2007年3月31日土曜日

いよいよ繁忙期になり

 仕事に追い回される日々の始まり。

 レーモン・クノーの『はまむぎ』(滝田文彦訳 、白水社)、格安な本が東北地方の古書店にあったので注文。
 2001年の新装版ではなく、1976年の旧版であるが、読めればどちらでも構わない。
 
 検索にひっかかるので日本語表記しないが、彼の"Les fleurs bleues"はなかなかの希少本のようで、私の手にかかってもヒットしない。たまたまヒットするのはン万円で高すぎて話しにならない。頭に来て、今、復刊ドットコムに行って一票投票して来ました。

��この記事、下書き設定のままアップするのを忘れていました)

2007年3月29日木曜日

創作メモ

「俺が書いた小説を読んだ誰もが死んでしまいたくなるような、そんな小説を、俺は書きたいのだ」

 そう言い放って目の前から消えたあなたのことを、私が忘れようはずもありません。
 寒さが厳しかった真冬に、あなたは私の衣服のすべてを剥ぎ取り、玄関のドアの外へわたしを放り出したのでしたが、あれはあなたの抑えきれない嫉妬心からだったのでしょうか、それとも、私がほんとうにあなたをあれほど怒らせることをしたのでしょうか? 



 そういえば、記念号特集企画の提案を蹴って掲載しますと宣言してしまった、創刊号からの総目次を作成しなくてはならない。10号、20号で作成したが、以降はまったく作っていない。
 初期の頃の用紙は酸性紙であったのか酸化して赤くなって来ていますが、考えるだに恐ろしき歳月……。20号まではスキャニングで、以後は手入力で作成。

 『現代フランス文学13人集・3』(新潮社1965年刊・550円)と、『新集・世界の文学・43巻、クノー、ベケット』(中央公論社、昭和45年刊、550円)が同時に届いた。前者は本にも凾にも丁寧にセロファンがかけられていて、うれしい。市場調査に熱心で足元をみるような価格設定に熱心な古書店経営者もいるが、このように古本に愛情を持っていて、良心的な値付けで涙が出て来るような古書店もいくつかあり、お気に入りに入れてある。
 しかし、軽い病気で病院にでも入院しなければ(そんな、都合のよい入院があるはずもないが)、いつ読めるのか。 

ご機嫌ではいけないのですが……

今夜はうっかりiTunesのインターネット・ラジオ局に「Beatles Radio.com」というのを見つけて、ずっと聴き放しというか、聴きながらWordで作業。ずっとBeatlesの曲が流れていて、ご機嫌であります。Blues専門局も聴いてみた。バロック専門局も聴いてみた。Italian Graffiatiなんてのもあります。ご機嫌であります。
 それにしてもこんなに音楽が聴ける局があるなんて……著作権て、どうなってるんでしょう。

 文芸誌のレイアウト。印刷所を変えるついでに作品ごとのレイアウトを変更し、作品の末尾で行を揃えて1頁目を一段組みにして字数と行数を調整する予定だったが、そのことによって上部に出来る余白にカットなどを入れないとバランスが悪い。しかし、作品を読んで内容に合ったカットを探すのは困難である。かえってイメージを損ねる場合が無きにしも非ずなので、今回はカット挿入断念。銅版画を展示されているサイトなどを巡ってみたがなかなかイメージ通りの銅版画家はいないし、いても、まさか只で使わせて下さいとは言えません。
 自分の原稿はほぼ絶望的。坂口安吾の『竹薮の家』の冒頭のけたたましい声が頭の中でガンガン響きますyow。
 

2007年3月28日水曜日

続々

 今日も一作、着信。
 最初は拡張子が○○○.lnkとなっていて開けず、再添付再送信してもらう。lnkはショートカットのようである。
 二回目は○○○.docで着信し、ファイルも開けた。堂々、ページ数で45頁。

2007年3月27日火曜日

意地

 ちょいと検索をかけたら、レーモン・クノーの「聖グラングラン祭」が収録された全集本、『聖グラングラン祭/名づけられぬもの他 …新集世界の文学43』(著者名:クノー/ベケット、500円)と、『わが友ピエロ』が収録されている《現代フランス文学13人集3》(800円)の格安本を発見。
 状態はCでよろしくないが、だから安い。読めればいいのでオーダー。
 前者はYa○○○オークションでは6,000円がスタート価格。
 後者の『わが友ピエロ』はゴダールの「気違いピエロ」の原作って、ほんと?


 それにしても、見つからない本はどんなに定期的に検索していても巡り会えません。
 意地になって探している本が3冊……。あ、皆、ありました。1冊は3万円、もう一冊は18,000円……もう一冊は4,200円。
 合計、52,200円+送料+振り込み手数料。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
 
 

2007年3月26日月曜日

眠っている間に

 昨夜は22時頃には爆睡。久しぶりの赤ちゃん睡眠で元気回復しました。
 と、眠っている間に「かぐやひめ」が満開になっていました。
 家人が買ったまま放ってあったのを、昨年、株分けして植え替えしておいたら、今年になって徐々に蕾がふくらみ、ついに咲いたのです。

kaguyahime33%25.jpg

2007年3月25日日曜日

原稿続々

 本日も、メール添付で一作到着。17頁。
 これで4作品、94頁。どうも150頁では収まらない感じ。

2007年3月23日金曜日

純文学は死んだ

 Nさんお勧めの文學界3月号所載『ナビゲーター』を確保しようと、確か発売日の一週間後だから3月14日か15日に市内の書店に行ったら、なぜかすでに文學界も新潮も群像もなく、あったのは「すばる」1冊のみ。
 三十数年間も月ぎめで購読しつづけた文學界だが、どちらがどちらを見放したのかさえも諒解できないままに、定期購読をやめた。高等学校文芸部を訪問する記事が登場した時に、こんな迷走はあかんと思って定期購読を解約した。
 その報いか罰か、思わず松田勇作風に、《文學界が本屋に無いなんて、前代未聞のなんじゃこりゃ~
 
 文學界も新潮も群像も、とにかく売れないのです。
 売れないから、書店でも多くは置けないのです。
 なぜ売れないのかだって?
 面白くないからさ
 (って、カフカの『国道のこどもたち』を完璧にパクッてますwi)

 佐々木基一さんの、純文学は死んだというエッセイを否応なく思い出させられてしまいましたwa。
 長野日報社が設営した「長野文学賞」の選考委員だった佐々木基一さんが第一回長野文学賞を公募した年の、元旦の記事に載せられたエッセイだった。
 このエッセイに反応して書いた短編で応募して、私は最初で最後、たった一度だけ佐々木基一さんとお会いした。それから歳月が過ぎ、静岡県沼津市千本浜の乗雲寺境内にあるお墓に、長野文学賞関係者と集団で、一度だけお参りした。
 戒名はなく、「佐々木基一の墓」とだけ刻まれていた。



 純文学は死んだ
 神は死んだ
 まるでローレライの妖しい歌声かサイレーンの響きのように
 このおぞましき無限カノンは
 永遠に
 つづくのかも
 知れない
 などと思いつつ
 なおも
 同人誌を編集発行し
 みずからも小説を書かなければならない矛盾
 あるいは天と地とに隔てられた
 齟齬
 

電脳の神様

 Lydwineさんがブログでリッチ・テキスト・コンバータのことを書いている。
 私も、ヴァージョンいくつまでだったかまではヴァージョン・アップし続けたが、ワープロ専用機を使う同人がひとりもいなくなった時点で更新をやめ、昨年ハード・ディスクが物理的に壊れて新品と交換になった時にインストールしないままになっている。
 このテキスト・コンバータは、各社のワープロが入り乱れ、フォーマットが異なれば読み出しできないワープロのファイルを相互に変換したりテキストに変換したり、とにかく神様のようなソフトだった。
 自分のパソコン以前のワープロ文書、Rupoの2DDフロッピーに収まっていた旧作もすべてこのソフトによって救出、保存した。
 残念なことに、Rupo発売当初の1DDフロッピーの文書はいかに優秀なリッチ・テキスト・コンバータでも変換読み出し出来ない。仕方ないので、1DDフロッピーに入っていた相当古い小説は、雑誌の誌面をスキャニングしてOCRソフトでテキストに変換する。スキャナーを購入した当初は、OCRソフトも貧弱な上に設定の仕方もへたくそなせいか読み取りミスがあまりに多くてこれは使えないと判断したが、OCRソフトを根気よくヴァージョン・アップしているうちに、最近では読み取りミスが感動するくらい激減した。
 ネット上である人の小説を公開したいと思ったが、その方はいまだにパソコンでなくワープロをお使いなので、ネット公開の許諾を得た後は雑誌からスキャニング&OCRしたテキスト・ファイルをHTMLやあPDFにしてアップロードした。雑誌が手元にあれば、ご本人から2DDのワープロ専用機のフロッピーを送っていただくまでもないのである。
 私のような田舎者が文芸同人誌なんぞを県内他誌よりずっと安く発行出来ているのも、こういう何とも便利な機器やアプリケーションのおかげなので、わたしに神様がいるとしたらこういう電脳が神様なのでしょう。
 神様、ありがとうございますw。

 こんなところや、こんなところが見つかったり、銅版画をアップロードしているサイトをあちこちさまよったり、締め切り一週間前だというのに徒ら時間が過ぎ去ってしまい、困るのですが……ほとんど開き直っております。
 使用料なしで銅版画を使わせてくれる奇特な銅版画家、いないでしょうね(そんな、ムシが良すぎます)
        (はいはい、君ぃ、即時ネット切断!)

2007年3月22日木曜日

三篇め、着信

 本日も一編、原稿が添付ファイルで着信。以前はネット環境にあったが今は自宅ではネットできず、ネット・カフェからの添付送信で、ご苦労様です。早速、テンプレートに流し込み12頁と判明。
 エッセイか評論か確認する必要あり。こちらがエッセイと思っても本人が評論と思っているなどということはいくらでもある。
 内容をちらっと見たら、クノーの「文体練習」のことが書かれているようだが、今は、前編通して読んでいる時間はない。
 彼がネット・カフェで使っているウェブ・メール・アドレス宛てに、例のブログの「日本版・文体練習」のアドレスを紹介しておいた。

 日中、頭脳労働ではなく体を使った作業をしていると、脳が活性化されるのか、妙に自然にすらすらと作中人物の会話が流れ出て来たり、情景がありありと浮かんでくることが多い。
 帰宅したら書こうと思っていると、実際に家に着いた時には(老化のせいか)忘れていたりする。ICレコーダーを常に持っていれば録音しておくのだが、それも面倒な気がする。
 結局は手を止めて(運転中は車を停めて)、メモをするのがいちばんなのです。横着はいけません
……まめにメモを取らないと。

2007年3月21日水曜日

インターネットの彼方にいる、会ったこともない友人たち

 昨年の半ばから更新が途絶えていた友人のブログに、この一週間で二回、更新あり。入院していたようだ。文学についても気持ちは失っていないようで安心した。
 あわててお気に入りからはずさないで、よかった。

 もうひとり気になっている知人は1月18日以降更新なし。いよいよ、家を追い出された? 一昨年の夏には、コンビニの時間切れ弁当を拾って食べ、神社の床下で一ヶ月暮らしながら図書館のパソコンでブログを更新し続けていたのだけど。(あの時は、同居人にそのブログを読まれて居場所を発見され、自宅へ連れ戻された(-_-)/~~~ピシー!ピシー!)
 それとも猛烈に本気で小説を書いている?

 原稿締め切りまであと10日である。締め切りパス常習犯としてかなり図太くなっているので、1日に1頁書けばまだ10頁は書ける、1日2頁なら20頁……などと意味も目的も不明の一種太宰治風の計算をする。
 メタフィクション風に作者自身が顔を出す設定である程度進んだのだが、書いている本人自身がうんざりしてきたので破棄、また新たに書き出しを書いては消し、書いては消し、書いては消し、書いては消し……無限カノン&無限スパイラルwwwww.


 自分が書くものがあいかわらずこんなに面白くないなんて……やはりスランプでせうか? 河野多恵子さん、伊籐整さん。
 そうです、それこそがスランプの第一の特徴です。
 ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ 
           (はーい、キミ、とっととネット切断して書きませうね)
 なぜか、幻視さながらに太宰の「トカトントン」と安吾の「波子」が、脳裏を蟹のように横歩きで登場しては通過してゆく。
 そうか、「波子」のような小説が書きたい、のかも、しれない!! 

2007年3月20日火曜日

書けないと余計に、余計なことをしたくなる心理??  (-_-;)

 まだ自分の作品も書けないのに、40号の表紙デザインを考えた。印刷所を変えるので用紙もデザインも一新したい。とある雑誌の表紙造りに似ていないこともないが、まあこれは第一案。
 これから日を追うごとに仕事が忙しくなるので今のうちに考えておく。
 仕事の途中、画材店に寄ってアクリル絵の具を購入。といってもまさか表紙をカラー印刷するわけにはいかないので、絵の具もJet BlackとWhiteのみ。今夜、早速デカルコマニーしてみて、それを画像で取り込み、表紙の下半分に貼り付け。インクを二色にすれば、文字は墨(黒)で画像は褐色とか、出来ますね。

decalcomany450px.jpg
 なんだかよく判りませんね。絵の具を薄めずに使ったが、どうやらもう少し薄めた方がよさそう。

 まったく素人なものですからちょっとアクリル絵の具について調べていたら、基本色はダイソーでも売っているとか。しまった。100円? 画材店で買ったら250円だった。ダイソーに行って、白黒以外の色も買おう。

2007年3月19日月曜日

悪事魔多し

 昨年の5月にハード・ディスクが物理的に壊れ、HDを無償交換した。あの時以来、何か忘れているような気がしていたが、今日思い出した。画面キャプチャするフリー・ソフトであった。早速ダウンロードし、キャプチャの練習をした。

doujinnsisettei.jpg

 これはWord2003の書式設定画面。
 たまたまあれこれのソフトの使い方などを知人からメールで訊かれることがあるが、言葉だけで説明するのは大変なので、こうして画面をキャプチャして画像で説明した方が早いし判りやすい場合がある。
 それから、最近、「Word 同人誌 編集」などの検索ワードで来るひとが多いので、Wordで同人誌を作るノウハウを書いたページを作ってもいいかなと思ったりする。その際には、言葉だけより実物の画面を置いて説明した方が、訪問者にも理解しやすい。
 ま、今はそんなことをしている場合ではなく、お尻に火がついてジェット噴射していますが……(ーー;)

2007年3月18日日曜日

ふたりで100頁(!)

 すでに2名から原稿ファイルがメール添付で着信していて、今日、またひとりから400字詰め150枚の作品を出したいとのメール。先に146枚と50枚の作品が届いているが、150枚と146枚だけでも100頁近くになってしまう。(しかもこの146枚、開いてみたらルビだらけ……激しく泣く)
 最近は全体で100頁前後で推移してきているので150頁超えは久しぶりである。
 昔、二百数十枚の原稿を一挙掲載は無理だと連絡したら即刻退会されたひとがいたのを思い出した。あのひとがいた頃は200頁を超えたこともあった。
 創刊当時から枚数制限はしたくないと考えて来たので200枚、300枚と物理的に無理なものは分載をお願いするが、そうでなければ一挙掲載でいきたい。
 問題は、長さではなく作品の出来である。

 レイアウト、おおむね決定。同人誌、商業誌のレイアウトを参考にして、余白をぎりぎりまで追って行数を1行、字数で2字増やした。行間はある程度の余裕が必要だが、字間はある程度詰めた方が美しい。字間が開くと間延びして緊密感に欠けるようになる。
 印刷業者は東京の会社が第一候補だが西の方に価格的に魅力な会社がある。以前作成した同人誌など、サンプルを送って見せてもらえれば安心なのだが、価格だけを見ると正直安すぎて怖い。

2007年3月17日土曜日

デカルコマニー

 昨日、コクヨのカウネットにA5用紙のオーダーをしたのが午後14時30分。
 今日の午前十一時三十分には配達されました。驚きです。

 ヒラギノ明朝でのA5用紙でのレイアウト、余白と字数・行数を少しずつ変えながら、さまざまに試行。レイアウトがだいたい決まりつつある。次号から、レイアウトを後ろで揃えるために作品の一枚目を一段組みにして字数を調整する練習もしてみた。それでも行数によっては気に入ったレイアウトにならない場合があり、こういう場合は挿絵挿入が有効か?
 明日、アクリル絵の具を買いに行って、試しにデカルコマニーをやってみようと思う。最近では詩人の田中清光さんがされていたはず。カラー印刷にはしないつもりなので、絵の具も基本的には白と黒だけでいいはずだが、白と黒だけはかえって難易度が高そう。

2007年3月16日金曜日

今夜は恒例の赤提灯

 Vectorよりダウンロード販売の代金コンビニ払い用のハガキ到着。早速7イレブンへ行って代金を支払いし、数分で帰宅するともうVectorからライセンス・キーを知らせるメールが着信していた。このVectorのシステムには感心する。7イレブンのレジとオンラインでつながっていて、入金と同時にメールが入るのだ。
 そこで、すでにダウンロードしてあったフォント「ヒラギノ明朝W3」を、ライセンス・キーを用いてインストールし、同人誌用A5テンプレートにサンプルで流し込んである文章をヒラギノ明朝体にしてみた。
 やはりMS明朝とは違う。
 (ちなみにW3というのはフォントの線の太さを表すウェイトの意味で、3,5,7と数字が大きくなるにしたがって文字の線が太くなります)
 それをさらにフォントの大きさを9ポイント、9,5ポイント、10ポイントと3種類で変えて印刷してみる。
 9ポは小さく、10ポは大きく感じる。9,5ポがちょうど良く感じるが、1行か2行減らして行間をあけるレイアウトによっては10ポでもいいような気がする。いずれにせよ、これまで使用して来た9ポは老眼でない若いひと向き。(ーー;)
 
 コクヨのカウネットからカタログが届く。片手で持つと腱鞘炎になりそうな厚みと重さ。それを見てからネットで注文。A5用紙が500枚入り5冊セット、価格1599円があったのでこれにする。1800円を越えないと送料350円とあるので、いずれ雑誌郵送に必要なクラフト封筒角5号、100枚も買い物カゴに入れる。これで送料無料。注文ボタンを押すとすぐに返信あり。しかも明日の16日に配達予定とある、早っ。
 これで支払いは「請求書到着月(ご利用月の翌月)の25日までにコンビニで支払い」すればいいのだそうで、やはりネットは便利。こんな田舎には、A5用紙なんてどこを見つけてもありませんから、ありがたいです。

2007年3月15日木曜日

2007年3月14日水曜日

王の主題による無限カノン

 先日、以前発見したまま放置しておいた、クルト・レーデル指揮・ミュンヘン・プロ・アルテ管弦楽団の『音楽の捧げもの』の中古CDをオーダーしましたが、受注メールの後はまったく音沙汰が無かったので、在庫がみつからないのかと半ば諦めていたら本日いきなり配達されて驚きました。そういえば、e-book offは以前、残雪の『廊下に植えた林檎の木』を発見、購入した時も、受注メールだけで、発送案内メールは来なかったかも。

bachkurtredel.jpg

 これも早速iTunesで取り込み。これをリピート再生させれば、停止させるまでずっと無限カノンが鳴り続ける? \(^o^)/
 しかし、パソコンのスピーカーでは物足りないです。iPod? mmm

2007年3月13日火曜日

かなり怪しい素人DTP

 次号から印刷所を変えるにつき、これまでA4横、見開き2頁二段組でレイアウトしていたものを、新しい印刷会社のマニュアルにしたがってA5縦1頁二段組でレイアウトしなければならない。そこでA4を回転式カッターで切ってみたが、どんなに慎重にやってもぴったり半分には切れない。あきらめて町へA5用紙を探索に出たが、案の定見つからない。A5ってそれほど用途がない。ネットで探したらあるにはあったが、だいぶ枚数を買い込まなければならないようだ。そんな、5000枚とか要らないのですが。

 前号の本文用フォント、印刷もひどかったが、他にもトラブルあり使えないことが判明したのでほかの定評あるフォントのダウンロード販売にオーダーを出した。WinのMS明朝と同じに、Macだと標準でついているヒラギノ明朝である(Macが裏山鹿なのは、ヒラギノが標準フォントであること。買わなくてもついているなんて、うらやましか)。
 これで汚い雑誌になったら発行人やめます(なんちゃって)。同人の皆様に掲示板で了解をいただかなくては。

 (不定期更新を宣言しておきながらこうして結構書いているのはどうにも強迫観念めいています。ブログ中毒でしょうか。書けば書き癖、休めば怠け癖でずるずる閉鎖しそうな予感もしますし、人間て厄介ですね。いや、私だけが厄介なのかもしれません)

2007年3月11日日曜日

ルイス・キャロルに捧げる存在のDouble Meaning

うきはしをこころみごもりわたるらむよどみにうつるつきのかなしき
浮橋(うきはし)をこころ身籠(みごも)り渡るらむ淀みに映る月の愛(かな)しき
憂(う)き橋をこころ水籠(みごも)り渡るらむ淀みに映る月の哀(かな)しき
  
めがねやがかざるめがねのうきさだめいずれしかんのつみおひかけて
眼鏡屋が飾るめがねの憂き宿命いずれ視姦の罪追ひ駆けて
眼鏡屋が飾るめがねの憂き宿命いずれ視姦の罪負ひ欠けて

たんしゃかるしょうねんカーヴをまがりたくなきこころのきりぎし
単車駆る少年カーヴを曲がりたくなき心の崖(きりぎし)
単車駆る少年カーヴを曲がりたく亡き心の崖(きりぎし)

二兎を追う阿呆、追わぬ阿呆

 締め切りまであと20日しかないにもかかわらず、並行読書ならぬ並行入力でエッセイ、
『紙背の向こうに見える暗くて明るいシベリア――文学が描く、存在と世界のDouble Meanings――』
を書き始める。小説も書けないのにまったくの阿呆であるが、これは私の尊敬するひとの自身のシベリア抑留体験をもとに書かれた、昭和58年刊の『白の影絵』と、昨年発行された『白の影絵 終篇』についての必死の感想文である。
 誰かが書くと思っていたら誰も書かない、腹立ち紛れの執筆である。
 (私は、ほんとは、怒ったら本気でタバコもやめてしまい、本気で危ない文章を書いてしまうような、暴走しがちで厄介な男なのでR。 (^_^) )
 
 一枚目だけで一向に書き進められない短編の方も相変わらず行ったり来たりで、22行×26字の狭いレイアウトの中をかけまわる孫悟空な感じ。
 この目が回るような初めと終わりの連環にはバック・グラウンド・ミュージックとしてやはりバッハの「無限(無窮)カノン」がふさわしいのだが、まだ、あの中古CD、売れずにあるだろうか? 

2007年3月10日土曜日

お知らせ

 本日よりほぼ毎日更新を不定期にいたします。
 ブログを書いて作品が書けなかったでは申し開きがたちませんので。

2007年3月9日金曜日

La Romance

La Romance
詩 Jacques Prévert
曲 Sebastian Maroto
唄 Zette Maroto

リンクはずしましたが、お聴きになりたい方は右サイドバーの電子郵便局からその旨お知らせ下さい。

引越し、そして夜の大妄想

yokoldake.jpg
すずらん峠を下りかかったところで、蓼科山南東の横岳を仰ぐ。山のやや左手に樹木が切られて雪で白くなっているのは横岳ピラタス・ロープウェイの索道が通っている場所かと思われますが、ロープウェイは見えません。(画像をクリックすると拡大表示いたします)

 段取りが悪いというか、用意が全く為されていないので引越し荷物すべては運べず、衣類、キッチン用品、自転車2台、ホンダ・ドリームなどは明日に持ち越し。
 この道路の往復もあと数回でおしまいなのでちょっと感傷的に。その都度通ったのに、ついに小津安次郎の無藝荘についに一度も寄れなかった。その裏手のプール平の公衆温泉浴場にも入らなかった。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ


 夕方、ダンボール箱がまだ足りないような気がしたが、ホームセンターで購入したものはダンボールが柔らかくて重量物には向いていないので、酒屋で厚い箱を頂戴しようとでかけた。箱だけいただくのも何だと思って芋焼酎と目の前にずらっと並んだ軽井沢倶楽部なるウイスキーを購入。このウイスキー、隣町にある軽井沢蒸留所で製造されたピュア・モルトとあるが、値段が何と999円でレジで2ℓ入りの天然水までおまけについてきた。
 早速、今、試飲。天然水で割ったら、あまり美味しくないのでストレートで味わってみた。日本のウイスキーには珍しくピートがくすぶったような味がかなり強めだが、二流どころのスコッチ・ウイスキーを連想すればこの程度の性格(あく)の強さは気にならない。
 999円という価格の割りには、案外おいしい。
 昔から水割りが苦手で、歳のせいでこの頃はストレートは避けていましたが、でもこうして飲んでみると、ストレートはやはり味がビビッドでおいしい。(水で割るならおまけの天然水でなく、むしろ東レの浄水器を通した水で割るのが正解、でした)


 3月、4月は原稿と編集、5月は一ヶ月一日も仕事が休めない状況となるので6月以降となるが、「創作と批評」に関する秘密組織を立ち上げたいと考えている。
 文学において地域的な組織は無意味である。というか、本気で批評をすると喧嘩になるので、本気で批評をせずに仲良しクラブ的な交流と懇親だけが主目的となってしまう。本気で批評しようとして何度会長に止められたことか。今回の会長交代劇も、なりたい人がひとり手を挙げただけで無投票になりそうなので、何とか選挙にしたいと発言したのだったがまったくの無反応。田舎では選挙での勝ち負けを好まない。文学組織にしてこうである。幻滅、失望した。
 だからこそ、「創作と批評研究会」のようなものを立ち上げて、多くても15名以内、小説を書くひとで、自作を批評されてへこまない批評耐性を持つ人で、なおかつひとの作品を読み批評することと自分の創作とをきちんとリンク出来るひとだけを秘密裏に組織したいと考えるのです。お互いの小説が載った雑誌を送って、読み、批評するには15名が限度でしょうが、北は北海道から南は沖縄まで、いや、アメリカでもフランスでもこころざしあれば構わないですね。
 中綴じで冊子を作る紙代と郵送料合わせて年会費1,000円。小説を掲載する同人誌に所属していないひとのためにはウェブ・サイトを開いて(広告が付くが無料サーバー)、HTMLとPDFファイルをアップロードする。
 会員の義務は、自分が書いた小説を会員に送付すること、そして送られた会員の小説をきちんと批評すること。たった数行の感想や印象批評は厳禁とし、またその作品のよいところ、悪いところを偏ることなく列挙し、なおかつその作品がどうしたらもっといい作品になるか、そういう視点での批評を第一義とし、必ず批評文として書いて送付する。その批評文を最低でも年2回、中綴じ印刷の小冊子を会員と心ある批評家、編集者に送付する数だけ自作する。

 む。安いウイスキーで酔って、妄想たくましくなってしまいましたaaa。
 お静かに……

2007年3月8日木曜日

音楽ファイル変換

 明日は長男の引越し。私物があまり持ち込めない場所への引越しなので、ノートパソコン以外は、テレビ、デスクトップ・パソコン、プリンタ・スキャナー、BS・CSアンテナ、書籍など、いったんはほとんど家に引き上げなくてはならない。
 パソコンがもう一台増えると大変だが、どうしよう。問題はモニターが液晶ではなくCRTであること。場所が要るのと結構電気を喰う。今家にあるデスクトップはMeなので稼働率がますます低くなる。いよいよ、ネットワークを組んでファイルを共有するようにした方が、万一どれかのパソコンがクラッシュした時にあわてないで済む。

 昨夜から、Zetteが唄う「La Romace」ばかり聴いていたら、語呂あわせで同じような音が続くので、頭が変。Windows Media Playerでwmaだとファイルサイズが大きいしMp3にもしたいと思ったが、すでにインストールしてある変換ソフだとサイズがほとんど小さくならない(設定がいけないのかも)。
 そこでItunes 7をダウンロードしてインストールした。いずれ近いうちにIpodを使うようになるかも知れず、そうなるとItunesは必須だろう。
 取りあえず、これでwmaファイルの「La Romace」をMP3に変換してみる。どれだけファイルサイズが小さく出来るか? あれ、小さくなっていません。もうちょっと勉強してみます。

2007年3月7日水曜日

私は私

 ジャック・プレヴェールシャンソン集「私は私 このまんまなの」入手。CDで聴くと例によって回転音がうるさいので、CD収録の23曲をパソコン内にwmaファイルで保存。
 先ずはプレヴェール詩集を片手に、「二匹のかたつむり葬式に行く」(リス・ゴーティ)と「割れた鏡」を聴く。「かたつむり」はややイメージが違ったが、「割れた鏡」はイヴ・モンタンの声がいいですな~。モンタンは「バルバラ」も歌っているが、これが思ったより軽い歌い方で日本人歌手などが思い入れたっぷりに歌っているものより、個人的にはずっと好感がもてます。
 ジュリエット・グレコが3曲、エディット・ピアフが二曲入っていますが、さすがにピアフはすごい。今夜はずっとピアフの2曲、「あんたがねてるとき」と「心の叫び」。だけ聴いていてもいい。
「あんたがねてるとき」の詩の翻訳は、あのスタジオ・ジブリの高畑勲さんなのですが、これが絶妙の関西弁なのである。
あんたは夜ねむる
うち ねむれへん
あんたのねてるとこ見てると
うち ねむれへん

あんた目閉じて おっきな体ごろんとして
なんやおかしいのに うち 泣いてしまう
急になんや あんたわろたりして
ねてるくせに大笑いや
どこにいてるの いま
どこに行ってるんやほんまは
きっとほかのひと連れて
えろう遠いほかの国で
その女とわたしをわろてるんやろ

あんたは夜ねむる
うち ねむれへん
あんたのねてるとこ見てると
うち つろうなる

��以下、著作権法に考慮して、略)

 この訳文もいい味を出しているが、ピアフのどすの利いた声とでは違和感がある。ピアフの声は訳文無しに聴いている方がいいだろうし、高畑さんの関西弁訳はこれだけで鑑賞した方がいい。
 ただしこの関西弁訳を、関西弁ネイテブのちょいハスキーであまり大音声でない女性歌手にささやかれるように歌われたとしたら、ころっと参ってしまいますね。
 それから、Zette(ゼット)という歌手の「恋歌 La Romance」がすばらしい。曲も、歌い手もすばらしい。と思ったら、スペイン出身のギタリスト、マロトがプレヴェールの新旧の詩集から選んだ詩に曲を付け、妻であるブルターニュの音楽教師ゼットが歌った『ジャック・プレヴェール、12の新しい歌』というレコードを出した。そのうちの一曲だという。
 プレヴェール自身も晩年はブルターニュに住んでいてこのレコードをたいへん喜んだともいう。納得。
 そういえばプレヴェールが亡くなったのは私が結婚する前の月、ほぼ20日ほど前のことだったのを今でも記憶している。新聞にプレヴェールの死を報じる死亡記事を見つけ、衝撃を受けた。そして彼がロベール・デスノスのことを書いた詩を思い出したのだった。
 『ジャック・プレヴェール、12の新しい歌』、欲しい。入手できないか、検索開始!
 (ありました「12 Chansons Pour Zette De Jacques Prévert」です。

323170635_L.jpg
1. La romance 3:19
2. Cheveux noirs 5:14
3. Sang et plumes 2:34
4. Ce n'est pas moi qui chante 1:49
5. Janine 2:55
6. Et ta soeur 2:10
7. J'ai été jolie fille 3:23
8. Beauté 3:17
9. Chaque jour 2:17
10. Le bouquet 3:28
11. Dimanche 2:05
12. Hyde Park 3:02
 が、残念ながらフランスのサイトで、日本のCD販売ウェブでは全くヒットしないので、輸入されていないようです。む、どうしても欲しければ輸入代行業者に頼むほかありません。ともだちフランスにいませんし......とほほ。輸入代行って、高くなるでしょうね)

あれ? 調べていたらこんなのも出て来ました。
タイトルJacqueries
1 Câble confidentiel
2 Mai 1968             
3 Rêve               
4 Passe la vie
5 Yaveh une fois
6 J'entendais  
7 Pour la Batterie
8 Rain Song
9 La Fleur
10 Yaveh une fois
11 Hyde Park
12 Ne rêvez pas
 これはどうやらCatherine Ribeiro がプレヴェールを歌っているのだが、これも12曲で詩はプレヴェール、作曲はセバスチャン・マロト。
  Hyde Parkという曲以外はかぶっていないが、こちらは「Chante Prevert」というタイトルでHMVで購入できる模様。


 同人誌の配布先について、視点を変える。
 これまでは同人配布と県内の雑誌が主であったが、今後は広く全国の同人誌の書き手との雑誌交換、交流をめざすことにする。それもきちんと批評をやり取りできる書き手を探して。
 

2007年3月6日火曜日

散り散り

 夕方、長年寝たきりの叔母が危篤という電話で病院へ。危篤という情報伝達が医師の指示ではなく家人独自の判断だったことが判明。叔母はなんら救命装置もなく、医師、看護婦の姿も見えず、普通の顔ですやすや。医師に説明を請うたら、痰がつまって一時窒息状態になっただけということだった。安堵して帰宅。
 
 レーモン・クノーの『きびしい冬』、どうも文章のあちらこちらでつっかかり、ひっかりして、前へ進み難い。翻訳物は時々これがあるから困る。近藤直子さんの残雪の小説などはそういうことがなくて実にすんなり入って行けるのだけど。

「カサンドラのことなどどうでもいいではないか」

 父がこういったときの顔をわたしはまだはっきりおぼえている。
 これはH・E・ノサックの『カサンドラ』の書き出し。こういう書き出しですんなりと入ってゆけることが大事。

 プレヴェール作詩のシャンソン集CD、明日午前10時には指定のコンビニに入荷というメール着信。\(^o^)/

 

2007年3月5日月曜日

非文学

 役員会よりまっすぐ帰宅。徒労感強し。
 何を言っても通じない。
 ただの親睦団体に成り下がってしまった模様。
 否応なく、気持ちは離れ。

2007年3月4日日曜日

躓きの石、妨げの岩

 事情により新規入会者の入会を取り消しし、お断りした。
 文芸同人誌という、相当に繊細な知的集団生活にそぐわないと判断せざるを得ない発言が発生。
 自分の意見を言うことだけがすべてであって、その発言を他者がどう考え、感じるか、そこまで考えてから書き発言することが出来ないとすれば、個人ホームページか個人誌という形で自己表現(自己実現)していただく他はない。
 何が困ると言って、集団生活では自己中心主義だけは困るのです。しかも創作ではなく評論を書かれるとあっては、何をか言わんや。言葉が単なる武器に成り下がってしまいます。
 自分の意見を言う前に、先ずは相手の考えや気持ちを知るべし。人生が闘争であるにしても、敵を知り、己を知ってからの闘争でないと相手にされません。
��自分が歌を忘れたカナリア状態であるのに、同人募集を謳うのはおこがましいので、同人募集を削除)

 レーモン・クノー「きびしい冬」が1939年、サルトルの「嘔吐」が1938年刊行。
 1939年というと1020年生まれのボリス・ヴィアンはまだ19歳だった。
 CD「私は私、このまんまなの~ジャック・プレヴェール作品集」の在庫確認メールがようやく来た。
 「バルバラ」や「枯葉」は有名だが、「葬式にゆくかたつむりの歌」や「割れた鏡」にまで曲がつけられているとは知らなかった。「割れた鏡」はイブ・モンタンが歌っている。
 楽しみ、というかこの二曲を聴くと、泣くかもしれません。
『割れた鏡』

  たえまなく小人が歌っていた
  ぼくの頭のなかで小人が歌っていた

  青春の小人が
  短靴の紐をぷっつり切った
  祭りの小屋のいっさいが
  とつぜん跡かたもなくなった

  この祭りの沈黙のなか
  この祭りの砂漠のなか
  ぼくは聞いた きみのこのましい声
  きみの裂かれたかぼそい声
  こどもっぽいひとりぽっちの声
  遠くからぼくを呼ぶ声
  ぼくは胸に手を当てた
  そこには
  血にまみれゆれ 動いていた
  星をちりばめた きみの笑いの ガラスの破片が 七つ
       
             (嶋岡晨訳「J・プレヴェール詩集」彌生書房刊)


 「葬式にゆくかたつむりの唄」の真似をして、昔、「カタツムリの結婚」という詩を書いたくらいのプレベール・ファンなのでした、(ーー;)。

 明日は信文協役員会のため和田峠越え。
 若者を取り込むための活性化策も考えず、ただただ、役員会と総会と文学賞、その繰り返しに終始していて……それでいいのだろうか? 脱退も視野。

2007年3月3日土曜日

この小説に登場する人物たちは現実に存在するので……

 新規入会者のIDとパスワードを登録しようとして、登録の仕方を忘れていてしばし呆然。
 同人専用掲示板と、会のオンライン事務室全体にアクセス制限をかけてあるのと、二種類のCGIに同じIDとパスワードを設定しなければならないが、ふたつのCGIサーバーが別物なので、ややこしい。
 あれこれ試してみているうちにようやく設定画面に入れて、めでたくIDとPassを登録。入れるかどうか、そのIDとPasswordで入ってみる。OK。
 やはり、パソコン、ネット関係のID,パスワード、FTPの設定項目など、ノートに手書きで書いておくのが、万一の備えとしてはいちばん。先日もIDかPassのどちらかが違うのか自分のブログに入れなくなって、結局ブログを引越しした知人あり。笑い事、ではない。
 このブログとウェブで二ヶ所の合計三ヶ所に設置してあったウィンドウズ・メディア・プレーヤーなどのプラグインを一斉にはずす。どうも、最初は感じないのですが、あれがあるとページが開くのがかなり重い感じになる。はずしたらぱっと開くのでそうなのだろう。

 レーモン・クノーの「きびしい冬」を読み始めようと手元に置いたが、開いてみたらあちこちに鉛筆の傍線が引かれているので休止。読む前に消しゴムで傍線を消す作業をしなくてなならない。ほかに入手できなかったので文句は言えない。世界文学全集23、ジロドウ・クノー(集英社、昭和四十年刊、520円)。
 昔、冬樹社版の坂口安吾全集が新本では2,000円だったので高くて買えず、古本屋で探しては購入していたのだったが、ある巻を買って帰宅し、早速読もうとしたら随所に人間の鼻毛のようなものが張り付いていて閉口したことがあった。前の所有者は異様な癖の持ち主であったらしい。
 無論、読書は中止、日曜日に雑貨屋で小さな手箒のようなものを買い、近くの公園へ行って、それらをすべて払い落とし、終日、日干ししたことがあった。それに比べたら鉛筆の傍線などは、それを引いた人物がなぜそこに傍線を引いたか知的好奇心をくすぐる余地があって、まだかわいいところがある。
 そんなことを思い出しながら「きびしい冬」の鉛筆傍線を消し終えて、ふとその前の小説「人生の日曜日」のラストに目をやったら、本文の後に小さな活字で以下の断り書きが……。クノーらしい。
 この小説に登場する人物たちは現実に存在するので、かりに架空の人間とそっくりであるにせよ、それはすべて偶然である。
 テレビドラマなどの最後に「このドラマはフィクションです」とか要らぬ断りが入るのを思い出して、クノーのひねり具合にクスクス笑わされてしまいました。

2007年3月2日金曜日

(汗…汗)

 昨夜のうちに、5~6年前にネット上で知り合っている方から、同人誌への参加申し込みがあった。
 まだ三十前の若い方で、しかも評論の書き手である。これは、うれしい。
 若い世代が同人誌に参加しない傾向が続いて、「同人誌=老人誌」とか言われてしまいますが、何とか、ひとりでもふたりでも仲間になっていただきたい。ネットという個人で作品を発表できる場もありますが、印刷された文芸同人誌というものは、「じっくり読める」という、ネットでは不可能な長所を持っています。
 印刷媒体とデジタル媒体と、両方の長所を最大限に生かしつつ、文学をいたしましょう。

 と、夕方には3月末締め切りの一ヶ月前なのにおひとりが原稿を送信されて来た。(汗…汗)
 ずいぶん長そうなので編集用テンプレートにテキストを流し込んでみたら、どうも同人誌のレイアウトで50頁を超えていそう。あわわ。400字詰めだと145枚もありました……。
 ということは最近の100頁前後という頁数では収まらない。
 編集人にこそ、今流行の「鈍感力(そんなものがあったらの話ですが)」が必要なようです。

 ボリス・ヴィアンがその才能を買っていたという、セルジュ・ゲンスブールの唄が試聴できないかと検索したら、あった
 男が聴いてもセクシーな感じの声だ。
 フランス語が解らないのが残念だが、どうやらゲンズブールは、ヴィアンの「ぼくはスノッブ」にほれ込んだくらいなので、ダブルミーニングとか、言葉遊びを好んだらしく、どうせフランス語初心者程度なら理解できないに決まっている。
 La Chanson De Prevertというジャック・プレヴェールに捧げたシャンソンがあったり、Bonney and Clydeという唄もあるが、これはあの「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのことか、懐かしい。
 C・W・モスの父親がボニーやクライドを警察に売って銃撃させたので、モスは助かったんだっけ、ね。
 ゲンスブールのCDが欲しくなりました。

2007年3月1日木曜日

枯れ菊や

 このところ開いてはちょっと読んでは閉じを繰り返していた精神分析がらみの本を、ついに読むことを断念、というか放擲することにした。なんら実証的でなく、これでは読んでいる時間がもったいない。だんだん腹が立って来ました。これだったら「危ない精神分析―マインドハッカーたちの詐術 」や「フロイトはコカイン中毒だった―虚構の神話」の方がずっとスリリングだった。
 たまにはハズレもあります、ね。

 いよいよ、明日は3月ということで、締め切りまで一ヶ月。よくよく追い詰められないと動きださないという厄介な性格ではあるけれど、今回も原稿提出は怪しい。
 考えてみたら好々爺に近づいているのか、小説を書くに当たってかつては怒濤のように沸いて押し寄せていた憤怒の情が、さっぱり沸いて来ない。もう、現実のすべてに諦念してしまったのかもしれない。

枯れ菊や日々にさめゆくいきどほり 萩原朔太郎



 ソレデハアマリニサビシイノデ、今夜、ついにこのCDをオーダー!!
 ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ。
 そうそう、私、実は何を隠そう、れっきとしたジャック・プレヴェール・ファンなのでした。到着したら、聴きまくりますzo。