2010年4月29日木曜日

音もなく静かに

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 だいぶ日が暮れるのが遅くなってきた。
 夕方5時過ぎに畑に行って、昨年8~9月の旱魃で絶滅しそうになったワサビをポリポット植えにして育苗、復活させたものを、懲りずに畑の隅、竹林の日影になる場所に植えた。18本。
 陸ワサビで上手に増殖させているひとがいるのだけど、生育環境がどこか違うのだなあ。
 その後、まだ時間があったので昨年植えてなぜか半分以上枯死してしまったSD種のうちの、生き残りの株をすべて植え替えて通りをそろえた。これで、今年播種した分と区別できる。
 枯死の原因だが、海外のサイトで堆肥を1エーカーに何十トンなどと書いてあったので真似たのだったが、どうもその量が多すぎたのかもしれない。
 
 



 原稿ファイルを開いたが、読み返しただけ。裁縫の返し縫のように、前へ進んでは少し戻り、前へ進んでは少し戻りといった風に、読み返しながら前へ先へ書き進むのが理想だが、いつでも前へ進むとは限らない。
 一応二段組で5頁の下段まで来ているが、まだメモに近い。消したり書き加えたり、どういう形になるかイメージさえもはっきりしていない。はっきりしているのは主人公が三十代の女性で、彼女の内的世界を審問、探索するということ。
 実際にその場にいる人物がふたりというのが実に窮屈だが、不要な人物を増やす訳にはいかない。あとの人物は主人公の頭の中に居る。それが重要。
 毎晩3時間くらい集中できればいいのだが、その集中がまったく出来ない。音もなく静かに寄る年波......? (ーー;)




 何度も繰り返しますが......。
 

 このアルバムの12曲、すべてDLさせていただきました。 

2010年4月28日水曜日

発芽萌え

 最近気がついたが、最初に植えたオヤマボクチはポリマルチをしなかったので2列植えたあちらこちらに実生のオヤマボクチが発芽している。
 オヤマボクチをつなぎにした蕎麦はソバの風味を殺してしまうことが判ったので、もう打つ気はしないのだが、妙な性癖で発芽した双葉を見ると気持ちが動く。どうも怪しい発芽萌えである。
 とはいえ、翌年植えた2列と合わせると結構な株数で、まだ抜いていないので、今年も茂ることだろう。
 
 
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 19日に播種したSD(Saint Draft)種、ふたつの育苗箱でほぼ芽が出揃った。
 何の種でも発芽した双葉はかわいい。
 先に播種してポリポットに仮植したものを置いておく場所が狭くなってきたので、植え出ししてしまいたいが、こう低温続きでは危なくてまだ出来ない。

2010年4月27日火曜日

欲張りですが切実に

 Canadaに帰国したN君からメール。
 帰国前に深大寺蕎麦を食べたが、君が打ってくれた蕎麦の方がずっとうまかった、と。
 そりゃそうでしょ、汗水流して種から一貫生産しているんだから。
 昨年だったか採種してあげた行者ニンニクの種が裏庭で20本くらい発芽したらしい。
 ただし、奥さんが近くの林で行者ニンニクとカタクリの群生地を発見したという。しかし、かの地では野生の植物は採取してはいけないのがcommon senseであるらしく、採るのにはかなりの勇気を必要とするらしい。このあたりの住民が国有林と民有林を問わず山菜採りをするのと同じようにはいかないらしい。




 小説、仕事に忙殺されて停止したまま。主人公がむやみに音楽を想起しながらというスタイルはほぼ固まったが、一気に書き通すだけの時間も体力も無いので、少しずつ、亀の歩みで進むほかない。性格的にはウサギで寝ずに一気に書いてしまいたいタイプなはずだが、それが許されない。
 チェーホフが女性主人公を内側から見る柔らかい視線と、戦闘的に人間の不合理を追求してやまないドストエフスキーの人間を外側から見るシビアな視線。
 欲張りですが切実に、その双方が欲しい。




 最後は、やはりバッハの無限カノンで締めるべきであろう。





2010年4月26日月曜日

思いっきり反逆的な小説

100425tabi-kaban.jpg  創刊号をお送りいただいた。発行所は福岡市の花書院、編集は東大阪市。知己の方がおふたり書かれている。

 うわ~、Mさん、バイクに乗られるんですね。
 無条件に、小説を書くよりもカッコいい(なんて言っては叱られますね)。
 
 小説を載せられた皆様、これから拝読して、感想が生まれたら書かせていただきますが、生まれなかったらごめんなさい。

 それにしても、創刊号っていいなぁ。
 思いっきり反逆的な小説が書けたら死んでもいいのだけど、書けないから、まだ死ねません。

怪しい店、怪しいオークション、怪しい私

 ある機械を入手したいと思っていたが新品には手が出ないので中古を探していた。
 市内の中古専門店に時々顔を出すのだが、不思議なことにまだ一度も主人が居たことがなく、留守番のおばさんか、修理係のおじさんしか居ない怪しいお店である。昨日も、仕事で通りかかったついでに車を止めて寄ってみたが、修理係のおじさんがいて、「あれ、今日もいないんですか」と訊くと、「さっきまで居たんだけどなあ、どこに行っちゃったか」と素っ気ない。商売っ気がないというか、どうも怪しいお店なので、やはりここで入手するのは断念することにした。噂では東南アジアへ中古機械を輸出して儲けたさる会社の営業ということになっているらしいが、それも定かではない。
 夜になって、有名なYオークションに希望通りの中古機械が出品されているのを発見し、価格もまずまずだったので入札してみた。終了間際に数人で競る形にはなったが、一応私が落札した。その瞬間、信じがたいことに入札者の数字が0になった。そして着信したYメールを見ると、
「出品者の操作にてオークションが途中で取り消されました。取り消しの際に出品者側で取り消しの理由説明を追加した場合は、オークションページ「商品の情報」欄に出品者からのコメントが掲示されますのでそちらをご確認ください。なお、Yオークションでは、出品者がどのような意図でオークションを取り消したかについては調査いたしかねますので、ご了承ください。」

 ポカーン。
 要するに、落札価格が自分の思うような価格ではなく、安かったのが気に入らないからオークションを取り消したのであろう。ほかに理由は考えられない。
 しかもいろいろ調べてみると、Yオークションは明らかに「入札者」より「出品者」を保護しようとしているのが明らかである。出品者の利益を優先し、入札者の不利益を省みない。
 その事が判った私は、Yオークションを運営するYジャパンのプレミアム会員であることをやめ、IDそのものも削除した。パソコンの「お気に入り」からYジャパンもYオークションもYメールも全て削除した。
 今後、死んでもYジャパンとその関連ウェブは利用しない。
 私は滅多に怒らないが、一旦怒ったらその相手には二度と振り返らない。
 (などと書いている私がいちばん、怪しい......汗) 

2010年4月25日日曜日

観察

 UT種(Unisonous Tragedy)、2回目播種分、80本仮植。20本廃棄。
 この春の1回目がやはり100/300であったから、仮植前の選抜割合はぴったり同じ。メモを見て同じ数を残した訳ではないので、この数字の一致は面白い。
 UT種の1回目の仮植分、成長は遅いがオーガニック・レッドというだけあって赤味はある。ただ茎や葉の成長が実に遅いし、地にへばりついたような形が少々危うい。
 早生、晩生という区分けでいうと、ことのほか晩生種なのかもしれないので、あわてて捨てずにじっくり観察しよう。OR(Over Riding)種がまったく空振りだったの比べれば、まだ可能性あり。
 SD(Saint Draft)種は最後の播種分が発芽して来た。これで本年の播種は終了。あとは観察のみ。

2010年4月24日土曜日

フランソワーズ・アルディ

  彼女のLa pluie sans parapluieというアルバムが今年の3月に出ていて、例の試聴サイトで全13曲を聴いた。Wikipediaを見れば、彼女はセルジュ・ゲンスブールやその妻だったジェーン・バーキンと親しかったらしい。
 65歳になって4年ぶりに出したこのアルバム、何て不思議なアルバムだろう。聴いていると妙に気持ちが和み、心が凪ぎ状態になる。
 ちなみにこの試聴サイトには彼女のアルバムが61枚もアップされている。
 
 
 La pluie sans parapluieの1曲目がYouTubeにアップされていた。


 
 
若い頃はこんな感じ。

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2010年4月23日金曜日

パソコンでDVD?

 妻の知人がDVDを送って来た。早速ドライブに入れてみたが再生されないという。ドライブにDVDという文字はあるが、DVDソフトがインストールされていないのだから再生されるはずもない。
 パソコンでDVDを見るという習慣がないわが家なので無理もない。
 そういえば、以前、M君が外付けのDVDドライブを「あげる」と言って置いて行ったことがあるが、あれにPower DVDが付属していたような気がして、探してみたらあった。ヴァージョンは古いが、自分のパソコンにインストールしてDVDをドライブに入れたら再生が始まった。
 JAZZの演奏が録画されている。ベースのおじさんが知人かと思って見ていたらプロ並みですごい。下手な詩を書いているよりJAZZの方がいいのじゃないかと思っていたら、後から出てきたボーカルのおじさんが知人なのだと。うーん、それなりの唄い方。
 ついでだから妻のパソコンにもPower DVDをインストールしたが、ちょっとパソコンの性能が低いので普通に再生している場合はいいが、スキップさせると動きが苦しそう。

2010年4月22日木曜日

山国の春

 このあたりもようやく桜が八分咲きから満開。北国ならぬ、山国の春。
 酷薄なくらい色白な山桜などはゴールデンウィークに満開だったりする。
 ああ、早く、山岳ドライブに行きたいものです。今年は八ヶ岳の原生林をユリシーズするぞ。

 午後、不意にN君から電話があり、5分後にはわが家へ。そうか、まだ帰国してなかったのか。昨日は博多や大宰府あたりを徘徊していたらしい。25日に帰国。6月にまたボランティアでカトマンズへ行くための面接に来日するという。
 たまたま、母親が昨日作った蕎麦羊羹を出したらおいしいとお代わりをした。彼はベジタリアンを宣言している訳ではないが肉、魚は自宅ではほとんど食べず、砂糖も買わないというが、あまり甘くなくさっぱりしているので口に合ったらしい。母親もいっしょにお茶を飲みながらしゃべる。妙な光景。

 いつも行っているのとは別のフランスの試聴サイト、アカウントを取らないと不都合なので、昨夜、取得しようとしたが、メールアドレスを入力しなければならない場面でつまづき、アカウント取得を断念して就寝した。
 様々なID、アカウントの取得にメールアドレスの入力は必須だが、できれば入力したくない。スパムメールが鬱陶しいし、そうでなくてもアカウントを取得したウェブサイトからの宣伝メールだって、無料で利用しておいて虫のいい話だが、実は受信したくない。ウェブメールのアドレスも複数持っているが、海外のウェブには使いたくない。
 そこで、思い出したのがこのブログを設置しているレンタルサーバーにメールアドレスがいくつでも設定できること。早速アドレスを作って、それを入力して試聴サイトのアカウントを取得した。そしてあれこれ曲や作曲者を検索してみたが、これまで入り浸っていた試聴サイトの方が充実しているような気がした。
 ただし、試聴するためのプレーヤーの操作が外国語が苦手な者にも直感的に使いやすいのは後者。前者は慣れないと再生しにくい、けれど、アルバム全体試聴できるのは前者の方が多い。
 それにしても、こんなに聴けちゃっていいんでしょうか。

 RSSリーダーに登録している絲山さんのブログを読んだら、今日、取材のためにおひとりで当地へドライブされた模様。






 こんな歌、あったんだ。

2010年4月21日水曜日

典型?

 ひとりの女性の思考と感覚と生き様を描く言葉と、音楽との照応。
 J・ジョイスとV・ウルフ、W・フォークナーとF・オコナー、そして丸山健二。
 いまだにスタイルが決まらない。
 スタイルが決まらなければ書けない。
 典型としての存在を描く、それこそが小説なのだと思うのだけれど、実に難しい。
 典型とは何ぞや?
 存在としての共通項?

2010年4月20日火曜日

欲しいものは高い

 オークション・サイトでついにJ・Prevertの詩集「Paloles/ことばたち」訳・注解:高畑勲を発見。
 しかし開始価格6500円に手も足も出ず。本当は買うべきであろう。
 ついでに例の試聴サイトでPoetes & Chansonsの「anthology Jacqus Prevert」も検索するが見つからない。HMVにはあった
 こちらもマルチバイ特価(税込) : ¥6,314 、オンライン会員特価(税込) : ¥8,298  一般価格(税込) : ¥9,020
 欲しいものは高い。
 ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナョ~ 

 そういえば、5月に遊びに行く誘いのメールが入っていた。よりによって、私がいちばん忙しい5月に。それも携帯からのメールなので真夜中返信する訳にもいかず。......もう一度......ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナョ~

 眠い。砂男がやって来て目に砂をかけられそう。
 そういえば、新しい雑誌で小説を発表する際に使うペンネームに砂の字が入った。小説はペンネーム、エッセイなどは本名と二重人格になることにした。ペンネームに身を隠して思いっきり悪いことを書こうという魂胆だが、生まれついての性根は変わらないのか、どうもなかなか吹っ切れない。




2010年4月19日月曜日

A good man is hard to findの意味

 「A good man is hard to find」といえばフラナリ・オコナーの1953年の小説。
 ただし、それに先行して同じ題名の歌がEddie Greenというジャズマンによって1918年に作られている。
 それを、翌1919年には、Marion Harrisが唄っている。



 脱線するがこのひと、St.Louis Blues も唄っている。分かりやすい唄い方。



「A good man is hard to find」に戻る。
この歌をBessie Smithが1927年に唄い、Frank Sinatra が1951年に、George Lewisが1953年に、Brenda Leeが1959年に唄っている。

 このほかに更に歌詞を替えてTom Waits 、Hank Thompson 、Bruce Springsteen などのヴァージョンも存在する。ただしこれらはすべてEddie Greenの原詩があってのヴァリエーションで、文字通り「なかなかいい男はいない」といった男と女の歌である。

 その原詩は以下の通り。
......1918年の作品で著作権は切れていると思うから全文引用する。文学作品を批評したら引用はいかんとかいうコメントを親しいひとのブログに書き込んだ御仁がおいでだが、出典を明らかにすれば文学作品の部分的引用は認められているのである。無論、全文引用は著作権違反に決まっているが、その作品を評するのに部分引用している、それをいけないというのは自分の作品の批評をしてはいけない=読んではいけないと言っているようなものである。脱線 (ーー;)......

A good man is hard to find, you always get the other kind
Just when you think that he's your pal,
You look for him and find him fooling around some other gal
Then you rave, you even pray,
To see him laying in his grave
So if your man is nice,
You better take my advice
Hug him in the morning,
Kiss him every night,
Give him plenty loving,
Treat him right
Cause a good man now day's is hard to find
A good man is hard to find,
You always get the other kind
Just when you think that he's your pal,
You look for him and find
Him fooling around some other gal
Then you rave,
You even pray,
To see him laying in his grave
So if your man is nice,
You better take my advice
Hug him in the morning,
Kiss him every night,
Give him plenty loving,
Treat him right
Cause a good man now day's is hard to find
So if your man is nice,
You better take my advice
And hug him in the morning,
Kiss him every night,
Give him plenty loving,
And treat him right
For a good man now day's is hard to find


 しかしフラナリ・オコナーの小説の題名である「A good man is hard to find」は明らかに意味合いが異なる。
 こちらは聖書にまで遡らざるえないであろう、不合理な死、意味の無い死が描出されている。
 一方は「いい男はなかなかいない」であり、他方は「善人は滅多にいない」なのだ。

2010年4月18日日曜日

「音の滴」と「言葉の滴」

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 今年はまたこれまでになく花がぎっしり。もう何年咲かせているんだろう。
 置き場所がないので、これ以上株分けは出来ない。




 フォーレのノクターンを1番から11番まで全部聴いた。エリック・サティもだが、フォーレのピアノ曲にも純粋な音としての「音の滴」を感じる。
 それは、小説に作家の「言葉の滴」を感じるのとおんなじだ。
 今度書こうとしている主人公の耳にはいつでも音楽が鳴り響いている。
 でも、その「音の滴」を、どうやって「言葉の滴」に置き換えるか?
 多分また挫折するのだろうと、考えただけで気が遠くなる。

 ということで、先日新たにした、音楽が流れる書き出しを結局は破棄。同じ音楽についてエッセイを書いてしまっているのを思い出したので、そちらを生かしたい。



2010年4月17日土曜日

午前6時

 積雪20cm!!

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  (携帯カメラ) 

何という四月

 16日だというのに、外では雪が吹雪いている。

 Tarkovskyの映画のうち、旧ソ連で製作された映画のほとんどはネット上で、分割アップロードではあるけれど、見ることが出来る。ただ、西側に亡命してから監督した「サクリファイス」だけが皮肉にもがっちり著作権保護されていて、入手困難。時々思い出しては検索するが、国内ではこんな空恐ろしい値段がつけられている。海外で検索してみたらもっと安く数千円で入手できそうだが、日本語の字幕はない。
 あ、AMAZONのVideo On Demand で観ることが出来そうだが、Amazon.co.jpではないので、登録が面倒。レンタル・ショップにないだろうか。最近行ったことがないけれど。

2010年4月16日金曜日

歩き始め

 これまでの書き出し部分は後ろに下げて、新たな書き出しを少し書いてみた。明日の朝になれば気に入らず削除してしまう可能性が99%だけれど、書く練習だと思えばいい。
 ブログの更新など放り出して集中すべきなのだろうが、そこまで踏み切れない。(プツンと更新が途切れたら、そういうことだとご理解下さい)

 それにしてもフランス語の日本語カタカナ表記は難しい。というか、フランス語を日本語カタカナ表記しようということ自体がナンセンス。耳で聴こえる通りにカタカナ表記すると、辞書の発音記号からは遠ざかるのだけど、フランス人だって辞書通りの発音をしているわけではないだろうと、開き直る。
 私の耳にはこう聴こえた(それでいいのだ)。

 ル・クレジオの「調書」に登場する女性はミシェール、連想されるのは同じ名前のB・ヴィアンの最初の妻の名。ミシェールという名を目にしたり耳にするだけで、胸が疼く。
 さらに、ル・クレジオの「テラ・アマータ=愛する大地」に登場する女性はミナ。カフカが夢中になった女性はミレナ。
 みんなM、ミの字で始まる。
 それにちなんで自分の主人公もミの字で始まる名前にしたい気もするが、実はいまのところ「わたし」で書いている。
 一人称で書くのと、固有の名がある三人称で書くのと、文体がまるで変わらないならば、人称にこだわる必要もない。しかし、厳密には、一人称と三人称では文体が異ならなければならない。
 その見極めがつくまでは、「わたし」になるのか「ミの字」になるのか、判らない。

2010年4月15日木曜日

Bill Evansの先輩



このひとのアルバムを例の試聴サイトで検索したらアルバム13枚が見つかった。そのうちの一枚を聴いた。1918年生まれで、1929年生まれのBill Evansより11歳年上。現在92歳。この動画での演奏は35年前。

2010年4月14日水曜日

憮然&made in bath

 歳をとると、どうやら時間の感覚がおかしくなるらしい。
 朝目覚めると、つい先ほど寝たばかりなのに、もう起きなくてはいけないのかと思う。
 零時前後になって寝ようとすると、もう寝なくてはいけないのかと思ってしまう。
 どうやらずっと眠っていたいらしい(目覚めたくないらしい)し、反対にずっと眠らないでいたいらしい。かなりな矛盾である。
 ということは、目覚めと就寝の時だけ時間を意識して、他の時間は無意識で動いているのではないか。憮然とする。




20100413huroshiitake.jpg しばらく前に、楢の樹皮を破って芽を出しかけたシイタケの原木があったので、庭に10本ほど持ってきておいたら、母親がいつのまにかこんな場所に持ち込んで、シャワーの水を時々掛けていた。洗い場ではなく、浴槽横の一段高い場所ではあるが、こんな場所に置いては雑菌で汚染されると言っても「そんなことはない。お風呂の湿気は椎茸に最適だ」と言うことをきかない。そういえばこの原木に菌を植え込むとき、母親が手伝ったのだから自分のもののような気がしているのかもしれない。
 かくして、すでに十数個の採りたて椎茸(made in bath)が、バター炒めやら焼き椎茸として食卓に上った。

2010年4月13日火曜日

気分転換

 このところずっと、夕食後、そのまま9時すぎまで眠ってしまうことが多い。3月半ばから土日も休まずなので仕方ないが、疲れて来ている。これが5月末まで続くと思うとぞっとする。
 午前中、Kさんを訪問したが、Kさん、昨年初めて蕎麦を栽培したので、かんじんの仕事の話にならず蕎麦の話ばかり、しかも聞けば自己流でかなりひどい蕎麦打ちをしているようだが、案外、人の話を聞かない。何か話すと「そうじゃあるめえ」と言う。徒労感がつのり、まじめに話す気が無くなった。
 そうそう。蕎麦は、話すものではなく、打って食べるものである。夕方、一時間早く帰宅して久しぶりに蕎麦打ち。
 ソバ粉500g、特製甘皮粉100g、小麦粉120gの変則二八蕎麦。水360cc。ただし、水回しの最後に迷いが生じて水5ccほど追加したのが結果的にOUTで、柔らかすぎてこねるのと延すのは楽だったが、切るのが柔らかすぎてうまくいかなかった。サクサク切れず、包丁の刃に粘りつくのである。切り幅が不揃いになった。
 たかが5ccであるが、加水の最終局面では1cc、2ccでも重大な影響を及ぼす。あなどるべからず。
 茹で時間はやや短くした。それでも歯ごたえに物足りなさはあるが、妻と母親はこれくらいでちょうどいいという。私はもう少しコシがある方がいい。
 発泡スチロールの箱に入れて保管している「ねずみ大根」、まだそのままの状態で使えたが、貯蔵している間に甘みが出た。大根おろしを舌の上に載せると、先ず甘み、続いて辛味と変わる。秋に収穫した時にはこんな甘みは感じなかったが、これを産地のひとたちは「甘もっくら」と表現するらしい。
 最近、職場の食事会で蕎麦店に行った妻は、「うちの蕎麦の方がずっとおいしい」と言う。最初、白くて太くて蕎麦の味がしない蕎麦が出て、それから田舎蕎麦が出てきたりフキノトウの天麩羅が出てきたりしたのだそうだが、蕎麦の風味や香りがしないのだという。それでいて石臼挽きとか講釈を言うのである。
 その蕎麦店、講釈ばかりで蕎麦がうまくないと、以前から噂には聞いているので、私は近寄らない。講釈は要らないからうまい蕎麦を食べさせなさい。蕎麦屋が理屈を言っても始まらないのです。実践あるのみ。




 昨夜、ある同人誌にコンタクトをとりたい人からメールが着信しており、自分の一存でアドレスを教えるわけにはいかないので、その雑誌の同人の方にメールを転送して対処の下駄を預けたが、考えてみたら、自己紹介もなく、お手数かけますという言葉も無く、ただ連絡先を知りたいだの、自分の言いたいことしか書いてない。こういう社会性の欠如したひとに同人誌という団体生活が出来るのか疑問を感じるし、きちんとした小説が書けるはずもなかろうと思った。
 転送しない方がよかったかもしれない。

2010年4月11日日曜日

あるいは

 新たに出直す雑誌の誌名への同人の賛同を頂戴した。
 原稿締め切りも7月末と決定した。
 誌名についてはハッタリが強すぎる気もしないではないが、編集発行人としては多少のハッタリも必要だろう。
 編集発行人としてのもうひとつの隠れた野望は、表紙のフルカラー化。

 さて、これで、問題は締め切りまでに自分の作品を書くことだけになった。
 これまでの雑誌を終刊し、所属組織を抜け、地域の同人雑誌であることから離脱できたので、少しは自由な気持ちで書けるだろうか。
 最大の敵は自分であるのだけど。
 あるいは、このブログを休止してでも書かなければならないのだけど......さて。

 先日も書きましたが、巻頭に2~4頁のエッセイ、掌編小説などを掲載する場所を設けて、同人であるなしにかかわらず、ひろく原稿を求めることにします。掲載料の負担無し、逆に謝礼も無しなのですが、自由に書いていただきます。と考えながら、おふたりの詩人と批評家が頭の隅をかすめたりして。いやどこまでも水平に、自分たちと同じ同人誌の書き手をイメージすべきであろう 

 それから同人数人の募集。もう3人くらい個性的な書き手が欲しいのですが、ちょっとした絡みがあって、まだ公けに募集できません。






2010年4月10日土曜日

毎度おなじみ

 ル・クレジオの「調書」を探しているのだが見つからない。
 私の部屋は、狭いくせに、カフカの「城」みたいに迷宮だ。

 iTuneでのL'etoile a pleure roseの再生回数が240回を超えた。iPodでの再生も加えると500回を超えるかもしれない。異常というか偏執的である。興味を抱いたものにあまりに深入りしすぎる。
 以下も深入りしすぎている植物。
 そうか、私は植物フェチなのだったのか。
 私、昔、樹木写真家になりたかったのだけど、撮影対象を見つけるのに厖大な時間が必要なことに気づき、断念しました。
 
 
100409ran.jpg
 これで何年目だろう。今年はことのほか賑やかだし、鉢の数も増えた。乾燥防止にミズゴケで鉢の表面を覆ったのがよかったようだ。
 
 
100409wasabi.jpg
 菜園の日陰に植えたものは三年目で全滅してしまったが、庭のモミジの木の下で辛うじて生きていたものをポットに仮植したらずいぶん元気になった。水栽培でなく、陸栽培で結構株を増やしているひとのブログを見たが、どうしたら増えるのだろう。陸栽培ではアリルイソチネートの自家中毒で三年以上は、無理だと思うのだが。
 
 




 日本語で唄われてしまうと何か変。

2010年4月9日金曜日

備忘

 正確に数えたところ、昨年播種選抜したSD種、1回目40本植えたうち14本、2回目30本植えたうち15本しか芽が出てこない。播種時期が遅かったせいか、若干日当たりが悪い場所のせいか、寒さにはめっぽう強いはずだが、原因は判らない。
 そこで、急遽、SD種、30粒入りを10袋注文。これまで通り、30粒入りながら55~60粒くらい入っているので、550粒~600粒確保できる。米ドルで30,57$。
 

2010年4月8日木曜日

奇妙に捩じれた感じの日

 今日は、退会した団体から雑誌が届いたり、退会した方からお詫びの封書が届いたり、過ぎた日を停止あるいは逆流させたいかのような、奇妙に捩じれた感じの日。
 しかし、時は過ぎてゆく。

 昨日、待っていたアメリカからの郵便物が届いた。3月14日発送で4月6日配達とは恐れ入りました。さすがに、アメリカ郵便公社。
 先日問い合わせをした経緯もあり、発送元が心配してはいけないので「届きました」というコメントを入れておいた。
 しかし、このUT種は先に播いたものを観察していると☓である。すくすく成長しないし、赤味もいまいち薄くなってしまった。届いたので一応播種して観察はするが、多分、よほどの株でない限り廃棄することになるだろう。
 やはり本命はSD種しかないが、昨年最初に購入して播種、選抜して植え付けた30株くらいのうち、冬の間に腐って枯れてしまったらしいのが半分、いや6~7割で、がっかり。これは絶対と思って目印の棒を立てておいたひと株が生きていたのがせめてもの救い。
 そういえば、今日、あるひとにこの優秀な株の選抜の話をしたら、「そういうお金にならない道楽に時間を費やせるのがうらやましい」と言われてしまった。ぎく、(ーー;)

 昨夜、新しい誌名を同人の皆さんに提案。ややハッタリ気味な名前だが、皆さん了承して下さる感じ。
 人間の名前にしても雑誌の名前や小説の題名にしても、なかなかぴったりなものは見つからない。ほんとうはぴったりなのがベストなのだろうが、ベターにも届かない。
 もっともかつての誌名にしても、創刊のために集まったみんなで決めようとしたが決まらず、雑談をしているうちに血液型のことが話題になり、何型?と問われるままに全員が答えたのがO型で、要するに創刊当時の同人全員がO型という奇遇に思わず「O]という誌名に決まってしまったのだった。
 しかし、後にO型ではないらしい同人が入会するにあたって、気まずいので誌名の由来はあまり語らないようにして、Oは同人の和を象徴するなどとごまかしていた。最近は入会者に血液型など訊かないが、全員Oでないことは確か、(^_^;)




 枕元にル・クレジオの「発熱」と丸山健二の「水の家族」。後者は「文學界」連載中に読んだり読まなかったりし、1989年に求龍堂から出た再生復活版を持っているのだが、まだ通読はできていない。自分が書こうとするものとの近親憎悪に近い感情があり、なかなか読み進められない。

2010年4月7日水曜日

編集発行人のわがまま

 新しい雑誌では、同人の小説だけが並んでいるだけでは窮屈で風通しが悪いので、巻頭に見開き2頁のエッセイを、同人・同人でないの区別なく依頼して掲載したいと考えている。
 文学というのは小説だけではないのだから、エッセイ、詩、批評、あるいは戯曲だって載せても構わないのである。文学などは一種の言語芸術に過ぎないのだから、こうでなければならないなどという規範に縛られる必要はどこにもない。言葉で書かれたものなら何でもあり、それが文学。

 さいわい、パソコンで編集レイアウトした版下データを印刷会社に送り、印刷製本だけを依頼することで会の会計に余裕が出て来た。同人の皆さんの了解を得て、そういう頁を設けたい。無論、依頼原稿は私がお願いしたいひと、あるいは同人の皆さんの推薦される方に。
 このブログを読まれている方にも2頁のエッセイをお願いするかもしれませんが、その節は絶対に断らないで下さい、ね。

 それから、そんなに多くは望みません、少し、3人くらい、同人を増やしたいと考えています。
 それもネット上で公募するのではなく、できれば私が探して作品を読んで、このひとの原稿を載せたいと思うような書き手が数人欲しい。
 そのためにはネット上で探すほかない。印刷媒体では既存の同人誌の書き手の作品しか読めないし、他誌から引き抜く形になってしまい「、それは出来ない。とすると、同人誌やネット上の文学ウェブとも交わらず、ソリチュードではなくアイソレートに小説を書こうとしている書き手を、こちらから探し出すほかないだろう。
 と、書いたり言ったりするのは簡単だが、これが実に難しいし、時間も根気も必要。 

2010年4月6日火曜日

根気

 今夜は海外のフリーフォトのウェブを中心に写真を見て回る。有料のウェブも見ることは見たが、有料だからいいというものでもない。とにかく根気強く数をたくさん見る。その中でアンテナにかかったものをDLしておく。
 一ヶ所くらい、有料のウェブに登録しておいてもいいが、どこが良いのか、やはり一枚ずつ写真にあたってみるほかない。

 それからgimpで表紙作成の練習。

2010年4月5日月曜日

滅多にないこと

 滅多にないことだが、わが家は今日から3日連続で葬儀が続く。今日は母親のお茶のみ友だちだったが、明日は私の同級生の父親、明後日は私と同業で長いこと研修だの旅行だのを共にして来た方。明日は焼香だけで済むが、ほかは葬儀終了後の灰寄せ(この地方独特な言い方らしいが、お斎)の席にまで座るようになっている。




 最近になって発見した小説を書くひとのブログを少し丁寧に見ていって、驚いた。
 どうも見たような神社や山の写真があるのでクリックしてみたら、わが町の神社や、わが町のあたりから撮った浅間山であったり、私も家族に同道して行くスーパーマーケットのことが書かれていたり、生活圏がほとんど同じではありませんか。小説の方はオンラインでネット上で発表されているらしいが、年齢は40歳と判明。
 へえ、こんな田舎町にも小説を書くひとがいたんだ、とうれしくなりました。オンラインだけでなく印刷媒体にも発表する気はありませんか。オンラインで発表されている小説を読んでから、場合によってはコンタクトをとってみよう。

 

2010年4月4日日曜日

備忘

 期待していなかったのに発芽後に妙に赤く、俄然期待して独自にORと名付けた種子を再注文したが3週間経過してもいまだに郵便は到着しない。
 先に播種して仮植した100ポットを観察していると、どうも期待はずれらしい。成長して伸びて来ているのは6本程度で、ほかはどうも異様に伸びが悪く、しかも葉に斑点が現われているものが多いが、何らかの病斑かと思われる。
 他方、SD種の方は1回目300粒、2回目600粒を播種して108本、115本と仮植。そのうち少なくとも首まで真紅になると思われるものが10本くらいはありそう。下半分が赤く、上半分が緑色のものは相当数だが、目的は全身真紅なので判断がつかないもの以外は順に処分してゆくことになる。そうでないと、植えておく場所が足りない。
 それからこのSD種の昨年播種して植えたもの、今になっても発芽して来ないものが半分以上、いや6割くらいある。
 どうやら播種時期が6月半ばと遅く、株が大きくならないうちに寒くなったので凍って枯れてしまったのか。あるいはこの冬は雪、雨と水分が多かったので加湿状態で腐敗したのか。
 残念だが、目印を立てたいちばん大事な株は生きていて芽を吹いて来た。
 ひと株でも数年かけて株分けすればどんどん増やせる。
          もう他の種類に目を移すのはやめて、SDだけに絞ろう。

2010年4月2日金曜日

遺伝子

100301rhu.jpg この春は寒かったり曇っていたり、好天の日は少ないのだけど、播種した例のタデ科の植物を観察していると、日の光にあたると緑のものはより緑色に、赤いものはより赤くなるような気がする。
 赤いものを選抜するのが目的なので、非情ではあるが緑色のものは抜いて捨ててしまうのですが、この世に生を受けて発芽したものの根を抜いて葬り去るという自分の行為に重圧を感じないではいられません。
 600粒以上播種して、ポリポットに仮植したのは105本。500本くらいは間引かれた形になりますが、105本でもまだ選択が甘く、実際は1/100で6本も残す程度でしょう。
 一方は光が葉緑素の合成を活発にして緑色鮮やかになり、他方は光がアントシアニンの生成を活発にしてよりCrimsonな赤い色を発色する。
 同じ科の同じ植物でありながら、なぜ緑と赤に分かれるのか? いや緑なのか赤なの判然としないものもある。
  遺伝子の差?


2010年4月1日木曜日

マサユキ君

 数日前に地元紙のおくやみ欄で小学生時代のクラスメイトの名を見た。おとなしい子だった。後年、写真撮影が好きだったらしく、たまたまコンクールに入選しているのを新聞などで見ていた。

 田んぼの中の一軒家である彼の家に訪ねて行った時のことを未だに記憶している。
��最近こそおとなしくなったが、私には当時からむやみにクラスメイトの家を訪ねる癖があった。)
 彼の家の前には池があって、そこからブクブク泡が出ていて、彼の母親からそれがメタンガスで火をつければちゃんと燃えると聞かされ、感心したことをいまだに覚えている。
 彼の家で、生まれて初めて蜂の子を食べさせられた。軒下などにぶら下がっている普通のアシナガ蜂の幼虫をフライパンでいためたものがおやつとして出された。蜂の形をしたものも混じっていて冷汗が出たが、食べないとバカにされるような気がして平気を装って食べたら、結構香ばしくておいしかった。
 彼の家で遊んだ後、用水沿いの農道を歩いて帰るのだが、その途中に、「キンツバばばあ」と呼ばれる金貸しのおばあさん(金貸しの前はキンツバ屋の奥さんだったか?)が殺され、死骸を放り込まれていたという言い伝えのある崖に穿たれた小さな穴があり、そこを通る時には怖くて猛烈にダッシュしたものだった。
 不思議なことに、ダッシュすれば余計に恐怖感が強まるのだった。むしろ我慢してダッシュせずに普通に歩いた方が怖くない。そう判ってからはダッシュするのをやめたが、それもやせ我慢ではあった。