2011年9月29日木曜日

OUT

 校正がすべて戻って来たので、いよいよ最終レイアウト作業に入らなければならない。自家用米の稲刈りだの、ソバ刈りだの、脱穀だのが控えているので、早くに印刷所送りにしなければ。
 自分のものはただのフラグメントをそのまま放り出す感じ。
 ひとつの統一された人格の主人公であるとか、ひとつのまとまった時間の流れであるとか、小説としてのまとまりを一切欠いていて、もう物書きとしてOUTである。あえて言えばカフカの断片みたいのを書きたい? あれは小説ではないよな。


2011年9月26日月曜日

珍しく遊山

 妻に脅迫されて(嘘)、家族で昨年の今頃行った日帰り温泉へ。昼前から温泉に浸かって露天風呂でぽかんと口を開けて青空を仰ぎ、大広間で生ビールなど飲んでいると、自分が誰で何をしようとしているのかも忘れてしまいそうで困りました。
 妻が売店で「野沢菜、わさびマヨネーズ、信州限定ばかうけ」なるスナック菓子を購入。帰宅後試食してみたら、野沢菜は実感できないがわさびマヨネーズが強烈。これはお酒のおつまみです。

2011年9月20日火曜日

Xmas Lima Beans

 昨年度は豆類がひどい不作だったが今年は先ず先ずの出来らしい。
 Xmas Lima Beansも鞘が乾いてきて、だいぶ収穫できた。

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2011年9月17日土曜日

ほくほくとやれやれとおお

 先日の一泊二日の在来種見学ツアーの見学先で、実は思いがけず、小さめながらもマツタケを3本頂戴してしまいました。そこで今日はマツタケご飯と思いましたが、母は面倒くさそうだし妻は帰りが遅いしで、結局は自分でネットでレシピを調べて、京都の料亭の料理長のレシピで出汁などを作り、マツタケを薄切りにして炊き込んでみました。香りを楽しみたければ細かく刻み、味を楽しみたければ大きめにスライスしてと書かれていたので、微妙にその中間を狙った欲張りな切り方をしました(て、どんな切り方?)。
 数年に一度くらいしか食べませんので、味を忘れないようにメタボを恐れずしっかりと食べておきました。
 いただいたKさん、おいしくいただきました。ありがとうございました。

 個人的理由で何かと遅れがちで焦るばかりだが、ようやく同人誌3号の表紙レイアウト作業が終了した。用いるフォントサイズなど、基本的なデータをメモしておけばいいのだが、生まれつきいい加減な性格なのでやることがアバウトで、あとで後悔します。
 校正刷りの送付も明日にはしたいものですが、明日は土曜日?

 Hさんの隠しページをのぞいてみたら、おお、寒いうちにお送りした「福耳」という中辛唐辛子の種が無事発芽成長して、ついに収穫され、それで青椒肉絲を作られた模様。
 そうか、福耳で青椒肉絲は確かにピーマンより格段おいしいかも。
 我が家の家人たちはあまり辛いものに強くないので収穫せずにどんどん大きくなった「福耳」はスーパージャンボで、それゆえにちょっと固めだが辛味も強い。明日の夕食は我が家も福耳を使った辛目の青椒肉絲を作って、ビールなどいただきましょう!!

2011年9月12日月曜日

没にすればすっきりするのだが

 自分が編集発行人を務める文芸同人誌の3号のレイアウトを終了し、プリントアウトした。
 近日中に一泊二日で外泊することがあるので、万一眠れない場合には校正作業をするのがいちばんなので、鞄に入れて行こうと思い印刷にかけたのだった。
 そのうち、自分のがいちばん気に入らない。没にすればすっきりするのだが、同人数が少ないのでそれが出来ないのがつらい。

2011年9月11日日曜日

すれからしの言葉しか出て来ない

午後、ほんとうに久しぶりに新幹線駅近くのショッピングセンターへでかけた。ふだんは混雑を嫌って足を向けないのだが、久しぶりに行って驚いた。土日の旧商店街はそれこそゴーストタウンで老人の姿さえ見えないのだけど、ここには子どもたちや若者、都会風のお姉さんたちまでガヤガヤしている。スターバックスもここにはあって、何と満席に近い。
妻の勧めで綿パンを一本買ったが裾直しが一時間後だというので、食料品を買うのに付き合って、さらにふたりで書店で時間調整していて、結局以下の2冊を購入してしまった。
「地上の見知らぬ少年」J・M・G・ル・クレジオ 河出書房新社 2800円「信州蕎麦ごのみ」山口美緒 信濃毎日新聞社 1400円

ル・クレジオの本は発行されたことを知った時から欲しいと思っていたので、よかった。書き出しからして泣かせる。

いつまでも、どこまでも、ぼくはあなたに話していたい。ただ単に言葉でしかない言葉ではなく、大空にまで、彼方にまで、海にまで至るような言葉で。


 ガーン。すれからしの言葉しか出て来ない私に比べて、何と無垢な言葉かと打ちのめされてしまいそう。
 腰巻にはこういう言葉が印刷されている。
どこか私でもあり、おそらくはあなたでもあります。あてもなくぶらつき、理屈抜きでものごとを見つめる人なのです――ル・クレジオ

 小説の起源を遡ってゆくと叙事詩に行き当たるというのが実感される小説だ。

追記

 訳者あとがきによれば、本書は「海を見たことがなかった少年」と並行して書かれた長編エッセイである、と。
 へえ、そうだったんですか。
 小説であれエッセイであれ、ル・クレジオの思考や感性の動くままに書かれたエクリチュールであることに間違いはない。ジャンル分けなど無意味な領域の、純度が極めて高いエクリチュールである。

2011年9月10日土曜日

花を折る理由

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 忘れ物を取りに行って、たまたま暗くなる寸前のソバ畑に行った。
 花は満開で小さな白い花がびっしり咲いており、その畑全体のソバの花の満開が少しの風でゆらゆら揺れている。さらにもう一陣の風が吹いた。
 なぜか、首筋がぞっとした。少し先に、棒切れを振り回して、道路際のソバの花や茎を切り落としている女性の姿が見えたのだった。肩よりまだ先に伸びた髪を振り乱して、私が丹精して育てているソバの茎や花を切りおとしている。
 私は背後からそっと近寄り、女性が棒を振り回している右手が静止した瞬間を狙って、両手で女性の手首をつかまえた。
「何をしているんですか」
 言いながら、私は彼女の顔を見た。女性も私の顔を見た。そして、「あ、ごめんなさい」と言った。
 女性は知らない人ではなかった。同じ町内に住んでいて、確か私の妻と同じ高校を卒業しているはずだった。
「なぜ、こんなことをするんですか?」
「済みません、赦して下さい」
「私のそば畑だと知っていて私のそばを棒で叩いて傷めていたんですね」
「そうじゃないんです」
「私がK子の夫だと知っていて故意にですよね」

��つづく)


2011年9月7日水曜日

生きることも書くことも

 そうやって何らかのAction(言動)をすること自体が自己の存在を証明することにほかならないのだから、モウ少シ頑張ラナクテハイケナイ、と思う。