2011年4月28日木曜日

スマートすぎるアマリリス

 暮れにお歳暮としてチューリップの球根とアマリリスを鉢にセットしたものをいただいたので、チューリップは菜園の多年生の花ばかりの一角へ植え、アマリリスは年を越してから水を遣りはじめた。暖房している室内に置き放しにしておいたが、寒いうちはなかなか芽が出ず、出ても伸びが鈍かった。
 それが4月になってぐんぐん伸び、ようやく開花開始。
 ずっと室内にいたので、ひょろひょろ、むやみに長い。花首までほぼ1mある。

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2011年4月25日月曜日

ミクロがマクロになる

 読書、相変わらず進まず。
 右手首の痛みも取れないのでパソコンのマウスも使えない。

 で、夜、何をしているかというと、拡大鏡でソバの実を観察している。
 ソバの実をながめていると気持ちが落ち着くという自分の奇妙な性癖に気づいた。完璧な種子フェチである。
 小さなひと粒を拡大鏡でじっと観察していると、妙な言い方だがひと粒のソバの実というミクロがもっと大きなマクロになってくる。
 ミクロがマクロにという経験は細密画をじっと見ている時にも感じた。
 大袈裟に言えばミクロなものが存在そのものや宇宙全体として感じられたりする。
 小説もそうなのだろう。些細なことを考えたり感じたり、動揺したり感動したりする一個の人間を仔細に観察すれば、人間という存在やこの世というマクロも見えて来る。
 小説もそういうミクロとマクロが=で重合されるようなパースペクティブを背後に持って書かれなければならない。〈 何を言っているのやら......(ーー;) 〉




 メモ:当県のソバの新しい奨励品種にタチアカネ(旧・桔梗3号)という品種が平成21年に認定されているのを知った。種は入手可能なのだろうか。

2011年4月23日土曜日

まだ下の畑にいません

 夕方、帰宅前に菜園へ寄って諸々観察。
 東の端には採種用に株を残してあるオヤマボクチが芽吹いて柔らかな葉を広げはじめており、また畑の西南の隅には見慣れない植物を発見。そういえば、昨年5月に5ポット購入してきて植えた「行者にんにく」ではありませんか。1本消えて、4本発芽していました。ホースラディッシュと混在していて、負けてしまうかな。
 ルバーブもだいぶ芽をふき、茎が賑やかになってきたが、かんじんのSaint Drift種がだいぶ消滅している。緑茎種は株の消滅など滅多にないのに、やはり赤は弱い。ただし、特に株が消えている二通りがあり、そこは最初にSaint Drift種を植えた時にある有機質肥料を多めに散布した場所で、株の消滅は二回目となる。原因はむしろその辺りにあるのかもしれない。移植適期なので、少し株の植え替えて畝を整理したいのだが時間がない。
 同じ菜園に5種類のルバーブを植えてあるので、緑茎系は蕾を摘んで花を咲かせず、Saint Drift、ジャーマン・ワイン、Unisonus Tragedyの3種類だけ花を咲かせたい。ことにSaint Driftは海外から種を購入する道を閉ざされてしまったので、今ある株での自家採種と播種を繰り返し、突然変異株を見つけ出すほかない。中途半端なグラスキンズ・パーペチュアルはすべて廃棄してもいいような気がする。
 今年はソバの種の選抜育成を始めようとしていたり(?!)、趣味の園芸が忙しい。
 早く仕事をやめて「下の畑にいます」と書いた小さな木の板を置きたいものです。

 先日の飲み会でいっしょだったK子さんのお宅に石臼があると聞いたが、やはり漬物石に使用しているというので、見せて下さいとも言えなかった。
 ん? そういえばM君も「昔、家は穀屋だった」とか言っていたような......だから石臼があるというニュアンス? 大勢いると皆の話に十分に応答出来ていない自分がよく判ります。
 そういえば、電動化に必要なモーター、定価9250円が7860円、モーターの回転を減速させるギヤヘッド1:100が定価12500円のところ10620円。送料も考えると20000円。中古は見つけられないだろうから、夏には購入しよう。




 もう過去の人ではあるが、クルト・レーデル指揮の曲はyouTubeにも3曲しかアップされていない。そのうちの一曲がこれ。



 ところがKurt Redelで検索したら305件もヒットした。

 血圧117-76と絶好調。右手首、腱鞘炎か、マウスを動かすのに痛い。仕事のせいか、パソコンのせいか? インドメタシンとモーラス・テープで手当て。

2011年4月22日金曜日

気が遠くなる

 昨夜は二次会で96歳でバーでカラオケを唄うスーパー爺さんと相席になった。いまだに運転免許証を所持していて、しかも免許の種類が大型2種である。更新されているのが不思議。おそるべし。

 今夜も疲れて読書は進まず。活字を見ていると気が遠くなるのだから情けない。
 2月10日に購入したT在来種、もう少し量が欲しくて一昨夜に注文しておいたら、昨日発送で今日届いた。今回は50mlを4袋。前回同様に脱穀したまま萼や茎なども混じった状態なので、少しずつ両手に挟んで揉み、ゴミを落とし、精製した。合計で190g。

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 また、久しぶりにmusicMeやDEEZERに入ってあれこれ検索。やはり前者の方が圧倒的にアップされているアルバム数も、試聴できる曲数も多い。
  トム・ウェイツの「ブルー・ヴァレンタイン」、10曲を聴いてしまった。

2011年4月20日水曜日

ひと粒として同じ文様は無い

 「残雪研究3」と「戦後派作家たちの病跡」、なかなか、ひと晩1編、一章のペースで読み進められず。後者は、取り上げられた四人の作家の作品をそれぞれ中途半端にしか読んでいないので、通読にはかなり時間がかかるだろう。今夜、ようやく礼状を書けたので明日投函できる。
 などと考えながら、なぜか「カラマーゾフの兄弟」の3兄弟のことなど考えている。
 自分は誰にいちばん近いんだろう、と。アリョーシャでは絶対ないし、ミーチャでもない。どちらかといえばワーニャがいちばん近いのだろうけど、それがとても厭な感じ。いっそミーチャになってしまった方が楽なのかもしれないと思う。

 T在来の玄ソバ、2月に入手した2袋では少し少ない。種子生産用だけだったら十分だろうが、少し食用に作りたくなったので、50ml入り500円を4袋、追加オーダー。
 Tさんと共同栽培したソバ畑、Tさんが病気治療に入っているため今年は共同栽培ではない。誰か応援を頼んで凌ごうかと思ったが、ひとりでは負担が重過ぎるので栽培を断念。Tさんにその旨を伝えた。元々その畑を借りているTさんは困ったらしいが、とにかく27アール(891坪)もある畑は大きすぎてひとりでは手に負えない。Tさんの水田も代理で耕作しなければならないのだし。
 個人的に花園2,3,4号地でN在来を栽培し、N在来は元々の菜園の余地で栽培すればいいが、常陸秋そばを栽培する場所がなくなった、さて......。
 T在来の種を拡大鏡で見ていたら、その美しい文様に感動してしまった。ソバの皮は食用にはならない。かつては枕の素材になったが今は無用の長物であるのだけど、美しい。
 しかも、ひと粒として同じ文様は無い。まるで人間みたい。

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 不意に、右手首が痛みだした。
 仕事のし過ぎか、マウスの使いすぎか、インドメタシン塗布剤を塗り、母親のモーラステープを勝手に頂いて貼ったら、痛みが失せた。

 明日は1月末に蕎麦会をした同級生たちと、久しぶりの飲み会。
 当地はまだ桜は未開です。

2011年4月18日月曜日

あれこれ

 このところずっとテレビがうるさいので消して、入手したN在来のソバの実の選別を毎晩少しずつ行なっていて、今夜、一応、第一次選別が終了した。見た目で明らかに在来種ではないと判断できる、大粒で稜のはっきりしたものは明らかに改良種が交配したものと思われるので必ず除外し、ほかに皮が剥けたものや異形のものも除外。
 今後、さらにこの選別したなかから特にこの在来種の特徴が出ていると思われる形のものを少し拾い出し、これを来年度のための採種用とする。この夏に食用として播くのはその残り。
 何とも細かい根気の要る作業だったが、見ていると改良種のように一律な形や風貌ではなく、結構それぞれに個性があって選別も楽しい。だが採種用に選別しているものは思いのほか共通した形質になった。小粒で稜が明確でなく丸い。
 それからもう一種類、T在来。これは50gほどしか無いが、皮を剥いて実を噛んだ際の苦味、えぐみがこれほど強烈なのはないと思う。産地の県の試験場の研究データのPDFを見ると、味覚センサーでの数値が「苦味」、「苦味コク」、「旨味」、「旨味コク」すべてが他県の品種と比較してダントツに高いのである。
 今年は採種用での栽培だが、来年度、食用に生産して粉になったらどんな風味となるか、今から楽しみである。
 
 ただし、ソバは他家受粉であるのでミツバチなどによる交配を避けるため、それぞれを出来るだけ(出来れば2km以上)離れた場所で栽培しなくてはならない。
 将来的には、N在来とT在来を同量混合して播種し、交配させてみるのも面白いかもしれない。それが私のオリジナル・ソバであったりして、wahaha。

 残雪研究、毎晩一作ずつ読んでいる。
 昨夜までに、「芸術家たちと、ロマンチシズムを読んだ町長の爺さん」(鷲巣益美・訳)と「奇妙な大脳損傷」(富岡優理子・訳)を読んだ。
 小説7編、評論1編、論文3編。合わせて11の夜を楽しめるのです。
��それにしても、「残雪研究・第三号」、執筆者すべて女性で男性がひとりもいないのは男の端くれとしては少しさびしいのですが、こんなに女性が頑張っているはうれしいので、差し引きすれば相当に嬉しい)

 それから江場さんに送っていただいたパトグラフィ。井上光晴の虚言症、早く読みたいのだけど、先ずは第1章をきちんと読んでからでないと4人 の作家のパトグラフィ各論に入れない。そういう構造になっている。


2011年4月16日土曜日

本日頂いた本

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 庄田秀志「戦後派作家たちの病跡」3月10日 勉誠出版発行 3800円
 著者は精神科医で、つい先日まで独立行政法人国立病院機構・小諸高原病院院長だったが、作家としては江場秀志さん(第9回すばる文学賞)。
 井上光晴、島尾敏雄、三島由紀夫、安部公房の病跡研究が試みられている。
 発行日が3月10日だったのだけど、翌日東北地方東海岸を襲った災厄を慮って今日まで発送を控えておられたという。
 そういえば、わが誌も3月15日を発行日としていたが、3月10日には雑誌が届いており、発送しようとして大地震が発生し、やはり発送を戸惑ったのだった。無神経な私は逆に挨拶文を抜いて発送してしまったのだったが、こういう細やかな気配りで送っていただくと自分の乱暴さに呆れ、恥ずかしくもなる。

 二十代の頃、三島由紀夫と太宰治のパトグラフィ(病跡学)を読んだ記憶があるので、読ませて頂くのが楽しみだが、単なる作家論や評論ではないので、読み通すのにかなり難儀であろうことは覚悟しなければならない。自己自身や人間という存在について病まない作家などありうべくもなく、そういう視点で読めば読まないこともなかろうと、ここでも乱暴な思考で前へ。
 江場さん、ありがとうございます。そうそう、今からお礼の手紙を書こう。


2011年4月13日水曜日

至福

 昨夜作成しておいたPDFファイルをフォルダに入れて、リンクを張った。それを今夜アップロードし、ようやく2号のウェブ版をネット上に置くことが出来た、ほっ。何と印刷会社から雑誌が届いてから一ヶ月にもなる。何と怠惰なこと。
 今回から作品はPDFファイルのみとし、横書きのHTML版はやめた。ファイルを二重に置くことのサーバーへの負荷と、小説を横書きにすることの意味を考えてのことである。
 思えば3月15日の発行日前に大地震大津波に襲われ、様々な意欲が殺がれた。何とか再び歩きはじめよう。

 夕方、ホームセンターに寄り、これを購入。通常はゴミを吹き飛ばしたり、吸い込んだりする電動工具なのだが、これを用いていよいよ、秘密の実験開始である。
 もしも成功したら、全国のソバ吉君たちが泣いて喜ぶことになるが、多分、そううまくは事が運ばないだろう。
 ブヴァールとペキュシェはふたりで奇妙な実験に情熱を注いだが、私はひとりでアホなことをしている。

 ポストに「残雪研究 第三号」が入っていた。
 お願いしないうちに送っていただいたことになります。ありがとうございます。
 本文168頁、小説7編もふくめて、すべて残雪のこと。至福であります。
 今夜から早速読みます。 

2011年4月12日火曜日

今? (ーー;)

 にこにこしてとてもいい顔をして「持って来て」というから届けたのに、あったから要らないという電話がかかって来た。だから、ひとり暮らしの高齢者は怖い。
 つべこべ言っても仕方なく、明日、さっさと引き取りに行った方がすっきりする。
 こういう些細な出来事でも小説のディテールにはなるのでしっかり記録しておかねばならない。こういうディテールできっちり支えられた小説は、たとえそれが掌編であってもかなりな現実味を獲得する。

 またまた偏愛書の一冊である井上光晴の「だれかの関係」(こんなに安いの?! 泣)を開いている。
 「りんご」、「お菓子の時間」、「ナイヤガラ」、「海辺のシチュー」、何度も読んですっかり頭に入っているのだけど、また読み返したくなる。
 この40の短編、いや掌編集は昔、「文學界」が井上光晴に数年ずっと書かせて掲載したものをまとめた単行本で、文庫化もされていないと思う。
 それから、やはり「文學界」が十二ヶ月連続で丸山健二の短編を掲載した、それをまとめたのが「水に映す」。これにも「バス亭」とか「青い帽子の女」とか、すごい短編があった。
 昔の「文學界」はそれでもいい仕事をしていたものだ。
 今? (ーー;)

2011年4月10日日曜日

仕事中の着想

 どちらかといえば頭脳労働派ではないので、体を動かしていないと脳の働きも鈍くなるらしく、冬の間は寝太郎状態である。
 それが、このところむやみに体を動かしているので、脳も動き始めたのか、仕事中に小説の構想や細部が浮かんでくることがある。今日も着想があったのだが、仕事を続けて書き留めなかったため、細部の半分くらいは雲散霧消してしまった。
 仕事中の着想は、仕事を休止してでもノートにメモすべきである。
 危ないので、記憶に残っている少しだけでもメモしておこう。

 仮の題名は「episode」あるいははったり気味に「epeisdion」。
 「私」に関するエピソードの連続。そのそれぞれ、連関があるようでない。
 そして舞台は現代ではなく、一種の近未来小説。
 「私」とはだれのことか。
 様々な人間が「私」について語るが、そのどれも同一人物のようには思えない。
 一種の「私」の迷宮を書く。
��それにしても、ストーリーに寄りかからない小説が可能かどうか。突きつめてゆくとそれは小説ではなくなってしまうような)




 久しぶりに、前野曜子が参加していたRicky & 960POUNDの「ABURAZAME」を全曲聴いた。まさに前世紀後半の歌である。

 その12曲目。



2011年4月9日土曜日

Tatiana Romanova




Tatiana Romanova といえば007「ロシアより愛をこめて」のボンドガールであったダニエラ・ヴィアンキ演じたロシアの女性スパイの名前であるはずだが。
 あれ? このYouTubeの歌は? 歌手は?

 いや、Tatiana Romanova といえば、ロマノフ朝最後の皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の第二皇女のことであり、007はそれを女スパイの名を借りたのでしょう。ちなみにこの映画公開の年に私は生まれた(嘘)。
 うわ、検索していたら「The Women Of Bond: Then And Now」などというページにたどりついて、2008年のダニエラ・ビアンキの写真を見てしまいまちた、(ーー;)。

 それにしても、ロマノフ朝最後の娘たちの画像がこんなにYouTubeにたくさんアップロードされているとは驚いた。


2011年4月7日木曜日

暴走じいさん

 どうもフォークリフトの運転が下手になった。一年中操作していれば腕は落ちないだろうが、仕事が春先に集中するので、それ以外の時期は下手になる。今日もリフトをもう少し下げればいいのに、まあ大丈夫だろうと上まで上がりきっていないシャッターの下を通過したら、リフトの最上部がシャッターの下の端にひっかかり、ガーンという音と共に少し曲がった。足で押したら曲がりがかなり直って一応そのままシャッターが使えることが判って安堵した。完全に壊していたら修理にどれくらいの費用がかかったのだろう(汗)。

 そういえば今日、かなりの高齢者が車でわが家に来た。うちの母親が生まれた村のおじいさんなのだが、「モモちゃん、元気?」などと言いながら小さく鼻歌など唄っている。
 帰ってから母親にそのひとの歳を訊いたら「96歳」だという、ひえ~。96歳で免許証を更新していて、軽トラックを結構飛ばす暴走じいさんなのである。たまたま、かなり歳下らしい奥さんを助手席に乗せて車を走らせているのを見るが、のろのろ運転ではなく結構なスピードを出していて、あきれる。
 耳は少し遠いが頭脳明晰で足腰もしっかりしていて、私が知る八十代より若々しく元気だ。ちなみにこの暴走じいさん、剣道八段の師範でもある。
 どうせ長生きするのだったらああなりたいものだが、しかし草臥れないものかな?


 久しぶりに、Zette Maroto唄うJ・プレヴェールの「La romance」を聴く。
 J・プレヴェール、ボリス・ヴィアン、レーモン・クノー、みんな親しく、パタフィジック協会のメンバー。羨ましい時代。



♪ たえまなく小人が歌っていた

  ぼくの頭のなかで小人が歌っていた

  青春の小人が

  短靴の紐をぷっつり切った

  祭りの小屋のいっさいが

  とつぜん跡かたもなくなった

  この祭りの沈黙のなか

  この祭りの砂漠のなか

  ぼくは聞いた きみのこのましい声

  きみの裂かれたかぼそい声

  こどもっぽいひとりぽっちの声

  遠くからぼくを呼ぶ声

  ぼくは胸に手を当てた

  そこには

  血にまみれゆれ動いていた

  星をちりばめたきみの笑いのガラスの破片が七つ。♪



2011年4月5日火曜日

そうだった

 いよいよ疲れてきた。本業、副業、趣味の園芸、みんな一度に発狂したように忙しくなる。そうでなくても忙しいのに、二種兼業の副業にTさんの水田15アールが加わるのだから、本当に大丈夫なのだろうか。Tさん、何だか歩き方が頼りなくなって来た。
 いよいよ、5月末まで無休である。
 先日届いた本2冊もまったく開けない。そうでなくても長編を読める時期ではないので、短編集を買うべきであった。

 本日の血圧113-79。うたた寝直後に計測した1日夜は107-72、昨夜は105-74だった。うたた寝直後は血圧が下がっていて血圧測定には不適当であるらしい。やはり、同じ時刻に同じような状況で計るように心がけないと正確ではない。
 いずれにしてもだいぶ安定しているのは確か。測定開始した頃は120-80台だったのが、最近はすっかり110-70台が多い。

 最近また、眠る時にiPodのイヤホンを耳に差し込んだままバッハを聴きながら眠っているが、電源を切らずに眠りに落ちているらしく、バッテリー切れになっていることがしばしば。耳と頭に良くないのでイヤホンで聴くのはやめたほうがいいのだが、ついつい。

 土曜に長男が一泊で帰宅。大型バイクの車検が切れたままなので、車検に出すための帰宅らしい。
 あえて執拗に訊くと、彼の勤務場所や宿舎は停電しないらしい。
 そうだった。当然のことながら、計画停電から外されている施設があるのだ。電車が止まろうと、信号が消えてしまっても、たとえば首相官邸が計画停電されたら困るものね。東電は東電本社自体を計画停電しないであろうし。
 


2011年4月4日月曜日

意地の悪い神の暴虐

 ようやくネット上も少し静かになって来た。
 すっかりマンネリですが、久しぶりにyouTubeにまたまたこのお気に入りの曲を聴きに行きました。
 「この曲を母の葬儀に使わせていただきました」などというコメントが目に入った。(私の葬儀は「無限カノン」でお願いしますよ、奥様)



 とはいえ、今はむしろ同じタルコフスキーならこの映画の方がふさわしい。これに「ぼくの村は戦場だった」を加えれば、彼はもう映画の神様である。
 この度の大地震、大津波、原発の炉心からの放射能漏れなど、意地の悪い神の暴虐としか考えられないような災厄は、この事態を誰かのせいにしてを声高に批判するのではなく、むしろ、こうして静かに描かれ、語られるべきだろう

 その役割を、まだ担うだけの力を小説は持っている。
 そう思わずにはいられない。



 この映像、すごいと思いません?

 そうでした。私が書きたかったのは、こんな風に、静かだが確かな光景でした。

2011年4月3日日曜日

名は体を現わさず

 原子力安全保安院=原子力危険不安院!!......(ーー;)

2011年4月2日土曜日

脳の回転が空回り

 昨夜、不穏当なことを書いたような気がしたので、今朝になって記事を未公開扱いに変更。

 本日は仕事上でトラブル続発。ひとつは異なった品物が届けられていたことが今日になって判明。当該製品は福島県の工場のものであって、本来の製品をあらためて届けさせるのはほぼ不可能か、出来ても時間がかかりすぎて間に合わない。
 続いて、宅配便で届いた別の製品の数が72×10と少ない。確か、72×12、オーダーしてあったはず。72×2を追加して送るように電話したが、127がひとつしかないという。それでもいいから送るように言って電話を切る。直接顔を合わしたときに注文してあったものなので、注文書など書面の証拠が残っていない。相手は、こちらが間違えて発注したように思っているのではないか。こちらのメモ帳には必要数を概算した864という数字が残っている。72×12=864である。
 何とも、関係者一同の脳の回転が空回りな4月馬鹿な1日でした。やれやれ。

 昨日時間がなくて冷蔵庫に入ったままの「寒ざらし蕎麦」を試食してみた。やはり、十割で見事につながっていて、つるっとして喉越しがいいし、甘味も少々感じるが、風味がまったく薄い。
 いったいぜんたい、どういう考え、どういう目的であれほどの微粉にするのか? 製粉したのは市の西の方角の個人の精米所で、結構評判がいいらしいが、これほどの微粉は腑に落ちない。
 製粉を業としている場合、「あのうちで碾いたソバ粉は繋がりが悪くてダメだ」という評判を恐れ、必要以上に「つながりのいい粉」を碾いてしまうのだろうか?
 明日は、この「寒ざらしソバ粉」に「自製の甘皮粉」を混ぜて打った方の蕎麦を試食してみる予定。

 TwitterとFacebook、ふたつのアカウントを削除し、完全撤退。どうも私にはこういうの、合わない。(合うわけないか)