2008年6月30日月曜日

丸ズッキーニ物語・酩酊篇

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「あら、やぁだ、わたし、あんたみたいに青臭いのと並べられて、まだ寝ていたの? ねえ、あんた、なんだか、お酒臭いわね、わあ、臭い、あっちを向いていてよ」
「うるさいなあ、ひとが酔っていい気持ちで寝ているのに、黄色い顔して、黄色い声で騒ぐなよ。第一、おまえだって全身酒臭いくせに何を言ってるんだよ」
「だって、こんな姿になってしまって、わたし悲しいなあ。ここんちの奥さん、ズッキーニが採れすぎとかいって、わたしたちを酒粕に漬けてしまって、イタリアンなはずがわたしたちがお酒臭い漬物だなんて、ああああああ」
「ぐうぐう~~」

wasabiの種、精製中

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 寒冷紗で作った袋にwasabiの種を入れ、小さな川ともいえぬ流れに小さな杭を打って流されないように紐で縛って漬けておいたもの。種の莢が腐って寒冷紗の網目から流れ出して、だいぶ種だけになって来ました。採取時期が早すぎたか、プロの採取した種より白かったり緑色だったりだが、発芽率ゼロではないだろう。
 もう少しきれいになったら、不織布の袋を作って種を入れ、タッパーウェアに湿らせたピートモスを敷き詰めた真ん中に挟んで冷蔵庫に入れておきます。播き頃は10月のようなので、それまで冷蔵庫で眠ってもらいます。

2008年6月29日日曜日

作品評のページを作成中

 同人誌の42号掲載作についての作品評のページを作成中。
 前の41号から同人だけが閲覧できるアクセス制限の場所から表に出すことにしました。やはり内部だけでは風通しが悪いので。
 ただし、同人ではなくて外部の皆様からお寄せいただいた感想、批評まで、いちいちお断りせずにアップされているので、怒られる方もあるかもしれず。アップされて嫌な方は言って下さればただちに外しますので、よろしくお願いいたします。
 



 同人だけがアクセスできる掲示板「オンライン例会室」でのやりとりが、言葉のやり取りだけになりがちで味気ないので、パソコン内にある同人の写真を抜き出して顔アイコンを作り、記事投稿の際に顔アイコンを表示するようにした。
 自分もそうなのだが、写真嫌いな人は嫌がるかもしれない。しかし、これもインターネットの欠点を克服するためのひとつの方策である。
 それにしても、写真嫌いなので自分の写真がまともなのが無くて閉口した。集合写真から抜くと実にシャープでない。

お知らせ

 海外からのスパムがどっと入り始めましたので、数日、コメント機能を外します。
 その間、どなたもコメントできないことになりますが、よろしくご理解のほど、お願いいたします。

2008年6月27日金曜日

コーデリアの父はリア王だが

凛として二月の父よ振り向かず茜の空を歩みゆくなり

アーリーローズとふ新種の馬鈴薯に熱あげし戦後無頼派の父

見てますね わがひとりあそびのトランプをツーテンジャックの好きな父上

四面楚歌の父の無念をねむらせてダヴォス・スキー場に二月雨降る

ニヒリスト自認しているわが父よ マリア像仰ぎ見つつ思へり

コーデリアでもなきわれをいとほしむ父の左眼がしずかに濡れる

 (尾沼志づゑ 歌集『非コーデリア』冒頭の「非コーデリア」19首中の5首)


 塚本邦雄さんも解題で触れているが、たった19首のなかで、よくもこんなにも父を歌ったものである。
 けれどもこの父はリア王ではなく、作者自身もコーデリアではない。
 どちらかといえばこれらの歌は、アガメムノンを父とするエレクトラの、エレクトラ・コンプレックスに近い。無論ここでいうコンプレックスとは、間違っても日本語で安易に語られる娘の父親への「劣等感」なのではなく、字義通りに、父性への「複雑」、あるいは「観念複合」を率直に表現した、まさに「歌」なのだ。
 と思い至って、「非コーデリア」という歌集名に納得。
 すばらしい歌集をいただいた。
 私はやはり、たった三十一音で世界を表現し、言葉が垂直に屹立する短歌が好きなのだなあと再認識した。
 もっと短い十七音で表現しようとする俳句は、あまりに言葉が少なすぎ、私には瞬間芸同様に難しすぎ、そして軽すぎ、窮屈すぎる。

 塚本邦雄は何冊か自前で購入したが、森島章人さんの歌集「月光の揚力」はすばる文学賞作家である江場秀志さんから、昨年度の佐久文化賞を受賞した原田千万さんの歌集「風に帰らむ」は版元・邑書林のGさんから、「非コーデリア」は尾沼志づゑさんご自身から、みんな買わずに頂戴した本なのだけど、みんな私のお気に入り。


今夜はBlues Classics

 iTunesのインターネットラジオはいつもradioioのbluesしか聴いていなかったが、今夜はBlues Classicsにしてみたらここもご機嫌。1930年代から1970年代までのAmerican Bluesということだ。
 長く録音しておいて、気に入った曲だけ切り出すソフトがあったような気がするが、使い方がわかりにくくてアンインストールしてしまった。さてあれはなんという名のソフトだったか。Vectorへ行って検索してみよう。

  iTunesをいれるとパソコンが重くなるので、仕方なく泣く泣くGoogle Earthをはずした。





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春に食べた「ぶんたん」の種から発芽した苗。

 午前10時から11時まで、T屋さんが昨年ソバを栽培した畑の周囲の草刈をふたりで行なう。今年は1000坪近いこの畑をふたりで共同でソバ栽培することになった。
 8月上旬播種として、あと40日くらい。いよいよ今年のソバ栽培もカウントダウンが始まった。

2008年6月26日木曜日

滑り込みセーフの読者

 今日、うれしい本がゆうメールで届けられた。
 先日の県内同人誌団体の総会の出席者名簿にある方の名前を見つけた私は、その所属誌の事務局をされているKさんにどなたがその方か尋ね、席まで連れていってもらった。そして、失礼な私はあいさつもそこそこに以前出された歌集がまだお手元にありますかと訊ねた。その歌集のタイトルにずっと魅かれていた私は、あれば一冊購入させていただきたいとお願いした。
「あ、ちょうど一冊残っています」
「ええっ、最後の一冊では申し訳ないですね......」
 といいながら結局、購入ではなく一冊送っていただけることに。なんとも図々しいことです。
 その本が、これ。

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 タイトルがいいじゃありませんか。「コーデリア」ではなく、「非コーデリア」。尾沼さんが所属する同人誌の裏表紙に同人の本が紹介されていて、そこを見るたびにこの歌集名が気になっていたのだった。
 歌集「非コーデリア」尾沼志づゑ・1996年、玲瓏館発行。
  終わりに塚本邦雄さんの「超リアリズム頌『非コーデリア』解題という文章があり、やはり最初に歌集名に言及され、秀抜であると書かれている。
 一頁に三首でゆったり。三十一音のことばが一行ですくっと立っている様は、見るからに気持ちが良い
 今夜から早速読ませていただき、感想のひとことでもお返ししないと。
 そういえば、最後の一冊ではなく、息子さんが2冊とって置かれたものがあり、そのうちの一冊だという添え書きがあり、ほっ。
 この歌集の、最後から2番目の滑り込みセーフの読者になれたのは、実に幸運でした。


2008年6月25日水曜日

小説としてまさにジャンク

 今回私が同人誌に掲載した作品を読んで戸惑いを感じておられる方が多い。それは最初から判っていたことで、もはや小説の形を成さない場所に追い込まれている証明にすぎなかったのかもしれない。

かつてNHKで放映された番組である「THE WORLD OF GLENN GOULD 」。これは、今は亡きカナダのピアニスト、グレン・グールドのテレビ版の評伝なのだが、You Tubeに5つに分割されてアップロードされている。
そのなかのパート4の後半部分に、グールドが製作にかかわったラジオ・ドキュメンタリー、「北の理念」に触れられている部分がある。
ここでは複数の人物がまったく無関係に同時にしゃべっている。



私はいつか「北の理念」のような小説を書きたいと思い続けて来たが、これがなかなか難しい。
芥川龍之介の「薮の中」も複数の人物の視点で書かれているが、彼らは視線の先に同じ一つの事件について語るという共通項を持っているので、小説としての統合性は損なわれない。
それに比して、「北の理念」や私が書こうとしたものには、それぞれの人物を統合するものに乏しい。小説としてまさにジャンク品、破片や部分を置いただけなのかもしれないが、部分で全体をイメージさせるという方法もあって、何も全体を律儀に書く必要はどこにもないともいえる。
創作の迷宮にいるようなものです。

2008年6月24日火曜日

ズッキーニ物語4(おまけ)

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「お、みんなきちんと整列できたね。さあ、今日も元気で学校へ行こう。」
「はーい」
「お、誰だ、そんなところで、朝から寝ころがっていちゃいちゃしているのは?!」
「バカなこと言わないでよ。わたしだって好き好んでこんなやつといっしょに寝ているわけじゃないのよ。わたしたちはあなたがたのように立っていられないの」

丸ズッキーニ物語4(おまけ)

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「お、みんなきちんと整列できたね。さあ、今日も元気で学校へ行こう。」
「はーい」
「お、誰だ、そんなところで、朝から寝ころがっていちゃいちゃしているのは?!」
「バカなこと言わないでよ。わたしだって好き好んでこんなやつといっしょに寝ているわけじゃないのよ。わたしたちはあなたがたのように立っていられないの」





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庭のモミジの下のワサビのその後。元気ですが、アブラナ科なのでアオムシに少し穴をあけられています。

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こちらは畑の隅に植えたワサビ。もともと大きかった株は生育旺盛ですが、分けつしたばかりの小さな株はまだ大きくなりません。でも枯れずに生きています。来年の春が楽しみです。

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これは昨年の秋の終わり頃に畑に植えたオヤマボクチ。薹が立ってきたので蕾が出来て花が咲くかもしれませんが、移植後一年でどれだけ大きな蕾になるか。

破綻と爆死

 今夜は先ず、デジタル文学館に一作アップロード。といってもHTML版とPDF版を作ってリンクを張ってFTPソフトでアップロードするだけのことなのですが。

 昨日は、N沢さんに、かつて自分が書いた上下二段で並行して進む小説について言及され、あ、読んでいてくれて忘れずに今言ってくれているんだ、とうれしい気持ちになりました。
 またS田君がそうっと後ろに来て、「euripidesさんの今度の小説の人物たち、この間の秋葉原の事件の彼と同じ空間にいる感じで面白かったです」とささやいて、そしてまたすうっと自分の席へ戻っていきました。ああ、そういう風に読んでくれたんだ。
 そんな風に読んでくれたり感じてくれるひとがひとりでも居てくれれば、小説的に破綻していようが爆死していようが一向に構わないようが気がしてきて、困ります。


2008年6月23日月曜日

酔眠?

 今日は県内の同人誌の団体の総会。懇親会、二次会の後、さらに松本、岡谷方面ののん兵衛四、五名の皆様に隣の焼き鳥屋に拉致され、すっかり酩酊して帰宅したのは20:30頃。
 会場で頂戴してきた同人誌2誌の表紙画像と作品、作者名を入力して「加盟各誌発行状況」のページへアップ、さらに「層」のこの方の新刊「風に訊く日々」を、なぜかちっとも宣伝しない奥ゆかしい版元から直接購入してきたので、「会員の新刊」のページに、早速、表紙画像をアップ。
 さらに本日の総会で撮影した同人が写っている写真を、同人だけがアクセスできる掲示板にアップロード......

 (とここまで書いて、アップせずに酔眠(?)してしまったようです。翌日アップとなりました)

クリックすれば拡大常時されます。
kazenikikuhibi.jpg
 
 ちなみに「霧立村にて」は市内の邑書林発行で、これは手元にあります。
 そういえば、中沢さんにデジタル文学館へ一作推薦をいただき、作者もOKされたが、発表が古いもので作品が見つかるかどうか。作者がのんきな方で手元にあるかどうか判らないらしい。
 他にも、ある人物に自分の所属誌のHさん、Aさんの作品を推薦するように依頼。少し県内の各誌からアップしたいと思って。


2008年6月21日土曜日

アナログとデジタルの間

 文書、「テキスト、アナログとデジタル」、22日の総会の当番誌の事務局であるKさんが出席者数を41名と知らせて下さったので、2部多くして43部分をプリントアウトし、ホッチキスで4枚を一部にした。
 一枚目に骨子をすべて視覚的に判るようにまとめ、2枚目は「デジタル文学館」について、3枚目は管理しているウェブサイトをやはり視覚的に判りやすくしたもの、3枚目はパソコンで編集レイアウトした自分の同人誌や、発行したB6版の文芸叢書をやはり画像で判りやすくしたもの。

 しかし、ほかのおふたりがきわめて文学的なお話をされるというのに、天邪鬼な私は、実に現実的・即物的なおかつ非文学的な話題にあえて突撃してしまいました。
 こんなことは、パソコン、インターネットをする人には周知のことでしかないし、パソコン、インターネットをしない人には「こいつ、何を訳の判らないことを言ってるんだか。こんなつまらないスピーチは早く終わって懇親会にならないかな」とか、思われそう。
 アナログとデジタルの間の果てしなく遠い距離は、大袈裟でなく、彼岸と此岸くらい隔てられているのではないかと思う。

 今年は他の誰のためでもなく、事務局のKさんの熱意に強いシンパシーを感じての特異行動なのですが......。 

丸ズッキーニ物語・完結篇

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「ネエ、お兄ちゃん、ぼくたちもう大人になっちゃったんだね」
「そうさ、この家のおばちゃんがスライスしてドレッシングで食べるとおいしいとか言って、ご主人が若採りしたのさ」
「ぼくたち、もう、食べられちゃうの?」
「そうさ。おれたちはカボチャの仲間なのに人間に食べられやすいように品種改良され、ズッキーニなんて恥ずかしいくらいにイタリアンな名前を付けられ、種として売られ、播種され、育苗され、畑に植えられて成長し、そして人間に食べられて一生を終えるんだ」
「そんなの嫌だよう」
「嫌だって仕方ないさ、それが丸ズッキーニ、グリーンエッグとしてこの世に生を受けたおれたちの宿命なのだから」
「あれ? お兄ちゃん、後ろに居るの、だあれ?」
「むふ。おれの彼女に決まってるじゃん」
「お兄ちゃん、グーグー寝てばかりだと思っていたらいつの間に。わあ、すごい美人だねえ。ぼくなんか、恋人も作れないうちに収穫されて食べられちゃうんだもの。哀しい」
 

2008年6月20日金曜日

うっかり失敗

 昨夜、Firefoxの3.0を海外サイトからダウンロードし、インストールしたら、RSSリーダーとして使っているプラグインのsageのヴァージョンが古くて3.0には合わないので新しいsageをインストールするようにとの警告。そこでそのままOKして新しいsageをインストールしたら、登録してあったブログやBBSなどのRSSがすべて消えていた、ガーン。
 ただし、Firefoxのブックマークにほぼ同じブログを登録してあって、こちらは消えていなかったので、ブックマークで表示してはsageに切り替えてRSSを登録するという手作業で何とか元に戻せた。最近新たに登録したブログなどはブックマークにも入っていなかったので洩れているかも知れないが、順に思い出しては検索、登録することにして作業終了。
 しかし、Firefoxの3.0、2.0より微妙に遅いような気が......。こちらのパソコンのHDの使用量が少しずつ増えていて、そのせいで重くなっていると考えた方が正しいだろう。そういえば、ウィルスバスターも相当に重いので、そろそろ別のウイルス対策ソフトも研究していかないと。

山狂い

 午後、仕事で出かけた先から、山道をあるルートをたどって車を走らせて見た。完全に山狂いである。舗装は走り初めのわずかな距離で、それから先は未舗装で狭い林業用道路となる。昨年秋の台風で沢がえぐれ、土砂が大量に押し出された痕跡もあり、緊張しながらの運転で、しかも常に道路両サイドの斜面に目をやりながらである。
 あった。無いところにはちっとも無いが、種子がこぼれるせいか、あるところにはあるものだ。北から南へ向かっていた道路が東から西に向かってうねるように曲がっていて、しかも切り通しになっている北側の斜面にオヤマボクチが群生していた。ただし、斜面の傾斜が45度よりもっとある。崖ではないが50度から55度くらい傾斜している。何度も滑り落ちながら採取。
 それからさらに、あちらこちらの道路沿いの斜面に生えているオヤマボクチを採りながら山奥へ進むと、いよいよ深山幽谷の気配。車一台、誰ひとりにも会うことなくさらに前進。岩に無数のひびが入っていて落石がごろごろしている個所に差しかかって、戻ろうかと考えたが前進、ようやくとある別荘地へ出た。このルート完全走破したのは始めて。林業関係者以外は入らない道路だ。秋の紅葉の時期もいいかもしれない。

 帰宅後、輪ゴムで6枚ずつ束ねたものを3本ずつに振り分け、陰干しにするために倉庫軒下に物干しロープを張ってぶら下げていったら、5mの物干しロープが3本必要だった。6本ずつ束にしたものが146あったので、合計876枚(備忘)。大収穫であります。
��ただし、乾燥の後の精製作業を経て葉裏の白い茸毛《じょうもう》だけになった時には、泣けるほど量が減ってしまうのです。ソバ粉1kgに5gですから、使用量も微々たるものですが)

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2008年6月19日木曜日

丸ズッキーニ物語2

080618greenegg.jpg「あれ、お兄ちゃん、お花の帽子も被っていないし、ごろりと横になって、いつの間にか、ずいぶんお行儀が悪くなってしまったね」
「そんなに悲しそうな、おれを見下したような顔をするなよ。おれも丸ズッキーニ・Green Eggとしてもうじき一人前の大人になるんだし、そんな花の帽子、恥ずかしくて被れないよ。第一、おまえだってじきにこうなるんだぜ」
「お兄ちゃんて夢まで無くしちゃったんだね」
「ばか、ズッキーニが夢をみてどうするんだ。おれたちは種播かれて発芽し、成長して花開いて受粉して丸ズッキーニとなり、そして人間に食べられて姿を変える、そういう宿命を負っているのだ、誕生の一瞬から」
「やだ、お兄ちゃん、なんか青臭い匂いがしてきたよ」
「ふん、だからふて腐れて寝ていたのに。もう話しかけるなよ」

2008年6月18日水曜日

第2回おばすて会山蕗採取ツアー(ーー;)

 今朝になって突然、6月4日に山へ山蕗を採りに連れて行った母親の茶飲み友だち(他称通称おばすて会)の同じメンバーを、今日、また同じ場所へ連れて行ってくれ、と。え?! 私の仕事の都合も訊かず......(ーー;)  。前回取り残した山蕗が目の奥でちらちらして夜も眠れないのだと(嘘つけ、毎晩グースカ眠っているくせに)。
 で、結局、8:45には出発。
 欲深ばあさんたち、すごいですね。それから昼まで山蕗を採り続け、帰ろうと言わない。昼食後も帰ろうとせず、もう一ヶ所別の場所へ行ってみたいと。メンバーの中にこの山奥の突き当たりの村出身の方がいて、昔、自分の家で作っていた水田が耕作放棄して荒れているが、そこに山蕗が生えているかもしれないので行って確かめてみたいのだという。
 行った。少しあった。これでいいのかと思うと、隣の杉林のなかに山ミツバが生えていて、柔らかそうなので採るという。するとその杉林の中に青いネットを張りめぐらした不自然な場所があった。イノシシに荒らされてしまうような作物をこんな杉林のなかで栽培しているはずもなく、ネット越しに中を見ると、そこにも山蕗、山ミツバ......あれ?! wasabiがありますぞ。ネットは明らかにこれを採ってはいけないという意思表示なのでした。それにあまりたくさんは生えていないので、これじゃ採れません。
 ばあ様たちはまだ杉林の仲をうろついているので、車を方向転換させておこうと坂を少し上って、車の向きを変えて下り始めた時、左の土手に山蕗にしては短くカッコ悪い植物が目に入った。山蕗のようで山蕗でない。オヤマボクチか?急停車して採取開始。
 しかし、先に山採りしたものは丸みを帯びているが、今日のは葉の先が尖っている。しかも葉裏の白い毛が薄めである。この集落出身のおばさんいわく、「これがほんとうのヤマゴボウだ、あんたのうちの庭にあった苗の方が偽物だ」
 とはいえ、捨てずに帰宅。やはり2種類あるのだ。

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これは山蕗ではなくOyamabokuchi。

そういえば帰宅後の夕方、仕事でもうひと山北側の集落に行ったが、途中で畑の隅に植えられたオヤマボクチを発見。デジカメを載せていたので撮っておいた。
ふうむ、われわれのほかにも栽培者がいたのか。

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2008年6月16日月曜日

Nothing is Innocent

 15日恒例の赤提灯から帰宅。radioioのBluesやFolkを流しながら、来週日曜に少しスピーチするための補助的文書の校正。
 そのうちにFolkでいい曲が流れたのであわてて「超録」を起動したが、当然のことながら間に合わず出だしの5秒ほどが切れた。がその後は録音できたので、一応Itunesにファイルを移動。明日にでもiPodに接続して同期させておこう。
 radioio Folkのサイトの方で確認したところ、Over the Rhine のNothing is Innocentという曲。Over the Rhine とはグループか、個人か? ネットで検索したら男女ふたりのデュオでウェブサイトがあり、しかもNothing is Innocentがウェブ上で聴けるようになっているではありませんか。
ここの10曲表示されているなかの4番目にNothing is Innocentがあり、曲名をクリックすれば曲がスタートします。
 せっかくアップしてくれてあるんだから、ありがたく全曲ダウンロードさせていただくことにします。

 あれ、You Tubeにもどっさり動画がアップされていました。



歌詞は? ありました。日本語はわたしのパソコンの中の翻訳ソフトの直訳ですので、誤訳迷訳ご承知を。
We'd wake the dead
我々は死者を目覚めさせるだろう
With voices in our head
頭に声をもって
We've gotten used to ignoring the truth
我々は、真実を無視することに慣れているようになった

We close our eyes
我々は我々の目を閉じる
And breathe and eat the lies
そして、嘘を呼吸して食べよ
That tell us we're so much better than you
我々に,我々があなたよりもとてもはるかによいと話す

Silence is loud
沈黙はやかましい
Humility is so proud
謙遜はとても誇りにしている
Nothing is innocent now
何も今潔白な人でない

All the king's men
すべての王の男性
Will serve scrambled eggs again
またスクランブルエッグを出すだろう
When white-washed walls come crashing down
完封された場合には、壁は粉砕しながら来る

We'll blink and nod
我々は瞬いてうなずくだろう
And say, How odd
そして、言え、どのように奇妙だ
And wonder why old friends don't come around
そして、昔馴染みが回復しない驚き

Silence is loud
沈黙はやかましい
Humility is so proud
謙遜はとても誇りにしている
Nothing is innocent now
何も今潔白な人でない

The acid rain
酸性雨
We fear the pain
我々は苦痛を恐れる
Will blister and burn the skin
皮膚を水ぶくれをつくって燃やすだろう

But what is more
しかし、その上
The fear we bore
我々が圧迫したという恐れ
Will eat us alive from within
我々を食い物にするだろうから内側に

Silence is loud
沈黙はやかましい
Humility is so proud
謙遜はとても誇りにしている
Nothing is innocent now
何も今潔白な人でない

For you and me
なぜなら、あなたと私
In the land of the free
自由の地で
Is anything innocent now?
何かは今純潔か?




2008年6月15日日曜日

日常

 今日は、午後、結婚式に出席のため軽井沢の雲場の池近くの会場へ。いわゆるハウス・ウェディング形式。叔父を乗せ、車を運転して行ったのでアルコール無しで運ばれた料理を片付けることに専念。ただし、あまりおいしかったとはいえない。
 明日は、子供のころ隣に住んでいたおばさんの葬儀に行って焼香の予定。

 
 
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 今年度第1回オヤマボクチ精製終了。昨年秋に初めて精製したものよりずっと不純物が少なくなり、白っぽい仕上がりになり、ほぼ満足。精製の手順と、これは大事というキーポイントも把握出来た。これでまた葉の収集にいそしめます。
 ちなみに、昨年のはかなり茶色

2008年6月14日土曜日

すべて自分でしてみなければ気が済まないのは

 今夜は今年度第1回めのオヤマボクチ精製作業。いよいよ大鍋を出してひたすら煮て、ひたすら不純物(葉の表の葉緑素がある部分と、葉脈)を洗い流すだけの根気作業。しかし、やはり、昨年秋より遥かに楽だ。茸毛以外はとにかく細かく粉砕しておけば家庭用ステンレス笊の網目からどんどん流れ出してゆく。表の葉緑素がある部分は抹茶のように細かくなっているのですべて洗い流されるが、葉脈が難敵だ。そういえば、隣県の試験場の研究結果に「乾燥した葉を圧延ロール(ロール径30㎝、間隙0.05㎜)に2回通し、葉脈を破壊する」とある。直径30cmの圧延ローラーなど家庭にあろう筈もないが、直径数センチだがイタリアの製麺機のローラーはある、あれで葉脈を粉砕するのを忘れた。七月に予定している2回目精製作業では忘れずに 間隙0.05㎜以下で葉脈を粉砕してみよう。
 少しだけ水分を絞ってみたら、昨年秋のものよりずっと白く、不純物が少なく、ほぼ満足できるものにはなった。
 それにしても、すべて自分でしてもみなければ気が済まないのは不幸のきわみであり貧乏性のきわみであもある。この性癖が邪魔をして、社長にも管理職にもなれなかった訳です。種まきからソバ打ちまでの工程のなかで製粉だけが他者の手に渡ってしまうことが納得できなくて、中古モーターを買い入れ、製粉機さえ設置しようとしている。
 稚拙な飛行装置で空を飛ぼうとした表具屋幸吉や、ネクタリオ、あるいは百科全書的にすべてを試行してみようとしたブヴールとペキュシエ、彼らには及ばないまでも、その末席を穢してはいるのかもしれない。

 ソバ、オヤマボクチ、ワサビ、ねずみ大根、刻み海苔。すべて揃って完璧なのだ。どれか一つ欠けても不都合。
 そういえば、ねずみ大根の採種は失敗らしい。二株だけのせいなのか、受精しないらしくて実が入らず不稔なので、とうとう今日、引き抜いてしまった。かくなる上はねずみ大根の種を入手するほかありません。

 高校で同じクラスだった女性に同人誌を送ったら封書に図書券が同封されていて、困りました。 ご主人がやはりソバを栽培され打たれるのだけど、本人は「あんな面倒臭いこと」と書かれていて、思わず爆笑。
 図書カード、1,000円だとたかをくくっていたら10,000円だったので思わず卒倒しました。返送したら怒るだろうし、さて、ますますジャン・メリエのあの高い本に気もそぞろ。

2008年6月13日金曜日

本日休業

しばらく無休で働いて来たので、本日は平日ながら休業とし、配偶者、母親と3人でここへ行ってのんびり温泉に浸かって蕎麦を食べた。
 生憎と天気の悪い日に行ったので西に展開されているはずの八ヶ岳連峰がまったく見えなかった。快晴の日に山歩きを兼ねてもう一度来よう。
 温泉はゆったりとした作りでよかったが、蕎麦は自家製と銘打ちながら機械で切ってあり、風味も薄く、泣けた。「信州産そば粉100%使用の自家製二・八そば」って......むむ? やはり手前味噌じゃないが、手前蕎麦がええです。もう、外では蕎麦を食べないようにしよう。
 帰路は真っ直ぐ帰らずここへ寄ったが、入場料1,000円だがあまり手入れがされていない感じで、あきれ果てた。うちのバラの方がきれいだったりして。

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2008年6月12日木曜日

実にOyamabokuchiな夜

 今日、外回りの仕事から帰宅途中、なじみの書店に立ち寄り、文〇界を立ち読み。冒頭の、同人誌のネットワークについての部分を読み、それから国土地理院発行の1/25000の地図を2枚購入。今回は関東平野と信州の境界を形作っている小さな山々が収録されているエリア。
 この頃、国土地理院発行の1/25000の地図を眺めていると、さながらGoogle Earthで上空から地形を俯瞰しているように見えて来るようになった。小さな沢の上流にwasabiが群生していたり、日当たりの良い南向きの斜面にoyamabokuchiが銀色の葉裏を光らせていたりする光景が見えたり。(ほとんど幻視に近いイマジネーション!!)

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 6月5日に山で採取して来たOyamabokuchiの葉が乾燥し、触れればパリパリと音を立てるようになって来たので(写真右側の2枚。左の1枚はまだ生乾き。この葉の表の緑の部分を取り除き、裏の白い毛のような茸毛【じょうもう】だけを取り出す。)、精製作業の準備にかかる。

 無論、抜かりなく、iPodでバッハの『マタイ受難曲』のなかの、聴いているだけで死にたくなるような、聴いているだけで生きたくなるようなアリアである、「憐れみ給え、わが神よ」を聴きながら。
 私が、アンドレイ・タルコフスキーという名の、あのJ・オウエルの『1984』という近未来小説に喝破されたような、不自由きわまる社会主義(共産主義)国家の下で、それでも傑作映画を撮影したあの映画監督を愛してやまないのは、多分彼が映画監督になる以前に音楽家になりたかったという事実、あるいは比類なきバッハ好きということが重要。エイゼンシュテンとタルコフスキーを生んだ。それだけで旧ソ連は肯定できる? いや、そうとも言えないのが苦しい。1984的世界の中で、どうしてエイゼンシュテインやタルコフスキーが生まれたのか? それを想像すればかの国も少しは捨てたものではないと思う。


 昨秋のように手で揉んでというには葉の量が多いので、機械を利用することとし、Y電機へ行ってフードプロセッサーなる機器を購入。実はわが家は未だにハンドルを手で回す手動タイプの、その名も「みじん切り器」なるものしか所有しておらず、自分の趣味道楽のためだが家庭でも役に立つので電動式を購入することに。
 それで、今夜、早速、中心の葉脈を取り除いた葉をフードプロセッサーに押し込み、蓋をしてスイッチ・オン。お、おお、次第に粉砕されて緑色のふわふわした固まりになってゆく。それをホームセンターで購入した「園芸用篩」に付属していた3枚の網のなかでいちばん目が細かいものをセットし篩う。おお、葉の表の葉緑素が抹茶のように細かくなって篩の下へ落ちてゆき、葉裏の白い茸毛は残っている。それを何度もフードプロセッサーにかけ、篩にかけを繰り返しているうちに、徐々に緑色が薄くなってゆくではありませんか。やはり、昨秋、急遽、収集して来た茶色に枯れた葉よりも、6月の若い葉の方が、表の緑の部分と裏の白い茸毛の分離が簡単である。

 あ、そうか、しまった。どうせフードプロセッサーを買うのなら、プロの調理師たちが使う業務用のものをリサイクル・ショップで探せば良かった。もっと容量が大きいしパワーも強いはず。厨房用品はリサイクルショップのメイン商品だから探せば必ず見つかるに決まっている。あ~あ。


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 今夜はこの程度で作業終了。
 それにしても、この状態から緑色の部分をすべて取り除き、真っ白な茸毛だけに精製するのは至難のわざであります。最後は鍋で8時間も煮て、さらに水を用いて不純物を洗い流すのだけれど......君ィ、小説を読まないで何をしとるのかね?
  ワ、ワタシハ......現実ト虚構ノドチラモ大切ニシタイ、タダソレダケガ望ミナノデス。ソレ以外ハ何モ望ンデイマセンノデ、オ代官様、神様、仏様、コノツマラナイブログの読者ノ皆様、ドウカ、オ赦シクダサイマセ......




 実に興味深いブログを発見。パソコンで同人誌を編集していると、ふと後ろを向くとこういう世界が広がっていたりする。

2008年6月11日水曜日

人生はささやかでジャンクな虚構

 この頃すっかりソバの自家製粉実現に夢中な私は、市内に機械・工具専門のリサイクルショップがあることを耳にしたので、外回りの仕事の出かける振りをして、早速、行って見た。

 プレハブの事務所が入り口に置かれ、その奥の、倒産した小さな町工場の屋内に様々な中古機械や工具が並べられていた。
「モーターはありませんか?」
「あるよ」
 どこか映画の中で見たことがあるような風貌の主人があっさり答え、続けて訊いた。
「何馬力?」
「一馬力」
「あ、あるよ」
 彼の後をついてゆくと、棚の上に大小様々な中古モーターが並べられていて、彼は足元のコンテナに足をかけ、棚の上のいくつかのモーターのプレートを確認し、それから棚の上ではなく、足元のダンボール箱を乱暴に破るようにして開いた。保証票の上部1/4くらいが鼠に齧られたようにギザギザに欠けていた。
「これ、新品だけど16,000円」
「え、中古品は無いですか?」
「そこに一個あるけど12,000円だから、こっちの方が得だよ。なんたってこっちは新品だから」
 新品といったって未使用の新古品というやつで、生産された年月はだいぶ前のものなのだろうし、保証票が鼠に食われているような代物であるから格別に安いのでもなく、むしろ妥当な価格であろうから、少しは値切ってもいいはずだ。
「少しは安くなりませんか?」
「今メーカーから仕入れる新品だと5~6万するからね、16,000円は安いと思うよ。何に使うの?」
 話題を逸らして来た。
「製粉機にセットするんですよ」
「製粉機?」
「ソバを製粉するんです。」
「ああ、おれも蕎麦打ちますよ。〇〇製粉のソバ粉は買う度に風味に当たりはずれがあるので、××蕎麦の石臼挽きのソバ粉を買ってね。こんな商売、70になったらやめて、東京に戻って蕎麦屋をやろうと思っているんですよ。夜中に電動の石臼でゆっくりソバ粉を挽いて、それで数十人前の蕎麦を打って、売り切ったら暖簾を下ろしてね、そういう蕎麦屋をやりたいです」
 わたしは70歳になってから商売として人のために蕎麦打ちをする気になれません、と言おうとして私は口をつぐみ、話題を少し滑らせた。
「石臼って一時間に2~3kgしか挽けませんよね」
「そうだね、電動石臼も熱で風味を損なわないために昔の手回しと同じ回転で回すんだから、仕方ないよね。」
 彼の携帯電話の着信メロディが鳴った。森田童子の《みんな夢でありました》だ。笑えた。
 彼が建物外に出て電話の相手と話している間、私は彼の商品を見て回った。使い古された工具が多く、金額の張る機械類は少ない。これで食えるのか? と思った。
 以前からあればいいなと思っていたエア・コンプレッサーの中古が五台ほど並んでいた。微妙に中古な価格設定で、中古を買った方がいいのか、新品の安いのを価格ドットコムで探した方がいいのか判断に苦しんでしまう。その横に置かれているのは、なぜか、私同様に時代の間尺に合わなくなったみたいなB4サイズのコピー用紙のやや色褪せた箱が五箱。この組み合わせ、なんだか微妙に、人生はささやかでジャンクな虚構にすぎないのかもしれない、と思わせてくれるのでした。
 そういえば、このリサイクル・ショップの主人の風貌が誰に似ているか、思い出しそうで思い出せない。思い出せそうで、その一歩手前でまた忘却の彼方に引き戻されてしまう。
 私は彼が破いた段ボール箱の前に再び立ち、モーターに張り付けられた定格を記したプレートを見た。すると定格出力が1KWと刻まれているではないか。1馬力は750W=0,75KWであるはずなのに......。
「どうも済みません。孫から電話がかかってくると長くて困っちゃうんだよね。あ、どうします、モーター」
「これ、750Wじゃなくて1KWじゃないですか」
「あ、ああ、たいした違いじゃないよ。むしろ若干の余裕があっていいんだ」
「そうですか......」
 私は、彼の憎めない風貌と口調に負けてその新古品のモーターを買い、帰宅した。そして製粉機のメーカーにメールを入れた。
「私、貴社の製粉機AV-1型機を導入しようと考えておりますが、手持ちのモーターが規格の750Wではなく1000Wです。これでAV-1型機を動かすのには無理がありますか?」
「K社お客様係担当のO沢です。当社製品について、お問い合わせありがとうございます。弊社ではA1型の場合、750Wモーターを取り付けおり、それ以上になると、シャフトの耐久性等もあり付けておりません。 従ってお勧めは出来ませんが、稼働させることは可能であります。以上、ご検討下さいますよう宜しくお願い申し上げます」 

2008年6月10日火曜日

丸ズッキーニ物語1、お揃いの三角帽子

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��画像クリックで拡大表示)

 早くも丸型ズッキーニの花が咲いた。
 左はGreen eggという緑の縞模様の。
 右はGoldyという丸型黄色のズッキーニ。
 兄と弟で、そっくりまん丸な顔をしてお揃いの三角の帽子などかぶって、ずいぶん可愛いじゃありませんか。
 「お兄ちゃんの帽子、ずいぶん大きいね」とか、言っていない?

  



 中古製粉機と電動ふるい機のネットオークションの終了時刻が昨夜だった。さすがに終了間際にヒートアップして、最高入札額は73,500円となった。結構高くなってしまうものですね。これなら新品を購入する方が無難であります。
 1,000円スタートのまま動かなかったモーターの方も終了間際にバタバタ入札があって、結局、4,300円で落札。
 その後は、ソバ製粉のあれこれについてインターネット上をさまよう。

2008年6月9日月曜日

もう少し進化してくれませんか

 今夜もradioioのBluesを流し放しにしながらネットをユリシーズ。
 Rhubarbの施肥量が気になるので、アメリカのRhubarb専門ウェブサイトの記事のなかを翻訳ソフトを使いながら検索。
 新しく植える場合は1エーカーに10・10・10を1500ポンド、と書かれている。
 1エーカーは約4046㎡なのでおよそ40アール。1500ポンドは680kgなので、10アール当たりだと170kg。え? 意外と多い。20kgの包装で8,5袋。根を養成して茎や葉を伸ばすのだから、それくらいは必要か。
 新植時以外はひと株に10・10・10を周囲に1カップ撒くと書かれているが、1カップとはどんな容量のカップなのかが判明せず。
 そのほかにアントシアニンとp(リン)、mg(マグネシウム)の関連についての記事を検索するも、これという記事なし。とりあえず、数株に水溶性のpとmgを与えてみようと思う。

 それにしても翻訳ソフト、OCRソフトみたいに劇的にでなくても、もう少し進化してくれませんか。

2008年6月8日日曜日

今夜もradioioで Blues

 昨夜、ダウンロードしたふたつのフリー・ソフトのうち「超録」という方をインストールしてみた。で、さっそく、radioio Bluesの放送を録音してみたが、設定が良くないのか、再生してみても何の音も出ない。どうやらこちらのパソコンの録音コントーロールの設定が間違っているらしい。「マイク」の方をOFFにして「ステレオミキサー」の方をONにしたら、ようやく音声モニターバーの波形・スペクトルアナライザー表示が動き始めた。
 さっそく、Otis Rushというひとの「Reap What You Show」という曲をMP3で録音し、そのファイルをiTunesへドラッグし聴いてみる。聴こえる。パソコンにiPodを接続して同調させたら、iPodでも聴こえました。やれやれ。
 これでインターネットラジオで気に入った曲はiPodで聴くことも可能になりました。しかし、いつ誰の曲がかかるのか見当もつかないのが難点。

 そうやって設定にもたもたしている間に、iTunes上部のタイトルが表示される窓に「Sweet Home Chicago...ROBERT JOHNSON 」と表示されているではありませんか。あれ、Sweet Home Chicagoなんて自分が持っている廉価輸入盤には入っていなかった。と思っているうちに曲が終わって次はEric Claptonの曲が始まってしまった。
 そこでYou Tubeで「Sweet Home Chicago...ROBERT JOHNSON 」を検索してみたら、ありました。
 Blues Brothers - 'Sweet Home Chicago'も。

 しかし、iTunesに登録されているBlues専門ラジオ局は十幾つもあるのに、なぜ、このradioio Bluesが気に入ってしまったのだろう? かかる曲がかたっぱしからカッコいいのです。まあ、しばらくBlues浸りもいいかな。

 あ、ネットでradioioのBluesチャンネルがあって、ここでもio Bluesのロゴの下にあるListenの文字をクリックすれば聴くことができますね。
 radioioは多チャンネルで、そのなかのひとつにBlues専門局があるのでした。すごい。


 


2008年6月7日土曜日

radioioで Bluesをかけっ放しにして

 眠い。3月、4月、5月の疲れがどっと表に出て来たらしい。本を読もうとしても目が開いていられない。
 夕食後、iTunesのインターネットラジオ局のひとつ、radioio Blues(ラジオ・アイオー・ブルース)をかけっ放しにして眠っていた。この局、いつ聴いてもご機嫌な曲ばかりでお気に入りなのだが、この放送をiPodに移せないだろうか?(ほかにHellhound Radio《地獄の犬ラジオ》なんていうかっこいい名前の局もある)
 あった。Vectorで検索したら、フリーソフトにインタネットラジオを録音できるものがあったので早速2つダウンロード。どちらか使いやすい方を残そう。

 ネットオークションの中古モーター、ひとりが1000円で入札したきり、他に誰も入札しない。明後日の夜にオークション終了となるので、その直前に応札してみよう。モーターが安い中古で間に合えば製粉機の方を業務用のものに出来る。
 その話をT屋さんにしたら、うちのソバ粉もお願いしますだって、もちろんです。 

 10000円で始まった「製粉機・電動粉ふるい機」のオークションは38500円まで競られて来ているが、もうこのくらいが限度だろう。傍目で見ていると面白い。
 クレジット・カードの申込書が郵送されて来たので書き込み、本人確認のための免許証コピーを付けて返送。これでようやくAmazonのマーケットプレイスに欲しい本が出ても購入できる。

2008年6月6日金曜日

山は霧

 早朝、oyamabokuchi自生地へ行って生育状況の偵察。平地は曇りだったが、山は霧のため視界不良。
 まだ早いかなと思っていたが、結構、葉が大きくなっていたので一株あたり2枚を採取。しかも一ヶ所は予想していたより広い範囲に群生していることが判明。こんなに取れたら畑で栽培しなくてもよさそうなものを。
 すべて陰干しにして精製に備える。


080605oyamabokuchi.jpg 080604oyamabokuchimodoki.jpg
��左が今朝のoyamabokuchi、右が昨日の似て非なる植物、検索したが不明)

2008年6月5日木曜日

文学は言葉の爆弾であるべきなのに

 かつて梶井基次郎は、『檸檬』という短編小説=フィクション=虚構において、丸善書店の平積みの本の上に「一個の檸檬」という仮想の爆弾を置いた。
 そう!!
 詩であれ、小説であれ、戯曲(ドラマ)であれ、文学は言葉による仮想(虚構)の爆弾であらねばならない。
 言葉の爆弾であることを止めた時、文学は文学であることを止め、何千部、何万部売れたかという、単なる資本主義的枠組みに組み込まれてしまうのだ。
 気がついてみれば、彼や彼女がプロの作家であるということは、実は、そういう、何円安く出版(=編集印刷製本)出来て、それが何部、何千部、何万部売れたかというような、資本主義的論理に囲い込まれてしまったということの証明に過ぎないのだった。

 むしろ、そういう資本主義や社会主義、共産主義の、さらに先に進んでいるらしい大資本主義、大組織主義にエンクロージャーされることなく、プロメテウスのように、あらゆる常識や先入観から解き放たれて、自由自在に言葉の爆弾を仕掛けること。
 そのように、現実と刺し違えるくらいの気概を持てずに、何のための文学なのだろう?
 
 規定のレールに乗って走っている方が楽なのは判っている。
 けれども。
 これでいいのだという「自己肯定のシステム」に、敢えてノンと言い、ちょっと違うんじゃありません? という疑義を唱える、それくらいのことは、プロ(職業作家?)として認められたとか、認められないとか、そういう現実的=功利的思考はエポケー(一時棚上げ)してしまって、三分の虫にも五分の魂、人間てこんなんでいいんでしょうか? この世界ってこんなんでいいんでしょうか? というような素朴な疑問の爆弾を提示しなくって、何の文学でしょう?
 
                            うーん、(ーー;)

世にも珍しい、この種まき狂い

 本日は母親の茶飲み友だち(他称通称おばすて会)ふたりと母親を4WDの軽ワゴン車に乗せて9:00に出発。仕事は奥様にお任せして  山へ山蕗採りにでかける。(二日連続で山行きはさすがに片身が狭いです)
 茶飲み友達のひとりの弟の方が先導し、山蕗のある場所を教えてから帰って行かれたので、全山山蕗だらけで、採り放題。山に捨てて来たい欲深ばあさんたち、だれも「もう帰ろう」とは言わず、こんなに採ってどうするのというくらい採って、ようやく山を下ったのは13:00。
 いや、下ろうとしてあれっと思ってブレーキを踏んで、車を降りて草原の中へ走ってみると、オヤマボクチに似ているような似ていないような妙な植物が十数株。葉を採取して帰宅したが、どうもオヤマボクチではないようだ。葉裏の白い毛が少ないのと、茎の中が中空になっているのがオヤマボクチと決定的に違う。さて、これはなんだろうとネットで検索してみたが、正体不明のまま。

 帰宅後、親戚三軒ほどに山蕗を届け、それから、昨日採取したwasabiの種を、寒冷紗で作った袋に入れ、浮かないように石の錘を付け、常時水が流れている場所に流されないように紐で縛りつけた。これで半月くらい置けば莢が腐って種だけが残る。それをOyamabokuchi同様にタッパーウェアに湿らせたピートモスを詰め、その真ん中に寒冷紗に入れた種を埋め込んで冷蔵庫に入れておき、秋に播種すればいい(らしい)。
 すっかり、世にも珍しい種まき狂いになってしまいました。
 そういえば、やけくそになって播いた「ぶんたん」の種がやけくそになって発芽してくれました。山国ではこういう柑橘系の常緑樹は希少なので、分けて植え直します。
 (ああ、もう文学話題に戻らないと......汗)

 あれ? 
 こんな曲がいつのまにか。

 昨夜目につけた中古モーター、ひとり入札があったまま、今日も変わらず。オークション終了間際に入札参戦してみようかと考えている。モーターが入手出来たら、家庭用ではなく業務用の製粉機を購入してもいい。(って、どんどん過激になっている自分が暑苦しい)
 そういえば、今日、山蕗を届けながら昨年ソバを栽培した畑を見回って来た。昨年秋にこぼれたソバの実が発芽して15センチくらいに伸びていた。このまま放っておいたら夏ソバとして収穫できるのだろうかと考えてしまうくらい畑全面にソバが生え、あとはハコベが生えていた。
 今年もここでソバを作るぞ。(昨年よりもっと上手に!)

2008年6月4日水曜日

この地上に自分以外誰もいないという錯覚

 雨なので、朝から、もう一ヶ月以上も処理できずにたまっていたデスクワークをしていたが、どうにも落ち着かない。午後になって、カッパ持参で山へ。

 往路30分。
 滞在30分。 
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 こんなすごい場所に迷い込んで、総毛立ったり、(これ全部〇〇〇)
080603wasabitane.jpg
 種のサンプルを採取(これを発芽させるのは難易度がかなり高そう)。
 お醤油漬けの材料を少々採取(先ほど製造終了、明日から食べられます)。
 帰路も30分で、合計一時間半のお休み。
 むしろ雨降りの日に山へ行った方が、誰もいなくて静かでいい。この地上に自分以外誰もいないという錯覚は、つかの間であっても気分がいいものだ。昔、M山健二がむやみに野山を駆け巡っている自分を誇示しているような時期があったが、今になれば解らないでもない。


 そうそう、もうちょっとカッコいいカッパを買おう。農業用のカッパではあまりにかっこ悪。さりとて、アウトドア用のあまりに派手な色彩では目立ちすぎ。
 迷彩模様のカッパって無いだろうか? 検索してみよう。いや、農業用はカッパだが、アウトドア用はカッパとは言わないだろう。何ていうの?  レイン・ウェア?
 



 本日も100V、750Wのモーターを探索。
 一点、楽天に出ているのだがこれが25000円プラス消費税。いかに新古品とはいえ、ちょと高くて手が出ない。製粉機の方の出費が大きいので、モーターは中古の安いので済ませたい。モーターなんて構造はそう複雑ではないので、無理をさせて焼いてしまわない限り使えるものだ。
 ひとつ、ヤフオクにそれらしきモーターが出ているのだが、性能を銘記する銘板の文字が消えてまったく無く、出品者が550W~750W?と書いているだけなのが泣ける。これがはっきり750Wであったら即刻入札するのだが......。1000円スタートで、もう、ひとりが入札している。
 こういう安いモーターが入手できれば、製粉機は高機能なのが購入できるのだけど。
 考えてみたらヤフオクは5000円以上の入札はプレミアム会員にならないと出来ないことになってしまったのだった。プレミアム会員になるにはクレジット・カードが必要。
 今夜、ヤフオクに「家庭用製粉機&電動フルイ」が出現。おお! ただしスタート価格が10,000円なので最初から入札資格がなく、手も足も出ない。
 Amazonのマーケットプレイスで古本を買うのにもカードが必要なので、この際、「死んでもクレジットカードは持たない」などと因業なことは言わずに、申し込むことにした。Amazonのマーケットプレイスで、何度、悔しい思いをしたことか!!
 ただし、そう使わないはずなので、年会費無料のカードにします。

2008年6月3日火曜日

(なんちゃって)ああ、忙しい

 ネット・オークションで、家庭用100V電源で使える単相モーターの0,75KWのものを探したが、なかなか見つからない。工場などで使う三相200Vのものは掃いて捨てるほどあるが。三月、半年、日を置いてじっと検索し続けるか? それともとっとと諦める? 製粉業を営むわけじゃなし、あまりに本格的過ぎるような気もするので、もうちょっと家庭用にふさわしい機械に落ち着くかもしれない。
 あとは真空パック機と、脱酸素材の検索。どちらもあまり高くなく、簡単に入手できるはず。

 T屋さんが、自分がoyamabokuchiを植える畑に幅155cmの黒マルチを二列張り、その隣にもう一列、私のために張ったから植えろという。好意を無にしてはいけないので、夕方、余ったまま水遣りをしていた苗を車に載せて現地へ出動。T屋さんが奥さんとふたりで植えている隣で、二条植えにしたら2×33本=66本植えられた。
 自分が借りた専用畑の方に150本植えたので合計すると200本を超えている。T屋さんはおよそ120本ほど。
 何だかなあ、ふたりともちょっと頭がヘンかもしれない。私などは自前の製粉機を設置しようとしているのだから、まったく常軌を逸している。
 しかし、仕事をしているだけでは面白くない。 文学だけでも面白くない。いろんなことをたくさんしたい。
 (何? 「過活動は緩慢なる自殺行為」? ふん!! ......でも、だいぶ疲れているのは事実。じっとしていられないのも一種の病気ではありますが、人間誰しも、何がしかの病気に罹っているものですよ)

 先日発行の同人誌の最終章で、図々しくもJ・ジョイスの『ユリシーズ』の最終章「ペネロペイア」をそっくりパクッたのだったが、どうもあれだけでは寝起きがよろしくない。自分なりの、都市をさまよう人間たちを書かなくては。
 それにしても、まだ全編を通読してない『ユリシーズ』を早く通読せねば。OyamabokuchiやRhubarbやソバにうつつを抜かしている場合ではない。(なんちゃって) 




備忘:
 昨日、T中さんを通して出荷したRhubarbが71kgで21300円となった。日本で本格的に赤いRhubarbを栽培しようという、完璧に趣味的な研究の途上での収入であるが、仕事以外でこういう収入があるのにはまったく違うレベルの喜びがある。
 この21,300円、製粉機設置の足しにするか、レーモン・クノーの『青い花』12,000円を購入するか、はたまた19世紀フランスの田舎司祭が深夜に書きまくったという、神は存在しないという証明に費やした大部の本を買う足しにするか。と思って検索したら、5月1日に『青い花』がオークションに出て、5月6日に6,000円で落札されているではありませんか!!(ああ、すっかり油断してしまいまちた、ウァーン・゚・(ノД`)  )。
 ちなみに、『ジャン・メリエ遺言書―すべての神々と宗教は虚妄なることの証明』ジャン メリエ (著)は定価31,500円、古書検索で最安値は20,000円、お、買えるじゃありませんか!!
 今年はRhubarbを8月半ばにもう一度切って欲しいとのこと。明日は雨が降るらしいので、急遽、「早く大きくなれよ」とばかりに、有機ペレット肥料を追肥した。さらに梅雨明け後の乾燥対策に敷き藁をしないといけない。
 oyamabokuchiとRhubarbと、いよいよ8月初めのソバの播種に備えて、ああ、忙しい。