2009年12月30日水曜日

桐の生舟

09122910warisoba.jpg  山へ松の枝を採りに行っただけで時間があったので、昼前にソバ粉200gでつなぎ無しの10割ソバを打ってみた。先日購入した30cm×90cmの集成材で縦長に延し、切ってみたが、まずまずの出来。やはり、粉の粒子が細かければつなぎ無し、水だけでつながる。200gは少なすぎて仕事はちまちまとしてやりにくいのだが、自分が食べるだけを打つとなるとこうなる。実際は200gでは多く、150gでいい。 
 いよいよ年末年始で1kgくらいまとめて打たなくてはならなくなるので、江戸流の麺棒を二本使う方法にチャレンジしてみようと思い、昼食後、ホームセンターではなく個人の金物店に行って延し捧を見たら、ホームセンターより出来が良くて値段が300円ほど安かった。直径3,5cm、長さ90cmのものを購入。帰宅して早速サンドペーパーをかけ、クルミ油で磨く。薄く延すために、半分を麺棒に巻き取っておいて残る半分を延すという、狭い延し板で1k以上を打つには便利な方法なので身につけたい。 

091229namabune.jpg それからO原さんの家に行き、スプレー法による水回しのやり方を書いた本のコピーを届けたら、上がれと言う。歳末に寄るのは気が引けたが、コーヒーをご馳走になり、自作のこね鉢、自作の蕎麦切り包丁、自作の駒板、生舟などを見せてもらう。職人のネットワークがあるからこそで、必要な工具や機械は間に合って、それで自作できるのだろうけど、すごい。蕎麦切り包丁は、石材店でかつて石切に使っていた巨大な回転式の丸い刃を溶接機で切り、それを包丁にしたらしい。よくもそんなことを考えつくものである。
 帰り際に、これ持って行ってと桐の生舟を渡された。頂戴するわけにはいかないと遠慮したが、結局いただいてしまった。明日にでもお返しにソバ粉をお届けしておこう。これまでは発砲スチロールの平箱やタッパーで間に合わせていたのが、桐の生舟では中身の蕎麦の外見も美しく揃えて並べなければならない。


2009年12月29日火曜日

ぬるま湯に慣れてはいけなかった

 不況のせいか一件が片付かずに越年しそうだが、それを除けば仕事はすべて片付いて、今日は午前中は餅つき、午後は玄ソバ20kgを製粉。
 餅つきは電動の蒸す・搗くタイプなので水と水を吸わせたもち米を入れ、スイッチを入れるだけ。2升搗きを3回。年寄りがいると昔の大家族生活が頭から離れないのか、どうも量が大袈裟で、今の3人暮らしには多すぎるのだが言うことをきかない。多すぎたら冷凍にすればいいとか言って。もっとも誰かに上げたいらしいので、多くなるのだけれど。
 ソバは、年末になってあちこちに上げたらだいぶ少なくなってしまったのと、新年早々の製粉作業はいやなのと、一回目のそば殻と実を分けるための臼の間隔がまだ狭いのではないかと思い、実際にもう少し臼の間隔を開いたらどうなるか検証してみたいため。
 メーカーのマニュアルに書かれている数字は一回目は8目盛り戻すとあって、これまではその通りに8目盛り臼を緩めて挽いていたのだが、それではどうもそば殻が板のようにペッチャンコになってしまうし、実の方も細かく砕かれすぎている。そば殻も砕かれて粉の方に混じるのが多くなってしまうのである。その微細なそば殻を「星」と言って喜ぶ向きもあるが、蕎麦の味とは無縁なので、できれば多くない方がいいに決まっている。
 そこで、今日は試験的に15、20、25、30、35目盛りと、順に目盛りを大きくしていってみた。15は目だった変化は無し。20と25でそば殻がふくらみを残した形になり、実も砕かれ方が大きめになってきている。30、35で更に多くなったが、そば殻を篩い分ける際に、現在使用している網3枚セットの園芸用の篩のいちばん細かい篩では、そばの実の大きめの割れが篩いきれなくてそば殻の方に残ってしまう。網の上にはそば殻だけが残り、砕かれた実は大小すべてが網の下に落ちる、そうでなければならないので、結局20から25の間、あるいはその中間の23あたりがベストなのかもしれないので、残りを23目盛りで挽いた。
 その結果、そば殻があまり粉砕されず、きれいに篩い分けできた。ただし、最終的に出来るだけ甘皮を余計に挽きこもうとしたので、多少のそば殻の微粉は混入した。多少の星は許容しなければならないが、もう少し甘皮とそば殻の微粉を分離できるような方法を考えたい。ま、欲張らずにある程度のところで捨ててしまえば粉はきれいになるのだけど。いかに風味を残すかという一点で判断すべきでしょうが。
 今日の歩留まりは、そば殻の篩い分けがうまくいったので甘皮を十分に挽き込んだせいか、75%という数字。この地の製粉会社はは70%で粉を返して寄越すし、あるひとは雑味の混入を避けて65%に抑えているらしいが、私は、多少色が濃くなるのや星は我慢しても、甘皮の持つ風味を最大限に生かしたいと思うので、粉になりにくい甘皮を執拗に挽く。それで75%になった。
 どんな味か、早く試してみたいが、31日まで待とう。




 同人誌、私自身がいちばんマンネリなのだけど、もう一度出発点に立ち還る作業を、いよいよ来年にしようと考えている。
 ぬるま湯に慣れてはいけなかった(自分に向かって言っています)。

2009年12月28日月曜日

台所の神様、お便所の神様

091228shimenawa.jpg 夕食後、注連縄を10本作った。まだ、昨年につづいて二回目なので何となく無骨な作り。紙垂(しで)もネットで切り方を見ながら作ったが、いっしょに付ける松の葉をまだ採って来てないので、一度、山に行って来ないと付けられない。親戚の山に行っていただいて来よう。
 作ったのはいわゆる「ごぼう注連」と呼ばれる簡単な注連縄で、神棚に飾るものは作れないので芯のある松にこの「ごぼう注連」を縛り付けて飾る。他は主な部屋の他、キッチン、トイレ、庭の屋敷神などに飾る。台所の神様、お便所の神様に飾るなどと、どこの家でもしているのだろうか。





 今年のモントルー・ジャズ・フェスティバルに、Eden Brentが出ていた!!



 ここで7曲、聴けます。

2009年12月27日日曜日

部分が全体を表現する

 いつもの試聴サイトで Bill evans: turn out the stars/the final village vanguard recordings june 1980というアルバムを聴きはじめた。このサイト、呆れたことに、Bill evansのCDが重複しているものもあるにはあるが何と132枚も収録されていて、そのほとんどを聴くことが出来るのである。聴くことができるということは録音できるということ。著作権って何なんだろう。




 こうして音楽を聴いていて思うのは、私は自分が書こうとする小説について欲張りすぎということ。
 全体を書かずとも、部分を描くだけでいい。部分が全体を表現することもあるのである。
 一人の人間を描くだけで十分。そう思わなくては。
 しかし、あと5日。物理的に間に合わない。

 さらに、BWV639とBWV244AriaErbarme dich (Alto)を聴く。どちらもタルコフスキーから入った曲。

2009年12月26日土曜日

死そのものはありません

 Poete & chansonsシリーズでお気に入りの歌い手であるColombe Frezinが「 Poetes & chansons,Jean Cocteau 」でも4曲歌っていて、ことに13曲目の「 La mort n'agit pas elle-meme(死そのものはありません...直訳)」が気に入ってしまい、ランボーの 「 L'etoile a pleure Rose」とともに、毎日飽きるほど聞き続けている。Colombe Frezinは1953年生まれという以外、あまり情報はない。

2009年12月24日木曜日

ネット不通の原因は自分

 昨夜9時過ぎからネットにつながらなくなった。またかと思いつつ、待っていたがずっとつながらない。今朝になってもつながらない。昼になってもつながらない。
 あまりに長いので考えた。あ、昨夜、事情があってプロバイダの本パスワードを変更したのだった。あれが原因とすれば、新しいパスワードが拒否されているのか、新しいパスワードの入力をミスしているのか。古いパスワードを入れてみたがそれもダメ。
 仕方なく、プロバイダのサポートセンターに電話をかけて、応対してくれた女性にネットに接続できない事情を説明した。
「モデムから直接パソコンにLANケーブルで接続されていますか?」
「あ、モデムにルータがつながってそこからLANケーブルでパソコンへ接続しています」
「モデムとルータのメーカー名は?」
「モデムはNTT、ルータはバッファローです」
「形式は判りますか」
 受話器を置いてモデムとルータの型番をメモし、相手に伝える。
「バッファローのルータはルータ自体にパスワードが入力されますので、そのルータのパスワードが古いままですとネットに接続できません。ルータの方のパスワードを新しいパスワードに書き換えすれば接続されると思います」
 なるほど、そうであった。そう言われればルータを購入、設定した時に、プロバイダのIDと本パスワードを入力したことを思い出したので、お礼を言って電話を切った。一台のパソコンでモデム直結でネットにつながっているのではなく、ルータを用いて複数のパソコンをつないでいる場合はパソコンごとに「インターネット・オプション」で接続の設定をするのではなく、ルータで設定をしているのだった。それをすっかり失念していた。
 しかし、このルータの設定は確かブラウザを使って行なうはずだった。ブラウザを使う、ということはネットに接続できてこそ可能なことで、今の不通状態ではそれが出来ない。さて。
 しばらく考えていて、ルータではなく、モデムから直接LANケーブルを接続すればルータのパスワードとは無関係にブラウザの接続設定で新しいパスワードを入れればつながるはず。と思って試したらつながったので、そのまま新しいパスワードでプロバイダのMyPageに入り、昨夜変更した本アドレスを、また加入時に与えられたままの本パスワードに変更し直した。
 それで、めでたくルータの4つのポートのうち3つに接続されているパソコン3台、それぞれネットにつながるようになった。
 時期的に、私の同人誌と妻の個人誌が同様に原稿締め切り時期にさしかかっており、ネットにつながらないと原稿がメールに添付されて来るのを受信できなくなり、実に厄介なことになってしまう。

 それにしても、書けないまでも少しネット接続を控えなければなりません。

2009年12月22日火曜日

LA RUE WATT


LA RUE WATT (BORIS VIAN)

CO-MANCHE | MySpaceミュージックビデオ


 この動画、MYSPACEで発見したもので、先に唄っている男性歌手はCo-MANCHEという名前らしいが、後で右手から登場する歌手が誰か判らない。黒づくめで長い髪なのでAnnick Cisarukかと思ったが、やや画像が不鮮明で判断できない。声も似ているような気がするが断定は出来ない。Clavelというのは人名か。いや、調べてみたらパリのTHEATRE CLAVELという劇場であるらしい。とすれば、やはりこの黒づくめの女性は Annick Cisarukに間違いなさそうだ。

2009年12月21日月曜日

さめてしまった憤り

 買ったまま少し聴きかじっただけの10枚組みの「バッハオルガン全集」を毎日2枚ずつ5日かけてiTuneに取り込んでしまうことにした。
 今や、音楽は「パソコン+外付けの1,5チャンネルスピーカー」に頼り放しなので、それ以外に音楽を聴く手段がない。そのために容量の大きい音楽ファイルや画像・動画ファイルはすべてパソコン本体のHDDではなく、外付けのHDDに保存するようにしているのだけど、それにしてもHDDでなくてもUSBフラッシュ・メモリでもかつてのHDDに負けない容量があるのだから参ってしまう。

 あいかわらずランボーやボリス・ヴィアンの詩に曲がつけられた歌を聴いている。
 ランボーの「L'etoile a pleure Rose」、ボリス・ヴィアンの「 La Rue Watt」や「A tous les enfants」、「Le Tzigane」。
 その他、ジャン・コクトーの「 J'ai dans un train ...」、ロベール・デスノスの「 Lisbonne」、マックス・ジャコブの「 La Babylone 」など、しつこいほど聴き続けている。久しぶりに町田町蔵(町田康)の「ボリス・ヴィアンの憤り」まで聴いてしまった。
 その「憤り」という言葉で、朔太郎の俳句「枯れ菊や日々に冷めゆくいきどほり」を思い出してしまった。
 冷めてしまった憤りなんて、どう始末したらいいのやら。
 
 そういえばTom Waitsのアルバム「Mule variations」の録音レヴェルの設定が適切でなかったらしく、音が割れて聴き苦しい。もう一度iTuneに入れ直さなければ。

 小説、まだ3枚目で、人物も動き出す気配なし。
 怪しすぎる、一人称三年寝太郎小説。
 やはり主人公を男ではなく女性にすべきか?
 いずれにしても、また、締め切りに間に合わない。
 ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ

2009年12月20日日曜日

焼きがまわった

 ひょんなことから、先年亡くなった、さる同人誌のこてこての私小説の書き手の息子さんの、そのブログに迷い込んでしまった。自分の不倫を臆面もなく隠さず書いてしまうような、それでいて繊細な無頼派で、私とはまったく対極にある書き手だったが、人間としてはとても愛すべきひとだった。今でも時々思い出す。
 思うように生きられず、思うような書くことが出来ない自分に比べ、好きなように生きて、好きなように書いて実にうらやましいひとと思うのだが、本人の耳にそんなことが入ったら、「おれだって好きなように生きて、好きなように書いた訳じゃない」と言われそう。
 その息子さんだが、やはり生きて生活するだけでは満足できないらしく音楽をやっている。それも迷いながらで、やはり父の子である。

 夕方、暗くなって夕食も済み、家の出入り口の門扉を閉めてしまった後、ドドドドド......という響き。長男のアポ無し帰宅である。この寒いのにと思ったらオートバイを家に置きに戻ったらしい。大事なオートバイをいつまでも勤務先の駐輪場に置いておく訳にはいかないだろう。
 帰宅しても親とあまり会話をしないが、考えてみれば自分だってあの年頃ではそうだったのだから、放っておこう。物書きのはしくれとしては、その思考や感情の動きをもっと把握しなければならないのだが、まったく把握できない。
 これを焼きがまわったという。若者に期待しよう。

2009年12月19日土曜日

精神のリレー

 「A good man is hard to find (善人はめったにいない)」
 この魅力的なタイトルを私が知ったのは、Nさんが書かれた文章で知ったフラナリー・オコナーの小説からであったが、実はこのタイトルの歌はフラナリー・オコナーの小説以前に存在していた。フラナリー・オコナーがこの歌の題名を小説の題名にいただいたというのが真相ではないか。
 今、私が入り浸っているヨーロッパの試聴サイトで「A good man is hard to find 」と入力して検索してみると、何と、32 artistesの53 versions がヒットした。知っている名だけでもベッシー・スミス、トム・ウェイツ、フランク・シナトラなどが唄っています。
 
 そこで、この歌の作詞、作曲者は誰かと検索してみたら
Origin
This phrase was coined by Eddie Green, as the title of his song "A Good Man Is Hard To Find". This was composed in 1918 and first offered for sale as a piano roll in the Fort Wayne Journal-Gazette, on 12th December that year (just in time for Christmas - a bargain at 90 cents):
という文章にたどり着きました。
 Eddie Greenという人物が1918年に発表した歌のタイトルなのでした。
 歌から小説へ、まさに精神のリレーが行なわれていたのでした。
 

2009年12月18日金曜日

森閑とした世界に

 12日に注文した蕎麦打ちの本の発送案内メールが来ないので、ネットの「お届け状況」のページにアクセスしてみたら、もう町内の7イレブンに到着していた。7&Yからセブンネットショッピングになったら発送案内のメールは送らないことになったのかと思ったら、そうでもないらしい。メールは発信されたがどこかへ行方不明になったか、こちらのメーラーの設定に問題ありか。
 とにかく早速行って引き取ってきた。値段の割りに薄い本だが、十割蕎麦を打つにあたっての貴重な情報が得られたのでよしとする。

 この頃また、例の試聴サイトに行ってバッハのカンタータばかりBGMにしている。今夜はbwv138-140の20曲。bwv140アリアの出だしにゾクっ。アリアばかり拾い聴きするのは精神のエネルギーが減衰している証拠か。
 こちらはYouTube。bwv140コラールのなかのSleepers wake。



 ネット接続を切断し、音も映像もない森閑とした世界にもっと身を沈めなければいけないのだけど......、好事魔多しではなくて、悪事魔多しかも、(ーー;)



2009年12月15日火曜日

浅間山

091214asama.jpg

 なかなか、写真を撮るほどに晴れない、空気が澄まない。

2009年12月14日月曜日

いよいよ崖から跳んで飛行するための助走

 県内の同人誌の団体が二年に一回所属各誌推薦作を一作ずつ掲載する雑誌を発行するのだが、今月締め切りの今回は当誌からは推薦作無しの報告を投函した。
 50枚以内の小説という規約だと、当誌ではひとりの同人の短編1作しか該当しない。
 50枚以内という制限はこの春の幹事会で枚数超過もOKとなったが、超過分の頁当たり掲載料がペナルティではないかと思うくらい高く、これでは50枚以上の作を出してくるところはないだろう。
 また、小説だけというのも偏狭である。文学は小説だけにあらず評論だって作品研究だっていいではないかと思うのだが、こういう意見は私だけで幹事会で誰も賛成する者はいなかった。
 当初は既定内で自動的に決まる1作を推薦する考えだったが、それでは今のやり方を肯定していることになってしまう。
 せっかく、規約通りに発行ごとに各誌へ5部ずつ送付し合っているにもかかわらず、相互批評も絶えて無く、会長の講評も聴くことが出来ない。一年に一度集まって親睦を図っている、それだけでは嫌なのです。

 そろそろ古い皮袋は捨てて、新しい皮袋にすべき時期なのかもしれない。というか遅きに失したのかも。今さら居住地域にこだわる必要もなし、すべてをリセットすべきなのか。




091213oyamabokuchisoba.jpg  昨日打った二八蕎麦が冷蔵庫に保管されているので、オヤマボクチ蕎麦も少々打って食べ比べてみようと、夕方ちょこちょこっと蕎麦打ち。ソバ粉200g、甘皮を挽き込んだもの50g、精製オヤマボクチ1g、水125ml~150mlを準備。量が少ないのでいつもの板は出さずに先日購入した集成材の切り板で縦長(横長?)に伸してみた。RSSリーダーに登録しているブログのお二方がこういう幅の狭い板で二人前くらいの蕎麦を打っておいでなのを見ていて、試してみたが、板が30cm×90cmでやや狭かったのと、できるだけ薄く延すオヤマボクチ蕎麦だったので、はみ出しそうになってしまった。それで厚みも同じではなく場所によって厚い、薄いができてしまった。加水はかなり大目だったので延しは以前のように硬すぎて伸びないということなく、思い通りに伸せた。ただし、加水が多い分、乾燥時間が余計に必要らしく、薄いので30分くらいおいて切りはじめたらまだ粘って切れなかった。さらに30分ほど置いてようやく切れたが、二八ほどきれいにそろえて切れず、幅が不揃い。障子紙のような和紙を敷いて紙に水分を吸わせるのも一策かもしれない。
 家人二人は二八蕎麦を、私は二種類を半分ずつザルに盛って試食。
 オヤマボクチ蕎麦の感想。やはり加水を多めにして薄く延せばコシがありながら歯切れも良い蕎麦になることが判った。風味は二八そばとほとんど変わらず、甘皮を50g足した効果は不明だが、T屋さんの話から加水量の半分でオヤマボクチを煮たお湯も使用して半分湯捏ねに近かったせいで風味が薄くなった可能性もある。やはり湯捏ねは避けた方がいいような気がする。十割蕎麦も湯捏ね派が居るというが、疑問である。
 これでオヤマボクチ蕎麦もいけるという判断。
 オヤマボクチ蕎麦になぜこだわるかというと、良くつながるので、数日経過しても、慣れていない人でも、切れずに茹で上げられるということ、それからザル蕎麦でなく熱い汁物に入れても千切れないというメリットがあるから。
 今日の250gは多かったが、200gならこの集成材をのし板にして打てそうなので、オヤマボクチを使わない完全な十割蕎麦は、このスタイルで回数を多く試行してみよう。そのためにもう一本、短めの延し棒が欲しい。

2009年12月13日日曜日

三年寝太郎みたいな主人公

 書けない、書けない、と苦しんでいてふと気がついたのだが、どうも私の主人公はきわめつけの非行動派であるらしく、外側からその言動を描くといった小説の王道である書き方には適していないらしい。だから書けないのだと妙な納得。
 たとえば三年寝太郎みたいな人物を小説の主人公にしたら、どんな風に書けるのだろう? 埴谷さんの小説もそんな感じがしないでもない。




 夕方4時頃、また蕎麦打ちを始めた。
 今日は、二年間ただで80坪ほどの畑(宅地に造成された)を貸していただいたKさんのお宅へ、畑をお返しする挨拶代わりに、それから近くのH樹君の家、わが家の3人前、合わせて1,2kg。水回しと捏ねは1度で、延しと切りは2回に分けて行なった。
 こうやって少しずつ、食べていただける蕎麦に近づいて行こうという亀の歩み。

 一回目は順調だったが、二回目の分がたたみ目が少し切れ気味だった。ポリ袋に入れて乾燥しないようにはしてあったのだが、もう十分捏ねられたものだったのでそのまま延しに入ったのが良くなかったのかもしれない。再度手水をして少々捏ねれば良かった。
 わが家の分のソバは今夜ではなく、明日、天ぷらそばにしたいという家人の意見のためポリ袋に密封して冷蔵庫で保存。こうすれば、多分数日は大丈夫のはず。

 十割蕎麦についての本を一冊、セブンアンドワイ改めセブンネットショッピングで注文。そういえば、この夏にnanacoの登録もしてあって72ポイントほど貯まっていた。

 せっかく打った蕎麦が食べられないので、蕎麦掻きを作ることにした。
 これまで、蕎麦掻きはソバ粉を器に入れ、沸騰したお湯を注ぎながら手早くかき回すという方法で作っていたが、これだとお湯の量が適当で出来具合に硬い、柔らかいの差が生じてしまう。
 そこで、あらかじめ手鍋にソバ粉と水を入れてダマが出来ないように溶かしたものを火にかける方法に切り替えることにした。水の量はソバ粉の3倍。普通のソバ粉に甘皮を引き込んだものを混ぜたいと思ったが、母屋には置いてないので取りに行くのが面倒で普通のソバ粉だけで製造。
 水加減、ちょうど良く、ワサビ醤油で味見してみたが、柔らかさ、なめらかさ、風味、まずまず。甘皮を引き込んだものを入れたらもっと風味が強くなっただろう。
 今後はこの方法にしよう。普通の手鍋よりもテフロン加工の手鍋の方がこびりつかなくていいらしい。


2009年12月12日土曜日

一読に如かず

 久しぶりに「小説・書くひと=読むひと・ネット」へ感想記事を書こうとしたが、いろいろややこしく書くよりもいいと思って、冒頭の1頁をそっくり貼り付けさせたいただいた。良い文章もまた百聞は一読に如かずであろうと思って。(実は少し横着)




 一昨日、T屋さんを訪ねて行ったら、O原さんに玄ソバ10kgの製粉を頼まれた。T屋さんから買ったらしいが、製粉会社では20kg以下は引き受けてくれないので困っているらしい。
 素人で製粉も下手なので、これまで自分のとT屋さんのソバ粉以外挽いたことがないのだが、仕方なく引き受けてきて、昨日の午後、少し時間が空いたので製粉決行。だんだん要領が良くなってきたので、10kgを2時間かからないで終了。歩留まり75%。

 ソバ粉を製粉する時に、玄ソバの殻の内側に緑色を帯びた甘皮という部分がある。麦のフスマ同様で、一番粉ニ番粉三番粉と篩いにかけていっても、甘皮はなかなか製粉されずに篩い残ってしまう。ふと思いついて、前回製粉した時に、その甘皮の部分だけを別に製粉機に三回通し、それを80目(64メッシュ)の篩いで篩い、それを別に真空パックして保存しておいた。
 それを先ほどたまたま思い出して、マグカップにスプーン2杯分入れ、熱湯をさして簡易蕎麦湯にしてみた。やはりやや黄緑色をしており、飲んでみるとそばの風味が強くとろとろであった。蕎麦掻きにも混ぜてみよう。この次蕎麦打ちをする時にもこれを1割くらい混ぜてみよう。多分、量が多いと蕎麦がつながらなくなる可能性あり。

2009年12月9日水曜日

テクスト相互関連性

 昨夜の文書を読んでいて、結局ピエール・マッコルランの「La Maison du retour écœurant(反吐の家)」と、マルセル・エメの「Les Jumeaux du Diable(悪魔の双子)」という小説と、ボリス・ヴィアンの「日々の泡」、「北京の秋」、「赤い草」、「心臓抜き」の4作とにはintertextuallyがあるという。
 このintertextuallyがよく解らないのですが、辞書ではテクスト相互関連性とあります。
 ヴィアンの「屠殺屋入門」の解説に生田耕作さんが書かれている文章の末尾にマルセル・エメの名があったが、これで作品名が「悪魔の双子」だと知ることが出来た。
 それにしても、残念ながら「反吐の家」も「悪魔の双子」も日本語訳はないようだ。
 もっとフランス語をまじめに勉強しておけばよかったと思うのだけど、田舎からぽっと出た学生は、いきなりアポリネールの「オノレ、シュブラック氏の失踪」をリーダーにされて、すっかり躓いてしまったのでした。

2009年12月8日火曜日

蛇の道

 ピエール・マッコルランの「La Maison du retour écœurant(反吐の家)」の翻訳がないことは判っていたが、なにか手がかりはないかと検索していて、「The flight of the angels: intertextuality in four novels of Boris Vian (天使の飛行――ボリス・ヴィアンの四つの小説におけるintertextually)」(Alistair Charles Rolls著 - 1999 )という本にたどり着いた。
 それが著作権問題で何かと話題のグーグル・ブックスで、1頁ごとにスキャンした画像で当該の頁が表示されている。
 ヘボな英語力でモニター上の英文を読むのはきついので、いつものくせで画像を保存しようとしたら、さすが保存できない設定になっていました。では紙に印刷をと思ったら、他の部分だけ印刷できてかんじんの本文をスキャンした画像は印刷できませんでした。まあ、これくらい神経を使わなくてはタダでダウン・ロードされてしまいますから当然でしょう。
 でも、或る方法で、1頁だけ画像として保存させていただきました。ボリス・ヴィアンの小説とマッコルランの「反吐の家」について言及しているので読まない訳にはいきません。
 画像をOCRにかけてテキスト化し、翻訳ソフトにかけてみようと思っているが、そういうことに使われないように画像の解像度が適度に低くされているので、読み取り精度も低いだろう。手で修正しなければならない。

2009年12月7日月曜日

OCR

 レーザー・プリンタが届いたので、早速、壊れたプリンタを外し、新しい方を使えるように接続と設定をした。さすがにプリンタ単体よりスキャナー、コピー機能があるだけ大きめだが、何とかこれまでの場所、デスクトップ・パソコンのラックの一番上に置くことが出来た。
 複合機でスキャナーが上部にあるので、給紙と排紙はすべて前面にあり、これはいい。
 設置が済んで3台のパソコンにプリンタ・ドライバをインストールし、さらに自分のノート・パソコンにはスキャナー・ドライバも入れようとしたら、インストールできない。どうやら何種類も入れてあるPDF作成ソフトのうち、一太郎のメーカーのPDF作成編集ソフトが邪魔をしているらしいので、それをいったんアンインストールしたら、一発でインストールできた。ソフト同士の相性が悪いというのはこういうことか。
 以前から単体のスキャナーがあるのだが、もうだいぶ旧式だし、一応こちらも使えるようにしておこうと思い、スキャナー・ドライバを入れた。ほかにスキャンした画像ファイルを管理するソフトと「読取革命Lite」というOCRソフトのバンドル版がついているが、これはインストールせず、新しいスキャナーで取り込んだ画像ファイルをこれまで使ってきた「読んde!!ココver.12」で開くように設定した。
 OCRソフトは使う者の設定の仕方次第で読取精度も変わるので、あまりソフト自体を替えたくない。昔はバンドル版の読み取り精度が悪すぎて悪戦苦闘した。今の設定だと雑誌を見開き2頁読み取りしても読み取りミスが一ヶ所もないこともあり、今の「読んde!!ココ」で十分満足している。

 それにしても、また印刷速度が速くなっていて驚いた。

 相変わらず、Poetes & chansons。Louis AragonのElsa mon eau vive をAnnick Cisarukが唄っているのを発見。



2009年12月6日日曜日

メモ

 レーザー・プリンター、発送案内のメール着信。明日配達。
 ネット上のカタログPDFを詳しく読んでみたが、やはり両面対応の機種にしておけばよかったかもしれない。2台目を購入した時にはまだ珍しかった両面対応だが、今では標準機能に近いし、スキャニングさえ両面対応と表示されている。
 それにしても、プリンター、コピー、スキャナーが一体化されていて2万円以下とは、まさにデフレ。プリンターだけでも価格はそうは違わない。となれば複合機を選んでしまう。

 今月末締め切り予定のところ、既に2編原稿が送信されてきており、また今夜は締切日確認の電話もあり。
 
 


2009年12月5日土曜日

レーザー・プリンター様々

 いきなり変な音がして、レーザー・プリンターが壊れた。
 最近、紙づまりが多いような気がしていたが、ついにモーターが空回りしているような奇怪な音がして印刷できなくなった。紙送りが出来なくなったようだ。
 これが2台目のレーザープリンターだが、インクジェット式のカラープリンターが年に一度の年賀状作成にしか使用しないのに比べ、レーザー・プリンターはほぼ365日使わない日はないので、もう壊れても仕方ない時期に来ている。
 さいわい、価格ドットコムで検索したら、今程度の機能でスキャナーとコピー機能がついている複合機で2万円を切っている機種があった。FAX機能は要らない。もう1万円出すと両面印刷機能がついているが、どの程度の両面印刷か判らないのでパス。
 最安値ではないが、3番目くらいに送料無料のAmazonの名があったので、即刻オーダー。日曜か、遅くとも月曜には配達されるだろう。
 仕事で伝票や帳票を印刷、同人誌の編集作業ではレイアウトしたものを印刷にかけてデータ出力見本としてデータとともに送らなければならないし、校正も印刷したものがないと始まらないし、とにかくレーザープリンター様々なのであります。
 2代目様、今日までお世話になりました。




 このところ県内同人誌の発行ラッシュで一ヶ月ちょっとの間に5誌が送付されて来た。一応開いてみるのだが、どうも旧態依然の作品ばかりで読めなかった。ところが先日送られてきた誌で2作、小説を読んだ。1作はほぼ同時代で自分と重なる部分があって読んでしまったのだが、もう一作は書き出しの数百字のイメージ喚起力が強く、それに引きずられて最後まで一気に読ませられてしまった。書き出しは、結局、夢の描写なのだったが、それがないと普通の小説になってしまう。この作品が読めてよかった。デジタル文学館に推薦しようかな。中身がちょっと素朴すぎるか......。




 Kurt redel interprete bachというCDを聴いていて、そのなかに収められている「G線上のアリア」を3回聴いてしまった。
 昔、「電話線上を流れるアリア」という掌編を書きかけたままだったのを思い出した。題名だけを覚えていて、内容はだいぶ忘れた。多分、チエーホフの「退屈な話」のカーチャのような女性が電話線の向こうにいたはず。前にも書いたが、今ではすっかりカーチャが嫌いになった。むしろ教授に親近感を感じる。

2009年12月3日木曜日

謝恩蕎麦会、その他

 母親の茶飲み仲間に蕎麦会をと話したら全員が乗り気ということで、月末を過ぎてからと返事をしたら2日にどうだと言う。
 人間という奇妙な存在は、齢を重ねれば重ねるほどに他者への想像力を喪失し自分の都合だけに生きる動物であるらしいので仕方なく了承し、今朝、朝食すぐに蕎麦打ちを開始。
 人数は6人というので、お年寄りだし800gくらいでいいかと思ったが余ったら蕎麦会の会場を提供してくれたA子さんの家に置いてくればいいので1kg打ってみようと思った。しかし、自分の昼食もついでにと思って外二八で、ソバ粉1kgつなぎ200gで打つことにした。こねるのはいいが、延しは90cm×90cmの板なので二回に分けることにした。
 午前8時開始で、すべて切り終えて片付け終わったのが9時半。母親と蕎麦、そばつゆ、ざる、などを車に載せて車で2分くらいのA子さんの家に届け、茹でるのは自分たちでお願いしますと伝えて、お役御免。
 午後になって帰宅した母に聞くと、母の分まで2人前食べてしまった方がいるという。それも半分とかではなく全部。母は「私はいつも食べているからいいわ」とか言って、仕方なくおにぎりを食べたという。ま、いちばん年寄りである母とお付き合いしてくれている皆さんへの謝恩蕎麦会ですので、それでいいんですが。
 
 

 
 私の好きな彼の2曲がアップされていた。
 5年前のロンドン公演らしいが、その歌い方もだけど1曲目のその左足の過剰な動きに思わず大爆笑。Come on Up to the Houseとは、いつまでも現われない神への憤りの歌ではないかとさえ思ってしまう。
 背中に神を負っている民族=人間と、無神論的無政府主義的民族=人間とでは、やはり背骨の太さが違います。神を背骨にしている人間=民族の方がずっと骨太。神を背骨に持たない日本人はどこか骨細でひ弱でありますが、それはそれで仕方ありません。

 あれれ、この動画、たまたま接続が切れてしまいますね。その際はこちらこちら

 リアリズムの小説の胡散臭さに背を向けたはずが、気がついてみればフィクション(虚構)の胡散臭さにも直面してしまっていて、身動きが取れない。
 こんな状況でなおも書かなければならないものがあるとしたら、それは何なのだろう? ストーリーとか構成とかモチーフとかモチベーションとか、そんなことはどうでもよくて、人間というこの奇妙な存在の吐息、荒い息そのものが描写できればいいのではないか。
 文章は作家の呼吸のようなもの、でもある。
 つまらない小説を書くくらいなら、安いウィスキーなどを呷りトム・ウェイツの狼のうなり声のような無頼な歌を背中で聴きながら、無頼なブコウスキーの詩や小説を読んでいる方がずっとしあわせなのかもしれない。
 あるいは反語的に、作家はすべからく無頼であるべき、なのかも、知れない。
 
 でも、自分で書いて、自分で読んでもつまらなくない小説を、一度くらいは、書いてみたいものです。

2009年12月2日水曜日

星は薔薇色の涙を流した

ランボーのL'étoile a pleuré Roseという4行詩にHélène Triompheによって曲が付けられ、Colombe Frézinが歌っているのが気に入って毎日流しているが、同じ詩にLéo Ferréも曲を付けてみずから歌っているのでこれも聴いてみた。が、いかにLéo Ferréとはいえ、やはり「Hélène Triomphe曲・Colombe Frézin歌」の方がメロディ、リズム、ピアノ、ずっといい。
��以前から私はLéo Ferréとはウマが合わないというか、あまり関心がないのだけど)
L'étoile a pleuré rose au coeur de tes oreilles,
L'infini roulé blanc de ta nuque à tes reins ;
La mer a perlé rousse à tes mammes vermeilles
Et l'Homme saigné noir à ton flanc souverain.

 これが詩のすべてで、この4行を題名さえ付けられておらず、書き出しのL'étoile a pleuré rose が題名代わりとなっている。
 歌はこの4行詩が2回繰り返して歌われ、3回目には下線を引いた各行の前半だけが唄われ、最後にL'étoile a pleuré rose と歌ってお終い。
 などと説明するより実際に聴いていただいた方が手っ取り早いので検索してみましたが、You Tubeにもどこにもアップされていませんでした。
 ちなみにL'étoile a pleuré rose はGoogle翻訳では「ローズ泣かれた星」、他のウェブ翻訳では「星の泣かれたバラ」とか、どうも要領を得ません。フランス語堪能な方、おいでになりませんか。
 星は薔薇色の涙を流した......

 先日、ウィルス対策ソフトの2009から2010へヴァージョン・アップしたのだったが、これがどうも具合が悪い。2009ではアップデートが自動と手動(任意)に切り替えできたのに、2010ではその切り替えがなく、自動アップデートしかない。つまり、何かの作業をしている最中でも自動的にアップデートが始まってしまい、とたんに作業速度が遅くなってしまうのだ。これはかなわない。
 かといって今さら2009にヴァージョン・ダウンしてもせいぜい一年。我慢するほかないのか。
 乗り換え? 長男は無料のソフトを勧めるが、どうも気が乗らない。

2009年12月1日火曜日

締め切りまでひと月

 昨夜、うっかり一瞬にして消してしまったファイルをようやく復活。といっても消えてしまったのは今年一年分で、昨年分までは外付けのハードディスクにバックアアップしてあった。
 しかし、こんなことをしても県内の書き手でここにアクセスしてくれているひとは五本の指を超えないくらいであろうと推測している。単なる親睦団体にすぎないのかもしれないと思うと、気持ちはずいぶん離れてしまいすになる。

 作業をしながら、トム・ウェイツの「Orphans」、「Orphans2」というアルバムを流していた。
 トム・ウェイツの歌のような小説。
 締め切りまでひと月しかなくなった。
 ガルシア・マルケスに私の偏愛する「十二の遍歴の物語」という短編集があって、「電話をかけに来ただけなの」という怖い短編があり、また「聖女」と「光は水のよう」も泣けるほどいいし、「悦楽のマリア」も妖しくていい。
 ああいう短編ひとつ、書けたら死んでもいいのだけど。
 書けない。 

 Poete & chansonsのことでエッセイ(実は埋め草)を書き始めてしまった。