2013年12月15日日曜日

断片の寄せ集め


こんな唄を聴きながら、掌編連作のうちのささやかな1編を書き始めた。
世界も、人間という名の小さな存在も、統一された一個の物語りではあり得ず、断片の寄せ集めにすぎないのだと思いながら。

2013年8月28日水曜日

新入会員を断念

十日ほど前に、26歳という若い小説の書き手から編集発行人を務める文芸同人誌への入会を打診するメールをいただきました。
ネット上での同人募集はいろいろ問題があって停止していたのですが、地元に居住しているということで、会の状況を説明するメールを返信し、とにかく1篇送っていただいて作品を拝見することにしました。
じきに掌編が送られて来ました。
書き出しは硬くてすんなり惹きこまれる感じではないのですが、以後は欠点らしいものも目につかず、先ず先ずの作品でした。入会したいと言えばどうぞどうぞといえる作品である。
ただし、こちらの同人の構成というか世代を知って、彼が戸惑っていること、顔を合わせての合評会が今は無いことなどにがっかりされているようだった。
26歳!
戸惑いはこちらにもある。
50代の終わりが一人で、あとは60代、70代、80代に手が届いたひともいる。
26歳の青年にはどう見えるだろう。
無論、60代、70代、80代とはいえ、全員がパソコンで原稿を書いて電子メールに添付して送信することのできるひとばかりで、ただの疲れた老人とは訳が違う。ひとりひとりが実に強力な同人なのです。
むしろいちばん疲れていてどうしようもないのは編集発行人である私自身です。
26歳の青年をどう処遇していいのか、途方に暮れます。
彼にいい作品を書かせることにはかなりの精神のエネルギーを使わなければなりません。
ということで、一週間ほど悩みましたが、先ほど彼に断りのメールを入れました。
彼は同人誌に入るよりも、ひとりでもふたりでもいいから、お互いの作品を批評し合える相手を見つけることの方が有意義かもしれません。

2013年8月15日木曜日

わーい

ついに歌っているColombe frézinさんご本人がYou Tubeにアップされました。
バンザイ。




2013年7月28日日曜日

かつて描かれたことのない境地


7月19日発売の予告があったのでAmazonに予約を入れておいたが、今日、ようやく届いた。発行自体が遅れたのだろう。
「残雪研究」誌で既読の作品も多いが、残雪の邦訳はすべて所持するほど偏愛しているので、入手は当然。
そういえば、訳者あとがきに書かれているが、2005年刊の長編「最后的情人」が「最後の恋人」として、近日平凡社より刊行される予定、とのこと。


2013年7月27日土曜日

「出現」6号

遅くなりましたが、「出現」6号、本日、印刷会社より届きました。
発行日は7月30日ですが、先ずは明日、同人の皆様への発送をいたします。お待たせしました。


2013年7月25日木曜日

むむむ


本日、「あるかいど」50号、メール便にて到着。
記念号ということで短い寄稿をお願いされたが、本文276頁の厚さに圧倒される。
いや、内容もすごいのであって、気合の入った小説がずらずら並んでいる。
少しずつ拝読しなければならないが、この頃どうも近眼鏡を外したくらいでは活字が読みにくくなっていて、どうやら老眼鏡を使用しなければダメになって来た。
ただし、現在持っているのは老母の逆さまつげ抜きのために買った、ホームセンターの安い老眼鏡なので、長時間の読書には使えない。
いよいよ読書用の老眼鏡を購入しなければならない、むむむ。

2013年7月16日火曜日

歳のせいか、野暮用が多いせいか

同人誌の編集レイアウトが遅れに遅れてようやく終了し、印刷会社に入稿。
5月末の締め切りなのに7月末の発行では、タイピングから印刷所に任せていた時代と変わらない遅さで、自分で編集レイアウトするからには締め切りから一ヶ月ちょっとくらいで発行にこぎつけるべき。

2013年6月26日水曜日

久々に残雪話題

創刊号からずっと送っていただいている「残雪研究」の5号が発行されているのを知ったので、早速申し込んだら、今日届いた。大きな声では言えないのだが、宛名を書いた封筒に切手を貼って送ると、誌代無料で送っていただけるのだ。
残雪作品の新しい翻訳がなかなか出版されないなか、この研究誌は実に貴重です。

そういえば、7月19日に待望久しい新訳、「かつて描かれたことのない境地: 傑作短編集」が平凡社から出ますので、Amazonで予約いたしました。

2013年6月23日日曜日

そうでした

ようやく、「文芸誌・出現」6号掲載作のレイアウトが終了し、校正原稿を出力。明日郵送できるようにした。
しかし、よくよく考えてみたら、同人の皆さんが原稿ファイルを添付して送信していただく前に、ご自分で原稿をプリント・アウトしていただいてから原稿ファイルを送信するようにしてもらえればいいのだと気がつきました。
そうすれば発行が早くなることになります、\(^o^)/

2013年5月24日金曜日

お気に入りは



昔、Kurt Redelとミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団の演奏ばかり聴いていたことがあった。
なかでもお気に入りはこの「管弦楽組曲」と、「音楽の捧げもの」

2013年5月5日日曜日

Gypsy Jazz中毒


Gypsy Jazzというジャンルがあることをつい先日まで知らなかったが、もうすっかりGypsy Jazzにはまっていて、パソコンが起動している間、ずっとネットラジオ局のGypsy Jazzを流し放し。

JazzRadio.com Gypsy Jazz
ここをクリックすれば接続されればじきにジプシー・ジャズが流れます。
ジプシーの伝統音楽とJazzの融合だそうですが、ギターにからむようなジプシー・ヴァイオリンやアコーディオンの音色がたまりません。

2013年5月4日土曜日

音楽も聞こえる小説

書きかけのまま一向に進まない小説にうんざり。主人公が聴いている音楽を読者も聴ける、そういうことが印刷媒体では不可能だが、電子ブックでは可能。今書いている小説が完成したら電子ブックにしよう!! てか

2013年4月10日水曜日

また廃墟あるいは田舎のゴーストタウン物語?

明日から書こうかな。
美しくない少女の限りなく酷薄で美しい物語。
なんて書いたら絶対書けないに決まっているので、また廃墟あるいは田舎のゴーストタウン物語。

2013年4月8日月曜日

文学も臨床もまさに人間学

作家・江場秀志さん(第9回すばる文学賞受賞)が医師として本名で出された論文集「応用人間学としてもパトス」をいただきました。
門外漢には専門的な叙述は理解できませんが、具体的な症例が実に印象的でわかりやすい書き方で、ぐっと引きこまれてしまいました。
文学も臨床もまさに人間学なのですね。じっくり読ませていただきます。

2013年4月3日水曜日

醜いやつらは皆殺し

もうだいぶ前に亡くなったフランスの作家、ボリス・ヴィアンの戯作に『醜いやつらは皆殺し』という小説がある。エンターテインメントの形式を踏んでいる小説なので、文学的価値がどうこうという作品ではないのだけれど、少しだけ気にかかる。
帯にはこう書かれている。
「美しい人間だけが住む人工の楽園を。太平洋の小島で人工空間を次々と作るM博士の異常な執念を描く鬼才のSFチック・ハードボイルド」
何だか、007の何作目だったかの悪役、「ドクターNo」を思い出してしまいました。
真でも善でも美でもない人間を排除するのは簡単ですが、かといって真でも善でも美でもない人間に存在価値や存在理由がないのかといえば、そうでもないのです。

2013年4月1日月曜日

何も知らないしろうと

新しく借りたレンタルサーバーにMovable Typeをインストールし、ブログをふたつ設置しほぼ体裁も整ったので、記事の引っ越しも決行。残るはタイトルバックに画像を入れれば任務完了、と思ったらそうでもなかった。ひとつのブログはカテゴリーは不要なので無くても構わないが、もう一方はカテゴリーで同人誌をカテゴリー分けして成り立つ批評ブログなので、各記事にカテゴリーを表示していないと困る。しかしデフォルトではカテゴリーの表示はされない設定になっている。ふにゃあ。
マニュアル本やネット検索でようやくカテゴリーを表示するタグを見つけて貼り付け、ようやく同人誌名が表示されるようになった。
あとはこれでタイトルバックの画像を入れるだけでいいのだが、これがまたスタイルシートをみても横幅はピクセル表記されているが縦がピクセル表記ではなく%表記されていて、画像の下の部分がタイトルバナーに入りきらず、隠れてしまう。
何も知らないしろうとがすることなので、結構何度も壁にぶつかります。

2013年3月29日金曜日

当然、次号は原稿を休めない

さくらインターネットのレンタルサーバのいちばん安いライトプランを、自分と妻のアカウントでそれぞれ借りてウェブページやらブログを運営してきたが、最近動作が重くなって忍耐の限度を超えたので、ライトプランの上のスタンダードプランを申し込んで引っ越し作業を開始した。
レンタルサーバーの料金は高くなるが、私の「小説書くひと=読むひと・ネット」と妻のホームページとブログをひとつのサーバに納められるので、かえって管理が簡単にな割安になるのかもしれない。

そういえば、ぼちぼち次号の原稿締め切りの告知を同人諸氏にメールしなければ。
当然、次号は原稿を休めない。

2013年3月22日金曜日

facebook widower

そういう題名の掌編を書こうと思ったら、facebook widowerという言葉がすでに存在していて驚いた。
妻がfacebookとかTwitterにはまって、食事の支度や掃除、選択、育児も手抜きするようになり、ましてや夫など視界の外に行ってしまっている。そういうfecebookに妻を魂ごと取られてしまった夫、すなわち「facebookやもめ」。
ふう、なんだか書く気が失せてきました。つまらん。

2013年3月2日土曜日

もっと書かなければならない光景

昨年から4~5ヶ月連続で、市の防災無線を使った広報で、行方不明者の情報提供を求める放送がされている。
無事発見されましたという放送がある場合とただ発見されましたという放送とがあるが、ほとんどは後者であっておそらくは亡くなっての発見である。
日本中にどれだけの、二人暮らし、一人暮らしの高齢者が危うく生きていることか。
小説のなかにもっと書かなければならない光景であると思うのですが。

2013年2月24日日曜日

もうひとつのepubリーダー

パソコンでepubファイルを読むことができるReadiumをインストールしてみた。
それで早速先日作成したepubファイルを開いてみた。
こちらも先日のAdobe Digital Editions 2.0同様、きちんと縦書き表示されていて、先ずは合格であるけれど、ひとつ大きな違いがある。それはAdobe Digital Editions 2.0の方がフォントが印刷物のそれに近くてきれいということ。
さすがにPDFファイルを作成するAcrobatを作った会社ですが、それだけの違いだが印象にずいぶん差が生じます。 

2013年2月21日木曜日

そろそろiPadとかを購入する時期かな

すでに一太郎2013が発売されているが、昨年、2012を購入して一太郎ファイルから縦書きレイアウトの小説をepubファイルに書き出しをした。
しかし、縦書きレイアウトのepubを読むリーダーというか、ビュアーで適当なソフトが無くてがっかりしてそのまま縦書きepubのことは忘れていた。
きょう、たまたままたepubのことを調べていたら、縦書きレイアウトのepubファイルをパソコンで読めるものが見つかった。昨年はまだ縦書きに対応していなかったAdobe Digital Editions だが、バージョン1.8から縦書きに対応したらしい。ということで、フリーウェアなのでダウンロードしてみた。バージョン2.0になっていた。
そこで早速適当にepubファイルを作成し、Adobe Digital Editions 2.0で開いてみた。


上はそのスクリーンショット。
一応、縦書きレイアウトで読めることは確認できた。
横書きを是認してしまえば事は簡単なのだけど、縦書き世代であるからそれがむずかしい。
それでもepubファイルが作成できるということは個人での電子出版が可能なので、スマートホンやiPadなどと同じように、パソコンでもepubを縦書き表示できる時代が足元まで来ている。
そろそろiPadとかを購入する時期かな。

2013年2月14日木曜日

実に書きにくい


このTom Waitsの曲、House where nobody livesを聴いて、そっくりタイトルをぱくって「誰も住んでいない家」という小説を書こうと思ってから何年経過しただろう。
まだ、書けない。
早い話が、人間が主人公ではなく一軒の家が主人公という実に珍妙な小説なので書きにくい。

2013年2月4日月曜日

年のせい?

ボランティアでしていた本文32頁の小雑誌のレイアウト、データ作成が終了。
明日、データCDと出力見本をいっしょに宅配便で発送し、めでたく任務完了・解放です。
この頃、こういう綿密さを要求される仕事が面倒になって来ました。 

2013年1月25日金曜日

遅れてきた年賀状

昨日、二十歳前後のころの友人からようやく年賀状が届いた。
ここ数年、年毎に遅くなっていたが、今年はもう来ないかもしれないと懼れていた。
小さくギザギザに震えるような文字で「テレビが笑っている。寝たっきりで要介護」とだけ書き記されていた。
でも生きていて良かった。
彼は私の青春の大事な部分を共有している。
癌で入退院の繰り返しだが、妻帯者ではないのでどんな暮らしをしているか、想像もつかない。

2013年1月15日火曜日

2013年1月14日月曜日

お詫びとご挨拶

私、文芸同人誌の編集発行人をしておりますが、昨年末に発行した号でも原稿を出せず、パスしてしまいました。
作品を書き遂せない最大の原因は「自分が書くものが面白くない」ということに尽きますが、他にもいくつか思い当たる節があります。
この「プラトンの洞窟」というブログは、ブログというシステムが出来る以前の2000年12月29日から、HTMLでの日記形式で書き始め、それからいくつものレンタル日記、レンタルブログに乗り換えながら書き継いで参りましたが、どうもこうして毎日書き続けることで創作のための内的エネルギーが溜まらずに放出されてしまう、その結果小説が書けないという負の要素も抱えているのではないかという疑念も少しは感じております。

ということで、次号の原稿を書くために、当分の間このブログはお休み状態のまま放置することにいたしました。

長い間お読みいただいた方、ほんとうにありがとうございました。
あまり訳のわからない小説は書きたくないのですが、自分が書きたい小説がそうであるのならそれも致し方ないと思ってもいます。

<m(__)m>