2010年12月5日日曜日

「木曜日」27号

mokuyoubi27.jpg 昨日、よこいさんから送っていただいた「木曜日」27号(11月30日発行)、昨夜のうちに長めの二作を除く小説4作を読んだ。
 よこいさんの「墨中遊行」、最後の男との会話の部分、13行が惜しかったような気がする。この13行が別のものであったら、作品の様相が一変していたかもしれない。
 菅原英理子さんの「羽あるもののメッセージ」は、前号の作品「掌の上の恩恵」に感心してデジタル文学館に推薦させていただいたのだったが、この作品も文体に無理が無くて、他者の言葉を読むという一種の呼吸作用が自然に出来、実に心地よい文章で書かれている。題名にあるように、こどもの頃にまで遡って、黄金虫など虫のことなど些細なことが書かれているのだが、場面ごとに印象が深い。楽しみな作者である。
 「或る夏の朝」はタイトル、作者名に大きく場所を取ってもなお見開き二頁だけの掌編だが、ふと内田百閒の「旅順入城式」という短編の幻想を思い出させられた。あり得ないはずのものを現前させることができる。これは文学の大事な力のひとつだと思いました。

 長めの二作はこれから読ませていただきます。




2 件のコメント:

  1. 弊誌について、早速のご講評をありがとうございます。また、挨拶が遅れたことを陳謝します。
    拙作については、まったくそのとおりであります。
    あの終わり方、会話は、ひどいものです。
    というか、今回は、自分で読み返すことさえできないほど、稚拙な出来栄えで、毎度読んでいただいているみなさまに申し訳ない気さえします。
    とはいえ、まぁ、これが現在の私の状態なのかな、とも、諦めのようにも、思っております。
    次回は、もうすこしマシなものを書きたいです。

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  2. yokoiさん、コメントありがとうございます。
     よかった。
     yokoiさんと音信不通はさびしくていけません。
     御作のいいところに触れず、結末だけあげつらって申し訳ありません。闇を歩くとか、棘とか、野暮になるから具体名はあげませんが、ある作家のいい雰囲気を思い出しながら読み進め、結末を期待してしまったものですから。
     私もまた次の締め切りが迫って来ていますが、今からパスしたい気分と闘っております。

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