2007年1月31日水曜日

悪意の実現

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 活字が小さくて、「パーカーの背中」だけを読んで後回しにしていた『オコナー短編集』(須山静夫訳、新潮文庫、昭和50年二刷)に戻った。が、天邪鬼なので掲載順にではなく、7編中4番目の「善良な田舎者(Good Country People)」から再開。
 後半、ホープウェル夫人の娘で、幼い頃に遭遇した狩猟事故のために片足が義足であるジョイが、聖書を売りに来た青年と約束して翌日ささやかなピクニックに行く。
 牧草地の中の納屋の二階に上がってからのふたりの間の駆け引きがすごい。表向きは恋愛の駆け引きのようだが、実はそうでない。
 結局、最後には聖書売りの青年はジョイを騙して義足をはずさせ、こともあろうにその義足を奪ってカバンの中に入れ、納屋の二階の梯子を降りていってしまったのである。
 ふたりの間で交わされた心理の攻防の結果が、義足を奪うという「悪意の実現」になったと思うのだが、どうも確かにそうだという判断がつかない。神を信じないはずのジョイが神の近くに居て、神に近いはずの聖書売りが反対に神に遠い存在であることが判るのだが。

 納屋でのふたりの攻防の場面はもう何回か読み直してみたい。それだけすごい。

 それにしても、小説や映画にたまたまこの「聖書販売人」が登場するが、詐欺師やらインチキくさい人間が多いのはどうしてだろう。

2007年1月30日火曜日

何事も起こらない小説

 フラナリー・オコナー作品集『善人はなかなかいない』(横山貞子訳・1998年・筑摩書房)の最後の一編、「よみがえりの日」を読み、ようやくこの本は読了。

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 「善人はなかなかいない」、「強制追放者」、「森の景色」、「家庭のやすらぎ」、
 この4篇は明らかな殺人行為によって小説が終わっている。「強制追放者」だけはもう少し巧妙に仕組まれた作為によって殺人が行われるが、他の3編は銃による射殺であったり、岩に頭を打ちつけてであったりする。 
 「よみがえりの日」では、直接的な殺人行為はない。
 田舎の小屋にも住めなくなったプア・ホワイトである老人タナーは娘に引き取られ、都会のアパート暮らしをするようになったがどうにもその生活になじめない。
 娘が出かけた隙に田舎へ帰る旅に出ようとして、タナーは階段を下りる途中で足を踏み外し、階段の途中に、頭を下に向けて着地した。しばらくして、先日隣室に引っ越して来た黒人の男とその女が、瀕死のタナーをのぞきこむ。
 やがて買い物から戻った娘がタナーを見つけた。
帽子が顔にかぶさり、頭と両腕が手すりの柱から突き出ていた。両足は、さらし台にかけられた人のように階段の吹き抜けにぶら下がっていた。
 この引用部分を注意深く読んでみれば、タナーが階段を踏み外して頭から落ちて死んだという状況とは違う描写がなされている。
 帽子が顔にかぶさっているし、頭と両腕と両足のある場所も変である。誰がそうしたかは明白である。この作品、前4作のような積極的な殺人ではないにしても、これもまた消極的な殺人ではないか。
 この作品集、収録されている5編すべてが、殺人または登場人物の死を以って作品が終わっている。
 昨夜、
やはり、結果として何事かが起こる小説を書かなければいけないのだ。
と書きはしたものの、何事かが起こって終わる小説というのは、どちらかといえばもう古いタイプの小説ではないか。何事も起こらない、何も変わらずに終わる小説の方が今日ではリアリティがありはしないかと思っていたが、さて……?
 

2007年1月29日月曜日

神の真摯な代理人

 フラナリー・オコナーの短編『森の景色』と『家庭のやすらぎ』の読後感が、少し言葉になってきた。

 「森の景色」では、主人公であるフォーチュン老人が、血がつながる者のなかでもっとも愛しているはずの孫娘を、よりによって殺してしまうのです。
 昨今のTVニュースを席巻する「身内殺害事件」のあまりの多さと通底するものがあるような気がし、オコナーがなぜ「殺人」に執着したか得心してしまいそうになります。
 (主人公のフォーチュン老人の姿が、一瞬、映画「エデンの東」のではなく、「ジャイアンツ」のラストシーン近くの、老けたジェームス・ディーンとイメージが重なったのはなぜ?)

 その勢いで次の「家庭のやすらぎ」も読了。
 この作品に登場し主人公に嫌われるニンフォマニアックな少女も、どこかで見知ったような近しげな存在なのだが、結末で主人公が彼女を殺したのかと思ったらそうではなく、彼は誤って自分の母親を殺してしまったのだった。
 オコナーは、まるで神の真摯な代理人であるかのように、自分の作品世界の人物の運命を真摯に翻弄する。

 あと一作でこの単行本は終るが、問題は新潮文庫の方だ。本文の用紙がだいぶ酸化して赤みを帯びて来ている上に活字が小さくて、老眼が始まっている身には読みにくいことはなはだし。「フラナリー・オコナー全短編(上下)」を買った方が早いのかもしれない。上下で8,000円近い。川上弘美「真鶴」も単行本で一気読みしたいし……とほほのほ。

 けれどオコナーには触発された。
 やはり、結果として何事かが起こる小説を書かなければいけないのだ。
 もっと固ゆで卵にならなくてはいけない。

正しい「引用」の仕方

 相変わらず、著作権情報センターのサイトに入り浸っています。
 「(著作権が消滅した)絵画の複製写真については著作物性がないと言われている」という部分に注目。
 つまり50年経過して著作権が消滅した絵画の複製写真は、機械的な複製であって創作ではないので新たな著作権は生じないと。
 ただし、そういう著作権が消滅した絵画の複製写真を集めた画集、写真集で、装丁なり解説文なりには著作権が発生しているので使えません。使えるのは絵の複写部分のみです。
 (同様に著作権が切れていても「彫刻」を撮影した写真については著作権が生じるというので、要注意です)

 それから、われわれが頻繁に使用している「引用」についても一度再確認しておいた方がいいと思って、読みました。
 すると著作権法の第五款 著作権の制限の32条に
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
と記されています。
 具体的にどうかというと
1 引用する側の本文が「主」、引用部分が「従」という関係にあること。
�� 引用部分がはっきり区分されていること。

 (引用部分をカギかっこでくくるなど、本文と引用部分が明らかに区別できること)
3 引用文の「出所の明示」をすること。(著作権法代48条)
  通常は引用部分の著者名と作品名だが、批評で引用する場合は掲載が印刷媒体だと出版社名などの書籍データまで入れた方がいいように思います。現在はウェブ上ではAmazonなどの書籍データにリンク出来ますから、それでいいでしょうが。
 この点についての解説を読んでいますと、引用を二十行くらいしておいて自分のコメントはたった一行だけというような引用は、1の主従に抵触してしまいます。これは私もこのブログなどでもたまたま犯しているダメ引用ですので、気をつけないと。

 そういえば、いつだったか詩の雑誌に知人のエッセイが載っていたのを読んだら、引用の字数が全体の2/3以上あって、書いた本人の思考や感覚がろくに書かれていなくて唖然としました。しかも2番目の区別も怪しく、出典も、著者名と書名だけで翻訳者名も出版社名も記されていなかった。ああいうのが、「引用」のいけない見本ですな。
 自分の考えを述べるためにこそ「引用」が著作権の例外的制限として無許可で出来るように認められているのですから。


 今夜から、自分の創作の進行状況についてはここに逐一書かないことにしました。
 定期的に読みに来ていただいている方々にかえって気を使わせてしまうのではないかと思いますし、すらすら書けない者の創作日記など息苦しいだけですからね。
 あとは雑誌が出るまでのお楽しみということで、よろしくお願いいたします。
 

2007年1月28日日曜日

イメージ・トレーニング失敗

 案の定、一晩寝て起きたら気に入らなくなり、書き出しを削除した。
 錆びついた頭が「描写」の方法というものをすっかり忘れている。
 イメージ・トレイニングのために、短編、掌編を読み返す。
 丸山健二の「バス停」、「青色の深い帽子」、井上光晴の「林檎」、「微笑」、「お菓子の時間」、「ナイヤガラ」、「海辺のシチュー」等々。
 その後、読みかけのままだったオコナーの「森の景色」を読んだのがまずかった。
 ラストの衝撃。
 内容については、簡単にストーリーを紹介して済むものでもなく、一字一句を読んでこのオコナーの叙述を身をもって体験しないと解らないので書きません。
 
 やはり、つまらない小説を書くよりも、読む方がおもしろい……(ーー;)  

2007年1月27日土曜日

断念

 中身のレイアウトはどう動かしても微調整の範囲を出ないが、表紙のことを考えるとこちらのほうが迷う。まあ誌名、号数、発行年月だけで何も無くてもいいのだけれど、人間というのは欲がありますのでついいろいろ考えてしまいます。
 著作権切れの絵画が使えないか、著作権について見て回った。
 文化庁(社)著作権情報センターのウェブを見に行ったが、著作権自体は50年で切れていたにしても、だからといって無限定に使用出来ないようで、なかなか判断がむずかしい。
 たとえば一枚の版画が画家が亡くなって50年以上経過していれば、その作品の著作権は切れているが、その版画そのものを所有していない限りは、その複製をどこから入手するか。画集からであれば、その画集の版権のようなものが存在していないか? そう考えると危なくて手が出せない。

 これからちょっと解りやすそうに書いてあるここでお勉強してみます。

 先ほど、Wordではなくテキスト・エディターであるVertical Editorを起動させ、22行×26字の同人誌設定・原稿用紙縦書き表示のテンプレートを開いて、一応、題名を書き、3行だけ書いた。
 題名は相当昔の自作の題名をパクッってその頭にひらがな4文字を載せて出来上がり。
 題名だけは確定したが、書き出しの3行はまだこれから明日までにどうなるかわからない。寝て起きたら気に入らず削除という可能性、95%くらい。
 では……。

2007年1月26日金曜日

潰えてしまう着想

 「紙見本帳」届く。これまでの、色上質かレザックかという程度の選択肢と比較すると格段の差。いくつか確認したい点をメールで質問し、夕方返信あり。
 ほかにもう一ヶ所、関西の各段に安い印刷所のサイト。ここでは表紙は色上質とレザックとなっているが、見積もりを請求するフォームには他に希望する用紙を書き込む欄があるにはある。ここへも一応、他の用紙を使えるか、問い合わせのメールを送信。
 知り合いの俳句同人誌の編集発行人も、ご希望ならば印刷所を紹介しますと言ってくれていて、そこがまた破格に安い。しかも、製版代、印刷代、製本代、紙代などそれぞれ計算して請求されるので明朗会計である。それも魅力。

 小説の構想、いまだ混沌。やりたくはないが、複数の視点で行くしかないのか。短編で複数の視点もないものだ。
 多分、数日で泡のように潰えてしまう着想に過ぎないのだろう。
 ジョイスの「ユリシーズ」を読んで以来(というかそれ以前からだが)、ひとつの視点でしか語りえない、描写できない現実にある種の眉唾な感覚が生じてしまう。

2007年1月25日木曜日

虚構が現実に復讐される

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 今日は父の命日だが平日なので、正午ちょっと前に母だけを車に乗せて出発。車で街から十分ほど東のひなびた場所にある菩提寺へ行き、墓参り。
 お墓は写真の右手にあるが、この地では迦陵塔(かろうとう)といって畳二枚くらいの半地下式の納骨室を備えた一族共同の墓が多い。横にアルミ製のドアがついていて、そこから中に入れるのだが、掃除の際は持ってゆくが、今回はお参りだけなので鍵は持参せず。

 なぜ、こんなお寺の写真を載せたかというと、かつてこの場所をイメージして老妻をガンで亡くす男の小説を書いたことがあり、その後まもなく父の病気が発見されて闘病生活が始まったので、なんとなく因縁を感じてしまうのです。
 また、夫がガンで亡くなったという虚構の小説を書いた女性が、その後本当にご主人をガンで亡くされたり、特定の人物をイメージしたのではなく、親友が亡くなったという小説を書いたら、その後現実に親友が亡くなってしまったとか、身近だった書き手のそのような経験を知っていますが、現実というものを、書き手の都合にあわせてストーリー展開の道具になどしたりすると、逆に、そうやって安易に書かれた虚構が現実に復讐される、ということがあるのかもしれない。
 徒や疎かに、現実を、中途半端な虚構を仕立てるための道具に使ってはいけないのである。
  (ちょっと厭な話を書きましたが、実はこれ、自分を戒めるためのもので他意はありません)

 相変わらず、A5用紙に1ページの設定を試行錯誤。
 9ポイント、9,5ポイント、10ポイントで、しかも字数行数(字間行間)をいろいろ変えて、フォントのウェイトもMS明朝、平成明朝W3、平成明朝W5などに変えながら実際にプリントアウトしてみる。しかし、あまり見ていると、どれがよいのか判断できなくなってくる。10ポイントでも字間行間しだいでは結構いけるのではないか。老眼が始まっているので出来れば9ポは避けたいのが正直な気持ち(とほほ)。
 いずれにしても左右の余白の取り方次第。字間のつめ方次第。相当に微妙で迷うばかり。
 それにしても申し込んだ有料の「紙見本帳」が来ない。

2007年1月24日水曜日

電話線の向こうの神様みたいなひとたちに感謝

 昨年の秋に収穫したヤーコンのことをわが家の女性陣はすっかり忘れてしまっていて、さっぱり食卓に登場しない。
 そこで、仕事で外出した帰りにスーパーマーケットに寄り、セロリ(セルり?)をひと株購入。
 先ほど、男子厨房に入り、ヤーコンとニンジンを洗ってピーラーで皮を剥き、どちらも銀杏切りだが、ヤーコンはちょっと厚めに3~5mmくらい、ニンジンは2~3mmくらいに切る。それからセロリの茎と芯の部分の葉を箸で摘みやすく食べやすいくらいの大きさに切り、適当な容器にヤーコン、ニンジンとともに入れ、塩少々、酢少々、醤油適宜、みりん少々を混ぜて冷蔵庫に入れる。
 これでヤーコンとセロリの醤油漬けの完成。明日になればおいしく食べられます。さっぱりしていながら、ヤーコン、セロリ、ニンジンの味はそれぞれ味わえて結構です。
 本当は、あく抜きのために一晩は塩と酢だけで置き、翌日水気を切って醤油とみりんで味付けした方がいいかもしれません。それから、酢を少し入れるのはヤーコンがそのままだと酸化して黒く変色しますので、それを防ぐためだそうです。

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 な~んだ、写真に撮ってみるとあまりおいしそうに見えませんね(まだ醤油漬けになっていないし、銀杏切りより短冊切りの方が見た目がきれいかもしれないですね。ハハ、所詮は男の児戯であります)。


 今は、物差し片手に、パソコンで編集しているとおぼしき文芸誌、同人誌のレイアウトの研究。先ずは上下左右の余白を計測し、使用されているフォントの種類、大きさ・太さの検討、それから行数と文字数、二段組の段の間が何mmかも測定。その後は実際にページを開いての目当たりの感覚的検証。
 その結果、いちばん目当たりがいい(読みやすそうなの)は、ひわきさん編集レイアウトの「胡壷」であった。
 なぜか? 先ずは、フォントの大きさに注目。
 手元にある雑誌はだいたいがワープロ・ソフトでいう9ポイントか、10ポイントを使用している。「文○界」は9ポ、たまたま手元にある「季刊○科」は10ポイント、「O」は9ポイント、「木曜日」は10ポイント。
 それらを順にぱっぱっと見てゆくと、9ポイントはちょっと小さくて読みにくく、10ポイントは文字は大きいのだが行間が窮屈に感じられてしまい、ベストではないのである。ただし「胡壷」はそういう違和感がなくもっとも目に自然に文字が入ってく来る。
 そういえば、以前、ひわきさんが一太郎でフォントを9,5ポイントに設定されていると掲示板に書かれていたことがあった。もういちど、「胡壷」のフォントと9ポと10ポの三種類の文字をもう一度比較すると、確かに、微妙に違う。
 また同じ大きさでもフォントのウェイトが違うと印象も変わる。ウェイト3、5、7と数字が大きくなるとフォントが太く濃くなるが、あまりウェイトが大きいとかえって読みにくくもなる。ウェイト3はちょっと細い感じもするが、印刷さえきれいにされればむしろ読みやすいかもしれない。

 今、「文芸同人誌案内」の掲示板の記事を保存した「保存掲示板」の「同人誌の作り方」を読み返してみましたが、やはり9,5ポイントでした。
 しかし、この保存掲示板、保存しておいていただいて本当によかった。消えてしまってはもったいないことがたくさん書きこまれています。さすが、ひわきさん。

 とりあえず、Wordでも9.5ポイントという指定が出来るかどうか、試してみました。
 Wordにだって10.5ポイントという0.5ポイント刻みのフォントサイズがあるのだし、デフォルトだと72ポイントまでしかフォント指定窓にないフォントの大きさも、80ポイントとか数字を手入力すれば80ポイントで表示、印刷されるのだから、9.5ポイント指定も大丈夫かもしれないと思って。
あ、できました。9.5にしたい文字列を選択しておいてからフォントサイズを指定する窓に半角で「9.5」と入力すれば、フォントサイズが9,5ポイントになりました!
9ポイント、9.5ポイント、10ポイント、3種類を実際にプリントアウトしてみましたが、やはり、9.5ポイントがいちばんいい大きさだと確信。(ちなみに9.7と数字を入れてみたらダメでした)
 ただし「ページ設定」では変更できないので、行数字数まで意のままにコントロールするのは難しい。もう少しいじってみよう。
 
 それからもう一点。
 同じフォントサイズでウェイトも同じフォントを使用していても、行間と字間の設定(行数・字数)の設定が少し違っただけでも印象は大きく変わる。
 行間は余り狭くなければいいが、文字間は余り空けない方がいい。行間が狭く字間が広い設定がいちばん読みにくいのは当然です。

 なるほど。
 ページ設定などどうでもいいから、このフォントサイズ9.5ポイントで「同人誌用のスタイルと書式」を作ってしまえばいいし、「本文9.5ポイントの同人誌のテンプレート」も作ってしまえばいいのす。
 早速、作りました。このテンプレートにテキスト・ファイルを流し込めばいいのです。Wordファイルを流し込むと、元のWordファイルの書式が生きてしまいますので、やはりいったんテクストファイルにしてから流し込むのがいちばん安全な方法のようです。

 それにしても、ネットってありがたいものです。
 検索すれば、こういう風に自分が知らない情報がどこかに置かれていて、それを得ることが出来るのですからね。ネットの向こうには神様みたいな人もいれば、悪魔かと思うようなひともいると、つくづく思います。
 すごい世界です。
 電話線の向こうの神様みたいなひとたちに、感謝いたします。

2007年1月23日火曜日

空っぽのフォルダ

 探しても無いのでよく考えてみたら、昨年の5月のハードディスクのクラッシュで「小説書きかけ」、「エッセイ書きかけ」、「詩書きかけ」という3つのフォルダが全部消えてしまったのでした。Meでかろうじて動いているデスクトップにも同じ名前の3フォルダがあることはありますが、ノートを購入する前のだから中身がずいぶん古くて、開いてみたが触発されて気持ちが動くものが何も見当たらない。
 まだしばらくは頭の中で堂々巡りを続けるほかありません。
 一応、「小説書きかけ」フォルダを作って、デスクトップに置きました。
 空っぽのフォルダが自分の脳の中とおんなじに見えて、ゾッ。
 まあ、このブログの更新がある間はダメでしょう。更新が途絶えたら、深夜に鉢巻をしてそこに鉛筆の10本も挿して鬼気迫る形相で書いているかも知れませんが……何とも想像しにくい……(ーー;)

 しかし、オコナーも止まったままだし、クノーの『きびしい冬』も手つかず、ゾラ・セレクション1も届いたまままだ開いてもみてない。
 毎日、あんなに本が読めて評文も書けるLydwineさんが、裏山鹿。
 気持ちを立て直すために、坂口安吾の短いエッセイ『ピエロ伝道者』を再読。

 そういえば、せっかく外付けハードディスクを購入したんだから、きちんと定期的にバック・アップをしなければ。

2007年1月22日月曜日

なぜか投げやりな夜

 早稲田文学の「フリーペーパーWB」は7号が出ているらしいが、6号のPDFが読めるようなのでダウンロードしてみたが、ファイルが壊れているという表示が出て結局読めませんでした。
 都会ではともかくこんな田舎では配布場所も無いだろうと思ってのことでしたが、読めなきゃ仕方ありません。
 しかし今さらフリーペーパーという形で紙媒体の雑誌にこだわる必要がどこにあるのだろう。
 オンライン上の電子雑誌でいいではないか。
 紙で読みたければ読者がPDFをダウンロードしてプリントアウトして読めばいいのだし、無料で読める代償としてそこに広告を入れたっていいのだ。
 商業文芸誌だってネット上に全作品をアップして、読みたい作品だけダウンロード購入して読むようにしたらいい。
 するとダウンロード数に応じて原稿料が支払われる。
 あ、それはまずいか。必ずしも多くの読者に読まれる作品が文学的価値においても優れているとは限らず、むしろ反比例することも多い。
 
 やはり、ネットの不可視空間をさまよってでも、自分が読みたい小説や書き手を探し続ける方が無難か。

 日本雑誌協会の「文芸・歴史誌」を見ると、文學界12,000、新潮11,117、文藝15,000、群像8,000、すばる8,000という数字。
 これは印刷部数で実売部数ではなさそう。
日本中で人口一億なんぼで10000部、またはそれ以下。そこから図書館などの購入部数を引いてみたら、個人の購入はどれくらいの数か?
              《日本の図書館数は2731館、(2003年4月現在)》

 それだもの、単行本だって2000部も刷って五年も十年もかかって完売したら、それでおしまい。増刷なんてする訳ないです。だから十年もしない本に10,000円の古書価格が付けられ、手も足も出ないことになります。

2007年1月21日日曜日

私が書きたいのは……

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 昨日からのお金にもならない夜なべ仕事、ようやく完了。
 同居人が発行人であるところの怪しげな詩誌の、A5中綴じ(本文24ページ)100部の製作終了。(上に見えるのは中綴じ用の長~いホッチキス=ステープラーです)
 一応、本文の用紙はど素人ながらも書籍用紙の90kgを使用、表紙はフォト用紙のいちばん厚いのを使用。しかも、先日の霧氷の写真をうっかり見せたら「これがいい! これを表紙に使って」とか言われて、無理やり奪われてしまいました(泣)。
 当の本人は今回は風邪など召されまして、咳き込んでうるさく、使いものになりませんでした。次号からはお安い印刷所を紹介いたしますから、こういう怪しげな手作り雑誌はやめませう、ね。(多分、当人は99%、ここ、読んでいませんが)

 恥ずかしながら、Wordの「タブとリーダー」という機能を使ったことがありませんでしたので、今日、どうやって使うのかチャレンジしてみました。
 目次などに使える機能なのですが、今までこの機能を使わずに他の姑息な方法で目次を作っていたのです。
 で、Webで検索しながら使い方を習得しました。何だ、覚えてみれば簡単ではありませんか。

 さて、明日からはまた自分のことに時間を使えます。
 って、小説を書くのはぎりぎりまで手をつけない悪い癖が、またぞろ浮上してきています。
 というか、「自殺を一日延ばしにしている自殺未遂常習者」に余りにも似た心境で、困ってしまいます。
 書きながら「こんな小説、書きたくない」というもうひとりの自分がいて、こいつの方が書く自分より声も大きく態度もでかいんですね。(あ、いつものように顔文字を入れようとしたら、入れられません。Word2003をインストールしたので、2003に顔文字辞書を入れてやらないとダメなのですね)

 といいながら登場人物のことを考えていたりして……。
 私が「自分の書くものが面白くない病気」だと言っているのに、「力作を期待しています」とか掲示板にぬけぬけと書く人がいて、やれやれです。
 私は力作など書かないぞ。
 私が書きたいのは……あ、これだけは口が裂けても言えません。
 書くもので証明いたします。

2007年1月20日土曜日

焼酎で嗽?

 昨日の午前中にオーダーしたWordが昨日の内に発送になり、今日配達されて驚いた。
 そして早速インストールしたが、やはりルビの位置指定が文字から離す指定はできても、文字に近づける指定はできないことが判明した。マイクロソフトさん、これはおかしな設定である。98では出来たではありませんか。やはり98を使い続けるしかないかと2003をアンインストールしようかと思ったが、ちょいと検索したら、ありがたや、裏技でルビを文字ぎりぎりに近づける方法を記事にされているページを発見。いやあ、ネットって素晴らしい。
 書かれた通りにしてみたら、ちょっとややこしいが思い通りにルビが文字に接近した。よかった。
 この方法だと縦書きの漢字の右にルビを振るだけでなく、左に振ることもできるようだ(あまり必要はないが)。
 こういうややこしい話は、実際にルビを振る方以外には読んでも解りにくいので、これでやめておきますが、昨日のコメント欄に詳細を書いておきました。

 東京の印刷会社より雑誌作りについての130ページほどの丁寧な案内書と、「小説専用パック」なる30ページほどのパンフが届いた。
 おおむねマンガ同人誌が多いようだが、考えようによってはほとんど文字だけの小説同人誌の方が仕事は楽だ。しかもこちらで版下を作って、印刷製本だけを依頼するのだから安く上がって当然。
 でもやはり最初はデータ入稿は怖いので紙の版下で行こう。あとは表紙と本文の用紙を何にするか、だけ。出来るだけ簡単質素に。

 いよいよ、家の中に風邪が入り込んだ。
 父親の介護をした年から六年くらい風邪をひいていないが、それだけ馬鹿になったのだ。

2007年1月19日金曜日

気が遠い

 今頃になってWord2003を購入することにして価格ドットコムの最安値の店にオーダーした。
 いよいよ印刷会社にデータ送稿するようになるかもしれない状況が差し迫ってきたが、考えてみたら今インストールされているWordは何と98なのです。
 かつてWord2000を購入することはしましたが、この2000が「編集レイアウト」担当泣かせで、98まではルビの本文との距離を微調整する機能がついていたのですが、2000では無くなってしまい、デフォルトのまま調整出来ないことが判明したのです。これでは狭い行間にルビを納めることが出来ません。
 怒り狂って、インストールした2000を速攻でアンインストイールし、古い98にヴァージョン・ダウンしたのでした。
 そしてそのまま今日に至って、はたと気がつくと印刷会社が対応するWordのヴァージョンが2000,2002,2003となっているではありませんか。あらら、98では相手にしてくれない? とあせってしまいました。
 Wordもいろいろ癖があってこれを編集に使うのは苦しいので、本当は一太郎にしたいのですが、おおむねWord対応が多くて、一太郎に対応している会社は少ないので断念。
 近々にWord2007が出るようですが、あまり新しいヴァージョンは危ないのでやめて、2003でよしとしておきます。
 (それにしても、ルビの多用はやめましょう、ね)

 今夜はジョージ・オウエルの「1984年」とミラン・クンデラの「冗談」を偏愛図書室入りさせようと思っていましたが、カラープリンタを使ってA4フォト用紙を100枚ほど印刷する作業があり、しかも連続印刷するとフォト用紙が「ツヤあり」のせいか何枚も重なってしまうアクシデントに見舞われて、仕方なく1枚ずつ手差しという、気の遠くなる手作業になってしまいましたので、延期です。
 あ、その片手間に、缶ビールを飲みながら、グールドのピアノを聴きながら、レーザープリンタで100枚ずつ6ページ分もプリントアウトしています。

2007年1月18日木曜日

眼精疲労

 再び印刷会社のWeb Siteめぐり。東京1社、大阪1社、四国1社。紙版の版下についてはどこも変わりはないが、データ入稿については各社対応が違う。
 もっとも柔軟なのが四国の1社。ここは、Win、Macそれぞれにほぼ考えられるだけのアプリケーション・ソフトに対応していて、お見事。印刷に関して懇切丁寧なページで勉強になりますが、価格的には3社のなかではいちばん高くて、二の足を踏んでしまいます。
 最も安いのは大阪の1社。ここは表紙色上質の標準で100頁200部で46,200円という脅威の価格だが、対応ソフトの明示がない。まあ、最終的にPDFファイルにして直接出力ということらしいので、先ずは大丈夫だろうが、インタネットでのデータ入稿についても書いてないので、CD-Rに焼いてメール便という形か。でも、安すぎてちょっと怖いです。
 東京の1社は同人誌の印刷は手馴れているらしいが、一昨日書いたように同じ条件で66,470円。Wordファイルを大手印刷会社が開発した仮想プリンタをインストールし、それによってプリンタ・ファイルという中間ファイルを作成し、それをFTPで送信するという方式。ただしFTPで受信するサーバーの容量が100MBなので、ファイルの圧縮が必要だし、圧縮しても70~80MB以上だったらCD-Rで送った方がよい。
 この会社に、表紙と本文用紙が入っている紙見本帳を請求した。
 紙はレザックと紀州色上質以外は知らないので、現物を見ないと判らない。
 これまでのように表紙を地味に紀州色上質で済ませ、インクも黒一色なら必要もないが、念のため、見ておきたいだけ。

 その点、紙版だとどこでも同じなので価格が安いところがいいが、表紙が色上質でなくもっと凝ったものとか、印刷もカラーとか贅沢を考えるとまたおのずから限定され、安いところでは間に合わなくなるし、データから直接と紙の版下とで、印刷された文字のきれいさにどの程度の差があるか、どうか。それも、こちらの版下の出力次第だろうが、レーザープリンタなら先ずはOKだろう。

 あちこち見て回っているうちに、その会社名に覚えがあると思って奥付を確認したら、Lydwineさんの雑誌を印刷している会社でした、(^_^) 。ついでなので、一応、見させていただきました。

 ああ、目が疲れました。

2007年1月17日水曜日

叙情的なものと叙事的なもの

「ギリシャ悲劇は、すべての年上の姉妹芸術とは違ったふうに滅びていった。それは解きがたい葛藤の結果、自殺によって、従って悲劇的に死んだのである。……中略……悲劇のこの死の苦闘を戦ったのが、エウリピデスであった」と、ニーチェはその著『悲劇の誕生』で言った。
 ニーチェは、ギリシャ悲劇がアポロ的なものとディオニュソス的なもの、このふたつの衝動によって成り立っていると断じて、エウリピデスに至って、その合理的精神によってディオニュソス的なものが排除され、アポロ的なもののみに依って成立する傾向をもち、それがギリシャ悲劇の死を招いたと言うのである。ニーチェは他の場所でエウリピデスとソクラテスを悲劇の殺害者に擬しているが、考えようによってはそうかも知れない。
 アポロ的、ディオニュソス的という概念はやや蓋然的であるが、ドイツ解釈学派のエミール・シュタイガーが言語芸術の三つの根本的な様式として、抒情詩、叙事詩、劇について用いた概念にも共通項があると思われる。
 エミール・シュタイガーは、その著『詩学の根本概念』(高橋英夫訳、法政大学出版局・叢書ウニベルシタス)で、
抒情的様式―透入
叙事的様式―表象
劇的様式―緊張
という図式を立て、様々な検討を行なっている。

��注・彼が抒情的様式と言い、抒情詩と言わないのは、抒情的なものが抒情詩にのみあるのではなく、また叙事的なものが叙事詩のなかだけに、劇的なものが劇のなかにだけあるのではないからである。
 シュタイガーの言う抒情的様式と、ニーチェのディオニュソス的なもの、叙事的様式とアポロ的なものには重なり合う部分がある。
 たとえばシュタイガーは抒情的様式を「透入」という概念で説明しているが、透入とは感情移入とか一体化に近い意味をもち、「作者」と「作者が語る対象」、あるいは「読者・観客」と「語られる対象」の問に距離が無いかあっても少ないような様式のことである。抒情詩において、作者と詩に書かれる世界に距離がないのは誰にも承知できる。つまり、抒情的様式に支えられている世界では、作者は語るべき対象である人物や物や出来事と同じ世界に存在し、息をしている。それゆえにこそ、読者や観客に情感や共感が成立するのである。

 劇もまたその半分を抒情的なものに効果を負っていることも言うまでもない。アリストテレスのカタルシス説を侯つまでもなく、劇中に展開される世界への透入、もしくは一体化がなされてこそ、観客は目の前の単なる舞台上の仮りの出来事を超越し、甦る何ものかを見、聞き、そして感動するのであるから。

 一方、ホメーロスの叙事詩などのような、主に叙事的様式に支えられているものには、作者は語るべき世界の中にはいない。むしろ、対象とする世界を見おろせる位置にいて、ひたすら客観的に語るだけである。人間が生き、戦い、死んでゆく様を、まるで神そのひとが語るように語る。対象とする世界とは距離があるのである。

 このような、同化と異化(客観化)との関係は、ニーチェが、ディオニュソス的なものから生まれる芸術として音楽をあげ、アポロ的なものから生まれる芸術としてギリシャ彫刻などの造型芸術をあげていることの意味にも通じる。彼がアポロ芸術の粋と見た彫刻は対象との距離なしには成立しない。造形芸術は、作者の内部にモチーフとして内在し、また情念に動かされている問はディオニュソス的でもあろうが、ひとつの作品として完成する過程はひたすら客観化によって支えられ、アポロ的・表象的である。
 劇的様式についても、ニーチェとシュタイガーの意見は表現の差こそあれ、同じと言える。劇には対象と同化しようという衝動によって成立するディオニュソス的・抒情的様式があり、また対象を客観化しようという衝動へ働くアポロ的・叙事的様式とがあり、双方が有機的に働いてこそ、劇特有の緊張と解放が成立することになる。

 小説を書く際にもこのような広範な意味合いでの叙情的なもの、叙事的なもの、劇的なものを少しは念頭に置いておいても悪いことではないでしょう。
 叙情的なものの最も良質なものは「ポエジー」であり、叙事的なものの最も良質なものは「描写」でありますから、小説書きであるからといって叙情的なものやポエジー(詩)をバカにしてはいけません。良い小説は叙情的でありつつ同時に情事的でもあらねばならないのです。
 (これは劇の話になりますが、劇的なものというのは、その叙情的なものと叙事的なものとの対立、衝突から生まれるのかもしれません)

��『詩学の根本概念』の表紙画像をアップしようと思いましたが、また下積みになってしまったのか、見つかりませんので、後日発見次第ここにアップいたします。その代わりに、1月5日の記事「田中恭吉」で紹介し損ねた、窪島誠一郎著『田中恭吉ふぁんたじあ――「月映」に生きたある夭折版画家の生涯』(彌生書房・1992年、2,600円)が見つかったので、アップしておきます。

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 詩誌レイアウト、ほぼ終了。本文24頁中綴じなので、裏表印刷でA4用紙6枚プラス表紙。残るは表紙の画像のみ。

2007年1月16日火曜日

腹をくくって予行練習

 同人誌の次号締め切りは3月末日で自分の原稿についてもそろそろどうするか腹をくくらなくてはならない。

 それとは別に印刷所の問題もある。
 前号は印刷にインクむらが目立って許容の範囲を越えていた。創刊号から長年の付き合いであるから変更はしたくないが、安くて印刷がきれいで、しかも現在のデジタルデータ化に対応している会社にそろそろ移行しておいたほうがいいだろう。個人経営で夫婦だけの印刷所には、これまでも荷が重かったであろうと推測している。高齢化でいつ廃業されるかも心配である。
 それで、前号発行以降、主にネットで、遠方でも構わないので同人誌を印刷している会社、デジタル・データを受信できる体勢にあり、印刷が安くてきれいなどの条件で探していた。以前から耳にしていた同人誌印刷の有名どころもウェブを見て回った。
 そして、最近になって対象を一社に絞った。デジタル・データをどういうファイルでやりとりするのか、それも重要な決め手になる。その印刷会社はWord原稿を使える。PDFではないが、同様の仮想プリンタをダウンロード&インストールし、レイアウトしたWordファイルをその仮想プリンタのファイル形式に変換する。その変換したデータをメール送信、またはFTP送稿する。それだけでよさそうなのである。
 試みにその仮想プリンタをダウン・ロードし、インストール、前号全体のWordファイルではテスト用にはサイズが大きすぎるので、自分の原稿のレイアウト済みWordファイルを仮想プリンタにかけ、ファイル出力してみた。データ送稿の予行練習である。きちんと、中間ファイルであるprnという拡張子がついたファイルが出来たので大丈夫か。これをFTP送稿すればそのまま製版、印刷、製本と進み、一度も印刷所に足を運ばなくても同人誌が出来ることになる。ふうっ。
 ただしファイルサイズがそのままだと109MB、圧縮してLZHファイルで36MB、ZIPファイルで28,1MBなので圧縮せずにFTP送稿はきついだろう。時間がかかるようだったら、一応プリント・アウトした紙原稿も送付しなければならないようなので、一緒にCD-Rに焼いて送ってもいい。
 これまでだと版下を渡してから雑誌が出来るまで3週間くらいかかったが、この方法だと入稿から納期まで1週間から10日だという。これもすごい。手書き原稿を印刷所に渡していた頃は一ヶ月か一ヵ月半はかかっていた。

 未知の印刷会社への発注はどのような仕上がりになるか心配だが、前号以上に良くないということはないだろう。
 ちなみに料金だが、用紙等標準のままだとA5版100頁200部で、代金は66,470円。これまでよりさらに安い金額ではあるが、実際に高いか安いかは一度出来あがった雑誌を手にしてみないと判断出来ない。この件についても、もうそろそろ腹をくくらないと。

『動物哀歌』

 毎月15日恒例の赤提灯で酩酊、帰宅。

 雁の声

雁の声を聞いた
雁の渡ってゆく声は
あの涯のない宇宙の涯の深さと
おんなじだ

私は治らない病気を持っているから
それで
雁の声が聞こえるのだ

治らない人の病は
あの涯のない宇宙の涯の深さと
おんなじだ

雁の渡ってゆく姿を
私なら見れると思う
雁のゆきつく先のところを
私なら知れると思う
雁をそこまで行って抱けるのは
私よりほかないのだと思う

雁の声を聞いたのだ
雁の一心に渡ってゆくあの声を
私は聞いたのだ
        村上昭夫詩集『動物哀歌』思潮社1975年5刷1,200円

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 ちなみに現在は思潮社から現代詩文庫で『村上昭夫詩集』が出ているが、『動物哀歌』自体は1967年に「Laの会」から出た版、続いて1968年に思潮社から出た版、そして1972年に「みちのく社」から出た版、平成5年「動物哀歌の会」の版の4種類が存在する。
 私が持っているのは思潮社版の5刷だが、古書価格1,000円から9,000円。
 驚くのは「Laの会」から出た版の署名、識語入りが168,000円、署名なしが126,000円。

 村上昭夫本人の生涯については、末弟、村上成夫氏の手になる動物哀歌・村上昭夫資料室というウェブサイトがあります。

2007年1月15日月曜日

霧氷!

 今日は同行者一名と浅間山麓へクレソンを採りに行きましたが、周囲の山、樹木が樹氷で覆いつくされていました。午前11時近くなっても溶けずに写真が撮れたのは驚きでした。
 クレソンの方は軽井沢セ○ン美術館の近くにあったはずなので行ってみましたが、どうやらホテルやレストランのひとたちにか住人のひとたちにか、すでに摘まれていました。仕方なく昨年採取した場所へ回って、クレソンと芹(日本)の両方を採りました。(もっとも私は写真を撮るのに走り回って、クレソンは専ら同行者が採取いたしました)

 それにしても霧氷のみごとなこと。氷の花が咲いたようです。森の中へ入ったら「天国」へ来たかと勘違いしてしまいました。

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午後一時、カナダのN君より電話。国際電話だから長くしゃべってはいけないと思ったが、カナダでも価格競争で安くなって、日本へかけても1分5円くらいだと言って長話。同級生の噂話、ルバーブの品種の話やら、カナダで育てているヤーコンの話など、延々と一時間を越えた。

2007年1月14日日曜日

久々の方言変換遊び2

原文
 北から南へ流れる川によってその町は東西に分断されており、五つの橋が架けられていた。そのうちの三つは昭和以降に架け替えられたコンクリート製の永久橋だったが、もっとも上流と下流に位置する橋は古い木橋であった。上流の木橋は初めに橋を架けた人物の名を冠して作左衛門橋と呼ばれているが、下流の木橋は名称を記す銘板もなく、ただ俗称としてみごもり橋と呼称されて来た。
 妊娠を意味する身籠り橋と思っている住民も多く、町史には、不妊症に悩む女性が満月の夜の午前零時に橋をひとりで誰にも見られずに渡ると必ず子宝に恵まれるという言い伝えが紹介され、現代でも深夜にひとり橋を渡る女性が後を立たないと書かれている。
 そして、それとは別に水籠り橋と表記されるとも記されている。その語源は、かつては橋の西のたもとに建てられていたがいつの時代にか洪水によって流出してしまったという、小さな碑に刻まれていた歌に由来するという。
…… 浮 ( う ) き橋を心 水籠 ( みごも ) り渡るらむ淀みに映る月のかなしき……

山形弁
北から南へ流れる川によってその町は東西に分断されており、五つの橋が架けられつたっけ。そのうちの三つは昭和以降に架け替えられたコンクリート製の永久橋だっけのなが、ごけちけちしねでも上流と下流に位置する橋はぼろっちい木橋だったのな。上流の木橋は初めに橋ば架けた人物の名ば冠して作衛門橋と呼ばれたが、下流の木橋は名称ば記す銘板もなく、ただ俗称としてみごもり橋と呼称されてきたんだず。
 妊娠ば意味する身籠り橋と思った住民もしこたま、町史には、不妊症に悩む女性が満月の夜の午前零時に橋ばひとりででぁれにも見られねで渡ると必ず子宝に恵まれるていう言い伝えが紹介され、現代でも深夜にひとり橋ば渡る女性が後ば立たないと書かれたんだず。
 ほして、それとは別に水籠り橋と表記されるとも記されたんだず。その語源は、かつては橋の西のたもとに建てられつたっけがいつの時代にか洪水によって流出してしたっけていう、小さな碑に刻まれつたっけ歌に由来するていうず。
…… 浮 ( う ) き橋ば心 水籠 ( みごも ) り渡るらむ淀みに映る月のがなしき……


四日市弁(名古屋弁が消えてしまったので)
北から南へ流れる川によってその町は東西に分断されており、五つの橋が架けられとった。そのうちの三つは昭和以降に架け替えられたコンクリート製の永久橋やったが、もっとも上流と下流に位置する橋は古い木橋やった。上流の木橋は初めに橋を架けた人物の名を冠して作左衛門橋と呼ばれとるが、下流の木橋は名称を記す銘板もなく、ただ俗称としてみごもり橋と呼称されて来た。
 妊娠を意味する身籠り橋と思っとる住民もようけ、町史には、不妊症に悩む女性が満月の夜の午前零時に橋をひとりで誰にも見られずに渡ると必ず子宝に恵まれるという言い伝えが紹介され、現代でも深夜にひとり橋を渡る女性が後を立たないと書かれとる。
 ほんでもって、それとは別に水籠り橋と表記されるとも記されとる。その語源は、かつては橋の西のたもとに建てられとったがいつの時代にか洪水によって流出してしまったという、ちっちゃい碑に刻まれとった歌に由来するという。
…… 浮 ( う ) き橋を心 水籠 ( みごも ) り渡るらむ淀みに映る月のやろかしき……


京言葉
北から南へ流はる川によってその町は東西に分断されており、五つの橋が架けられとった。そのわての三つは昭和以降に架け替えられたコンクリート製の永久橋やったが、とはしゃべるても上流と下流に位置する橋は古くさい木橋やった。上流の木橋は初めに橋を架けた人モンの名を冠して作左衛門橋と呼ばれとるが、下流の木橋は名称を記す銘板もなく、ただ俗称としてみごもり橋と呼称されて来やはった。
 身重を意味する身籠り橋と思っとる住民もようけ、町史には、不妊症に悩むおなご性が満月の夜の昼まで零時に橋をひとりでどなたはんかて見られんと渡るときっと子宝に恵まはるとゆー言い伝えが紹介され、現代かて深夜にひとり橋を渡るおなご性が後を立たへんと書かれとる。
 ほんで、それとは別に水籠り橋と表記さはるとも記されとる。その語源は、かつては橋の西のたもとに建てられとったがいつの時代にか洪水によって流出してしもたとゆー、小さな碑に刻まれとった歌に由来するとゆー。…… 浮 ( う ) き橋を心 水籠 ( みごも ) り渡るらむ淀みに映る月のかいなしき……。


博多弁
北から南へ流れる川によってそん町は東西に分断されており、五つの橋が架けられとったとよ。そんうちの三つは昭和以降に架け替えられたコンクリート製の永久橋やったが、えらいも上流と下流に位置する橋は古か木橋やったとよ。上流の木橋は初めに橋ば架けた人物の名ば冠して作左衛門橋と呼ばれとるが、下流の木橋は名称ば記す銘板もなく、ただ俗称としてみごもり橋と呼称されて来よるとよ。
 妊娠ば意味する身籠り橋と思っとる住民もえらいたくさん、町史には、不妊症に悩む女性が満月の夜の午前零時に橋ばひとりで誰にも見られんでん渡ると必ず子宝に恵まれるとゆう言い伝えが紹介され、現代でも深夜にひとり橋ば渡る女性が後ば立たなかと書かれとるとよ。
 そいで、それとは別に水籠り橋と表記されるとも記されとるとよ。そん語源は、かつては橋の西のたもとに建てられとったがいつの時代にか洪水によって流出してしもうたとゆう、小さな碑に刻まれとった歌に由来するとゆうとよ。
…… 浮 ( う ) き橋ば心 水籠 ( みごも ) り渡るらむ淀みに映る月のかいなしき……


おまけの猫語
北から南へ流れる川によってその町は東西に分断されていてニャ、五つの橋が架けられていた。そのうちの三つは昭和以降に架け替えられたコンクリート製の永久橋だったが、もっとも上流と下流に位置する橋は古い木橋であったニャ。上流の木橋は初めに橋を架けた人物の名を冠して作左衛門橋と呼ばれているが、下流の木橋は名称を記す銘板もニャく、ただ俗称としてみごもり橋と呼称されて来たニャーオ。
 妊娠を意味する身籠り橋と思っている住民も多く、町史には、不妊症に悩む女性が満月の夜の午前零時に橋をひとりで誰にも見られずに渡ると必ず子宝に恵まれるという言い伝えが紹介されてニャ、現代でも深夜にひとり橋を渡る女性が後を立たニャいと書かれているニャ。
 そしてニャ、それとは別に水籠(みごも)り橋と表記されるとも記されているのニャ。その語源は、かつては橋の西のたもとに建てられていたニャーゴがいつの時代にか洪水によって流出してしまったという、小さニャ碑に刻まれていた歌に由来するというんニャー。
…… 浮 ( う ) き橋を心 水籠 ( みごも ) り渡るらむ淀みに映る月のかニャしき……


こ、これは、赤塚不二夫のニャロメの猫を思い出してしまうではありませんか、ニャロメ!!



 原文はひとさまのものを勝手に使う訳にはいきませんので、ある自作の旧作の書き出しをまな板にのせました。
 またこれら方言変換コンバータはほぼ遊びの目的で作られており、辞書の語彙数も数百と精度をかいておりますので、学術的には検証しないで下さいませ。

樹のフォルムを撮る

 例年、卒論ぎりぎりの時期になると検索で来られる方が少し増えるが、今年は「プラトン」が少なく、フォークナーの「八月の光」と「エミリーに薔薇を」、「あの夕陽」が多い。
 それにしても検索の仕方でも向こうの様相が垣間見えるのがおかしい。「八月の光、あらすじ」などという検索で来られると、「おいおい、検索で荒筋なんか知る前にちゃんと読めよ、読んでから人の感想と自分の感想を比べたらどう?」 と突っ込みを入れたくなります。
 反対に「八月の光 ハイタワー リーナ・グローヴ」などという検索だったら、「お、やってますね、がんばって」と言いたくなります。

 また本を一冊オーダーしてしまった。3780円が2,000円。

 配偶者の薄い中綴じ印刷の雑誌のレイアウトを開始。二人で詩と詩論二編なので簡単だが、表紙の画像まで任されているので、明日は写真を撮りにいかねばならない。前号は「ベンチの孤独」というタイトル(いちいち表紙写真にタイトルなんか付けるなよって、自分で自分に突っ込み! )だったが、今回は何の孤独にしよう? 「木の孤独」にしたいのだが案外難しい。対象の樹木一本だけを撮りたいのだけど、周囲がすっきり何もない場所に木が一本だけという状況はとても少ないし、第一その前に、木のフォルムが気に入らなくてはならない。
 私は、小説なんか書くよりも、樹のフォルムばかりをカメラに収めるようなヘンなカメラマンになりたかったのかもしれない。(-_-;)
 そんなことを思うのも、偏愛書であるカフカの『観察』のなかにある、文庫本でたった4行の「インディアンになりたいと思う」という文章のせい。
 インディアンになりたいと思う、油断なく身構え、疾駆する馬上に、大気をななめに裁断する、小こざみにふるえる大地のうえを、くりかえしこまかく震動を続け、やがてたづなをはなす、もはやたづなはないのである、やがて拍車をなげうつ、もはや拍車はないのである、かくて眼前にひろがる台地が、なめらかに刈り取られた草地と変ずるとき、もはや鞍上人なく鞍下馬なし。
  本野享一訳『ある流刑地の話』(角川文庫)より

 それにしてもこのカフカの、「観察」というささやかな断片を集めたもの、好きだなあ。

 オコナーの「善良な田舎者」読み始め。

2007年1月13日土曜日

久々の方言変換遊び

 昨夜書いたテキスト・エディターのTera Padが0,90になっていたのでヴァージョンアップをした。通常のテキストファイルはファイルをクリックするとTera Padで開くように関連付けされているので、横書きで構わないものはすべてこれ。
 などと「Vevtor」やら「窓の杜」をふらついているうちに「てきすたー896」というフリーのエディターが目についた。ただのエディターではなく、方言変換辞書つきのエディターで、標準語で書かれた文章を、名古屋弁、大阪弁、コギャル風、どらまちっく風、時代劇風、ザマス風など五十もある辞書で一発変換してくれるフリー・ソフト。
 試しにダウンロードした。
 レジストリに残らないということなので適用な場所にフォルダを置いて、exeファイルをクリックするだけで起動。
 適当にパソコン内にあるテキストファイルを開く。できればまじめ、深刻そうな文章がいい。
 それを様々な方言、文体に変換してみる。辞書自体がそう多くの方言や言葉を収録してないせいか、語尾だけが同じことばの繰り返しになっていたり、すべてがそのまま使える訳ではない。
 「どらまちっく風」は誇張表現でちょっと面白かったが。
 いちばんいいのは、自分で辞書を作ってみることですが、この地方の方言辞書を作ってもあまり面白くはなさそう。
 ここから、山梨、静岡にかけては「ずら」くらいしか特徴がない。
 この地特有の方言といえば「」がある。
「明日ジャスコへ行こう」は
「明日ジャスコへ行か」となる。「行かず」の「ず」は否定の「ず」ではないのです。 一説には武田信玄の間者を欺くために「行こう」を「行かず」と言ったというのですが、眉唾のような気がします。
「ずら」については
「あのひとはいいひとでしょう」が
「あのひとはいいひとずら」になる。
 そういえば「ドカベン」の脇役、殿馬(とのま)が何かというと「ずらずら」言っていたが、彼は山梨、静岡ラインの育ちだったのか。

 方言変換辞書で思い出した。「プラトンの洞窟」においてある「パタフィジックなお部屋」にも方言変換CGIなどへのリンクをずらずら並べてあるのだが、作成してからだいぶ時間が経過しているのでリンク切れがひどいのではないか。そう思ってあのヘンな部屋へ久しぶりに行ってみたら、やはりリンク切れ、少しですがありました。CGIはサーバーに負荷がかかり、なかなか同じURLには居られないので仕方ないのですが。
 「詩人の辞書」はまだ生きてました。これも面白いCGIで、適当に言葉を入れるとそれを頭にしてかなりシュールな詩を書いてくれるのです。
 方言で面白いのは「んだんだくん」、「ずうずうくん」、「文書変換江戸っ子」、「バーチャル達川くん(広島弁)」、「博多弁コンバータ」、など。
 ほかに、「世界猫化計画」、「世界幼児語化計画」、「愛の手紙代筆くん」なども健在。
 誰にも遊んでもらえない時には面白いので、リンク切れは整理しておこう。
 

2007年1月12日金曜日

euripides君の奇妙な情熱2

 カナダのN君より返信あり。赤茎のRhubarbの種、種苗店に行ったら探してみてくれるとのこと。
 自分でもgoogleでカナダ、アメリカの種苗会社のサイトを少々検索してみたが、やはりポット入りの根株を通販しているのが一般的で、種での販売は少ない。どうやらカナダやアメリカ北部などの気温が低い地域では種から育てるのはタイヘンなので、育苗したものをポット販売しているようだ。それと、まだ品種の固定が完璧でなく、種からでは発芽したものすべてが赤茎に揃わないのかもしれない。
 一ヶ所、Victoriaという品種があったがこれは緑茎種で、これだったら今自家菜園にあるのと同じなので意味がない。

rhubarb1.jpg
 これは昨年夏にアップしたRhubarbの写真。これでも赤い部分だけを選んで収穫したが、皮だけ赤くて茎の中は赤くない。ホワイトリカーに漬けてルバーブ酒を目論んだが期待したほど赤、またはピンク色にならず、味もいまいち。
 また、ほとんど緑で赤く色づかない株も多い。地元スーパー・マーケットで夏に販売しているRhubarbも緑茎だし、近隣の観光地、スーパー・マーケットで売っているルバーブ・ジャムも赤くなくて、やや緑色の名残を残している。
 赤茎は幻なのだろうか?赤い種類が手に入ったら、現在の株はすべて抜いて処分しなければ、交配してしまうだろう。

 ちなみに↓こちらは赤茎種。ジャムの色が本当に赤い。

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 ワープロ専用機からパソコンに変ってから、だいたいいきなりWordで文章を書く癖がついて、しかも同人誌の文字数・行数設定で縦書き表示で書いて来た。
 ただし、それら複数の文書をパソコンで編集する際にはWordや一太郎の書式設定が邪魔になることがあって、編集にはプレーンなテキスト・ファイルがファイル形式としてはベストであると以前から考えていた。(ただしルビを振ってある作品の場合はWord、一太郎をテキスト・ファイルに変換してしまうとルビが消えてしまうので厄介だ。Word、一太郎の元原稿をプリントアウトしておき、それを参考にいちいちルビの確認をしなければならない。むやみにルビを多用する方が、結構いるんですね、これが)
 とにかく自分の原稿だけでもテキストファイルで書いてみようと思ったが、通常使っているテキスト・エディターはTera Padで、これはタグ打ちには便利だが、残念なことに縦書き表示は出来ない。
 横書きでも平気で書いているひともいるが、わたしの場合は縦書きでないと小説に見えて来ない。ただの雑文に見える。気のせいかもしれないが、そうだ。
 そこで今回は、インストールしたまま未だ一編も書き通したことがないエディターを使ってみようと、起動してみた。横書き・縦書き、様々なスタイルがデフォルトで用意されていて、しかも原稿用紙表示もあり、同人誌の22行・26字とか独自な原稿用紙表示も新しいスタイルとして作成出来る。
 その原稿用紙マスに文章を入力してゆくのである。さあ、準備万端だが、頭の中はからっぽ?!

 このエディターが便利なのは、原稿が400字詰めで何枚かを確認する時である。元原稿がWordであったら、それを開き、「名前を付けて保存」をクリック、そこでファイルの種類をデフォルトだとWordのdocなのでテキスト・ファイルのtxtを選択し、それで保存場所を指定して保存する。すると原稿がテキスト・ファイルになっているので、それをこのエディターの「400字詰め原稿用紙」スタイルで開く。一瞬にして枚数だけでなく最後のページの行数まで判る。これは便利だ。さる文学賞で所属する同人の作品が枚数オーバーだと指摘されて選考からはずされたことがあった。厳密な枚数確認を怠った私の責任である。このエディターに流し込んで確認すればよかったのだ。
 このソフトは「Vertical Editor」といい、フリー・ソフトです。ほかにも同様のエディターがありますが2,100円のシェア・ウエアなので試用だけはしてみました。
 現在使用中のノートパソコンのWindows Xpだとさすがにそういうことはなくなりましたが、それ以前のデスクトップのWindows Meの頃には、CPUやメモリが貧弱だったせいもあり、Wordもたまたま固まって動かなくなるということがありました。Wordとかワープロ・ソフトって案外重いんですね。その点でも、テキスト・エディターは軽くて、テキストだけを書き進む時にはこちらの方がいい。
 とにかく今回はWordで書くのはやめてみよう。

2007年1月11日木曜日

文章の自然な呼吸

 怪しいメールが来た。差出人はカナダ、オンタリオ州に住む友人だが、件名が「Fw: Delivery Status Notification (Failure)」で、ご丁寧に添付ファイルまでついている。ひょっとして、彼のパソコンがウイルスにやられたか、とビクビク。
 以前、私の本アドレスが登録されているどなたかのパソコンがウイルスにやられたらしく、私の本アドレスを騙って発信されたメールが、あて先不明で受信されずに発信者アドレスである私あてに続々と戻されて来て、うんざりしたことがある。第一戻されずに受信されたメールはどうなったか? 開封されたらウイルス感染必至である。私はアドレスを騙られただけで責任がないような、あるような、やりきれない気持ちで、その時も仕方なくアドレスを変更した。
 「Fw」は転送であるからますます怪しい。怖くて開けられない。仕方ないからこのメールをデスクトップに保存し、アンチ・ウイルス・ソフトでこのメールだけをウイルス検索してみた。異常なし。
 そこで開いてみた。
 そうか、昨年の秋に本アドレスを変更して、兄弟、こどもたちには変更を知らせたが、彼とも本アドレスでやり取りしていたのを忘れて連絡しなかったのだ。
 「Fw: Delivery Status Notification (Failure)」
 このメールはプロバイダから現在の本アドレスに転送されたものだったのだ。
 早速新しいアドレスで年賀の画像添付し、返信した。ついでに、茎の中まで赤いルバーブがそちらにないかという質問までつけて。


 さて、小説について、悪くなった頭で考えたこと。
 小説の書き出しがいかに大切かは、たとえば小説を読み始める時に切実に感じる。同じ日本語で書かれた小説であるにもかかわらず、書き出しからすーっと何の抵抗もなく作品世界に入って行ってしまう場合と、最初からつっかかって先へ進めず読むのを断念する場合がある。無論その中間もあって、我慢して進んでゆくうちにそのい文章に慣れて行って読み通せる場合もある。
 三島由紀夫のデビュー当時の文章を「だっただったと機関銃のようだった」と表現したのは誰であったか。忘れてしまったが、センテンスの短い文章にはそう難渋はしない。
 またセンテンスが極端に短くなると自殺する傾向があるという文章は誰かのパトグラフィに書かれていたのだったか、それも若い頃の読書なので忘れてしまった。
 難渋するのは、センテンスが長い作家の場合が多い。
 文章は作家固有の息=呼吸の仕方で言葉と言葉がつながれてゆくのだが、これにはやはり相性がある。短距離型と長時間潜水型とでは言葉の息の仕方がまるで違う。野坂昭如のあの文体を最初に読んだ時には、息の仕方が分らず何度も放り出したりまた手に取ったりを繰り返し、そのうちに息の仕方が呑み込めて来た。それにうまく乗ってしまうと、何ともきわどく絶妙な息の仕方で書かれていることが解る。
 また古井由吉の文章も、最初は息がうまく出来ない。酸欠を起こしてめまいが起きそうになる。「杳子」と「妻隠」だけをかろうじて読んだ。
 今、活躍している作家では川上弘美の文章が実に自然に即した呼吸法で書かれていて、だから読むのもものすごく自然に読めて、言葉が一種の皮膚感覚のように心地よくまとわりついてさえ来る。こういう文体の本は快楽原則に則っているから幾らでも読める。
 いずれにしても、センテンスの長いタイプはよほどセンスが良くないと悪文になってしまうので、自信がなかったらほどほどに短めに切り上げた方が、自分にも読者にもよい。
 それから、「描写」で小説を書こうと思ったら、そう長いセンテンスでは締まりがなくなるので、やはり標準のセンテンスがいいのだろう、などと考え始めたのは多少締め切りを意識し始めたからだろうか。
 でも五、六行書くとこれがつまらない文章なので、「こんなつまらないもの」と先へ進む意欲を喪失してしまうのがここ何年ものパターン……。

チェーホフ「退屈な話」

チェーホフ『退屈な話(わびしい話』
 偏屈でペシミストな教授と、ひとりでは生きてゆけないような女性カーチャ。まったく退屈でわびしい話ではあるが若い頃から偏愛するチェーホフの小説のなかでもことさら偏愛する一編です。
 なぜかというと、以下に引用する教授の短い文章ゆえです。
……人間の内部に、一切の外的な影響を上回るより高度なもの、より強力なものがなくなると、ただ鼻風耶ひとつひいても心の平衡を失って、あらゆる鳥をふくろうと見あやまり、あらゆる音を犬の遠喫えと聞きあやまる。そうなると、彼のペシミズムなりオプティミズムなりは、彼の大小さまざまの思想と共に、単なる病気の徴候になりさがるのである……(チェーホフ全集「退屈な話」中央公論社刊より引用)

 そう、単なる病気の兆候になり下がらないために、私はこのチェーホフの文章を忘れないようにしていて、一年に何回か思い出し、何度でもこうして書き付ける、自分のために。

2007年1月10日水曜日

小説に疲れたら

 ネットサーフィンというか、かっこつけて、ネットの海をユリシーズ。
 ネットというのは、時には、実際の鏡と違って見えないものまで見させてくれる魔法の鏡なので、この魔法の鏡の世界を時々さ迷う。暗い時空にきれいに光る星や暖かい光の星があり、また闇に紛れてよく見えない怪しい星や妖しい星や今にも死にそうな星もある。そのそれぞれに、日常や現実では常識や恥じらいや見栄によって隠されていて垣間見ることが出来ない、真の人間の声と表情がある。

 しばらく忙しがっていてRSSリーダーをチェックしなかったので開いてみたら、1000には届かないが、何百という記事が拾われていた。それが、gooRSSリーダーとglucose2の両方に同じくらいの数。
 FirefoxのSageの方は通常のブログ登録で毎日チェックしているが、先の二つはキーワード登録だけに使用している。しかもgooはブログ記事からだけキーワードを拾ってくるが、gulcose2はブログのほかにgoogle、yahoo、hatena、Amazonからも登録したキーワードを拾ってくるので、これには密命を与えてある。私が欲しい情報の、通常の検索ではなかなか見つからないものを、私の代わりに常時見張っていてもらっている。
 それにしても、キーワードが多すぎるのか重くなってきているので少し減らした。
 gooのRSSの方をチェックしていておかしかったのは、意外とLydwineさんと自分の記事が多く拾われていること。キーワード自体が文学、小説がらみなので当然の結果ですが。



 かつて、ある同人誌のあるお方が、いきなり同人誌の作品評を始めたことがあった。それを私が発行していた通信めいたもの(全集などに付いて来る月報に体裁そっくりで4ページとか8ページのもの)に掲載せざるを得なくなった。
 しかし、それは数行とか、五行、六行程度で小説の荒筋や構成をまとめて紹介し、末尾でひとこと巧みだとかいう評を書くだけであった。批評や作品評というより、ただの作品紹介に過ぎなかった。
 それを何回か続けているうちに、ひとが何ヶ月も呻吟したものを、あんな、たった何行かで片付けるのは失礼だとかいう声があちこちから聞こえて来た。
 私もまったくその通りだと思った。
 偉い先生の講評じゃあるまいし、五行や六行で片付けられてたまるものか。
 そんなものはただの職人技にすぎない。
 それでその通信のようなものの発行を、残念ながらやめた。
 たかが同人誌に掲載されている不完全な小説であれ、五行や六行で批評するのはプロの批評家でさえ困難なことである。
 だから私たちは考えを重ね、気持ちを重ね、言葉を重ねてなお言い尽くせない思いを抱きながら作品評を提示しているのでR。(さて、私は何をこんなに怒っているのでしょう)

2007年1月9日火曜日

アルフレッド・ジャリ書誌メモ

▼ アルフレッド・ジャリ
1873年9月8日フランス、マイエンヌ県ラヴァルで生まれ、1907年11月1日、栄養失調と過度の飲酒のため衰弱、パリ慈善病院にて34歳の若さで絶命。死因は結核性脳炎。

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▼ コレージュ・ド・パタフィジック
『フォーストロール博士言行録』第二巻「パタフィジックの原理」に書かれた「パタフィジック」がやがてコレージュ・ド・パタフィジック(パタフィジック協会」に発展し、『文体練習』のレーモン・クノー、『日々の泡』のボリス・ヴィアン、シナリオ作家で詩人のジャック・プレヴェール、マルセル・デュシャンらが馳せ参じた。

▼ 書誌メモ

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文芸誌「海」1970年12月号(中央公論社)
アルフレッド・ジャリについてのまとまった特集は、多分、この雑誌が最初かと思われる。編集長吉田好男の下に村松友視、安原顕の名があり。 
目次
特集アルフレッド・ジャリ――科学からふたたび空想へ――
詩人とパタフィジシアン   R・シャタック
アルフレッド・ジャリ     アンドレ・ブルトン
『超男性』論         生田耕作
祭司から偶像へ       相磯佳正
時間探査機建造法覚え書 A・ジャリ

アルフレッド・ジャリの作品、評伝などの翻訳。

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『フォーストロール博士言行録』(1985年、国書刊行会、2,200円)
フォーストロール博士は生まれながらに63歳。犬面の大狒を連れて箱舟に乗船、陸地のパリの島をへめぐる船旅に出る。科学と想像力を融合させた奇才による万華鏡世界。(帯文)


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戯曲『ユビュ王』A・ジャリ、竹内健訳(現代思潮社、1970年、赤瀬川原平・装丁版、900円)
ジャリの名を知らしめた戯曲。ほかに「寝とられユビュ」、「鎖につながれたユビュ」、「丘の上のユビュ」を収録。


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『超男性』澁澤龍彦訳(1975年、白水社、1,200円)


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『馬的思考』(伊東守男訳・サンリオ文庫)
これはジャリの散文を独自に翻訳編集したもの。


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『アルフレッド・ジャリ』(J・H・ルヴェスク著・宮川明子訳・思潮社・セリ・ポエティックシリーズ、600円)
前半がルヴェスクによるジャリ論、後半は主にジャリの詩のアンソロジー。


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ノエル・アルノーによる評伝で大部だが未完の書。
『アルフレッド・ジャリ――ユビュ王から「フォーストロール博士言行録」まで』ノエル・アルノー著・相磯佳正訳・水声社、6,000円)


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ラシルド夫人著・宮川明子訳(作品社、1995年、2,500円)
 ジャリと親しかったラシルド夫人による評伝。ノエル・アルノーによれば信憑性が疑われる部分もあるらしいがゴシップ的には面白く、ジャリについてのいくつかのエピソードもラシルド夫人から世に伝わって伝説化した。

2007年1月8日月曜日

怠け一掃&奇妙な考え

 土曜日の雪は積もったのは山岳部だけで、平地はほとんど霙、雨で積雪はなかったが、今日は平地でも降りしきり、10cmくらいは積もった。午前は運転手でショッピングセンターやセルフ・ガソリンスタンドやらへ行き、おしまい。午後は、昨日の近所のパソコン・レスキューの続きと道路や庭の雪かきでおしまい。持ち主が壊れていると言っていた内蔵CD-RWドライブが生きているのを発見し、先ずは内蔵ドライブでCD-RWでファイルやフォルダをドラッグするだけでRWに書き込みできるパケット・ライティング・ソフトをインストールした。(XPならそういうソフト無しでRWに書き込みできるのだが、Windowsのヴァージョンを確認したらMeだったのでソフト無しでは無理なことが判明。)
 それで済んだと思ったら、内蔵のドライブの動作が何か心配なので、せっかく購入した外付けのCD-RWドライブも使えるようにして欲しい、と。ところが、MeだとどこをいじればふたつのCD-RWドライブが使えるのか判らないので、それはまた調べて後日ということにして帰宅。おみやげに煎餅一袋と天然ヤシ油とハーブで作った洗剤1リットル入りを持たされる。(そんなの要らないから煎餅だけにして)

 それから、自分の同人誌の昨年11月に出た39号の作品評すべてを、ようやく今夜、今頃になって、遅れ馳せながら、スレッド式掲示板を使用した「オンライン合評会」に投稿終了。
 編集発行人みずからが周回遅れで走っていては、他の同人の皆様にまったく申し開きが立ちませんので、これでほっ。

 それにしても本当はやはり合評会は顔を合わせ、唾を飛ばしてのライブな会がいいと思う。
 ネットで合評会も便利は便利なのだが、どうも不都合な面も目につく。下手をするとトラブルの発生なきにしもあらずで、不安はぬぐいきれない。
 それならいっそのこと、同人全員がパソコンにカメラとマイクを取り付けて、インターネット会議が出来るようにして、それで○月○○日、午後一時から午後四時までモニターに同人の顔を映してのライブ合評会。これだったら、発言の都度、質問や補足発言やらができてスムーズな合評に近づく。
 しかし、七、八人のパソコンから出るライブ顔画像を、モニターに配置し、会議を仕切れるソフトがあるのだろうか? (いや夢想しただけで実行しようなんて、考えていませんよ~、ほんとですってば)

2007年1月7日日曜日

自分のことは何も出来ない一日

 今日は朝から雪ではあるけれど、また蓼科山西麓のすずらん峠越え、往復。
 いつもは片道1時間二十分のところ、たっぷり2時間。ことに蓼科温泉あたりで時速15Kmくらいの超低速運転となり、車が数珠つなぎに。先頭を走っている県外ナンバーの車が猛烈に低速運転で、しかも観察しているとブレーキランプがまったく点灯しない。ということはまったくブレーキを踏まずにギアをローかセカンドにしてエンジンブレーキのみでスピード制御をしている。む、ノーマル・タイヤで坂を下っている? 怖!
 間に七、八台挟まっているので追い越しも出来ず、ずっと引きずられる。
 ↓ こんな道。

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 この道路でいちばん好きなアップダウン。いつもは真正面に蓼科山頂上が見えるんですが……
 (クリックすれば倍に拡大表示されます。)


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 こちらは拡大されません。


 夜はまた近所で外付けのCD-RWが使えないというので行ってみましたが、壊れたという内蔵のCD-RDドライブと競合しているのか、外付けCD-RWドライブにCD-RWを入れて開けば中身が表示されるが、そこへパソコン内のファイルをドラッグするとアクセス拒否の表示が出てOUT。右クリックしてCD-RWを取り出そうとすると、その外付けドライブではなく、壊れているはずの内蔵のCD-RWドライブが音を立てて飛び出す。??? 競合している? 
 家に帰って調べることに。

2007年1月6日土曜日

田中恭吉

「田中恭吉作品集」(玲風書房、8,500円、1997年)
「田中恭吉ふぁんたじあ」(本が見つからないのでデータは後日)

 滅多に転寝ということをしたことがないが、珍しく夕食の後に眠ってしまった。眠っている間に、信濃デッサン館へ行った時の夢を見た。たまには外で例会をしようと、同人誌の仲間の案内で信州の鎌倉と呼ばれる地域を散策した時に立ち寄った。
 その時に催されていた展覧会のポスターに使われていたのが、「焦心」。くれぐれも、「傷心」ではない。

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 ちょっとピンボケだが、このポスターはひと目で気に入ってその時に「田中恭吉ファンタジア」という館主、窪島氏の著書とともに購入したもので、いまだに後生大事に持っていて、なおかつ、たまたまながめている。
 何年か前に、「田中恭吉作品集」(玲風書房・8500円)がある古書店で2000円で売られているのを知り、買った。これはお買い得であった。

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hisomerumono.jpg   「ひそめるもの」

tiesaku.jpg  右「智慧咲く」、左「なやみのうちに栄光をみる」


「焦心」を表紙に使用した本。

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 そういえば、今朝の朝刊に窪島氏が『休館の春』というエッセイを書いておられ、それで夢を見たのだった。元旦より秋まで「信濃デッサン館」を休館し、1、5倍に拡張、改装するのだという。「無言館」が出来てから「デッサン館」の方の入場者が年間平均3万人から1万人ちょっとくらいに減ってしまったのだそうだ。無言館は10万人くらいだそうだが、別組織での運営なので、そちらの利益をデッサン館に持っていく訳にはいかないのだそうで、一時は閉館されることも考えたらしい。
 単なる気まぐれな訪問者としては春の初めとか、秋の終わり、冬の初めなどのひっそりした雰囲気が好きだったが、それでは経営が成り立たないのだ。あまり俗化するのも困るが、閉館になっては元も子もないので、リニューアル・オープンのあかつきにはほどほどに来館者数が伸びて欲しいものです。

2007年1月5日金曜日

純悲劇的緊張に堪えきれない気弱さ

 昨夜までにフラナリー・オコナーの「善人はなかなかいない」と「強制追放者」の二編を読んだ。
 前者は書き出しでは結末がまったく予測がつかない。夫婦、祖母、孫三人の六人で車でフロリダに旅行することになっていたが、祖母は、脱獄囚がフロリダに向かっていると言う新聞記事もあり、本当はフロリダへは行きたくなかった。が一家はアトランタを出発し、フロリダに向かう。途中、祖母が若い頃一度訪れたことのある大農園屋敷に寄って見たいと思い、家族の関心をそそるために嘘を言った。その家には秘密の壁板があり、北軍のシャーマン将軍が攻めてきた時に、その家伝来の銀器を隠したのだと。そのためにこどもたちまでその屋敷に行きたがり、結局一マイルほど戻ってさらに舗装してない脇道を走ることになった。しかし、ひどいデコボコ道を行くうちに自動車が堤防の下の谷に転落し一回転してしまった。
 そこへ、大型で古く、霊柩車のような古い車がやって来た。三人の男が乗っていた。
 彼らは新聞に書かれていた、みずから「はみ出し者」を名乗る脱獄囚だった。そのことに気づいた祖母がかれらに向かってそのことを言ってしまう。「はみ出し者」が残る二人に命令して、先ずは父親と息子が森へ連れて行かれ拳銃の音が二発聞こえて来る。さらに、赤ん坊を抱いた母親と娘が森へ連れて行かれ、また悲鳴と拳銃の音がし、もう二発射撃音がする。
 その間ずっと、「はみ出し者」と祖母のイエスについての会話が断続的に続けられる。
 そして、祖母が「はみ出し者」に撃ち殺される際の描写はこうである。
男に向かって祖母はつぶやいた。「まあ、あんたは私の赤ちゃんだよ。私の実の子供だよ!」祖母は手をのばして男の肩に触れた。「はみ出し者」は蛇にかまれたように後ろに飛びのいて、胸に三発撃ちこんだ。それから拳銃を置き、眼鏡をはずして拭きはじめた。

 こうして、朝アトランタを出てフロリダへ旅をするはずだった一家は、思いもよらず、皆、脱獄囚に殺されて死んでしまった。そういう小説である。
 何も悪いことなどしていないはずの一家が思い懲罰を受けたように生命を奪われた。実に旧約的な死でもある。罪と罰の釣り合いが取れていればまだ納得も出来ようが、一家の死はそうではなく、まったくの不合理である。

 また「強制追放者」では、白人のショートレイ夫妻と黒い人と呼ばれる労働者たちを使って農園を経営しているマッキンタイア婦人の農場に、カトリックの老神父の斡旋でポーランドを強制追放された一家が労働者として入って来る。そのポーランド人であるガイザックは、機械に強く勤勉でマッキンタイア夫人は彼を雇用したことを喜んでいた。
 しかし、やがてガイザックが故国ポーランドの収容所にいる16歳の従妹を、旅費の半分を持つという条件で農場で働く黒人の青年との間で結婚の約束を交わす。それを知ったマッキンタイア夫人のガイザアックへの印象や人間評価が正反対に変換する。一方で、働き者のポーランド人を得た夫人はショートレイ夫妻を解雇しようとする。それを知った夫妻は解雇を言い渡される前に車に荷物を積んで農園を去る。しかし不運なことにショートレイ夫人が車中で心臓麻痺を起こし、死ぬ。
 妻を失ったショートレイは農園へ戻る。マッキンタイア夫人が一日伸ばしに解雇を伝えられずにいたために、ガイザックはまだ農場で働いていた。
 ある朝、ガイザックが小型トラクターの下に上半身をもぐりこませて仕事をしている時、ショートレイは別の大型トラクターをバックさせ、その進路を小型トラクターの方へ向けた。それから小型トラクターから飛び降り、ブレーキをずらして軽くかけ、農機具置場に戻った。
 黒人の青年とマッキンタイア夫人の目が動き出した大型トラクターに先を見る。ショートレイ本人も信じられないほどゆっくりと首を回し、見た。
 そして、
 夫人自身は大声をあげて強制追放者に危険を知らせようとしたが、そうはしなかった。自分の目、ショートレイの目、黒人の目がおなじ表情をおび、永年の共謀の視線となって凍結した。ポーランド人の背骨がトラクターの車輪の下で砕ける。その音が夫人の耳に届いた。男二人が助けにかけ寄り、夫人は気を失った。


 二作ともひとがひとによって殺害される場面が、まるで物が壊されるのと同じように描写される。ガイザックの死もまた「罪と罰のバランスが取れない不合理」に満ちている。
 かくしてフラナリー・オコナーの小説は、生半可な気持ちではとうてい通読できない極めつけのハードボイルドと化す。
 彼女はなぜ、このように殺人を多く取り上げ、描写するのか?

 私はふと、ギリシア悲劇の殺人場面を思い出した。
 古代ギリシア悲劇では殺人そのものは舞台上では演じられない。これは単に古代ギリシア人の美意識だけの問題ではなく、ギリシア悲劇の伝統的コンヴェンション(約束事)である。
 『オレステス』で、アガメムノンを殺害した妻とその愛人がエレクトラ、オレステスに復讐、殺害される場面も、『バッコスの信女』で、バッコスを敬うことをしなかった王ペンテウスがキタイロンの山で憑依したバッコスの信女たちにライオンと見まちがわれて殺害される。そのバッコスの信女たちのなかには、ペンテウスの母親であるアガウェもいたのであるが、それもこれもみな舞台では演じられず、使者の口上で伝えられるだけである。

 なのに、なぜ、フラナリー・オコナーは小説でひとがひとを殺害する場面を真正面から書くのか?
 それは彼女がエッセイ集『秘儀と習俗』で頻繁に用いた「グロテスク」という言葉から類推は出来る。ひとがひとを殺すというのは、人間の行為として二番目くらいにグロテスクな行為であるから、カトリックであったがゆえにオコナーはそれを真正面から描こうとした。
(注:一番目のグロテスクは、武田泰淳の『ひかりごけ』、大岡昇平の『野火』で描かれた殺人よりインモラルな行為)
 とはいえ、すべては推論でしかない。

 まだ本日の表題に到着出来ませんが、 大分疲れて来ましたので横着してジャンプします。
 二十代の初めに読んだアリストテレスの『詩学』(松浦嘉一訳・岩波文庫)があるが(今は松浦訳ではなく新訳のはず)、その十三章の終わり近くにこういう記述がある。
 かの一部の人達が第一位に推してゐる筋の趣向、例へば「オデュセイア」の如く、二重の物語を含み、善人と悪人との運命が、各々逆に〔幸福と不幸へ〕移り変つて行く結末を持つ筋は、第二位のものである。この種類の筋は単に観衆の〔純悲劇的緊張に堪へきれない〕気弱さから第一位に推されてゐるに過ぎない。
 当時から、ここにはまさに古本屋泣かせの鉛筆ならぬ赤ペンで傍線が引いてある。

 ギリシア悲劇が舞台上で殺人そのものを演じないのとはまったく別の位相で、フラナリー・オコナーは殺人を真正面から書く。
 純悲劇的緊張に堪えきれない気弱さなど微塵も感じさせずに。

  
 他の本を探していて、「季刊文科」18号を発見。探した時には見つからなかったので、当時の版元(市内にあり)に一冊くらいは残っているだろうから借りて来て読もうと思っていたのに、ラッキー。
 今日はほかに同人誌掲載作の感想三つ書き、あと二つ書いてしまう予定がこのブログに手こずって明日に回った。仕方ない。

2007年1月4日木曜日

風と穴の向こう

「渦」納富泰子(季刊文科」36号、2007年1月1日発行)感想

 暮れのうちに版元にメールをし、滑り込みセーフで「季刊文科」36号を入手して納富泰子「渦」を読んだ。すぐに感想が出ないまま、越年して日が経つにつれてじわじわと静かな共感がまさに渦のように広がり深まってきた。あまり時間が経つと逆に何も書けなくなるので、感想を書く頃合かと判断、書きます。

 先ず感心したのは「人物の描写」だった。
 ことに、龍子さん、お鶴さんという、夫源吾の養母と生母、このふたりの人間として嫌な部分も、好感を持てる部分もすべてを描こうとして全人的な人物表現を心がけているのには頭が下がった。
 たとえば龍子さんについて、嫁である深真子(しまこ)の視点から多くが語られているが、それだけでなく龍子さん自身の記録帳から孤独に煩悶する一文をそのまま引用したり、あるいは病院で面会時間が過ぎて帰ろうとすると必死で引きとめようとする姿を描いたりして、複合的な人物描写を積極的にされている。
 だからこそ、龍子さんがただの厭な養母としてではなく、さまざまな側面を持った生きた人物として読後に残像を残す。それは源吾の生母であるお鶴さんもそうで、矛盾したものを併せ持ちながらもひとりの生きた人格として描かれている。
 いいところも悪いところも人間、美しい面も醜くグロテスクな面でさえも人間、すべて人間の属性である、そういう確かな視点から、360度の方位から人間が人間として描かれようとしている腰の据わった小説である。
 
 次に、この作品を魅力的にしているのは、龍子さん亡き後の鍬山にある家とその周辺の描写の素晴らしさである。
 ことに凄いのは「風の描写」と「穴の描写」だ。
 まだお読みでない方に申し訳ないのでその詳細を書いたり引用したりはしない方がいいでしょうが、一ヶ所だけ「風の描写」をしている文章を引用します。
 畑の風車の音はからからと本当に軽い。風が眼に見える。一瞬の空気の流れを捉えて送り出す。あとからあとからやってきて通り過ぎていく風車は、骨が触れ合うような音をさせる。
 玄関のコンクリートの上で野良の子猫が丸い白いものを転がして遊んでいて近寄ってよく見ると、猫の小さな頭蓋骨なのだった。床下のどこかに転がっていたのだろう。深真子は首をすくめ、また縁側に戻った。坐って風車の音に身を任せていると、風車の鳴る音と頭蓋骨の乾いた音が縺れ合って、何だかこの世から離れたところに繋がっていく気がする。

 「穴の描写」もそうです。
 真っ暗で少しずつ広がっている穴からは風が吹き上がってきますが、最後まで何の穴かは書かれていません。書かれていないことで、読み手は漠然と穴の向こうにあの世とか彼岸、メエルシュトロームの大渦巻とかアンドロメダ星雲の渦巻なりを勝手に想起します。
 それによって『渦』は単に人物描写や情景描写に優れただけの小説ではなく、時空のゆがみや人間という存在の深淵さえ提示する小説になりえたのです。
 いつまでも記憶に残り、かえってイメージが徐々に強化されてゆく小説です。
 感服いたしました。


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 昨夜からフラナリー・オコナー短編集『善人はなかなかいない』(横山貞子訳・筑摩書房、1998年)を読み始め、「善人はなかなかいない」と、「強制追放者」を読んだが、感想は後日。

2007年1月3日水曜日

事始め男子厨房に入る

 本日は読書始めをしてその感想を書くべきであろうが、どうも帰省家族がいると日常通りの生活が出来ません。
 で、本日の事始めは先ず蕎麦打ちとなりました。以前は大晦日の年越し蕎麦を作って食べていましたが、料理を食べ、お酒を飲み、お年取りのご飯を食べた後でまた年越し蕎麦というのは殺人的であるので、蕎麦好きの父親が亡くなって以降は年越し蕎麦をやめ、新年になってから蕎麦を味わうことに決めました。
 今年は蕎麦粉が知人のTさんが栽培したものなので間違いはないので楽しみでした。栽培したひとから直接譲り受けた蕎麦粉は先ず信用出来ますが、スーパーとかで売っている蕎麦粉は100%地物ではないと考えた方がいいです。
 さて、蕎麦打ちですが以前は母親が打っていましたが、年ですので私も打つようになりました。
 ただし、わが家の蕎麦打ちは最後の切る作業が手作業ではなく、機械で切ります。例のイタリアから輸入されているパスタ用の製麺機です。蕎麦切り用の包丁も買ってあるのですが、上手に切れないのです。もともと麺の伸ばしがそう薄くなっていませんから、幅を広くきるとうどんになってしまうのです。ただし製麺機で切ると外見はスーパーで売っている生麺の蕎麦と変わらなくなり手打ちの風情はなくなります。痛し痒し。
 十割蕎麦など最初から諦めて二八蕎麦ですが二割は薄力や中力ではダメなので強力粉を使います。長芋(とろろいも)を使うこともあります。
 と、そうこうして出来上がったのが、これ。風味だけでなく甘みが感じられて、地物の引きたての蕎麦粉の味です。おいしくて二人前くらいたべてしまいました。
 写真のように発泡スチロールの箱に入れて密封しておけば、生麺のまま明日まで保存しておけます。実はこれは食べて残った分を撮影したもので、また明日にでも茹でて芹の天麩羅で天麩羅蕎麦にしていただきます。蕎麦好きな方、ごめんなさい。

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 それにしても今年の蕎麦粉の甘みは……と考えた時、はたと思い出しました。
 今年の蕎麦粉は石臼挽きなのでした。石臼挽きの方が能率が悪いのですが、摩擦熱の出方が少ないので粉に甘みがあると言われていますが、本当にそうなんですね。ちなみに石臼挽きだと通常より1kgあたり100円高いのだそうです。
 そういえば、
5月5日10月22日に蕎麦と石臼にまつわる話を書きましたが、石臼の結末を書きませんでした。
 固めの丸い棒を探して無くなっていた芯棒を作り石臼の上下が重なるようになりました。それから、石臼を回転させるためのL字型の取っ手もありあわせの材料で作りました。
 ただしそのL字型の取っ手が石臼の横上部に穿たれた穴にピッタリではなく、緩みがありましたので楔を作って装填しようとしました。ところが、楔を木槌で叩かずに金槌で叩き、楔ではなく石臼の穴の縁を直撃、割れてしまいました。
 ああ、つまり、もう、使い物にならなくなってしまったのです、(-_-;)

 でも、まだ蕎麦を種から蒔き、石臼で自分で粉挽きをするという夢は棄てていません。
 硬い御影石の石臼がいいようです。高いのかな? 検索してみます。

 さあ、これから読書始めです。

2007年1月1日月曜日

新年明けまして

        おめでとうございます。
        本年もよろしくお願いいたします。

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 風も無く穏やかな日和なので配偶者と近くの鼻顔稲荷神社へ初詣に行きました。
 鼻顔(はなづら)稲荷神社と読みます。川に面した崖に建つ懸崖造りの神社です。鼻と顔(つら)というのはそういう地形から出た名前ではないかと思います。
 昔、能登半島をドライブした時、ゾウゾウ鼻とか、岬と呼ぶほどでもなく出っ張った地形を「鼻」と呼ぶのだと知りました。
 若者が多く、しかも案外まじめに拍手(かしわで)など打っているので驚いてしまいました。私があの年代の頃は不信心のきわみでしたが。

 すでに日本のテレビは亡国の域に迫っておりますので年末年始のテレビはほとんど見ませんが、ネットのニュースではNHKに何かまた抗議が殺到したとか。

 代わりにYouTubeを見に行ったら、意表をついて決行されたフセイン元イラク大統領の処刑前の映像が複数アップされていて、思わず見てしまいました。
 首にロープがかけられるところまで見てしまいました。
 かつての十字軍を想起してしまいました。
 一神教であるキリスト教の軍隊が、同じく一神教であるイスラムの国に土足で入って大統領を捕捉し、ついに絞首刑にしました。
 ピストルを持っている者が、自分がピストルを持っているのは棚に上げ、他者に向かって「お前はピストルを持ってはいけない」と言ってその家に無理やり侵入し、ピストルがなかったにもかかわらずその家の主を射殺するのと同じです。
 同様に北朝鮮が核保有する論理も、実は間違ってはいないので困るのです。
 なぜ、Aという国は核兵器を持ってもよく、Bという国は持ってはいけないのか? この問いに対する納得できる返答はA国のB大統領も実は出来ないのです。

 元旦から暗い書き込みで済みません、 

おおつごもり

 大晦日となると気ぜわしくて落ち着いて何かをするわけにはいかないが、ちょっと時間があったのでフラナリー・オコナーの『烈しく攻むる者はこれを奪う』(佐伯彰一訳, 新潮社, 1971年)の探索をした。これがなかなかの難物で通常の古書検索では10000円と12,000円の二冊がヒットするだけで、いつもの奥の手で探してもまったくひっかからない。
 ただし、あるサイトの読書評の98年2月から4月の過去記事に「静のフラナリー、動のゾラ」という題名で10回に分けて書かれたものを発見したので読もうとしたが、行間が1行(100%)設定なので読みにくくて断念、コピーしてテキスト・エディターでテキスト・ファイルに保存。それをさらにWordの同人誌テンプレートに流し込み、印刷して読めるようにした。例のA4見開き2頁2段組のレイアウトである。これだとどこでも読める。
 静のフラナリーはいいとして、動のゾラとはだれか? まさかエミール・ゾラではあるまいと思ったらゾラ・ニール・ハーストンという人らしい。
 写真を見ると、The Color Purple (1985) で映画デビューした当時のウーピー・ゴールドバーグを思い出してしまいました。
 結構翻訳もありますね。知らないのは私だけ……だったりして(-_-;) 。 
 もう少し詳しく検索してみようと思いますが、いよいよ夕暮れて参りました。長男に続いて二男も帰省し、五人でお歳とりをいたします。

 本年は、文学のお話ができる方々とネット上で懇意になることが出来、充実した毎日でした。
 来年もよろしくお願いいたします。
 皆様も良いお年をお迎え下さい。