2010年12月31日金曜日

ネット接続

 以下は昨夜書いたのだがネット接続が切れたままアップできなかったのでtxtで保存しておいたものです。
 それにしても、ネット接続が切れている場合、ネットでその情報が得られないのが何とも不都合です。昨夜のネット切断も、NTTなのか、プロバイダなのか、はたまたその先のどこかなのか、ちっとも判らない。困ったものです。


全国の文芸同人誌に掲載された秀作をインターネット上で、誰でもどこからでも読むことができるようにと開設した文学館に、昨夜、私が昨年同人誌に苦し紛れに載せた作品を推薦してきてくれた方がいる。
 うーん、困った。
 この文学館を始めるにあたって、作品推薦は自薦ではなく他薦ということと、もうひとつ、ほかならない自分の作品は載せないという決め事をして、それでスタートしたのだった。
 推薦していただいた方にはそのことをメールで率直にお知らせし、謝りました。

 年越し前に帰省した長男が帰京し、落ち着いたので、注連縄作りや餅つき。
 注連縄といっても簡単なごぼう締めで、自作するようになってこれで何年目だろう。相変わらず紙垂の作り方を忘れてしまって、ネットで検索して見て思い出した。
 餅つきは電動餅つき機なので、水に浸したもち米の水気を切ってホッパーの中に入れ、後は「蒸す」、「つく」のボタンを押すだけなので楽だが、時間は一回分が一時間ちょっとかかる。こんな簡単な機械にもわが家の♀ふたりはまったく手を出さないので、いつの間にか餅つきがわが責務になってしまいました。機械音痴を装っている方が特だよね。
 家の分2回、兄弟と親戚の分を2回で、計4回、ふう。



2010年12月28日火曜日

どうでもいいこと、大事なこと、一大事なこと

 不景気ながらも仕事はほぼ片付いたので、今日は「注連縄」作りをした。これで何年目だろう? といってもいちばん簡単な「ごぼう注連」を12本、作っただけ。紙垂も12枚作ったので、明日、ちょっと山に入って松の枝を採って来なくては。でも芯松を切るのはやめましょう、ね、って(誰に?)。

 感想を書かなければならない同人誌が2冊。どちらも全作品を読み終えてはいる。
 読んですぐに感想が書けるひとが羨ましい。
 関西のある同人誌、頂いてからかなり時間が経過しているが、まだ一作も感想が書けない。全作品でなくても、一作でも感想が書ければいいのだが、それさえ出来ない。実は全作品が物書きとして本気であり、かなりビビッドなので、安易な感想を書くのもどうかと気持ちが萎えてしまう。自分のお尻にきつく鞭を打たないと書けない。越年していい、書きたいのだけど。
 もうひとつ、関東の同人誌。三作くらいは感想が書けそうなのだけど、この期に及んではやはり越年してから............済みません。

 動画サイトに、ピアニストであるグレン・グールドが製作したラジオドラマで、孤独三部作と言われている「北の理念」、「遅れて来た者たち」、「大地の静寂」がそれぞれ6分割でアップロードされているのを発見。ヤッホー!!
 今月11日にアップされたばかりだ。
 CDで入手できないことも無いが、せっかくアップされているので、音声ファイルだけを録音しようと思う。
 いかにインターネットの世界がニュートラルで、国境も各国の法律も及ばないアナーキーであるにしても、著作権の問題からしておそらくじきに削除されて当然と考えた方がいいだろう。元来がラジオ・ドラマなので動画部分は不要(というか静止画が時々入れ替えられるだけだし)。
 英語のリスニング能力10%くらいなので、悲しいことにすべてのセリフを聴き取ることは出来ないが、もともと構成がポリフォニーで、いくつもの音声が重なるので聴き取ることは難しい。人間の声も列車が走る音も並列されて進行してゆく。
 その雰囲気は分るし、彼が音でどんな世界を構築しようとしたか、少しは解るだろう。

2010年12月27日月曜日

牧野信一電子文庫・閉鎖

 このところ日曜の度に蕎麦を打っているが、今日も2回戦。1回目はわが菜園の地主が地代を取らずに貸してくれているので、ささやかなお歳暮に手打ち蕎麦を添えて届けるために。2回目は年末年始に休暇の取れない長男が一足先に帰省したので、彼に一足早い年越し蕎麦を食べさせるため。
 しかし、悲しいかな、素人は打つ度に蕎麦が同じではない。今日の、ことに自宅の分は、どうも思ったより薄く延すことが出来なかったらしく、茹でたら蕎麦が妙に太く感じた。いつも600gで打つのを700gにしたのがいけなかったようだ。もっと薄く。
 ただし、水回しの際に蕎麦の香りが立ち上がって来るようになったし、食べて風味も甘味も感じるようになった。やはり製粉の仕方で風味も失せたり、残ったりする。粗碾きだと風味があり、粉が細かいとつながりやすいが風味が無くなる、そう言われているが、それだけの単純な話ではなかった。ソバの実のどの部分が風味が強いか、そこまで考慮して製粉しなければならない。ベストは鬼皮を剥いたむきみ(ぬき)をすべて碾き込む全粒粉であろうが、むきみにする機械が高いし、手間がかかる。 

 今日、たまたま久しぶりにアクセスしたところ、牧野信一電子文庫が2011年1月12日をもって閉鎖するという12月14日付けの告知があって、驚いた。確かに、青空文庫もあるにはあるが、お気に入りに入れてあったウェブサイトなので、さびしい。でも運営者の方、ご苦労様でした。

 そういえば、右サイドバーにブックマークとしてリンクを表示している「左川ちか全詩集」も、新しく全詩集が出たらしく、そのために閉鎖されてしまっていた(泣)。しまった、ファイルを全部DLしておけばよかった。
 どのサイトも永遠に続く訳ではないから、必要なテキスト・データはDLして保存しておくべきでした。

2010年12月26日日曜日

蟻の時間に近くなってきている

 寒い。冬は体を動かすことが少なくなるので、頭脳労働派でなく肉体労働派の身にはつらい。
 その上、この頃、妙に、眠っては起き、起きては眠る、その間隔が短く感じられてならないのは、気のせい? 蟻の時間に近くなってきているのかもしれない。



いつの間にか、こんなドキュメンタリーが5分割されてアップされていました。

2010年12月24日金曜日

Google Chrome

 firefoxを重く感じるようになってほとんど使わなくなっているので、その代わりにGoogle Chromeを使ってみようかと試しにインストールしてみた。確かに速いし、動画や音楽に強いというので、例の試聴サイトに行き、試聴してみた。あれ、日本語の広告が出るようになったが、曲をスキップする度に30秒ずつ待たされるのが無くなってスムーズに聴けるではありませんか。
 ということで、firefoxをアンインストールし、Google Chromeはそのまま使うことにしました。IEのタブブラウザであるSleipirが、通常のブラウザとしてだけでなく、Headline Readerも組み込めてRSSリーダーとして使うのもタブの切り替えひとつで済み、とても 使い勝手がいいのでふだんはほとんどこれを使っていますが、今後は動画と音楽はGoogle Chromeでということになります。

 そんな訳でGoogle ChromeでyouTubeを検索しているうちにこんな動画に遭遇してしまいました。決してマタイ受難曲をおちょくっているのではないので、笑ってはいけません。



わ、こんな本がありました。上の動画はこの翻訳を使っているんですね。読んでみたいような気が......(ーー;) 恐るべし大阪弁。

2010年12月23日木曜日

bien Vian?

「ボリス・ヴィアン伝」(フィリップ・ボッジオ・浜本正文訳・国書刊行会; 初版 2009/9/25)
 しばらく検索しないでいたら、昨年、こんな翻訳が出ていた。欲しい、が、3990円。むむ、今年のうちには買えない。来年になってから。
 こんな本もあった。
「ボリス・ヴィアンのジャズ入門」ボリス・ヴィアン (著), 鈴木孝弥 (翻訳) ・シンコーミュージック (2009/12/21) 、2940円。

 そういえば、「屠殺屋入門」が日本の古本屋に3冊も出ていた。8,000円、9,800円、15,000円。
一年以上検索し続けてようやく入手したのに、3冊も出ているなんて。やはり不況のせいか。

2010年12月22日水曜日

すべてが大事

 「銀座線」16号を送っていただいた。
 早速読み始めた。目次順ではなく恣意的な読み方。
 それというのも、目次を見て、この雑誌のひとたちの題名の付け方の上手なことに気づいた。若い頃に読んだ「ニューヨーカー短編集」みたい。
 しばらくまじまじと見入ってしまった。
 題名の牽引力の強い作品から読んでしまうという、相変わらずアマノジャッキー(何!!)な読み方、(ーー;)  (何ともややこしい、厄介なやっちゃなあ)

 どうもしかし、自分の書くものはとうてい年内に書き出せる雰囲気ではなく、この頃は書くことよりも読むことの方がずっと楽しい。
 生きることとと書くこと、そのどちらもが前に進むために必要な右足と左足の連動した歩行運動であるとするならば、書くことと読むことも同様に前へ進むのに必要な右足と左足の連動運動であるから、どちらもおろそかにはできない。
 そうは承知していても、やはり書くのは苦手だ。
 本来、自分は文学とはもっとも遠い人間だと思っている。
 今も、ソバだ家庭菜園だと、体を動かしていればご機嫌な単細胞にすぎない。にもかかわらず、もっとも不似合いな文学に足を入れてしまっている。文学をするには似つかわしくないほどの、繊細さとは対極の太くて本数少ないニューロン。
 小学校の頃、何が嫌いって、B4の大きな原稿用紙を渡されて作文を宿題にされたこと。そして音楽の時間。
 音楽の授業がある日はことさら意識的にそうしたのではなく、いつでも忘れ物をしていた。リコーダー、ハーモニカは必ず忘れて家まで持ちに帰らされた。運の悪いことに、わが家は小学校から歩いて数分の場所にあったので、忘れ物の意味はあまりなかった。いつも忘れ物を取りに帰らされる常連だった公平君は通学距離が遠くて、彼が忘れ物を持って学校に帰って来るのは授業が終わる時間だった。それがとても羨ましかった。

 お、思いきり脱線してしまいました。
 生きることと書くこと、読むことと書くこと、すべてが大事。




2010年12月21日火曜日

少し反省

 ようやく重い腰があがって年賀状作成。家人2人の年賀状、仕事上のものを先に作成して印刷を開始したが、じきにインクが「黒がない」という警告が出、それでも印刷を続けていたらまた「シアンがない」という警告が出た。そうか、「黒」がないと他のシアンやマゼンタなどを使ってしまうのだった。
 仕方なく、印刷はやめて自分のプライベート年賀状の作成にとりかかる。あちこちの無料テンプレートではダメなので、自分で作成したが、結局、数年前に使った浅間山の写真を図々しく再使用。風景はお天気次第でいつでも撮影できる訳ではないので仕方ない。自分で撮った写真だからいいけれど。
 今年は宣伝のために運営するウェブのURLを書き込んだ。

 露出症の気があるらしく、創作メモまでアップしてしまった、(ーー;) 少し反省。
 こんなに裸になってどうする?
 これでも書けなければ書けないのが私。書けたら、書けたのが私。

2010年12月20日月曜日

ここから作品が立ち上がるとは

 今日は妻が実家にお歳暮を届けに行くというので、朝食後ちょっと待たせておいて蕎麦を打った。妻の実家は人口がわが家の2倍なので二八で1kgを打った。通常は500gから700gくらいで打つことがほとんどなので、少し緊張した。やはり、こねて延すのは良かったが、切るのにもたついてきれいに切れなかった。2枚に分けて切れば良かった。
 道具を出したついでなので、従姉のW家にも700gを打ち、3回目に自分用にも700gを打った。これを4人前に分けて3人前は真空パック袋に入れて冷凍庫に入れ、冷凍保存実験。残る一人前は冷蔵庫に入れて明後日に試食してみる。なぜ明後日か? 宅配便で翌日配達になる東京へはすでに或る女性詩人にクール宅急便で送ってゆでて食べていただいてOKが出ているので、宅配便で翌々日配達の地域へも大丈夫かどうかという試験をするため。

 昨夜、創作メモが少し進んだ。しかし、パソコン内に書く創作メモはどうも不自由で、メモはやはりアナログな手書きが良さそうだ。夜中に目が覚めてふと書き留めたい時にパソコンではその都度起きてパソコンを起動しなければならないが、アナログなノートだったら枕元に置いておけばいつでも書き留められる。
 100円ショップで買った新書版のメモ帳が最初の「パソコン、各種設定記録帳」に引き続いて、「Rhubarb Memo」、「Soba&oyamabokuchi」、「家事農事全般メモ」、「冠婚葬祭覚書」など5冊あるのだが、かんじんの創作メモは広告の裏であったり、コピー用紙であったり、大概は消滅してしまう紙片で済ませて来た。昔、休まずに半年に一回ずつ律儀に書いていた頃には一冊の創作メモがあり、そこに書き付けられた意味不明の一行や数行からたいていの作品が書かれて来たのだが、掲載が休みがちになってからは創作メモが行方不明になってしまった。
 ということで、もう一冊、新書版のメモ帳を買って来て、今朝方の丑三つ時に紙切れに書き留めた創作メモを転記した。



 書き出しのイメージ。
 
 ある朝不意に、出海(いずみ)の臭覚器官を全面的に塞いでしまう悪臭が出現した。それは炭水化物とたんぱく質と脂肪とがいっしょくたになって、真夏の高温化で一斉に腐敗を始め、数日かけて腐熟化したようなきつい臭気だった。壁際のベッドの中で出海はここ数日の夕食のメニューを思い起こしたが、心当たりはなかった。昨夜はコンビニで買って来たハンバーガーしか食べていないし、一昨夜は280円の牛丼を食べてしのいだはずだし、その前夜は見知らぬ男に寿司店に連れ込まれたついでにホテルにまで連れ込まれそうになった。生ゴミなどないはずだった。

 これでは文体がまったくダメ。自分で悪酔いしてしまう。叙述の文体でことばをもっと必要最低限まで制限しないと。エクリチュール一本。

以下、メモ。
主人公、女性、28歳。名前「出海(いずみ)」。
 彼女が住む20世紀に建てられた古いマンションの隣室から異臭がする。やむを得ずマンション退去して、友人知人宅を転転とする。
 いわゆる住処を放り出されて都市をあてもなく彷徨=(ユリシーズ)せざるをえない女性が主人公。

 彼女は、たとえばサドのジュリエットであったりジュスティーヌである可能性もある。

彼女の職業、これが肝腎!! さて何にする? あるいは無職か、契約が切れたばかりの契 約社員?

 彼女はスタイル抜群だが、顔はその輪郭と目、鼻、口がどこかアンバランスで、いつでも困ったような、済みませんといったような表情をしている。いわば、昔使われたことのあるバックシャン(背中美人)といった感じ。女性の容貌のマイナス面をことさら描写するのはいかがなものかと思うが、そこで躓く訳にはいかない。
 その容貌のアンバランスを正直に告げて、故に背後から犯す男。
��おいおい、それはまたボリス・ヴィアンの「心臓抜き」の一場面のパクリに似ていて、前作で使ってしまっていますよw、やめましょう)

 5倍ズームカメラで覗きをする男。
「35倍でズーム出来て、その上、頭やハートの中まで透視できればいいのにね」
 これは彼女の言葉。
 男はたまたま街で知り合った年下の男だが、彼はやがて殺人行為を決行するに至る。

 女性性の聖と俗(「聖と俗」って昔流行して手垢が付いていますが......)。


 うーむ、メチャクチャなメモ。
 ここから作品が立ち上がるとは、到底、思えませぬが、とりあえずはメモ!!


2010年12月19日日曜日

羨ましい限り



 ジャズ・ピアニスト上原ひろみの動画をさんざん見た上に、例の試聴サイトでHiromi Ueharaで検索したらヒットしなかったが、ただHiromiで検索したらアルバムが2枚ヒットした。アメリカではHiromiで通っているらしい。その2枚、チック・コリアと演奏している「Duet」と「Jazz in the garden」を聴いた。チック・コリアとの競演もすごいが、後者のトリオも結構いい。
 若くて、才能があって、しかも楽しそうで、羨ましい限り。
 こんな風に楽しそうな顔をして小説が書けたらいいのに、ね、ね!!





 Sicilian Blue 、これ、彼女自身の作曲であるらしい。




 まだ一行も書き出せない。
 存在としてのイメージが固まらないだけでなく、人間としての現実的細部も決まらないからだ。
 後者が案外大事なのに、これまでおろそかにして来過ぎた。
 一応、臨戦態勢をとって手元にアナログの創作メモをおいているのだけど、まだ5行しか書き記されていない、ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ。年内に書き出さないと間に合わないぞ(と自分を脅してみる)。
 そうか、年賀状も何とかしないと。こちらも絵、または写真が決まらない。


2010年12月18日土曜日

誰が書いたのか

 もしあなたがどうしてもそれを知りたいなら言うのだが、わたしは本当は生まれないほうがよかった。人生とはくたびれるものだと思う。勿論、今となっては手遅れで、わたしには人生をどうする力もない。しかし、わたしの心の底には、生まれたことを悔やむ気持ちがいつまでも残るだろう。


 こんなことを、誰が書いたのか。
 「調書」でルノード賞を得た二年後に出した短編集「発熱」(高山鉄男訳・新潮社)で、ル・クレジオが9つの短編の前に「手紙―序文」という2頁の文章を置いていて、その冒頭の言葉である。
 この時、かれはまだ弱冠25歳だったはず......。
 その終わりに近いところでさらにこんなことも書いている。

 詩とか長編とか中篇小説などというものは奇妙な遺物で、もはやだれも、あるいはほとんどだれも騙されはしない。詩だのレシ(物語)だのをなんのために作るのだろう。エクリチュール(文体)、もはや文体しか残っていない。言葉によって手探りし、綿密にかつふかぶかと探求し、描き、現実にしがみつき、現実を仮借なく痛めつける文体だけがある。


 うーむ。

2010年12月17日金曜日

まさに鬼の霍乱

 今朝、デジタル文学館に作品推薦があったので、先ほどHTMLファイルとPDFファイルを作成し、リンクを張ってアップロードした。
 案外、推薦者が増えないので、こうして自分以外の作品を推薦していただける方はありがたい。

 昼頃に、ここ数日市販の風邪薬を飲んでいた母親が、昼食後ガソリンスタンドへ燃料を入れに行っていたら携帯電話に電話をして来て、熱が出て具合が悪いという。帰宅して熱を計ったらいきなりの39,1℃なので、慌ててかかりつけの病院へ連れて行き、受診。
 インフルエンザではなく、普通の風邪だった。30分ほどの点滴に解熱剤が入っていたらしく、本人はじきに楽になったらしい。
 しばらく前にこの病院にインフルエンザ・ワクチンの接種に来たのだが、その翌日から喉が痛いと言い出したので、案外ここで風邪に感染したのかもしれない。39度の熱を出すなんて初めてのことではないか。まさに鬼の霍乱。

2010年12月16日木曜日

私がぽっくり

 毎月15日恒例の赤提灯から帰宅したら、配偶者がいきなりE・M・シオランの「カイエ」(定価28,350 、1030頁)を古書で探してくれと言う。購入のあかつきには自分も便乗し読めると思い、必死になって検索した。
 最安値も何も、古書価格19000円のが一冊しかヒットせず。
 で、それを買うのかと思ったらネットで読んだひとの感想をいくつか読んだり、なぜかシオランが84歳まで生きたことを知って、購入意欲を喪失した模様。
 何とも人騒がせな。
 今後は自分で探して自分で注文してください。
 私がぽっくり死んでしまったら、どうするんですか?! と言ってみたがまったく効果なし、あわわ...(ーー;)
 まあ、シオランなど読まない方が幸せに決まっていますから、よしとしておきましょう。
 

2010年12月15日水曜日

スィッチ

 今朝も中途半端な時刻に目が覚め、先日送っていただいた創作集を開いたら、とうとうまるごと一冊読み終えて夜が明けた。
 どうもスィッチが切り替わってしまったらしいが、この期に及んでの読書モードは困ります。どうせなら創作モードをお願いいたします。

 9月に別のメーカーから35倍ズームのコンパクトデジタルカメラが発売されているのを知った。この機種は液晶モニターだけでなくファインダーもちゃんとついている。最近までウォッチングしていた機種は高倍率ズームなのにファインダーが無い、そのことに不安を感じて買わずじまいだったが、買わないで正解だったかもしれない。
 

2010年12月14日火曜日

気が遠くなってしまう(泣)

 昨夜から今朝にかけて、先日送っていただいた雑誌「現実と文学」」を通読。最近は、菜園での肉体労働が無くなったせいか妙な時刻に断眠があるので、そういう時は同人誌の作品を読む。おかげでこの頃、同人誌掲載作を読むのが捗っている。
 ただし、なかにはどうしても読めない作品がある。なぜかと考えていて、先ほど、センテンスが長くて修辞の多い文体のものが読み進められないことに気がついた。目が回ったり、気が遠くなってしまうのである。これも老化の証明かもしれない。
 そういえば、まだ「白鴉」25号の感想が書けていない。どの作品も今日的にvividな光景を描き出していてエネルギーを感じさせる同人誌なのだけれど、それに読者である私が負けてしまって、感想を書きたいのに書けない、そういう感じ。これも老化(泣)。
 もっとも私の偏向した読み方などあまりプラスにならないので作者に伝わらない方がいいのかもしれない。


 もう自作を書き始めていなければならない時期であるが、まだどんな人物を書くかも決まっていない。私の場合、ストーリーなどより先にこの人物が決まらないと何ひとつ動き出さない。厄介だなあ。
 dis-communicationを書きたいと思うのだが、会話の関節をずっと外してゆくというのはかなり難しい。

 そうか、もう次の表紙のイメージも考えておかなければならない。ボランティア編集の方の表紙も。ふたつはタイヘン。



毎度おなじみ......(ーー;)

2010年12月12日日曜日

〇△☐?三昧

 本日は、わが家かかりつけの歯科医院、先日長いもをたくさん頂戴したYさん、など三軒分の蕎麦を外二八の600gで3回に分けて打った。蕎麦を打つことより、道具を出したり片付けたりが面倒なので、いっそ三軒分を一気にということで、午前9時頃から11時半ころまで。まさに〇△☐?三昧である。
 今月初めに製粉した粉を使用したところ、それ以前のものより水回しの際に立ち上がってくる香りが強く感じられるようになった。ということは、玄ソバの問題ではなく、粉の碾き方に問題があったのだったと納得。
 同じ玄ソバでも碾き方で風味が変わる!!

2010年12月10日金曜日

読書と工作

 歳のせいか、最近ちょっと早めに就寝すると午前二時とか三時に目が覚めることがあって閉口する。昨夜もそうだった。無理に寝ようとすればかえって良くないので「木曜日」の十河順一郎『カプセルタウンからの脱出』を読み始めて、結局そのまま結末まで読んでしまった。
 ショーワ・ヘイセイ時代が1700年あまり前のことと書かれているから、近未来小説ではなく未来小説か遠未来小説とでもいうべき世界だ。ただし書かれているのはルチファーというひとりの女性をめぐる契約婚の夫、それとは別にルチファーをもてあそぶユーニと、その兄であるジュ-イによって展開される。ことにジューイは粗野な乱暴者で、弟ユー二からルチオファーを奪って自分のものにしてしまい、さらにルチファーの契約婚の相手であるアルヒーをあっさり殺してしまう。
 ジューイの粗暴な言動を見ていて、ふとW・フォークナーの粗暴な人物であるポパイのことを思い出してしまった。
 ジューイはガンであることが判明した母と眠らせたルチファーとロボットR7とともに飛行車に乗ってこの国を脱出、太平洋の地底と水中に都市を建設している島国をめざす。
 ボリス・ヴィアンやアルフレッド・ジャリに慣れ親しんだせいか、こういう荒唐無稽も嫌いではない。ただし、時代がなぜ昭和・平成から1700年(17世紀後!!)に設定されたのかがいまひとつ解らない。むしろ現代の設定でこの人物たち、このストリーで書いたとしたらどうなったか?そんなことを考えた。
 それから、もう一点、読み始めは弟ユーニが主人公であったはずなのに、いつの間にか転轍機が切り替えられたみたいに兄ジューイが主人公の小説になっていた。このことにちょっと違和感を感じた。




101209sobakirihoutyo.jpg 蕎麦切り包丁の鞘と柄がほぼ形になった。鞘はもう少しカンナとやすりをかける必要があるし、柄も白木のままでは汚れがしみこむので塗装をしなければならないが、以前こね鉢の塗装に使ったカシューが残っていたので塗ってみた。色が薄いので、最低でも3回くらいは重ね塗りしないと色合いも艶も良くならない。
 ちらちら雪も舞い始め、厳寒の地では家庭菜園も3月まで用はないので、この冬は工作でもして過ごそう。
 

2010年12月9日木曜日

信じられないほど上手になった

 文芸同人誌案内掲示板で、読書人と図書新聞の同人誌評に「出現・創刊号」が取り上げられているのを教えていただいた。読書人は11月16日の号だからもう書店には無いだろうが、図書新聞は12月11日号だからあるはずなので書店に行ってみよう。でも昔と違って田舎書店は読書新聞など置いてないかもしれない。あ、セブン・ネットショッピングではもう品切れ......

 蕎麦切り包丁の鞘を作ったら、取っ手にただ紐を巻いてあるだけの包丁なので木の柄を付けたくなった。紐が巻いてあるだけだと、蕎麦を伸ばしてから切りに入る時に丁寧に手を洗わないと紐にソバ粉がくっついて忽ち汚れてしまう。
 それが気に入らないので木で柄を付けたい。
 夕方、ホームセンターへ走って、今度は朴を買って来た。一本の材に包丁の柄の部分が入る溝を彫る道具など持ち合わせていないので、二枚の朴を貼り合せることにし、夕食後に二枚を柄のサイズに合わせて切り出し、それから柄の中に入る包丁の柄の部分が納まる3ミリの凹を二枚で1,5ミリずつ、彫刻刀で彫り始めた。手彫りで3ミリというのはそう簡単には彫れない。9時半頃まで彫っていて、ようやくもうちょっとでピタッと2枚の朴が包丁の柄の部分を挟み込んで見えなくなくくらいになったので、後は明日と思ってひょいと鞘から出した包丁を動かしたら、左手の親指に触れた、と思ったらまた切れました......。この頃、包丁の研ぎ方が信じられないほど上手になったらしい、(ーー;)

2010年12月8日水曜日

工作続き

 昨日と今日、時間をやりくりしてTさんの玄ソバ20kgと自分の最後の20kgを製粉したので、ジグソーを取り外した電動ふるい機をダンボール紙で包んで物置の棚に保管した。製粉機をエア・コンプレッサーで掃除するのは明日にする。
 夜になって、電動ふるい機から解放されたジグソーに木工用の刃を装着し、その予定で購入してあった桐の集成材の6mm厚の板をL型に切断。ボンドで接着して蕎麦切り包丁の鞘を作った。切り口などはまだそのままなので、明晩、仕上げのカンナとやすりをかけることにしよう。本当は朴の木で作りたかったが、朴は3mm、5mmといった薄い板材は販売されていなくて、1cm以上のものばかりだった、残念。

2010年12月6日月曜日

何を大移動?

 仕事も休み、菜園もすでに片付いてすること無し。昨日の続きで、電動ふるいの外箱の手前と向こう側に3cm、4cmの角材をボルトで固定し、その角材の部分にクランプという上下から挟んで固定する道具を使って、作業台としている横長の会議机に2ヶ所ずつ4個取り付けて固定した。これで、電動篩い機自体は会議机に固定されて、両手が使える。会議机自体の振動は、左右の端に20kgくらいの荷物を置くことでだいぶ改善された。
 昨日は机の上に置いたものが振動で踊って、そのうちに落下してしまった。
 専用の台を作って固定してしまえばいいのだが、収納場所を考えると使う時だけ固定する方式の方がこじんまりしていていい。
 そうこうしているうちにTさんが今年の玄ソバを製粉してほしいというので、Tさんの家まで持ちに行き、時間に余裕があったので循環式精米機で玄ソバの「磨き」をしておいた。といっても、精米機のホッパーに玄ソバを入れ、抵抗ゼロにして20分ほど回しているだけだが、土埃やら萼やらのゴミが両手で持ちきれないほど出る。玄ソバがピカピカ光るようになった。

 午後、妻の買い物に同道。評判のいい地元スーパーに行ったら、さすが、他の安売りスーパーには無かった「スター・アニス」のミニ袋(スター・アニス2個で、レシピの必要量にぴったり)があったのでひと袋購入。レシピに書かれたシェリー・ビネガーが見つからなかったので、適当にワイン・ビネガーとリンゴ酢のどちらかにしようと自己判断したが、結局、前者の小瓶を購入。米酢は家にあるもので済ませられるから買わなかった。
 帰宅後、細めの赤茎rhubarbだけを選んで3cmの長さに切り、酢、砂糖などの材料を鍋に入れて沸騰させ、それをrhubarbの茎を入れた別の鍋に注いだ。
 レシピに書かれているpourという言葉が、翻訳ソフトやweb翻訳で「大移動」と訳されていて、何を大移動させるかチンプンカンプンだったが、どうやら、「注ぐ」が正解らしい。(もっとまじめに英語を勉強しておくべきだった)
101205rhubarbpickles.jpg ピクルスというものは、生の素材を漬け込むものと思っていたので、熱した酢主体の液体を注ぐというのがイメージできなかったのが混乱の元だった。だいたい、キュウリやトマトのピクルスくらいしか口にしたことがないので分らない。ラッキョウの酢漬けだって、生のラッキョウを漬けるのだろうし。ま、おじさんが妙なことに首を突っ込んでいるのだから仕方ないが、適当に空いていたガラスビンに入れたら、何となくピクルスっぽくは見える。作業中にこれまで嗅いだことのないような匂いが漂ってきたが、これがスター・アニスの匂いか、ふうむ。
 これでしばらく冷蔵庫に入れておけばいいのだろう、やれやれ。



 夕食時に、昨日製粉したソバ粉でつなぎを使わず十割で打ってみた。予測通り、60メッシュ以上にしたら、ちゃんとつながった。「私は十割蕎麦を打っています」などと自慢げに言うことも無い。やはり、粒子が細かいソバ粉を使えばだれでも十割蕎麦は打てるのだ。
 しかし、どうも食感は二八の方がいいような気がするので、次回からはまた二八に戻す予定。
 今年の蕎麦は昨年のものに比べて風味が劣るような気がするが、気のせい? 昨年は新蕎麦の時には水回しの時には緑がかった色をしていたのだが、今年はそれが無い。風味といえば味と香りをふくめた感覚であろうが、今年の蕎麦は、味はともかく香りが弱い。香りの無い蕎麦は貧弱である。
 雨に祟られて、刈り取りから脱穀まで2週間もかかってしまったせいかもしれない。八月、九月の異常高温のせいかもしれないし、原因は判らない。むずかしい。

2010年12月5日日曜日

「木曜日」27号

mokuyoubi27.jpg 昨日、よこいさんから送っていただいた「木曜日」27号(11月30日発行)、昨夜のうちに長めの二作を除く小説4作を読んだ。
 よこいさんの「墨中遊行」、最後の男との会話の部分、13行が惜しかったような気がする。この13行が別のものであったら、作品の様相が一変していたかもしれない。
 菅原英理子さんの「羽あるもののメッセージ」は、前号の作品「掌の上の恩恵」に感心してデジタル文学館に推薦させていただいたのだったが、この作品も文体に無理が無くて、他者の言葉を読むという一種の呼吸作用が自然に出来、実に心地よい文章で書かれている。題名にあるように、こどもの頃にまで遡って、黄金虫など虫のことなど些細なことが書かれているのだが、場面ごとに印象が深い。楽しみな作者である。
 「或る夏の朝」はタイトル、作者名に大きく場所を取ってもなお見開き二頁だけの掌編だが、ふと内田百閒の「旅順入城式」という短編の幻想を思い出させられた。あり得ないはずのものを現前させることができる。これは文学の大事な力のひとつだと思いました。

 長めの二作はこれから読ませていただきます。




電動化成功

 12月に入ったので、朝のうちに妻の車のタイヤをスタッドレスに交換してから、玄ソバ20kgの製粉にかかる。「スピードコントローラ」が午前中に代引きで配達されるはずだが、製粉機に一回かけて、そば殻だけは手で篩い出しておこうと考え、先に作業を始めたが、ちょどそば殻を篩い終わった頃に「スピードコントローラ」が到着。早速電源に接続し、その「スピードコントローラー」にジグソーのコンセントを差し込む。そしてジグソーの無段変速の方は最高にしておき、「スピードコントローラー」のダイヤルを3にして電源をON。ちょっとまだストロークが激しいので目盛り3より更に下げると、だいたい良さそうな感じですが、それにしても振動が激しいのでこんな事務机の上に置いただけでは落ちてしまいそうで、専用の台を作り、しかも何か重りをつけないとダメです。
 しかし、この振動の仕方、じっと見ているとぷっと吹き出してしてしまいそう。
 妻が今年になって購入したデジカメがHD動画まで撮影できるので、ちょっと借りて撮った動画をアップしてみました。
 とうとう、YouTubeデビューまでしてしまいました、(ーー;) 何とも粗忽な......



 蕎麦粉の方は、玄ソバ20kgからソバ粉が1kgで14袋出来ました。

 ソバ粉は、粒子が細かい方が蕎麦が打ちやすく、つながりやすい。
 他方、風味を感じるのは粒子が細かいソバ粉より粗いソバ粉の方だと言われています。つまり、打ちやすく風味のある蕎麦というのはなかなか成立しにくい。矛盾してしまうのです。打ちやすいようにソバ粉の粒子を細かくすれば、風味が失われる。風味を重視して粗碾きの粉にすればつながりにくくなって、短く切れてしまう。
 打ちやすく、しかも風味を感じさせる蕎麦が打てるソバ粉。
 篩いの電動化で何となくそういうソバ粉のイメージが湧いてきました。
 今日のソバ粉で、明日、十割蕎麦に挑戦してみよう。多分、うまく行くはず。


2010年12月4日土曜日

泥沼?

 先週、従姉から、便秘解消にいいらしいのでにRhubarbを採らせてほしいと電話があったが、その後忙しくて採りに来たのか、来ないのか、不明。
 庭先に野菜クズなどが大量にビニール袋に入っていたので、夕方、菜園の隅に掘った穴に捨てに行って、Rhubarbがある一角に行ってみた。もうほとんど凍みてしまっているが、下部の中央でまだピンとしている若い茎もあり、赤くて細めのものを採取してレジ袋に入れ、帰宅、計量したらちょうど1kgあった。これでRhubarb Picklesを作ってみようと思ったのだが、滑り込みセーフか、それとも、もう繊維がふにゃふにゃしていてダメなのか、とにかく試行。
 といってもPicklesの作り方など知らないからネットで検索。日本語ではなく英語で検索するとレシピが見つかった。
 「シェリー酒の酢」とか、見つけるのが面倒なのでリンゴ酢とかで代用しておこうと思うが、star aniseというのが分らないので調べたら大茴香(だいういきよう)の果実を乾燥させたものだという。ほんとに星の形をしている。こんなものが、田舎のスーパーマーケットの棚にあるかどうか、明日、のぞいてみよう。この頃は結構、都会も田舎も同じ品揃えで置いてあるのである。




 電動ふるいシステム(というほど大袈裟なものではないが)はほとんど完成に近いが、どうも購入した電動ジグソーの無段変速がほとんどあてにならないことが判明。ジグソーの往復運動が0~3200回(1分あたり)と表示されているものの、そんなに回数が落ちない。動きが激しすぎてジグソーに取り付けたブレードの形に似せた金具が破壊されそうで、慌てて停止させた。
 やはり、スピードコントローラーが必要か。
 スピードコントローラーは電動工具の回転を無段階にコントロールできるらしい。
 ただし調べてみるとブラシ・モーター以外には使えませんと断り書きがしてある。ジグソーの仕様書をみると「単相直巻整流子モーター」と書かれている。整流子はブラシとセットであろうから、使えそうであるけど、使い物にならない無段変速が邪魔にならないかと調べてみたら、無段変速ダイヤルを最高の回転のところにもっていっておけば大丈夫らしい。
 ということで、さっそく注文。三十分後に代引きで発送したというメール着信(速い!)
 しかしこのコントローラーも使いものにならなかったらどうしよう。泥沼?




 「木曜日」27号、拝受。





 記録するのを忘れていたが、11月30日に、同人誌の仲間へ同報メールを送信。
 その1は、締め切りが1月末日ということ。
 もうひとつは、会計の残高が多すぎるので、来年、2011年度は月額1500円の同人費を徴収せず、残高と頁割り負担金のみで発行しますという連絡。
 版下を製作して印刷製本だけを依頼するようになってから、印刷代が安くなってだんだん残高が多くなってしまった。このあたりで少し調整しておかないと。
 2012年度以降も月額1500円は要らないので、半額か、せいぜい年間10000円くらいに値下げすべきであろう。

2010年12月3日金曜日

重宝な道具

 自宅の野沢菜はすでに一週間ほど前に漬けてしまい、菜園もすでに管理機ですべて耕してしまったのだが、母親が友だちの家で野沢菜の醤油漬けをご馳走になったらおいしかったので私も漬けたい、どこかに野沢菜がないかと言う。仕方なくTさんの携帯に電話すると自分は昨日採って今漬けているところだが、まだ畑に沢山残っているので、必要なだけどうぞという。昼食後、母親を連れてTさんの畑へ行き、30分ほど野沢菜採りをした。醤油漬けだが酢が入るので、これはこれで結構おいしい。

 それから仕事に出て、夕方、帰宅前にホームセンターに寄り、L型金具や厚さ1mm幅18mm長さ120mmの鉄のプレート、ボルト、ナットなどを購入。
 夕食後、既に買ってあった杉の板材をジグソーで切断し、内箱と外箱の底板以外の4枚の枠板を金具と木ネジでとめて箱の形にする。

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 それからさらにジグソーと篩が載る内箱を連結する部品の製作。
 買って来たL型金具と厚さ1mmの鉄製のプレートをネジで連結し、その反対側、四角で囲んだ部分を、下のジグソーの刃の丸で囲んだ部分の形にするために、黒く塗りつぶした部分を切断し取り除く必要がある。この先端部分をジグソーに取り付けるので、出来るだけジグソーの刃にそっくりにしなければならない。
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 電気ドリルに金属切断用のディスクをつけてそれで切断するつもりでいたが、よく考えてみたらジグソーが木工50mm、鉄工3mmまで切断できることになっている。プレートは1mmだから間違いなく切れるだろう。細かい作業なので、切断は明日に明るい場所で行なうことにする。

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 それにしてもこのジグソー、篩い作業を電動化するために2500円で購入した新古品だが、篩い機の動力源として使わない時は外して、木の板や鉄板、プラスティック板などを切断したり、結構重宝な道具ではあります。

2010年12月2日木曜日

疲れました

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 五人前注文し、三人で三通りずつ食べて、結構満腹。
 味については、自家栽培・自家製粉のソバ粉100%と比べること自体が無理なので、ここでは書きません。
 帰路は往路とは別のルートをとって上越方面から帰り、途中の鮮魚センターで「ふのり」を胆石持ちの家人のために、自分のために「かんずり」を買う。「かんずり」は雪で晒した唐辛子に麹と塩、柚子を混ぜて醗酵させ、更に寝かせたもので、辛味調味料。
 昼食時以外、ほとんど車に乗っていたので疲れました。
 
 秋山郷は途中の津南町からさらに東へ10kmほど入った場所にあり、ついでに立ち寄る場所ではありませんでした。
 でも、飯山線沿線でも結構農村の原風景を思わせる家々がそこかしこに広がっていて、いい光景でした。




 帰宅したら、無段変速ジグソーが届いていた。いよいよ、明日から少しずつ電動ふるいシステムの製作にかかる。早く製作しないと、前回製粉したソバ粉があちこちにあげてしまってだいぶ減ってしまったので、2回目の製粉に間に合わない。

2010年12月1日水曜日

どうか、秋山郷で

 夕方、ホームセンターに寄り、外箱、内箱を製作するための板材や戸車とレール、ネジ、ボルト、ナット、鬼目ナットなどを購入。板材が案外高くて合計で4000円を越えた。内箱の下に丸棒でコロを作って内箱を支える予定だったが、単純な往復運動なので戸車とレールで対応させることにした。ただし、ジグソーの動きが激しいと脱線するかもしれず、その場合はより原始的なコロの方が良いのかもしれないので、丸棒でコロを作成する準備はしておく。
 昨夜落札したジグソーを今日発送したというメールが着信。
 ということは、明日、代引きで配達になる。
 速い!

 そうだった、明日は越後の十日町へ「へぎ蕎麦」を食べに行く日だった。「へぎ蕎麦」が喉越しが良いのはつなぎの「フノリ」の効果であるし、オヤマボクチ蕎麦にコシがあるのはオヤマボクチの効果であるし、オヤマボクチ蕎麦の喉越しが良いとすれば打ち粉に
 ルートは飯山から秋山郷を越えて行くのだったらいいのだが、どうだろう。
 へぎ蕎麦もだが、秋山郷や飯山のオヤマボクチ蕎麦にも未練がある。同行者たちは昨年私を誘わずにオヤマボクチ蕎麦を食べに行っているので(!!!)今回はパスであろうけど。オヤマボクチ蕎麦は要りませんから、どうか、秋山郷で時間を下さい。
 (念のため、持っているデジカメ2台、持って行こう。それにしても、30倍ズームのデジカメ、欲しかったなぁ)