2008年10月31日金曜日

スクイーズ?!

 ロバート・ジョンソンのTraveling Riverside Bluesと、エリック・クラプトンのTraveling Riverside Bluesと、レッド・ツェッペリンのTraveling Riverside Bluesを聴いてみた。 レッド・ツェッペリンも結構いいではありませんか。早速mp3でDLしITuneを介してiPodに同期。高速ウォーキングのBGMといたします。

 それから、歌詞を検索してみた。ロバート・ジョンソンが歌った唄なので、もう著作権は切れているだろうから、全文をペースト。(あ、歌詞もロバート・ジョンソンが作詞しているらしい)

Traveling Riverside Blues

Asked sweet mama, Let me be her kid
She said, "You might get hurt if you don't keep it hid"

Well I know my baby, If I see her in the dark
I said I know my rider, If I see her in the dark

Now, I goin' to Rosedale, Take my rider by my side
Still barrelhouse, If it's on the riverside, yeah
I know my baby, Lord, I said, "is really sloppy drunk"
I know my mama, Lord, a brownskin, but she ain't no plum

See my baby, tell her, Tell her hurry home
Had no lovin', since my baby been gone
See my baby, Tell hurry on home
I ain't had, Lord, my right mind, Since my rider's been gone

Hey, she promises, She's my rider
I wanna tell you, She's my rider
I know you're mine, She's my rider
She ain't but sixteen, But she's my rider

I'm goin' to Rosedale, Take my rider by side
Anybody argue with me man, I'll keep them satisfied
Well, see my baby, tell her, Tell her the shape I'm in
Ain't had no lovin', Lord, since you know when

Spoken: Why don't you come into my kitchen

She's a kindhearted lady. She studies evil all the time
She's a kindhearted woman. She studies evil all the time

Squeeze my lemon 'til the juice runs down my leg
Squeeze it so hard, I'll fall right out of bed
Squeeze my lemon, 'til the juice runs down my leg

Spoken: I wonder if you know what I'm talkin' about

Oh, but the way that you squeeze it girl
I swear I'm gonna fall right out of bed

She's a good rider
She's my kindhearted lady
I'm gonna take my rider by my side
I said her front teeth are lined with gold
She's gotta mortgage on my body, got a lien on my soul
She's my brownskin sugar plum...


 ここに使われているSqueezeという言葉、結構意味深な感じ。bluesというのはスラングも多いのだろうけど、判りません。(ーー;)

��こうやって英語をずらずら並べると、外国からのスパム・コメントが入るのでやめた方がいいのですが)


早く大きくなあれ

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 きょうは、家庭菜園の隅に伏せてある原木からヒラタケが3株採れた。早速、夕食時にバター炒めになって食卓へ。お、バター炒め、意外とおいしいです。初収穫であるので東を向いてわっはっは。ヒラタケというのは、今の「やまびこしめじ」、「ぶなしめじ」より前に「信州しめじ」の名前で生産販売されていたきのこ菌でありますが、そんなにおいしくないと思っていたら、そうでもなく、おいしい。やはり工場生産物と違って畑で原木栽培だと山の自然な生育に近いからなのか。
 シイタケ、クリタケ、ナメコは来年にならなければ発生しない。

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 原木がやや乾燥気味なので、気休めかもしれないが「早く大きくなあれ」と言いながらジョウロで水をかけてみました。




 久しぶりにgoo RSSリーダーにキーワードを数語、追加登録した。
 読めるブログを探すのにこのキーワード登録が結構、役に立つ。
 また、ブランド関係の記事を拾ってしまうので「ガルシア・マルケス」を外してあったが、再登録。ブランドがらみの記事は根気よく手作業で削除することに。
 ひとつ、読ませるブログを発見して、RSSリーダーに登録した。

 






2008年10月30日木曜日

いっそネガティブの極みへ

 この記事のすべて、E・M・シオラン「生誕の災厄」(1976年、出口裕弘訳、紀伊国屋書店)からの引用であります。

 世には、人間の所業から、重みも効力も剥ぎとってしまうような認識力というようなものがある。この認識力からすれば、みずから以外は一切のものが基底を欠いている。客体を、その観念にいたるまで忌み嫌うほど、この認識力は純一だ。ひとつの行為を敢行するもしないも、所詮は同じことと観ずる極限の知をそれは具現しているのだが、この極限の知にはまた極限の満足感が付随している。つまり、ことあるごとに、人間がいかなる業(わざ)を演じてみせようと、執着に値するものは一つとしてない、なにがしか実質の名残りに恵まれるものはどこにもない、〈実在〉などは狂人の管轄に属するものだといってのける満足感である。こんな認識力は、死後のものだといわれても仕方あるまい。つまりこの認識力の行使者は、生者であると同時に死者でもあり、存在者であると同時に存在者の追憶の影であるかのようなのだ。自分が遂行するあらゆる事柄について、この認識者は行為を遂行している最中から、「それはもう過ぎたことだ」という。だから彼の行為は永久に現在を奪われつづけるのである。
                             (6頁~7頁)


 さらに私は卑怯極まりないことに、自分が小説を書かない(=書けない)理由を、シオランの次のような言葉に演繹してしまうのだ。
 無理をしてまで作品など作る必要はない。ひとりの酔漢、あるいは瀕死の男の耳もとで囁かれるべき、何らかの言葉を発することだけが必要なのだ。
                             (8頁)


 そう、私が発する言葉など、ひとりの酔漢、あるいは瀕死の男=自分に向かって囁いているに過ぎないのかもしれないのだけれど、だけど存在としてなどと大袈裟なことは言わなくても、何らかの言葉を発することは、確かに必要なのだと思う。
 

大きい

 昨日、家庭用の冷凍庫について書いたばかりだが、今日、年式は不明だがナショナル・チェスト・フリーザー、NR-FC28の中古を不要になったお宅から頂戴した。上蓋式だし、大きいし、縦型スリムな前ドア式とはまったくイメージが違って、太った豚が寝ている感じな姿。容量が280Lであるので、ひょっとすると、膝を曲げて横になったら、自分をそのまま冷凍できるかもしれない。(あ、小説に使えるイメージ?!)
 あまりに大きいので迷ったが、何と言ってもタダでいただけるのが魅力だし、定格消費電力が90Wと表示されていたのでいただくことにした。真空パックしたソバ粉の保存など、あれば便利なことは確かなので......。さて、問題は再来月の電気料金。

 いよいよ編集レイアウト作業、追い込み。数日で終了してデータを送りたいと考えているが、さて。急いてミスがあっても嫌だし、一週間くらいの気持ちで行こう。

 John LennonのStand By Meがあったので開いてみたが、五秒で閉じた。やはりオリジナルがいい。


2008年10月29日水曜日

いかりのにがさまた青さ

 ここ数日、家庭用の冷凍庫の価格と性能をネットで検索している。
 あまり大きすぎるのはエネルギーの無駄遣いだし、出来れば国産、出来れば上蓋式のチェスト式ではなく、庫内の品物全体が見渡せる、前ドア式の何段かで仕切りされたもの、と検索していったらおのずから国産のM電機のものに決定。あとは価格調査のみ。
 実はファックスも、送信は問題ないのだが受信に際して2枚目以降が紙詰まりとなって受信停止してしまうという症状が出ている。感熱紙を1枚ずつカッターで切るタイプなのにカッターで切れない、それで紙詰まりになるらしい。修理依頼するほどの年式でもなく、そろそろ買い替え時期なのかとこれも検索して機種に見当がついた。SDカードが使える機種が出ている。これだといちいち用紙に印刷する前に液晶画面で内容を確認して、必要なものだけ印刷すればいいし、ファックス本文をjpgファイルとして、パソコンに取り込めるようだ。

 それにしてもこの一ヶ月は凹むことの多かった月であった。
 なぜか、私は結果としてひとを傷つける方の立場に立っていることが多い。
 修羅という言葉を思い出し、それから宮沢賢治の「春と修羅」に連想が飛ぶ。
......
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾〔つばき〕し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ......
  「春と修羅」より、部分引用


「おれはひとりの修羅なのだ」と言いきれてしまう詩人は、さすがにすごい。
ひとりの修羅になりきれたら、小説などバンバン書けるのだろうけどね。
 明日は亡き兄の初めての月命日であるので、墓参りに行こう。

2008年10月26日日曜日

温暖化でキノコが......

 わが家のスーパーばあさんが、一昨年ナラタケを採った山のことをしきりに気にしているので、そう時間がかかる場所でもなし、助手席に乗せて行ってみましたが、山にまったくキノコの気配も匂いもありません。いつもの雑木の切り株を見て回っても、ナラタケはまったく発生していません。そこで、ムラサキシメジが出る山にも回ってみましたが、ここでも毒キノコでさえ見当たりません。
 温暖化というか、二十度以上の日がずっと続いていたのだから、キノコも出ないでしょう。紅葉も始まってきましたし、もうちょっと気温が下がればゾクゾク出て来るかもしれません。
 
 帰路、家庭菜園にも寄りました。

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 霜が降りないので、まだ激辛が青々としてまだ小さいのがぶら下がっています。ことしはずいぶん楽しませてもらいました。
 ほかのピーマン、あまとう、中辛などは、スーパーばあさんがピーマンの葉の佃煮を製造するために、すでにみな切られて、葉をむしられて、煮られて、食べられてしまいました(いや、まだ冷蔵庫にあるようです)。激辛だけは葉が小さいので助かりました。

 それからワサビの葉が穴だらけになっています。ホースラディッシュ(わさび大根)も葉を食べられて茎だけになっています。
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どちらもアブラナ科なので、アオムシなどに葉を食べられてしまいます。何か対策を考えないと。


 夜、製粉したそば粉を真空パック用のガゼット袋につめ、100個購入した脱酸素剤を入れ、一度故障していると勘違いして返品交換してもらった真空パック器で、5袋パックしました。なぜか、かなりきつく真空パックされたのと、ゆるいのとあります。
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 まだ挽き方がヘタなのか、蕎麦の殻まで挽きこんだものが結構見られます。どうも田舎蕎麦風に色の濃い蕎麦になりそうです。
 
 



訳あって、しばらく文学話題を避けております。

2008年10月25日土曜日

ヒラタケ君

 この春に生まれて初めてキノコ菌を原木に埋め込んで、その後の管理が悪いので今年は出ないのかなと思っていたヒラタケ君が顔を出し始めました。シイタケ、クリタケ、ナメコは来年です。

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 きみたちはなかなかいい顔をしている!!

こちらは発芽したばかりのヒラタケの赤ちゃんたち。
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2008年10月24日金曜日

ひとが眠ろうという時刻に

 物置でひとり黙々と怪しい作業をしている男。

 ソバの製粉テストをしてみました。
 玄ソバに磨きをかけ、とりあえずは玄ソバ3kgでテスト。
 一回目は臼の隙間を大きめにとって粗挽き。3kgでも5分もかからない。それを先ず園芸用フルイの3枚の網のうちいちばん目の細かいものをつかって、ソバ殻の除去。ふるいから落ちた粉の方を、80目のふるいで、ふるう。ふるいに残ったのは、甘皮と呼ばれる部分の破砕されたものや、まだ粗い粉、ソバ殻の細かく破砕されたものなど。これをまた臼の間隙を狭くして製粉機にかける。それをまた80目と40目のふるいでふるう。それでやめるのが普通だが、まだふるい残ったものがあるので、同じ作業をもう一度反復。
 そして出来たのが以下の写真。

 80目のふるいを通ったソバ粉。
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40目のふるいを通ったソバ粉
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 それをガスを通さない(酸素も通さないので酸化・変質しにくい))真空パック用のガゼット袋にいれたもの。
 あれ? 両方を合計すると2,400g。3kgの玄ソバで2,400gなら歩留まり80%ではありませんか。製粉所に頼むと一律70%で戻ってくるのですが......、多分、甘皮などを丁寧に挽いたので歩留まりが多くなったのだと思います。いわゆるサナゴというものがほとんど出なかったので、其の分が多いのだと思います。

さて、引き続いて、80目と40目のソバ粉を「そばがき」にして食味テストをしてみました。

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 80目はソバ粉の粒子が細かいので、舌触りがなめらかで官能的です。見た目もおいしそうです。
 40目はちょっと水が多すぎてぺたっとしてるし、見た目もおいしそうには見えません。
 そして舌触りは80目に負けますが、おおお?!、風味は数段優っているではありませんか。
 やはり粗挽きのソバがおいしいと言うのは本当でありました。
 ただし、粗挽きの方が十割蕎麦は打ちにくい。つまり、どういう蕎麦を打ちたいかで、粉の選択、あるいは配合比率が変わってくる。
 ふうむ、実に勉強になりました。


2008年10月23日木曜日

オヤマボクチ植え替え

 夕方、早めに仕事をしまって、オヤマボクチの植え替えにでかける。この春にオヤマボクチの種を播いて、発芽したものを専用の畑を借りて植えつけたものの、土地区画整理事業で宅地化されたが固定資産税の関係で名目は農地のままという畑で、きわめて排水が悪く、水はけの良い場所を好むオヤマボクチは梅雨時など、長雨、大雨の後に根腐れを起こして順に枯死してゆくので、一年でその畑での栽培を断念した。そして、春に植えた余りの苗をせっかく発芽したものを捨てるのも忍びなく、玉ねぎ用の穴あきマルチを張ったところにびっしりと植えておいた、それをもっと広く植えなおす作業に着手。

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 一年経って、これだけ成長したが、株ごとの個体差がずいぶん激しい。株の良さそうなものに目印をつけておき、種子選抜をしたらいいのかもしれない。

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 左上のゴチャゴチャしたのを右の黒マルチを張ったところへ植え替え。2列でおよそ50本。
もう一列植える予定で残りの苗もすべて掘り起こした。半年で結構根が伸びたものである。来年は山中を探し回らなくてもここの葉で十分間に合うだろう。
��あちらこちらのウェブやブログで、オヤマボクチが別名のヤマゴボウから誤解されるのか、根は漬物にすると書かれているのを見かけるが、あれはモリアザミの仲間で、オヤマボクチはキク科、ゴボウ根ではなくこうして細い根がびっしり生えていて漬物にはなりません)






 帰りに、その宅地(畑)の様子を見に回ったら、青いはずのチコリに一株だけ白い花のチコリを発見。これも2mにも伸びて大繁茂。霜が降りたら茎を切って根を掘り起こそうと思っているのだが、温暖化か、暖かすぎて霜が降りない。

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2008年10月21日火曜日

ネットの海

 先ほどまで、YouTubeでFederico García Lorcaがらみの動画を見ていた。写真を背景にして彼の詩の朗読、あるいは彼の詩にメロディーがつけられた唄が歌われているものが多い。


 また、YouTubeにはないが、Google Videoで検索するとDaily motionという動画サイトにJacques Prévertという動画が6分割されてアップロードされている。元はフランス3ちゃんねるの番組のようだ。こちらは葉巻をくわえながら歩いたりしゃべったりするJacques Prévertを少しは見ることが出来て、フランス語はちっとも判らないのだが、楽しい。



2008年10月20日月曜日

風選

081020sobatoumihuusen3.jpg T屋さんより唐箕(とうみ)を借りてきてソバを風選。ハンドルを人力で回して風を起こし、その風力で葉や茎の砕けたものなどとソバの実を選別する器具だが、実に良く出来ていて、きれいに選別できる。江戸や明治時代は木製であったが今では鉄板製。

 風選したものを軽量したところ、昨年よりやや終了が少ない。畝幅を広くしたので当然か。畝幅は100cm~110cmでは広すぎ、80~90cmが適当か。

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2008年10月19日日曜日

腰が痛いのと頭が痛いのと

 本日は終日、ソバの脱穀作業。

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 それはさながら弥生時代の農作業同然で、刈り取りして地干し(地面にただ置いておいて乾燥させただけ)してあったソバ(上記画像。デジカメを忘れて携帯カメラ、しかも逆光気味)を、広げたブルーシートの上に置いて捧で叩くという、まさに恐怖の原始農業なのでした。
 スロー・ライフなんて言ってかっこつけたがる御仁もおいででしょうが、これはあまりに過酷、あまりにスローすぎます、です、はい。
 従姉の夫であるM春さんにお手伝いしていただいたので、夕刻4:40に作業終了。感謝ですが、ふたりとも顔を見合わせて、「腰が痛い」、「早く風呂に入ってビールを飲みたい」。

 全作家編集長に、全作家巻末の「文芸時評」をインターネット上に転載紹介したいとメールでお願いしておいたら、本日、全作家協会から許諾の返信をいただいた。
 そこで早速、全作家71号の「文芸時評」を画像で取り込んで、さらにそれをPDFファイルに書き出ししてみたが、どうも文字が鮮明にならないので気に入らず、没。画像自体のピクセル数は大きいままだし、どうして文字がきれいに出ないか理解に苦しみ、頭が痛くなって来た。
 仕方なくJPG画像のまま、文芸同人誌案内の掲示板自分のところの掲示板に1頁ずつ4分割してアップロード。

 自分が書きたい小説、目の前にぶら下がっているのに現実化できない。
 カフカの「掟の門」で門が閉まるまで待っている男とおんなじなのかな?
 

2008年10月18日土曜日

二人連れ

 iTuneに登録されているインターネットラジオでradioio vocal jazzをバック・ミュージックに、戻って来た校正の赤が入った部分を訂正。今回はページぎりぎりの原稿でカットを挿入できない作品が多く、ある意味、楽ではあります。

(途中、ちょっと耳にとまった歌声があり、Diana Krallというその名をlast fmで検索したら、フルトラックの曲が結構あり。Temptation(これはYouTube)ほか、楽しく試聴させていただきます)
 うーん、これもかっこいい。



 晴天が続いているので、明日、ソバの脱穀をすることに決めた。ひとりではタイヘンなので、年金生活で毎日川へ釣りに行っている従姉のご主人にお手伝いをお願いしたら快諾。日当は払わないでソバ粉の現物支給だと冗談を言ったら本気にしている。器用なひとだから蕎麦打ちをするかもしれない。午前中に釣り上げた川魚をいただいた。内臓を取り出したりがタイヘンなので、遠慮していたらしいが、わが家は釣るより食べる専門なので、迷惑どころか大歓迎である。とはいえ、包丁を持つのは私である。先日、老人クラブの一泊旅行で諏訪へ行った母親が、名物のワカサギの佃煮とともに、二枚におろした鮒をから揚げしたものを土産に買って来た、それがおいしかったので川魚も二枚におろした。うっかり切れない方の出刃を使ったので、小さな川魚の2枚おろしは少し難儀だった。下手な者ほど道具を選ばなければならないし、刃をきちんと研いでおかなくてはならない。反省しながら、切れ味の悪い出刃包丁と蕎麦切り包丁を研いだ。
 さて、明日は一日、汗と埃まみれです。食い意地と二人連れなので、ちっとも嫌ではありません。

2008年10月17日金曜日

文芸時評

 全作家71号を恵送していただいたので、表紙と目次を画像で掲示板にアップした。
 この雑誌には横尾和博氏の「文芸時評」があり、文學界同人雑誌評が終了するので、こちらをネット上で読めるようにしたいと思うのだが、著作権やら版権の問題があるので勝手にアップする訳にも行かない。
 編集長が県内におられるし、全作家及び横尾氏の承諾を得られないか、相談してみよう。


2008年10月16日木曜日

魔物か魔女

T屋さんが畑のオヤマボクチの種を採るようにというので、午後、行ってみたら、種もだが葉もだいぶ大きなのがあってもったいないので採らせてもらった。結構な枚数だが、とりあえず乾燥させておけばよい。O塗装さんやS次郎さんもオヤマボクチ蕎麦を打ってみたいと言っているようなので、あげてもいいし。
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��後で枚数計算、4枚×118=472枚)

 赤提灯へ行く前に、試し挽きした新そばを300gをつなぎ無しの10割で打ってみた。前回の十割蕎麦は昨年O製粉で挽いてもらった真空パック入りの粉だがあまりに簡単に打てて拍子抜けだった。しかし、今日の自家製粉ソバ粉はまさに魔物か魔女のようであり、いいように翻弄された。加水率50%でもうまくまとまらず、さらに水を加えてこね続けてもさっぱりつながって来ない。手水を付けてさらにこね続けるが、まだ割れてしまう。諦めて、厚めに伸し、幅も広めに切ってそのまま茹でて食した。ブチブチに切れた訳ではないが、気に入らない。
 この失敗の原因は、玄ソバの乾燥しすぎか、80目ではなく60目の篩で篩ったことにある。十割蕎麦を水のみで打つには粉の粒子が細かくないと苦戦する。
 製粉機のモーター側のプーリーの径をもうちょっと小さいものにして、回転数を下げた方がいいのかもしれない。回転数を計算する数式があるらしいが、理系でないので判らない。とにかく、玄ソバが用意出来次第、プーリーを換えて製粉してみよう。

 先ほど、last.fmでJohn ColtraneのMy Favorite Things を聴いて来た。演奏時間21:06。ほかにフルトラックで聴くことが出来る曲数が100曲以上。(インターネットは宝の山)
 それから、Jacques Prevertの曲La RomanceにMaroto Sebastianが曲を付け、奥さんのZette Marotoが唄っているのを、ネット上で試聴できるページを発見。この曲は持っているCDに収録されているからいいが、さらに検索を続けていたら、J・プレヴェールの詩に曲が付いたシャンソンがCD3枚に60曲入っているCD3枚組みを発見。しかもその1枚目にZette Marotoの別の唄が2曲入っているし、Boris Vianという題名も!! うーん、欲しいよw

 原稿校正2編終了。
 先ほどまた、間に合わなかった原稿ファイルを開いて少し、加筆。次の締め切りまでには何とかなるか、それとも意欲を失うのか。



2008年10月15日水曜日

製粉テスト

 先日刈ったソバではなく、それ以前に見回りに行った時にソバを試験的に手刈りで8束ほど刈り取って来て、乾燥・脱粒・磨きをしてあった玄ソバを、テスト製粉してみることにして、夕食後、物置でごそごそ。
 玄ソバは700g。1kgくらいあればよかったが、仕方ない。
 一回目はソバの殻を取るのが目的なので粗めに挽き、園芸用の3mmくらいの網で篩い、殻と粉を選別。さらにもう一度、雄臼と雌臼の間隙を狭くして挽く。わずかな量なので1分もかからない。
 それを60目と40目の篩で篩う。

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左...60目(50メッシュ)で篩ったもの...370g
右...40目(33メッシュ)で篩ったもの... 90g
                     合計...460g  歩留まり460g÷700g=65,7%
歩留まり70%というのは、殻以外すべてを挽きこむ数字だろう。

 十割蕎麦だったら、左の粉だけで打ち、二八やオヤマボクチ蕎麦だったら、粗挽きな感じになってもいいので右の粗い粉も使えるだろう。オヤマボクチ蕎麦がどうもまだ固いと不評なので、思い切って加水率を5%くらい増やして限界ぎりぎりまで柔らかめで打ってみたいのだけれど。
 明日にでも試してみたいものだが、あ、明日の晩は赤提灯の日。蕎麦のために休むのも大人げないから明後日か......。


2008年10月14日火曜日

間に合わなかった原稿

 昨日、ソバ刈りを終えて帰宅し、疲れて明るいうちからお風呂に入り、ビールで簡単な慰労会をして、いつもはしない転寝をしたが、その後で、血縁の臨終につき合っているうちに締切日がすぎ、そのまま放置してあった書きかけの小説の一太郎ファイルを開いた。
 ノーベル文学賞発表でル・クレジオの名が一気に喧伝されてしまったので、実は、書きかけの小説の冒頭にエピグラフとしてル・クレジオの「愛する大地」の冒頭の文章を置いてあったのを思い出し、今となっては削除するほかないと思ってファイルを開いたのだった。
 そのエピグラフはこう。
 あなたは本のこのページを開いた。二、三ページめくってみて、表題や、著者の名や、出版社の名をぼんやりと眺め、それから多分、小説の冒頭にたいがいつけてある、あの引用符で囲んだ文句を探しただろうが、そんなものがついているのは、体裁がいいということと、著者が誰か自分より重要な人物を引き合いに出すことで少しは自分を保護できるせいなのだ。今度の場合、こう書いてあったってよかったかも知れない。「私は諸君のうちの一人、一粒の種だ、諸君のうちの一人なのだ......輝き(ブリヤン)......打ち震え(ヴィブラン)......灼熱している種(ブリュラン)だ......ぼくはある日、......
「愛する大地」ル・クレジオ、豊崎光一訳(1969年、新潮社刊)、冒頭より引用


 それに続いて、前回同様に1ではなく0という短章から始められている。

         0

 いや、そうではないのだった。
 この怪しげな叙述の一切は、僕とかおれとか私とわたし、あるいはあたいなどという一人称についての「描写」あるいは「物語」であると同時に、あなたとか君とかおまえとか呼ばれる二人称についての「描写」あるいは「物語」でもあり、また至極当然に、三人称である固有の氏名、さらには彼あるいは彼女という不可解な存在についての「描写」あるいは「物語」であっても不思議はないことを、数少ない読者のひとりである「あなた」にだけは告げておきたい。
 いや、そういう人称の差異を篩にかけて、それでもなお残っているはずの存在の証(あかし)が欲しくてこのように書こうとしているのだ。

 メタ・フィクション? 何を書こうとしているのだか、自分で書いたものながらもチンプンカンプン(汗々)。

 けれども、エピグラフを削除するよりある書きかけの部分が気になって、気がついたら500字近くを加筆していた。
 今回の締め切りには間に合わなかったが、少しずつ書き進めることができたらいいのだけど(さて?)。
 単一の人間を単一の視点で単一の時間の流れで書くという、小説としてごく当たり前の前提につまづいてしまっているので、小説として破綻する可能性の方がずっと高い。
 間に合わなかった原稿って、胎内に宿りながら結局は生まれて来なかった子どもに似ていると思う。たまたま生まれてこの世に姿を現した存在と、たまたま生まれることなく消えてしまった存在の差異は何?



 文〇界が同人雑誌評を閉じる最後に、巻末に「全国同人誌名簿」を掲載するという。
 最新の同人誌データであるからして、これを利用しない手はないので、「文芸同人誌案内」連携ウェブ「デジタル文学館」の宣伝と推薦作依頼状を、デジタルとアナログの両方で製作し、発信・発送しようという戦略を夢想する。
 売れる作品を探さねばならないという商業誌が必ずしも真の文学作品だけを探しあてて掲載する訳ではなく、むしろ売れることをいったん断念してもなお自己の創作理念に忠実になって書かれた同人誌の小説の中にこそ、われわれは文学の光を見出すべきであろう......(青臭!?)。

デスクトップ・パソコン、まだ生きてますよ~だ!!

 年代物のデスクトップ・パソコンがまだ生きていて、それに接続してあるスキャナーも、同人誌や書籍の表紙画像のスキャニングやら、小説をOCRソフトにかける際のスキャニングやら、結構頻繁に使っているので重宝しているのですが、ふと気がついたらネットに繋がらず、メールの送受信も出来なくなっていた。
 長男が帰省するたびに断りもなくパソコンやルーターの設定などを変更するので、そのせいかと思ってLANケーブルなどを点検したがみな繋がっている。どうもアカウントの設定がおかしくなっているらしいので、なんとかいじってネット接続を回復させた。
 ついでに、ブラウザとメーラーをノートと同じにしようと思ってFirefoxとThunderbirdをインストールしておこうとしたら、Thunderbirdはインストール出来たが、FirefoxはWindowsのヴァージョンが2000以上でないとインストールできないとストップがかかってしまいました。98やMeはもう相手にしないのですか? でも、Meがまだ立派に生きて役立っているのですが......。
 そこでFirefoxに腹を立ててSleipnirをインストールしようとしたら、おお、こちらはWindowsのヴァージョンを選択してインストール出来るようになっていて、ちゃんと「Windows98、Me」という選択肢があるではありませんか。Sleipnirバンザイ! と、今、入力しているこのブラウザ、実はそのSleipnirなのでした。
��IEなんて最近開いてみたこともなく......)
 

2008年10月13日月曜日

腰が痛い

 またネットに繋がらない。インターネットという不思議な網は、切れてもどこで切れているのか判然としないし、テレビの放送が5秒10秒途切れたことを律儀に謝罪するのに比べ、ネットは料金を徴収しているプロバイダ以外は無料であるし、謝罪する以前にどこで切れているのか判らないのだから怒りようがない。
 今日の記事はテキストファイルで保存しておいて、明日の朝にでもアップするほかない。

 午前8時15分、出発。8時35分到着。
 畑東側から5列ほど部分的に倒伏しているところだけ、鎌で手刈りをし、それより西は草刈機で生え際から刈り払ったものを手でそろえて並べるというやり方にする。もちろん、束にして縛ることも、島立てにして乾燥することもなく、いわゆる地干しという横着な乾燥方法。
 お昼までに4/5ほど刈ることができ、13時45分に刈り取り作業終了。
 それにしても雑草が多すぎて、ソバなのか草なのかよく見えませんね。

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 脱穀は弥生時代と変わらない方法だが、さて、昨年は刈り取り幾日後くらいに脱穀したのだっけ?
 昨年のソバ栽培記録を見ても、それだけ抜けている! 確か、ひとりで二日通ったのは覚えているが、今年は従姉のご主人が手伝ってくれるというのでお願いすることにする。器用なひとなので、ソバ粉を上げたら蕎麦を打つかもししれない。


2008年10月12日日曜日

ピクニック気分

 明日はいよいよソバの刈り取り。ひとりで行ってのんびり刈ろうと思っていたら、同居女性親族老年中年2名も行くという。
 昨年、おにぎり持参で楽しかったので、ピクニック気分? そういえばカセットコンロにヤカンまでもって行ったような記憶が。

2008年10月11日土曜日

ソバと根パセリと、ル・クレジオ

 車で5分くらいの場所に、高校時代の同級生ユキオ君がソバを栽培している畑が県道沿いにあり、様子を見に行ったら、折りしも応援一名とふたりで、手刈りの最中。しかもかなり高い位置で刈って、その刈り残した茎に刈ったソバの束を斜めに載せて地面に直接つかないようにしている。少し浮いている分、乾燥がいいだろうし、降雨時の泥はねも避けられる。なるほど、考えましたな。
 彼は8月3日播種。わがソバ畑は、昨年も今年も、覚えやすいように自分の誕生日である8月4日播種。それにしても、ソバというのは本当に70日で収穫になってしまうんですね。感心してしまいます。
 わが家は、明後日12日に刈り取り作業を予定。
 昨夜、カナダのN君がメールで11月2日から21日まで帰国すると言ってきたので、今年は彼にまじりっけ無しの十割新蕎麦をご馳走せねば。

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 夕方、家庭菜園に寄り、ルート(根)パセリを3本ほど抜いてみた。茎を齧ってみると紛れもなくパセリの味。左側の下の方のように長く伸びて白っぽいニンジンといった形になるはずですが、わが菜園でいちばん作物の出来が悪い、土の良くない場所に植えてしまったので、根が長くならずに固まりになってしまいました。ひょっとするとネコブセンチュウのいたずらかもしれない。
 この茎や葉ではなく、この魁偉な形の根が食用なのだそうですが、さて、調理法をまじめに調べなくては。

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 そうそう、チコリの根も気になるところですが、まだあのHeavenlyなblueの花が午前中だけ咲いており、草丈はとうに私の身長を超えて2mくらいのものもある。これも相当な根塊になっているはずだが、これを越冬させて軟化栽培するのが寒冷地では至難のわざ。これも少し検索してみなければ。

 ノーベル文学賞効果か、ル・クレジオでの検索が現れてきた。「調書」や「発熱」といった初期の作品も悪くはないが、私が偏愛してやまない作品は「テラ・アマータ(愛する大地)」(新潮社・1969年)、「海を見たことが無かった少年」(集英社文庫)あれ? これももう品切れ? 絶版?。
 Lydwineさんにブログで触れていただいた「それとも無遠慮な質問をして」は、この「「テラ・アマータ(愛する大地)」のなかに置かれている、まだネットが無かった時代の100の質問(のようなもの)ですが、この作品の主人公、シャンスラードやミナは、B・ヴィアンのコランとクロエ同様、私の文学的アイドルなのであります。


2008年10月10日金曜日

舌は正直

 まだ完璧ではないが、同人誌の各作品ごとのレイアウトがおおむね終了したので、校正刷りを出力し、発送準備をした。明日発送予定。

 今年のノーベル文学賞がル・クレジオに決まったとネット・ニュースを見た配偶者が教えてくれた。そうだね、ル・クレジオのノーベル文学賞はすなおに喜べます。
 その奥様体調不良のため、今夜は高速ウォーキングはお休みとなり、ちょっと拍子抜け。

081009sobayu.jpg 毎晩、蕎麦湯(ティー・スプーン2杯を熱いお湯で溶いたもの)を飲むのも、癖がついて来て、ほぼ毎晩飲んでいるが、悪い人がいたもので、蕎麦湯に焼酎を入れて飲むと旨いと教えてくれたので、早速試してみた。なるほど、悪くないです。
 ただし、蕎麦湯を飲むのは、最低血圧が100を超えると頭痛がする体質の改善をめざしてのことなので、焼酎を混入した蕎麦湯などを毎夜飲んではいけない。
 その蕎麦湯だが、使用するソバ粉を粗挽きで蕎麦打ちに適さないと思っていた、昨年末に自分で石臼で挽いて冷蔵庫に入れてあったものや、先月入手した製粉機で試し挽きしたソバ粉で、蕎麦湯を作っていたのですが、たまたま、昨年製粉会社に製粉、真空パックしてもらった方の粉を溶いて蕎麦湯にしたところ、なんとも風味が薄い。粒子が細かくて十割蕎麦も簡単に打てたくらいだが、風味が弱い。よもや、「中国産玄ソバ」を混入されているのでは?! (しくしく)
 歳のせいか頭は悪くなっておりますが、舌の食感だけはタバコをやめて以来かなり性能アップして敏感になっておりますので、疑うなといっても舌は正直なのであります。(ああ、製粉機を入手してよかった。あれ? そういえば昨年、ある方にそのソバ粉をお送りしてしまったが、信州蕎麦、思ったより美味しくないと思われたかも......とほほ)
 そういえば、日数から計算すると(播種後65日~70日)、この土日か来週中くらいが蕎麦の刈り取り適期なのであります。
 天気予報を見ながら、あまり快晴でない日を選んでソバ刈り決行です。今年は適正身長90cmを超えて120~130cmくらいに伸びているのに倒伏せずにがんばって立っているので、昨年のような全面倒伏・悪戦苦闘ではなく、楽に刈れるでしょう。

2008年10月9日木曜日

ストーカーの心情を想像しながら

 昨夜も今夜も、町内の本通商店街の歩道を高速ウォーキングする配偶者の警護同伴ウォーキング。
 iPodのイヤフォンを耳に、ストーカーの心情を想像しながら、中年のおばさんの背後に黙ってぴったりついて行く。
 同じコースなのでほぼ30分。この2倍くらい歩いた方がいいと思うのだが、中年のおばさんのメタボリック対策の夜間ウォーキングの警護をしているに過ぎないので、ひたすら黙って影のようについて行くだけ(我ながら、えらい!!)。 

2008年10月8日水曜日

ダリのガラとエリュアールのガラ

 昨夜の続きで、Arena - Salvador Dali というタイトルの7分割してアップされている動画を発見した。
 このパート1で、海辺の卵から生まれて来たダリの横に立っているのが、かつてサナトリウムでエリュアールと知り合った年上のロシア人少女、ヘレナ・ドミトロヴニェ・ディアコノヴァ、愛称・ガラである。
 詩人エリュアールのもとを去り、ダリの妻となった、あのガラである。日本にも佐藤春夫の妻から谷崎潤一郎の妻となった松子さんがおられるが、ふたりの芸術家に愛されて実に至福の女性ではある。
 ただし、ガラについては私はエリュアールに『愛すなわち詩』(L'Amour la Poésie)(1929・ガラへの献辞付き)を書かせた女性というだけで十分である。

 エリュアールもコキュ、V・ヴィアンもコキュ。コキュはいつの時代でも、少し、かなしい。



「ツール」→「オプション」→「文字体裁」

 同人の原稿をテンプレートに流し込んだ場合に、本人原稿より文字が後ろへ押して行って字数が多くなってしまう。頁ぎりぎりに書かれた原稿だと次のページまで押して行って、本人は20頁のつもりで書いて送ってきたものが、編集作業すると21頁になってしまうことが間々ある。
 なぜか。
 Wordで原稿を書く場合、「ツール」→「オプション」→「文字体裁」の「文字間隔の調整」が、「間隔を詰めない」、「句読点のみを詰める」、「句読点とかなを詰める」の3種類あり、デフォルトでは「句読点のみを詰める」になっている。
 だから当然、Wordで原稿を提出される同人全員の原稿が「句読点のみを詰める」設定で書かれている。あちこちの行で、句読点が行末に来た時だけ一文字分追い込まれる訳である。だが私の編集レイアウトは一行の文字数をどの行も同じにするために「間隔を詰めない」ことになっている。その文字数の合計が、長い原稿の場合、5行、10行となって後ろへ押し出されてくる。その結果、たまたま20頁の終わりぎりぎりに書かれていたものが、21頁まで伸びてしまうことになる。
 次号から、同人の皆さんへ、原稿を書き出す前に、「ツール」→「オプション」→「文字体裁」の「文字間隔の調整」を「間隔を詰めない」に変更していただくようお願いしなければならない。

 それから表紙印刷が1色の場合と2色にした場合の金額の差が15860円。これを高いと見るか安いと見るか?? 


おいしいカステラ

 今日、宅配便で思いがけずお手製のカステラをいただいた。それも市販のカステラの3本分もあろうかと思われるサイズ。
 しかも、焼いて送って下さったのは、先日、オヤマボクチを検索して来られた男性なのであります。十割蕎麦を打たれるだけでなく、市販のカステラも真っ青になりそうな、甘さを絶妙に抑えながらも底に甘い大納言小豆を沈めたカステラ。感服&脱帽いたしました。
 おいしいカステラ、ごちそうさまでした。
 

2008年10月7日火曜日

ネットの海をひとりユリシーズ

YouTubeでJacques Prévertがらみの動画を検索をしているうちに



 このYves Tanguyの絵を次々に展開してゆく動画に迷い込んでしまった。
 YouTubeに、こういうジャンルが存在したのか!!
 ほかにも、たくさん。
自分自身のためにここにURLをリンクさせておこう。
René Magritte
Giorgio De Chirico
Francis Picabia
Max Ernst
André Masson
Dorothea Tanning
Marc Chagall
わ、Egon Schieleまでありました。
Alfred Kubinも、す、ご、い、ふたつもあります。
Alfred Kubin
Lucien Lévy-Dhurmer
William Blake
 うう、鳥肌。William Blakeの絵にJocelyn PookのMasked Ballという歌が重ねられている。これはスタンリー・キューブリック監督の遺作 Eyes Wide Shut(1999年製作のアメリカ映画)のなかで流れた音楽。
William Blake
Edvard Munch


 絵と音楽が結託するとこういう力を生むのか。
 では言葉は?


2008年10月5日日曜日

いきなり十割蕎麦

 最近、NHKなどでオヤマボクチをつなぎにした蕎麦を連続して取り上げたらしく、オヤマボクチについて未知の方からメールをいただいた。それも前後しておふたりから。おふたりにお試し用のオヤマボクチを送ってあげることになったが、蕎麦打ちの経験は今年ようやく二年生の私よりもずっと豊富であり、口をそろえて水だけで十割蕎麦を打っておられるという。
 むむ......私は、十割蕎麦が難しいだろうからオヤマボクチをつなぎにする蕎麦を打とうとしたのだけれど、つなぎ無し、水だけで十割蕎麦が打てるのならそれに越したことはありません。
 今夜はさいわい奥様はさる高原で催されている、宮沢賢治・中原中也・立原道造、三詩人の詩についての座談会に参加するために泊りがけでおでかけ。
 ということで、夕方5時半から試験的に2人前、250gの十割蕎麦打ちを開始。250gは少なくて打ちにくいと思ったが、何と30分で打ち終わった。何と順調な流れ!!(これまでは加水が少なすぎたようです)
 茹でたらバラバラかと覚悟していたが、おお、つながっています。

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��画像をクリックすれば拡大表示されます。左が自分、右が老母の分)

 やや柔らかめだったせいか、幅を狭く切ろうとすると畳んだ部分が切れてしまうのでやや幅を広めに切ったが、楽に伸せたので厚みは薄めで、一応切れずに蕎麦の形になっているではありませんか。コシ、歯ざわり、喉越しも良し。\(^o^)/ 
 十割蕎麦は難しいという先入観が邪魔していました。やはり、何でもやってみるべきでした。
 製粉技術が良くなっているので、ことさらな粗挽きでない限り、粒子の細かいソバ粉を用いれば十割蕎麦もつながるようです。今日はやや多すぎたが、加水率は47,5%プラスマイナス1%くらい?
 は!? 十割蕎麦が打てたら、オヤマボクチが不要になってしまいますw。
 今夜はほかに「冬瓜のそぼろあんかけ、ゆず風味」。(昔、京都でこれを食べてからお気に入り料理になってしまいました)




 同人誌編集作業。原稿を読むより先にテキスト・ファイルに変換し、二段組のテンプレートに挿入、成形する。作者ごとに違うレイアウトの原稿を印刷して読むより、雑誌の体裁にしてから印刷し、読む方が統一感があっていい。
 自分の原稿パスで薄い雑誌になるかと危惧していたら、簡単な計算でも120頁を超えているので安堵。
 編集をWordから一太郎に変え、印刷会社も変え、編集の流れが落ち着いてきたので作業自体はとても楽。問題はミスの無い「校正」。



2008年10月4日土曜日

あと10日

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 残留窒素が多いせいか、まだ茎葉は緑だが、もう花は散って見えず、実の黒化が始まっている。
 昨年は10月13日に刈り取っているが、今年はいつ刈れるだろう。いずれにしても昨年の全面的倒伏を思えば、今年は刈り取りは楽であろう。
 播種から花まではこんなに楽な作物はないが、刈り取りから脱穀、精製までは弥生時代とまったく変わらず、汗と埃にまみれる原始的作業なのが笑える(JAにコンバインでの収穫を依頼すれば一気に現代的だが、それでは播種から蕎麦打ちまでの一貫作業が崩れてしまう) 刈り取りは草刈機を使用するが、脱穀は弥生時代と変わらずシートの上に乾燥したソバの茎を重ねて置き、それを捧で叩きます。乾燥が十分であれば稲用の脱穀機が使えないことはないですが、乾燥が良くないと脱穀機が故障する。

 ソバで検索していたら「それでいいのか 蕎麦打ち男」という本が目に入った。ふん!! 蕎麦打ちにうつつを抜かして、このまま消えてはいけないのですか?!
 大きなお世話と思いながら、本日より編集作業開始。結構、長めの原稿があり、原稿お休み常習犯としては、ひそかに安堵。もう表紙写真も確保できている。



2008年10月3日金曜日

締め切りに間に合わなかった原稿

 今夜から、夕食後の高速ウォーキングと、ソバ粉をお湯に溶いて飲むのを再開。

 昨夜、締め切りに間に合わなかった原稿ファイルを開いてみた。結構手直しする部分があり、気がついたらずいぶん推敲していた。気を紛らわすためにもこの原稿ファイルを書き続ける方がいいのかもしれない。


2008年10月2日木曜日

幕が下りて

 本日ようやく、身辺のごたごたに幕が下りて、残るは後片付けが少々。
 ただし、書きかけの原稿は中断したままついに書けずじまい。今号もまたパスとなってしまった。自分で書くのはあきらめて、編集発行人という黒子に徹すべきであろう。

 デジタル文学館に、「木曜日」のよこい隆さん推薦で「胡壷・KOKO」7号掲載の「レバー」(納富泰子さん)を転載アップロード。