ネットでのボランティア作業に時間が取られ、どうにもブログの更新がままなりません。
そのボランティア作業も、作業をしやすくするためにネット上のデータをExcelにコピーして行っているのですが、数日前に60件、今日は55件、作業中のExcelデータを、保存せずに閉じてしまい、消失してしまいました。
見たら、Excelの自動保存のチェックが外れていましたので、自動保存されるようにチェックを入れました。
そういえば、ずっと以前、定期的に「保存しますか」と訊かれて鬱陶しいので、自分で自動保存しないようにしてしまったのでした。
2011年6月25日土曜日
2011年6月19日日曜日
2011年6月18日土曜日
夜がもっと長ければいいのに
ふたつのボランティア作業が重なって、夜の余暇がすべて吸収されている。ひとつはいつもの薄い雑誌のレイアウトで、本文はすでにレイアウトが済んで校正に出ているし、あとは表紙のイメージが残っているだけなので、じきに片がつくはず。
問題はもう一方で、ネット上のイベントの裏方なのであと一ヵ月後の開会までは毎晩パソコンとにらめっこになる。ボランティア・スタッフがちょっと少ない感じがする。
という訳で更新が少ないかもしれませんし、原稿締め切り、またパスできないし......夜がもっと長ければいいのに。
問題はもう一方で、ネット上のイベントの裏方なのであと一ヵ月後の開会までは毎晩パソコンとにらめっこになる。ボランティア・スタッフがちょっと少ない感じがする。
という訳で更新が少ないかもしれませんし、原稿締め切り、またパスできないし......夜がもっと長ければいいのに。
2011年6月16日木曜日
この頃、夜が短い
毎月15日の夜恒例の赤提灯からまっすぐ帰れず、5名でスナックに流れたのはいいのだけど、歌いたくないと言っているのにカラオケを歌わされた。仕方ないので「川花火」を歌おうとしたら無いというので、金子由香利の「時は過ぎ行く」を歌ったが、出だしから音程がとれず、悲惨。
むやみに夜にする作業が増えて、まとまった時間が取れないなか、書き出しのイメージだけは何とかしようと必死。
今回は主人公は男である。書き出しはパソコンなり読書なりしている隣で、なにやらわめいている女性がいる。
何だかな、安吾の「竹薮の家」の冒頭場面の女の罵倒が耳の中で反響して真似になってしまいそうなので、何とか変えなくては。
そうじゃないとますます、奇を衒ってアトラクションのモンタージュをしたがっているようで、いやらしい。
むやみに夜にする作業が増えて、まとまった時間が取れないなか、書き出しのイメージだけは何とかしようと必死。
今回は主人公は男である。書き出しはパソコンなり読書なりしている隣で、なにやらわめいている女性がいる。
何だかな、安吾の「竹薮の家」の冒頭場面の女の罵倒が耳の中で反響して真似になってしまいそうなので、何とか変えなくては。
そうじゃないとますます、奇を衒ってアトラクションのモンタージュをしたがっているようで、いやらしい。
2011年6月13日月曜日
2011年6月11日土曜日
好事魔多し
今年のソバ栽培の助っ人をお願いしてあったM君がもう二月も腹痛に苦しんでいて、ようやく病院の診察を受けたという。家まで行って腹痛の原因が判明するまで病院へ通うように言って来た。
それにしても、助っ人無しであの広い畑、どうしよう。Tさんが必要なだけの収穫があればいいのだから、思い切って面積縮小するほかないか。そのTさん、今日、整形外科を無事退院して帰宅。しばらく休養してから、いよいよ本来の治療が始まる。
ウェブ上のイベントのボランティア作業、いつもの雑誌のボランティア編集作業など、夜なべ仕事が多くなりましたので、ブログ更新を少し怠るかもしれません。
それにしても、助っ人無しであの広い畑、どうしよう。Tさんが必要なだけの収穫があればいいのだから、思い切って面積縮小するほかないか。そのTさん、今日、整形外科を無事退院して帰宅。しばらく休養してから、いよいよ本来の治療が始まる。
ウェブ上のイベントのボランティア作業、いつもの雑誌のボランティア編集作業など、夜なべ仕事が多くなりましたので、ブログ更新を少し怠るかもしれません。
2011年6月9日木曜日
それは小説じゃないだろうという声
久しぶりに小説用のテンプレートを開いてみた。昔は紙の原稿用紙の向こうに書きたい光景が最初から見えていたものだが、今では何も見えない。きちんと楽譜を書いてから書き始めたものだったが、今では、人物像だけをイメージし、あとは何の構成も予見もなしに書き出そうとする。だから難破する。
小説からストーリーを排除したら、それは小説じゃないだろうという声が聞こえて来そう。お説の通りですと認めて引き下がる?
そうか、Twitterでもうひとつアカウントを取得し、そこで140文字ずつ小説を書き続けるという、そういう危ない方法も考えられないことはない。
たとえば「私」という「一人称」で私が「私小説」を書くとすれば、浮気が妻にバレて展開されるその確執や修羅場を描くなどという、気色悪く古色蒼然とした「私小説」などには決してならない自信はある。そういう外側に展開されるストーリーではなく、思考や感覚のロマン。それがめざす小説なのだけど。
それはこの上なく理解しがたく、されがたい。
今夜もフランスの某視聴サイトにアクセスし、 Bill evans: turn out the stars/the final village vanguard recordings june 1980 を聴く。といってもこのアルバム、58曲入りで総演奏時間が6時間37分。録音ソフトもフリーウェア版では録音しきれないからただ聴き放し。というか、ひと晩で全曲聴くのは不可能なので、ほぼBGMな感じで、聴きながらパソコンでは別の作業をしている。
ぎゃ、30粒ほど播いたギガンテス・ジャイアント・ホワイト・ライマビーンズという豆の種が、低温のためほとんど腐って発芽せず、芽が出たのはわずかに二つだけ。ふた株でも種子用は確保できると前向きに考えよう。
T中さんから12日にrhubarb研究会どう? という電話。OKの返事をしておく。といっても二人だけの研究会。
小説からストーリーを排除したら、それは小説じゃないだろうという声が聞こえて来そう。お説の通りですと認めて引き下がる?
そうか、Twitterでもうひとつアカウントを取得し、そこで140文字ずつ小説を書き続けるという、そういう危ない方法も考えられないことはない。
たとえば「私」という「一人称」で私が「私小説」を書くとすれば、浮気が妻にバレて展開されるその確執や修羅場を描くなどという、気色悪く古色蒼然とした「私小説」などには決してならない自信はある。そういう外側に展開されるストーリーではなく、思考や感覚のロマン。それがめざす小説なのだけど。
それはこの上なく理解しがたく、されがたい。
今夜もフランスの某視聴サイトにアクセスし、 Bill evans: turn out the stars/the final village vanguard recordings june 1980 を聴く。といってもこのアルバム、58曲入りで総演奏時間が6時間37分。録音ソフトもフリーウェア版では録音しきれないからただ聴き放し。というか、ひと晩で全曲聴くのは不可能なので、ほぼBGMな感じで、聴きながらパソコンでは別の作業をしている。
ぎゃ、30粒ほど播いたギガンテス・ジャイアント・ホワイト・ライマビーンズという豆の種が、低温のためほとんど腐って発芽せず、芽が出たのはわずかに二つだけ。ふた株でも種子用は確保できると前向きに考えよう。
T中さんから12日にrhubarb研究会どう? という電話。OKの返事をしておく。といっても二人だけの研究会。
2011年6月7日火曜日
矛盾
しばらく前に、背景に音楽が流れている小説を書いたが、紙の雑誌では音楽は再生できない。それが電子ブックでは出来る。技術的にはとうにクリアできているのだが、クリアできないのが音楽著作権。プロでもないアマチュアが誰にも読まれないマイナーな小説に使う曲の著作権料を支払えるはずもない。ただし、自分で作成して自分で読み、曲を再生するだけだったら実現可能だ。
そう、どのように理解されがたい小説も、自己内だけだったらあっさり実現可能だと、今、気づいた。
でも、自己内だけということは無いも同然ということ。
他者に読まれてこそ小説であり、文学なのだ(泣)。
そう、どのように理解されがたい小説も、自己内だけだったらあっさり実現可能だと、今、気づいた。
でも、自己内だけということは無いも同然ということ。
他者に読まれてこそ小説であり、文学なのだ(泣)。
2011年6月6日月曜日
短くても山蕗
ずっと低温傾向だったので予測はしていたが、やはり今年の山蕗はまだ細く短く、収穫適期ではなかった。短いが、きゃらぶきの佃煮にするのにどうせ5cmくらいに切るのだから短くてもいいやと、ばあさんたち欲を出して夢中で採り続け、ついでに野生のミツバまで収穫。
私はといえば、写真を撮ったり、ソバを叩いて脱穀するちょうど良い角度と太さの枝を発見してノコギリで切断したり、山の空気を十分吸ったり......。
猪の足跡いっぱいの湿地。
そういえば、十年ほど前に喉を痛めて高熱を発した時、この光景そっくりのせせらぎに丸木を並べた小さな橋が架かっていて、そこにふたりの小人が腰掛け、素足を水に入れながぶらぶら楽しそうに話をしている夢を見、目覚めたら熱が劇的に下がっていたのだった。それを家族に話したら笑われただけだった。この手の話は誰にも話さず自分だけの秘密にしておくべきである。宇宙人に遭遇しても誰にも言ってはいけない。言うと嘘になってしまう。
この場所を少し北側に進んでいったら不意に茶色の丸いものが跳ね上がったのでビックリ。休息していた二ホンジカのこどもが私の気配に驚き、飛び跳ねて逃げていったのだった。猪でなくてよかった。
昼食の時の頭上。
おまけ:
画像はきれいではありませんが、小さな流れが生まれている音を録音してみました。途中、おばちゃんの声も混じっています。
2011年6月5日日曜日
災厄と悪意
われわれの新しい同人誌の2号の発行日が2011年3月15日。東日本大地震の発生が3月11日。
どうも、地震だけでなくあれだけの大津波の実況まで目の当たりにして、しかも原子力発電所の(官房長官曰く)「爆発的事象」(後日ほとぼりが冷めてから「メルト・ダウン」と発表)という、麻生太郎氏いうところの「未曾有(みぞゆう:正しくはみぞう」の災厄を経験させられたので、その圧倒的な現実に虚構が軽く空々しく思えてしまったのか、いつもなら同人から感想が書き込まれるのだが、今回は私自身を含めて誰ひとり仲間の作品に感想・批評を書き込んでいない。私自身もそうなのだから、書き込みがないことを非難するのではない。
「現実は小説より奇なり」と言われてはいるものの、われわれの想像力を超えた災厄を、官僚や学者のように「想定外」と言って済ますことは出来ない。われわれは、どうしても貧弱な想像力を総動員してもこの災厄を超えなければならないのだ。それも言葉を以ってして。
3号の原稿締め切りは7月末のはずだが、そう同人に声をかけていいものだろうか?
日曜日に、老母を含めた姥捨会の面々3名を載せて山へ芝刈り、いや、山蕗採りに連れて行かねばならない模様。うーん、みんな、山へ捨てて来ちゃうぞ~。
月曜のローカル紙三面に「山菜採りの老婆3名が行方不明」なんちゃって、(^_^;)
どうも、地震だけでなくあれだけの大津波の実況まで目の当たりにして、しかも原子力発電所の(官房長官曰く)「爆発的事象」(後日ほとぼりが冷めてから「メルト・ダウン」と発表)という、麻生太郎氏いうところの「未曾有(みぞゆう:正しくはみぞう」の災厄を経験させられたので、その圧倒的な現実に虚構が軽く空々しく思えてしまったのか、いつもなら同人から感想が書き込まれるのだが、今回は私自身を含めて誰ひとり仲間の作品に感想・批評を書き込んでいない。私自身もそうなのだから、書き込みがないことを非難するのではない。
「現実は小説より奇なり」と言われてはいるものの、われわれの想像力を超えた災厄を、官僚や学者のように「想定外」と言って済ますことは出来ない。われわれは、どうしても貧弱な想像力を総動員してもこの災厄を超えなければならないのだ。それも言葉を以ってして。
3号の原稿締め切りは7月末のはずだが、そう同人に声をかけていいものだろうか?
日曜日に、老母を含めた姥捨会の面々3名を載せて山へ芝刈り、いや、山蕗採りに連れて行かねばならない模様。うーん、みんな、山へ捨てて来ちゃうぞ~。
月曜のローカル紙三面に「山菜採りの老婆3名が行方不明」なんちゃって、(^_^;)
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