そんなにきちんと書き分けなくてもいいのでは。

 と、「十薬美身水」を読んだひとには解っても、読んでいない方にはチンプンカンプンな感想でしたが、そういう方は上記リンクのkitaohiさんの感想をお読み下さい。




「ルイ子の窓」水木怜

 この小説は、診療内科の開業医である小松原の視点から書かれている。
 作者は、こういうきわめて専門的な職業的知識や医師の実感を得る場や交友があるのだろうか。そうでないと描けない描写がある。たとえば小松原の患者である大井さつき。彼女の存在感や戸惑いや挙動やいろいろが実にリアルである。小松原の医師としての生活の側面がこの大井さつきという患者の描写で裏打ちされていると言っても過言ではない。しかもやや意思の疎通を欠いているかと思える妻とも、この大井さつきという患者を媒介にして会話が出来るようになった。このあたり、実に、自然にうまい。
 その一方で、居酒屋「しんや」という場を介してのルイ子という女性の人生の来歴の総体と、その自死という終わりも、「ルイ子の窓」以外にタイトルの考えようもない小説のストーリーとして実に絵画的に派手であでやかである。小説としては多分に、ストーリー主体のオーソドックスな小説のスタイルなのだけど、小松原や大井さつきやルイ子は人間として十二分に描出されている。
 これまで読ませていただいた水木さんの作品の中でいちばん、かもしれません。

2010年9月19日日曜日

頭と目が悪くなった=老化

 同人誌の小説、遅ればせながら7作ほど通読。
 ただし、感想を言葉にするのがまたタイヘン。何でこんなに頭が悪くなったのだろう。
 いや頭だけではない、目もかなりひどい。9ポの、フォント・ウェイトの小さい、つまり線の細いフォントが、随分読みにくくなっているのに気づいた。自分の雑誌のフォントをやや太目のウェイト3にしてフォントサイズも0,5大きくしたものだから、他誌のMS明朝などの9ポのフォントが妙に印字が薄く小さく感じられる。
 これは老眼の症状であるが、近視もあるのでややこしい。遠近両用などいう眼鏡は、眼鏡店で勧められて断ったら二度と勧めなくなった。


2010年9月18日土曜日

恐るべしインターネット

 送っていただいたまま読めずに過ぎてしまった同人誌の2作を通読。もう一冊も読めずにいた作品を読み、読んだまま感想を書けないでいた2作も再読しようとしたが集中力が切れた、情けない。

 久しぶりにEden Brent姉さんの新しい歌がアップされていないかとYouTubeに行ってみたら、新しい曲もアップされていたが、Blues Music Awards とか、 Piano Player of the Year Award - Memphis 2010 とかを受賞したらしい。彼女のウェブに飛んでみたら、確かにこの二つの賞を受賞していたが、Ain't Got No Troublesという12曲入りの新しいCDが出ているではありませんか。さっそくHMVでけんさくしてみたら、USAからの輸入盤が2010/09./07の発売(2615円、マルチバイ特価だと1831円)、その上2010/10/22発売でどうやら日本の国内盤(2500円)が発売されるじゃありませんか。ありゃ、AMAZONでは1644円で配送料無料だって。国内で買うならやはりANAZONか。
 それにしても日本で発売されるなんて、ついにお姉さんも世界的にブレイク? やったぜ、お姉さん。
 しかし、彼女のオフィシャル・サイトから更にそのCDを出しているYellow Dog Recordsのサイトに行ってみるとCD一枚そっくりをダウンロード販売していて、その価格が何と8,99$じゃありませんか。
 うーん、代金決済もクレジットカードやPayPalでいいらしいので、ダウンロード販売で今夜にも購入したい気分。ebayにもCDは出ていたが、アメリカ国内発送でも10$以下はなく、日本まで発送してくれるのは一店舗だけで価格は$16.72。
 やはり、ダウンロード販売がいちばん安くて、いちばん早く入手できる!! 恐るべしインターネット。

 そのAin't Got No Troublesに入っているらしいMy Manという彼女のオリジナル曲。







 とか言っているうちにPayPalを使って支払いを済ませ、zipファイルに圧縮されていても108MBのファイルを、わが家の遅いADSLでも10分でダウンロード出来てしまいました。国内でもアメリカでもダウンロードにかかる時間はあまり変わらないんですね。
 さて、早速、解凍してみます。
 12曲のmp3ファイルと、CDカバーの写真をおさめたJpgファイルがひとつ、それからCDの表と裏のカバー写真とライナーノートがpdfファイルでちゃんと入っているではありませんか。
 これらのmp3をCDに焼き、jpgをカラー印刷し、ライナーノートも印刷して収めれば、一応Ain't Got No TroublesのCDが出来てしまうではありませんか。
 今夜はとりあえず12のmp3ファイルをiTUneに取り込んでしまおう。いやiPodにも入れてしまおう。そうすれば布団の中でも聴けますので......。
 ? ということは、彼女の1枚目のアルバムであるSomething Coolもダウンロード販売で購入できない?

 ギャッ! 自動返信とはいえ、Eden Brentお姉様から私のアルバム買ってくれてありがとうってThanksメールが届いたじゃありませんか、うれしい。



2010年9月17日金曜日

今夜こそ

 いつものように、ヨーロッパの試聴サイトでBill EvansのPortrait in jazz (keepnews collection)などのCDをややボリュームをしぼってBGMとしながら、読書。
 今夜こそ読まなければ。
 

2010年9月16日木曜日

湿度計と加湿器

 今夜は15日定例の赤提灯の無尽の日。3時過ぎから雨が降ってきたので帰宅したが、ふと思い立って300gのそば打ち。赤提灯から帰宅してから食べる予定で打った。量が少ないので30分ほどで終了。水150gでやや柔らかすぎかと思ったが、畳んだ部分が切れず、とても上手に切れた。雨が降って湿度が上がっていたためか。
 いずれにしても真夏に冷たくしめた蕎麦をと思ったが、この夏の異常な高温下ではうまく打てないことが判った。気温が下がって来てよかった。
 とか考えながら、ネットで湿度計を検索してみたら、そう高いものではないので、この際、温度計と湿度計がいっしょになった温湿度計を購入しておこう。感覚的に湿度が低い、高いではなく、きちんとしたデータとして湿度、温度を認識しながら蕎麦を打つ方がいいだろう。
 冬場の乾燥した時期には、湿度計を見て湿度が低すぎる場合には事前に加湿器で湿度を調整しておくのもいいだろうが、そこまでするのは度が過ぎているので、とりあえずは温湿度計だけ入手しておこう。

 赤提灯から帰宅後食べようと思っていた蕎麦は結局ビールを飲んだために食べられず、明日の昼ということに。

2010年9月15日水曜日

今日は冬瓜頭、(ーー;)

 毎月あることだが、昨夜は夕食後しばらくぼんやりしていて、そのうちに睡魔に引き込まれて八時間の爆睡。この赤ちゃん睡眠で復活する。

 今年は姫冬瓜を2本だけ植えた。姫冬瓜はミニ冬瓜なので着果数が多すぎ、毎年採れ過ぎて困るので1本でもいいのだが、枯れたら困るので2本植えた。しかし、樹勢がよくてパイプ支柱のネットに並べて植えたゴーヤーの蔓の上にまでのしかかってゆき、反対のキュウリの蔓にまでのしかかっていって、母親にこんなものを植えてと憎まれている。数えてみたらどうも40個以上生っているらしい。T屋さんの知り合いで欲しい人がいるというので昨日10個収穫して届けた。Y書林のSさんにも1個。それから妻が職場の同僚に上げたいというので6個をダンボール箱に入れ、車に載せておいた。
 そしてわが家の夕食用に1個。冬瓜を切って皮を剥き下茹でしながら、昆布などダシ3種類でダシ汁を製造。その後に冷蔵庫にあった豚肉をオヤマボクチ精製用に購入したフード・プロセッサーでミンチ状にして投入、さらにどこかに干しエビがあったと思って探し出し、これも少ししかないから全部投入したら、どうも多かったみたいだった。それから醤油は色が濁るのでやめて塩だけで味を調え、溶いた片栗粉を混ぜて火を止める。そして時期に購入して冷凍庫に確保してあった柚子の皮を解凍して刻み、鍋の中に散らす。この時期はまだ暑いので、そのままでは熱いので冷ましておいたいただいた。おいしい~、やはり柚子無しでは冬瓜のあんかけは成立しません。必須アイテムですが、残念ながら寒冷地である当地では柚子は栽培不可能らしいのです。
 来年は姫冬瓜はやめてほんとうの大きな冬瓜を作ってみよう。
 Tさんの知り合いは、冬瓜を切って茹でたものを冷凍保存しておき、それを解凍していつでも食べられるようにしているのだという。茹でて冷凍して、解凍してもスカスカにならないだろうか、姫冬瓜で実験してみよう。
 って冬瓜のことばかり.....今日は私の頭は冬瓜です.(ーー;)




 ふと、偏愛する作家の偏愛する小説みたいな小説を書きたいというややこしい思いに捉われた。かなりフィクショナルな小説だが、それを換骨奪胎してリアリズムの書き方で書いたらどうなるだろう? なんて、またムチャクチャなことを考えて......(ーー;)
 もう、今日は寝よう。

2010年9月13日月曜日

シンクロニシティ

 ようやく、創刊号の発送も済み、「デジタル文学館」と「文学サイト長野」のウェブデザイン変更も何とかクリアした。残るは後者の「リンク」のページのリンク切れの確認と、新しく登場した同人誌のwebがないか検索。
 すると北九州で発行されている「海峡派」のブログを発見したので書き加えてアップロードした。

 それからメール・チェックをしたら、何と、「海峡派」の新しい編集発行人になられた方から、「小説書くひと=読むひとネット」のメール・ボックスからメールが着信していて、最新号を送っていただけるとのこと。それから、「小説書くひと=読むひとネット」について記事を書かれた「海峡派」のブログのことも書かれていて、うーん、何というシンクロニシティ! ユングのシンクロニシティは眉唾にしか思えないが、こういうシンクロニシティは大歓迎です。


 新しい雑誌になって考えたこと
 1 残部を在庫しない。
 2 こちらが読んでいただきたいと思う同人誌へは、事前に断りもなく勝手に送付させていただく。
 3 2と逆の同人誌には、これまでの流れに関係なく送るのをやめさせていただく。
                         (ちょっと過激かな?)

 

2010年9月12日日曜日

いちいち「はい」、「いいえ」?

 宛名の差し込み印刷はやはり自動給紙ではなく、一枚ずつ手差しでないと紙詰まりで停止することがある。しかも封筒の上の糊付けする部分はそのままではなく、折った状態で給紙する方が紙詰まりしないらしいと判った。
 しかし、次号のために、今のうちにフォントの形やサイズをもう少し見た目の良いものにしておこう。 時間をおくと、どうして変更するか解らなくなってしまそうなので、今しておいた方がいい。

 この頃、少しお気に入りに入れてあるtwitterを見ることがあるのだが、必ず「セキュリティで保護された Web ページ コンテンツのみを表示しますか?」という表示が現われて、「はい」か「いいえ」を選択するように迫る。それがほかのひとのtwitterに移る度に表示されるのだからたまりません。10人分で10回、いや、なぜか、「はい」でも「いいえ」でも一回ではダメで2回押さなくてはその表示が消えないので20回クリックしないといけないのである。
 あまりにたくさんの「はい」「いいえ」に、思わずJ・プレヴェールの「劣等生」という詩を思い出してしまました。
  「はい」と答えるとすべて表示されるが、臍を曲げて「いいえ」を押すとそのページの画像がまったく表示されなくなる。右側のフォローしているひとのアイコン画像が表示されない。されなくても構わないが、いちいち「セキュリティで保護された Web ページ コンテンツのみを表示しますか?」は、鬱陶しい。
 またtwitterだけでなく、今、リニューアル中の自分のホームページのパソコン内のローカル・ファイルを、レイアウトが崩れていないか、表示確認のためIE8(インターネット・エクスプローラ8)で開いてみると、これもまた、「セキュリティで保護された Web ページ コンテンツのみを表示しますか?」という表示が出てしまう。
 これではアクセスして下さる方が嫌がるだろう。
 ということで検索してみた。どうもこの症状はIE8になってから出ているらしい。IE7以前であれば出ないのか、確かめようもありませんが、どうもそうらしい。
 対策は、IE8を起動して「ツール」→「インターネット・オプション」→「セキュリティ」→インターネット・「レベルのカスタマイズ」のなかの「その他」のいちばん下、「混在したコンテンツを表示する」を「有効にする」にすればよいことが判った。そこで、早速実施。確かに、表示されなくなりました。それにしてもあまり早くにバージョン・アップするのは考えものです。

 明日、同人の皆さんに雑誌が届くので、そしたらそろそろ、リニューアル中でアップロードすればいいまでになっているウェブページを新しいものに更新しよう。

2010年9月11日土曜日

私は気に入っているんです

 本日、指定どおりに創刊号が宅配便で届いた。先ずは表紙を見て、解像度がやや心配でかなりぼやけた表紙になったらどうしようと思っていたが、まずまずはイメージ通りでほっとした。夕暮れの逆光に立つ樹木の写真なのでむずかしいと思ったが、まあ、いいだろう。妻はなんだか気持ちが悪いとか言ったが、ふん、私は気に入っているんです。
 夕食後、先ず同人への発送分を荷造りした。これで、明日発送できる。
 その後、1部ずつ発送するための差し込み印刷のエクセル・データ(住所録)を整理。これまでは宛名ラベルに印刷して封筒に貼り付けていたが、宛名ラベルが無くなって買いにゆくと同じ仕様のラベルが見つからないということが続いて嫌になり、差込印刷で封筒に直接印刷することにした。それもWordでは厭なので一太郎で差し込み印刷に初めて挑戦。数回試みて、なんとか封筒に印刷できました。もう少し、フォントやサイズを工夫すればよかったが、まあ、あまりカッコつけても仕方ありません。封筒が出来たので、明日は発送できるかと思ったが、創刊号なので挨拶状くらいは入れたいので、これから作ります。

 ということで、発行日の15日までにウェブの方も表紙やコンテンツのトップページをリニューアル版に変更しなければ。デジタル文学館の方で一度演習しているので少しは楽。

 そういえば、ひょんなところからシモーヌ・ヴェイユの「重力と恩寵」が出て来たのでLydwine.さんを思い出したり、パラパラ開いていてなぜかE・M・シオランの本を連想してしまった。
 シモーヌ・ヴェイユとシオランとどちらが年上なのか? ネットで調べてみた。
 シモーヌ・ヴェイユは1909年生まれで、1911年生まれのE・M・シオランよりふたつ年上のお姉様でした。でもほぼ同世代だし、どちらもまじめゆえに苦渋の言語を発しているのは共通している。何だか、V・ウルフとJ・ジョイスに似ているような、似ていないような。
 あれれ? 妻の机の上に、澁澤龍彦編の「暗黒のメルヘン」とシオランの「絶望のきわみで」が置いてありますが、二冊とも私の本です、いくら夫婦でも勝手に黙って読まないで下さい、ってば。
 なんだか気持ち悪くありませんか? ふん、私は気に入っているんです。

2010年9月10日金曜日

どこまでも中途半端な素人

 デジタル文学館のサイト・デザインの変更を思い立ったが、小説を書くのもソバを栽培するのも蕎麦を打つのも、およそ何をやってもどこまでも中途半端な素人のかなしさで、どうも不徹底なリニューアルとなってしまいました。
 主なコンテンツページは新しくなったが、各作品のページのデザインは古いまま。その各作品ページのトップにあるリンク・メニューが古いままなので、無いページへのリンクもそのままになっている(泣)。
 こちらは時間をかけて訂正するほかありません。
 (こういう場合、全面的にスタイルシートを使っていれば、スタイル・シートを書き換えるだけで個々のページをいちいち書き換えなくてもいいのでした。もう一度、泣)

 む、明日は創刊号が宅配便で届く日ではありませんか。そういえば、自作を何とも絶妙に目立たない場所に無意識に置いているのに気づきました。
 もう、書くのはやめて編集発行人に徹することにいたします。
 

2010年9月9日木曜日

ますます泥沼

 デジタル文学館に45作目の推薦をしていただき、テキストを添付ファイルで頂戴したので早速アップロードした。Wordなどのワープロソフトのファイルは余計な書式まで付いてきてしまうが、テキスト・ファイルにはそれがないので、HTMLファイルにせよ縦書きのPDFファイルにせよ、作成がずっと楽で助かります。

 そうこうしてHTMLファイルをいじっているうちに、デジタル文学館のウェブ・デザインが随分ダサいことに気づき、ついでなのでこちらも同じテンプレートの色違いでデザインを変えることにし、作業を開始した。
 リニューアルはいいけれど、やはりリンクの点検がいちばん厄介。
 ますます泥沼に沈んでブクブクブクブク......

 それにしても「デジタル文学館」への推薦者が増えません。
 もっと積極的に営業しないといけないのは解っていますが。メール・アドレスの判っている同人誌にはメールで、そうでない同人誌には文書で、「デジタル文学館」の周知と作品推薦依頼を送らないとダメですね。

 あ、いよいよ明後日創刊号が届く。
 自作を載せなければとてもいい雑誌になったのに、(ーー;)




 オーストラリア第二国歌もTom Waitsが唄うとこうなってしまう。






2010年9月8日水曜日

静かに降って

 ホームページのINDEXページのほか、主要コンテンツのトップ・ページのデザインを替えようと思ったのはよかったが、以前の自作のものはテーブルだけを使った簡単なデザインだったので楽だった。今回はフリーのテンプレートを借りてデザインに統一性を持たせようとしたので、自然にスタイルシートでデザインされている。これが素人には案外厄介で、なかなか思い通りに独自サイトように書き換えが進まなかった。でも、まあまあリンクも張り終えて、アップロードできるところまで形が出来て来た。あとは同人誌の発行日に合わせて更新するだけ。以前作った下位層のファイルのデザインは古いまま。これから作成するファイルはこのデザインを使った方がいいのだろうけど、小説を掲載するのにどんなデザインがいちばんいいのか、まだ考えが熟さない。

 旱魃気味で、毎日菜園に水を運ぶ日々が続いたが、ようやく雨の音がして来て、ほっとした。
 注文を付けて申し訳ありませんが、あまり強く降ればソバが倒伏しますので、できれば静かに降って下さい。

2010年9月7日火曜日

またしてもブヴァールとペキュシェ症候群?? (ーー;)

 もう随分古い演奏だが、クルト・レーデル指揮のミュンヘン・プロ・アルテ・管弦楽団の「音楽の捧げ物」がお気に入りなので、なぜか同じクルト・レーデルの「Kurt redel interprete bach」という10曲入りのCDも持っている。
 その10曲のなかに「Allein zu dir, herr jesu christ, bwv33 aria 」と「Schwingt freudig euch empor, bwv36  chorale」と、「Ein feste burg ist unser gott, bwv80 aria」の3曲が入っている。
 バッハの作品番号であるbwvの1から200番前後までは「教会カンタータ」であるが、10曲中3曲選ばれているカンタータに俄然魅かれてしまった。
 それをCDを購入して聴こうと思ったら、たとえば日本のバッハ・コレギウム・ジャパンの「バッハ・カンタータ全集」はすでに45集まで出ている。これを全て買おうとすれば十数万円かかってしまう。検索しているうちにHMVに輸入盤で10枚ずつのBOXが1から4まで見つかった。一般価格(税込)が¥8,285、3点まとめて購入する マルチバイ特価(税込)で¥5,799。1BOXがCD10枚組なので少なくとも40集までは購入出来るが、それでも¥5,799×4=23196円+送料であります。廉価版のバッハ大全集を購入した方が早いのかもしれないが、急がば回れ。

 ということで、貧乏人の核兵器ではなくて、貧乏人のメディアでありますインターネットでさらに検索して、結局、YouTubeでBWV1から作品番号順に検索しながら聴いてゆけばいいのだと気がつきました。
 今夜は早速BWV1とBWV2を聴きました。このペースで毎晩聴いても100日かかる計算ですが、まあ、ぼちぼち前へ進みましょう。
 カンタータやコラールは所詮は文字が読めず聖書さえも読めないひとたちのためにメロディが付けられたものに過ぎないのかもしれませんが、それにしても、バッハの音のその美しさ。思わず、つまらない小説を書くよりもバッハの音に耳を傾ける方が有意義なのかもと考えてしまったりして、......トホホ。

 
 さすがにクルト・レーデル指揮のbwv33は見つかりませんでしたが、JÚLIA HAMARI(ジュリア・ハマリではなくユリア・ハマリ?) が歌っているbwv33がありました。



 明日こそ、読みながら感想を書けないまま過ぎてしまったり、気にかけていながら読めないでいた文芸同人誌の小説を読もう!!
 

2010年9月6日月曜日

陽の当たる場所に居られない

 暑い。陽の当たる場所に居られない。
 郵便局に用事があったが、日曜なので市の中央郵便局まで行かなければならなかった。共同栽培のソバ畑はその中央郵便局の近くなので、行ったついでに生育状況を見てきた。
 茎葉が伸びて雹の被害もだいぶ目立たなくなってきたが、26日以降、降雨が無くて暑いので旱魃気味になり、ソバの茎葉の繁茂の仕方が少しおとなしい。このまま雨が降らないと雹害だけでなく、これも収量に影響があるかもしれない。

 これはそのソバの前日の8月8日に庭でプランターに播いたソバ。暑くて乾いて、毎日水をやっているので、数キロ離れたソバ畑のソバの生育状況が自宅に居ながらにして判ると思って播いたのだったが、ひょろひょろ伸びてしまって、あまり参考にならない。2枚目は花をマクロ撮影したもの。これを見ていると、少し、涼しい。

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2010年9月5日日曜日

次から次へ

 この土日に引越し先を探しはじめた息子から、早速、現住地から少し北の中央線沿線に気に入った物件を見つけたので契約したいと電話が入った。
 便利な時代である。
 そのマンションの住所を訊いて早速Google Mapで検索し、位置を確認しておいてから更にストリート・ビューでマンションの外観を見てみた。4階建てのこじんまりしたマンションである。
 たまたまこの物件がウェブ上に載っているというのでそのURLをブラウザの窓に貼り付けると、間取りから室内の写真まで見ることが出来た。なかなかうるさい息子が気に入るくらいなので、なかなかしゃれたいい部屋である。窓は東向きだが、大きめで明るいし、狭いながらもバルコニーがあって洗濯物も干せるし大きめの植木鉢なども置けそう。間違いなく、これまででいちばんいい部屋である。最初に親子で決めて入居したアパートは、玄関のある北側以外の三方すべてが隣のアパートに軒を接していて暗く、実に風通しの悪い部屋だった。あれに比べれば満足だろう。
 来週の日曜日には引越しと決まった。それまで今の部屋に居られる神経はわが子ながら見直した。(これもまた貴重な経験、頑張って)

 新しい雑誌が発行になるのに合わせて、ウェブサイトの方もせめてINDEXページくらいはリニューアルしたいと思ったが、しろうとには大したサイト・デザインも出来ないので、無料のテンプレートを使わせていただくことにしてダウンロードした。ちょっとあざといデザインではあるけれど......。
 それをすでに誰も使っていないであろう、マイクロソフトの古いFrontPage2000で開いたら、HTMLとプレヴューは正常に表示されるが、標準タブでのレイアウトが崩れてしまって編集のしようがない。諦めかけたが、フリーのソフトで何か無いかとVectorで探したら、使えそうなフリーソフトが複数あった。そのなかからalphaEDITというのをダウンロードして解凍、exeファイルを開いたら、(インストールタイプのソフトではなかったのでなお結構)、HTML、プレヴューだけでなく、WISYWYG画面でもレイアウトが崩れずにしっかりと表示されている。しかも直感的に使いやすそう。
 これだったら、FrontPage2000を後生大事に使い続けなくてもいいではありませんか、(^_^)
 ということで、INDEXページと主要コンテンツのトップページだけでもデザイン一新出来ますでしょうか?

2010年9月4日土曜日

懸案と問題

 新しい雑誌のウェブ版、やはり横着をせず、HTML版、PDF版の双方を用意すべきとほぞを決め、昨夜から作成作業を始めた。PDF版の方が書き出しは簡単で、かえってHTML版に手間取ったが、HTML版で表示しにくい自作だけHTML版を断念してPDF版のみとし、すべてのファイルを完成し、リンクもすべて張り終えた。
 これで発行日に同時アップロードすればいい。まだ時間的には余裕があるが、ほかにすべきこと、したいことが控えているので、できればアップロード作業だけを残してすべてを早めに片付けてしまいたかった。

 身近にとんでもない問題が発生した。
 古い分譲マンションの一室に賃貸で入って生活している息子の隣室で孤独死されたひとがいた。独居で、こどももおらず、どうも発見が遅れたらしく、いまだに異臭が漂っているらしい。
 役所で親類縁者を探して居るらしいが、いずれにしても遺体は運び出されたが、その他はすべてそのまま手付かずらしいので、異臭はなかなか消えない。
 仕事に追われていて、朝出勤したまま深夜まで帰宅できない息子には、自分の嗅覚が異臭を感じ取るまで誰からも情報が入らなかったらしい。というより管理人はあえて意識的に近隣の部屋のひとたちには情報を伏せていたらしい。
 いずれにしても、友人の部屋かビジネス・ホテルにでも緊急避難しなければならないし、次の引越し先を早急に探さなければならないが、都会の引越しの、その何と大金の必要なこと。金銭的援助もだが、上京して引越しの手伝いをした方がいいかもしれない。
 ふと、バッハのCD数枚を送ってやりたいと思った。



 ひとはいつかは死ぬ。そのことは受け入れることが出来るが、このように、死してその遺体を始末してもらえないという事態は困ったものだ。先日も山道を運転していてどんな動物か判然としないミイラ化した遺骸を見たが、人間も動物なので同じと言えば同じだろうし、違うと言えば違う。
 そのいずれであっても、こういう事象は今後もっと増える。

 

2010年9月2日木曜日

もうひとつの、凹んでいる理由

 Firefoxを最新版にヴァージョン・アップするように促されたので、ついうっかりそうしたら、RSSリーダーとして使っていたアドオンのSageが一瞬にして消えた。Sageを探して再インストールしたが、登録していたブログを元通りに復活させるのに苦労した。しかも、まだ動きが変だ。仕方なくしばらく前に下ろしたSleipnirを再インストールした。どちらかといえば、お気に入りとRSSの切り替えはIE8やSleipnirの方が簡単なので、ずっとSleipnirで来たのだったから、また元に戻った。やはり相性がいいのはSleipnirか。同時にいくつでも開けるタブ・ブラウザの魅力も捨てがたいし。

 いつまでも凹んでいても仕方ないので、午後、雹害に遭ったソバの共同栽培畑へ行って見た。雹に茎を切断されたものは消え、打たれなかったものは青々と伸びている。全滅ではない。Tさんとふたりで自家消費する分は確保できるだろう。
 しかし、この畑の共同栽培は三年目になるが、まだ一度も満足な収穫を経験していない。去年の大干ばつに200kgを山分けにしたのだから、そうでもないか。

 もうひとつ凹んでいる理由。もうじき発行になる創刊号の自作がどう考えても気に入らない。編集人として没にすべきであった。