「巡集」というダウンローダー(ダウンロード・ソフト)で、ダウンロードしてあったかつてのブログの過去ログファイルが、一枚のCD-RWから出てきた。昨年の6月の悪夢のハードディスク・クラッシュより以前にCD-RWに保存しておいたらしい。開いてみると、今のブログ以前にしばらく並行使用していたexblogとPlalaのBrorchのふたつのブログ記事が保存されているようだ。ただし、Autopageのブログをダウンロードした時にはINDEXのページからリンクをたどってすべての記事を読むことが出来たのに、exblogとBrorchでは「巡集」の設定が悪かったらしく、INDEXのページからすべての記事をたどることが出来ない。
(と、ここに書いただけで三つのブログを転々としている……)
そこで、ひとつずつの記事を日付順にコピーし、その記事をTeraPadにペーストし、テキストファイル化するという地味で辛気臭い作業をすることにした。毎日少しずつ。
2007年4月30日月曜日
2007年4月29日日曜日
2007年4月28日土曜日
昔の、反私小説的私
印刷所にフォントを送ったが、着いたとも着かないとも返信がないのはおそらく仕事に着手して夢中なのであろうか? ひょっとすると5月2日発送、3日配達のスケジュールで突入しているのでは? そんなに急がないって書いたんですが、3,4,5,6の連休を休みにしたいのでそうしているのでしょうか、嗚呼。
それならこちらも宛名ラベルでも印刷して封筒に貼り、到着したら封入・糊付け・メール便発送の体勢を整えておきましょう。「木曜日」、「照葉樹」さんより早くなってしまったらどうしましょう。第一、印刷代金が代引きなので用意しておかなくてはなりませんwha。
夕方5時に仕事を終えた長男が、新幹線に乗って今日のうちに帰省。何と5月6日までずっとお休みだなんて、5月は連休も土日も1日も休めない殺人的季節商売の父は猛烈に裏山鹿です。
そういえば、4月6日に亡くなった県内同人誌主宰者Tさんを偲ぶ会が5月12日だと案内が届いた。当然、出席出来る訳がない。みずから同人から会員格下げを願い出、さらに故あって退会した元不良・札付き同人としては出席した方がいいのか、しない方がいいのか判断もつきませんが、後日ひとりで墓参りして、墓前でぶつくさ一対一の対話をする方が無難で有意義でしょう。せめて、Tさんを偲ぶ(くさす)文章でも送っておこう。
その資料を探して昔のHTML版の日記の保存ファイルを開いてみていたらこんな文章が……青い。
考えてみれば、過去ログそのまま残っているのはいちばん原始的なHTML版だった。CGIやレンタルブログは訳も分からず移転を繰り返したためにログを保存することもしないで閉鎖移転してしまったケースが多く、今となってはあちこち穴だらけで口惜しいが、こうして見ればまさに文章は鏡で、そこに映っている自分が恥ずかしい。恥ずかしいけれど紛れもない過去の自分がそこにいる。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
それならこちらも宛名ラベルでも印刷して封筒に貼り、到着したら封入・糊付け・メール便発送の体勢を整えておきましょう。「木曜日」、「照葉樹」さんより早くなってしまったらどうしましょう。第一、印刷代金が代引きなので用意しておかなくてはなりませんwha。
夕方5時に仕事を終えた長男が、新幹線に乗って今日のうちに帰省。何と5月6日までずっとお休みだなんて、5月は連休も土日も1日も休めない殺人的季節商売の父は猛烈に裏山鹿です。
そういえば、4月6日に亡くなった県内同人誌主宰者Tさんを偲ぶ会が5月12日だと案内が届いた。当然、出席出来る訳がない。みずから同人から会員格下げを願い出、さらに故あって退会した元不良・札付き同人としては出席した方がいいのか、しない方がいいのか判断もつきませんが、後日ひとりで墓参りして、墓前でぶつくさ一対一の対話をする方が無難で有意義でしょう。せめて、Tさんを偲ぶ(くさす)文章でも送っておこう。
その資料を探して昔のHTML版の日記の保存ファイルを開いてみていたらこんな文章が……青い。
書かれたことが、書いた本人固有の自己肯定のためや存 在証明のためだけに書かれたものであったなら、誰にも共感されないだろう。 私が私小説が嫌いだとか、反私小説派だとか思っているひとが少なからずいるらしいが、それは誤解だ。出来のいい私小説はへぼな虚構など吹き飛ばすだけの力を持っている。たいていの私小説を読んでうんざりするのは、自己を自己として書くことにだけ終始していて、他者としての読者にまで声が届かないからだ。どうして声が届かないか? それは多分、その書き手が自己を自己としてしか見れていないからだ。 大方の人間は、宿命的に自己と他者を見る視線が分裂している。自己を見るに甘く、他者を見るに厳しい。これは生きている限りにおいて致し方のないことであるが、小説を書くのにはいかさま邪魔になる。書くのにはむしろその反対の視線が求められる。つまり、小説の中で自己を書く際には他者を見るような厳しい視線が、他者を書く時には自己を見るような優しい眼差しが必要だ。そういう意識的操作がなされないと、ただの自己肯定に終始することになる。それでは読者に、同じ人間としての共感も理解も生まれない。
自己という「個」を書きながらも読み手に強い共感を及ぼすことが出来るとしたら、それは徹底して自己を書くことで個を超えて他者に通じる普遍に至るという道筋しかない。 自己と他者を繋ぐ、人間として存在としての共通項を探し出し、それを表現すること。 私小説は、言ってみれば「自己の中に他者を見出す作業」であり、虚空に蜃気楼を描くような虚構の小説は、 「他者の中に自己を見出す作業」である。ぼくはたまたま後者を選んだ。このところずっと書き続けている連作短編 『静かなひとびと』も(この題名がどうも評判がよろしくないらしいが)、他者の中にどれだけ自己を、自己と繋がるものを見つけられるかという、単純素朴な動機から始まっている。どっちにしても、自分を小説の主人公にしたくても、書くほどのことが何もない。だから私小説を書かない、いや書けないだけだ。小説は嘘を書いてはいけない。 自分の体験したこと、本当にあったことしか書いてはなら ないと言われたら、明日にも小説を書くのなんかやめてしまうぞ。 ぼくが小説を書くのは、なけなしの想像力を総動員して、 他者を自分と同じ人間としてどれだけ存在感を与えられる か、信憑性を獲得出来るかということに尽きる。 考えてみれば、私小説やリアリズム小説も、嘘で固めたみたいな虚構小説も、目指すは「人間を描く」という同一の峰なのであって、アイガーを北壁から攻めるか南壁から攻めるかの相異と変わらない。そう目くじら立てるほどのことはないのだ。 ぼくは私小説だから褒めない、認めないのではない。小説としてつまらないから褒めない、認めないだけだ。その 証拠に、島尾敏雄の『死の棘』はぼくには書けない凄い小 説だと思っているし、内田百閒があったことをあったままにさりげなく書いた小説ともいえない小品に全面的に降伏 している。
考えてみれば、過去ログそのまま残っているのはいちばん原始的なHTML版だった。CGIやレンタルブログは訳も分からず移転を繰り返したためにログを保存することもしないで閉鎖移転してしまったケースが多く、今となってはあちこち穴だらけで口惜しいが、こうして見ればまさに文章は鏡で、そこに映っている自分が恥ずかしい。恥ずかしいけれど紛れもない過去の自分がそこにいる。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
2007年4月27日金曜日
ウェブ版の編集が残っていました
今夜は、同人誌40号のウェブ版のファイル作り。PDF版はWordのA5二段組をAcrobatのPDFWriterでそのまま変換するだけなので機械的作業だけで済む。HTML版は、Word版をいったん「名前をつけて保存」しファイルタイプをHTMLに指定。そのHTMLファイルをHTML40号テンプレートに流し込み、更にフォントの大きさや段落などを統一成形する。テンプレートは前号と同じで、単行本の右頁を背景にしての横書きのスタイルとなる。
最後に40号目次のページを作成し、作品名、作者名を書き、それぞれのHTMLとPDFファイルにリンクを貼る。
これを保存だけしておいて、紙版の発行日と同じ日にFTPでアップロードすれば完了となる。
これで外国に居住する方にも読んでいただけます(事実、定期的に来られる方がアメリカでおひとり、フランスでお一人、いらっしゃいます)
40号の目次をサイトのINDEXにも表示するのだが、これはアップロード直前にした方がいいので今はしない。
「文芸思潮」の次号に知人の作品が掲載されるという情報が入ったので、ryoさんの雑誌のことも記事になるのだし、今、メールで次号を一冊予約しておいた。こうでもしないとこんな田舎では先ず入手できない。
またRobert Johnsonの輸入盤CD2枚組の廉価版をネットでオーダー。
本日、「全作家66号」メール便で到着。

内容
最後に40号目次のページを作成し、作品名、作者名を書き、それぞれのHTMLとPDFファイルにリンクを貼る。
これを保存だけしておいて、紙版の発行日と同じ日にFTPでアップロードすれば完了となる。
これで外国に居住する方にも読んでいただけます(事実、定期的に来られる方がアメリカでおひとり、フランスでお一人、いらっしゃいます)
40号の目次をサイトのINDEXにも表示するのだが、これはアップロード直前にした方がいいので今はしない。
「文芸思潮」の次号に知人の作品が掲載されるという情報が入ったので、ryoさんの雑誌のことも記事になるのだし、今、メールで次号を一冊予約しておいた。こうでもしないとこんな田舎では先ず入手できない。
またRobert Johnsonの輸入盤CD2枚組の廉価版をネットでオーダー。
本日、「全作家66号」メール便で到着。
内容
第二回文芸講演会 「同人雑誌と私」伊藤桂一
評論「実方・追慕(古典小用)岩谷征捷
小説「薔薇色の闇」ルミ角田
小説「回り道でも」山崎文男
小説「マサオがいた町」大川龍次
小説「忘れられた部屋」花嶋真樹子
ほか
第二回全作家文学賞、第一次選考通過作品発表 (60篇が通過しています)。
全国同人雑誌探訪 第4回 九州・沖縄編(3)は、大分県。
文芸時評「内部の凍った海を打ち砕かねばならない」は横尾和博氏の同人雑誌評だが、詳細を書き込む時間がありませぬ。
2007年4月26日木曜日
螺旋カノン三昧&大法螺
昨夜は疲労のため爆睡。
作品を書いた訳でもないのに、書いたと同じくらい脳が疲れている感じ。
ひたすら、クルト・レーデルの《音楽の捧げもの》を聴く。ことに2曲目の「王の主題による無限カノン」の次の「王の主題による各種のカノン」がいちばんのお気に入り。
「逆行のカノン」、「同度のカノン」、「反行のカノン」、「反行の拡大カノン」、「螺旋カノン」
ことに「螺旋カノン」の音調の高まりは、神のいる場所への上昇なのか下降なのか判らない螺旋運動を思わせて眩暈するばかりで、何度聴いても感動は薄れないどころか、強まるばかりです。バッハ万歳!
ただしクルト・レーデル指揮のものでないとダメで、カール・リヒター指揮のものはまったく合わないので聴きたくもない。妙なものです。
(クルト・レーデル指揮の 「王の主題による各種のカノン」をお聴きになりたい方は、当ブログ管理人までメールを下さい、何とかいたしますwan)
同様に、Creedence Clearwater Revival よりTina Turnerの 1982年の Proud Maryの方がダントツにカッコいい。
一昨日投函したCD入り封筒が届いたらしく、印刷所からメール。ほかには問題ないとのことだが、あちらのパソコンにインストールされていないフォントが2種類あるので、それをメール添付で送って欲しいとのこと。早速、送信する。
セキュリティ・ソフトのせいか、それとも相手サイトに問題が生じたのか、ID・パスワードのどちらかが違うと表示されてshinobi.jpにログイン出来なくなった。いろいろ試みたがダメ。明日まで待とう。
満開直前に気温が低下したせいで桜の花がずいぶん長持ちしたが、驚いたことに、今日、仕事でちょいと軽井沢よりのレタスの産地へ行ったら桜がまだ三分咲き、五分咲きだった。
毎月15日に赤提灯に集まっているメンバーのひとりの奥さんが病死され、明日が葬儀。手伝いはいいようなので、焼香のみ参列。人柄のいい奥さんだったし63歳ではまだ若すぎる。いいひとは早死にし、憎まれっ子世にはびこる?
先日、驚天動地な小説を書きたいと大法螺を吹いたらNさんに真に受けられて困ってしまいましたが、実はハードボイルドな純文学を書きたい(これも大法螺?)と切望しております。
純文学よりハードボイルドに力点がかかっています。
ハードボイルドな視点、文体を切に望んでいます。
それが書けたら死んでもいいし、十字路で出会うかもしれないヘナチョコな悪魔かルシフェルに、魂を売っても構いません。
作品を書いた訳でもないのに、書いたと同じくらい脳が疲れている感じ。
ひたすら、クルト・レーデルの《音楽の捧げもの》を聴く。ことに2曲目の「王の主題による無限カノン」の次の「王の主題による各種のカノン」がいちばんのお気に入り。
「逆行のカノン」、「同度のカノン」、「反行のカノン」、「反行の拡大カノン」、「螺旋カノン」
ことに「螺旋カノン」の音調の高まりは、神のいる場所への上昇なのか下降なのか判らない螺旋運動を思わせて眩暈するばかりで、何度聴いても感動は薄れないどころか、強まるばかりです。バッハ万歳!
ただしクルト・レーデル指揮のものでないとダメで、カール・リヒター指揮のものはまったく合わないので聴きたくもない。妙なものです。
(クルト・レーデル指揮の 「王の主題による各種のカノン」をお聴きになりたい方は、当ブログ管理人までメールを下さい、何とかいたしますwan)
同様に、Creedence Clearwater Revival よりTina Turnerの 1982年の Proud Maryの方がダントツにカッコいい。
一昨日投函したCD入り封筒が届いたらしく、印刷所からメール。ほかには問題ないとのことだが、あちらのパソコンにインストールされていないフォントが2種類あるので、それをメール添付で送って欲しいとのこと。早速、送信する。
セキュリティ・ソフトのせいか、それとも相手サイトに問題が生じたのか、ID・パスワードのどちらかが違うと表示されてshinobi.jpにログイン出来なくなった。いろいろ試みたがダメ。明日まで待とう。
満開直前に気温が低下したせいで桜の花がずいぶん長持ちしたが、驚いたことに、今日、仕事でちょいと軽井沢よりのレタスの産地へ行ったら桜がまだ三分咲き、五分咲きだった。
毎月15日に赤提灯に集まっているメンバーのひとりの奥さんが病死され、明日が葬儀。手伝いはいいようなので、焼香のみ参列。人柄のいい奥さんだったし63歳ではまだ若すぎる。いいひとは早死にし、憎まれっ子世にはびこる?
先日、驚天動地な小説を書きたいと大法螺を吹いたらNさんに真に受けられて困ってしまいましたが、実はハードボイルドな純文学を書きたい(これも大法螺?)と切望しております。
純文学よりハードボイルドに力点がかかっています。
ハードボイルドな視点、文体を切に望んでいます。
それが書けたら死んでもいいし、十字路で出会うかもしれないヘナチョコな悪魔かルシフェルに、魂を売っても構いません。
2007年4月24日火曜日
朝もやのルバーブ・ジャム・ブルース(本人も意味不明)
朝、CD入りの印刷所送りの封筒を投函。
仕事の途中、ちょいと菜園へ。前回は見えなかったルバーブの蕾が出現していた。去年は興味本位で蕾を残してひどい目にあったが、今年は観賞用に一個だけ残すだけにしよう。

んん? 昨年も似たような写真をアップしています。
そういえば、昨年の春に苗をあげたWさんも、数日前のメールにルバーブがぐんぐん大きくなっていますと書き添えてあった。昨年は生でスライスしてサラダに混ぜて食べていると言っていたが、無論、ジャムも作ってお友だちにあげて喜ばれたらしく、今年もジャムを作るとのこと。
市販のルバーブ・ジャムはこんな感じです。
茎を一本ねじりとって折って皮を剥いて噛んでみたら酸っぱい。土手のすかんぽと同じである。
「ことばたち」 Jacques Pr´evert (原著), 高畑 勲 (翻訳) ぴあ刊、これが古書検索してもまったくヒットしない。ヒットしないと余計に意地になる。2004年10月発行の本で、そんなに古くないのに無いということは、発行部数が余程少なかった?
仕事の途中、ちょいと菜園へ。前回は見えなかったルバーブの蕾が出現していた。去年は興味本位で蕾を残してひどい目にあったが、今年は観賞用に一個だけ残すだけにしよう。
んん? 昨年も似たような写真をアップしています。
そういえば、昨年の春に苗をあげたWさんも、数日前のメールにルバーブがぐんぐん大きくなっていますと書き添えてあった。昨年は生でスライスしてサラダに混ぜて食べていると言っていたが、無論、ジャムも作ってお友だちにあげて喜ばれたらしく、今年もジャムを作るとのこと。
市販のルバーブ・ジャムはこんな感じです。
茎を一本ねじりとって折って皮を剥いて噛んでみたら酸っぱい。土手のすかんぽと同じである。
「ことばたち」 Jacques Pr´evert (原著), 高畑 勲 (翻訳) ぴあ刊、これが古書検索してもまったくヒットしない。ヒットしないと余計に意地になる。2004年10月発行の本で、そんなに古くないのに無いということは、発行部数が余程少なかった?
2007年4月23日月曜日
どれだけ自分のイメージに近い雑誌の姿で帰って来るか
今日、ようやくあたりの桜が満開になりました。北国ならぬ、何とも山国な春であります。でも青森も今頃が花の見ごろなのかもしれません。いや、青森はもう散って、北海道か? ここって何かと北海道並みですから。
さて、いよいよ編集データ、表紙データなどをCD-Rに書き込みしなければならないが、日常的に使っているのはCD-RWで、しかもWindows XP標準のRW書き込みではなく、それをはずして市販のパケットライトを使っているので、ちょいとまごついた。というより、未使用のCD-Rが一枚も見当たらない。どうも、知らない間に長男が使ってしまったらしいので、買いに行った。100枚入りなどというのがあるが、そんなには要らない。ただし、10枚入りも20枚入りも値段が余り変わらないので20枚入りを購入。
��そうだ、どうせだから、ボリス・ヴィアンの『ぼくはスノッブ』とか、プレヴェールのシャンソン集『わたしはわたし』、クルト・レーデルの「無限カノン」などを焼いてコピーを作っておこう。だれか欲しい人? って、それをしちゃいけない、んですよね)
さて面倒だからWindows XP標準のCD書き込みで行こうと思ったが、どこか変更しないといけないはず。
CDドライブのプロパティの「書き込み」タブで、「このドライブでCD書き込みを可能にする」のチェックをはずしてあるのを、チェックを入れた状態にしないと使えない。
だんだん思い出して来た。あとはデータをCDドライブのウィンドウにデータが入ったフォルダをドラッグし、書き込みさせるだけ。
封筒に、CDと、見積もりフォームに書き込んだ、A5版166ページ200部、表紙用紙は何、二色刷り、本文用紙は何とかいったことなどを再度添え書きした文書を封入。明日郵便局で出す。
デジタル・データを扱って仕事をしているのに、ネットで入稿できないというのが、ちょっと可笑しい。WordファイルにPDFファイルとダブっている上に画像ファイルがひとつ入っているのでフォルダ全体で1,69MBあるが、ブロードバンド以上だったらそう重くて送れない容量でもないですが。
ところで、奥付の発行年月日を入れる必要から昨夜遅くにメールで問い合わせし、今日は日曜だから返信が来るのは月曜と思っていたら、今日返信がありました。日曜に仕事しているんです。
しかも、「じきにデータをいただければ、5月2日に発送し、3日には配達になります」って、嘘、は、早すぎます。「木曜日」さんより早く発行になったらまずいです。というか、そんなに早くなくてもいいので、連休過ぎて10日か15日くらいまででいいですと、CDを送る封筒に書き添えました。
さあ、手を離れて、どんな姿で、どれだけ自分のイメージに近い雑誌の姿で帰って来るか、楽しみです。
さて、いよいよ編集データ、表紙データなどをCD-Rに書き込みしなければならないが、日常的に使っているのはCD-RWで、しかもWindows XP標準のRW書き込みではなく、それをはずして市販のパケットライトを使っているので、ちょいとまごついた。というより、未使用のCD-Rが一枚も見当たらない。どうも、知らない間に長男が使ってしまったらしいので、買いに行った。100枚入りなどというのがあるが、そんなには要らない。ただし、10枚入りも20枚入りも値段が余り変わらないので20枚入りを購入。
��そうだ、どうせだから、ボリス・ヴィアンの『ぼくはスノッブ』とか、プレヴェールのシャンソン集『わたしはわたし』、クルト・レーデルの「無限カノン」などを焼いてコピーを作っておこう。だれか欲しい人? って、それをしちゃいけない、んですよね)
さて面倒だからWindows XP標準のCD書き込みで行こうと思ったが、どこか変更しないといけないはず。
CDドライブのプロパティの「書き込み」タブで、「このドライブでCD書き込みを可能にする」のチェックをはずしてあるのを、チェックを入れた状態にしないと使えない。
だんだん思い出して来た。あとはデータをCDドライブのウィンドウにデータが入ったフォルダをドラッグし、書き込みさせるだけ。
封筒に、CDと、見積もりフォームに書き込んだ、A5版166ページ200部、表紙用紙は何、二色刷り、本文用紙は何とかいったことなどを再度添え書きした文書を封入。明日郵便局で出す。
デジタル・データを扱って仕事をしているのに、ネットで入稿できないというのが、ちょっと可笑しい。WordファイルにPDFファイルとダブっている上に画像ファイルがひとつ入っているのでフォルダ全体で1,69MBあるが、ブロードバンド以上だったらそう重くて送れない容量でもないですが。
ところで、奥付の発行年月日を入れる必要から昨夜遅くにメールで問い合わせし、今日は日曜だから返信が来るのは月曜と思っていたら、今日返信がありました。日曜に仕事しているんです。
しかも、「じきにデータをいただければ、5月2日に発送し、3日には配達になります」って、嘘、は、早すぎます。「木曜日」さんより早く発行になったらまずいです。というか、そんなに早くなくてもいいので、連休過ぎて10日か15日くらいまででいいですと、CDを送る封筒に書き添えました。
さあ、手を離れて、どんな姿で、どれだけ自分のイメージに近い雑誌の姿で帰って来るか、楽しみです。
2007年4月22日日曜日
肩の荷が下り、体が15cmくらいは浮遊
わーい。40号の編集が終わりましたぞい(って、相変わらず長いタイトルで恐縮です)。
あとはデータをCDRに焼き、プリントアウトしたものを添付して印刷会社に郵送するだけ。インターネットでデータ入稿出来れば最高なんですが、ま、贅沢を言うのはやめましょう。
大手印刷会社と違って、数百部単位の小部数しか発注しない、見も知らない怪しげな純文学系同人誌を印刷してくれるような小さな印刷会社で、デジタル・データで受け付けてくれるだけで、大感謝、大感激なのであります。
編集終了を連絡しながら、三つほど質問を書き、メールを送信した。
じきに連休に入るので、発行月日をどれくらいにしたらいいのかなど、実に単純素朴な質問である。
「木曜日」は5月10日が発行日のようですが、当方は20日くらいかなと見当をつけています。
もう、編集発行人に専念しますって、宣言しちゃおうかな(っと)。
肩の荷が下りて体が15cmくらいは浮遊している。自分が、標高700mに浮遊して眠るイメージ。市立図書館に行って、山室文庫の春山行夫関連の本を借りて来よう。
戦後の博識な文化人としての春山行夫ではなく、戦前、大正末期から昭和十年代までの「詩と試論」編集者としての春山行夫に多大な関心。
また、大正末期から昭和十年代までのモダン・ボーイ&モダン・ガールが書いた小説に重大な関心。
あとはデータをCDRに焼き、プリントアウトしたものを添付して印刷会社に郵送するだけ。インターネットでデータ入稿出来れば最高なんですが、ま、贅沢を言うのはやめましょう。
大手印刷会社と違って、数百部単位の小部数しか発注しない、見も知らない怪しげな純文学系同人誌を印刷してくれるような小さな印刷会社で、デジタル・データで受け付けてくれるだけで、大感謝、大感激なのであります。
編集終了を連絡しながら、三つほど質問を書き、メールを送信した。
じきに連休に入るので、発行月日をどれくらいにしたらいいのかなど、実に単純素朴な質問である。
「木曜日」は5月10日が発行日のようですが、当方は20日くらいかなと見当をつけています。
もう、編集発行人に専念しますって、宣言しちゃおうかな(っと)。
肩の荷が下りて体が15cmくらいは浮遊している。自分が、標高700mに浮遊して眠るイメージ。市立図書館に行って、山室文庫の春山行夫関連の本を借りて来よう。
戦後の博識な文化人としての春山行夫ではなく、戦前、大正末期から昭和十年代までの「詩と試論」編集者としての春山行夫に多大な関心。
また、大正末期から昭和十年代までのモダン・ボーイ&モダン・ガールが書いた小説に重大な関心。
2007年4月21日土曜日
相変わらず、うまく桜が入らない
校正、一編戻る。あとひとり。まさか、しこしこリライト中では? おいおい。
埋め草、左1ページ空き分はすべて埋め、残るは二段組の下段が空いているところ数箇所で終了。昨夜、全体をレイアウトしたWord原稿を試みにPDFに変換してみた。Wordファイルが638KB、PDFファイルが825KBで、思ったほどファイルサイズが大きくはなっていない。
専用のフォルダを作って、1頁から166頁までの本文WordファイルとPDFファイルと、Word表紙ファイルとPDF表紙ファイル、表紙に使用する画像の元ファイル。 背文字Wordファイルと背文字PDFファイルを入れる。あとはExcelの台割表も必要か。これらをひとつのフォルダに入れておいて、CDRに焼いて郵送する。ネットでの入稿は対応していないらしいので、(このくらいのサイズだったら、相手がダイヤルアップでない限りはメール添付で送れるはずだが、まあ、CDもいいでしょう)
レイアウト、埋め草、目次、すべて終了し、残り一作品の校正返送待ち。
あとは奥付の発行日。これは入稿後どれくらい日数がかかるか、印刷所に問い合わせしないと判らない。当初予定していた東京の印刷会社は最速7日とあったが、いくら何でもそれは拙速というもの。早ければいいというものでもありません。
2007年4月20日金曜日
ようやく晴れましたが
2007年4月19日木曜日
東京都、8人のうちのひとり?
先ほど、千葉に住む弟からメールが入り、今日の朝○新聞夕刊に
「関東ではしかが流行 10代前半や大人に多いのが特徴 」
という記事が掲載されているという。
さいわい月曜日に退院したものの(ご心配いただいた皆様、ありがとうございました)、大事な就職活動中で、さるPR会社へのネットでのエントリは高熱の真っ最中でうまくいかず、失敗したらしい。被害甚大である。
また長男も三月末から埼玉県内に居住しており、心配です。二男同様に水疱瘡と風疹は済んでいるものの、麻疹には罹患していない。ワクチン接種という方法もあったので、親の怠慢である。
今日も、校正一作、戻り。あとふたり。
そういえば、また時間があったらHTMLファイルも作っておかなくては。一応、ハイパー文芸誌を名乗っているのだから、印刷版とWeb版を同時発行しなければ……。
PDF版は印刷会社に渡すA5版をそのままアップすれば良いが、二作品が150枚近くなのでファイルをせめて3分割くらいに分けないと重すぎるだろう。
「関東ではしかが流行 10代前半や大人に多いのが特徴 」
という記事が掲載されているという。
3月26日からの1週間に、全国3千の小児科から報告された患者数は26人(昨年同期9人)で、うち22人が東京都と埼玉、千葉、神奈川各県だった。同期間に全国約500の病院を受診した成人の患者数は11人(同0人)で、うち8人が東京。同センターは「この地域のはしかの流行はさらに進行している可能性が高い」としている。病院は感染症患者は届出するだろうが、二男が入院したのが4月12日、最初の発熱が4日で二日ほど間をおいてから熱と発疹が本格化したのだから、まだこの統計には数えられていないはず。
さいわい月曜日に退院したものの(ご心配いただいた皆様、ありがとうございました)、大事な就職活動中で、さるPR会社へのネットでのエントリは高熱の真っ最中でうまくいかず、失敗したらしい。被害甚大である。
また長男も三月末から埼玉県内に居住しており、心配です。二男同様に水疱瘡と風疹は済んでいるものの、麻疹には罹患していない。ワクチン接種という方法もあったので、親の怠慢である。
今日も、校正一作、戻り。あとふたり。
そういえば、また時間があったらHTMLファイルも作っておかなくては。一応、ハイパー文芸誌を名乗っているのだから、印刷版とWeb版を同時発行しなければ……。
PDF版は印刷会社に渡すA5版をそのままアップすれば良いが、二作品が150枚近くなのでファイルをせめて3分割くらいに分けないと重すぎるだろう。
2007年4月18日水曜日
桜の向こうに雪
雨が降ったが、車の運転中に雲の切れ間に見えた浅間山は雪で真っ白になっていた。
桜の向こうに雪の浅間という構図で写真を撮りたかったが、まもなくまた雲の向こうに隠れてしまった。
今日は、校正が二編戻って来た。
いよいよ全体のレイアウトとPDF化。
どこまで詰めても気に入ったものにはならないが、今夜は表紙と目次の見直し。
これまでのように紙の版下の方が目で確認できるだけに楽で安心であるが、データだと心配は尽きない。ただ、データ送稿は初めてなので、一度データを見てもらうように依頼してある。問題がなければそのまま製版にかかり、問題があれば指摘してもらって再度データを作り直すことにはなっている。こういう風な対応をしてくれる印刷会社でないと、いくら印刷代が安くても「完全原稿、完全原稿」とばかり言われても素人は困るのです。
印刷会社を、当初予定していた第一候補から第二候補に替えたのは、ひとえにそういうきめの細かい対応が出来るか、否かによってであった。
桜の向こうに雪の浅間という構図で写真を撮りたかったが、まもなくまた雲の向こうに隠れてしまった。
今日は、校正が二編戻って来た。
いよいよ全体のレイアウトとPDF化。
どこまで詰めても気に入ったものにはならないが、今夜は表紙と目次の見直し。
これまでのように紙の版下の方が目で確認できるだけに楽で安心であるが、データだと心配は尽きない。ただ、データ送稿は初めてなので、一度データを見てもらうように依頼してある。問題がなければそのまま製版にかかり、問題があれば指摘してもらって再度データを作り直すことにはなっている。こういう風な対応をしてくれる印刷会社でないと、いくら印刷代が安くても「完全原稿、完全原稿」とばかり言われても素人は困るのです。
印刷会社を、当初予定していた第一候補から第二候補に替えたのは、ひとえにそういうきめの細かい対応が出来るか、否かによってであった。
2007年4月17日火曜日
遅ればせの春
昨年から実家へ戻ったまま音信不通だった才能ある書き手から、先ほど電話があった。
そういえばこれまではメールの往復だけで電話で生の声を聞いたのは初めてか、二度目くらいなので、戸惑って話がスムーズに展開しない。
新作は無理だが旧作のリライトをしているようで、よかった。才能を買っているのだが、才能があるひとほどそれを邪魔するものも多い。早く健康になっていい新作を書いてほしい。
このひとも福岡生まれのひとで、今も福岡に戻っている。九州、福岡は文学的内圧がどこよりも高いのだと感心する。向こうで同人誌に参加するだけの元気が出ればいいのだが。
昨日、今日、ようやく暖かい場所の桜が八分か九分咲きになった。家の近くの稲荷神社の川端、橋のたもとの桜はまだ三分咲きまでいかないが、高校前の桜はほぼ満開だった。日本のチベット、標高700メートルの高冷地に、遅ればせの春到来。
夕方、仕事帰りに菜園に寄ってみたら、ルバーブだけがぐんぐん成長している。少し消えた株があるかと思っていたら、ほとんど生きていて、酸っぱい物に弱いわが家の昔のお転婆お嬢さんにまた、「こんなもの、こんなに多すぎる」と憎まれそう。
菜園の隅にパイプを銀色のシートで覆っただけの小さな小屋があり、そこに年代物の8馬力ディーゼルエンジンの耕運機が入っている。先日、少し動かしていたら、ガス欠でエンジン停止したまま、軽油をタンクに入れても始動しなくなり、そのまま放置しておいた。
昨日、ディーゼルエンジンでガス欠を起こしたら、「空気抜き」という作業をしなければ燃料が噴射されないというようなことを思い出し、ネットで検索してみたらやはりそうだった。燃料フィルターのところで空気抜きをすると書かれていたが、燃料コックのほかにそれらしきものは何もない。ただし、コックの横に妙に目立つ大きめのボルトがある。これをいったん緩めてから締め、それから始動してみたらエンジンがかかった。ふうむ、あれで空気抜きが出来たのだろうか?
でもまあ、これでめでたし。昔のお転婆お嬢さんのために春の耕運作業をしておかなければならない。あとは大根でも小松菜でも好きに播いて下さい。
7イレブンで「私に触れるな」を多忙なお方の代理で受領。
校正、一編、戻ったので、早速、赤ペンが入った部分を訂正する。
右サイドバーのBookmarkにブログ「ここ」と、鉛筆画サイト「ここ」を追加。そういえば、詩誌「歴程」のウェブサイトが出来た。先日、K沢病院を紹介していただいたKさんも協力されている。
今号からお願いする印刷所はデータをFTPやメールで送るのではなく、CDRで送ることとなっている。もちろん、プリントアウトしたものもデータの崩れがないか確認するために同時に送る必要があるのだが、CDRとなるとCDに焼くソフトが必要。昨年、ハード・ディスクが物理的に壊れ、新品と交換してもらったが(失われたデータは戻らない)、以後、インストールしてなかった。B's GoldをインストールしてCDを買って来なくては。
表紙に写真を使う予定だが、これも元の大きなサイズのままCDに入れて送れば、それを加工してきれいな画像で印刷される模様。カラー印刷はぜいたくなので今後もする予定はないが、せめて二色刷りくらいは試みてみたい。
そういえばこれまではメールの往復だけで電話で生の声を聞いたのは初めてか、二度目くらいなので、戸惑って話がスムーズに展開しない。
新作は無理だが旧作のリライトをしているようで、よかった。才能を買っているのだが、才能があるひとほどそれを邪魔するものも多い。早く健康になっていい新作を書いてほしい。
このひとも福岡生まれのひとで、今も福岡に戻っている。九州、福岡は文学的内圧がどこよりも高いのだと感心する。向こうで同人誌に参加するだけの元気が出ればいいのだが。
昨日、今日、ようやく暖かい場所の桜が八分か九分咲きになった。家の近くの稲荷神社の川端、橋のたもとの桜はまだ三分咲きまでいかないが、高校前の桜はほぼ満開だった。日本のチベット、標高700メートルの高冷地に、遅ればせの春到来。
夕方、仕事帰りに菜園に寄ってみたら、ルバーブだけがぐんぐん成長している。少し消えた株があるかと思っていたら、ほとんど生きていて、酸っぱい物に弱いわが家の昔のお転婆お嬢さんにまた、「こんなもの、こんなに多すぎる」と憎まれそう。
菜園の隅にパイプを銀色のシートで覆っただけの小さな小屋があり、そこに年代物の8馬力ディーゼルエンジンの耕運機が入っている。先日、少し動かしていたら、ガス欠でエンジン停止したまま、軽油をタンクに入れても始動しなくなり、そのまま放置しておいた。
昨日、ディーゼルエンジンでガス欠を起こしたら、「空気抜き」という作業をしなければ燃料が噴射されないというようなことを思い出し、ネットで検索してみたらやはりそうだった。燃料フィルターのところで空気抜きをすると書かれていたが、燃料コックのほかにそれらしきものは何もない。ただし、コックの横に妙に目立つ大きめのボルトがある。これをいったん緩めてから締め、それから始動してみたらエンジンがかかった。ふうむ、あれで空気抜きが出来たのだろうか?
でもまあ、これでめでたし。昔のお転婆お嬢さんのために春の耕運作業をしておかなければならない。あとは大根でも小松菜でも好きに播いて下さい。
7イレブンで「私に触れるな」を多忙なお方の代理で受領。
校正、一編、戻ったので、早速、赤ペンが入った部分を訂正する。
右サイドバーのBookmarkにブログ「ここ」と、鉛筆画サイト「ここ」を追加。そういえば、詩誌「歴程」のウェブサイトが出来た。先日、K沢病院を紹介していただいたKさんも協力されている。
今号からお願いする印刷所はデータをFTPやメールで送るのではなく、CDRで送ることとなっている。もちろん、プリントアウトしたものもデータの崩れがないか確認するために同時に送る必要があるのだが、CDRとなるとCDに焼くソフトが必要。昨年、ハード・ディスクが物理的に壊れ、新品と交換してもらったが(失われたデータは戻らない)、以後、インストールしてなかった。B's GoldをインストールしてCDを買って来なくては。
表紙に写真を使う予定だが、これも元の大きなサイズのままCDに入れて送れば、それを加工してきれいな画像で印刷される模様。カラー印刷はぜいたくなので今後もする予定はないが、せめて二色刷りくらいは試みてみたい。
2007年4月15日日曜日
馬車がカボチャになる時間を疾うに過ぎて
もう何度も書いているネタで恐縮ですが、カフカの断片集である「観察」が大好きです。
たとえば、『ふいに散歩を思いつくこと』の書き出し。
この読点のない表記は、カフカ自身がそうしたのか、あるいは訳者である本野亨一さんがされたのか不明だが、何となくJ・ジョイスの『ユリシーズ』最終章である「ぺネロペイア」を思い出してしまう。
また『放心の展望』の書き出しはこう。
書き出しではなく、これで全文である。
ほかにも『不幸であること』とか、『拒絶』とか、『インディアンになりたいと思う』などがあり、これは、昔書いた小説である『堕天使が空から千人降って来る』の大切なイメージ生成に役立った。
だけど、いちばん好きなのは『国道の子供たち』である。
この断片集を読んでいると、カフカはとびっきりの散文家でありつつとびっきりの詩人でもあったという確信が生まれて来る。
で、大好きな『国道の子供たち』の中の、大好きな終わりの9行。
繰り返して書きますが、カフカは、極めつけの散文家でありつつ、極めつけの詩人でもあります。
ちなみに表題は、午前零時を過ぎたら明日の仕事に差しつかえるので即刻に眠らないといけない我が家の、シンデレラ姫の物語にあやかった合言葉であります。
皆様も、馬車がカボチャになる時刻には眠りましょう、ね。
夜更かしは心身の健康を損ねます。
って、実は自戒の言葉なのでした。
やけくそになって、1982年のティナ・ターナーの「プラウド・メアリ」をyouTubeで聴いた。ティナ・ターナー、すでにおばはんではあるがカッコいい。誇り高きメアリって誰?
たとえば、『ふいに散歩を思いつくこと』の書き出し。
夕方になってやっと決心がついた様子で、家にいようと思い、部屋着に着替え、晩の食事のあとはランプをつけて机にむかい、仕事かゲームか手当たり次第に始めて、それが済めば習慣的にベッドへもぐりこむことになる、そとは天気が思わしくなく、これでは、家にいるのがあたりまえである、そんなわけで、……
この読点のない表記は、カフカ自身がそうしたのか、あるいは訳者である本野亨一さんがされたのか不明だが、何となくJ・ジョイスの『ユリシーズ』最終章である「ぺネロペイア」を思い出してしまう。
また『放心の展望』の書き出しはこう。
いまふいに春になってしまって、わたしたちは去就に迷うのである。今朝は、灰色のどんよりした空模様であったのが、いま窓辺に出てみると、ふいをおそわれた気持ちで、わたしは窓の把手に頬をおしあてたままでいる。
見下ろすと、あどけない少女がひとり、もちろんいまはもう沈んでいく太陽の光を、まともに浴びて、歩きながらあたりを見廻す、すると、ひとりの男の影が見え、うしろから次第に歩度を早めてくるのだ。
やがて男は追い越していき、子供の顔が、澄み切った感じで、あとに残ってしまう。
書き出しではなく、これで全文である。
ほかにも『不幸であること』とか、『拒絶』とか、『インディアンになりたいと思う』などがあり、これは、昔書いた小説である『堕天使が空から千人降って来る』の大切なイメージ生成に役立った。
だけど、いちばん好きなのは『国道の子供たち』である。
この断片集を読んでいると、カフカはとびっきりの散文家でありつつとびっきりの詩人でもあったという確信が生まれて来る。
で、大好きな『国道の子供たち』の中の、大好きな終わりの9行。
南のほうにある都会を、わたしは目指してゆくのだが、その都会のことをわたしたちの村では、こんな風に話している、
「あすこには、いいかい、ねむらない人間たちがいる!」
「なぜ、ねむらないのだ?」
「疲労しないからだ」
「なぜ、疲労しないのだ?」
「ばかだからだ」
「ばかはなぜ疲労しないのだ?」
「ばかが、疲労してたまるものか!」
繰り返して書きますが、カフカは、極めつけの散文家でありつつ、極めつけの詩人でもあります。
ちなみに表題は、午前零時を過ぎたら明日の仕事に差しつかえるので即刻に眠らないといけない我が家の、シンデレラ姫の物語にあやかった合言葉であります。
皆様も、馬車がカボチャになる時刻には眠りましょう、ね。
夜更かしは心身の健康を損ねます。
って、実は自戒の言葉なのでした。
やけくそになって、1982年のティナ・ターナーの「プラウド・メアリ」をyouTubeで聴いた。ティナ・ターナー、すでにおばはんではあるがカッコいい。誇り高きメアリって誰?
多重人格者、というよりはマニエリスト?
4月2日に書いた、現代詩手帖、1996年6月号の『フェルナンド・ペソア 異名者たちの海」を、ようやく開いてみた。
��このところ仕事に追われ放しで常に眠く、もともと読めなくなっている本がますます読めない。多分、この状態がまだ一ヶ月以上つづく)
しかし、このポルトガルの詩人、とんでもないひとである。
たとえば、この特集に「フェルナンド・ペソア詩抄」が編まれているが、ペソアという名前のほかにアルベルト・カイエロ、リカルド・レイス、アルヴァロ・デ・カンポスという異なる名前で詩が書かれている。
『不穏の書』はベルナルド・ソアーレスという名で書かれている。実名で文章を発表したほかに、72あると言われる筆名を用いたという。
異名者と名づけられてはいるが、これでは多重人格ではないのか?
かつて多重人格者に翻弄され、一家総出で早朝に自宅襲撃までされたことのある私は、そう考えただけでビビらずにはいられない。多重人格ということばに過剰反応するのでR。いっそ小説に書きたいくらいだが、あまりにリアルすぎ、しかもあまりに人間の尊厳を欠いた、パンドラの箱から飛び出してきた諸々を描写する作業など、する気にもなれない。それをするのが小説家の使命だとしたら、小説などというものは書きたくないと思う。
あ、書けない理由は、ここにあった、のかも、知れない。
……私は自分のなかに様々な人物を作り上げた。いまも私はたえずこういった人物たちを作り続ける。私の夢の一つ一つは、夢見られるとすぐに例外なく、誰か他人に具現され、この他人はそれを夢見はじめる。それは彼であって、もはや私ではない。
私を創造するために、私は自分を破壊した。私は私自身の中で、こんなにも私を外化したので、私の中で私はもはや外的にしか存在しない。私とは生きた舞台であって、そこを様々な俳優が通過し、様々な芝居を演じる……
……毎日が今日の日であって、世界に同じことがあったためしはない。同一性が存在するのは私たちの魂のなかだけであって、欺瞞的にではあるが、魂は自分自身との同一性を認識し、これによってすべてが相似し、すべてが単純になる。世界は、分離したものであり、様々な稜線からなるのだが、われわれが近視ならば、あいまいで連続した霧に見える……(『不穏の書』)
そうか、多重人格というよりは、マニエリストかも知れない。
『不穏の書』より『不安の書』を読みたい気がするが、こちらは怒濤の5040円(汗々)。

不穏の書(思潮社) 不安の書(新思索社)
昨日注文した古書が高額商品なので前金だというメールが着信していた。前金の古書は購入しないという慣習を破る訳にはいきませぬwww。
��このところ仕事に追われ放しで常に眠く、もともと読めなくなっている本がますます読めない。多分、この状態がまだ一ヶ月以上つづく)
しかし、このポルトガルの詩人、とんでもないひとである。
たとえば、この特集に「フェルナンド・ペソア詩抄」が編まれているが、ペソアという名前のほかにアルベルト・カイエロ、リカルド・レイス、アルヴァロ・デ・カンポスという異なる名前で詩が書かれている。
『不穏の書』はベルナルド・ソアーレスという名で書かれている。実名で文章を発表したほかに、72あると言われる筆名を用いたという。
異名者と名づけられてはいるが、これでは多重人格ではないのか?
かつて多重人格者に翻弄され、一家総出で早朝に自宅襲撃までされたことのある私は、そう考えただけでビビらずにはいられない。多重人格ということばに過剰反応するのでR。いっそ小説に書きたいくらいだが、あまりにリアルすぎ、しかもあまりに人間の尊厳を欠いた、パンドラの箱から飛び出してきた諸々を描写する作業など、する気にもなれない。それをするのが小説家の使命だとしたら、小説などというものは書きたくないと思う。
あ、書けない理由は、ここにあった、のかも、知れない。
……私は自分のなかに様々な人物を作り上げた。いまも私はたえずこういった人物たちを作り続ける。私の夢の一つ一つは、夢見られるとすぐに例外なく、誰か他人に具現され、この他人はそれを夢見はじめる。それは彼であって、もはや私ではない。
私を創造するために、私は自分を破壊した。私は私自身の中で、こんなにも私を外化したので、私の中で私はもはや外的にしか存在しない。私とは生きた舞台であって、そこを様々な俳優が通過し、様々な芝居を演じる……
……毎日が今日の日であって、世界に同じことがあったためしはない。同一性が存在するのは私たちの魂のなかだけであって、欺瞞的にではあるが、魂は自分自身との同一性を認識し、これによってすべてが相似し、すべてが単純になる。世界は、分離したものであり、様々な稜線からなるのだが、われわれが近視ならば、あいまいで連続した霧に見える……(『不穏の書』)
そうか、多重人格というよりは、マニエリストかも知れない。
『不穏の書』より『不安の書』を読みたい気がするが、こちらは怒濤の5040円(汗々)。
不穏の書(思潮社) 不安の書(新思索社)
昨日注文した古書が高額商品なので前金だというメールが着信していた。前金の古書は購入しないという慣習を破る訳にはいきませぬwww。
2007年4月14日土曜日
euripides君の奇妙な情熱3
葬儀手伝いやら麻疹騒動やらで手がつけられなかった茄子の接木作業にM君と着手。といっても単なる道楽、何でも自分でやってみないと気が済まない貧乏性ゆえで、お金儲けには無縁の試行です。実は、2月末にひそかに台木と穂木を播いてあったのです。台木は野生のナス科植物で、穂木は一般的な千両2号、早生大丸ナス、庄屋大長ナス、くろわしナス(米ナス)の4種類と凝りまくっています。

1 これは接木用の台木「茄子の命」 2 その双葉より上部を切断する

3 竹を削った先端を台木の中心に差し込む 4 穂木の双葉から下を切り、先端を楔型に削る

5 穂木を台木に差し込む 6 これで茄子の挿し接ぎの完了
あとは遮光して湿度と温度を保ち、一週間ほどかけて徐々に光線と外気に慣らしてゆけば良い。
これはナスが成り始めると枯れてしまう、半枯れ病、半身萎ちょう病などの土壌病原菌対策です。
おお、出来ました。こんなに簡単ならトマト台木も播いておいて、桃太郎トマトを接げばよかったとM君。
そうだね、来年はそうしてみよう。
そういえば、ヤーコンも昨年の根塊を培養度の中に伏せておいたら芽が出て来たのでポリポットに移し替える。これで、今年は苗を買わずに済む。カナダのナルサワ君は厳冬期は根塊をピートモスをふかふかにした中へ入れて保管しているという。なるほど。カナダはピートモスの産地だからただみたいな値段なのではないだろうかと邪推する。
二男の熱が下がりはじめ、発疹も消え始めたとのことで安堵する。
桜、県内の暖地ではだいぶ開花して来たが、軽井沢と一度くらいしか気温が違わない当地では、暖かい場所でようやく咲き始め、川沿いなどの寒い場所ではまだ蕾。昨日の東京都心は葉桜だったのにね。
セルジュ・レジアニ歌うJ・プレヴェールの『そして祭りはつづく』を聴きながら。
そういえば、今回書けなかった小説の題名は『ふたりの夢祭り』だった。
1 これは接木用の台木「茄子の命」 2 その双葉より上部を切断する
3 竹を削った先端を台木の中心に差し込む 4 穂木の双葉から下を切り、先端を楔型に削る
5 穂木を台木に差し込む 6 これで茄子の挿し接ぎの完了
あとは遮光して湿度と温度を保ち、一週間ほどかけて徐々に光線と外気に慣らしてゆけば良い。
これはナスが成り始めると枯れてしまう、半枯れ病、半身萎ちょう病などの土壌病原菌対策です。
おお、出来ました。こんなに簡単ならトマト台木も播いておいて、桃太郎トマトを接げばよかったとM君。
そうだね、来年はそうしてみよう。
そういえば、ヤーコンも昨年の根塊を培養度の中に伏せておいたら芽が出て来たのでポリポットに移し替える。これで、今年は苗を買わずに済む。カナダのナルサワ君は厳冬期は根塊をピートモスをふかふかにした中へ入れて保管しているという。なるほど。カナダはピートモスの産地だからただみたいな値段なのではないだろうかと邪推する。
二男の熱が下がりはじめ、発疹も消え始めたとのことで安堵する。
桜、県内の暖地ではだいぶ開花して来たが、軽井沢と一度くらいしか気温が違わない当地では、暖かい場所でようやく咲き始め、川沿いなどの寒い場所ではまだ蕾。昨日の東京都心は葉桜だったのにね。
セルジュ・レジアニ歌うJ・プレヴェールの『そして祭りはつづく』を聴きながら。
そういえば、今回書けなかった小説の題名は『ふたりの夢祭り』だった。
2007年4月13日金曜日
わが家の春の椿事
世田谷にすむ二男がどうも麻疹(ハシカ)のような症状で高熱と発疹に苦しんでいるらしいので、今朝、急遽、新幹線で上京。アパートのドアをノックし、開けたその顔は発疹で真っ赤。手まで発疹が出来ていて、全身発疹人間になっていました。早速、タクシーに乗せ、事前に知人に聞いてあった病院へ直行、「ハシカらしいです」というと、他の外来患者への感染を避けるために通常の外来診察と経路が違うということで、その診察の早いこと。あっという間に、診察と入院のためのレントゲン撮影、血液検査や尿検査が済み、入院病棟へ案内された。そして点滴開始である。アパートでひとりでうんうん呻っているよりずっと安心。
医師の話では最近も大人でハシカにかかった人がこの部屋に入っていたとか、小学校で流行っているらしいとか……。
それにしても、成人がハシカに感染すると症状が重いとは聞いていましたが、確かに、咳と高熱で苦しいようです。二男は風疹と水疱瘡は罹患していますが、ハシカにはかかっていないのです。
本人も落ち着いたところで帰ってきましたが、しかし、私自身はハシカにかかっているのでしょうか? 帰宅後、母親に訊いてみましたが「覚えていない」そうです。ということは、ずっとマスクも無しに行動をともにしていた私も感染するかもしれない?
二男が入れられた個室のドアの外には手を消毒する器具と、感染防止用のマスクが配置されていて、何人めかの看護士さんに「入る時はマスクをして下さい」と言われましたが、もう手遅れです。
もしも12日後くらいからこのブログの更新が停止したら感染したと思って下さい。
どんなにBCG接種をされてもついにツベリクリン反応が陽転しなかった私ですので、先ずは大丈夫とは思いますし、この繁忙期に10日も寝込んでいる訳にはいきません。
しかし、都会は疲れますね。
しかも病院に前金で10万円請求されて納入して来ましたので、楽しみにしていた海鮮焼きは当分お預けですw。
医師の話では最近も大人でハシカにかかった人がこの部屋に入っていたとか、小学校で流行っているらしいとか……。
それにしても、成人がハシカに感染すると症状が重いとは聞いていましたが、確かに、咳と高熱で苦しいようです。二男は風疹と水疱瘡は罹患していますが、ハシカにはかかっていないのです。
本人も落ち着いたところで帰ってきましたが、しかし、私自身はハシカにかかっているのでしょうか? 帰宅後、母親に訊いてみましたが「覚えていない」そうです。ということは、ずっとマスクも無しに行動をともにしていた私も感染するかもしれない?
二男が入れられた個室のドアの外には手を消毒する器具と、感染防止用のマスクが配置されていて、何人めかの看護士さんに「入る時はマスクをして下さい」と言われましたが、もう手遅れです。
もしも12日後くらいからこのブログの更新が停止したら感染したと思って下さい。
どんなにBCG接種をされてもついにツベリクリン反応が陽転しなかった私ですので、先ずは大丈夫とは思いますし、この繁忙期に10日も寝込んでいる訳にはいきません。
しかし、都会は疲れますね。
しかも病院に前金で10万円請求されて納入して来ましたので、楽しみにしていた海鮮焼きは当分お預けですw。
2007年4月12日木曜日
未だ桜の花、開かず
昨夜はまたしても、ブログを書きかけた途中で意識不明の大爆睡に陥り、朝まで目覚めず。(ですから、昨夜のブログは後書きです)
朝から夕方までずっと体が動いていると、疲れる。けれど、脳細胞は活性化して来る。やはり体は動かした方がいい。
県内の各地で桜が開花したというニュースが流れているが、当地は未だ蕾のまま。標高700メートルはの気温は東北・北海道に匹敵するやも知れず。
昨日、同人誌の校正刷りをメール便で同人に発送。郵便局だと定形外になってしまうが、メール便だと80円で済むのが不思議。ただし3日目でないと着かないようです。
前号まではA4横見開き2ページ2段組だったが、今号からA5で1ページずつのレイアウトなので、同人の皆様、まごつきますか? そういう場合は、偶数ページを右、奇数ページを左に置いて校正作業をして下さいとお願いしておいた。
今夜は残っていた編集後記を書き、奥付も日付暫定で作成。念のため印刷してみて、まあOK。40号なので後記が感傷的になりがちなのを警戒したら、つまらなくなった。
印刷会社はやはり、第一候補ではなく第二候補に決定。ただしメール添付やFTP送稿は出来ないようなので、先ずはCDRに焼いて印刷見本とともに郵送or宅配便で送ることになる。ただしこちらはファイルはPDFでよく、紙版と違ってそれを直接版組みする模様。
しかし、安いなあ。昔、手書き原稿やワープロ原稿を持ち込んで、それを印刷所の和文タイプでもう一度打ち込んでいた頃に比べれば、半値以下。パソコン様々。
あとは校正の返送待ちと埋め草の配置のみ。
朝から夕方までずっと体が動いていると、疲れる。けれど、脳細胞は活性化して来る。やはり体は動かした方がいい。
県内の各地で桜が開花したというニュースが流れているが、当地は未だ蕾のまま。標高700メートルはの気温は東北・北海道に匹敵するやも知れず。
昨日、同人誌の校正刷りをメール便で同人に発送。郵便局だと定形外になってしまうが、メール便だと80円で済むのが不思議。ただし3日目でないと着かないようです。
前号まではA4横見開き2ページ2段組だったが、今号からA5で1ページずつのレイアウトなので、同人の皆様、まごつきますか? そういう場合は、偶数ページを右、奇数ページを左に置いて校正作業をして下さいとお願いしておいた。
今夜は残っていた編集後記を書き、奥付も日付暫定で作成。念のため印刷してみて、まあOK。40号なので後記が感傷的になりがちなのを警戒したら、つまらなくなった。
印刷会社はやはり、第一候補ではなく第二候補に決定。ただしメール添付やFTP送稿は出来ないようなので、先ずはCDRに焼いて印刷見本とともに郵送or宅配便で送ることになる。ただしこちらはファイルはPDFでよく、紙版と違ってそれを直接版組みする模様。
しかし、安いなあ。昔、手書き原稿やワープロ原稿を持ち込んで、それを印刷所の和文タイプでもう一度打ち込んでいた頃に比べれば、半値以下。パソコン様々。
あとは校正の返送待ちと埋め草の配置のみ。
2007年4月11日水曜日
積読の害
お気に入りに入れているブログで「ノディエ幻想短編集」について触れられていた。そういえば、岩波文庫で出た時に買ったまま、どこかに積んであるような……。探してみたら、文庫は文庫でまとまっていて、しかも背を見ただけで岩波の赤と判るので、案外早く発掘出来た。

それにしても、かつては購入した本は皆読んだのに、年々、積読が増えているのは嘆かわしい。
かつての同人で今は東京在住のS原さんから珍しく電話があり、何事かと思ったら、先日亡くなった同人誌「S野作家」の主宰T井さんが自殺したというが本当かと言う。いまだに交流のあるO河原さんから「自死」という手紙をもらったという。
確かに、入院しての治療を拒否し、食事も摂らなくなっての死だから「自死」と捉えられないこともありませんが、糖尿病と戦っての死であり、自殺ではありませんと答えておいた。
自殺とか、尊厳死とか、さまざまな言い方はあるが、わたしはそれらも含めてすべて寿命と思っている。自殺とか尊厳死とか、人間の死に異常な重みをつけるのは好きではありません。
それにしても、かつては購入した本は皆読んだのに、年々、積読が増えているのは嘆かわしい。
かつての同人で今は東京在住のS原さんから珍しく電話があり、何事かと思ったら、先日亡くなった同人誌「S野作家」の主宰T井さんが自殺したというが本当かと言う。いまだに交流のあるO河原さんから「自死」という手紙をもらったという。
確かに、入院しての治療を拒否し、食事も摂らなくなっての死だから「自死」と捉えられないこともありませんが、糖尿病と戦っての死であり、自殺ではありませんと答えておいた。
自殺とか、尊厳死とか、さまざまな言い方はあるが、わたしはそれらも含めてすべて寿命と思っている。自殺とか尊厳死とか、人間の死に異常な重みをつけるのは好きではありません。
2007年4月10日火曜日
メールひとつの印象でひっくり返る
本日の葬儀手伝い、受付だけでなく弔電披露まで仰せつかる。
精進落としの席でお酒を飲んだので帰宅後は車の運転も出来ず、何も出来ず、一時間ほど昼寝ならぬ夕寝(至福)。
配偶者に小林康夫「表象の光学」の古書検索を依頼され、送料を加えると新本より500円ほど安いだけではあるが、一冊注文。夕方、今日のうちに発送しましたというメールが届いた。早い。
『私に触れるな ノリ・メ・タンゲレ』という本は新刊で良いというので7&Yに注文。7&Yに在庫がないようなので、ちょっと時間がかかりそう。
文芸同人誌の印刷所を変えるにあたって、最終的に二社が残り、東京の1社にほぼ決まっていたのだが、昨日、第二の候補の関西の印刷会社にメールで問い合わせをしたら、今日、印刷代見積もりのほかに当方の疑問に懇切丁寧に答える返信があり、こちらの方がいいかなと考えが揺らいでいる。東京の方が規模が大きそうなのだが、杓子定規で融通が利かない感じだ。関西の会社は小さい印刷会社だが、その分小回りが利いて柔軟に対応してくれそう。
それからメールひとつでもその文面から、ひととなり(あるいは会社なり)が見えて来る。どうも関西の印刷所の方が印象がいいのである。信頼出来る感じなのである。こういうのに弱いのであります。
明日、各同人へ校正刷りをメール便で発送する準備完了。
LydwineさんのところのようにPDFファイルにしたものをネット上にアップロードし、各同人がそれをダウンロードしAdobe Readerで開いて印刷、それで校正してくれたら助かるんですが……、70代、80代の方も居られるので、無理かな?
パソコンにAdobe Readerが入っていて、使ったことのある人、と同人に掲示板で質問してみよう。
精進落としの席でお酒を飲んだので帰宅後は車の運転も出来ず、何も出来ず、一時間ほど昼寝ならぬ夕寝(至福)。
配偶者に小林康夫「表象の光学」の古書検索を依頼され、送料を加えると新本より500円ほど安いだけではあるが、一冊注文。夕方、今日のうちに発送しましたというメールが届いた。早い。
『私に触れるな ノリ・メ・タンゲレ』という本は新刊で良いというので7&Yに注文。7&Yに在庫がないようなので、ちょっと時間がかかりそう。
文芸同人誌の印刷所を変えるにあたって、最終的に二社が残り、東京の1社にほぼ決まっていたのだが、昨日、第二の候補の関西の印刷会社にメールで問い合わせをしたら、今日、印刷代見積もりのほかに当方の疑問に懇切丁寧に答える返信があり、こちらの方がいいかなと考えが揺らいでいる。東京の方が規模が大きそうなのだが、杓子定規で融通が利かない感じだ。関西の会社は小さい印刷会社だが、その分小回りが利いて柔軟に対応してくれそう。
それからメールひとつでもその文面から、ひととなり(あるいは会社なり)が見えて来る。どうも関西の印刷所の方が印象がいいのである。信頼出来る感じなのである。こういうのに弱いのであります。
明日、各同人へ校正刷りをメール便で発送する準備完了。
LydwineさんのところのようにPDFファイルにしたものをネット上にアップロードし、各同人がそれをダウンロードしAdobe Readerで開いて印刷、それで校正してくれたら助かるんですが……、70代、80代の方も居られるので、無理かな?
パソコンにAdobe Readerが入っていて、使ったことのある人、と同人に掲示板で質問してみよう。
2007年4月9日月曜日
この忙しいのに家庭菜園!
今日は、八十ン歳の母親の所望で家庭菜園に同道し、ジャガイモ・男爵の種芋3kgを播く。かつては10kgくらい播種したものだが、老年女性一人+中年女性一人+中年男一人=実質二人前なので3kgでも収穫量は余る。
ほかにレタス15株、グリーン・ボール・キャベツ15株を植え、土をかけてあった独活を掘る。掘り立ての独活の皮を剥き、生のままマヨネーズ、またはドレッシングでいただく。柔らかく、甘くて、おいしい。
そういえばこの八十ン歳の母親、いまだに電動自転車に乗って町内半径1kmに買い物に出かけるのだが、購入以来6年目にかかっていよいよバッテリーが瀕死の状況となり暴走できなくなって来た。
で、先日、なにを言うかと思ったら、「バッテリーを新しいのに換えたい」と。
「え? まだ、乗るのですか? (ーー;)」
ということで、ネットで安く買えないか検索。
神戸の自転車専門ネット販売店にオーダーし、昨日、配達されたので交換・充電してあげました。
これで今シーズンもまた坂を登って熱心に家庭菜園に通うことでしょう。
そういえば、三年経過して株が消えたかと思ったルバーブの芽が出てすでに葉が展開していました。さすがはシベリア原産。デジカメを持参しておらず携帯カメラで撮りましたので色が気に入りませんがUP。

(iTuneのインターネット・ラジオ、ビートルズ専門局でThe BeatlesのJulia、Back to The USSRなどを聴きながら)
ほかにレタス15株、グリーン・ボール・キャベツ15株を植え、土をかけてあった独活を掘る。掘り立ての独活の皮を剥き、生のままマヨネーズ、またはドレッシングでいただく。柔らかく、甘くて、おいしい。
そういえばこの八十ン歳の母親、いまだに電動自転車に乗って町内半径1kmに買い物に出かけるのだが、購入以来6年目にかかっていよいよバッテリーが瀕死の状況となり暴走できなくなって来た。
で、先日、なにを言うかと思ったら、「バッテリーを新しいのに換えたい」と。
「え? まだ、乗るのですか? (ーー;)」
ということで、ネットで安く買えないか検索。
神戸の自転車専門ネット販売店にオーダーし、昨日、配達されたので交換・充電してあげました。
これで今シーズンもまた坂を登って熱心に家庭菜園に通うことでしょう。
そういえば、三年経過して株が消えたかと思ったルバーブの芽が出てすでに葉が展開していました。さすがはシベリア原産。デジカメを持参しておらず携帯カメラで撮りましたので色が気に入りませんがUP。
(iTuneのインターネット・ラジオ、ビートルズ専門局でThe BeatlesのJulia、Back to The USSRなどを聴きながら)
2007年4月8日日曜日
ひとりずつ順に居なくなる
6日に亡くなられたTさんの葬儀は密葬ということになった、葬儀に参列、焼香できないというのは彼がいなくなったことを実感できないままに日が過ぎてゆくことになるが、来月、偲ぶ会がもたれるようなので、それはそれでいいか。
昨日はまた、一軒おいた隣のおじさんが亡くなった。酒好きで飲むとうるさいひとだったが、飲んで就寝直後にくも膜下出血で亡くなった。ぴんぴんしていて酒も飲み、ころりと逝った感じである。明後日、9日は葬儀手伝いでほぼ一日つぶれる。
同人誌の表紙、表と背と裏と一枚で作成しなければならないと思い込んでいて、A4までしか印刷できないレーザー・プリンタなので蒼くなっていたが、表、裏、背、それぞれ別でも良いことが判り安堵。もうちょっと。印刷にムラが出て来たのでトナーを買いに行かないと。トナーを交換したら校正を出す。
昨日はまた、一軒おいた隣のおじさんが亡くなった。酒好きで飲むとうるさいひとだったが、飲んで就寝直後にくも膜下出血で亡くなった。ぴんぴんしていて酒も飲み、ころりと逝った感じである。明後日、9日は葬儀手伝いでほぼ一日つぶれる。
同人誌の表紙、表と背と裏と一枚で作成しなければならないと思い込んでいて、A4までしか印刷できないレーザー・プリンタなので蒼くなっていたが、表、裏、背、それぞれ別でも良いことが判り安堵。もうちょっと。印刷にムラが出て来たのでトナーを買いに行かないと。トナーを交換したら校正を出す。
2007年4月7日土曜日
石の墓誌より紙の碑
県内の文芸誌「科野作家」の主宰者、Tさんが午前一時頃亡くなられたというメールが「科野作家」発行人のK氏から着信していた。
コテコテの私小説派で、私の目には矛盾だらけのひとだったが、本人としては生きることと書くことの間に何の径庭もないと信じこんでいるようなひとであり、思うように生きて、思うように書いて、とても幸せなひとであったと思う。
Tさんはいなくなっても、彼の書いた小説の中では彼がぶつぶつつぶやいています。(やはり私小説の方が得だね、Tさん、(^_^;) )
私も復刊当時の「科野作家」には何年か同人として参加していて、発行ごとの合評と酒はとても楽しかった。
すでに編集人、発行人を他の人に任せていたので「科野作家」は存続する。
「俺には天国も地獄もない」
と言われたそうですが、書かれた多くの小説の中で、あのはにかみ顔で今も今後もぼそぼそとつぶやきつづけるでしょう。
物書きに相応しいのは石の墓誌ではなく、小説と言う名の紙の碑だとほんとうにつくづく思います。
コテコテの私小説派で、私の目には矛盾だらけのひとだったが、本人としては生きることと書くことの間に何の径庭もないと信じこんでいるようなひとであり、思うように生きて、思うように書いて、とても幸せなひとであったと思う。
Tさんはいなくなっても、彼の書いた小説の中では彼がぶつぶつつぶやいています。(やはり私小説の方が得だね、Tさん、(^_^;) )
私も復刊当時の「科野作家」には何年か同人として参加していて、発行ごとの合評と酒はとても楽しかった。
すでに編集人、発行人を他の人に任せていたので「科野作家」は存続する。
「俺には天国も地獄もない」
と言われたそうですが、書かれた多くの小説の中で、あのはにかみ顔で今も今後もぼそぼそとつぶやきつづけるでしょう。
物書きに相応しいのは石の墓誌ではなく、小説と言う名の紙の碑だとほんとうにつくづく思います。
2007年4月6日金曜日
罪悪感と緊張感、2倍2倍
同人誌の原稿、6作品の本文だけで156頁、諸々含めると172頁。久しぶりに厚く、郵送料が嵩みそうって、妙に非文学的な心配をしています。
作品ごとのレイアウトはほぼ終了したのでいつでも校正に出せるが、4月後半は5月連休のわれわれとは別の同人誌イベントで印刷会社が忙しいだろうから、その後の印刷製本を想定すると慌てる必要もないような気がいたします。
初めて印刷会社を変えるので、罪悪感と緊張感を2倍2倍に感じております。そろそろ、これまで39号もお世話になった印刷所にせめて手書きの礼状兼詫び状を入れないと……。
ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
やはりカットを入れてみたく、あるペン画をアップしているウェブサイトの管理者にメールを送信。でも期待する返信が来ないような気もします。だめだったら木口木版のあの方の消息を追ってみる?
残るは編集後記。
だが~~、作品を読まずに編集後記だけにいちゃもん付ける御仁が居られますので、書きたくないですwi。
作品ごとのレイアウトはほぼ終了したのでいつでも校正に出せるが、4月後半は5月連休のわれわれとは別の同人誌イベントで印刷会社が忙しいだろうから、その後の印刷製本を想定すると慌てる必要もないような気がいたします。
初めて印刷会社を変えるので、罪悪感と緊張感を2倍2倍に感じております。そろそろ、これまで39号もお世話になった印刷所にせめて手書きの礼状兼詫び状を入れないと……。
やはりカットを入れてみたく、あるペン画をアップしているウェブサイトの管理者にメールを送信。でも期待する返信が来ないような気もします。だめだったら木口木版のあの方の消息を追ってみる?
残るは編集後記。
だが~~、作品を読まずに編集後記だけにいちゃもん付ける御仁が居られますので、書きたくないですwi。
2007年4月5日木曜日
カットの是非
同人誌の、創刊以来40号分の総目次を作成、8ポイントで4頁に収める。8ポはやや読みにくいが4頁ぴったりで収めるのは神業(嘘々)。
編集後記も書かねばならないが、40号の節目にも自作を出さなかったので書きにくい。
カットを入れたいのだが、カット自体の選定がむずかしい。
下手なカットを入れるとかえって作品の雰囲気を壊してしまう可能性大。
カットを入れないとすると、各編の文末で揃える方法はやめて従来の方法に戻すことになる。
クノー『はまむぎ』到着。
例の渦巻きの装丁の新装版ではなく、デカルコマニーを使用した野中ユリさん装幀の旧版の方なので、なお結構。
編集後記も書かねばならないが、40号の節目にも自作を出さなかったので書きにくい。
カットを入れたいのだが、カット自体の選定がむずかしい。
下手なカットを入れるとかえって作品の雰囲気を壊してしまう可能性大。
カットを入れないとすると、各編の文末で揃える方法はやめて従来の方法に戻すことになる。
クノー『はまむぎ』到着。
例の渦巻きの装丁の新装版ではなく、デカルコマニーを使用した野中ユリさん装幀の旧版の方なので、なお結構。
2007年4月4日水曜日
記憶喪失?
31日に注文した「ジャリ詩集」が届いた(左)。
内容を見ると、やはり同じ思潮社から同じ訳者で出ている、J-H・ルヴェスク『アルフレッド・ジャリ』(セリ・ポエティックⅣ・右)に収録されている詩と相当数重複している。ただ、微妙にお互いに無いものもある。しかも発行年月日が、左が1968年9月1日、右が1969年5月15日で、その間八ヶ月半しかない。どうも不思議な発行の仕方ではあります。
が、アルフレッド・ジャリ・オタクとしては、現物を確保できただけで満足としよう。アンドレ・ブルトンの「アルフレッド・ジャリ」という文章も訳出されている。

二冊とも訳者は宮川明子さんだが、『オディール』( レーモン・クノー、 宮川 明子訳・ 2003/2)もそうである。
クノーといえば、ある古書店から『はまむぎ』を確保しましたというメールが入っていた。???
あれ? いつ、注文したんだっけ?…… 記憶が定かでございません。メール便だと一日ずれるから、明日配達されるかもしれない。
『イカロスの飛行』もAmazonに安いのが出ている。
ネット古書店主だったら、速攻で買いに出るんですが……。
この頃、むやみに趣味に走った古書買いをしています。 ストレス解消でしょうか。
もうひとつだけ注文したら、仕事と編集だけに集中いたします。
内容を見ると、やはり同じ思潮社から同じ訳者で出ている、J-H・ルヴェスク『アルフレッド・ジャリ』(セリ・ポエティックⅣ・右)に収録されている詩と相当数重複している。ただ、微妙にお互いに無いものもある。しかも発行年月日が、左が1968年9月1日、右が1969年5月15日で、その間八ヶ月半しかない。どうも不思議な発行の仕方ではあります。
が、アルフレッド・ジャリ・オタクとしては、現物を確保できただけで満足としよう。アンドレ・ブルトンの「アルフレッド・ジャリ」という文章も訳出されている。
二冊とも訳者は宮川明子さんだが、『オディール』( レーモン・クノー、 宮川 明子訳・ 2003/2)もそうである。
クノーといえば、ある古書店から『はまむぎ』を確保しましたというメールが入っていた。???
あれ? いつ、注文したんだっけ?…… 記憶が定かでございません。メール便だと一日ずれるから、明日配達されるかもしれない。
『イカロスの飛行』もAmazonに安いのが出ている。
ネット古書店主だったら、速攻で買いに出るんですが……。
この頃、むやみに趣味に走った古書買いをしています。 ストレス解消でしょうか。
もうひとつだけ注文したら、仕事と編集だけに集中いたします。
2007年4月3日火曜日
不安と不穏
ゲオルク・ビューヒナーで検索した時だったか、あるブログに注目してRSSリーダーに登録したが、更新はほとんどされないままだった。ハンドル・ネームがクロエだなんて、『ダフニスとクロエ』からか、ボリス・ヴィアンの『日々の泡』のクロエからか、泣かせるではありませんか。ただし、残念なことにトラックバックもコメントも受け付けない設定になっていて、ただただ更新を待ち、「見てるだけ~」に徹するほかはないようです。これもまた潔いではありませんか。
このブログが、昨日、ほんとうに久しぶりにRSSリーダーに反応があったので行ってみました。ここ。
フェルディナンド・ペソアの名があって、『不安の書―リスボン市に住む帳簿係補佐ベルナルド・ソアレスの』という本が出たのだそうだ。5040円! またしても、高!
その未知の作家の名をぼそぼそつぶやいていたら、配偶者がそれはポルトガルの詩人で以前、現代詩手帖で特集が組まれたことがあると言う。
(お、そうなのか、たまには役に立ちますな)その現代詩手帖をすぐ持って来て!
1996年6月号でした。
『不安の書』のほかに『不穏の書』という本も書かれ、翻訳出版されているのですね
「不安」と「不穏」……魅かれてしまいそうです。
ほかに『ポルトガルの海―フェルディナンド・ペソア詩選』という本も。
本日また、999円の値段の5倍くらい美味しいウソにもピュア・モルトだそうな地ウイスキー、「軽井沢倶楽部」を3本購入。軽井沢蒸留所という呼称が笑わせますが、軽井沢町ではなく西隣の御代田町にあり、メルシャン軽井沢美術館が併設されていて、冬季は閉館していますが今月は開館するのではないでしょうか。
あ、4月14日開館で「生きる喜び 素朴絵画の世界 アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス展 」だそうです。
このブログが、昨日、ほんとうに久しぶりにRSSリーダーに反応があったので行ってみました。ここ。
フェルディナンド・ペソアの名があって、『不安の書―リスボン市に住む帳簿係補佐ベルナルド・ソアレスの』という本が出たのだそうだ。5040円! またしても、高!
その未知の作家の名をぼそぼそつぶやいていたら、配偶者がそれはポルトガルの詩人で以前、現代詩手帖で特集が組まれたことがあると言う。
(お、そうなのか、たまには役に立ちますな)その現代詩手帖をすぐ持って来て!
1996年6月号でした。
『不安の書』のほかに『不穏の書』という本も書かれ、翻訳出版されているのですね
「不安」と「不穏」……魅かれてしまいそうです。
ほかに『ポルトガルの海―フェルディナンド・ペソア詩選』という本も。
本日また、999円の値段の5倍くらい美味しいウソにもピュア・モルトだそうな地ウイスキー、「軽井沢倶楽部」を3本購入。軽井沢蒸留所という呼称が笑わせますが、軽井沢町ではなく西隣の御代田町にあり、メルシャン軽井沢美術館が併設されていて、冬季は閉館していますが今月は開館するのではないでしょうか。
あ、4月14日開館で「生きる喜び 素朴絵画の世界 アンドレ・ボーシャンとグランマ・モーゼス展 」だそうです。
2007年4月2日月曜日
忙殺と魂の粉飾決算の春、あるいはパタフィジック
いよいよ、土曜も日曜もない忙殺の春の始まり。体がまだ慣れて来ていないが、少しは動きが軽くなった。
先日のクノーの2冊。

「わが友ピエロ」が入っている「現代フランス文学13人集」が800円。
「グラングラン祭」と「地下鉄のザジ」が収録されている新集世界の文学43が500円。
しかし、6月以降にならないと読めないだろう。
レーモン・クノー、ボリス・ヴィアン、ジャック・プレヴェール。
三人ともそれぞれが仲の良い友達で、コレージュ・ド・パタフィジックの会員。
そういえば、3月6日に書いた、スペイン出身のギタリスト、セバスチャン・マロトがプレヴェールの新旧の詩集から選んだ詩に曲を付け、妻であるブルターニュの音楽教師ゼットが歌った『ジャック・プレヴェール、12の新しい歌』のCDのなかの一曲、「恋歌」をまだ聴いている。このCD、何とか入手する方策を考えよう。
文芸同人誌の表紙デザイン、何とか目鼻がついてきた。印刷所を変更するのだから少しはイメージ・チェンジしたいとイラスト、ペン画、銅版画などを探したが、イメージに合うものは無償や寸志では済まないと思われ、また無償や寸志で済むであろうものはこちらが今ひとつ気持ちが入らない。
結局、モノクロ写真を使用して文字は墨、画像は褐色系の2色刷りを念頭に置く。
本文レイアウトと表紙デザインが一応の決着をみれば、残る問題はひとつ。
これがいちばんの難題。
小説も詩もあらゆる芸術も哲学もただの魂の粉飾決算に過ぎないのだという、あの、押し寄せては消え消えては押し寄せる魔のリフレインと、もう小説は書かないという宣言をし、ただの編集発行人になってしまえというローレライ(もしくはサイレーン)の妖しげな誘惑。
先日のクノーの2冊。
「わが友ピエロ」が入っている「現代フランス文学13人集」が800円。
「グラングラン祭」と「地下鉄のザジ」が収録されている新集世界の文学43が500円。
しかし、6月以降にならないと読めないだろう。
レーモン・クノー、ボリス・ヴィアン、ジャック・プレヴェール。
三人ともそれぞれが仲の良い友達で、コレージュ・ド・パタフィジックの会員。
そういえば、3月6日に書いた、スペイン出身のギタリスト、セバスチャン・マロトがプレヴェールの新旧の詩集から選んだ詩に曲を付け、妻であるブルターニュの音楽教師ゼットが歌った『ジャック・プレヴェール、12の新しい歌』のCDのなかの一曲、「恋歌」をまだ聴いている。このCD、何とか入手する方策を考えよう。
文芸同人誌の表紙デザイン、何とか目鼻がついてきた。印刷所を変更するのだから少しはイメージ・チェンジしたいとイラスト、ペン画、銅版画などを探したが、イメージに合うものは無償や寸志では済まないと思われ、また無償や寸志で済むであろうものはこちらが今ひとつ気持ちが入らない。
結局、モノクロ写真を使用して文字は墨、画像は褐色系の2色刷りを念頭に置く。
本文レイアウトと表紙デザインが一応の決着をみれば、残る問題はひとつ。
これがいちばんの難題。
小説も詩もあらゆる芸術も哲学もただの魂の粉飾決算に過ぎないのだという、あの、押し寄せては消え消えては押し寄せる魔のリフレインと、もう小説は書かないという宣言をし、ただの編集発行人になってしまえというローレライ(もしくはサイレーン)の妖しげな誘惑。
2007年4月1日日曜日
同人誌がマイナーであることの意味
その名前はあえて書かないが、Lydwineさんのブログで書かれている雑誌、以前から知ってはいるがその性格がよく分からない。雑誌は田舎では発行元に郵送依頼するほかに手立てはないので手にしたこともない。
以前、知人がそこの文学賞に応募していい線まで行ったということだったので、ウェブページを見てみたことがあった。見てみたら、ますます性格が分からなくなった。
今、また見に行ってみたら、賞がさらに増えていたり、雑誌が増えていたりして、ますます分からなくなってしまいました。
何のためにこういう雑誌を出し、こういう賞を公募しているのか、理念が見えてこないのです。何かほかに目的があるのかと勘ぐりたくなるくらい。
それにしても、私も髪が白くはなって来ているが、こういう年齢制限のある文学賞には間違っても応募したくないです。一次予選落ちでもいいから、年齢性別職業貧富の差など一切制限なしの賞に応募したいものですね。
マイナーな文芸同人誌ではありますが、きちんと対象となる作品をみつめての批評であればいいですが、対象をきちんと見つめず、自分の都合のいいように読み替えてしまうような感想は要りませんね。
明日にも潰れそうなマイナーな文芸同人誌でも、それなりの矜持はあります。
ジャリ詩集(宮川明子・編訳、思潮社古典選書、昭和43年)いちばん安いのをオーダー。内容はすでに持っているセリ・ポエテイック「アルフレッド・ジャリ」(ジャック=アンリ・レヴェスク編 宮川明子訳、思潮社、1969) と、収録されている詩のほとんどか全部が重複しているものと推測されるが、本としては別物であるからして、Go!
それから、欲しい作家の「全短編(上下2巻)」が、ついに古書として登場! 待ってました。
************************************************
そういえば、ここで書いておこうかな。
数年前に、ある合同合評会の一分科会の司会をいたしました。
後に控えた懇親会のために、合評会はたった一時間で三作、つまり一作を20分でこなすという無理のある設定のため、司会進行の下手な私としては冷や汗まじりでしたが何とか終了。
しかし、翌日の夜に合評対象の作品を書かれたご婦人から抗議の電話を頂戴。あるひとに批評が気に入らないらしいのだが、ついにそのひとの個人攻撃まで初めて延々の悪口雑言。
どうやらそのご婦人の所属する同人誌は、誉めるばかりで作品の悪いところは一切指摘しないという、ヘンな合評会しかしていないらしいので、批評耐性がまったく無い。だからきちんと批評をされただけでパニックになり、自分が全否定されたみたいに大騒ぎするらしい。すると攻撃的なまでの他者否定に走るのである。
そんな訳で、ことしも司会を持ちかけられたが、わたしは毅然とお断り申し上げた。つまらん合評の司会をするくらいなら、居眠りしていた方がましである。
というか、行かない方がましか。
もはや相互批評の場ではなく、ただの親睦の場に成り下がってしまったみたいだし。それでは酒も不味いし、健康によろしくない。
以前、知人がそこの文学賞に応募していい線まで行ったということだったので、ウェブページを見てみたことがあった。見てみたら、ますます性格が分からなくなった。
今、また見に行ってみたら、賞がさらに増えていたり、雑誌が増えていたりして、ますます分からなくなってしまいました。
何のためにこういう雑誌を出し、こういう賞を公募しているのか、理念が見えてこないのです。何かほかに目的があるのかと勘ぐりたくなるくらい。
それにしても、私も髪が白くはなって来ているが、こういう年齢制限のある文学賞には間違っても応募したくないです。一次予選落ちでもいいから、年齢性別職業貧富の差など一切制限なしの賞に応募したいものですね。
マイナーな文芸同人誌ではありますが、きちんと対象となる作品をみつめての批評であればいいですが、対象をきちんと見つめず、自分の都合のいいように読み替えてしまうような感想は要りませんね。
明日にも潰れそうなマイナーな文芸同人誌でも、それなりの矜持はあります。
ジャリ詩集(宮川明子・編訳、思潮社古典選書、昭和43年)いちばん安いのをオーダー。内容はすでに持っているセリ・ポエテイック「アルフレッド・ジャリ」(ジャック=アンリ・レヴェスク編 宮川明子訳、思潮社、1969) と、収録されている詩のほとんどか全部が重複しているものと推測されるが、本としては別物であるからして、Go!
それから、欲しい作家の「全短編(上下2巻)」が、ついに古書として登場! 待ってました。
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そういえば、ここで書いておこうかな。
数年前に、ある合同合評会の一分科会の司会をいたしました。
後に控えた懇親会のために、合評会はたった一時間で三作、つまり一作を20分でこなすという無理のある設定のため、司会進行の下手な私としては冷や汗まじりでしたが何とか終了。
しかし、翌日の夜に合評対象の作品を書かれたご婦人から抗議の電話を頂戴。あるひとに批評が気に入らないらしいのだが、ついにそのひとの個人攻撃まで初めて延々の悪口雑言。
どうやらそのご婦人の所属する同人誌は、誉めるばかりで作品の悪いところは一切指摘しないという、ヘンな合評会しかしていないらしいので、批評耐性がまったく無い。だからきちんと批評をされただけでパニックになり、自分が全否定されたみたいに大騒ぎするらしい。すると攻撃的なまでの他者否定に走るのである。
そんな訳で、ことしも司会を持ちかけられたが、わたしは毅然とお断り申し上げた。つまらん合評の司会をするくらいなら、居眠りしていた方がましである。
というか、行かない方がましか。
もはや相互批評の場ではなく、ただの親睦の場に成り下がってしまったみたいだし。それでは酒も不味いし、健康によろしくない。
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