2010年9月20日月曜日

「照葉樹」9号

「十薬美身水」垂水薫......(照葉樹・9)福岡市)

 「照葉樹」はたったふたりの二人誌であるが、そのふたりがこの号も気を吐いている。

 垂水さんは、人間の登場人物以外に「蛍」とか「鶏頭」とか「樹木」とか小説の中に物を巧みに描出するのが実にうまいひとだが、今回はそれがドクダミであった。
 ドクダミで一編の小説を書かれてしまったとい驚き。まさか、あの草が一編の小説をつらぬく通奏低音となるとは思いもしませんでした。
 ドクダミが、妙子をしてその人生の来歴を語らしめている。
 サチヨが登場してからの十薬美身水の製造と販売の構想に至るまでの描写は読んでいて楽しい快進撃である。「十薬美身水」というのも実に絶妙な題名で感心した。

 ただ、唯一惜しいと思うのは、伸之との交流までをじっくり書いて来た部分と、伸之が来なくなってサチヨが登場した以降の場面との間に、小説が微妙に別物になってしまいそうなヒビを感じた。ここで小説がふたつに割れ、別物になろうとしているのである。
 もう少しサチヨの登場を早くして、伸之との交流と重ねて描いて、それから伸之が来なくなった方が小説として重層的になり魅力も増したような気がする。作者は律儀すぎて伸之は伸之、サチヨはサチヨときちんと分けて書き過ぎた。人間の人生そのものが重層的なのだから、そんなにきちんと書き分けなくてもいいのでは。

 と、「十薬美身水」を読んだひとには解っても、読んでいない方にはチンプンカンプンな感想でしたが、そういう方は上記リンクのkitaohiさんの感想をお読み下さい。




「ルイ子の窓」水木怜

 この小説は、診療内科の開業医である小松原の視点から書かれている。
 作者は、こういうきわめて専門的な職業的知識や医師の実感を得る場や交友があるのだろうか。そうでないと描けない描写がある。たとえば小松原の患者である大井さつき。彼女の存在感や戸惑いや挙動やいろいろが実にリアルである。小松原の医師としての生活の側面がこの大井さつきという患者の描写で裏打ちされていると言っても過言ではない。しかもやや意思の疎通を欠いているかと思える妻とも、この大井さつきという患者を媒介にして会話が出来るようになった。このあたり、実に、自然にうまい。
 その一方で、居酒屋「しんや」という場を介してのルイ子という女性の人生の来歴の総体と、その自死という終わりも、「ルイ子の窓」以外にタイトルの考えようもない小説のストーリーとして実に絵画的に派手であでやかである。小説としては多分に、ストーリー主体のオーソドックスな小説のスタイルなのだけど、小松原や大井さつきやルイ子は人間として十二分に描出されている。
 これまで読ませていただいた水木さんの作品の中でいちばん、かもしれません。

2 件のコメント:

  1. お忙しい中、読んでいただくだけでも感謝ですのに、こうして丁寧に
    感想までいただき、感激です。
    確かに、かれこれ10年以上は、同じ心療内科に通院していまして
    待合室で待たされながら、結構、観察しておりました。
    友人なども鬱歴が長いので、ちゃっかり引用させていただいたりと
    この世界はいつか書きたいと思ってましたので、手がけてみたものの
    かなり最後まで悩んだ作品でもあります。書くことは楽しいです。
    ��0号もよろしくおつきあいくださいませ〜

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  2. mizukiさん、あちらでもこちらでもご丁寧にありがとうございます。
     観察だけであそこまで書けたのはすごいです。
     次号も楽しみにしています。

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