2011年10月31日月曜日

焼きがまわって来ました

 最近は差し込み印刷で直接封筒に宛名印刷していたが、プリンタが封筒の場合は自動給紙ではなく一枚ずつ手差しで給紙しなければならず、面倒なので以前のラベル用紙への印刷に切り替えようとした。かつて手慣れたWordの差し込み印刷ウィザードでさっさと作成するつもりが、躓いた。
 何度も何度もやり直したがうまくいかず、ネットで検索して確認したら、差し込みするExcelファイルのデータの一行目からアドレスを入力していて、いわゆる「郵便番号」、「住所1」、「住所2」、「氏名」などの先頭行の区分けがされていなかったのが原因だった。
 あまり使わないので、うっかりしていた。
 ということでようやく宛名ラベルの印刷が終了。それを明日の晩に貼って、明後日発送の段取りです。

 そのレーザー・プリンターのトナーがそろそろ終わりらしいので、ネットと実店舗で価格を比較してみたら、ネットの方が送料無料でなおかつ千数百円安い。
 無論、以前リサイクル品を試してみて懲りたので、品物はメーカー純正品でなければいけません。

2011年10月30日日曜日

不可逆な会話

「お客さん、何だか、一週間が7日だったり、8日だったり、10日だったりしません?」
 行きつけのバーで、まだこの店に雇われママとして勤め始めて半月もしないミナという子が、カウンター越しに妙に親しげな表情で私に言った。この店に毎晩通っているのは私だけだから。
「それは、ロシア民謡の『一週間』や、ビートルズの『8days a week』や、五月みどりの『一週間に十日来い』の世界じゃない?」
「何それ? わたしはそんなの知らないけど、時間がきちんと同じペースで刻まれているなんて、わたし、とても信じられないの。時間て、もっと気まぐれに早く進んだり、停止してしまったり、猛烈なスピードで可逆不可能な進み方をしたりする」
「可逆不可能な進み方?」
「そう、可逆不可能な進み方」
「それはややこしい言い方だ。簡単に不可逆といえばいいのに」
「言い方の違いなんてどうでもいいの。何だかな、昨日はとても早く過ぎ去ってしまったのに、今日は亀みたいに遅いのよ時間が経つのが。この頃というか、二十歳過ぎたら妙に時間の進み方がめちゃくちゃになってしまったわ。小学生や中学生や高校生の頃って、時間が過ぎるのが遅くて遅くて、早く大人になりたかったのに、今じゃ一年があっという間で、急な坂道を転げ落ちるみたいに歳を取って、そしてあっという間に婆さんになっちまうのよわたし」
 カウンターの向こうでそう言い放つミナはまだ21歳のはずだったが、何だかほんとうに婆さんのように見えた。髪は白いし、両瞼の下はくすんで小皺がいっぱいだったし、そのくたびれ果ててたるんだ頬の皮膚や肉のさらに奥に、私は人体の頭蓋骨をイマージュしてしまったくらいだった。
「あんただってそうよね。若ぶった身なりをしてはいるけれど、ほら、やだね、入れ歯がはずれて飛び出しそうだし、さっきからずっとポケットに手を入れて何を探してるのよ。もうお勘定して帰りたいの?」

 若者の姿も幼児の姿も絶えて見えなくなったこの更地通りに、かろうじて一軒だけ残っているバーで毎晩繰り返されている不可逆な会話が、こうして夜な夜な反復されるのだ。

2011年10月29日土曜日

文芸誌「出現」3号出来

 指定通り、本日、印刷会社から納品。先ずは早速、同人の皆さんへの送本分を荷造りし、宅配便で発送する準備。個人の皆様への献呈分は封筒かラベルへの差し込み印刷が、プリンタのトナーを買って来ないと出来ないので、明日か(明日は忙しいので)明後日以降に。

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 そういえば一個、ミス発見。奥付の発行所住所の番地が2346-4になっていた。創刊号からずっと(泣)。北九州のWさんが雑誌を発送したら帰って来ましたとメール下さったのは、この発行所住所だったからと、今になって気づきました。ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ

2011年10月27日木曜日

未だに生まれてはいない悪女のために

 この片田舎の小さな街を川下から川上に向かって歩いてゆくと、旧市街のゴーストタウンを通り過ぎ、やがて新しいショッピングセンターに囲まれた新幹線駅に至る。
 歩き疲れて駅横に設置されている公園のベンチで、駅前の自動販売機で買ったアルミ缶入りの無糖コーヒーを飲んでいると、いったん目の前を通過したミニスカートの少女がくるりと向きを変え、戻って来て言った。
「ねえ、おじちゃん、わたし、財布を無くしちゃった。お金貸してちょうだい」
 見れば幼い顔つきでどう見ても中学生だった。
「携帯持っていないの?」
「持ってるよ」
「それじゃ家に電話してお母さんに持ってきてもらったら?」
「そんなの居ねえよ」
「じゃ、お父さんだ」
「昼間から酒飲んでいるか、女を連れ込んでいるかで、来る訳ねえし、お金もねえし、近いうちに天罰下って死んでしまうだろうし、わたしにはまともな両親がいないし」
「そうか、それは失礼したね」
「そうだよ、かなり失礼だよな。わたしのいちばん痛いところばかり突いて来てさ。この落とし前、どうつけてくれるのさ」
 アイラインとつけ睫毛で強調され過ぎな怖い瞳でぐっと睨みつけながら、少女はベンチの隣に腰を下ろした。パンツ丸見えにならない程度に短いスカートから、太ももが生々しく露出している。
「ところで、何円必要?」
「へ、見かけによらず物分りのいいおじちゃん」
「その、おじちゃんはやめてくれないかな」
「だってどこから見てもおじちゃんだし、名前知らないし」
「そうか、そうだな」
「三万円」
「え? 中学生が三万円ってちょっと欲張り過ぎと思うけど」
「中学生じゃねえよ、高校二年生だよ、童顔だからってバカにするんじゃないよ」
「それは失礼しました」
「ほんと、失礼」
「ただ三万円くれとは言わない。好きにしていいよ」
「淫行罪に問われるのは嫌だから、一万円あげる」
「ただ貰うのはやだよう。わたしのささやかなポリシーに反しているし」
「難しいお嬢ちゃんだね」
「わたしはお嬢ちゃんじゃないよ。嫌われ者のハキダメ菊だよ」
「へえ、ハキダメ菊を知っているのか」
「掃き溜めの鶴ならまだ救われるけど、あのチンケなハキダメ菊なんてかっこ悪いよな。生まれて来た意味ないし」
「一万円でいいのか、三万円欲しいのか?」
「そりゃ、三万円に決まってるじゃん」
 私はズボンの後ろポケットから財布を出し、一万円札を出した。
「おじさんも貧しい身の上なので三万円は無理なので一万円で我慢出来る?」
「我慢出来る、ありがとう」
「結構、素直なんだね」
「そう、わたし、ほんとうは素直なんだ。おじちゃん、案外、解っているんだね」
「それじゃ、これで、お家に帰ろう」
「おじちゃんは帰りたいお家があるんだ」
「一応ね」
「一応でも二応でも三応でも、帰りたいお家があるのは羨まちい限りでちゅ」
 とふざけた口調で応答する少女の顔をまじまじみつめているうちに、どうも彼女が高校生でも中学生でもなく、小学校六年生のように見えて来て困った。
「思ったより可愛いね。名前を教えてくれない?」
「ミオだよ。未だに生まれないって書く」
「いい名前だ」
「良くないよ。良くないし、いったい誰が名づけたのかさえ判らないし、わたしのほんとうの父親が誰で、母親が誰なのかさえ判らないし、わたしはそれを知りたいんだよ。突然姿を消してしまったお母ちゃんが、わたしの実の父親は悪魔だったって言ってたけね。今の父親も、結構な悪魔だとわたしは思ってる。わたしにすべての悪いことを強要する悪魔。酔うと言うんだよね、存在と現象はすべて意識的であらねばならないとか、善であるためにはすべては意識的であらねばならない。ただし、それを言うなら悪であるためにもすべては意識的であらねばならない。そんなことを言いながら、わたしにこんな風に物乞いさせるんだから、この上なくアホだし、あんなの父親じゃないし、それくらいだったらわたし、橋の下に棄てられていた子の方がましだし」
 と言いながら少女は私の手から一万円札をひらりと掠め取り、ベンチから立ち上がってその短いスカートからはみ出しているお尻のきわどい曲線を右に左に動かしながら、駅とは反対の方角へと去って行った。
 まだ緑の少ない新設の公園のどこからか、カナカナだか蜩だか判らない鳴き声が聴こえて来た。私も駅に背を向け、再び歩きはじめた。

2011年10月26日水曜日

レーモン・クノー・コレクション

レーモン・クノー・コレクション全13巻が水声社から刊行される。
全巻購読予約するとおまけがつくという。むむむむ。
先ずは『地下鉄のザジ』と『サリー・マーラ全集』を2冊同時に刊行。10月1日頃配本。続いて「聖グラングラン祭」が10月28日配本。

『サリー・マーラ全集』 欲しいが、3500円+税、か。


2011年10月24日月曜日

電子カウンタ

 川沿いの道から山手の町へと、私は歩いていた。
 かつてはこの町一番の繁華街だったこの通りも、いつの間にか店をたたんだ商店が続くシャッター通りになり、そして今ではその後継者も管理者も居なくなった古い商店が一軒、また一軒と取り壊されて更地となり、とうとう更地通りになってしまった。
 直線にして数百mの商店街の道路上にまったく人影が見えない。
 朝の9時頃は介護サービス施設のデイ・サービス送迎車ばかりが行き交っているが、その一時間後は人影もなく、犬や猫の姿さえ見えないゴースト・タウンというか、人間はだれも住んでいない町になってしまったのだ。。
 いつからこの町はこんなゴーストタウンに成り下がってしまったのだろう。

 奇妙な物体が、私の目に入った。
 「電子カウンタ」という文字が印刷されたプラスティック製の筐体である。その中央の窓にデジタル表示されている数字は3321。ちなみにその「電子カウンタ」が設置されているのは、更地通りのほぼ真ん中に位置する、かつては大きな書店だった家のアルミ製の引き戸の横だった。その「電子カウンタ」はおそらくそのアルミ製の引き戸が開けられる度にカウントされているのだろうが、いったい何のために設置されているのだろう?
 そのアルミ製の引き戸が勢いよく引かれて、ひとりの老婆が姿を現した。
「聞いて下さい。わたしは監禁幽閉されているんです。狂ってもいないのに狂っていると言われて、十四の歳からずうっと。ちょっと変わったことを言っただけなのに、父も母も私が狂っていると思って学校にも行かせてくれないんですよ、ひどいと思いません? こんな親を親に持った私はこの世でいちばん不幸な人間と思って、助けて下さいよ。あれ? あなたは小学校でわたしの隣の席だったヨッチャンじゃない?  わたし、ヨッチャンが好きだったのに、あなたしらばっくれていたわね。いいえ、そのことを恨んじゃいないわ。ねえ、憶えている? 校庭の隅のプラタナスの樹。あのまあるい実を取ってって言ったらヨッチャン、あなた、あのプラタナスの樹によじ登って採ってくれたじゃない。わたしはあなたと結婚したかったのに、両親が封建的なものだからあんな男と一緒にさせられて、つまらない人生を送ってしまったわ。ねえヨッチャン、わたしともう一度やり直さない?」
 その背後から五十歳前後の女性が顔を出して、言った。
「済みません、母はアルツハイマーなものですから言うことがおかしいんです」
 そして老婆はアルミ製の引き戸の向こうへ引き込まれ、その引き戸も閉められてしまった。
 「電子カウンタ」の数字がひとつ繰り上がって、3322になっていた。

部分を描いて全体を示す

 自分の同人誌がまだ出来てこないのに、別の雑誌のレイアウトを開始した。まずはひとつずつ片付けてゆくほかないし、うんうんうなっても前へ進めない創作と違って、すでに定型となっている作業フローに従ってパソコンで作業をしてゆけばいいので、精神的には楽である。

 創作について言えば、どうも私は普通の小説のような「統一された人格・物語・時制」などを嫌う傾向がある。言ってみれば、連続テレビ小説的な主人公=「統一された人格」が生まれてから死ぬまで、あるいは何らかの成功を為すといった=統一された物語性や時制といったものが、私にはまさに怪しい仕組みというか、からくりにしか見えないのだ。
 すべてがそんなにうまい具合に統一されているはずもない。
 などと怪しからんことばかり考えているのでまともな小説が書けなくなり、人間という存在も社会も時間も、すべてが部分、あるいは断片としか把握できない。
 そんな私の物を書くことの出立がカフカの「観察・国道のこどもたち」という断片にあったのを思い出してみれば、小説らしい小説を書くことに強い抵抗を持ってしまうのは生来の悪癖として自分で我慢するほかない。昔から正統派の作家を避け、二流、三流、亜流の作家にばかり夢中になってきた報いでもある。
 しかしこの頃、部分を描いて全体を示すという方法もあるのだと気づいた。全体など書かなくてもいいのだ。

2011年10月22日土曜日

あるいは三つの無言の悲しみ

  私は、今日の夕方、小さな児童公園の公孫樹の木の下で木製のベンチに腰掛けてしばらく休息していた
 すると、背後の住宅街の方からピアノで奏でられるフォーレの『無言歌』が聴こえて来た。それは私が偏愛している曲だった。この曲を聴いているだけで、こんな自分をも肯定出来るような穏やかな心持ちになれた。
「どうもこの頃、妻の目つきが怪しいんです。こう向き合って夕食を食べていますでしょ。するとですね、向き合っているにもかかわらず、彼女の視線が私を透過して私の背後のはるか彼方を見ているような目つきをしているんです」
 1mほど間隔をあけた右に設置されている隣のベンチから男の声がした。
 誰と話しているんだろう。ベンチには男ひとりしか座っていない。
 男と顔が合った。三十代後半か四十代前半かと思われるが、ずいぶん額が広い。
 ひょいと会釈してからまた口を開いた。
「あのピアノを弾いているのが私の妻なんです」
「ほう、なかなかお上手で。私もこの『無言歌』は大好きなんですよ。奥様が『無言歌』を弾かれるなんて、なんとも羨ましい」
「ピアノもですが、人間的にもとても魅力的なひとだったんです、瞳を大きく開いて情感たっぷりな話し方をする」
「魅力的なひとだった?」
「この頃はどうも、ひとが変わったというか、あるいは病的になったというか、情緒的になったというか、神経に棘のようなものが出来ているらしいんです」
「そうですか? あの『無言歌』を聴いている限り、神経の棘など感じさせませんが」
「昨晩など、夕食後居間でテレビを視てくつろいでいたらですね、後ろに立っていた妻が私の首に手をかけようとしていたんです。妻の細くて長い指が私の首を絞めるような形で接近してきているのが、サイドボードのガラスに映って見えたんです。思わずぞっとして、立ち上がってトイレに行く振りをして自室に戻ってしまいました。今朝も、顔を合わせないうちに散歩に出てしまい、この時刻になっても家に帰る気がしないんです。帰宅不安症候群と私は勝手に名づけているんですけどね」
 と言いながら男は苦笑した。こういうその場しのぎな苦笑を、私は嫌いだ。
 もう夕暮れである。
 足元には、かなり離れている三連のブランコが長い影を引いていた。
 ピアノがショパンの『夜想曲ハ短調』を奏で始めた。同じ遺作で有名な『夜想曲嬰ハ短調』ではなく、ただのハ短調の方である。もともとが夜想曲であるから何となくしっとりとした哀愁を感じさせる曲なのだが、男の妻の鍵盤の上を走る両手の動きは、ゆったりと滔々とした悲しみのようなものに変換され、私のなかにまで入り込んできた。
 何となく意地が悪くなった私は男に向かって言った。
「そうは言っても、もう少ししたらお家に帰られるんでしょ」
「そうですね。もう帰らなくちゃいけませんね」
 男はベンチから立ち上がって私に頭を下げ、すたすたとピアノの音が聴こえて来る方向に去って行った。
 私は思わず、無言のまま両手で彼の首を絞める真似をした。
 私の目には、男は強い夕焼けのなかのただの黒い影に過ぎないのだった。


2011年10月20日木曜日

また哀しき聖母

 道楽で栽培しているソバの脱穀をしていたら、小柄の老婆が畑のなかへ入って来た。
「タイヘンだね」
「いや、好きでやっていることだからタイヘンじゃないですよ」
「少し分けて欲しいんだけど」
「え、まだ葉や茎やゴミが混じっているから、篩ったり唐箕にかけたりしないと」
「いえ、私が欲しいのはそば粉」
「それじゃ、粉になるまでまだ半月くらいかかりますよ」
「静岡に送ってやりたいから」
「静岡って?」
「娘がいるんです、沼津に」
「それじゃ、製粉が済んだら電話しますから番号を教えて下さい」
「電話はね、嫁がいるから。あんたの電話を教えて。私の方から電話する」
「電話番号を書く紙とかボールペン、持ってます?」
「無いから、また明日来ます」
「え、明日ここに来るかどうか判りませんけど」
「嫁がね、私が入院している間に、着るものをみんな鋏で切っちゃった」
「ええ?!」
「まだ背中に痣が残ってるんだよ」
 そういうと、老婆は背中の後ろで布製のお買い物袋を担ぐような格好でそば畑の東側の小路を南に向かって行った。

 そういえば、八月にそばの種まきをしている時にも畑に入って来た老婆がいたが、それが彼女だった。その時のやり取りはこうだった。
「西瓜を売って下さい」
「同じ畑だけど、その西瓜を作っているのは私じゃなくて別のFさんなんですよ。ほら、そこに直売の看板が立っていて、次の販売日は6日って書いてあるじゃないですか。明後日、また来てみて下さい」
「今日、西瓜が欲しいの」
「それじゃ、看板に携帯電話の番号が書いてあるでしょ。電話してみて下さい」
「電話はダメなんだよ」
「電話が無いんですか?」
「電話はね、嫁が出ちやうからダメ電話できないのさ」
「そんなこと無いでしょ」
「嫁がね、私が入院している間に、着るものをみんな鋏で切っちゃった」
「ええ?!」
「まだ背中に痣が残ってるんだよ」
 そういうと、老婆は背中の後ろで布製のお買い物袋を担ぐような格好で畑の東側の小路を南に向かって行ったのだった。
 彼女もまた、年老いてくたびれ果てた哀しき聖母なのかもしれなかった。


2011年10月19日水曜日

1982年のTina Turner

 久しぶりにYou TubeでTina Turnerを検索してみたら、Tina Turner Proud Mary Live 2009 があった。まだまだ元気だ。1939年11月26日生まれだから、まだ72歳というか、もう72歳というか、でもまだ迫力があります。
 ただし、私が好きなのは画像が鮮明ではないが、1982年のこの動画。この時43歳。



2011年10月18日火曜日

やれやれ

 同人誌の編集レイアウト、ひと晩置いてまた目を通したらまだ細かいミスがあった。いやだなあ。
 この最後の詰めの作業がいちばんいやな感じ。どんなに見てもまだどこかにミスがあるのではないかと思うと、夜も眠れなくなるのです。

 出力見本、データを書き込んだCD-R、発注書、すべてそろった。明日宅配便で発送の予定。残るは代金振込みだけ。

 

2011年10月17日月曜日

どちらも大切

 パソコンの不調も編集ソフトのトラブルも言い訳に過ぎないのだけど、ようやく同人誌3号の編集レイアウトが今夜、ほぼ終了した。あとはこのデータをCDに焼いたり出力見本を印刷して印刷会社に発送すればいい。
 ソバだの何だの非文学にうつつを抜かしているように見えるかもしれないが、私にとって文学も非文学もどちらも大切なのだ。いさぎよくどちらか一方を選びなさいと言われても、その手の二者択一には私は乗らない。生きることも書くこともどちらも大切。そのどちらかを選び、他方を棄てるなんて出来るわけがありません。

2011年10月4日火曜日

いよいよ秋

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 今月はどうも、ソバもですが、本来の仕事ではない仕事が多すぎます。
 稲を干すはぜ棒を収納している小屋も建て直さなければ、柱が腐って傾いております、(ーー;)

 亀の歩みよりも遅く、ル・クレジオの「地上の見知らぬ少年」を読み続けていて、今夜、ふと思った。
 訳者によればこれは長編エッセイだということだが、私には一種の虚構=小説としか思えない。しかもこの文体をもっとあくどくすると丸山健二になると思った。

2011年10月2日日曜日

青空

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 今日は、自家用米の稲刈りです。自家用米といっても、男ひとり、女ふたりで二人前くらしか消費量は要りませんから、大いに余ってしまいますが、水田が一枚ありますので仕方ありません。その上、明日は今年だけ病気のTさんのピンチヒッターで作っている水田の稲も刈らなければなりません。家族の皆様、ご協力感謝いたします。
 しかし、年々、コンバインでの刈り取りを委託する家が増えて、刈ってはぜ棒に架け天日で乾燥するという水田が少なくなっています。まあ、江戸時代とあまり変わらないやり方なので、TPP云々の時代にますます置いてきぼりということなのでしょう。自家用だから構いませんが。

 それにしてもまあ、何という青空。もたもたと作業しながら空を仰いでバタイユを想起したり、ジェット機の轟音を聞きながら「サクリファイス」を想起したり、誰にも感づかれないからいいようなものの、危なく、怪しいおじさんではあります。
 たまたま長男が一泊二日で帰宅しましたが、手伝いもせず500ccにまたがってどこかへ遊びに行ってしまいました。新幹線駅へ送る前に「これ、飲んで」とカナディアンクラブ・ブラックラベルを一瓶置いて行きましたが、少しは気が咎めたんですね。おとうさんはこの頃千円そこそこの安いバーボンしか飲んでいないのでした。



2011年10月1日土曜日

断片だからこそ

 買ったまま厚くて通読できていないフェルディナンド・ペソアの「不安の書」と、ル・クレジオの「地上に見知らぬ少年」を枕元に置いている。2冊で厚さ7,5cmあって、就寝前に少し読むくらいではなかなか前へ進めない。進めないが、このふたりの文章に触れているとなぜかカフカの断片に思いが飛ぶ。カフカの小説ではなく、小説としての結構も、散文詩としての結構も備えていない、文字通りの断片へ。
 断片だからこそ信じられ、受け入れられる声のようなものがある。全体を現しているような、統一された世界を現しているような、そういう一種のありえない虚構を、もう我慢できないのかもしれない。
 ペソアとクレジオ。このふたりの書くものにはポエジーがあるが、シオランにはポエジーは無い。その分、とても窮屈で、時々もういない彼の頭を小突きたくなる。