2006年11月30日木曜日

無い、無い

 偏愛してやまない作家、ボリス・ヴィアンの戯曲『屠殺屋入門』の解説の終りのあたりで、訳者、生田耕作氏が文学的想像力の領域でヴィアンに影響を与えた作家たちの名前を挙げている。

アルフレッド・ジャリ『フォーストロール博士言行録』

レーモン・クノー『きびしい冬』

ピエール・マッコルラン『反吐の家』、『海賊の唄』、『冒険家の手引き』

フランツ・カフカ「流刑地にて」

マルセル・エーメ

セリーヌ

ド・パヴロウスキィ

ハリー・ディクソン

ウェルズ


これらのうち、読んだのはジャリだけなので、レーモン・クノーの『きびしい冬』と、ウィリアム・フォークナーの「標識塔」がどんな小説か、翻訳が出ているかどうかを知りたかったのであれこれ検索をかけてみた。
 レーモン・クノーの『きびしい冬』は集英社版の全集に収録されていた。

 7&Yの自分の読者書店の、書店運営者でなければ使えない書籍検索で絶版本まで含めて検索してみたが、やはり無い。
 あったのは以下の通り。

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オディール
レーモン・クノー/著 宮川明子/訳、月曜社、2003年3月発行
価格:2,310円
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はまむぎ
レーモン・クノー/〔著〕 滝田文彦/訳、白水社、2001年9月発行
価格:2,940円
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文体練習
レーモン・クノー/著 朝比奈弘治/訳、朝日出版社、1996年10月発行
価格:3,568円
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イカロスの飛行
レーモン・クノー/著 滝田文彦/訳、筑摩書房、1991年1月発行
価格:652円
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地下鉄のザジ
レーモン・クノー/〔著〕 生田耕作/訳、白水社、1989年9月発行
価格:2,447円
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地下鉄のザジ
レーモン・クノー/著 生田耕作/訳、中央公論社、1979年発行
価格:740円
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はまむぎ
レーモン・クノー/著 滝田文彦/訳、白水社、1976年発行
価格:1,575円
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イカロスの飛行
レーモン・クノー/〔著〕 滝田文彦/訳、筑摩書房、1972年発行
価格:1,029円
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青い花
レーモン・クノー/〔著〕 滝田文彦/訳、筑摩書房、1969年発行
価格:714円
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 またフォークナーの「標識塔」もかつて冨山房から出た「フォークナー全集」の第11巻しか見当たらない。これは古書検索で複数ヒットするが、市の図書館にあるだろうとネットで蔵書検索にアクセスしてみたが、夜は蔵書検索システムが眠っているのか(まさか?!)、フォークナーにたどり着けない。ただの蔵書検索システムの不具合であればいいが、まさか、フォークナーが一冊も無いということはないでしょうね。
 最近の図書館はむやみに蔵書整理などしたりするので、危なくて……。

2006年11月29日水曜日

まだβ版ですが

 「goo フィードメーカー」というウェブサービスがあります。ブログにはRSSリーダーに登録して更新が確認できるRSSフィードがデフォルトで装備されていますが、普通のホームページにはRSSフィードはありません。ですからRSSリーダーに登録することは出来ません。
 ですが、この「goo フィードメーカー」を利用するとそれが出来るようですので試してみました。
 こちらの表のサイトにRSSフィードをアイコンで表示してみました。
 お、出来ました。
 すごい。
 これで普通のホームページもRSSリーダーに登録できてしまいます。

 といってもRSSリーダーを使われていない方には、rss.gifのアイコンも、何のことやらお分かりにならないかも知れません。
 でも今やRSSリーダーを使う者には必要不可欠なアイコンなのです。
 
 

2006年11月28日火曜日

冬支度2

 昨日、ちょっと早いが配偶者の車のタイヤ交換をした。例年は12月に入ってからスタッドレス・タイヤに交換しているのだが、今年はこの時期になって妙に雨が降るので、早めた。気温が下がれば雪である。
 家庭用のフロア・ジャッキと十字レンチを使っての作業だが、慣れればそんなに時間がかかるものではない。1本五~六分で30分以内に終わった。
 ただし、今年はその後で不運なアクシデントがあった。空気圧を測っていたら、何と、バルブの根元のゴムの部分が裂けてしまい、シューッと空気漏れが始まった。
 んな、あほな。OUT!
 タイヤ4本のうち、1本だけノーマルタイヤという危険な状況でいったん作業終了。今日になってかかりつけの修理工場へ持ち込んで新しいバルブと交換してもらった。
 それにしても、このタイヤは一昨年の冬に新品と交換したもので、まだバルブのゴムが劣化するには早いのですが……。オート○なんていうお店で買って組み込みしてもらったので、タイヤ自体は国産メーカー品でしたがバルブは安い輸入物を使っていたりして……。タイヤだけにちょっと気にかかります。

 驚いたことに、冬タイヤのホイールの傷みが激しい。裏側など錆で真っ赤である。積雪時に撒布される塩化カルシウムのせいである。スパイクタイヤが使用禁止になってスタッドレスになってから、塩化カルシウムの散布回数が増えた。1cmも降っていないのにバラバラと塩化カルシウムが撒かれてゆき、それが解けた雪の水分に溶けてしぶきとなって車に付着する。マフラーに穴があく事例が増えているのも塩カルのせい。
 塩カル撒布はやめてほしいです。

2006年11月27日月曜日

無償とはいえ

 午前中、昨日収穫した野沢菜の漬け込みを手伝う。
 坂口安吾先生の「糠味噌臭い女房になるな」というお達しに沿うているらしい、まったく生活感のない配偶者のために、にお手伝いするのであります。


 夜、xelo(クセロ)PDFという、文書ファイルをPDF化する無償公開ソフトを試しにダウンロード&インストールしてみた。そして最近編集したばかりの同人誌の12ページほどのWord文書1篇を開き、PDFに変換させてみた。方法は元祖AdobeのAcrobatと同じ仮想プリンタ方式なので、「印刷」でプリンタに「クセロPDF」を指定するだけである。
 あっという間に出来た。
 その際、クセロの広告が表示される。インタネットに接続されていない状況だと、PDF変換が停止するようなので、無償で使える代わりに広告を見なさい、という次第。ま、一瞬だから我慢できますが。 
 早速、Adebe Readerで開いてみた。
 何じゃこりゃ!!
 明朝体を指定したフォントがまったく埋め込みにならず、すべてがゴシック体……汗&(ー_ー)!!。
 三回やり直してみたが、三回とも結果は同じ。
 なぜ、フォントが埋め込みにならぬww?!
 これは使えぬとすかさずアンインストール。

 それにしてもこの頃むやみに多くのPDF作成ソフトがAdobe以外から発売されたりしてどうしたことかと思っていたら、Adobeが技術を公開しているのだという。なるほど、ちょっぴり見直しましたが、それにしても「何とかPDF」が多すぎてどれが使えるのか見当もつきませぬ。

2006年11月26日日曜日

冬支度

 本日は、午前は野沢菜穫りの予定だったが、強烈な霜が降り、解けるまで時間待ちしてから収穫。例年は11月初旬に収穫して漬けてしまうのだが、今年は暖かい11月が続いたので異常に遅れた。その代わり、出来は最高。獲りたてはバリバリ折れてしまうので、洗って漬けるのは明日。大根、人参、下仁田ねぎ、根深一本ねぎなどの収穫はすでに済み、これで菜園にはほうれん草や冬菜などの越冬野菜以外は何もなくなった。

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 午後はまたとんぼ返りで蓼科山西麓の「すずらん峠」(1750m)越え。
 茅野側に下りてからの八ヶ岳の風景にしばし停車。蓼科山や北八ヶ岳はまだうっすら白い程度だが、八ヶ岳主峰の赤岳や硫黄岳などはさすがに真っ白。いよいよ冬。

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 クリックすれば原寸表示されます。

2006年11月25日土曜日

待つ身がつらいか、待たせる身がつらいか

 本日の葬儀手伝い、慣れない筆ペンでの香奠帖への記入と香奠の計算で疲れる。

 39号への礼状2通。おひとりはネット上で礼を書きこまれていたにもかかわらず、葉書でもう一度。着いたとも着かないとも、ウンともスンとも音信がない場合が多いので、嬉しい。
 封書の方は県内のK誌のA部さん。山梨県の御坂峠の写真が二枚同封されていた。そのうちの一枚。

tenkatyaya.jpg


 太宰好きのA部さん、天下茶屋へ行かれて本望の様子。茶屋の庭で手作り布製の「甘酒」の文字が裏返しに映っている。
 ちょうど兄とも言える年齢で、かつて酒席で「待つ身がつらいか、待たせる身がつらいか」という太宰の名台詞を肴に盛り上がったことがある。この事件が「走れメロス」執筆の核になっているという意見で一致した、なつかしい記憶がよみがえった。

 ネット引退を視野に置きながら、ネットでの場をさらに広げてしまうような矛盾した行動。反省。
 次にパソコンが壊れたら、アナログ生活に戻ろう。

2006年11月24日金曜日

Merde!!

 goo RSSリーダーがまた動作が重くなった。
 登録サイト数が多くなると重くなる傾向があるので、通常のRSSサイトの登録はせずに、キーワードだけを登録してキーワード検索だけに限定使用しているのだけど、それでも重くなる。コレさえなければ、無料のなかでは最高のリーダーなのだが。
 仕方ないので、こちらを下ろして再度(というか三度目か、五度目か?)glucose2をインストールし、さらに徐々に増えたキーワードを思い切って整理した。
 そういえば思い出しました。
 IE7ベータ版をインストールしてこれはまだ使えないとアンインストールし、IE6にヴァージョン・ダウンしたのだったが、それからglucose2が強制終了させられる事態が頻繁に起き、それでglucose2を下ろしてgoo RSSリーダーに入れ替えたのででした。あれはどうも、IE7の「バグorいたづら」だったんですね。

 goo RSSリーダーもglucose2も作者は同じなのでほとんど変わらないはずなのだが、でも微妙に違う。
 大鉈を振るって整理し、残ったキーワードはこれだけ。また増えますが。
アルフレッド・ジャリ ボリス・ヴィアン ボリス・ヴィアン屠殺屋入門 ピエール・マッコルラン 反吐の家 アルファとオメガ パタフィジック ホフマンスタール ジャック・プレヴェール ガルシア・ロルカ 堕天使ルシフェル ルシファー 文芸同人誌 同人雑誌評 純文学 ギリシア悲劇 エウリピデス デウス・エクス・マキーナ 春山行夫 アリストテレス・詩学 詩誌 詩の同人誌 文芸同人誌 オンライン古書店 インターネット古書店 ゲオルグ・ビューヒナー ヴォイツェク ゲオルグ・ビューヒネル 田中恭吉 版画・谷中安規 残雪ツアン・シュエ 文學界同人雑誌評 新潮 群像 PDF変換ソフト インターネット同人誌 インターネット文芸誌 純文学・同人誌 文学フリマ RSSリーダー 同人誌印刷 

 このほかに自分が住んでいる市の名前と町の名前も登録してあります。これも結構いろいろな情報が得られます。身近にこんなブログ・ライターがいたのか、とか。
 こうしてずらっと並んでいるのを見ると、ひょっとするとこんなことをするより「はてな」に登録して「はてなアンテナ」にキーワードを登録した方がいいのかな? ヒットする記事が余り多くても困りますが。
 それで見ると、滅多に更新記事のないジャリのところに珍しくひとつ記事があったので開いて見ると、お、お、6月の記事で古くて間に合わなかったが人形で「ユビュ王」を上演したようだ。あいかも会場は谷中の元銭湯跡なんてすっばらしいじゃありませんか。惜しい。
2000年6月20日(火曜日)
糸操り人形劇「ユビュ王」
今、谷中でやってます。糸操り人形劇「ユビュ王」、6月25日まで。
おすすめです。
台東区谷中6-1-23 柏湯跡 スカイ・ザ・バスハウス
��谷根千ちず右上の真ん中あたり、言問通りを左に入ったところにあります)
 ジャリの「ユビュ王」にはもともとドタバタ不条理な人形劇であるグラン・ギニヨールからの影響があるといわれているので、あるいは生な人間が演じるよりデフォルメされた人形の方が向いているのかも知れなくて、だから、これは見たかった! (泣く)
 ほかにも、ジャリ関係で相当参考になりそうな専門家の手になるらしいブログを発見。嬉しい。早速、FireFoxのSageに登録。

ubumerde.jpg


 これは下諏訪のハーモ美術館で購入した絵葉書にPaint Shopで文字入れして遊んだ、ルオーの「ユビュ親父」 ルオーの描いたユビュ親父、好きです。
 ちなみに「Merde!!」は劇冒頭のユビュ親父の第一声である「くそったれ!」

 フランス語が読める方はATHENAというフランスの青空文庫みたいなサイトに置かれている原文でどうぞ。

2006年11月23日木曜日

あれ、もうひとつブログが

 ブログツールMovable Typeの開発会社であるSix ApartからVOXなるものの招待状が来ていて、先へ進んでいったらブログが出来てしまいました。

 ふたつもいらないんですが、新設計のブログがどんな設計になっているか、しばらく研究してみます。
 無料。公開範囲を狭くも広くも設定できる。
 通常の記事のほかに「フォト」、「音楽」、「ムービー」、「本」、「コレクション」などをアップロードできる。
 ともだちに招待状を出せる。

 何かMixiのような仲間も構成できるような(ああいう仲間内だけでワイワイというのは、あまり好きではない)感じだが。

 本日はとりあえずここでいったん投稿しておきます。




 VOXからまた戻って来ました。すごい。フォトはともかく、音楽ファイル、ムービーファイル、みんなアップできて。試しにバルカローレのMP3をアップしてみました。あらら、簡単にアップロード出来てしまいました。ムービーはYOU TUBEみたいに動画をアップ出来るようですし、すごい。でも著作権はどうなるのでしょう。そういう音楽が聴けてしまいます。
 容量は2GBあるようです。
 ただし中年にはこれだけの機能をすべて使っている時間が取れないでしょう。若い人は泣いて喜ぶかも。

 今日は空気が霞んで風景がはかない感じ。標高が高いせいか希薄。
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(画像をクリックすれば原寸表示されます)
 

2006年11月22日水曜日

疲れまちた

 昨日、たまたまアップしたばかりのWeb版文芸誌O、39号の自分の"Alpha and Omega"のPDF版が1.07MBものファイルサイズであることを発見して腰を抜かしました。幾らなんでもこれはひどい。
 (その原因は、印刷版のWord原稿からPDFをそのまま出力したために、ファイルサイズを最大にしたままのリトグラフ画像がそのままついて行ってしまったからでした。あとで手直しいたしましょうか。でも仮にこのPDFをプリントアウトされる方が居られる場合はこのままのほうが画質がきれいだし……悩みます)

 ということで、やはりHTML版を作らねばと思い、作業開始しました。ただし、本文の文字数が少ないのを幸いに、本文も縦書き表示で行きたいものと思案。HTMLで縦書き表示も出来ないこともないが、IEだけでほかのブラウザでは縦書き表示されない。それではIE以外の人に失礼であろうし、最近はIE以外のブラウザの方が増えている。メチャクチャなIE7をインストール&アン・インストールされた方は(私もそうでしたが)FirefoxとかOperaとかに逃げ出した方もいるようです。(Beta版でしたが、強制終了の連続でどても我慢が出来ず、IE6に戻しました)
 ということで、今回は文字部分を画像にして表示することにした。Paint Shopでそれぞれを画像パーツにし、それをHTMLに挿入、レイアウトしてゆく。
 何とか終了。それで舌が回らない表題となりまちた。
 そのページはこちらです。
 

2006年11月21日火曜日

暖かい秋

 例年だと11月の7日頃には野沢菜を収穫して漬けるという作業があるのだが、今年は妙に暖かいのでいまだに多くの家庭菜園には青々とした野沢菜がある。何回か霜が降りた方が甘みを増し、柔らかくなると言って12月にならないと収穫しない家庭もある。

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 写真はヤーコン。南米だか中米だかが原産の、形はさつまいもに似て、味は甘みが相当薄い梨のような、サクサクした触感。刻んでサラダなどに混ぜます。ほかにキンピラ、酒粕で漬物など。先日は、キムチに混ぜて食べたら結構いけました。

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 こちらはいもを取った後のヤーコンの株。こんなものをどうするかというと、真冬に凍らないように保存しておいて、春にこの赤いコブのようなところから芽が出て来ますので、それを植えて苗とします。暖地ではこのコブを直接畑に植えてもいいようですが、当地は北海道並みの寒冷地ですので、育苗ポットで育ててから植えます。
 あまり、おいしい物ではありませんが、ミネラル豊富とか言って作る人は多いです。

2006年11月20日月曜日

この涯なき迷い

昨年の文○界8月号の、高橋源一郎『ニッポンの小説』を読んでいて、そこに引用されていた以下の二葉亭四迷の発言に注目した。
 「私は筆を執つても一向気乗りがせぬ。どうもくだらなくて仕方ない。……子供が戦争ごつこをやつたり、飯事をやる。丁度さう云つた心持ちだ。そりや私の技倆が不足な故もあらうが、併しどんなに技倆が優れてゐたからつて、真実の事は書ける筈がないよ。
 よし自分の頭には解つてゐても、夫をロにし文にする時にはどうしても間違つて来る、真実の事はなかなか出ない。髣髴として解るのは、各自の一生涯を見たらばその上に幾らか現はれて来るので、小説の上ぢや到底嘘つばちより外書けんと斯う頭から極めて掛つてゐる所があるから、私にや弥々真剣になれない。
 併しながら、斯う云ふと、私一人を以て凡ての人を律するやうに取られるかも知らんが、さう云ふ心持でもないんだ。
私一人がいけないんだね。ただ自分がさういふ心持で、筆を持つちやあどうしても真剣になれんからなれるといふ人の心持が想像されない。真の文学者の心持が解らん。だから真剣になれるといふ人があれば私は疑ふ。が、単に疑ふだけで決してその心持にやなれぬと断定するまでの信念を持つてゐる訳ではない」 (「私は懐疑派だ」)

 ふうむ、すでにあの時代の四迷が小説に対してこんな感慨を抱いていたとは……。
 目からウロコが、百枚くらい落ちた(嘘)。
 二葉亭が小説についてここまで真剣に考えていたというのに、誰だ?! 日本の文学史を「私小説」ごときで穢してしまったのは~~~~。
 四迷という名も伊達ではなかったのだ。
 それを言うなら、まぁ、私の場合は千迷か万迷、いや億迷でしょう……(ーー;)。

2006年11月19日日曜日

過去へ遡って

 だいぶ前の、ある日の日記。
 ユングによれば、「悪」という概念の入り口になるのが 「影」という概念である。「影」というのは、ユングのい う「元型」の代表的なもののひとつであって、意識によっ て否定されたもの、あるいは生きられなかったものによって構成されているという。(前記『臨床ユング心理学』)より

「意識によって否定されたもの、あるいは生きられなかったもの」とは何のことか? それがどうして「影」であり、「悪」であるのかと考えているうちに、M・エンデの 『モモ』を思い出していた。あの影のことだ。 ひとは生きるために自分のなかのさまざまなものを否定 し、捨て去っている。意識しているといないにかかわらず。 それら生かしてもらえなかったものの逆襲として「悪」が 突然表に出てくることがある。ファシズム、酒鬼薔薇聖斗、 オウム。 彼らだけでなく、ぼく自身がいまこうしてあるために、 どれだけのぼくが捨てられてきたことか。一瞬一瞬、ぼくは別のぼくになろうとするぼくを否定して来た。それだけの可能性もまた。 このことは、小説の可能性の問題と重なって来る。 ひとによって生きられる現実はひとつしかない。だが、 生きられなかったまったく別の人生が、ほんとうは無数に あった。 「ああ、こんなひとといっしょにならなければ、わたしは もっと幸せになれたのに」と倦怠期の奥さんが口走る。そ う、確かに別の人生が無数にあったのに、ひとつを選んだ のだ。 一瞬一瞬選択の連続であり、その一瞬ごとに選ばれずに 捨てられ、否定され、現実化されなかった人生の「影」が 目に見えないけれどある。 それらの、数限りない契機に「影」としてひとによって 生きられなかった別の人生を、文学、小説という言葉の器 の中にありありと再現したい。 それこそが、ぼくが下手な小説を書きつづけている理由 なのだ。 現実ではあり得ないこと、あり得なかったことも、小説という、言語による虚構世界では何でもあり得る。起こり 得る。それを実現してくれるのが想像力だ。それも、自己も他者も同じ人間として見、考えることの出来る正確な想像力だ。そういう普遍的視点を持たない想像は、想像とはいわずに妄想と呼ぶ。


 山川方夫『海岸公園』と日野啓三『天窓のあるガレージ』、これは間違いなく偏愛図書室入り。

 「木曜日」の夜鯉さんがブログで矢田津世子の『茶粥の記・神楽坂』に触れておられた。が、残念ながら未読である。青空文庫で「反逆」と「罠を跳び越える女」を読んで、この程度の小説を書いただけだったのかと思っていたので、『茶粥の記・神楽坂』は是非とも入手、読んでみなくてはなるまい。
 矢田津世子というと坂口安吾を懊悩させた女流作家というイメージしかないが、夜鯉さんに電車を乗り過ごしさせたという「茶粥の記」とはどんな小説か?
 まァ、昭和の初めは文学だけでなく興味深い作家、芸術家が綺羅星のようですが。

2006年11月18日土曜日

雑事雑念非文学の河を流れて

 今夜は個人発送分の作業。宛名ラベルを貼って封入しておしまいで済めばいいが、一筆箋に何事かを書いて同封しないといけない方も多数あって、十分や十五分では終わらない。しかも今回感想をお送りせねば人間性を疑われてしまうくらい不義理を重ねているケースもあり、いちばん気にかかっていながら感想を送れなかった同人誌掲載の4作品の感想を認めて同封した。
 雑駁で恣意的な感想だが、仕方ありません。
 
 以前は、送られてくる同人誌をすべて通読し、感想もまめに書き送った時期もあったが、ある時、私小説を書く旧弊な御仁たちと不愉快なやりとりになり、以後は、よほどのことがない限り、感想を書く気にならない。

2006年11月17日金曜日

発作的だけれど、多分、確信犯的

 信文協各誌、文○界、図書館3館などへのメール便発送準備。個人宛は結局最後、明日の作業。
 今号からは、同人雑誌評をしている読書新聞へも送ろうと思うので、書店か図書館であて先を調べる予定。せっかく同人誌を発行しているのだから、「木曜日」の編集者・夜恋(夜鯉?)さんのように同人雑誌評をしているメディアにはすべて送りつけるべきであろうと大反省。
 個人発送分については、また整理。宛名ラベルに追加と削除をする。
 着きましたとも、ありがとうとも、一度も言って来ないひとは削除しても罰は当たらないでしょうね、文学の神様?

 それから、100%発作的に、このブログにではなく個人ウェブの方に、「偏愛ライブラリ」というページを追加作成することを思いついた。
 思いつきほど怖いものはない。思いついたらまっしぐらである。
 自分が好きな作家の、好きな小説や好きな写真を載せまくった怪しいヴァーチャル・ライブラリが現れる? ううむ、それも怖い状況ではありますw。
 匿名で別サイトを立ち上げた方がいいような気もいたしますが……。

2006年11月16日木曜日

小説という名の虚構に眉唾

 毎月15日定例の赤提灯での会合から無事帰還。
 酔ってぷふぃであります。

 信文協加盟誌「風」76号5部、冊子小包。早速BBSと発行状況の頁に表紙画像とともにアップ・ロード。
 信文協各誌へ5部ずつ、図書館や文芸誌編集部宛てなど、昨日書いたせこい手法でメール便で送るための荷造り業務。これで明日個人送付分をラベル貼りすれば、発送終了となる。1部送付はどんなに数が多くてもラベルを貼って封をするだけなので楽。しかも80円でいいなんて、感激。

 で、本日のタイトル。
 自分の書くものが面白くないと以前編集後記に書いたら、さる評論家に「そんなことは物書きならあたりまえのこと」のようなことを書かれて、以後、こういう戯言は書くまいと決意したのですが。
 自分の書くものだけでなく、同人誌、商業誌に載っている小説という名の虚構のあらかたが眉唾物に見えるという変な症状が更に深まりつつあり。

 青空文庫の坂口安吾のリストが増えたので、乱雑な部屋から全集を探し出してこなくても気軽に読めるようになった。今夜は大好きなエッセイ『ピエロ伝道者』。
ふるさとに寄する讃歌
私は海をだきしめてゐたい』などを走り読み。あれ? 『波子』がみつからない。

2006年11月15日水曜日

経費節約術

 昨夜は、夕食後に知人宅へでかけて、歓談。帰宅遅くなり、そのまま就寝となり何も出来ず。

 今夜は文芸誌の荷造り業務。先ずは部数の多い同人4人には宅配便。
 残る同人と、県内各同人誌宛ては5部と決まっているので思案の末に奇策を弄することに。
 最近、メール便の料金体系が変わり、A4サイズで厚さ1cm以内は80円、2cm以内は160円となった。
 たまたま今回の39号を5部重ねて送ろうとすると、ほぼ3cmの厚さがあるのでメール便では送れない。郵便だと冊子小包で重量が720gあるので340円となってしまう。
 そこで考えた。5冊を重ねないでA4サイズの封筒に3冊と2冊横並べにして入れるのであります。すると2cm以内となってメール便で160円で行ってしまいます。ただし、封筒の中で2冊と3冊が動いて合同してしまっては2cmを超えてしまいますから、ポリ袋にピタッと入れたり、ダンボール紙などの厚紙を入れてしっかりさせてやらないといけません。この方法で5部、6部の同人宛ての封筒は封入を済ませました。(この方法、ほんとうは冊数が5部などという奇数より、4部、6部のような偶数の方が厚みが同じになって都合が良いです)
 明日、また県内同人誌9誌宛も同じ方法で荷造りします。
 1部ずつの献呈は無論A5用封筒でメール便なので80円で済みます。

 宛名シール印刷をしたのだが、木曜日の横井さんの住所が見つからない。
 横井さん、この記事を読んだら住所をメールで教えて下さい。(今度はしっかり記録しておきますので)

2006年11月14日火曜日

美しくないことの意味

 シャルル・プリニエの『BEAUTE DES LAIDES』は始まりと終わりに作者の短い文章があり、そのなかにサビーヌ・サブリエという女性に日記が納められている。形の上では、額縁小説、あるいは薄皮饅頭小説というべきか。(余計なことですが、作者が作品の始まりと結末に現れて御託を並べるというのは、どこかエウリピデスの悲劇に出てくるデウス・エクス・マキーナを思わせ、また似非創造主もどきでしたり顔に解説などされるのはあまり好きではないのですが)。

 サビーヌ・サブリエ。私ははじめ彼女の声に惹かれた。今まで私をこれほど驚かした声はひとつもなかったと信じている。それは、鋭さとか重々しさとかわざとらしい努力を伴った妙な声ではなかった。いや、そういうものではない。ごく自然なメゾ・ソプラノの声であった。声量は稀にみる豊かさだった。しかし、彼女はそれを抑えていた。彼女の声のヴィブラートは鋭敏な弦を思わせたが、決して割れるようなことはなかった。私は人間の《声》という名に、これほどまでにふさわしい声は一つとしてなかったような気がする。
 幾月か後、あるスタジオのなかで、私はこの歌手を見た。彼女はみやびやかな感じをもっていないわけではなかったが、それにしてもなんという貧弱な顔だったろう!
  シャルル・プリニエ、關 義訳『醜女の日記』(新潮文庫・昭和33年1月20日発行)
  なるほど、やはりそうだったか。もっと早くに読んでおけばよかった。
 私自身は、『死海の林檎』という失敗作のなかでこんなことを書いている。
 無駄な脂肪がまったくついていないはるみの背中や腰は、最低でも五歳は若く感じさせた。透き通るような肌の色といい、艶、張りといい、ヴィーナスそのものの腰つきと言っていい。ただし、浴室のドアの手前で振り返らなければの話だ。振り返り、私に向かって微笑する彼女の表情は、首から下の肉体の完璧さを裏切るように均衡を欠いた顔をしていた。目、眉、口、鼻、頬、すべてが途上で造型を断念されてしまったかのように中途半端に終わっていた。そして、もう少し手を加えたら絶世の美女になったであろう、一歩手前の崩れがあるゆえに、その表情は余りに人間的だった。顔面いっぱいの笑みも、涙するまなじりも、怒りにひきつる頬も、醜さを必死にこらえている風に見えてしまうのだ。

 それは、しかし、そうでしかあり得ない彼女が悪いのではなく、そうとしか彼女を見ることが出来ない私自身の見方に問題がある。
 スタイルはモデル並みかそれ以上、いやミロのビーナスよりかっこいいのだが、顔の眼、鼻、口、唇などの配置、バランスが微妙にずれている。そういう設定ではるみという女性を書こうとしたが、男の視点から書いたので見事に失敗した。絶対に、はるみ自身の視点から書くべきであった。顔が美しくない、ただそれだけのことに人生がどのように影響を受けるのか、それを書きたかったのですが……、読むことに徹した方がいいです。

2006年11月13日月曜日

ルサンチマンを捨象

 『白の○絵 終篇』、昨夜、途中で睡魔に引き込まれてギヴ・アップ。先ほどまでかかって読了。
 しかし、読みながら思い出した人物名もあるが、前作「白の○絵」をもう一度読み返さないと一貫しないことに気づいた。多分、もう一度、読み直すことになるだろう。
 しかも、58年刊の『白の○絵』には「白の○絵」のほかに「鳥のいない森」というやはりシベリアを舞台にした小説があり、「白の○絵」よりずっと短いが作品の完成度は猛烈に高い作品が併せて収録されている。
 この「鳥のいない森」の頁をぱらぱらめくっているうちに、やはり長谷川四郎の『シベリア物語』を思い出していた。そして、詩人・石原吉郎の詩と、画家・香月泰男の絵。
 なぜ、これらシベリアに抑留された作家や詩人や画家は、こんなにもルサンチマンを捨象した美しい光景を、描写出来たのであろう? 

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 朝は雲に隠れていた浅間山だったが、昼近くになって少し雲が風に流されてすうっと姿を現した。
 雪が降り、積もっていたのでした。
 夕方になって写真を撮ったが、横着をして家の近くで撮影したので、電線が猛烈に邪魔。

 ある同人誌掲載作の感想書きと、自分の同人誌の発送作業、まったく停滞、(-_-)

2006年11月12日日曜日

珍しく慌しい日

 9日に書いた、待っていても来ない本がメール便でポストに入っているのに、昨夕、気づいた。
 今年93歳になられたHさんが、戦後抑留されたシベリアのことを昭和58年に本にされた、その続編である。

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 版元の動きが鈍いので、とりあえず表のサイトの方にPRするページを作り、また、同人誌の同人にはメールで紹介文を送信した。
 すると、今までに3名の方から注文メールが来、その都度版元へ転送した。こういう時は、ネット環境にある方は何とも都合がいい。
 ネット環境に無いひとには、結局、宣伝文&注文書をいちいち送らなくてはならないだろう。版元が動きにくいので、数人と勝手連をでっちあげて動くのがいちばんか。

 同人誌の発送準備。先ずは同人への発送と、頁割り負担金の計算と文書の作成などで今夜は終わる。明日はラベル印刷。メール便の料金体系が変わったので、厚み1cm以内はすべてメール便にすれば80円で済むことに留意。

 アメリカの中間選挙で、上院、下院ともに民主党が制した。戦争を押し進める党ではなく、戦争に反対する党が勝った方がうれしいに決まっている。

2006年11月11日土曜日

 同人誌39号届けられる。
 が、本文の印刷状態がはなはだよろしくない。
 せっかく苦心した版下が、印刷ムラやフォントの線の潰れがひどく、泣くに泣けない。数年前に印刷機を替えてから、気になるようになった。
 自分だけだったら我慢してしまうだろうが、同人の皆さんに申し訳が立たない。
 創刊からのつきあいで世話になっていて、小さな個人の印刷所なので仕方ないという面もあるが、印刷所移転も含めて検討せざるを得ない。
 かなり、凹みます。

 そういえば、小出版社を経営するGさんが自分の雑誌の印刷所を紹介してくれると言っていたのを思い出した。
 原稿をデジタル・データで入稿し、出来た雑誌は宅配便で翌日配達の時代であるから、県外でもまったく構わないのだ。ネットで調べれば、ずいぶん早い安い。これで仕事がきれいだったら関東でも中京でも阪神でも問題ではない。
 (ただし、トラブルが生じた場合は問題があるが)

 同人誌39号のウェブ版ファイル、HTML.PDF二種類のファイル作成終了、リンクも39号内部のリンクはすべて張り終えて、残るはINDEXなど数箇所のみ。これは同人に雑誌が届いたであろう夜にリンクを張って完了となる予定。

2006年11月10日金曜日

待っている本は来ない

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 今日もいいお天気だったので、また山の写真を撮ってしまいました。(画像をクリックすれば原寸になります) 
 そして、あまりにいいお天気だったので、ふと、以下の詩を思い出してしまいました。

タオス・プエブロの古老の言葉

今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
わたしの畑は、もう耕されることはない。
わたしの家は、笑い声に満ちている。
子どもたちは、うちに帰ってきた。
そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。

 「今日は死ぬのにもってこいの日」 ナンシー・ウッド著 フランク・ハウエル画 金関寿夫訳 めるくまーる刊 1,785円(税込)


 タイトルだけ見るとエッ?!と思うのですが、すべてを受容し生きた上での「今日は死ぬのにもってこいの日」なのでした。



 最近送っていただいた同人誌掲載作を、少し拾い読み。
 なかなか感想や批評を書く気にならないのが困りもの。

 そういえば、ある尊敬する方がかつて書かれた小説の続編を本にされた。先月最後の日に版元のK氏が明日にも寄贈させていただきますというメールをくれたのだが、いまだに届かない。
 一応営業出版なのでしょうから、寄贈などしてくれなくてもいいです、きちんと受注発送の体勢を整えて下さいませ。

2006年11月9日木曜日

忘却の彼方から

 何か忘れているのを、今、思い出しました。
 もうじき発行になる文芸誌の39号、そのWEB版を製作するのを、まったく失念していたのです。
 印刷版が発行になるのと同時にWEB版もアップロードしていたのですが、こんなにコロッと忘れてしまっていたのは老化がいよいよ本格化して来た証拠と、冷や汗三斗でございます。今夜はもう無理なので、明日の晩にでも作りましょう。前号と同じとすればテンプレートに原稿ファイルを流し込むだけなので、そう時間はかからないでしょう。ただ、HTML版とPDF版と二種類のファイルを作るのが二重の手間
ですが。



 昨日の強風が嘘のように、今日は終日、雲ひとつない青空でした。 

 すなめりさんに教わって作ってみたドライトマトですが、だいぶ乾燥してきましたが、乾燥したせいなのか、通りがかりに様子を見ながら毎日つまみ食いしていたせいなのか(多分こちらが正解)、量が少なくなってしまったような気がしてなりません。

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 ので、本日の夕方、また採取して来ました。
 普通のミニトマトは乾燥するとものすごく小さくなりますので、今回は中玉のフルーツトマトでありますレッド・オーレだけにしてみます。
        

2006年11月8日水曜日

ここ数日

 自分で管理している掲示板を含めて、RSSリーダーに登録して書き込みがあれば読んでいる友人、知人の掲示板に、アダルト・サイトからの迷惑書き込みが連続した。
 ソースを表示させてみると、ソース内にIPを表示させるというデフォルトのままの掲示板が圧倒的に多く、見ればそのIPは同一だった。書きこみ一件何円という仕事なのだろうか? 必ずしもリンクで結ばれている訳でもないのに、どうやって渡り歩いているのか、不思議である。
 自分の管理している掲示板は迷惑書き込みを削除して、管理画面でそのIPアドレスを書きこみ禁止に指定してみた。
 すると、アクセスはあったが書き込みは出来ずに帰って行ったようだ。なるほど、うっとうしい迷惑書き込みはこうすれば一時的にはしのげるのか。
 ただし、IPを変えたりプロキシ経由で来られたらOUTで、しかも禁止したのと同じプロバイダからの普通の人まではじかれてしまうのが困る。結局は様子を見て出来るだけ早めに解除しなければならないのである。面倒だから、そうは出来ない作業です。

2006年11月7日火曜日

久しぶりに

 文化庁の文化遺産オンラインへ行って、谷中安規の版画を見てきました。
 このサイト、案外イケていて、萬鐵五郎の作品なんか、数え切れないほどアップロードされているのです。

 谷中安規の「瞑想氏」とか「春の自転車」とか、見ているとなぜか気持ちが和みます。
 昔、今はもうない京橋のリッカー美術館だったか(記憶は曖昧ですが)、たまたま通りかかったら谷中安規展をやっていて、谷中安規が誰なのかも知らずに入館し、カタログまで購入した。そのカタログは今でも大事に所有しているが、その後、内田百閒の本の装丁などに安規の版画が使われているのを知り、それで百閒を読み始めるという、ちょっと本末転倒な読書法。

2006年11月6日月曜日

洗濯機と結婚した青年

 ロダーリ、「恋するバイカー」。
 栓抜き部品工場社長の御曹司、エリーゾが父親に結婚を宣言する。
 相手は人間ではなくて、日本製のオートバイでミーチャという名前。
 爆笑すべき奇想である。
 反対されてミーチャと駆け落ちしたものの、彼女を泥棒に盗まれたエリーゾは結局父親の元に帰るが、結婚した相手は人間ではなくて最新の洗濯機でした(Whaaa)。
 
 これだけ各作品に「先ずは絶対にありえないこと」を「さりげなくいかにもありげに」書いているロダーリの仕事は確信犯である。
 虚構の世界ではあり得ないことは何一つない。
 そういう視点から見れば、ロダーリはあえてあり得ないことをこそ書こうとした。
 あったことをあったように書く、それが小説だと思っているようなひとには訳の解らない小説に思えるでしょうが。

 メーラー、Thunderbirdのアカウント二個、プロバイダのウェブサイトを見て設定しなおしたら、ようやく正常に送受信できるようになった。今後は多分、こちらをメインに使うことになる。
 RSSリーダーも通常の登録サイトはFirefoxのアドオンであるsageが使いやすいのでこちらにし、何かというと記事読み込み中のまま固まってしまうgo○RSSリーダーは、キーワード登録専用にして負担を軽くし、分業体制。
 今夜は「猫とともに去りぬ」と「海に住む少女」をキーワード登録してみた。どちらも25件ずつヒット。ただし、この本を買った、読んだという簡単な記事が多く、詳細な感想は案外少ないものです。

2006年11月5日日曜日

晴れてしかも適度な風もあり

 絶好のドライトマト日和。
 すなめりさんのコメントに触発されて、ドライトマト作りに挑戦してみた。先日のミニトマトを洗い、二つに切り、岩塩を振り、籠に並べて日の当たる場所へ。時間にして30分もかからない。
 夕方、ひとつつまみ食いしてみたら、まだ柔らかいけれどいい感じ。もともと完熟なので乾燥するとさらに味が濃縮されるようです。
 4種類のミニトマトを使ったので、ちょっとにぎやか過ぎ。
 5日ほど乾燥させればよいらしい。黴が発生したり、腐ったりしなければいいのですが。

drytomato.jpg


 ロダーリの光文社古典新訳文庫『猫とともに去りぬ』(関口英子訳・533円+税)。
 「猫とともに去りぬ」、「社長と会計係 あるいは自動車とバイオリンと路面電車」、「ヴェネツィアを救え あるいは 魚になるのがいちばんだ」の3作を読んだ。
 ある種のバカバカしさを受容出来ないとこの一冊を読み通すことは出来ないかもしれないというのが、先ずは率直な感想。
 「猫とともに去りぬ」は、家族に話し相手になってもらえないアントニオ氏が家出をし、古代ローマの遺跡に多くの猫が棲みついている、アルジェンティーナ広場に行き、猫になってしまう。その猫になる瞬間の描写。
 石段をおり、猫の縄張りと自動車の縄張りを隔てている鉄柵を越えると、かれの姿は猫になっていた。
 有無を言わせず、つべこべ言わせず、たったこれだけ。この上なく簡潔な変身である。カフカのザムザは目が覚めたら虫になっていたが、アントニオ氏は鉄柵を越えただけで猫になってしまったのだ。
 要するに、これこそが文学の力、言葉の魔力に他ならないのだが、この言葉の不条理、というか不合理をのみ込めないひとは先に読み進むことが出来なくなる。
 しかもこの広場の猫たち、星座に大熊座や小熊座、蛇座、山羊座や牡羊座、さそり座、犬座などがあるのに「猫座」が無いことに抗議して、ミャーミャーと抗議デモまで始めたりするのである。
 他の二作も含めて、こういう類のバカバカしさを笑えるか、笑えないか、読者の感性と知性も試されているような気がして来ます。

2006年11月4日土曜日

いちばん使い勝手の良いRSSリーダーって

 どれなのでしょう。

 FirefoxにWizz RSS News Readerというアドオンがあるのを知って入れてみたが、どうも設定がよく分からない部分がある。日本語ヘルプがまだ無いので英文ヘルプを読むのが面倒。
 やはり使い慣れたSageのまま、もう少し様子を見よう。
 メーラーもThunderbirdをインストールしてみたが、アカウントをふたつ設定するのに躓いている。
 どこでアドレスが洩れたかOutlookに海外からのスパムが来はじめ、防ぎきれないので Thunderbirdにしてみたいのですが。


 午前、本業ではなく二種兼業の方の仕事で汗を流す。
 午後は、年下の女ともだちの、来週早々の仕事先の位置確認を兼ね、入館料350円の山奥の村の日帰り温泉まで紅葉狩りドライブ。

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 緩やかな滝を眺めながら汗を流し、それから「新蕎麦祭」だというのでそれを食す。
 コシがあるというより固過ぎるという感じ。それに皮も多く入っているので色黒である。
 その割りに新蕎麦の風味は若干薄めで、地粉を謳っておりますが、さて……? 
 あまり色黒な田舎蕎麦よりも、更科風に色白でいて風味豊かな方が蕎麦に風格がありますな(と、文句だけは一人前)。
 紅葉がいよいよ進み、一本の木で赤、黄、緑。
 桜の森の満開の下と、巨大な紅葉の古木の下には狂える思惟が聴こえて来ますので要注意、ですぞ。一陣の風が吹いたら、舞って来るのは桜の花びらでもなく真っ赤な紅葉でもなく、人間という名の存在の不定形な情念の塊なのです。

 帰路、南木佳士さんが『阿弥陀堂便り』を書かれたモデルになったのではないかと思われるようなお堂が山際の崖に建っておりましたので、停車して写真を撮りたいと一瞬思いつつ、ブレーキを踏まずに通過してしまい、今となっては後悔しています。同行者がいると気を使ってしまいます。
 折を見て、あのお堂を撮影するためにだけ車を走らせてもいいと思っています。

2006年11月3日金曜日

三人の作家、その作品の題名と内容

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 フォークナー短編集(新潮文庫・瀧口直太郎訳)のなかに、短編『あの夕陽』があり、『納屋は燃える』がある。

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 日野啓三にも『あの夕陽』がある。村上春樹には『納屋を焼く』がある。

 日野啓三の『あの夕日』は題名が同じだけでフォークナーの作品に似ている訳ではない。が客観化できない狂気のようなものが夕陽に象徴されてはいる。フォークナーの夕陽はもっと凶暴な殺人にいたる狂気が描かれている。
 セント・ルイス・ブルースの一節、
"I hate to see that evening sun go down(私はあの夕陽が沈むのを見るのが嫌い)''が題名の由来だというが、主人公である黒人女性、ナンシーの心の奥底からの呟きに思えてしまう。
 村上春樹の『納屋を焼く』には、語り手である僕が、フォークナーの短編集を読んでいたと書かれていて、この題名がフォークナーの『納屋は燃える(Barn Burning』から取られていることが判る。
 そして、どちらの登場人物も納屋に火をつけるのであるが、やはりフォークナーの人物の方がより強く凶暴な狂気を発している。村上の放火魔は自らの狂気を上手に飼いならしている感があるが、フォークナーの人物たちはまっすぐに破滅へと爆走して行く。
 

2006年11月2日木曜日

自分で食べるものを自分で作ることの卑しさ、いやらしさ

 春の五月に、その時期には空いてしまうビニール・ハウスにミニトマトを4種類植えた。ただし、通常栽培されるようなやり方ではない。
 ただ植えただけで、特別に肥料はやらない。殺虫剤、殺菌剤の類も一度も散布しない。普通は支柱を立てたり紐に絡みつけたりして立てて栽培するのだが、それもしないので、いわゆる西瓜のように地這い栽培である。その上、トマト栽培で必ずされる横芽欠きもしないので枝から枝へ、どんどん枝分かれしてどれが主枝だか、どれが分枝だかも判然としないくらい繁茂している。
 そして、秋になるまで放任しておく。旧盆を過ぎて気温が下がり始めると、急激に糖度が上がるのである。
 
 かくして、本日の収穫。果物かお菓子のように、甘い。

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 この3連休中に自家用水田の脱穀作業をする予定。
 小さい水田一枚なので大型コンバインでの刈り取りではなく、先に稲刈り、ハゼ架けして天日乾燥したものを脱穀する。
 しかも通常は籾摺りという作業をして玄米にして出荷したり保存しておいたりするのであるが、わが家では自家用分は籾のまま保存し、自家用精米機で一度に15kgずつ籾から精米する。何とも贅沢な。

 それにしても、以前も書いたが、「自分で食べるものは自分で作ります」と言えば殊勝に聞こえるが、裏を返せば「ひとの分までは作りません」と言っているのとおんなじで、なぜか卑しさ、いやらしさ、うしろめたさがつきまとってしまうのはなぜ?

 しかし、かつては100万円で買えた自動車が今では200数十万。米は60kg・2万円くらいだったものが昨年は14,500円、今年は14,000円とも言います。
 つまりかつては50俵で100万円の車が買えたのに、今では160俵も出さないと買えないという……物価のバランスがひどく不公平に壊れていると思いません? 
 つまり、米は自動車の3分の一という超低・物価上昇率。

 つまり、かくして米つくりや農業では食えないので、後継者はほとんどなく、十年後、二十年後には日本人は、お金持ちはアメリカはカリフォルニア米、そうでないひとは中国で栽培される廉価米、国産米を食べているのはごくわずか残った第二種兼業自家用米栽培農家だけ、なんちゃって~。

 今夜はすべて独り言でございますw。

2006年11月1日水曜日

冷や汗・・・

 Movable Type3,2に脆弱性が見つかったので修正パッチを当てるようにという告知を見たので、そのようにした。そしたら何と、管理画面が真っ白になってしまいました。真っ白では管理画面に入りようがありません。管理画面に入れないと新規エントリの画面にも入れません。ということはブログがまったく更新できないということに……冷や汗。
 一瞬、再インストールかと青くなりましたが、修正パッチを当てるよりも3,33にヴァージョンアップする方がいいと判断し、インストールされている3,21から3,33になって変更されたファイルだけを選択し、それをアップロード。
 すると、いつも通りの管理画面が現われて安堵のため息どっと。
 自分のブログだけだったら壊れても構いませんが、もうひとり分、二つのブログが作動していますので、壊れたら取り返しがつきません。責め殺されますw。
 そういえば、そろそろブログ全体のバックアップを取っておいた方がよさそうです。自前は面倒くさい、レンタルが懐かしい。

 お昼近く、郵便局へ振替に行く途中、7イレブンに寄り「猫とともに去りぬ」を受領。パラパラッと見た感じ、イメージとちょっと違うかも。コピーに幻惑されたか……。まあ、読んでみないと判りませんが、なかなかまとまった読書の時間が取れません。

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 今日は、親戚よりカリン(正確にはマルメロ)を頂戴する。その数二十数個。家の中はカリン(正確にはマルメロ)の匂いが充満しています。今夜は眠れないかも。
 以前は砂糖漬けにしていましたが、砂糖漬けもそうは食べません。むしろ、カリン・ジャムか、カリン酒の方が気が利いているかもしれないが、処理は母親に一任しているので黙っています。
 そういえば同人誌の同人で横浜在住のTさんのお宅の門の横にもカリンが成っていて、その写真がブログにアップされていた。門のところに籠を置いてそこにカリンを入れ、ご自由にどうぞと書いておくのだそうです。

 (カリンは日本固有の種であって栽培しにくく、現在はほとんど洋種であるマルメロが栽培されているとのことです。そこで、マルメロをカリンと称して販売するのは良くないと、長野県ではマルメロと表示するようにと勧めているようです)