2011年2月28日月曜日

終了

 ようやく作業終了。もう無いと思っていたのに、まだ訂正する部分を数ヶ所発見した。そのひとつは何度もやり直した表紙の文字入れで、カタカナでラと入力したはずがタになっているのを発見。何度もやり直しして気持ちがへろへろになっていたせいか、その時は気がつかなかった(冷汗)。
 先に焼いたデータCDを捨てては焼き、結局、3枚目になってしまった。
 明日、代金を振り込んでからデータCDと出力見本を宅配便で発送するのみ。
 発行日は3月15日。

2011年2月27日日曜日

今日は狸!!

 昨日に引き続いて、今日は狸を目撃。ブルーシートに隔てられた1mほど向こうを、何かが歩いてゆくので猫かと思ったが、振り返って視界に入ったその後姿が猫でも犬でもない。向こうも振り返ってこちらを見た。「何見てんだよ」といった表情で私を見ていたが、紛れもなく狸である。わが家の家庭菜園から50mくらいしか離れていない場所なので、あるいはわが家の食べごろになったスウィートコーンやイチゴを食べてしまった狸と同一人物、いや同一狸である可能性が高い。車にカメラを取りに行く間もなく、狸は悠然と土手のニセアカシアの林の向こうに姿を消した。
 田舎とはいえ結構町に近い場所なのだけど、いよいよわが町が荒野になる日も近いのかもしれない。もっとも狸は人家に近い場所に住まいを構えるらしいが。
 何にしてもこの通りはシャッター通りから更に進化(?)して更地通りになりつつあるので、そのうちに猪も鹿も熊も現われるかもしれない(ははは)。

 表紙ファイル、昨夜ようやく完成したつもりだったが、試しに印刷してみたらフォントが細くて文字がきれいではなかったので、フォントのウェイト3をウェイト7に変えてもう一度文字を入れ直し、これでようやくOK。
 本文ファイルもまた、出力してみたら何ヶ所か行数が足りなくなっているページを発見。どうしてこうなるの?(パソコンってやーね)
 とりあえず行間を同じに指定し直して行数が揃った。これでもう一度見直してから、いよいよプリンタ・ファイルに変換、データをCD-Rに焼いて発送すれば良し。

2011年2月26日土曜日

白鳥

 表紙画像の文字入れが気に入らないので最初からやり直した。素人なのでどこまでも方法がabout。作ってはやり直し、作ってはやり直し。
 あ、そうだった、グリッド(方眼)を表示すれば作業しやすかったのだ。今頃思い出して......トホホ、もう一度やり直す?

 昼間、車で走っていて目撃。このあたりでは白鳥はあまり見かけないので珍しい。白鷺もいた。

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2011年2月24日木曜日

うふふ

 一応、本文全ての原稿ファイルをつなげて編集後記のページまで作成したが、やはりぴったり8の倍数という訳にはいかず、うーん、何とも半端な頁数であること。埋め草で埋めるにも頁が多すぎる。まあ、8の倍数でなくても本にはなるのでそこまでこだわらなくてもいいのだけど、印刷代金は8の倍数で計算されるので、貧乏人編集係としては気持ちが動揺するのであります。

 創刊号から企画を考えてはいたが間に合わずスタートしてしまったけれど、2号で巻頭に「招待席」という名のゲストの作品を掲載する場を設け、そこに載せる作品をある方にお願いして了承していただいた。頁数は2頁または4頁。稿料はお出しできないのでこの蕎麦吉編集係の「手打ち蕎麦券」3枚でいかがとお願いしたら、ユーモアの通じる方でOKをいただいた。うふふ。
 3号はだれにお願いしようかな。

2011年2月23日水曜日

落とし穴

 校正がすべて戻って来たので、赤ペンが入ったところを修正。
 いよいよ掲載順を決めて最終的なレイアウト作業の開始である。パソコンでのレイアウトは、どんなに慣れても、というか、慣れれば慣れるほどに落とし穴に落ちる可能性があるので、ここから先が慎重さを要求される。しかも、ひとりでの作業はミスを見落としやすいので、毎回冷汗である。どうか、落とし穴に落ちませんように。

 雑誌の風通しを良くするために、ちょっとある企画を立てた。相手の方の返信次第。ダメだったら時間が無いので次号からということにする。



2011年2月22日火曜日

また?

 久しぶりに、パソコンの電源が入らない症状が出た。
 バッテリーを交換してすっかり治っていたので、また始まったかと蒼くなった。今、パソコンが不調では困るのである。決算書や申告書作り、同人誌の編集、パソコンが無いと困るのです。やはり、早いところもう一台増やして2台の体勢にしてネットワークを組んでおかないと危ないです。デスクトップのMeがまだ生きてはいますが、今の時代にはちょっとパワー不足で。
 念のため、コンセントからの電源を切り、バッテリーだけで駆動してゼロまで放電し、それから充電し直したら、また普通に電源が入るようになった。
 たまたま放電すればいいのかな? 何だか解りません。

2011年2月21日月曜日

言葉の酸素不足

 今日は妻に実家へ届けるため、今にしては珍しく6人家族なので1kgの蕎麦打ち。珍しく気持ちが集中してきれいに切れ、打粉を落としても切れてパラパラ落ちる蕎麦がほとんど無い。いつもこうだと気分がいいのだが。
 今年の夏から半年の間、ウェブ上で蕎麦の万博が開催されるというメール着信。ちょうど蕎麦の種蒔き準備の頃にスタート出来るので、それから冬の蕎麦打ちまで、専用の蕎麦ブログを設置して参加しようかな......(ーー;) 蕎麦を3種類も栽培してみようなんて、正気の沙汰ではありません、てへっ。

 夕食後、昨日届いた知人の句集を読む。これはと思う句を書きとめながら読み進めたが、途中で書きとめるのをやめた。素人が評を述べるのはおこがましい上に、やはり俳句に対する苦手意識が頭をもちあげて来たから。
 五七五、17音と、五七五七七、31音とで、どうしてこんなに違うのだろう。なぜか31音にはつき合えるが、17音にはつき合えない。あまりに言葉が少なすぎて窒息しそうになるというか、言葉の酸素不足で過呼吸に陥りそうになる。

 それにしても読んだまま感想を書かずに日一日と過ぎている作品があって、困ったものです。

 発送した校正が戻ってきたら出来るだけ早く印刷会社に渡して、3月半ばまでには発行にこぎつけたいもの。

2011年2月17日木曜日

備忘

 午後、ちょっとTさんの家に寄ってみた。ちょうど居合わせたMさんといっしょに3人でお茶。またまた蕎麦の話になってしまったので、今年は品種を変えることを伝えておいた。いずれにしても、今年はひとりでTさんの分まで栽培しておかなければならない。刈り取りと脱穀は同級生に応援を頼む予定でいるが、あの弥生時代さながらの作業、来てくれるかな?

 2号校正刷りの発送準備完了。
 結局、今回は(も)自作はパス。重病である。
 その後、表紙データの作成。相変わらずの、コラージュともいえないフリー画像の張り合わせだが、ややあざとく、あくどい感じもするがまあ、仕方ないかなと許容範囲内としておく。



2011年2月14日月曜日

古書検索

 古書店から、先日注文した長友大「ソバの科学」が配達された。面白くてもう読んでしまった。他家受粉や短柱花と長柱花の受粉についての記述や、雌蕊の柱頭が発達しない衰弱花について書かれた部分が面白かった。原因はそれだけではないが、高温だと衰弱花が多くなるというので、夏播きの場合、早播きは蕾が高温にさらされて衰弱花が多くなり、収量が落ちる。早播きは収量が上がらないといわれているのが、科学的に証明されている。

 しばらく前に家人が「手塚富雄訳の『ファウスト』を読みたいので探して」というので検索して「ファウスト 悲劇第一部」を注文し、じきに本が届いたのだったが、今夜になって第二部を自分で注文しようとしたら品切れか絶版で無いという。まさかと思いつつ検索してみると本当に新本が無い。
 仕方なく古書検索したが、あれ? 第二部がまた上巻下巻に分かれて2冊の構成なのでした。
 それぞれ検索して見たが、結構高い。
 あれこれ検索をつづけて、第二部下巻は安いのが見つかり、第二部上巻はAmazonにしか見当たらないのでそれを注文した。手塚訳が品切れとは困ったものだと思いますが。



2011年2月12日土曜日

フォント(本当)に泣いた

 せっかくの歩行者天国も雪のためにひとの往来まばら。
 夕食時に物差しで庭の雪を計ったらちょうど20cm。うむ、明日の朝は雪かき作業。いや、庭の雪は軽トラに積んで捨てにいかないとダメかもしれない。放置しておくと庭がぬかるんですごいことになるので。

 そろそろ校正刷りを発送しなければならないのだけど、一作、すごい原稿があって最後まで手を付けないでおいたが、何かと手作業で訂正しなければならない場所が多すぎて、時間がかかる。
 先ずはなぜか本文のフォント(字体)がひとつではなく、その上、その大きさもあちこちで変わっていて、頭がクシャクシャしてきます。しかもこのパソコンにはインストールしてないフォントを使っていてルビまで振ってあるのに、そのルビがこのパソコンのフォントに変換される際に文字化けしてしてしまい、読めませんがな~(泣)。
 じっと我慢の子でようやく最後まで何とか形にしたので、あとは校正刷りで出して本人が気に入るように赤ペンを入れてもらうほかありません。
 どうか、提出原稿の使用フォントは普通のMS明朝、MSゴシックくらいにして下さい。ほんとはテキストファイルがいちばんいいんですが。本文の明朝以外に他のフォントをいくつも使われるのは疲れますyow。

2011年2月1日火曜日

さよなら文学また来て詩学

 文学がらみの出会いよりも蕎麦がらみの出会いが充実してしまって、すっかり本末転倒なこの頃ですが。
 ですが仕方ない。
 仕方ないけれど、蕎麦狂いした者同志がこんなにも簡単に親密になれるのに、文学狂いした者はどうしてこんなに誰とも親密にならない(正確には、なれない)の?
 どうして?
 自分が書いたものだけが大事で、他者が書いたものにはまったく関心が無く、読みもしなければ感想も書かない。
 さういふひとにわたしはなりたくないのだけれど、なんだかさういふひとにすこしずつちかづいていることを少しは自覚してはいて、それで困っているんですが、さて............。
 ドストエフスキーは文学と一杯の紅茶を秤にかけた。一編の小説も書けないくせに、私は生意気にもその向こうを張って、文学と一枚のざる蕎麦を秤にかけている。

 さよなら三角またきて四角ならぬ、さよなら文学また来て詩学。