2008年3月31日月曜日

逡巡

 原稿が出てくるか来ないのか、ひとりだけ意向のつかめなかった同人から電話。
 ほとんど書きあがっているのだが、身内に数えで104歳の方の葬儀が出来て三日間そちらに詰めていたので、31日の締め切りには間に合わないと。
 自分の原稿がいつも間に合わない身としては、即座に、1週間や10日は他の同人の作品を読んだりレイアウトしてるので大丈夫ですよ~、などど太っ腹なことを言ってしまいました。

 というと、結局原稿が出ない可能性があるのは私だけ? というか、私のが出なくても雑誌になる、と思うと一気に結論を出してしまいそうで、危ない危ない。
 書けもしないくせにまた題名を変更したくなった。
 J・プレヴェールの「砕かれた鏡」という題名と、その最終行が気にかかる。
星をちりばめたきみの笑いのガラスの破片が七つ

        嶋岡晨訳、「J・プレヴェール詩集」飯塚書店 

出したついでに一編、お気に入りを。

     三月の太陽
         セシル・ミゲルに

オレンジの木のオレンジたち
レモンの木のレモンたち
オリーヴの木のオリーヴたち
茨のしげみの茨たち

日々のぜいたくなこの神秘

人生はすてき
とあなたに告げて死ぬわね
と花は告げ
死んでしまう

その花には答えずに
男は庭を横切る
男は森を横切る
犬にもまるっきり声をかけずに

(以下略)
 

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 先日ポット植えにしたWasabiのうちのひとつ。もっと茎葉を少なくしないと枯れるかと思ったが、どうやらこのまま活着しそう。

 あれ?! よく見ると中心に何か丸いものが。蕾ではありませんか。

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 これは感激。今年は採種は無理なので来年と思っていましたが、ひょっとすると少しは採種できるかもしれない。採種しても保存がなかなかタイヘンで、発芽までたどり着くのはむずかしいですが。

 そういえば、昨年10月14日にヤマブドウでフルーツ・ソースを作った時の種。封筒に入れて残してあった15粒を面白がって播いたまま忘れていたが、昨日、気づくと発芽していた。何と15本出ているので、発芽率100%。野生種の強さに脱帽。
 同じ生命でも、動物にはさほど美しさを感じないのに、植物がどれも美しく見えるのはなぜ?


2008年3月29日土曜日

ブヴァールとペキュシェ症候群

 締め切りまであと三日。
 なのに堂々と、ラテンアメリカ短編集「遠い女」のなかのフリオ・コルタサルの短編を再読して驚愕していたりして、この、何という絶望的ふてぶてしさ。

 私がひとつのことに集中できないのはほとんど病気で、さしづめ、ブヴァールとペキュシェ症候群とでも命名いたしましょうか。
 だって、小学生の頃、明日夏休みが終わりというのに、まだたくさん残っている宿題があればなおさら、自転車のペダルを踏んで洞窟の探検やら、化石の採集やカブト虫採りに行きたくなりませんでした?
 たとえ、それが宿題をしたくないという単純な回避行動であったにしてもです、胸がわくわくしたじゃありませんか。まじめに宿題だけしている人生なんて面白くもありません。誰にだって「スタンド・バイ・ミー」な時代があった。そうじゃありません?
��うーん、原稿を書けずに余計なことばかりしている今の状況にぴったりシンクロナイズしてます。これは、ただの言い訳に過ぎません、よ、ね)

 コルタサルの「遠い女」、「乗り合いバス」、「偏頭痛」、「キルケ」、「天国の門」、五編みんないいです。
 こういう感じの小説一つも書けずに、撤退出来ないよね。
 ということは、ひとつでも書けたら撤退してもいい?

 「天国の門」という題名から残雪の「天国の対話」を思い出しました。
 「夕べ、夜来香の匂いがした......」というあの作品ですよ。

 近藤直子さん訳の残雪の小説と、木村榮一さん訳のコルタサルの小説は、文体が作家と訳者が一体化しているという点では相当いいのではないかと、ひとり合点しているのです。
 たとえば、M上春樹氏が翻訳したアメリカの作家の小説が、M上春樹によるM上春樹の文体での書き換えに過ぎないのに比べれば、このふたりの訳業がいかに作家と異化せずに一体化しているか、一目瞭然です。
 夜来香の匂いか、沈丁花の匂いか?
 イメージがひたすら拡散して、ますます書けなくなるではありませんか。

 あれかこれか、一つを選べと言われるとほんとうに腹が立って来るんです。
 あれもこれもどれも、捨てることが出来ないくらい大事なのです。
 何ひとつ、捨てていいものはない。
 温和なはずの私が(嘘々!!)、怒ってその場から居なくなってしまうのは、カラオケ歌えと言われるのと、どれか一つを選べと言われるのと、このふたつの状況だけなのです。

 あ、コルタサルが亡くなったのは、あのJ・オゥエルの1984年、しかも白血病だったのですか。



君も、好きだね

 昨日、長男が転勤前の休暇で帰省したので、夕方5時から私が二八蕎麦を打った。4人分、500gで打ったら、蕎麦の量が少なかった。
 しかも、老母と長男が「蕎麦が固い」という。
 「いや、固いのではなくコシがあるのである」と主張したが、老母は納得がいかない様子で「わたしが打てばよかった」と。その上何を言うかと思ったら、「Yちゃん、明日もう一回蕎麦を打ったら、食べる?」
「おいおい」と思ったが、長男の答えは「うん、食べる」。げげっ! さすがは、まだ箸を使えないうちから蕎麦を手で食べていた長男。しっかり、蕎麦好き3代目である。
 残業で遅れて帰って来た配偶者は、水分が滲みて柔らかくなった蕎麦を食べて「固くないわよ」
「そりゃそうだ」

 ということで、今夜は老母が先ずはソバ粉に熱湯を少々回し、それからつなぎ粉を入れて水で調整し、まとめたものを私が捏ね、延すのは母、蕎麦包丁で切るのは私という風に連携プレー。買って一度しか使わなかった駒板を使ってみて、何となく駒板の使い方が感触として判った。次回からしばらく駒板を使い続けてみよう。
 それから、蕎麦切り包丁は使ったら必ず研いで置く事。延し捧はクルミ油で磨いて置く事。

 そんなこんなで、茹で上がったのが以下の画像。まだ太い感じ。
��Lydwineさん、またまた申し訳ありません。もう少し上手に打てるようになったら宅配便で手製の生麺を送ってあげますからね~)

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 長男と私は、多分、二人前食べたはず......。奥様は一昨夜に続いて今夜も職場の送別会。


 ようし、今年も頑張ってソバ栽培いたしましょう。

2008年3月27日木曜日

やはり

私が書こうとしていたのは小説ではなく、小説の形を偽装したE・M・シオランに似たつぶやきに過ぎないのだった。
けれども、小説ではなくても文学である可能性はまだゼロではなかろう、という思いだけ、気力だけで、さらにもう一歩前へ。

この世の様々な不合理は、百年前と比べて何ひとつ解決されてはいない。
にもかかわらず文学が衰退しているのは何故? 
自己を(この世を)肯定する力ばかりが肯定され、自己を(この世を)否定する力が失われてしまったからだ。

発見

 昨夜は、疲れていたのか、夕食後まもなく意識不明の重い体となって爆睡。目が覚めたら午後11時半。

 3月3日に山へ行った時には膝上まである積雪に阻まれてしまい、まだその時期ではないと思った。
 しかし、その後暖かくなって周囲の雪が消えるにつれ、仕事をしていても何となく山を想って気もそぞろ。4月5月は土日も無休で仕事をすることになるので、6月まで山に行けない。だが6月では遅すぎるのだ。全山、緑になってしまっては見つけにくい。
 そこで、ここ一週間ほど仕事を出来るだけ消化することを心がけ、午後、見当をつけていた山へ一目散。
 ある情報だけを頼りに、道路地図と国土地理院の1/25000の地図とにらめっこし、大体の見当はつけていたものの、まさか、一発で発見できるとは思わなかったが、道路に車を止めて下の沢に目をやると、まだ枯れ木色の沢の中央に緑色のWsabia Japonicaが見えるではありませんか。一度足を滑らせて尻餅をつきながら、沢へ下りると、茎葉はまだ小ぶりながら、間違いなくWsabia Japonica。
 夢中で採取して、出発から正味一時間10分で帰宅の早業。
 ↓ 以下がその収穫。

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 ただし食べるのではなく、これを畑ワサビの苗に仕立てるのです。これをポットに植えてしばらく水のない状況に馴らしておき、それから菜園の半分日陰になる場所に植えようという魂胆なのです。
 一昨年、静岡の業者から購入した苗ではみごとに失敗しましたが、あれはとても貧弱な苗でしたし、植えた時期が6月だったので夏の暑さに負けてしまったのでした。今年は夏までにしっかり活着させ、日除けもして何とか成功したいものです。
 
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これなど、少し根を摩り下ろせるではありませんか。右側のかわいいの、わさびの赤ちゃんです。



2008年3月25日火曜日

ちょいと

 The Project Gutenberg へ行って、James JoyceのUlyssesの最終章をちらっと見てみたら、本当に句読点がない。すごいなあ。
 ちょっと書き出し部分をコピペ。


Yes because he never did a thing like that before as ask to get his breakfast in bed with a couple of eggs since the CITY ARMS hotel when he used to be pretending to be laid up with a sick voice doing his highness to make himself interesting for that old faggot Mrs Riordan that he thought he had a great leg of and she never left us a farthing all for masses for herself and her soul greatest miser ever was actually afraid to lay out 4d for her methylated spirit telling me all her ailments she had too much old chat in her about politics and earthquakes and the end of the world let us have a bit of fun first God help the world if all the women were her sort down on bathingsuits and lownecks of course nobody wanted her to wear them I suppose she was pious because no man would look at her twice I hope Ill never be like her a wonder she didnt want us to cover our faces but she was a welleducated woman certainly and her gabby talk about Mr Riordan here and Mr Riordan there I suppose he was glad to get shut of her and her dog smelling my fur and always edging to get up under my petticoats especially then still I like that in him polite to old women like that and waiters and beggars too hes not proud out of nothing but not always if ever he got anything really serious the matter with him its much better for them to go into a hospital where everything is clean but I suppose Id have to dring it into him for a month yes and then wed have a hospital nurse next thing on the carpet have him staying there till they throw him out or a nun maybe like the smutty photo he has shes as much a nun as Im not yes because theyre so weak and puling when theyre sick they want a woman to get well if his nose bleeds youd think

 二男の就職がようやく内定した。
 明日卒業式で、3月もあと一週間という崖っぷちでの内定。勉強したこととは無縁のシステムエンジニアという職種はまさにゼロからのスタートだが、こんなに歳くったお父さんだって、ゼロからこんな自前のブログを設置するところまで進化しているのだから、君も頑張れ。

2008年3月24日月曜日

2倍2倍

 続々と(といっても同人全員でも7名だから知れているが)、42号原稿が添付されたメールが着信。
 自分の原稿はまだだし、印刷会社もまだ決まっていないし、
 編集者としての安堵と不安、執筆者としての焦り、2倍2倍。
 (あ、同人でここを読まれている方もおいでなのでした。印刷会社は少なくとも2社は見当がついていますから、大丈夫です。ご安心下さい。何、お前の原稿は、って? むむむ)

 ふと、三島由紀夫の「卒塔婆小町」を思い出した。99歳にはなっていないがこのような小町に心覚えがある。
 それにつけても、三島は天才であった。文学だけで世界にコミットしていればよかったものを、直接コミットしようとしたものだからあのように。気持ちは十二分に解りますが。 

本日の楽しい園芸

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CanadaのRhubarb(左)と、南欧のRhubarb(右)。だいぶ茎が赤くなってきた。ちなみにRhubarbの発音はルーバーブのよう。

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最初に播いたoyamabokuchi(左)と、発芽率が悪いのでやけくそになってびっしり播いた3回目の発芽状況。

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ワイルド・ルッコラ(左)と「げきから」とうがらし


 それから「ぶんたん」らしきものを食べたらムチャクチャ種が出て来たので、すかさず10,5cmのポリポットにびっしり播いて温床の上に置いてみた。発芽したら、実らないまでも常緑樹で青々してよかろう。
ここここの真似。
 それにしても電熱温床線を250Wのいちばん短いものにしておいてよかった。これが500Wとか1KWだったりしたら、すごい電気料だろう。

2008年3月23日日曜日

そうか!!!!

 今書いているものが、一つの作品として成立するだけの根拠にまったく欠けており、このままでは原稿として提出できないという判断に傾きつつあり、昨夜は疲れていることもあって、例の安いウイスキー「軽井沢倶楽部」をガブガブ飲んで(これを自棄酒といふ)、寝ようとしたら目の前に昔の文庫本でカフカの『ある流刑地の話』(本野亨一訳・角川文庫)があったので、お気に入りの「観察」を読んだ。
 短いのやら断片やらで、全部読んでもそう時間がかからない。二十歳前後からずっとこの妙な断片集が好きで好きで、どれだけの回数、読んだことか。

 あ! そうか!(閃光一瞬之落雷如)
 こういう風に、ひとつひとつに題をつけて、断片集にしてしまえば作品として成立するではないか!!!! わ~

2008年3月22日土曜日

これはたまらない

 昨日書いた、MultiStudioをインストールしたらどうもパソコンの動作が極端に遅くなり、たまらずアンインストールした。そういえば、以前、試験的にインストールした時もそうだった。これでは、この印刷方法は使えない。それとも、中間ファイルを作成する時だけパソコンに入れて作業が終わったら下ろすという使い方か。
 印刷会社も帯に短し襷に長しみたいなかんじで、なかなか思い通りなのは無いものである。
 そこで、やはりPDFで入稿できる印刷会社の探索を続行。WordでもPDFでもOKの会社があったが一太郎については何も書いてなかった。PDF化されていればいいのだろうけど。

2008年3月21日金曜日

フォント埋め込みの奇々怪々

 Word文書をPDFファイルに変換するのに、フォントメーカーがフォント埋め込みを許可していないのでフォントを埋め込み出来ないケースが稀にある。
 そこで、実際に埋め込み出来ないと言われているフォント数種類で文章を書いて、PDFに変換、そしてPDF文書のプロパティでフォントを見てみた。
 すると、Acrobat5,0で変換したPDFと、アンテナハウスの「PDFドライバ」で変換したPDFでは埋め込みできるフォントに違いがあり、ますます奇々怪々理解不能。
 Epson太明朝はフォント埋め込み出来ないはずだったが、Acrobat5,0では埋め込み出来ていて、「PDFドライバ」では埋め込み出来ていない。また多くの印刷会社のHPで埋め込み出来ないフォントとされている「HG丸ゴシックM Pro」が埋め込み出来ていたり、もう、何が何だかわかりませぬ。

 とはいえ、当誌が次回から依頼する予定の印刷会社はPDF入稿は受付していなくて、大日本スクリーンのSCREEN MultiStudio AVANASを使って中間ファイルを作り、それで原稿の受け渡しをするようだ。実際にSCREEN MultiStudio AVANASをインストールして、今書きかけの自分のヘボ小説を出力してみた。Viewerがちょっとチャチでよく見えないのだが、印刷してみれば一応レイアウトは崩れていないので、これでいいのだろう。
 とにかく、これで実際に同人誌のレイアウトを変換して、FTP送稿か、CD-Rに焼いて郵送し、これでいいのか見てくださいとお願いするほかないだろう。ただしWord文書と書かれているが、PDFと同じ仮想プリンタなので、一太郎文書もSCREEN MultiStudio AVANAS文書に書き出しできるのである。だから一太郎文書でもいいですかという問い合わせもしてみなければならない。

 それにつけてもです、直近の2号を続けて依頼したN印刷所、何を血迷ってあんな信頼を喪失する仕事と請求をしたのだろう? まあまあ気に入っていたので本当に残念無念、断腸の思いでしたよ、ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ。
 どうして? と訊いて見たいくらい。本気で訊いてみようかな?
 どうしてあんな、信頼を損ねるようなことをしたのですか? と。
 いや、やめておこう。一度さよならしたら振り向かない、それが人生。

2008年3月20日木曜日

羊が1匹私が10人

 昨夜は強烈な眠気に襲われて赤ちゃん睡眠。
 いよいよ、また体が5つくらい欲しい時期になってきました。仕事をする私が2人、小説を読む私、書く私、種を播いたり怪しいことをするプヴァールとペキュシュな私、これで5人。うーん、10人くらいいないとダメみたいです。
 そういえば、昔、「私」が無限に増殖するヘンな短編を書いた。『太陽がいっぱい』という題名自体がパクリである上に、恥ずかしげもなく筒井康隆の真似までして、最後は自滅している。
 やっぱり私はひとりなのがいちばん、らしい。


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 発芽したRhubarbの茎が赤味を帯びて来た。南欧産もカナダ産も赤くなってきた。うきうき。
 発芽率はさすがに購入した南欧産の方は50粒播いて43本発芽で86%、カナダ産はN君が住んでいる家とは別に購入した家の庭に生えていた株から採種して来てくれたので、品種も判明せず。110粒播いて56本発芽、発芽率ほぼ50%。
 南欧産の方が種子自体が大きいと思っていたら、同時に播いたのに南欧産の方が双葉も本葉も大きい。
 これらの中から、すべてを植える場所はないので、特に赤い茎のものを厳選して植える。昨年播種した永遠のGlaskinsもちょっぴり芽を出し始めていた。そろそろダンボールでforceしなければいけない。

 播種一回目のoyamabokuchiは発芽率がムチャクチャ悪くて15%くらい。2回目のも似たようなもの。3回目にびっしり播いたものはさすがにたくさん生えて来た。
 虫に食べられたり、未熟だったり、発芽率が低いのはあたりまえかもしれない。余ったら山に植えに行こうかな。鹿が出没する山はムシャムシャ食べられてしまうようです。それで山に分け入っても見当たらないのかもしれない。

 原稿締め切り、あと10日。パスしたい気分濃厚だが、まだ降参するわけには行かない。

2008年3月18日火曜日

仮想プリンタ・中間ファイル

 そういえば、自分が発行人の同人誌を2回、配偶者が発行人の詩の雑誌を2回発注して、おおむね段取りに慣れたはずの印刷会社に、逆上の挙句に三行半を突きつけてしまったので、今回締め切りの同人誌は新しい印刷会社に依頼しなければならないのを思い出した。冷や汗。頼みもしないPP加工をされ、しかもそのPP加工料金が相場の3倍という暴挙に怒り心頭、思わずもう発注しないとメールを送ってしまったのだった。いずれにしても信頼を欠いた印刷会社には頼めないものね。
 ということで以前から目をつけていた会社の入稿について見てみると、Wordや一太郎でもなく、PDFでもなく、別の仮想プリンタをダウンロード&インストールして、それで中間ファイルを作成し、送稿することになるらしい。面倒だが、中間ファイル作成自体はPDFファイル作成とほぼ同じ手順なので大丈夫。一度テスト送稿して、これでいいのか見てもらえばいいだろう。
 そういえばLydwineさん編集の同人誌はPDFで入稿しているということだった。やはりPDF入稿がいちばんいいような気がします。
 次に問題なのが、この印刷会社がわれわれのような文芸同人誌ではなく、若い人たちのいわゆる「同人誌」を多く引き受けているようで、どうも5月連休のイベントを控えて4月後半の印刷発注はしない方が賢明なようだ。これらの「同人誌」の仕事が済んでから、つまり連休明けに送稿発注すべきかもしれない。
 一度、問い合わせメールを入れてみよう。

 Hさんにいただいたワイルド・ルッコラ、種が砂粒のように細かいので覆土を種が隠れる程度に薄くしたので発芽はしたが、その後如雨露で水を遣る度に寝てしまい、それからまた起き上がるものだからくにゃくにゃ曲がって捻転している。早くポリポットに仮植してあげた方がよさそうである。明日、空き時間があったら仮植しよう。
 それから南欧産のルバーブの種のおまけに付いて来た紫バジルの種であるDark Opal。きれいに発芽したが、しかし待てよ、十年以上前に配偶者が買って来た普通のバジルの苗を植えたら、地下茎みたいな根がどこまでも這っていって、絶やすのに一苦労したのを思い出した。
 バジリコは好きですが、さて、この紫バジル、どう処遇いたしましょうか?
  

2008年3月17日月曜日

必要最低限

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これは昨日撮影したルバーブの芽。


 週末ごとの降雪とマイナス10度以下の厳寒がようやく緩み、昨日は菜園の隅に植えた山蕗の蕗の薹が一斉に顔を出したのを採って来て、親戚の見舞いのため帰省した弟をまじえての夕食にセリなどといっしょに天麩羅にする。
 蕗の薹の天麩羅は塩だけで食べるのがいちばん。ほかに手打ちうどんを「お煮掛け」というこの地の食べ方で供す。弟は銀座の交詢社ビル界隈に勤務しているので、向こうでは食べられないような田舎料理しか食べさせない。
 今日の午前中は、まだ彼岸には入っていないが、弟が来たついでにいっしょに墓参。甘党だった父に弟が木村屋のアンパンと饅頭を供える。
 北に赤松の山を控えた寺の南下がりの境内は、暖かく穏やかで時代を超えた安堵を覚えるような風景だ。やがては私もここに眠るのかという妙な感慨も生じた。ちょっと小高い墓地から見下ろしているのもいいかもしれない。

 ということで、書くのは停止したまま。
 それにしても、小説には「天然な私小説」でない限り、企みというものが必然であるが、今回はそういう企みも断念しているし、読者に伝達する情報も少ない。
 読むひとには「お前、やる気あるのか?、ああん?」と気合を入れられそう。
 その主人公が人間であるとか、男性である、女性であるというくらいの情報は出ているが、どこの誰で職業は何でとか、いわゆる基本的なディテールさえも書いていないケースもある。
 ひとことで言えば、いわゆる「必要最低限の小説」。何か、とてつもなく痩せてしまって、小説というのもためらわれるような。
 個でしかあり得ない人間の、声にならない声のポリフォニー。



 ついにある章でジョイスのペネロペイアの模倣を始めてしまった(泣)。スペース含めず14682字まで。

2008年3月16日日曜日

そうだったんだ

 そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して、「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして。」と言った。
 しかし、彼らは、「私たちの知ったことか。自分で始末することだ。」と言った。
 それで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。そして、外に出て行って、首をつった。



2008年3月15日土曜日

三日坊主がよくもここまで

 2000年12月29日から2003年12月までのHTML版の日記を読み返した。このHTML版を止めたのはレンタル・ブログに移動したからで、Exciteほか、4箇所ほど移転を繰り返し、その間のログが取れたものと取れずに夜逃げしたところもあり、それが今になると惜しい。もう七年以上日記を書いていることになる。三日坊主がよくもここまで続いたもの。

 小説の方は同人誌の二段組レイアウトで17ページまで来た。スペースを含めない文字数で13999文字。
 ただし、一人の人物の一貫した言動を書くのでもなく、まとまった筋の流れもなく、時間的流れも寸断され、これではただのコラージュではないか。
 ま、行けるところまで行って、時間切れになったらそこで(つづく)と書いて掲載してしまってもいい。どうせ最初からひとつのまとまった世界にするつもりはないのだし、人間のSolitudeやIsolationを書くのが目的なので手段は選ばない。小説として破格の型崩れでも構わない。

 


2008年3月14日金曜日

ご挨拶


 小説を書くことのほかにも気にかかることがありますので、しばらく、多分、3月いっぱいはこのブログ更新がおろそかになります。
 できればRSSに登録していただいて、更新があった時だけお出で下さい。

2008年3月13日木曜日

にっちもさっちも

 もしも桐野夏生が純文作家だったら、と思うのは私だけ、か。惜しい。

 私は詩を書こうとして詩を書けない自分に失望して散文の世界へ逃亡を試みた。
 そして今また、散文を書こうとして散文を書けない自分に失望して、詩的表現に逃げようとしている。
 筒井康隆の「脱走と追跡のサンバ」を思い出す。
 あの作品で彼の書くものを読むのを卒業した。

 私が今書こうとしているのは紛れもない「一人称」小説だ。
 一人称なら「一人称単数」に決まっているのだが、実は奇怪矛盾なことに一人称複数小説なのだ。
 まさに一人称の大洪水、大氾濫だ。
 だから、混迷も幻惑もいっそう深くて、一寸先さえも見えず、一人称の海に溺死しそうな感じがする。
 小説など、単に、人間の鬱陶しいエゴの海に過ぎないではないか、と思いながら、その自分の思いにさらに嘔吐感を催す、この無限スパイラル。

 そう、私が書きかったのは私以外の誰にも読解出来ないロマンだった。
 ボルヘスを解った風に言う人間を私は眉に唾をつけて見ざるをえない。私にはボルヘスが理解出来ない。それと同じように、私は私以外の誰もが理解できないロマンを書きたい。そういう自己矛盾、自己撞着のど真ん中に私はいて、にっちもさっちもいかない。



2008年3月12日水曜日

懐かしのDドライブ

 探し物があって、古いデスクトップ・パソコンのDドライブ全体を記録してあったCD-RWを久しぶりに開いた。
 探し物はじきに見つかったのでノートパソコンにコピー。昨日付けの後書きの記事に使った「お休み」の画像もコピー。母親を亡くした時に17歳だった父親が書き残した作文(結構、かっこつけて書いていて、虚構ではないかと思われる場面もある)を入力、レイアウトしたものとか、結構大事なものが入っている。
 それからこんな写真もあった。2004年9月5日の浅間山微噴火。

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2008年3月11日火曜日

いいもの見っけ

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いよいよ、決算書と確定申告書をまとめます。データの入力は済んでいるので、最後のまとめです。

2008年3月10日月曜日

むむ

 また、ひとりブログの書き手が女性だと思っていたら男性だったという衝撃。
 間抜けな勘違いはこれで4回め。ひとつは男性だと思っていたら実は女性。このひとは結構名のある文学ウェブの管理者でもある。なめられないように男性を装っているらしい。
 他の3件は女性だと思っていたら実は男性というケース。なぜなのか理解できないが、記事にひかれて見に行っているのだから構いません。

 県内の同人誌団体の総会で、「ネット、ブログ、同人誌」というお題で10~20分、喋りなさいというメールが数日前に着信。「デジタル・テキストの可能性」という題に変更をお願いしたが、よく考えてみると私にこの題で喋らせるのは危険ですけど。

 

 午後、病院へ見舞い。思ったより深刻で問題山積。知らん顔しているわけにもいかない。
 帰宅後、ネットで不動産の登記申請について調べる。便利なもので、登記申請書ほかの書式が一太郎、Word、PDFの3種類アップされていてダウンロード出来る上に、それを一太郎やWordで必要な部分だけ書き換えると申請書が出来てしまう。金額も小さな物件だし、これなら司法書士に依頼しなくても自分で申請書を提出できます。
 ただし、それだけの時間があるかどうか、それが問題だ。
 早くしないと間に合わない。

2008年3月9日日曜日

これは小説ではない

 Polyphonyという仮題に、さらに「この世のすべての一人称のために」などというますます怪しい仮題が加わった。ま、仮題は仮題なのだから、いくつあっても書くためのイメージを強化してくれれば排除する必要もないが、どちらもサブタイトルにはなっても本題にはならないような......。
 昔、長い題名をつけたら、尊敬するHさんに「君ィ、テレビドラマのタイトルみたいな題名、つけるなよ」と言われたのを思い出した。一時期、故意に長い題名にしていた時期があった。
 
 それにしても、物語とか筋、ストーリーに頼らない小説を書くのは難しいし、そもそも小説からそういった縦糸を取ってしまって、それで小説と言えるのかどうか疑問である。
 ただし、小説がたとえば一個の人間のあるまとまった時間の流れとともにストーリーを生じ、一つの統一された世界を形作るというのは古い時代のロマンなのであって、それが今でも通用する方法であるかどうかは別問題だ。この方法の方が書き手にも読み手にも解りやすいのは事実だが、だからといってこの方法で人間を本当に表現できているかどうか、考えると怪しい。外側から体裁づけられてしまっているような気がして信用できないのだ。人間てこんなに統一性があるものか? と。
 ストーリーや時間の流れにそうのではなく、別の方法はないか。
 ああ、でもやはりストーリー、時間軸にそって書かれてきたこれまでの小説を小説だと思っているひとには、こんなのは小説ではないと即座に言われるのだろうな。
 でも、まあ、それは承知の上。自爆するにしても、ひとつの簡単な実験だと思えばいい。
 いわゆる小説らしい小説を書くのが嫌でずっとサボってきたのですから、この煩悶は仕方ありません。

 それにしてもこのペースでは3月末に仕上がる可能性、0.5%くらい。

 またまたしつこく、マタイ受難曲のなかのペテロの否認の後のアリア、「憐れみ給え、わが神よ」を聴きながら、ふと気になった部分を立つのが面倒でネットで検索したら、口語訳だがあった。
 そのとき、イエスを売ったユダは、イエスが罪に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を、祭司長、長老たちに返して、「私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりして。」と言った。
 しかし、彼らは、「私たちの知ったことか。自分で始末することだ。」と言った。
 それで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。そして、外に出て行って、首をつった。

 そうでした。忘れていましたが、ユダは首を吊ったのでした。
 

2008年3月8日土曜日

相変わらず

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 紫バジルの双葉。


080307wildrucola.jpg
ワイルド・ルッコラの双葉。


080307oyamabokuchi.jpg
オヤマボクチの双葉。



2008年3月7日金曜日

遠慮せずに

080306rhubarbhatusuga.jpg

 左3通りがヨーロッパ産Rhubarb、右の通りを為していないのがCanada産。やはり素人が採種した種の方が発芽率が悪い。
 ほかにワイルド・ルッコラ、紫バジル、oyamabokuchiの発芽状況も撮影したが、どれもピンボケ。マクロ撮影モードに切り替えるのをうっかり忘れて接近しすぎたらしい。近日中にまた撮り直し。
 そういえば、雪が溶けたら、昨年播種した女王陛下の国のRhubarbの芽が確認できた。彼岸過ぎ頃には、いよいよダンボール箱を被せて遮光する実験をスタートさせよう。


 また、過活動は緩慢な死である、などという利いた風な自分に向けられた忠告を思い出した。
 昔、三年寝太郎の無為な日々を最善ではないが次善の理想のように思っていた時期があったが、今はそうではない。出来ることは何でもしてみないと損だと思っている。
 小説を書くことだって、生きるという「実人生」の横に「書く人生」が並行しているという、二重の人生を生きることにほかならないので、過活動はいけないなどとブレーキをかける必要などどこにもない。いずれ近い将来死ぬのだから、それまで何でも遠慮せずにやればいいんです。
 小説を書くのもそのうちのひとつなんだから、遠慮せずにもっと。
 おっと、しばらく小説話題は避けます......。


 

��氏、明日7日に肺がん治療のためS総合病院に入院。暗澹。

2008年3月6日木曜日

祟り&加害者意識

 昨日、仕事中に運転していたフォークリフトがエンジン停止したまま始動しなくなった。セル・モーターは回っているのでバッテリーが上がった訳ではない。お手上げなのでそのまま放置し、修理を依頼した。
 今朝、9時半頃にサービスエンジニアから電話。
「セルを回してみたら一発でエンジンかかりました。どこも悪くなさそうなので帰ります」
「それは、すみません。出張料は振込みしますから請求書を送って下さい」
「いえ、けっこうです。どこもいじっていませんから」
(ーー;)
 そういえば、前の日にフォークリフトで高速ターンをしながらイナバウアーをした、あれがいけなかったか......フォークリフト君、ごめん。

 朝食後、髪にブラシを入れようと思って鏡をのぞいて、ぎゃあ。
 左目の白目の外側が真っ赤だった。
 ネットで調べたら、くも膜下出血ではなく(!!)、「結膜下出血」らしい。熱や痛みがなく、頻繁になるのでなければ眼科に行っても治療もしないし薬も出ないと書かれている。仕方なく、ドラッグストアで「充血」と書かれた目薬を買って来た。
 こんな血走った目ではかっこ悪い。


 先日ネットで買ったモラルハラスメントの本、読み始めたが、途中で気分が悪くなって中断。あちこちに「加害者」、「被害者」という言葉があって、これにその度に躓いてしまう。
 そのうちに自分が「加害者」の側にいるような気になってくる。
 そうだよね、昔からひとを傷つけはしても傷つけられたことがないのだから「加害者」ということばには敏感だ。


2008年3月5日水曜日

ご挨拶

 最近、見に行かないでいたら、Stage6が2008年2月29日をもってサービスを終了したという記事に触れて驚いた。ちょっと撤退が早すぎる。ただし画質などは最高だったが、スペックの低いPCだと重くて頻繁に止まった。
 
 
 以後しばらく(今月中)、更新が疎かになると思います。書けても書けなくても、ちょっと集中、憑依してみます。(といいながら書き続けたりして、そうだったらそれも病気です)




2008年3月4日火曜日

やれやれ

 午前中、あるひとの代役である村の凍った滝まで運転手しました(何やかやと仕事になりませんね)。
 で、これが凍った滝の写真。高さ30m。(クリックすると拡大表示されます)

080303daizennotaki.jpg


 その後、運転中に枯れたオヤマボクチを発見して急停車したり、ちょっとお待ちいただいて渓流に降りてみましたが、2月に降りすぎた雪が解けず、Wasabia Japonicaを発見するどころの状況ではありませんでした。
 

2008年3月3日月曜日

様々な問題

 県内同人誌の協会の役員会と賞の選考会を終えて帰宅した。
 役員会は協会の規約だけでなく、二年間に各誌掲載作から50枚以内の小説から推薦された作品を掲載する雑誌と、その掲載作から選考されるS文学賞に関する規約も含め、いったん再検討をし、さらにきちんと明文化する作業を今年度内にすることになった。
 実は協会が単なる同人誌の親睦団体であるのだったら今年度限りで退会することも視野に置いていたのだったが、そういうことならばその経緯を見てから判断することにしよう。
 文学賞については各候補作についての評を出し合い、選考委員ひとりが3作を連記する形で1回目の投票をし、その中で票が多かった4作にしぼってさらに意見を出し合い、2回目は1作で投票。その結果、わが誌からの候補作が次点2作に1票差という、まさに鼻の先か頭一つの差で受賞作に決定。ありがとうございました。


 と、そちらは一段落したが、ブログのサーバー移転の方はようやく形がついて来たと安堵していたのに、新たに大問題露呈。ふたつのブログを共存させるのは難しくないが、やはりアクセス制限が障害になる。
 ネットという、開かれてはいるが広大無辺な仮想空間に、密閉されたささやかな空間を作ろうというのは無理な話なのだろうか。

2008年3月1日土曜日

てんやわんや

 結局、居候をやめて自前のサーバーを借り、そこにこのブログを移行するとともに共有ブログも設置することにいたしました。そう自前のサーバーだと、いくつもブログが設置できるんです。
 レンタルサーバーの申し込みをし、Movable Typeのヴァージョンが4.1になっていたのでそれをダウンロードし、速攻でアップロード。データベース・フォルダを作り、cgiファイルのパーミッションを変更し、何とまったく躓かずにすんなりブログに設置に成功。そして二つめのブログを作成し、参加者以外非公開設定にして、参加していただけるはずの方々の仮のIDとパスワードを登録。これでOK。
 ただブログデザインが相当ダサい。これをどうするかは明日。

 ということで、このブログもいずれ、URLがちょびっと違うだけの自前サーバーに引越ししますが、どうやってこのブログの記事をすんなり新しいブログに移せるのか? インポート機能で移すのがうまくいかないんです(泣)。最悪、過去ログだけはここに居候させていただきますか。

 3月はいよいよ税務署と原稿締め切り、仕事も忙しくなります。あ、二日にはS文学賞の選考会もあります。枚数制限50枚が効いてしまってなんか小粒な作品が多すぎ。短編小説賞とでも改名した方がいいような気がします。
 

��月20日に播いた、
rhubarb (ヨーロッパ産)50粒のうち、発芽43。
rhubarb (カナダ産)110粒のうち、発芽52。
oyamabokuchi 330粒のうち、発芽32。
oyamabokuchi(紫色の種)130粒のうち、発芽1。
やはり購入したrhubarbと家庭の庭で採種したものでは発芽率が異なる。ヨーロッパ産の方が種子自体も大きかったので実の充実がよく、それも発芽率が良い理由かもかもしれない。
oyamabokuchi(紫)は発芽率悪そう。oyamabokuchiの種は虫の幼虫に食べられていることが多く、それで数を多く播いたのだが、自分で植えるくらいは間に合いそう。
また、26日に播いたばかりのワイルド・ルッコラと紫バジルがすでに発芽を開始して目に見えるようになってきた。まだ播いて3日め、すごい。さすが250wの温床線。