iPadで電子書籍が読めるということで、そのepubというファイルに急にスポットが当っている。そのepubファイル(それも日本語)をネット上で探して、パソコンで読めないかと思って、調べた。
するとepubで電子出版するウェブサイトがいくつか見つかって、無料と表示されているepubファイルをいくつかダウンロードした。そのファイルをダブルクリックしても読めない。いわゆるReaderが必要だが、iPadやiPhoneのReaderであるiBooksはiPadやiPhoneで使えるだけでiTuneやパソコンでは使えないらしい。iPadやiPhoneを買わないと読めないというのはIT時代に相応しくないいやらしさである。(だいたいインターネットという仕組み自体が、国境も法律も無く情報も無料、という一種のアナーキー(無政府)から成り立っているという面があるのだから、そういう場所でお金を稼ごうとするとこういういやらしい仕組みに頼らざるを得ない。しかし、優秀でボランティア精神に満ちた技術者たちがたちまちそれに対応する無料のアプリケーションを作ってしまう)
と思っていたら、もうブラウザであるFirefoxのアドオンでEPUBReaderというのがあるのだと判った。Firefoxはこのパソコンにもう入っているので、アドオンを追加するのは簡単である。それからAdobeのフリーソフト「Adobe Dijgital Editions」でもepubファイルを読めるというのでダウンロードし、インストールした。
そしてダウンロードした無料日本語epub電子書籍を開いてみた。
ギャあ! 確かに縦書きで電子本風ではありますが、そのフォントのお粗末さ。これではウェブ上で見る日本語縦書きのページのフォントと同じではありませんか。
私は、印刷されたページに近いものが電子本としてウェブ上に上梓されていると思っていましたので、このフォントを見ただけで絶望してしまいました。
考えてみればepubの本文自体がXHTMLとかいうのでウェブで通用するフォントで表示されて当然かもしれない。
などど考えつつ別のepub文書でツイッターでの短歌を集めたらしい合同歌集を開いたら、それは印刷用とおぼしきフォントで縦書きされているではありませんか。うーん、小説もこんな感じの電子本にできたらいいなあ、と思ったのだけど、まてよ、これはひょっとするとPDFなのかなと画面上で右クリックしてみたら、ありゃ、「名前をつけて画像を保存」があるではありませんか。そこをクリックして保存したファイルの拡張子を見たら「jpg」、やはり画像にしてepubに貼り付けているのでした。そのjpg画像の元はpdfに相違ありません。
そんなくらいだったら、最初からpdfで、Adobe Readerで読んだ方がずっとましだし、楽じゃないですか、パソコンで読めずiPadやiPhoneを買わないと読めないepubファイルなんかより、簡単にネットを通じてパソコンで読め、印刷にも耐えうるpdfファイルの方がいいではありませんか。少なくとも印刷媒体とインターネットの双方で小説を読み、また書いたものを発表しようとしているアマチュア物書きにとっては、お金を出さないと読めない・発表できないシステムなど、前近代的資本主義の尻尾にすぎないのです。
ちなみに、同じ電子書籍リーダーであるAmazonのKindleは今のところepubは読めないがpdfは読めるらしいし、Sony Readerもpdfが読めるらしい。
素人考えだが、iPadやiPhone、KindleやSony Readerといった携帯端末だけでなくパソコンでも共通してpdfを読めればそれでいいではないかと思う。
特定の機種や端末やアプリケーションを購入しなければ読めない電子書籍など、誰も読みたくないでしょう。
しつこいようですが、インターネットというグローバルで国境も法律もないアナーキーな仮想世界を使い、情報を売ってお金を稼ごうとしても無駄なのにね。それらは、無報酬無私の精神で夜も眠らずに無料なアプリケーションやプラグインやアドオンを作成している技術者たちのおかげで、じきに無料で入手できる情報になってしまうのです。
今日の行き詰まった資本主義体制を唯一打破できる力を持っているのも、インターネットという仮想だがグローバルで国境も法律もないアナーキーな世界なのかもしれません。
今日の行き詰まった社会主義体制を唯一打破して新しく生まれ変らせることができるのも、インターネットという仮想だがグローバルで国境も法律もないアナーキーな世界なのかもしれません。
その先に見えるのが本当の共産主義。そうでないと人類が生き延びることが出来ない。
(って、ムチャクチャな夢想......お後がよろしいようで......)
2010年7月31日土曜日
2010年7月29日木曜日
三重苦+α
この春に播種定植したRhubarbのうち、最後に植えた花園2号3号の東端に植えた苗がだいぶ消えた。原因は梅雨後半の毎日の雨で根が酸素欠乏により根腐れ気味だったところへ、梅雨明け後は休みなく照って高温なうえに雷雨で多湿。しかも今年になって借りた花園2号3号は本来が宅地用に造成された土地であるから、石や砂が多くて痩せている。高温に弱く、排水の悪いのにも弱いRhubarbには三重苦である。むしろ梅雨が無い北海道、カナダ、シベリアあたりの冷涼で排水の良い土地が良いのだろう。それとも、浅間山麓に1000m道路というのがあり、標高1000mから名付けられたらしいのだけど、あのあたりの南向きの斜面の畑だったら排水抜群で気温も冷涼でいいのかもしれない。仕事をしなくてもいい年齢になったら、そういう場所で道楽一途に暮らしたいもの。
来年春まではじっと観察するほかない。Unisonous Tragedy は色は優れているが成長が遅く細くて短い。Saint Driftは太くて長いが色がいまひとつ薄い。
この2種類を交配させたら、どうだろう? 色も鮮やかで太くて長い優性遺伝の組み合わせか、それとも、色もパッとせず成長が遅くて細くて短い劣性遺伝の組み合わせか?
いや、そもそも、色も鮮やかで太くて長いのが優性遺伝で、色もパッとせず成長が遅くて細くて短いのが劣性遺伝という視点そのものが、人間の功利的都合に拠って立っているに過ぎないのだ。
今はそんなことをしている場合ではないのだが、管理運営している小説批評ブログの設定ファイルといくつかのファイルの書き換えをした。
せっかく少しずつ広がりを見せて来ている苦心の相互批評ブログなのに、天上天下唯我独尊でまったく空気読めないおじさんに、偉そうな上から目線のコメント書き込みなどされてはたまったものではないので、そのIPアドレスを弾く措置をしたつもりだったが、動的IPアドレスなのでIPアドレス自体が変わってしまい、まだおいでになられている模様なので、もっと強い措置をとらなければならなくなった。
しかし、相手はよりによって私と同じプロバイダなので、ホストで指定すると自分までアクセス禁止となってしまうので、ほとんど諦めかけたのだったが、そのプロバイダのIPアドレスのいくつかを見ている間に一種の法則性があるのではないかと気がつき、検索してみたらその法則性がみつかった。その法則性に則って自分をアクセス禁止措置をしてみたら、おお、見事にアクセス出来ないではありませんか。
とうことで、自分をアクセス禁止から解除して、天上天下唯我独尊おじさんをアクセス禁止措置いたしました。
(少しかわいそうですが、和を乱すひとには退場していただくしか方法がありません)
来年春まではじっと観察するほかない。Unisonous Tragedy は色は優れているが成長が遅く細くて短い。Saint Driftは太くて長いが色がいまひとつ薄い。
この2種類を交配させたら、どうだろう? 色も鮮やかで太くて長い優性遺伝の組み合わせか、それとも、色もパッとせず成長が遅くて細くて短い劣性遺伝の組み合わせか?
いや、そもそも、色も鮮やかで太くて長いのが優性遺伝で、色もパッとせず成長が遅くて細くて短いのが劣性遺伝という視点そのものが、人間の功利的都合に拠って立っているに過ぎないのだ。
今はそんなことをしている場合ではないのだが、管理運営している小説批評ブログの設定ファイルといくつかのファイルの書き換えをした。
せっかく少しずつ広がりを見せて来ている苦心の相互批評ブログなのに、天上天下唯我独尊でまったく空気読めないおじさんに、偉そうな上から目線のコメント書き込みなどされてはたまったものではないので、そのIPアドレスを弾く措置をしたつもりだったが、動的IPアドレスなのでIPアドレス自体が変わってしまい、まだおいでになられている模様なので、もっと強い措置をとらなければならなくなった。
しかし、相手はよりによって私と同じプロバイダなので、ホストで指定すると自分までアクセス禁止となってしまうので、ほとんど諦めかけたのだったが、そのプロバイダのIPアドレスのいくつかを見ている間に一種の法則性があるのではないかと気がつき、検索してみたらその法則性がみつかった。その法則性に則って自分をアクセス禁止措置をしてみたら、おお、見事にアクセス出来ないではありませんか。
とうことで、自分をアクセス禁止から解除して、天上天下唯我独尊おじさんをアクセス禁止措置いたしました。
(少しかわいそうですが、和を乱すひとには退場していただくしか方法がありません)
2010年7月28日水曜日
何と無責任な
暑苦しいので久しぶりにインターネット・ラジオのradioio Real Jazzを聴きに行ったら、なぜかつながらずまったく聴くことができないので、radioio bluesの方にしたらこちらは接続できて、B・B・Kingの歌が二曲、その後に「Kindhearted Woman Blues」が流れた。本家、Robert Jhonsonではないので誰かと思ったらkeb' mo'という妙な名前の唄い手。なかなかいいので例の試聴サイトへ行って検索したら彼のCDが2枚あったが、1998年発売の1枚は残念ながら全曲30秒試聴で、もう一枚は1994年発売で、こちらは13曲すべて聴くことができ、この12曲目に「Kindhearted Woman Blues」が収録されていた。youTubeで検索したら彼のもアップされていた。が、それはライブの動画で、やはりスタジオで録音されたCDの方が音がいいので、これを1曲だけ録音ソフトでDLし、iTune経由でiPodに移動させた。丑三つ時に目が覚めたら聴くように、枕元には時計代わりの携帯電話とiPodが置かれている。「Traveling Riverside Blues」はもう以前からiPod入りしているが、この曲を Led Zeppelin がカバーしていて、それもiPod入りしている。
そういえば、Blues classicというラジオ局があって、ここはAmerican blues classics of the 30s to the 70sということで、1930年代から70年代までのbluesが専門らしい。休みの日などに、一度じっくり聴いてみたい。
昨夜の火傷はアロエのおかげで皮が剥けずに済んで痛みもなくなった。
書いているもの、遅々として進まずなのか、遅々とはしていても進んでいるといえるのか。当初書こうとしていたものをギリギリで棚上げしてのピンチヒッターなので、時間的にあまり長いものは無理なのは承知。ま、ストーリーを追うようなものではないから、どこで始まってどこで終わってもいいような......何と無責任な。
ソバは早く播きすると収量が少ないと言われている。
ほんとうにそうか、比較するために花園2号地の40坪ほどに先行播種。
そういえば、Blues classicというラジオ局があって、ここはAmerican blues classics of the 30s to the 70sということで、1930年代から70年代までのbluesが専門らしい。休みの日などに、一度じっくり聴いてみたい。
昨夜の火傷はアロエのおかげで皮が剥けずに済んで痛みもなくなった。
書いているもの、遅々として進まずなのか、遅々とはしていても進んでいるといえるのか。当初書こうとしていたものをギリギリで棚上げしてのピンチヒッターなので、時間的にあまり長いものは無理なのは承知。ま、ストーリーを追うようなものではないから、どこで始まってどこで終わってもいいような......何と無責任な。
ソバは早く播きすると収量が少ないと言われている。
ほんとうにそうか、比較するために花園2号地の40坪ほどに先行播種。
2010年7月27日火曜日
elocutionのある文体
おっちょこちょいなものだから、夕食時に、つい出さなくてもいい手を出し、その結果、右手中指の先を火傷した。縦5mm横1cmくらいの面積だが結構痛いので3時間ほど氷や凍った保冷剤を当て続け、それからアロエを貼ってようやく痛みが無くなった。
それにしても場所が場所だけにパソコンのキーボードを打つのに不都合で困った。もう後がないのでパソコンを開かない訳にはいかないのだけど、痛みがあるうちは大きな保冷剤を押し付けているのでパソコンには触れられなかった。
仕方なくヤケクソになり、ひっくり返ってiPodで音楽を聴いているうちに、罰当たりなことに眠ってしまった。
目が覚めて、稲葉喜美子の歌の魅力を考えているうちにelocutionという言葉を思い出した。私は稲葉喜美子が歌う声のelocutionにぞっこん参ってしまったのだ。
確か、この言葉を覚えたのは俳優の発声法としてのelocutionであったはずだが、これが何とも適切な日本語に置き換えるのがむずかしい。
英和辞書では
これじゃ何のことか。大辞泉では...
この方がまだしも。
elocutionというのはただの発声の技術や発声法ではなく、おそらく人間の性的な快楽原則にまで共振するような発声なのだ。声を聴いているだけで痺れてしまうような発声、もしくは声色。
稲葉喜美子とか、Over the Rhineの女性ボーカルの声にそれを感じる。
と、ここまで来たら、小説の文体にもelocutionが存在するという話までたどり着ける。私が現在の日本の小説家でいちばん文体のelocutionを感じるのは川上弘美。過去の人では、坂口安吾のエッセイにもelocutionを感じた。「ファルスについて」とか「ピエロ伝道者」とか小林秀雄を論じたエッセイとか、安吾のelocutionを感じないではいられなかった。これは理屈ではなく、感覚的に感じてしまうのである。同じ人間として、存在としての呼吸、息吹がそのまま声になり、文体になる。それがelocution。伊達にeloというスペルがあるのではない。
結論。
そういうelocutionのある文体で小説が書けたらなあ。
それにしても、小説の人称に一人称を使うのは詐術のような気がしてならない。
日本人はことに「私小説」という一人称小説の特殊にあまりに無防備というか、まったく疑わずに同化してしまう性癖があるので、もしも私が一人称を使うのだったらそれを逆手に取るという方法しかない。
九州の同人誌「海峡派」のブログを発見したのでRSSリーダーに登録しました。
今年はバジルの種を播いてたくさん発芽したのだったが、植えたのは6本。それでもだいぶ枝葉が繁茂して来たので、そろそろ葉を摘まないと分枝しないし若芽が出ない。バジルの葉はジェノベーゼ(バジルソース)を作るほか無いだろうとネット上のレシピを検索。
へえ? 材料を揃えてフードプロセッサーで混ぜるだけ?
松の実とアンチョビを買って来なければ。
それにしても場所が場所だけにパソコンのキーボードを打つのに不都合で困った。もう後がないのでパソコンを開かない訳にはいかないのだけど、痛みがあるうちは大きな保冷剤を押し付けているのでパソコンには触れられなかった。
仕方なくヤケクソになり、ひっくり返ってiPodで音楽を聴いているうちに、罰当たりなことに眠ってしまった。
目が覚めて、稲葉喜美子の歌の魅力を考えているうちにelocutionという言葉を思い出した。私は稲葉喜美子が歌う声のelocutionにぞっこん参ってしまったのだ。
確か、この言葉を覚えたのは俳優の発声法としてのelocutionであったはずだが、これが何とも適切な日本語に置き換えるのがむずかしい。
英和辞書では
[名][U]演説[朗読]の調子;人前でのはっきりとした標準的な話し方;雄弁術, 演説法, 朗読法;誇張した話し方. el・o・cu・tion・ist[名]演説[朗読]法の教師;雄弁家. el・o・
これじゃ何のことか。大辞泉では...
1.エロキューション【elocution】
朗読・演説、俳優のせりふなどの発声の技術。発声法。朗読法。
この方がまだしも。
elocutionというのはただの発声の技術や発声法ではなく、おそらく人間の性的な快楽原則にまで共振するような発声なのだ。声を聴いているだけで痺れてしまうような発声、もしくは声色。
稲葉喜美子とか、Over the Rhineの女性ボーカルの声にそれを感じる。
と、ここまで来たら、小説の文体にもelocutionが存在するという話までたどり着ける。私が現在の日本の小説家でいちばん文体のelocutionを感じるのは川上弘美。過去の人では、坂口安吾のエッセイにもelocutionを感じた。「ファルスについて」とか「ピエロ伝道者」とか小林秀雄を論じたエッセイとか、安吾のelocutionを感じないではいられなかった。これは理屈ではなく、感覚的に感じてしまうのである。同じ人間として、存在としての呼吸、息吹がそのまま声になり、文体になる。それがelocution。伊達にeloというスペルがあるのではない。
結論。
そういうelocutionのある文体で小説が書けたらなあ。
それにしても、小説の人称に一人称を使うのは詐術のような気がしてならない。
日本人はことに「私小説」という一人称小説の特殊にあまりに無防備というか、まったく疑わずに同化してしまう性癖があるので、もしも私が一人称を使うのだったらそれを逆手に取るという方法しかない。
九州の同人誌「海峡派」のブログを発見したのでRSSリーダーに登録しました。
今年はバジルの種を播いてたくさん発芽したのだったが、植えたのは6本。それでもだいぶ枝葉が繁茂して来たので、そろそろ葉を摘まないと分枝しないし若芽が出ない。バジルの葉はジェノベーゼ(バジルソース)を作るほか無いだろうとネット上のレシピを検索。
へえ? 材料を揃えてフードプロセッサーで混ぜるだけ?
松の実とアンチョビを買って来なければ。
2010年7月26日月曜日
雷
6時より菩提寺境内のご先祖様のお墓掃除。明治以降、虚弱な子が多く戸数が増えなかったので、墓石が多いのに掃除に参加する者が少なく高校生1名と八十九歳の老婆をふくめても5名で掃除。
などといっても、わが家もこどもは都会に出てしまい、現在の3名が死んだ後は掃除に参加する者がいなくなる計算。もう家が代々続く時代ではないので、こういうお墓も不要になる。そうなればなったで、それもよかろうと思う。
それから帰宅、朝食後。仕事の取引先からの電話を受けたが、相手の声がまったく聞こえず、受話器からサーっというノイズさえ聞こえなくなった。それが三回ほど繰り返され、あわてて携帯電話でかけなおして話をした。それによると、私の声は聞こえているのだそうだ。だが、相手の声がこちらではまったく聞こえない。
その後、母親の茶飲み友達からも電話がかかって来たが、何も聞こえない。
自分の携帯電話から家の電話にかけてみたが、やはり、携帯からの声が聞こえないという。
ただし、2台ある子機で電話をかけたり受けたりすると普通に聞こえることが判明。
ということは親機の受話器が怪しい。そういえば、受話器を持ち上げてもプーという音もしないし、電話番号を打ち込んでもピポパポパという音もしない。受話器そのものが壊れたか、と思いつつ、受話器のコードが本体のコネクタに差し込まれている部分を指で持ち、少し動かしてみたら、無音状態だったのがジーとかピーと音を発したので、いったんコネクターから抜いてから挿し直したら、あれれ、正常になりました。ただの接触不良だったんですね。
「見てから印刷できる」電話付きFAXで、まだ一年の保障期間が切れたばかりでしたが、一時はまた買い替えかと腹を決めたのでした。10日ほど前の町内の飲み会で、仲間の洋服屋さんで電話、鉄工所で溶接機2台、畳屋さんでテレビが、皆、落雷の電流で故障したという話を聞いたばかりだったので、わが家の電話もてっきり落雷で壊れたのだと考えましたが、それにして、あわてて注文しないでよかった。
ここ数日、東の県境の方で雷鳴がすごいので、桐生時代の安吾の雷エピソードを思い出してしまいました。I山A子さんは昨日の雷雨が怖かったと書かれていますが、隣県はからっ風だけでなく雷も名物らしい。安吾は嬉々としてタクシーを走らせたというが、実はタクシーの中は安全であります。安吾がタクシーに乗らず、あの巨体ひとつで激しい雷雨のなかを走り回ったというのだったら無条件に尊敬してしまいますが。
しかし、当地も昨日も今日も夕立で、なかなかソバの播種準備が出来ないではありませんか。
ソバの種はかなりの旱魃でも発芽しますが、播種後に降雨があると排水の悪い場所では発芽しないのです。
などといっても、わが家もこどもは都会に出てしまい、現在の3名が死んだ後は掃除に参加する者がいなくなる計算。もう家が代々続く時代ではないので、こういうお墓も不要になる。そうなればなったで、それもよかろうと思う。
それから帰宅、朝食後。仕事の取引先からの電話を受けたが、相手の声がまったく聞こえず、受話器からサーっというノイズさえ聞こえなくなった。それが三回ほど繰り返され、あわてて携帯電話でかけなおして話をした。それによると、私の声は聞こえているのだそうだ。だが、相手の声がこちらではまったく聞こえない。
その後、母親の茶飲み友達からも電話がかかって来たが、何も聞こえない。
自分の携帯電話から家の電話にかけてみたが、やはり、携帯からの声が聞こえないという。
ただし、2台ある子機で電話をかけたり受けたりすると普通に聞こえることが判明。
ということは親機の受話器が怪しい。そういえば、受話器を持ち上げてもプーという音もしないし、電話番号を打ち込んでもピポパポパという音もしない。受話器そのものが壊れたか、と思いつつ、受話器のコードが本体のコネクタに差し込まれている部分を指で持ち、少し動かしてみたら、無音状態だったのがジーとかピーと音を発したので、いったんコネクターから抜いてから挿し直したら、あれれ、正常になりました。ただの接触不良だったんですね。
「見てから印刷できる」電話付きFAXで、まだ一年の保障期間が切れたばかりでしたが、一時はまた買い替えかと腹を決めたのでした。10日ほど前の町内の飲み会で、仲間の洋服屋さんで電話、鉄工所で溶接機2台、畳屋さんでテレビが、皆、落雷の電流で故障したという話を聞いたばかりだったので、わが家の電話もてっきり落雷で壊れたのだと考えましたが、それにして、あわてて注文しないでよかった。
ここ数日、東の県境の方で雷鳴がすごいので、桐生時代の安吾の雷エピソードを思い出してしまいました。I山A子さんは昨日の雷雨が怖かったと書かれていますが、隣県はからっ風だけでなく雷も名物らしい。安吾は嬉々としてタクシーを走らせたというが、実はタクシーの中は安全であります。安吾がタクシーに乗らず、あの巨体ひとつで激しい雷雨のなかを走り回ったというのだったら無条件に尊敬してしまいますが。
しかし、当地も昨日も今日も夕立で、なかなかソバの播種準備が出来ないではありませんか。
ソバの種はかなりの旱魃でも発芽しますが、播種後に降雨があると排水の悪い場所では発芽しないのです。
2010年7月24日土曜日
もう宣言しちゃおうか
一向に気が乗らずだらだらと書こうとしていたものが、今月末までにとうてい書き遂せないことが判明し、ついにこれを書くのを放擲、一時中断することにした。
これは二年前に同人誌に載せた「一人称複数並行小説」に連なるものだが、その一人称複数というまさに形容矛盾な形式が果たして成立するのか否か。まったく展望も自信もない。
一人称は「私」という単数であろう。
「私」が複数存在するのは実に奇妙なことである。「私小説」ではなくて「私たち小説」。というのとも少し違う。
というか、実は人称を取り払った小説というものを夢想したりして。え? それが自由間接話法? 堂々巡りじゃありませんか。
とはいえ、創刊号に編集発行人の原稿が載らないのではカッコがつかないので、別に書きかけのまま放ってあった極めて趣味的な掌編の原稿ファイルを開いた。タイトルも二転三転どころか七転八転し、今のところは「星は薔薇色の涙を流さない」......って、思いっきりランボーのパクリじゃん......エンタメじゃん......ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナョ。
これが書けなかったら、もう「小説書きません=書けません」宣言しちゃおうか。
かつて小説を書こうとしながらその自分を否定し、生きるだけの世界に去ってしまった書き手をふたり知っている。彼らの方が潔いのかもしれないが、だからといってわたしがその潔さを欲しい訳ではない。むしろその逆か。
私のRSSリーダーに登録されているプロの作家がふたりいる。どちらも女性。ひとりは毎日元気に更新されている、隣県在住のI山A子さん、もうひとりは、更新頻度はかなり低いのだけれど注目しているK上M映子さん。
そのK上M映子さんのブログが久しぶりに更新されたと思ったら、T原Y水さんというやはり売れているらしいプロ作家が自分について掲示板で書かれたことが、事実と違うという表明でした。
ありゃ、このT原Y水さんという名前、どこかで見たなと思ったら、なはァ~、Lydwine.さんの感想が気に入らないらしくてコメントを入れて来た、あのお方ではありませんか。
さて、双方のどちらの言い分がうなづけるか? そりゃ、やっぱりK上M映子さんの方であります。こういうフェミニズムは、いけませんか?
ならば、こう言い換えます。たとえばそれが真実であれ嘘であれ、他者の虚実を公開暴露するような心根の持ち主に、私はとうてい与することが出来ません。
これは二年前に同人誌に載せた「一人称複数並行小説」に連なるものだが、その一人称複数というまさに形容矛盾な形式が果たして成立するのか否か。まったく展望も自信もない。
一人称は「私」という単数であろう。
「私」が複数存在するのは実に奇妙なことである。「私小説」ではなくて「私たち小説」。というのとも少し違う。
というか、実は人称を取り払った小説というものを夢想したりして。え? それが自由間接話法? 堂々巡りじゃありませんか。
とはいえ、創刊号に編集発行人の原稿が載らないのではカッコがつかないので、別に書きかけのまま放ってあった極めて趣味的な掌編の原稿ファイルを開いた。タイトルも二転三転どころか七転八転し、今のところは「星は薔薇色の涙を流さない」......って、思いっきりランボーのパクリじゃん......エンタメじゃん......ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナョ。
これが書けなかったら、もう「小説書きません=書けません」宣言しちゃおうか。
かつて小説を書こうとしながらその自分を否定し、生きるだけの世界に去ってしまった書き手をふたり知っている。彼らの方が潔いのかもしれないが、だからといってわたしがその潔さを欲しい訳ではない。むしろその逆か。
私のRSSリーダーに登録されているプロの作家がふたりいる。どちらも女性。ひとりは毎日元気に更新されている、隣県在住のI山A子さん、もうひとりは、更新頻度はかなり低いのだけれど注目しているK上M映子さん。
そのK上M映子さんのブログが久しぶりに更新されたと思ったら、T原Y水さんというやはり売れているらしいプロ作家が自分について掲示板で書かれたことが、事実と違うという表明でした。
ありゃ、このT原Y水さんという名前、どこかで見たなと思ったら、なはァ~、Lydwine.さんの感想が気に入らないらしくてコメントを入れて来た、あのお方ではありませんか。
さて、双方のどちらの言い分がうなづけるか? そりゃ、やっぱりK上M映子さんの方であります。こういうフェミニズムは、いけませんか?
ならば、こう言い換えます。たとえばそれが真実であれ嘘であれ、他者の虚実を公開暴露するような心根の持ち主に、私はとうてい与することが出来ません。
2010年7月23日金曜日
炎天下の奇人変人
「土用の土を三日被ればいい」
ソバの播種期について昔から言い伝えられている言葉である。
土用の土を三日被る?
土用は立春、立夏、立秋、立冬の前18日間(19日のこともあるらしい)。今年の夏は立秋が8月7日なので、土用の入りが7月20日、明けるのが8月6日である。6日までが土用なので、土用の土を三日というのは8月6、5、4日の間被ればいいので、8月3日の播種すればいいということになる。
Tさんと共同のソバ畑はTさんの意向で8月7日に播種してきたし、ことしもそうだが、自分だけでソバを播種する時は自分が生まれた日である4日に播種してきた。それだと、毎年、いつ播いたか、メモしなくても覚えやすい。
Tさんと共同栽培する畑より先に自分の花園2,3号畑の播種を済ませなければならないが、いよいよカウントダウンが始まった感じで、そわそわ。排水があまり良くなさそうなので播種後の降雨が心配だし、鳩やカラスなどの野鳥に種が食べられてしまわないか、心配の種
それにしても、この炎天下に熱中症すれすれ、汗びっしょりになってソバごときに夢中になっているのは、傍目にはただの奇人変人にしか見えないであろうなあ。しかも夜には書けないものを書こうとして七転八倒(ちょっと大袈裟)......何やってんだろうな。昔、長男が小さかった頃、夜、部屋に閉じこもって何やら書いているらしい父親について、「何やってんだろうな、お父さんは」とつぶやいたらしい。まったく、何やってんだろうな?
ソバの播種期について昔から言い伝えられている言葉である。
土用の土を三日被る?
土用は立春、立夏、立秋、立冬の前18日間(19日のこともあるらしい)。今年の夏は立秋が8月7日なので、土用の入りが7月20日、明けるのが8月6日である。6日までが土用なので、土用の土を三日というのは8月6、5、4日の間被ればいいので、8月3日の播種すればいいということになる。
Tさんと共同のソバ畑はTさんの意向で8月7日に播種してきたし、ことしもそうだが、自分だけでソバを播種する時は自分が生まれた日である4日に播種してきた。それだと、毎年、いつ播いたか、メモしなくても覚えやすい。
Tさんと共同栽培する畑より先に自分の花園2,3号畑の播種を済ませなければならないが、いよいよカウントダウンが始まった感じで、そわそわ。排水があまり良くなさそうなので播種後の降雨が心配だし、鳩やカラスなどの野鳥に種が食べられてしまわないか、心配の種
それにしても、この炎天下に熱中症すれすれ、汗びっしょりになってソバごときに夢中になっているのは、傍目にはただの奇人変人にしか見えないであろうなあ。しかも夜には書けないものを書こうとして七転八倒(ちょっと大袈裟)......何やってんだろうな。昔、長男が小さかった頃、夜、部屋に閉じこもって何やら書いているらしい父親について、「何やってんだろうな、お父さんは」とつぶやいたらしい。まったく、何やってんだろうな?
2010年7月21日水曜日
この期に及んでなお
夜になって、昨日のデジカメを借りて動画撮影をしてみた。夜の室内なので、犬や猫のいない我が家では撮影対象が見つからず、先日の富貴蘭を俯瞰撮影してみたり、周囲からなめるように撮影してみた。時間は40秒。
動画撮影は専用のボタンがあり、そのボタンを押せば撮影が開始され、もう一度押せば停止する。昔流行して今は使われない「バカチョン・カメラ」という言葉を思い出すくらい、簡単に撮影できる。ハイビジョン撮影ではなくHD動画で撮影してみたが、結構きれいで動画の動きも滑らかだ。しかもこのカメラはズームが利く上に、そのズームも実に滑らかな動きである。
わが家に可愛い猫ちゃんがいたら、youTubeにアップしたくなる気持ちも解らないではない。
しかし、暑い。エアコンの必要がない土地ではあるが、今でも室内温度29℃。ま、もっと暑い場所にお住まいの方のことを考えて我慢しようと思いますが、ついつい冷蔵庫から紙パック入りの「有機栽培のおいしいワイン」など出して来たり、締め切りまで使用しないつもりだったLogicoolの2,1chスピーカー、Z4に電源を入れてしまいました。で、暑さをしのぐにはむしろ暑苦しい音楽がいいと、また懲りずにTom Waitsの「Mule variations」を聴き始めてしまった。この期に及んでなお、小説そっちのけである、(ーー;)
しかし、「Hold On」や「House where nobody lives」、「Take it with me」、「Georgia lee」などは結構涼しい。Tom Waits自身の声がしわがれて暑苦しいのは我慢しなければならない。
それにしても夏になるとフォークナーを読みたくなるのは不思議。「八月の光」のせい?
動画撮影は専用のボタンがあり、そのボタンを押せば撮影が開始され、もう一度押せば停止する。昔流行して今は使われない「バカチョン・カメラ」という言葉を思い出すくらい、簡単に撮影できる。ハイビジョン撮影ではなくHD動画で撮影してみたが、結構きれいで動画の動きも滑らかだ。しかもこのカメラはズームが利く上に、そのズームも実に滑らかな動きである。
わが家に可愛い猫ちゃんがいたら、youTubeにアップしたくなる気持ちも解らないではない。
しかし、暑い。エアコンの必要がない土地ではあるが、今でも室内温度29℃。ま、もっと暑い場所にお住まいの方のことを考えて我慢しようと思いますが、ついつい冷蔵庫から紙パック入りの「有機栽培のおいしいワイン」など出して来たり、締め切りまで使用しないつもりだったLogicoolの2,1chスピーカー、Z4に電源を入れてしまいました。で、暑さをしのぐにはむしろ暑苦しい音楽がいいと、また懲りずにTom Waitsの「Mule variations」を聴き始めてしまった。この期に及んでなお、小説そっちのけである、(ーー;)
しかし、「Hold On」や「House where nobody lives」、「Take it with me」、「Georgia lee」などは結構涼しい。Tom Waits自身の声がしわがれて暑苦しいのは我慢しなければならない。
それにしても夏になるとフォークナーを読みたくなるのは不思議。「八月の光」のせい?
2010年7月20日火曜日
極端な天候
梅雨は明けたものの、あまりの暑さにこんなことはしたくなかったが、ソバの播種時期が迫っている10日~半月後に迫っているので、梅雨の間に繁茂した雑草退治のために花園3号地を管理機で耕した。
10:30に3号地が終わったので2号地へ移ろうとしたが、体温が上昇しているのが判ったので、そこまでで撤退。帰宅して水風呂で体を冷やし、以後は外へ出ず。
今年は、何とも極端な天候である。
12:00~14:00の配達時刻指定通りに電子辞書とデジカメが配達された。電子辞書は使ったことが無いので、電池を入れて蓋を開けば電源が入るようにして手渡す。デジカメもバッテリーを充電し、時刻設定やら、必要な設定をし、電源を入れてシャッターを押せば撮影できるまでにして手渡す。
カメラケースが欲しいというので、電器店、カメラ店に行ってみたが、ズームのためレンズが大きいせいか、普通のコンパクト・デジカメより一回り大きく、収まるものが無かったので帰宅。考えてみれば、女性はバッグを持っているのだからそのなかにデジカメを入れて持ち歩くはずで、ケースなど要らないでしょう。
10:30に3号地が終わったので2号地へ移ろうとしたが、体温が上昇しているのが判ったので、そこまでで撤退。帰宅して水風呂で体を冷やし、以後は外へ出ず。
今年は、何とも極端な天候である。
12:00~14:00の配達時刻指定通りに電子辞書とデジカメが配達された。電子辞書は使ったことが無いので、電池を入れて蓋を開けば電源が入るようにして手渡す。デジカメもバッテリーを充電し、時刻設定やら、必要な設定をし、電源を入れてシャッターを押せば撮影できるまでにして手渡す。
カメラケースが欲しいというので、電器店、カメラ店に行ってみたが、ズームのためレンズが大きいせいか、普通のコンパクト・デジカメより一回り大きく、収まるものが無かったので帰宅。考えてみれば、女性はバッグを持っているのだからそのなかにデジカメを入れて持ち歩くはずで、ケースなど要らないでしょう。
2010年7月19日月曜日
忙しい羊
携帯電話会社のCMでは犬のおとうさんが有名だが、別の携帯電話会社のCMに羊=執事が登場したことがある。
その話法で言えば、私はこの家の羊である。
今日も、母親が「畑に行きたい」と言えば「めえ」と答えて車に乗せて行く。
妻が「電子辞書とコンパクトデジカメと双眼鏡が欲しい」といえば「めえ」と泣いてから価格.comなどで価格調査をし、電子辞書とデジカメはオーダー。いくら何でも双眼鏡まで調査する気にならないので、少しレンズが大きめで前に飛び出していますが、光学ズーム12倍(ファイルサイズを少し小さめにすれば21,4倍まで!!)のを選択。これでとりあえず双眼鏡は要らないでしょう。それから、ハイビジョン動画が撮影できるのが気に入りました。って、誰が? すでに半分自分の物のつもり......。
検索ついでに見ていったら、私が持っているデジカメの後継・最新機種がすごいことになっていました。光学ズーム30倍デジタルズーム5倍=150倍で月のクレーターが撮影できるって、無論手持ちではぶれてダメでしょうが......それこそ山で双眼鏡代わりに使えるではありませんか
、むむむ。
それから3連休+代休1で長男が帰省したので、また「めえ」と鳴いて蕎麦打ち。長男も蕎麦は飽きたとか言ってくれればいいのに澄ましているので、夕方蕎麦打ち開始。しかし、梅雨明け後に蕎麦など打つものじゃありません。この暑いのに乾燥しないように窓もドアも締め切って扇風機もエアコンも使えない状況で、汗びっしょり。しかもソバがみるみる乾燥してゆくのが分かるので焦る。どうも夏は加水率を多めにしないと間に合わないかもしれない。
で、食べるのはせいぜい十五分か。
ソバというのはつくづく一家団欒には不向きな食事である。皆が一心不乱に蕎麦を食べているだけで会話は「おいしい」の一言くらいで、あとはほとんど無し。
そういえば県内の新聞社のWEBで蕎麦についてずっと書かれている方の一昨日の記事にも、この頃、蕎麦屋の客の口数が少なくなっている、その理由が書かれている。
蕎麦が不味くても口数は減るが、美味くても口数は減る。美味い蕎麦も茹でてから時間が経つほどに、風味はともかく食感はどんどん悪くなるので、おしゃべりは後回しにして黙ってひたすら食べるほかないのです。
その話法で言えば、私はこの家の羊である。
今日も、母親が「畑に行きたい」と言えば「めえ」と答えて車に乗せて行く。
妻が「電子辞書とコンパクトデジカメと双眼鏡が欲しい」といえば「めえ」と泣いてから価格.comなどで価格調査をし、電子辞書とデジカメはオーダー。いくら何でも双眼鏡まで調査する気にならないので、少しレンズが大きめで前に飛び出していますが、光学ズーム12倍(ファイルサイズを少し小さめにすれば21,4倍まで!!)のを選択。これでとりあえず双眼鏡は要らないでしょう。それから、ハイビジョン動画が撮影できるのが気に入りました。って、誰が? すでに半分自分の物のつもり......。
検索ついでに見ていったら、私が持っているデジカメの後継・最新機種がすごいことになっていました。光学ズーム30倍デジタルズーム5倍=150倍で月のクレーターが撮影できるって、無論手持ちではぶれてダメでしょうが......それこそ山で双眼鏡代わりに使えるではありませんか
、むむむ。
それから3連休+代休1で長男が帰省したので、また「めえ」と鳴いて蕎麦打ち。長男も蕎麦は飽きたとか言ってくれればいいのに澄ましているので、夕方蕎麦打ち開始。しかし、梅雨明け後に蕎麦など打つものじゃありません。この暑いのに乾燥しないように窓もドアも締め切って扇風機もエアコンも使えない状況で、汗びっしょり。しかもソバがみるみる乾燥してゆくのが分かるので焦る。どうも夏は加水率を多めにしないと間に合わないかもしれない。
で、食べるのはせいぜい十五分か。
ソバというのはつくづく一家団欒には不向きな食事である。皆が一心不乱に蕎麦を食べているだけで会話は「おいしい」の一言くらいで、あとはほとんど無し。
そういえば県内の新聞社のWEBで蕎麦についてずっと書かれている方の一昨日の記事にも、この頃、蕎麦屋の客の口数が少なくなっている、その理由が書かれている。
蕎麦が不味くても口数は減るが、美味くても口数は減る。美味い蕎麦も茹でてから時間が経つほどに、風味はともかく食感はどんどん悪くなるので、おしゃべりは後回しにして黙ってひたすら食べるほかないのです。
2010年7月17日土曜日
辛汗亭日乗
いよいよ青唐辛子が採れるようになった。いつものように、激辛4本、中辛・福耳4本、バナナなんばん4本を植えておいたので、3種類が初収穫となった。激辛はとりあえず真空パック袋に入れてそのまま冷凍庫へ。こうしておくと一年中使えるし、凍っている方が薄くスライスするのに好都合だ。
実はわたしはそれほど辛味に強いわけではなく、この激辛を大きめに切ったりすると舌が火事になって火傷してしまう。だからできるだけ薄くスライスする必要がある。
ということで今回は激辛は避け、昨日、福耳を大きめに刻み、ナス、キュウリ、茗荷も刻み、昆布ダシ+醤油+味醂少々で漬け込んでみた。今日、試食してみると、やはり昨年まで激辛を刻みこんで作ったものが脳に記憶されているので、かなり物足りない。福耳は中辛でも収穫し始めの頃はふんわり上品に辛い感じで、どちらかといえば小辛に近い方なので、焼いて食べるのに適しているのかもしれない。やはり、少し激辛を刻んで混ぜてみよう。
それから、今日はバナナなんばんをザクザク刻み、長ネギと豚肉とともに炒め、味噌で味付け。こちらの方は、まだ生り初めだし雨続き(唐辛子は雨降りに採取すると辛味が弱く、乾燥した時に採ると辛味が強いと言われてている)なのであまり辛くないだろうと見くびって二個刻んで投入したら、そのほどよく辛いこと。汗びっしょりで体内はカッカと燃えている感じ。
しかし、バナナなんばんという名前はどうも。

写真左がバナナなんばん、右がハンガリアン・ホット・ワックスの種袋。ハンガリアン・ホット・ワックスの方が黄色が強く見えるが、バナナなんばんももう少し採取時期を遅らせれば黄色くなり、さらに遅らせれば赤くなり、相当に辛くなる。
この2種類、私には同じに見えます。しかもハンガリアン・ホット・ワックス、アメリカあたりではバナナ・ペッパーと呼ばれているらしい。
ハンガリアン・ホット・ワックス>バナナ・ペッパー>バナナなんばん(かっこいい名前順)
やはり、今後はバナナなんばんと呼ぶのはやめて、ハンガリアン・ホット・ワックスと表記しよう。黄色いからバナナというのはあまりに安易な命名であります。
そういえば、四川唐辛子の種がないかと検索したが少なくとも国内では販売されていない模様。
ただし中華の食材として四川唐辛子をまるごと乾燥させた「朝天椒」は購入できる。
たとえばそれが三年以上前のものではなく、昨年収穫乾燥されたものであれば、あるいはそれを購入して種を取り出し、来年春にしかるべく播種すればある程度の発芽率で発芽するかも知れません。
わあ、やはりこういう好奇心旺盛な方がいました、(^_^;)
締め切りまであと2週間。
性格的に早く出してしまわないと気がすまないタイプと、性格的にぎりぎりまで往生際が悪いタイプ、温容なその中間タイプなど、原稿の提出の仕方だけ見ていても様々だが、私の場合は明らかに往生際が悪く、しかも締め切りに間に合わないという最悪のタイプ。
ぎりぎりまで出しますと言っていながら、必ず土俵際でうっちゃる書き手が過去にふたりいて、その当時はいちいち腹を立てていたけれど、考えてみれば自分も似たようなものである。編集者が他人だったらとうの昔に首を切られている。
それにしても、またモザイク画だかジグソー・パズルだか判らないような様相を呈してきて、自分でもどうしていいのか解らなくなってきたので、いったんすべてをプリントアウトして見ることにした。モニターではなく、紙に印刷された状態にして、それこそいつかお聞きしたNさんのやり方を真似て、それらを部分ごとに切り離し、床の上に並べ、客観的に眺めてみてみよう。
そうすると、各部分がおのずからしかるべき位置に納まってゆき、統一されて一枚の絵になるかもしれない。
(と考えるのは甘いような気もして、また原稿パスという悪夢が眼前に......創刊号で編集発行人が原稿パスは出来ないでせう......汗々)
そうか、最悪、メタフィクションにしてしまえば自分が恥をかくだけだよね(何というbad Idea!) 。
やれやれ(だれの口癖?)、どこまでポリフォニーにこだわれば気が済むのだろう。
実はわたしはそれほど辛味に強いわけではなく、この激辛を大きめに切ったりすると舌が火事になって火傷してしまう。だからできるだけ薄くスライスする必要がある。
ということで今回は激辛は避け、昨日、福耳を大きめに刻み、ナス、キュウリ、茗荷も刻み、昆布ダシ+醤油+味醂少々で漬け込んでみた。今日、試食してみると、やはり昨年まで激辛を刻みこんで作ったものが脳に記憶されているので、かなり物足りない。福耳は中辛でも収穫し始めの頃はふんわり上品に辛い感じで、どちらかといえば小辛に近い方なので、焼いて食べるのに適しているのかもしれない。やはり、少し激辛を刻んで混ぜてみよう。
それから、今日はバナナなんばんをザクザク刻み、長ネギと豚肉とともに炒め、味噌で味付け。こちらの方は、まだ生り初めだし雨続き(唐辛子は雨降りに採取すると辛味が弱く、乾燥した時に採ると辛味が強いと言われてている)なのであまり辛くないだろうと見くびって二個刻んで投入したら、そのほどよく辛いこと。汗びっしょりで体内はカッカと燃えている感じ。
しかし、バナナなんばんという名前はどうも。
写真左がバナナなんばん、右がハンガリアン・ホット・ワックスの種袋。ハンガリアン・ホット・ワックスの方が黄色が強く見えるが、バナナなんばんももう少し採取時期を遅らせれば黄色くなり、さらに遅らせれば赤くなり、相当に辛くなる。
この2種類、私には同じに見えます。しかもハンガリアン・ホット・ワックス、アメリカあたりではバナナ・ペッパーと呼ばれているらしい。
ハンガリアン・ホット・ワックス>バナナ・ペッパー>バナナなんばん(かっこいい名前順)
やはり、今後はバナナなんばんと呼ぶのはやめて、ハンガリアン・ホット・ワックスと表記しよう。黄色いからバナナというのはあまりに安易な命名であります。
そういえば、四川唐辛子の種がないかと検索したが少なくとも国内では販売されていない模様。
ただし中華の食材として四川唐辛子をまるごと乾燥させた「朝天椒」は購入できる。
たとえばそれが三年以上前のものではなく、昨年収穫乾燥されたものであれば、あるいはそれを購入して種を取り出し、来年春にしかるべく播種すればある程度の発芽率で発芽するかも知れません。
わあ、やはりこういう好奇心旺盛な方がいました、(^_^;)
締め切りまであと2週間。
性格的に早く出してしまわないと気がすまないタイプと、性格的にぎりぎりまで往生際が悪いタイプ、温容なその中間タイプなど、原稿の提出の仕方だけ見ていても様々だが、私の場合は明らかに往生際が悪く、しかも締め切りに間に合わないという最悪のタイプ。
ぎりぎりまで出しますと言っていながら、必ず土俵際でうっちゃる書き手が過去にふたりいて、その当時はいちいち腹を立てていたけれど、考えてみれば自分も似たようなものである。編集者が他人だったらとうの昔に首を切られている。
それにしても、またモザイク画だかジグソー・パズルだか判らないような様相を呈してきて、自分でもどうしていいのか解らなくなってきたので、いったんすべてをプリントアウトして見ることにした。モニターではなく、紙に印刷された状態にして、それこそいつかお聞きしたNさんのやり方を真似て、それらを部分ごとに切り離し、床の上に並べ、客観的に眺めてみてみよう。
そうすると、各部分がおのずからしかるべき位置に納まってゆき、統一されて一枚の絵になるかもしれない。
(と考えるのは甘いような気もして、また原稿パスという悪夢が眼前に......創刊号で編集発行人が原稿パスは出来ないでせう......汗々)
そうか、最悪、メタフィクションにしてしまえば自分が恥をかくだけだよね(何というbad Idea!) 。
やれやれ(だれの口癖?)、どこまでポリフォニーにこだわれば気が済むのだろう。
2010年7月16日金曜日
あれもこれも、不思議
午前中、一ヶ月前に受けた健康診断の結果を訊くために病院へ。まったく異常なし。
ただし5cmもウェストは縮んだのに体重がまったく減っていない不思議を先生は説明出来なかった。やはり体積は減ったが質量は変化しなかったとしか考えられない。
��そうか、たとえば体重が同じ人を浴槽いっぱいに水(お湯)が入ったところに、頭まですっぽり潜って、減った水の体積を計量したら同じかどうか比較してみればいい。多分、体重が同じでも体積は違ってくるのではないか)
毎日降り続く雨のために酸素欠乏に陥っている植物の根が限界ぎりぎりである。特に根の酸素要求量の多い作物はもう死にかけている。あと一日か二日、踏みこたえられるか?
一週間前にN君がカナダから持って来てくれた種、来春になってから播くつもりだったが、N君の兄さんも播きたいのだそうで、試験的に播種してみてくれないかと言われたので、彼が来た日の午後、6×12=72穴のセル・トレイ(ブラグ・トレイとも言う?)に外国の種苗会社やナーせりーから取り寄せた2種類もふくめて、6×6=36粒づつ播種してみた。
一週間後の今日、数を数えてみると、N君の種は発芽ゼロ、購入した2種類の一方は33/36本発芽、他方は32/36本発芽、という結果。これも不思議。
N君の種は2010年の新種、他の2種類は昨年採取の2009年物。N君のはまだ採取が若干早かったか、冷蔵庫に一定期間入れて冬を経験させてから播種するか、あるいはほんとうに冬越して来春播種すればよかったか? 何でもやみくもに種を播けば発芽するというものでもないのである。
ただし5cmもウェストは縮んだのに体重がまったく減っていない不思議を先生は説明出来なかった。やはり体積は減ったが質量は変化しなかったとしか考えられない。
��そうか、たとえば体重が同じ人を浴槽いっぱいに水(お湯)が入ったところに、頭まですっぽり潜って、減った水の体積を計量したら同じかどうか比較してみればいい。多分、体重が同じでも体積は違ってくるのではないか)
毎日降り続く雨のために酸素欠乏に陥っている植物の根が限界ぎりぎりである。特に根の酸素要求量の多い作物はもう死にかけている。あと一日か二日、踏みこたえられるか?
一週間前にN君がカナダから持って来てくれた種、来春になってから播くつもりだったが、N君の兄さんも播きたいのだそうで、試験的に播種してみてくれないかと言われたので、彼が来た日の午後、6×12=72穴のセル・トレイ(ブラグ・トレイとも言う?)に外国の種苗会社やナーせりーから取り寄せた2種類もふくめて、6×6=36粒づつ播種してみた。
一週間後の今日、数を数えてみると、N君の種は発芽ゼロ、購入した2種類の一方は33/36本発芽、他方は32/36本発芽、という結果。これも不思議。
N君の種は2010年の新種、他の2種類は昨年採取の2009年物。N君のはまだ採取が若干早かったか、冷蔵庫に一定期間入れて冬を経験させてから播種するか、あるいはほんとうに冬越して来春播種すればよかったか? 何でもやみくもに種を播けば発芽するというものでもないのである。
2010年7月15日木曜日
スクリーン・キー・ボード
そういう補助機能がWindowsにあるのを知らなかった。
たまたまフランス語の詩や小説のタイトルや本文を入力したいことがあっても、通常のアルファベットはともかく、フランス語特有のアクサン記号というのが入力できなくて困っていた。それで検索したらキーボードの言語をフランス語に切り替える方法もあった。そのためには先ずキーボードの言語にフランス語を追加する必要があって、どうにか追加できた。言語バーに日本語だけでなくフランス語も表示されるようになり、日本語とフランス語の切り替え方法も解った。
しかし、それだけではダメだった。英語=日本語入力を前提に製造されているこのパソコンのキーボードでは、どのキーがフランス語のアクサン記号に相当するのか判らない。
そこでさらに検索を見ていたら、Windowsに「スクリーン・キー・ボード」というユーザー補助機能があることが判った。この「スクリーン・キー・ボード」というユーザー補助機能は四肢に障害のあるひとたちのために用意されている機能だと表示される。モニター上にキーボードが現われ、それを使って入力するシステムである。
先ずはキーボードを日本語入力からフランス語に切り替えておいて、その後で「スクリーン・キー・ボード」をモニター上に表示すると、あらら、フランス語仕様のキーボードが現われたではありませんか。そのモニター上のキーボードで、めでたく「è」とか「à」とか入力できるようになりました。
パソコンてすごい、怖い。
神様みたいに全能で、悪魔みたいに全能。
たまたまフランス語の詩や小説のタイトルや本文を入力したいことがあっても、通常のアルファベットはともかく、フランス語特有のアクサン記号というのが入力できなくて困っていた。それで検索したらキーボードの言語をフランス語に切り替える方法もあった。そのためには先ずキーボードの言語にフランス語を追加する必要があって、どうにか追加できた。言語バーに日本語だけでなくフランス語も表示されるようになり、日本語とフランス語の切り替え方法も解った。
しかし、それだけではダメだった。英語=日本語入力を前提に製造されているこのパソコンのキーボードでは、どのキーがフランス語のアクサン記号に相当するのか判らない。
そこでさらに検索を見ていたら、Windowsに「スクリーン・キー・ボード」というユーザー補助機能があることが判った。この「スクリーン・キー・ボード」というユーザー補助機能は四肢に障害のあるひとたちのために用意されている機能だと表示される。モニター上にキーボードが現われ、それを使って入力するシステムである。
先ずはキーボードを日本語入力からフランス語に切り替えておいて、その後で「スクリーン・キー・ボード」をモニター上に表示すると、あらら、フランス語仕様のキーボードが現われたではありませんか。そのモニター上のキーボードで、めでたく「è」とか「à」とか入力できるようになりました。
パソコンてすごい、怖い。
神様みたいに全能で、悪魔みたいに全能。
2010年7月13日火曜日
象の時間、蟻の時間
などと書いたら、それは間違いです、「ゾウの時間 ネズミの時間」のことでしょうって指摘されるでしょう。
今日、たまたま外に出られず、デスクワーク兼留守番などをしながらちょこっとtwitterを開いた。アカウントを取得して一回だけツィートしてみたものの気恥ずかしくなって削除し、以後、一度も開かず、まして誰もフォローせず、誰にもフォローされず放置してあったのだけど、少し検索してみた。プロの作家は見つかったが、さすがに文芸同人誌の書き手でtwitterをしているひとは見当たらなかった。いや、いても私の粗末な検索ではヒットしなかった。twitter、実は日本語での検索はまだあまり効率的ではないらしい。
どうも最近RSSリーダーに登録してあるブログの9割くらいが休止または死んでしまったみたいにちっとも更新されなかったのは、ひょっとすると皆がblogから twitterへ移動した所為?
「ゾウの時間 ネズミの時間」というのは、
そう、だから、同じ人間でありながらネットをする人間としない人間、ウェブサイトを持つ人間と持たない人間、ブログを持つ人間と持たない人間、さらにtwitterをする人間としない人間とでは寿命が大幅に異なるのである。
ネットもしない人間が象であるならば、ブログを毎日せっせと更新するのはネズミ、一日に5回、10回、20回とtwitterにアクセスしてツィートする人間は、実は蟻だったりして。
今日、たまたま外に出られず、デスクワーク兼留守番などをしながらちょこっとtwitterを開いた。アカウントを取得して一回だけツィートしてみたものの気恥ずかしくなって削除し、以後、一度も開かず、まして誰もフォローせず、誰にもフォローされず放置してあったのだけど、少し検索してみた。プロの作家は見つかったが、さすがに文芸同人誌の書き手でtwitterをしているひとは見当たらなかった。いや、いても私の粗末な検索ではヒットしなかった。twitter、実は日本語での検索はまだあまり効率的ではないらしい。
どうも最近RSSリーダーに登録してあるブログの9割くらいが休止または死んでしまったみたいにちっとも更新されなかったのは、ひょっとすると皆がblogから twitterへ移動した所為?
「ゾウの時間 ネズミの時間」というのは、
動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである。
そう、だから、同じ人間でありながらネットをする人間としない人間、ウェブサイトを持つ人間と持たない人間、ブログを持つ人間と持たない人間、さらにtwitterをする人間としない人間とでは寿命が大幅に異なるのである。
ネットもしない人間が象であるならば、ブログを毎日せっせと更新するのはネズミ、一日に5回、10回、20回とtwitterにアクセスしてツィートする人間は、実は蟻だったりして。
2010年7月12日月曜日
私は知りませんぞ
眼鏡のフレームが壊れた。
右のレンズが入っているフレームのツルと接合している部分のすぐ上でメタルが切断状態になり、レンズがごろんと転がったのだった。ひえ~。
そういえば春に、椅子に眼鏡を置いたのを忘れて座ってしまったことがあり、変形したので眼鏡店に持ち込んで何とか直してもらったのだったが、結局はその時のダメージが切断状態にまで進んだのだろう。
レンズとフレームで4~5万。覚悟して数十年世話になっている眼鏡店に行った。
すると、レンズは傷ついていないからそれに合うフレームを選べばいいというので、店主が出して来るフレームの中から選択。フレーム代だけで済み、ほっ。
雨が降り続いて草退治が出来ないので、菜園がすごいことになっている。下仁田ネギではない、夏の長ネギだけ草退治をして土寄せをした。
帰宅後、家人ふたりとも外出中で、ぼうっとしているのも嫌なのでホームセンターへ厚さ1cm、長さ90cm、幅60cmのシナベニアを買いに行った。蕎麦打ち用に1,5cm×90cm×90cmのシナベニアがあるのだが、500g以下、あるいは自分用だけの少量を打つのには大きすぎていちいち物置から出して来るのが面倒なのである。少し縦長に延せば蕎麦も長くなっていいので、幅60cmが良かろうと判断。
帰宅後、早速、久しぶりに十割蕎麦を300g、水150ccで打ってみた。何とか打って切ることができたが、やはり二八よりそっと扱わないと切れてしまいそうで粗忽者はややナーバスにならざるを得ない。やはり少しは乱暴に扱える二八蕎麦を打った方がいいのか。
その上、昼食に茹でて食べてみると、家族三人全員が二八蕎麦との風味の差が判らない。十割も二八も同じなんて、皆、舌がバカなのであります、(ーー;)
そういえば、先週大阪へ行った妻が、一泊二日をともにした東京の女性詩人に「夫が蕎麦打ちをしたりルバーブ・ジャムを作ったりするのでお送りしますね」と言ったとか、言わないとか、そんなこと(ーー;)......私は知りませんぞ。
右のレンズが入っているフレームのツルと接合している部分のすぐ上でメタルが切断状態になり、レンズがごろんと転がったのだった。ひえ~。
そういえば春に、椅子に眼鏡を置いたのを忘れて座ってしまったことがあり、変形したので眼鏡店に持ち込んで何とか直してもらったのだったが、結局はその時のダメージが切断状態にまで進んだのだろう。
レンズとフレームで4~5万。覚悟して数十年世話になっている眼鏡店に行った。
すると、レンズは傷ついていないからそれに合うフレームを選べばいいというので、店主が出して来るフレームの中から選択。フレーム代だけで済み、ほっ。
雨が降り続いて草退治が出来ないので、菜園がすごいことになっている。下仁田ネギではない、夏の長ネギだけ草退治をして土寄せをした。
帰宅後、家人ふたりとも外出中で、ぼうっとしているのも嫌なのでホームセンターへ厚さ1cm、長さ90cm、幅60cmのシナベニアを買いに行った。蕎麦打ち用に1,5cm×90cm×90cmのシナベニアがあるのだが、500g以下、あるいは自分用だけの少量を打つのには大きすぎていちいち物置から出して来るのが面倒なのである。少し縦長に延せば蕎麦も長くなっていいので、幅60cmが良かろうと判断。
帰宅後、早速、久しぶりに十割蕎麦を300g、水150ccで打ってみた。何とか打って切ることができたが、やはり二八よりそっと扱わないと切れてしまいそうで粗忽者はややナーバスにならざるを得ない。やはり少しは乱暴に扱える二八蕎麦を打った方がいいのか。
その上、昼食に茹でて食べてみると、家族三人全員が二八蕎麦との風味の差が判らない。十割も二八も同じなんて、皆、舌がバカなのであります、(ーー;)
そういえば、先週大阪へ行った妻が、一泊二日をともにした東京の女性詩人に「夫が蕎麦打ちをしたりルバーブ・ジャムを作ったりするのでお送りしますね」と言ったとか、言わないとか、そんなこと(ーー;)......私は知りませんぞ。
2010年7月11日日曜日
名づけえぬもの
妻が以前の職場の盟友からいただいたまま、ろくに手入れもしていないのに今年も富貴蘭が咲いた。白い可憐な花に鼻を近づけると甘やかな香りが漂い、体の力が抜けてしまう。
見ればだいぶミズゴケが減少して根の周りがスカスカ。ミズゴケを山のように追加してあげないと。
富貴蘭は育成者が名前を付けるらしく、戴いた時には「雪山」という名前が付けられていた。形を変えて、ご自分で好きな名前を付けていいですよと言われたとか。そうか、ミズゴケで盛り上げてから独自な名前を命名しよう。名づけえぬものばかりじゃうんざりだものね。
今日のうちにメール添付で届いたふたり分の原稿データを、HTMLファイルとPDFファイルに変換してアップロードの準備万端整え、ftpでアップロードすればいいところまで進める。
印刷版と違ってWEB版がいいのは、ミスがあっても修正が出来るという点。私のような粗忽者には間違えてはいけない印刷版はプレッシャーで、プレッシャーを感じるとますますミスを犯すという無限スパイラルに絡めとられる。その点、WEB版はいつでも修正可能なので、気持ちが楽。
2010年7月10日土曜日
串が無い焼き鳥
書き出しに結末を書いてしまったのではメビウスの輪にもならず、ただの点でお終いではないかと気づき、結末を切り取って後ろへペーストし、さらにファイルをあれこれ組み替えしているうちに、書いている本人にも統御不可能になって来て、これには困りました。
やはりストーリーというものは焼き鳥で言えば串のようなもので、レバーや肉やネギがあっても串が無いと焼き鳥にならないように、ストーリーが無いと小説にならないらしい。
小説というものは一種の時間芸術であるからストーリーなり時間の流れがあるのは当然で、その時間の流れやストーリーを断ち切らないまでも軽視して小説を書こうとすると、小説の神様に逆襲されてとんでもない曲芸を演じるほかなくなってしまうらしい。瞬間芸を延々と続けるようなものである。
何ともバカな試みをしているものである。
これではまた締め切りに間に合わない。
だからまたまた、版下製作などの実務はするけれど、この際編集発行人は別のどなたかにお願いした方がいい、などとと思うことしきり......。
運営する文学館の方に久しぶりに推薦者からのメールがあった。
自薦ではなく他薦という仕組みが障害なのかなかなか新たな推薦者が現われなかず、どうしようかと悩んでいた矢先だった。
ただし、今回の推薦もおふたりでお互いの作品を推薦するという形で、出来レースという言葉を考えないでもないが、あまり目くじらを立てることもないと思う。変な作品だったら推薦者がその目を疑われたり笑われたりするだけだし、そういう場合の読み手の目を、私は信じている。
ただ、作品推薦の責任を負っていただくという意味合いからも、推薦者の推薦文は今後は必須としよう。
やはりストーリーというものは焼き鳥で言えば串のようなもので、レバーや肉やネギがあっても串が無いと焼き鳥にならないように、ストーリーが無いと小説にならないらしい。
小説というものは一種の時間芸術であるからストーリーなり時間の流れがあるのは当然で、その時間の流れやストーリーを断ち切らないまでも軽視して小説を書こうとすると、小説の神様に逆襲されてとんでもない曲芸を演じるほかなくなってしまうらしい。瞬間芸を延々と続けるようなものである。
何ともバカな試みをしているものである。
これではまた締め切りに間に合わない。
だからまたまた、版下製作などの実務はするけれど、この際編集発行人は別のどなたかにお願いした方がいい、などとと思うことしきり......。
運営する文学館の方に久しぶりに推薦者からのメールがあった。
自薦ではなく他薦という仕組みが障害なのかなかなか新たな推薦者が現われなかず、どうしようかと悩んでいた矢先だった。
ただし、今回の推薦もおふたりでお互いの作品を推薦するという形で、出来レースという言葉を考えないでもないが、あまり目くじらを立てることもないと思う。変な作品だったら推薦者がその目を疑われたり笑われたりするだけだし、そういう場合の読み手の目を、私は信じている。
ただ、作品推薦の責任を負っていただくという意味合いからも、推薦者の推薦文は今後は必須としよう。
2010年7月9日金曜日
タデ科三昧
カナダから帰って来たN君、午前十時に来訪。二時間ほどしゃべった。住んでいる町の周辺の森に行者にんにくが群生していており、カタクリ、と何とか、その3種類の植物がセットになって群生しているので探しやすいのだそうだ。このあたりは、もう少し標高が高い場所に行かなければ無さそう。
それから4月と同じで進行で申し訳ないが、朝食後に打っておいた蕎麦を茹で、母親をまぜて3人で昼食。
4月にわが家で蕎麦を食べた後、東京に戻って深大寺蕎麦を食べに行ったら蕎麦の風味がまったく感じられなかった。ほんとうにおいしい蕎麦の味を知ってしまうと不幸かもしれないという。確かに。どこにいっても満足できなくなる。
彼が私のために購入して庭に植えたGerman Wineの、今年の新物の種を頂戴した。200粒くらいはあるだろうと。これは来年春に播種する予定だったが、N君の兄も播いてみたいというので家にも少し種をおいた。今播いて発芽するかどうか、播いてみてほしいというので、彼が帰った後、72穴のセル・トレイにGerman Wineを36粒、Victoria Redを36粒播いてみた。Victoriaは本来は緑のはずだがRedと表示されている、その矛盾を実際に検証してみたくて購入したものなので、これはいい機会である。
今回来日、面接を受けた結果が良ければまた9月に来日し今度は数ヶ月の研修に入るらしい。それからネパール? すごい。
それから4月と同じで進行で申し訳ないが、朝食後に打っておいた蕎麦を茹で、母親をまぜて3人で昼食。
4月にわが家で蕎麦を食べた後、東京に戻って深大寺蕎麦を食べに行ったら蕎麦の風味がまったく感じられなかった。ほんとうにおいしい蕎麦の味を知ってしまうと不幸かもしれないという。確かに。どこにいっても満足できなくなる。
彼が私のために購入して庭に植えたGerman Wineの、今年の新物の種を頂戴した。200粒くらいはあるだろうと。これは来年春に播種する予定だったが、N君の兄も播いてみたいというので家にも少し種をおいた。今播いて発芽するかどうか、播いてみてほしいというので、彼が帰った後、72穴のセル・トレイにGerman Wineを36粒、Victoria Redを36粒播いてみた。Victoriaは本来は緑のはずだがRedと表示されている、その矛盾を実際に検証してみたくて購入したものなので、これはいい機会である。
今回来日、面接を受けた結果が良ければまた9月に来日し今度は数ヶ月の研修に入るらしい。それからネパール? すごい。
2010年7月8日木曜日
雨にうんざり
雨が降らない日が無い。管理機で耕して土がふかふかになっているだけ多くの水分を含んでしまう。発芽した草の芽が毎日成長しているのが判るが、あまりに多くの水を含んだ土壌はずぶずぶとワークブーツが沈んでいってしまい、草退治もままならないまま、緑色を濃くしてゆく。植えたSaint DriftやUnisonous Tragedyも水捌けの悪い場所のものは根腐れを起こしているのか、かえって茎が真っ赤になっている。植物は存亡の危機に瀕するとアントシアンを形成し、種を作ろうとする。
この度の躓きの原因は、書き出しで結末まで書いてしまったことらしいと気がついた。
ドジなことである。
これでは書き進められない訳だ。
この書き出しをすべて捨てるか、それとも書き出しで書いてしまった結末だけを削除するか?
欲張らずに、チェーホフのカーチャのまがい物=歪んだ真珠、しか書けなくてもいいと思えばいい。歪んだものは歪んだままにその姿を提示する、それでいいじゃないか。
Boris Vianの「醜いやつらは皆殺し」と、ノエル・アルノーの評伝「Boris Vian その並行的人生」(書肆山田・1992刊・6500円)のなかの公民論の部分を再読(三読?)。
埋め込み禁止なので、URLにリンク。
この度の躓きの原因は、書き出しで結末まで書いてしまったことらしいと気がついた。
ドジなことである。
これでは書き進められない訳だ。
この書き出しをすべて捨てるか、それとも書き出しで書いてしまった結末だけを削除するか?
欲張らずに、チェーホフのカーチャのまがい物=歪んだ真珠、しか書けなくてもいいと思えばいい。歪んだものは歪んだままにその姿を提示する、それでいいじゃないか。
Boris Vianの「醜いやつらは皆殺し」と、ノエル・アルノーの評伝「Boris Vian その並行的人生」(書肆山田・1992刊・6500円)のなかの公民論の部分を再読(三読?)。
埋め込み禁止なので、URLにリンク。
2010年7月7日水曜日
やれやれ
しばらく前に、私が管理運営している「文芸同人誌掲載作への感想批評をアップするブログ」につまらないコメントを入れた爺さんがいて、そのコメントを削除してつまらんコメントを入れないようにという記事を書いておいたのだけど、昨日未明に、懲りずにまたつまらないコメントを入れられた。Lydwineさんのブログにも。
何とも頭の悪い爺さんで、他人(ひと)の言うことがまったく理解できず、自分の言いたいこと、天上天下唯我独尊なことしか書けない。
この爺さんは、自分で自分の筆名本名をyahooやniftyで検索し、そこでヒットした記事を見て回って気に入った記事には気に入ったコメントを入れ、気に入らない記事には噛み付くという妙な性癖の持ち主である。その上、自分で自分を大物と言い、たかが同人誌で同人雑誌評をしているに過ぎないのにいっぱしの評論家気取りで偉そうな物言いをする。
books.or.jpで検索しても、Amazonで検索しても、この爺さんの著作など一冊もヒットしない。一冊の評論集もない爺さんが自分で評論家を名乗っているのだからあきれる。
こんなアホなご仁は相手にもしたく無し、相手にもされたくないので、とりあえずはこの爺さんのIPアドレスを把握し、htaccsesを使ってアクセス禁止措置にしました、やれやれ。
動的IPなのでいつまでこのおまじないが効くか分かりませんが、IP変わったらまたそのIPに書き換えてアクセス禁止措置にいたします。
何とも頭の悪い爺さんで、他人(ひと)の言うことがまったく理解できず、自分の言いたいこと、天上天下唯我独尊なことしか書けない。
この爺さんは、自分で自分の筆名本名をyahooやniftyで検索し、そこでヒットした記事を見て回って気に入った記事には気に入ったコメントを入れ、気に入らない記事には噛み付くという妙な性癖の持ち主である。その上、自分で自分を大物と言い、たかが同人誌で同人雑誌評をしているに過ぎないのにいっぱしの評論家気取りで偉そうな物言いをする。
books.or.jpで検索しても、Amazonで検索しても、この爺さんの著作など一冊もヒットしない。一冊の評論集もない爺さんが自分で評論家を名乗っているのだからあきれる。
こんなアホなご仁は相手にもしたく無し、相手にもされたくないので、とりあえずはこの爺さんのIPアドレスを把握し、htaccsesを使ってアクセス禁止措置にしました、やれやれ。
動的IPなのでいつまでこのおまじないが効くか分かりませんが、IP変わったらまたそのIPに書き換えてアクセス禁止措置にいたします。
2010年7月6日火曜日
再開いたします
小説が書けないのは、ブログを書いたりしていて時間やエネルギーが無くなって書けないのではなく、書こうとするものがあまりにネガティブであることに阻まれてのこと、つまりまったくの別問題でありますので、ブログを再開することにいたします。
��書いたまま未公開扱いにしてあった記事も同時にアップいたします)
2010年7月5日月曜日
小説の神様
草木も眠る丑三つ時に(古、ぷふっ)ふと目覚めると、目の前に妙な老人が浮遊していた。足が見えないから、座っているのでもなく立っているのでもなく、まさに浮遊していたのである。
彼の視線と私の視線が交わると、彼は目でものを言った。
「おまえなあ、おまえが小説を書けないのは、時間がないとか、努力が足りないとか、エネルギーが足りないとか、そういう問題じゃないんだよ。そんな単純なことも解らないのか? 要するにおまえさんの思考や感覚があまりにネガティブすぎるから小説が成立しないのだよ。もっとポジティブにならなきゃ、ひとさまに読んでいただける小説など書ける訳が無い」
と言いたいことだけ言って、彼の姿は一瞬にしてかき消えた。
あれが、小説の神様、なのだろうか?
彼の視線と私の視線が交わると、彼は目でものを言った。
「おまえなあ、おまえが小説を書けないのは、時間がないとか、努力が足りないとか、エネルギーが足りないとか、そういう問題じゃないんだよ。そんな単純なことも解らないのか? 要するにおまえさんの思考や感覚があまりにネガティブすぎるから小説が成立しないのだよ。もっとポジティブにならなきゃ、ひとさまに読んでいただける小説など書ける訳が無い」
と言いたいことだけ言って、彼の姿は一瞬にしてかき消えた。
あれが、小説の神様、なのだろうか?
2010年7月4日日曜日
電子書籍の数年後
epubというのはこの頃話題のipadなどで読む電子書籍の主流となるかもしれないフォーマットのことであるらしい。電子書籍自体はそのepubファイルや画像、CSSなどをまとめて圧縮したzipファイルになる。
iPadを購入する予定など無いが、電子書籍というスタイルには興味があるのでこのところ少しずつ検索しては読んでいる。
電子書籍を読むのはiPad、ソニーのsony reader、などを購入し、パソコンでダウンロードしたファイルをreaderに移せばいつでも読めるのは当然なのだが、私の関心はどうやって電子書籍を作るのかということ。そこでいろいろ検索してみたが、フリーのソフトもあるが横書きしか出来ず、日本語の縦書き表示が出来ない。
アメリカでiPadがめちゃくちゃ売れて所有者が増えているらしいが、横書きでアルファベットに数字だけという言語だから増えるのは当然。
でも日本でも既に出版社で日本語を縦書き表示している電子書籍を販売しているではないか、って? そうですね。ということは出版社はすでに縦書き表示できる電子書籍作成ソフトを持っているのでは? 更に検索するとありました。が、価格が一括購入だと百ん十万円なのだそうです。
しかしです。今はそうでもインターネットの世界にはすごいひとたちがいますので、じきにフリーの電子書籍作成ソフト(しかも日本語縦書きがきれいに出来る)が登場するのじゃないかと、のんきなことを考えています。
数年後は無理でも、5年後くらいにはしろうとが電子書籍を自作できるようになったらいいなあ。無論、文芸同人誌も電子書籍版。
��ただの願望であります)
iPadを購入する予定など無いが、電子書籍というスタイルには興味があるのでこのところ少しずつ検索しては読んでいる。
電子書籍を読むのはiPad、ソニーのsony reader、などを購入し、パソコンでダウンロードしたファイルをreaderに移せばいつでも読めるのは当然なのだが、私の関心はどうやって電子書籍を作るのかということ。そこでいろいろ検索してみたが、フリーのソフトもあるが横書きしか出来ず、日本語の縦書き表示が出来ない。
アメリカでiPadがめちゃくちゃ売れて所有者が増えているらしいが、横書きでアルファベットに数字だけという言語だから増えるのは当然。
でも日本でも既に出版社で日本語を縦書き表示している電子書籍を販売しているではないか、って? そうですね。ということは出版社はすでに縦書き表示できる電子書籍作成ソフトを持っているのでは? 更に検索するとありました。が、価格が一括購入だと百ん十万円なのだそうです。
しかしです。今はそうでもインターネットの世界にはすごいひとたちがいますので、じきにフリーの電子書籍作成ソフト(しかも日本語縦書きがきれいに出来る)が登場するのじゃないかと、のんきなことを考えています。
数年後は無理でも、5年後くらいにはしろうとが電子書籍を自作できるようになったらいいなあ。無論、文芸同人誌も電子書籍版。
��ただの願望であります)
2010年7月3日土曜日
2010年7月2日金曜日
檜? さわら?
花園1号、2号、3号ではなく、以前から家庭菜園用に借りている畑はもともと敷地内に家があり、その地続きが庭、畑となっていて、面積はあるいは300坪以上あるのかもしれない。その庭の中央に樹木に詳しくないので檜だかさわらだか判断がつかない樹木が3本、多分実生のまま成長してずいぶん大きくなってしまい、ことに地主がタマネギ、にんにく、馬鈴薯、ネギを作っている場所の日当たりが悪く生育不良であるので、一ヶ月ほど前にたまたま畑で遇った時にその3本を伐採してもいいかと訊ねたら、切って下さいと。
そこで、本日午後、チェーンソーとアルミの脚立を持参、先ずは届く範囲の枝を払い、一本目を伐採開始。根元は直径35cm~40cmくらいあるので、腰掛けるのにちょうど良いくらいの高さで切り株を残すように高い場所に受け口を作り、伐採開始。お、狙った方向にまっすぐ倒れました。
枝を払い、幹だけを軽トラックに載せられる長さに切断。これを薪にするとして、檜だったらどうしましょう。檜の薪なんて贅沢すぎますので、さわらということにしておきましょう。
そこで、本日午後、チェーンソーとアルミの脚立を持参、先ずは届く範囲の枝を払い、一本目を伐採開始。根元は直径35cm~40cmくらいあるので、腰掛けるのにちょうど良いくらいの高さで切り株を残すように高い場所に受け口を作り、伐採開始。お、狙った方向にまっすぐ倒れました。
枝を払い、幹だけを軽トラックに載せられる長さに切断。これを薪にするとして、檜だったらどうしましょう。檜の薪なんて贅沢すぎますので、さわらということにしておきましょう。
2010年7月1日木曜日
カナダからのメール
カナダのN君からメール。6月末に来日し、7月5日面接、7日に帰省、8日にわが家訪問の予定だと。6月5日面接だと思っていたので、連絡が無いから書類審査をパスできなかったのだとばっかり思っていたら、一ヶ月記憶違いしていた。やはりボランティアでネパールに行くのか。
German Wineの種がたくさん採れたから持って来てくれるという。
そのお返しはまた手打ち蕎麦でいい?
German Wineの種がたくさん採れたから持って来てくれるという。
そのお返しはまた手打ち蕎麦でいい?
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