2010年3月31日水曜日

まだ品物が届かないよ・メール

 いよいよ体がひとつでは間に合わなくなってきた。眠い。
 その上、会員70名ほどの会の会計を押し付けられ、午後、引継ぎ。田舎はいよいよ人材、というより、ひとそのものが居なくなって来ている。
 町内の和菓子店が今月で閉店し、八百屋は主人が脳梗塞になってシャッターを下ろし、もう町内で買い物が出来る状態ではなくなってきた。

 植物育種学の本、メール便で届いた。
 ぱらぱらっとのぞいてみたが、難しいだけで実践に役立つのかどうか疑問。
 14日に注文した種、すでに16日経過したがまだ配達されないまま。苛々。
 USAの郵便事情はどうなっているのか知りませんが、ついに怪しい英語で「まだ品物が届かないよ・メール」を送信しました。
 そういえば、昨年もメールを送信する直前に配達されたことがあった。他の国は7~8日、遅くとも10日くらいで届いたんですが、USAはこれで三回目。

 あ、早速、返信がありました。
Hello there, I shipped out on the 14th of this month, however international
first class orders typically take 2-4 weeks to receive. Please allow a
little more time for delivery. Thank you.

 ぎゃっ、2週間から4週間って、やはりかの国の郵便事情は最悪であります。
 調べてみたら、USPS First Class Mail Internationalというのはいちばん安い航空便らしく、だから遅い?

2010年3月29日月曜日

株分け成功

 今日は、野良仕事の好きな母親を連れ、菜園へ。昨日の好天でようやく土の湿気が抜けたので、年代物のディーゼルエンジン8馬力の耕運機と、ミニカルチを使って種まきや植え付けが出来るように下準備。芽をのぞかせている独活にも土を盛ったり、果菜類を植えつける場所にポリマルチを張ったり、豆栽培の好きなばあさんのためにパイプ支柱を立てたり。
 そういえば今年は白のライマビーンズの種も入手してあるのだった。

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 左写真は13日に株分けしたもの。畑に直接株分けして植えた9株も、ポリポットに仮植した7株も、すべて発芽し、葉が展開しはじめた。あまりに小さく分割しすぎて発芽しないものもあるかと危惧したが、やはりcrownがあればほとんど発芽するようだ。逆に、crownの付いていないrootだけではダメみたいだ、N君。ちっとも芽が出る気配がありません。
 これで株分けの時期と手順はのみ込めた。
 栴檀は双葉より芳し、右は昨年選抜した赤いの。葉の色あいがまったく異なるが、播種時期が遅かったせいか、まだ芽を出さない株が半数以上ある。ひょっとすると凍みて枯れたか? 寒さにはめっぽう強いはずだけど、株が赤ちゃんのままだと弱いのかもしれない。

 それにしても二週間待ってもまだエアメールが来ない。まさか船便ではあるまいが、ちょっと遅すぎる。
 植物育種学の古本は今日、発送したというメール着信。ただしメール便だというので数日かかる。しかし、メール便なのに送料340円は変。

2010年3月28日日曜日

過ぎて及ばない見本

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 また新雪が積もったようです。
           (クリックで拡大表示します) 

 
 用事があってTさんの家に行ったら、春休みのせいか、遠くで暮らすお孫さんたちが来ていた。
 あいかわらず、認知症がかなり進んでしまっている奥さんが「何の歌が好き?」という問いかけを発するのだが、お孫さんたちは黙って笑っているだけだった。
 私は訊かれるたびに「石原裕次郎の赤いハンカチ」と答える。たまたまお邪魔した時にTさんの家のCDラジカセで流れていたことがあるので、奥さんも馴染んでいるだろうと考えてこの曲にしている。
 いつも、お邪魔している間に、30回とか、40回、もっと頻繁に訊かれるが、必ず答える。答えは同じでも構わない。とにかく必ず答えることが重要だ。
 だがお孫さんたちは困ったような顔をして笑っている。一度、答えがないので奥さんがこたつ板を叩いたのを見た。やはり、答えて欲しいのだ。聞いて、すぐに忘れてしまうにしてもである。

 植物育種学の参考書、ようやく安い古書を発見し注文する。日本の古本屋では以前に比べて「前金制」のお店が急増している。気持ちは解らないでもないが、少し足が遠のく。それに価格もネットで検索して値付けするためか、高値安定な傾向。ということで今夜もAMAZONで検索して送料込みでも1000円ちょっとの古書を注文した。植物遺伝学の参考書は古書が見つからないので今夜は断念。

 iTuneを開いてランボーの「 L'etoile a pleure Rose」を聴こうとしたら、再生回数が何と209回(!!)だった。それにiPodで聴いた回数を足せば、いったい何百回聴いたのだろう。
 ひとつの曲をこんなに聴いたのは生まれて初めて。
 次に多いのはジャン・コクトーの「La mort n'agit pas elle-meme」。どちらもGoogleで検索してもほとんどヒットしないフランスの女性歌手であるColombe Frezinが唄っている。ついにColombe Frezinの歌だけを集めたCDを一枚焼いてしまった。

 過ぎたるは及ばざるがごとし。
 ギュスターヴ・フローベールが「ボヴァリー夫人は私だ」と言ったのに倣って、「ブヴァールとペキュシェ」は私です、と、自白せねばならない。どうしてこんなに意味がないことに夢中になってしまうのだろう? 意味のあることを避けるため?

 今夜、ネットで知己を得た若い書き手の方から、二年前の旧作に批評をいただいた。痛いくらいに的を得た批評で、久々にうれしい興奮を感じた。
 存在に関する絶望的諦念はロマン(小説)を生まず、アリア(詠唱)しか生まない。それはどこまでもアリアであって、断じて小説ではない。そう自省していたので、そこをずばり指摘されて、かえってすっきり爽快。
そこからの突破口は、ある種の文体上のアプリオリな試みよりも、登場人物自身の意志であり、行動であってほしいと、勝手ながら一読者である私は思った次第です。

 十二分に、ありがとう。  
 

2010年3月27日土曜日

マウスが壊れただけ

 昨夜、パソコンは起動したが、マウスがいうことをきかないので、さてはいよいよウィルスが仕込まれたサイトにでもアクセスしてしまったかと、あわててウィルス・スキャンをしたが、結果はいつも通りスパイウェアとみなされたクッキーが二十数個検出されただけ。
 マウスがダメならとパソコン本体のパッドでカーソルを動かし、クリックしてみると作動する。試しに妻のパソコンのマウスを抜いて来て使ってみると動く。ということは自分のマウスが壊れただけのこと。
 仕事で外に出かけたついでにY電機に寄ってみた。しばらくポイントカードを使っていないのでどうなっているのか、ポイント数が印字されるタイプのカードなのにその印字がまったく読めないので、レジでポイントを確認してもうらと6千何百円というので、ポイントでマウスだけでなくUSBメモリも8GBのを購入。USBメモリはスティック状のものではなく、親指の爪程度の小さいものを購入。これだと差し放しでも邪魔にならないので、個人的に大事なデータのほか、財務会計や販売管理ソフトのデータファイルもこちらにバックアップするように設定しておこうと思っている。
 ところが、このちいさなUSBメモリ、差せば自動認識されるはずなのに認識されない。何度試行してもダメなのでメーカーのウェブをのぞいてみた。あれこれ見ているうちに、常駐ソフト、ことにウィルス・チェック・ソフトが邪魔をして認識されないことがあると書かれているので、ウィルス・バスターを終了させてもう一度USBメモリを差したら、一度で認識された。これって、この次パソコンを起動した時には認識されるのか、あるいはその都度ウィルス・バスターを切らなくては認識されないのか。だとすれば厄介。
 

2010年3月26日金曜日

マイナス思考の螺旋階段

 いつでもという訳ではないが、作品評を書くと、そこで書いた言葉が自分の中で何度も何度も跳ね返って当り、痛いことがたまたまある。ここ数日もそう。
 作者に向かって書いたはずの言葉が自分に向かって命中するのである。これが結構きつく、凹む。弱気になって、やはり感想など書かない方がいいのかもしれないなどという考えが頭をもたげる。すると、さらに「小説・書くひと=読むひと・ネット」なども一方的に感想をアップすることでかえって作者とすれ違ってしまうことがあるのでではないか、ますます猜疑心が強くなる。
 合評会のように顔を突き合わせて、感想をいい、コミニュケーションを取れるのとは仕組みが違う。やはり、ネット上では一方通行にならざるを得ないか。
 マイナス思考の螺旋階段はずっと続きそうなので、強制的に思考停止。






 うーむ、LPからの貴重な12曲。初めて聴く曲あり。すべてありがたく録音。

2010年3月25日木曜日

Klimt & Bach



2010年3月24日水曜日

書くのも下手なら、読むのも下手......

 「igunea イグネア」2号、岩代明子さん『水を買いに行く』と、「銀座線」15号、石原惠子さん『秋の陽は林檎のかおり』、二作品の感想をようやくまとめてアップした。
 作者が苦闘して書いた小説、3行や5行で上手に簡単にまとめることなどできよう筈もなく、ある程度の時間と言葉を費やしてもなお言葉足らずな感想に終わってしまいました。
 書くのも下手なら、読むのも下手......なのです。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナョ


2010年3月23日火曜日

老化のはじまり

 仕事が繁忙期に入って、体がいくつも欲しいと、毎年この時期になると書いていて、同じことを反復するのは老化の象徴で恥ずかしいことと思い、ブログ内検索をしてみたら、やはりあった。
 ことに2008年3月19日の記事は、今日書こうとしたことがすべて書いてあった。しかもかつて書いた自己増殖小説にまでリンクが張ってあったのにはあきれた。
 小説はその当時読みまくっていた筒井保隆風、タイトルはアラン・ドロンの出世作の映画のパクリ。ひどいものです。無論、相当古い若書き。
 
  
 あと三作、感想を書かなければならないが、集中力を欠いていて書けない。気力が書くレヴェルに達するまで待つほかなし。

 明日あたり、追加注文した有望種がエア・メールで届きそうな気がする。300粒。


2010年3月21日日曜日

その誰でもなく誰でもあるような書き方

 録音レヴェルの設定が適切でなく音が割れていたTom Waitsの「Mule variations」を録音しなおした。
 CD一枚分、自動録音できないものなのか、研究。
 (あ、無音時間の設定でトラックの自動切り替えが出来るので、可能でした)



 主人公と対峙するのが刑事や検事なのか、あるいはカウンセラーなのか神父なのか、そこがまだ決められず、迷っている。
 そうか、その誰でもなく誰でもあるような書き方をすればいいのだ。
 いずれにしても眉唾な虚構にすぎないのだけれど......。
 (私事を書いてそれが小説になる書き手が裏山鹿)
 

 

2010年3月20日土曜日

次善と最善

 昨日N君がお土産に持ってきてくれた、トロント在住の知人手作りのオーガニック石鹸の包装を開いてみたら、パソコンで作成されたメッセージが入っていた。石鹸の素材は界面活性剤やパラベンなどの化学物質を含まない天然素材を使用し、ほかに「よもぎエキス」、「はちみつ」、「竹酢液」、ほかに「エッセンシャル・オイル」としてレモングラスとグレープ・フルーツが使われている。その「よもぎエキス」はN君が農園で栽培したよもぎをみずから抽出した純正の「よもぎエキス」だと書かれている。それを読んで、思わずクスッ。
 この石鹸で洗顔すると顔が白くなるとN君が言ったので、妻には使わせないで自分で使ってみよう(いまさら色白になってどうする?)。冗談はともかく、レモングラスとグレープフルーツとはちみつとでとてもいい香りなので、つい石鹸の作り方を検索してしまった(アブナイ、アブナイ。何にも首を突っ込みたがる悪い癖......)


 ル・クレジオの「調書」を発見。思わぬところに下積みになっていたものだが、本文の外側の焼けが著しい。酸性紙なのか。
 前書きに次のようなことば。
「私に言わせれば、書く事、伝達することは、相手が誰であれ、事柄が何であれ、信じこませることができるということに他なりません」

 そういえば、「発熱」には人間が登場しない小説があった。小説世界に人間がいなくても、書く人間と読む人間がいれば小説は成り立つ? 

 USBラジオのためのUSBメモリに更にmp3ファイルを追加する作業。
 それから植物生理学の学会のウェブサイトにQ&Aのページがあったような気がするのでURLを検索。後で、ひとつ質問を書き込みたい。

 読み書きの時間を多くしたいと思えば、ネット接続の時間を減らすのが次善、最善はネット環境から切れてしまうのが最善と思うのだが、難しい。

 「銀座線」15号、全作品読了。しかし、送っていただいたishiharaさんの作品を真っ先に読んでそれから掲載順に読んでいったので、かんじんのishiharaさんの作品についての感想が書けない。「ignea」2号の岩代さんの作品についての感想が抽象的な物言いに終始してしまい、いったん引っ込めたのと原因は同じだ。
 やはり、読んだらすぐに感想を書くべき。時間をおくと細部で目についたことは沈んでいってしまい、全体の印象を書くようになってしまう。

2010年3月19日金曜日

七面鳥が空を飛ぶ

 事前に連絡があった通り、N君が来た。遠来の客なので、仕事は放擲して、9時半頃から蕎麦打ちして、準備が整った頃に到着。
 知らない相手ではないので、母も混ぜて三人で昼食に蕎麦を食べ、そのまま午後3時まで歓談。野生化した七面鳥が空を飛ぶ話には驚いた。成長すれば結構大きくなる七面鳥が、頭上を重そうにバサバサッと音を立てて飛んでゆくのだそうだ。聞いていてもどさっと墜ちて来そうな感じ。
 例のrootsも持って来てくれたが、何と、ほんとにrootsだけで、crownと呼ばれる萌芽点が無い。私は一瞬、顔面蒼白。私の説明が足りなかったのだ。でもまあ、感謝して、彼が帰った後、一応土に埋めた。まかり間違って発芽すればいいのだが、無理だろうな。
 

2010年3月18日木曜日

眠くなるのも小説を書くのも

 たまたまあることですが、昨夜は強い睡魔に襲われて堂々10時間の爆睡でした。赤ちゃん睡眠です。だいぶすっきりはしましたが、書きかけの感想が停止したままで困ったものです。
 (と書いた後で感想をふたつ、どこまでも私の偏った読み方に過ぎないことを承知した上であえて追加しました)

 色川武大さんがナルコレプシーだったのは有名ですが、昔、友人から紹介された女の子と神奈川県立近代美術館へ行くために東京駅から電車に乗って、品川あたりで不意にその子の頭が左肩にもたれかかって来て、え? と思いました。まったくそういう関係ではなかったし、ずいぶん冷汗が出ました。どうも眠ってしまったらしいのです。大船あたりまでその状態が続いたので、首や肩が緊張続きで凝ってしまいました。
 鎌倉駅について小町通を抜け、美術館のある鶴ヶ岡八幡宮の方へ歩きながら話しました。
「電車の中でほとんど眠っていたけど、仕事で疲れているの?」
「うーん、そうじゃなくて、わたし、ナルコレプシーなの」
「ナルコレプシー? 何、それ」
 無知な青年は訊きました。
「いつでも、どこでも眠くなる病気」
「そんな病気、あるの」
「あるのよ。困ったことに仕事中にも眠ってしまうので、会社をクビになりそう」
「病院に行ってるの?」
「うん、行ってるよ」
「治る?」
「いつかはね」
 あの時、観たのはムンク展だったような気がしますが、記憶が確かではありません。J・アンソール展? いや、あれは京都だったか。




 さあ書くぞと勢い込んでパソコンに向かっても案外脳の働きは鈍いままで、ただテキスト・エディターか一太郎の画面をにらみつけているだけで終わってしまうことが多いけれど、仕事中で、しかもデスクワークではなく体を使う肉体労働、それも出来れば複雑な仕事ではなく単純労働をしながら小説のことを考えている時、俄然、脳細胞が活発に動き始め、登場人物のイメージがより明確になったり、主人公が喋ったり行動し始めたりすることがある。
 今日もそうだった。あわてて仕事が一区切りつくのを待って、仕事用のノートの一枚にメモを書き始めたが、すべてをメモすることは出来なかった(泣)。ああいう時、仕事など放り出して構わずメモを取るべきなのであろう。二十代か三十代前半だったらすべてを記憶していて、ある程度の時間を経ても原稿に再現できるのだろうけど、もうそれも無理。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
 でも、少しは覚えていて、小説の背骨である構成上のヒントは忘れていないのが救いです。
 ル・クレジオの「調書」。実は未読なのですが、少し気にかかるので図書館にあるか検索してみよう。無かったら新刊検索、古書検索です。

 眠くなるのも小説を書くのも、二十歳の頃のことをありありと思い出すのも、みんな脳の働き。不思議。

2010年3月16日火曜日

曇天の霹靂

 定例の赤提灯へ行き、その後、誘われて比較的若い4人で別のバーへ移動。
 雑談中に、最近テレビで流れている、ソフトバンクの携帯電話の犬のお父さんのコマーシャルのバックに使われている金子由香利「時は過ぎてゆく」の話になった。
 知らない人がいたので、たまたまポケットに入っていたiPodで「時は過ぎてゆく」を聴かせていたら、バーのママがカラオケで検索し、予約を入れてしまった。え? 死んでも唄わないと思っていたカラオケで、十年ぶりか二十年ぶりに、不覚にも唄ってしまいました。(ーー;)
 「青天の霹靂」ならぬ「曇天の霹靂」。
 歌とか踊りとか、デュオニュソス的なものからは出来るだけ遠ざかっていたいと思っていたのに、です。(お酒を飲んでデュオニュソス的なものからは出来るだけ遠ざかっていたいなんて矛盾極まりないですが)

 

 

2010年3月15日月曜日

あいかわらず

 Rhubarbは発芽したばかりは緑色だが、太陽の光があたると赤い茎は赤く、緑色の茎は緑色に明確に分かれて来る。昨日、今日の好天でその度合いが明確になって来て、昨年4種類ほど入手したうちの、目星をつけた品種ではなく、品種名もなく Organic Red とだけ表示されていて、個人の有機栽培農家が個人で出品しているような種だったので、Redという文字だけに魅かれてダメで元々といった気持ちでオーダーした、それがどうも本命よりも赤くなってきた。
 そこで、追加注文しようとしたら見当たらない。もう、在庫が無くなってしまったのかと思ったが、自分の購入履歴からたどってそのショップ・ページに入った。カナダ国境沿いのある州の、俳優の高嶋兄弟似の好青年が主である。そのショップを見れば、あれ? まだ60粒入りが10袋以上あるではありませんか。なぜ、検索ページに反映されないのでしょうか。
 早速60粒入りを5袋注文し、支払いはPayPalで済ませた。これで遅くても二週間以内に配達される。60粒入り1袋1USドル×5=5ドル+郵送料2,48ドル=7,48ドル。1ドル百円でも748円。安いお遊びであります。先日も書きましたが、やはりたくさん播けば突然変異との遭遇の確率も高くなるような気がして......。
 そういえば先日播いたルッコラとバジルが発芽した。今年はワイルド・ルッコラではなく普通のルッコラ。バジルもダーク・オパールではなく緑色のバジル。ハンガリアン・ホット・ワックスも激辛唐辛子も発芽した。



2010年3月14日日曜日

読む

100312ginzasen.jpg 「Nirvana」、「Waltz for debby (the best of)」とつづけてBill Evansのアルバムをボリューム低めに流しながら、送っていただいた同人誌「銀座線」を読んでいる。
 ある作品を読みながら、リアリズムでない作品でも文体はリアリズムでなければならないというような、訳の解らないことを考えた。

 などとぶつぶつ考えながら、
 「小説書くひと=読む人・ネット」に2編の感想をとりあえずアップさせていただいた。
 「ignea]2号の作品も一作


株分け適期


 今日は、何年か前に最初に播種して植えたRhubarbのなかから、緑茎だが太くて長く生産性が高いと見込んでいた株を掘り起こし、株分けに挑戦してみた。
 株分けだと同じ形質なので茎の外見が揃う。
 別に出荷用ではないからそこまでこだわる必要もないのだが、株分けという作業を実際にしてみたかった(頭が悪いので、何でも自分でしてみないと納得できない......)。
 
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 だいぶ老化していたためか、カッターナイフを使うまでもなく、手で芽を分けることができた。そのうち、良さそうなものを10株植えた。木質の根の部分があまり付かなかったので、根付くかどうか。
 それから、やはり数年前に菜園の隅に植えた山取りのワサビが、アレロパシーのせいだろうが、やはり少しずつ消えてゆき、僅か残った株も小さくなりつつあるので、それらも株分けしてポリポットに仮植した。ちょうど20株。植え頃の大きさまで管理して、それからまた別の場所に植えてみよう。多分、3年くらいで植え替えしないと自家中毒で枯死するのだろう。だから水栽培する訳で、そういうことを知って水栽培に乗り出した先人は偉い。



2010年3月13日土曜日

冬は山しか撮るものが......

 今朝、カナダのN君からメールが着信していた。来週、帰国するので18日に行きたいがどうか、と。どうせなら蕎麦を打つので昼食の時刻を挟んでくるようにと返信しておいた。その後3週間ちょっと、中部地方の大学で春休み中の英会話の特訓講座にボランティアで参加するらしい。その間にJICAのボランティア募集にも応じて審査をパスすればネパールへ行くとのこと。行動派がうらやましい。そういえば、例のrootsも少し持って来てくれるらしい。

 いつもとは違った場所から。
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 冬は山しか撮るものがないんです。(クリックで少し拡大表示されます)
 
 こちらからおねだりして、「銀座線」という同人誌を編集者の方から送っていただいた。早速、読み始めた。13篇掲載されているので時間はかかるけれど、楽しみながらボチボチ。
 
 自分たちの同人誌を終刊にしたのを機に心を入れ替えて、送っていただいた雑誌は必ず読むという約束を、もうひとりの自分とした(ふふっ)。
 県内の同人誌の団体を退会したので、もっと視野を広げ、全国の同人誌と1部ずつ交換させていただきたいと考えています。本格的にお願いするのは新しい雑誌が出たら、ですが。
 

 

2010年3月12日金曜日

三年生終了

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 期待していなかった種類に結構赤味を帯びているものが出て来た。苗の段階では赤く、植えて半年後には緑ということがありますので、期待はしないが観察は続けよう。
 先ほど、またLeafstalk is very nice rich red color という記述のある種子を発見したが、相手はリトアニア、以前スロベニアの種がまったくの空振りだったこともあり、ちょっと考えてしまいます。(それにしても、妙な趣味。出来るだけ海外の種は見て回らないことにしているんですが。)
 

 
 夕方、ちょっと早めに帰宅したら、訳あって蕎麦を打つはめに。無事に決算書と申告書を提出し終えたからいいかな、と。

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 写真を撮りながら打ったら、どうも作業が雑になった。延しも荒っぽく、切りも集中力を欠いて乱雑。以後、蕎麦打ちの最中の写真は誰かに撮ってもらうことにしよう。
 ただし、味は抜群で蕎麦湯まで風味たっぷりでおいしかった。これだけ風味があれば文句はない。
 蕎麦打ち三年生終了でようやく、というか、やはりどんなに自分でソバを栽培しても製粉がネックで、製粉の仕方で風味も何も無くなってしまうということが判った。
 しかし、もう少しきれいに切り揃えたいもの。
 Tさんは、延したものを二つに切り離し、普通の6枚畳みではなく4枚畳で切っていた。次回、真似してみよう。




またまた久しぶりに、これ↓




2010年3月11日木曜日

同じくらい消耗

 先日入手した、例の、ラジオもCDも聴けて、なおかつUSBのポートがあってUSBに収めた曲も聴けるラジオ。
 そのために買って来たUSBに曲を入れ始めたが、パソコンだとmp3ファイルのプロパティを開いてトラック番号を入力すればその順番に再生されてゆくのに、このラジオは入れた曲をアルファベット順、数字順、アイウエオ順に並び替えてしまうことが判明。それではメチャクチャにランダムになってしまい、バッハのつぎにシャンソン、ジャズ、何が再生されるか判らない。無論、題名や歌い手の名も表示されない。今どきそんなアホな、と思ったが安いラジオのことだから致し方ない。
ただ、救いはフォルダで分けられること。バッハは「01」、シャンソンは「02」という風にフォルダを分け、そのフォルダ内の題名にも頭に数字を1から打っておけば、その順番に再生される。また、フォルダ内をリピート再生できるので、聴きたいアルバムや歌手を飽きるほど聴くこともできる。無論、普通に再生すればフォルダ順に前へ進んでゆく。
 ということで、iTuneのmp3格納フォルダからUSBに曲を移動。一応、275曲入って、1,15MB/4MBだからまだまだ3,5倍くらい入る。
 それにしてもトム・ウェイツが71曲、森田童子が51曲というのは、わがことながらちょっと異様。
��00曲くらいは入る計算? あまり多いと自分で混乱するので、USB自体を増やしてジャンルごと、歌手ごとに収録した方が良さそう。
 7、8年前のパソコンのHDが4GBくらいしかなかったのに、今はこんな小さな棒(爆)で4GBあり、しかも価格は千円ちょっと。進化がすごくて怖いです。もうフロッピー・ディスクなんて触りもしなくなりましたし。

 試みにCD-Rにも650MBくらいの大量音楽ファイル入れられるか試してみたが、CDに焼こうとするとウィンドウズ・メディア・プレーヤーが起動してしまって十数曲くらいで、あとは書き込みされないらしい。音楽ファイルとしてではなく、普通のデータ扱いだと焼けたが、再生してみるとまったく音が出ない。やはりCD-Rの700MBいっぱいに音楽を入れるのは無理?

 今日も同人誌への感想をいただいた。読んで感想を書くのは、小説を書くのと同じくらい消耗する。ありがたいことです。
 



2010年3月9日火曜日

こつこつ地道に

 先ほど、自分の同人誌の終刊号掲載作の感想をアップして、ようやく、ほっ。

 この頃、しきりに文芸同人誌の交換ネットワークのようなものを考えているが、うまいアイディアが浮かばない。
 発行ごとに雑誌を無料で一部ずつ送付しあうシステムが構築できればいいのだが、その方式をどうしたらいいか。
 参加される同人誌にネット上に誌名を登録していただいて公表、その上で雑誌を交換したい相手を逐一指名しての相互交換とするか、十誌、二十誌、三十誌をひとつの相互交換グループとして全体で発行ごとの雑誌を送付しあう。そのいずれかと思っているのだけど、大きなお世話かも知れず。
 むしろ、当誌が、読みたいと思う同人誌に個別に雑誌の相互交換をお願いすればいいだけの話かもしれない。こつこつ地道に。



2010年3月8日月曜日

一瞬のオフェーリア

 朝から雪が舞っているがべたついた雪で道路の雪は積もらず融けていた。
 予定通り峠越えしたが、早くても3時間、最悪だと4時間ほどの待機時間がある。
 当初は駐車場に車を止めて本でも読んでいようと思ったが、気温低めでエンジンを切らずに暖気運転し続けないと車内にいられないだろうと、仕方なくひとりで近くの日帰り温泉施設に入館。
 といっても昭和の終わりや平成に作られた新造の日帰り温泉ではなく、戦前からの建物で実にクラシック。風呂は底に玉砂利が敷かれていて、いわゆる立ち湯で深いので小さいこどもは立っても溺れる深さ。
 温泉で一時間、休憩所で2時間ちょっと。入館料500円と自販機のドリップ式コーヒー一杯100円。
 壁際の席に陣取り、持参した同人雑誌のひとつを開いて読み始めた。雪模様のせいか、あまり混雑していないので落ち着いて本が読める。
 しかし、あと5頁というところで携帯にお迎え請求電話が着信。ほぼ一冊読了に近いのでまずまずか。そのなかのある小説が、なぜかボリス・ヴィアンの「赤い草」を連想させた。作品の雰囲気というか、登場人物たちの雰囲気? 
 もうひとつの掌編は、コンサートを聴きに行くという設定だけでなく内容的にも、コルタサルの『遊戯の終わり』に収められている「バッコスの巫女たち」を思い出させた。
 音楽や踊りは私も苦手である。どちらもディオニュソス的芸術であるからして、陶酔が不得意な者にはかえって苦痛であることもある。
 後日、きちんと感想をまとめられるかどうか......。

100307katakurakan.jpg 駐車場に向かいながら、忙しく振り返って玄関を撮った写真がこれ→
 今日的イメージの日帰り温泉とはまったくイメージが違います。
 
 この写真の右手に円形の小さな噴水池がある。
 直径4、5mで地面より五十センチくらい高い縁があるのだが、多分これが、S作家の最近号にS田君が書いた短編に登場する、親友の妹である幼女が亡くなった噴水池と思われる。
 一瞬だけ、幼いオフェーリアが目に浮かんだ。


2010年3月7日日曜日

冬は、雪女

 明日は家人の運転手で峠越えをしなければならないが、天気予報では「雪」。
 一昨年の秋もひどい目に遭いましたし、奥様、ひょっとして冬は「雨女」というより「雪女」ではありませんか、ぶるぶるっ。



2010年3月6日土曜日

Twitterもどき

 手書きの創作メモを再開してそのよさを再認識。
 たったひとこと、たった一行がひとつの場面、光景を切り開く原初のMotionとなりうる。

 この頃、「闘争的」という言葉が頭の中に常在していて、闘争的でなければ小説など書けないという思いが強くなっている。
 といっても古代ギリシアで言われるところのAgon(アゴーン)。生きること自体が一種の闘争であるという、自己と他者、自己と自己との闘争。
 いつの間にか温和になってしまって、あまりに様々なことを受容しすぎてしまったような気がする。もっと闘争的にならなければいけないのだ。

 などとつまらないことを考えながら、文芸誌「Agon」とか、文芸誌「出現」とか、相変わらず気に入った名前は浮かばず、どうも、考え感じる脳の泉はすっかり枯れあがってしまっている模様。


 バッテリーを交換して以来、電源トラブルが消滅していたかのように見えたが、今夜、また電源ONに手こずった。
 本気で次の機種の選定を考えなければならないのかもしれない。
 まだすぐにという訳にはいかないが、ワープロソフトのほかに画像ファイルと音声ファイルをいじるので、CPUとメモリだけは大きいものにしよう。
 このパソコン、まだ5年(もう5年?)なのだけれど、買い外れた?
 WordとExcelとIEとOutlook Expressしか使わない妻が、先日、私のパソコンのデスク・トップを覘いてそこに張りついているアプリケーションのアイコンの多さにあきれていた。

 そうそう、ひとりだけ、同人誌終刊号の表紙を「今度のがいちばんいい」と言ってくれたひとが、ひとり、いた。
 うれしい。ありがとう。

2010年3月5日金曜日

優れものにも泣き所

 ラジカセならぬステレオCDシステム・ラジオ付きが届いた。AMラジオは地元民放とNHKしか入らない土地であるし、FMもNHKとFM長野のほかに地元FMしか入らないが、アンテナがチャチで入りにくい。フィーダー線をアンテナ代わりに張って繋ぐという方法もあるので試してみよう。
 CDを聴いて見ると、OK。ピンプラグ・コードを使ってライン入力でiPodのイヤホン端子と繋いでみたが、iPodの方のボリュームを最大にしないと音が出ず、音質もあまりよろしくない。USBメモリにMP3ファイルを入れ、ステレオCDシステムのUSB端子に差し込み、再生してみた。CDと変わらない音質なのはよかったが、フォルダ名、ファイル名が表示されず、フォルダ01‐001.MP3としか表示されないので、聴いて見なければ何の曲か判らないのが難点。仕方ない、ジャンルごと、「トム・ウェイツ」とか「イーデン・ブレント」とか歌手ごと、「アルチュール・ランボー」とかアルバムごとに、フォルダをこまめに作成してその一覧表を作って手元に置くほかなさそう。
 価格の割りに優れものなのだが、泣き所はあるものです。安売りのUSBメモリで4GBのを1000円ちょっとで見つけてきたので、これ1本に収まる曲数は数千曲?

 一昨年の初冬のいただきもののミニシクラメンを昨年春に庭先に下ろしておき、秋に鉢に植えて室内に置いておいたら、咲いた。品種はありきたりのものだが、白とピンクがちゃんと生きていて、咲いた。(^_^;)

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2010年3月4日木曜日

ようやく晴れた

 なぜか最近ずっと天候が悪かったが、昨日、今日はまずまずの晴れ。仕事で出るときにカメラを助手席に置いて走っていたら、いつもの浅間山。

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      (クリックで別ウィンドウに拡大表示されますが、山頂が近く感じられて噴火すると石が飛んで来そう)

 結局、昨夜のCDステレオシステムを注文し、今日発送、明日配達ということに。専用のUSBメモリを用意しておかなければ。

 同人誌の感想、まだ書き上がらない。

2010年3月3日水曜日

USBが使えるステレオCDシステムラジオ付き

 iPodは持ち歩いて音楽を聴くことができるので便利だが、歳のせいか付属のイヤホンでは長時間は聴いていられない。家にいる時はロジクールの2,1チャンネルスピーカーにiPodを接続してご機嫌で聴くことが出来るし、iPodの音源であるiTuneでパソコンに直接2,1チャンネルスピーカーを接続して聴くのでiPodをつなぐ必要はない。これでパイプオルガンの演奏を聴くと最高。
 そうではなくて、外に持ち出してiPodを接続して音楽を聴いたり、FMラジオも聴くことができるものはないかと、CDラジカセを検索した。
 カセットなど使わないからもうラジカセというのは変だと思うが、まだラジカセと呼ばれているらしいし、まだダブルカセット付きのCDラジカセも売られてはいる。
 先ず目に留まったのがこれ。 
SD録音(MP3)&SD再生(MP3、WMA)●便利なリピート、プログラム演奏機能(SDカード、CD)●「AM/FMシンセチューナー」プリセット選曲、サーチ選曲機能が付いています●内蔵ステレオマイク付●「スリープタイマー機能付デジタル表示時計」最長90分のスリープタイマー機能付。●見やすいブルーバックライト液晶&場所をとらないスリムタイプ


 iPodはライン入力でつなぐとしても、他のメディアがSDカードしか使えないのが残念。と思ったらメーカー品ではないがUSBが使えるステレオCDシステムラジオ付きを発見。
わかりやすい日本語表示
USB機器/SDカードを接続して、MP3ファイル再生(リピート/ランダム演奏)
��D プログラム/リピート演奏
デジタルチューナー AM/FM各10局プリセット
5種類の音源でアラーム(CD/USB/SD/ラジオ/ブザー)※外部入力端子に手持ちのプレーヤーを接続すればアクティブスピーカーとして使用できます。寸法(W×H×D):326×53×142mm 重量:1200g

 こちらはUSBフラッシュメモリが使える。iTuneのmp3をUSBフラッシュメモリにコピーすればいい。物がラジカセで、しかも価格が価格なので音質はあまり期待してはいけないだろうが、出力2,2w×2なのでラジカセにしてはそこそこ聴けると思う。
 前面のデザインは結構しゃれているが、背面が(人間の背中同様)ちょっとわびしい(「普通、ラジカセは背面は見ないからいいか)。
 電源は無論ACアダプタと電池の両方が使えるだろうけど、一応確認してみよう。



2010年3月2日火曜日

文芸同人誌「ignea イグネア」

 デジタル文学館に作品を推薦していただいた縁でお知り合いになった、文芸同人tissoの光野公彦さんから、「ignea イグネア」という文芸同人誌2号と創刊号をお送りいただいた。

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 画像をクリックすると拡大表示されます

 大阪文学学校で知り合った皆さんが2001年から研究会を持たれ、毎月作品を合評しつづけて2007年に創刊号を、そして今年、2010年の今日2号を発行。
 つまり、先に作品研究ありきで、雑誌はその結果。普通の同人誌は、今は提出された原稿を掲載しておき、発行後に合評ということが多いと思うが、「ignea イグネア」は違う。(松本市で発行されている「屋上」もかつては例会で作品を朗読させ、批評してから雑誌に掲載という手順だったようだが、今はそうしてはいないかもしれない)
 そのせいか、ぱらぱらと開いてみただけで目の当りが良く、安心して読めそうな作品ばかりが並んでいる。目の当りなんて非科学的かもしれないが、長年同人誌の作品を読んでいると見開き二頁の目の当りだけで何となく読める作品かそうでないか、判断できてしまうようになる。これも危ないことなのでそれだけを読み進める判断基準にはしていないが、少なくとも「ignea イグネア」掲載作の目の当りが好印象なのは確かである。
 さすがに毎月二作品をみっちり合評しているだけのことはあります。
 自分の同人誌の作品評を書いて、できるだけ早く読み始めたい。

 ちなみに「ignea イグネア」は、A5版がほとんどの同人誌の中、B6版一段組みなので非常にインパクトがある。創刊号などは本文が320頁もあるので、ここにしゃれたカバーなどかければソフトカバーの共同作品集と言った趣。
 そういえば光野さんにわが誌をお送りするのを忘れていた。 終刊号と自分の作品がある最近号くらいはお送りしないと。

病蠢動

100228rhubarbseedling.jpg 忙しくなる前にと先行播種しておいたRhubarbの種、3種類だが、3種それぞれ発芽の仕方が異なる。いちばん発芽が一斉に揃っているのは写真中央、私が目につけた種類で現地のきちんとした種苗会社の種。根元から首元まで真紅な株が発現する確率がいちばん高い品種。次が写真右側のUTで有機農業をしている個人農場主から送ってもらったもの。もっとも発芽が遅れているのは写真左側、Rhubarbの本場であるORの種苗会社から購入したものだが、あまりに発芽状況が良くないので、さては昨年の種ではなく一昨年の古種を送られたかという疑いさえ持ってしまった。
 今日、時間が空いた隙にまた2種類播いた。写真中央の発芽そろいの良い種の2回目播種と、イギリスから取り寄せたVictoriaを播種。しかしこのVictoria種、海外のネットオークションを通して買ったせいか、種がだいぶ小さめだし、自宅の裏庭の、株分けせずに年数を経て老化した株からしろうとが採種したような感じで実に不揃い。しかも、ジッパー付きのポリ袋に油性ペンで手書きでVictoria 100seeds と書かれているくらいだから、ほとんど期待できない。そのオークションンの時の写真が根から首元まであまりに真っ赤だったので試しに購入してみただけなのだった。写真の赤いのはほとんど信用できない。一昨年、イタリアの種を購入して播いてみたが、種袋の写真は真っ赤だったが、播種して植えたなかで赤い茎は一本も見つからなかった。
 Victoriaは基本中の基本種であるから播種観察してみるのはいいけれど、やはりきちんとした種苗会社から購入すべきであった。
 これでこれまでに1550粒以上を播き、これで期待している種の3回目播種用の350粒ほどを残すのみとなった。トータルで1900粒くらい。ほんとうはもう300粒ほどあったが、ついT中さんにあげてしまったのだけど、下手な鉄砲も数撃ちゃ中るみたいな妙な確率論。実は宝くじと同じでたくさん買えば当るというものでもなく、一枚しか買わなくても(1粒しか播かなくても)当る時には当るし、当らない時にはどんなに買っても当らない。
 突然変異に遭遇するのは多分そういうことで、たくさん播けばいいというものでもない。けれど播いてしまうのです。
 昨夜、頂戴もののザボンを食べていたらその種の多さ。私は種を見ていると播きたくなる病気なのだけど、その時に種を確保しておかなかったので妻に、皮といっしょに捨てられてしまったらしい(泣)。
 そういえば、先週、ホームセンターでつい普通のルッコラとバジルの種を買ってしまった。
  
  
わはは
   

 
 

2010年3月1日月曜日

近くて遠い、遠くて近い距離

 行き詰まると、アリストテレスの「詩学」を開く。
 それも昭和42年7月10日発行の星三つの岩波文庫である。二十歳の歳に中野駅近くの書店で購入したもので、レジで5000円札を出して購入し、つり銭を確認せずにジーンズのポケットに突っ込んで店を出た。そしてアパートに帰ってポケットからつり銭を出して驚いた。5000円で150円の文庫本を買ったのだから4850円のはずが、9850円あったのだった。5000円しか持って出なかったはずなのに、何と5000円も増えていた。つまりレジの女の子は5000円札を10000円札と間違えてお釣りを出したのだった。その頃はまだまじめだった私は、あわててまた電車に乗って隣駅まで行き、書店のレジで訳を説明し、5000円を返却した。つり銭を間違えた女の子はもうレジにはいなくて、別の女の子がレジにいて、呼ばれて来た男性の店員がもう一度話を聞き、5000円を受け取った。
 日曜日の昼近くにアパートのドアをノックする音がして、飲み友達が来たと思ってドアを開けると見知らぬ女の子が立っていた。岸田劉生の「麗子」みたいな髪と顔をした女のだった。
「わたし、〇〇書店の△△と申します。先日はわたしが間違えたお釣りをわざわざ返しに来ていただいて、ほんとうにありがとうございました。」
 そういって差し出された菓子折りを私は受け取ってしまい、再度の感謝の言葉とともにドアは閉じられてしまった。それでお話は終わりなのだが、一ヶ月後に私は彼女と著名は鎌倉、東慶寺の墓地で作家や文化人の墓碑を見て回っていた。警戒心のまったくない子で、その滑らかな腕で私の腕にからみついてきたが、その後は会っていない。
               これではまるで唾棄すべき私小説、風......(ーー;) 


 その「詩学」の120頁。

 次に、詩人が描いたものは事実と反すると攻撃されたならば、多分『否、それはそうでなくてはならないのだ』と、丁度ソフォクレスの弁明のやうに主張し得るであらう。ソフォクレスは『余は人間をそうあるべき如くに描くのに反して、エウリピデスは人間をありのままに描く』と言った。もしも詩人の描いたものが、事実も、また理想も捉へてゐないならば、彼は「世間にさう伝はる」と答えたらよい。
            

            アリストテレス「詩学」松浦嘉一訳・岩波文庫・昭和42年・第13刷


 人間をそうあるべき如くに描く作家と、ありのままに描く作家。
 赦す作家と責める作家にパラレル。
 「照葉樹」の水木さんと垂水さんとパラレル。
 その近くて遠い距離。遠くて近い距離。