2009年7月30日木曜日

不景気な話ばかり

 日常的に使っているブラウザはSleipnirで、そこにプラグインのRSSリーダーとしてHeadline-Readerを入れ、32のブログを登録しているのだけど、更新が滞っているブログがめっきり増えている。
 思うに、ブログで記事を書き続けることはダムが常に放水状態にあるのと同じで、脳という知的貯水が目的のダムの水位はどんどん低下し、やがては底が見え枯渇する。
 このブログも、今や相当知的水位が低下していることは否めません。

 町内に、以前はコンビニだったが経営者が夜逃げした、その跡に「老人専用コンビニ」とでも言うのがふさわしいような食料品店が開店、ここ十年ほど営業していた。
 場所は一応は市街地なのだがスーパーマーケットが郊外に移転してしまって、老人車を押して行けるスーパーマーケットが無くなってしまった。だから野菜、魚、肉、その他食料品を旧コンビニの狭い店舗内に陳列していたこのお店は貴重であった。
 しかし、昨日店主が挨拶に来た。「今月いっぱいで店を閉じます」と。客が減り、生鮮品の廃棄が多くなって、これ以上は頑張れないと。そう、お店はボランティアではなく、利益が上がらなくては続けられない。
 かくしてますます、お買い物は全国展開の巨大スーパーマーケットに集中し、個人経営のお店は消えてゆく。まさに世は大資本主義時代。



2009年7月29日水曜日

また

 海外の試聴サイトへ行って、「Boris vian et ses interprètes」 という4枚組み82曲のCDとか、「Hommage Boris Vian, chanson, humour, jazz & poesie」4枚組み90曲のCDなどを試聴。5枚組み124曲などというのも1991年に出ている。
 すべてを試聴する訳にもいかないが、彼自身が唄っているもののなかにこれまで聴いたことのない曲があったり、他の歌手の歌にもいいものがあった。
 もっとも所有しているのは「ぼくはスノッブ」というCD1枚だけなので、それに収録されていない曲がまだまだある。
 いつだったか、ジョーン・バエズの「すべての子供たちに」を聴いたが、Annick Cisarukという歌手も悪くない。というか、詩と曲がとてもいいのである。彼女はこのCDのなかで何曲か歌っている。
 L'amour en cageというのは「籠のなかの愛」?

 本日、お気に入りの種苗会社から来春播種用のSD種の種、これで3度目の注文の5袋到着。時期的に遅いので、これは来春用。ちなみにこちらは一袋30粒入りだが平均65粒入っている。やはりあまり細かくない国民性です。
 これだけの数を播けば1本くらいは理想的な形質のものに遭遇できるのではないかと思うが、私、そういう運はかなり悪い方なのでどうかな。
 いつまでもからっと快晴にはならないので、乾燥中のオヤマボクチの葉がちっともパリパリに乾かない。

2009年7月28日火曜日

大きいのに小さいの......

 今月11日に発送されたOR種がいまだに届かないので、もう一日か二日待っても配達されなかったら「まだ着かないよ」メールを送ろうと、以下の怪しい文章を昨夜、用意した。
Even if the seeds of a rhubarb which I ordered wait till today, I am unreceivable yet.
Has the item gone missing?

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 そしたら、今日、郵便ポストに入っていた。滑り込みセーフ。
 ただし、11日発送と表示されているのは嘘で、消印は7月14日になっている。
 7月10日にENから発送されたものが18日に配達されたのに比べれば、ずいぶん遅い。 これでもエア・メール?
 しかも郵送料は5$。ENからのメールはドル換算すると3,6$なのにずっと早かった。

 それからもうひとつ。
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 (何だ、君たちはずいぶん小さいね)→ ←(え? 大きければいいってものじゃないでしょ)
 左がOR種、右がEN種。種の大きさがずいぶん違います。
 品種の差か、それとも、右の種は専門の種苗業者ではなくしろうとが自宅の裏庭で種になったのを採種して出品したような感じがしますので、びっしり数が付きすぎて、それで種が小さい?
 ただし左の種も種苗会社のものではあるけれど品種名は不明なので、どうも怪しい感じはしている。ORという名に乗せられてみただけなのです。ちなみに一袋60粒入りが65粒くらい入っていました。これくらいが普通。
 まあ、どちらも来年春用で、合計3種類が芽生えてどんな姿になるか、今から楽しみです。大きいのに小さいの、長いのに短いの、太いのに細いの、赤いのに緑のに......。 

 訳あって、一ヶ月ほど前に発売された椎名林檎のCDを聴いている。14曲。むむむ。

2009年7月26日日曜日

先行播種

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 共同栽培の方ではなく、昨年oyamabokuchi栽培用に借りた近所の宅地(農地)にソバを先行播種。播種面積60坪くらい。昨年は旱魃で芽が出ないところへ鳩に種を食べられ、全滅であった場所。今年は、播種機の溝切りを深くセットして種が深く埋まるようにしたが、さて、鳩君、これでどうか。
 今年も収穫できないようであったら、この場所は返還しよう。土が石、ジャリ混じりで、しかも雨が降った場合の排水が悪い。
 T屋さんと共同栽培の3反歩、900坪(!!)の畑の方は、8月7日までに播種の予定。


青息吐息冷汗三斗

 午後、昨年oyamabokuchi栽培のために借りた、近くの、造成されたけれど税金対策のために地目は農地のままの畑へ行って、管理機で一時間ほど耕運。
 しばらく前に関東甲信は梅雨明け宣言が出たので、もう除草の心配はしなくてもいいと思っていたのに、降り続く雨のためにまた雑草で真っ青になってしまった。ソバを播くために何も植えず、播かずにいたので、かえって雑草がすごい。同じ場所を二回耕運して終了。
 これでようやくソバの種を播くことができる。昨年はここは旱魃で芽が出ないところを鳩に種を食べられてしまって散々だった。ことしも思うように出来なかったら、ここは地主に返還しよう。

 今夜もiTuneのインターネット・ラジオでradio ioのReal Jazzを流し放しにしている。bruesの局でHellHound Radioもその名前に魅かれて聴いて以来のお気に入り。
「地獄の犬ラジオ」なんて......カッコよすぎます。地獄の番犬、ケルベロス?
 あ、radio io・Real Jazzでダイアナ・クラールの「Where or When」が流れ始めた。
 今年発売のCD「 Quiet nights」の冒頭の曲ではありませんか。それにしてもこのCDでぐっと大人のJazzな感じになって驚いています。
 ここでもちゃっかり聴けちゃったりして。



 先日、夢の中で書こうとしていた小説を復元しようとどんな些細なことでもメモしようしたのだけど、どうもその小説を書こうとしたかんじんの動機が甦ってこない。モチーフだのモチベーションだのという言葉を口にするひともいるが、私の場合、小説を書くのにモチーフとかモチベーションという言葉は見当はずれになってしまう。むしろ取調室で刑事に「動機は何なのだ」と詰問される方が腑に落ちる感じがする。

 とにかく、とやかく考えるよりも、書く=叙述する、カフカのようにガリガリ紙を引っ掻くように書き付ければいいのだと思う。
 ストーリーがどうのこうのではなく、人間の言動を客観的に叙述(エクリチュール)すればいい。
     (なんて考えるのは少数派......青息吐息冷汗三斗)

 明日の朝は早起きして、8月1日の墓参に備えての、菩提寺境内の墓地の掃除。

2009年7月25日土曜日

人智に征服されない野生種

 ここ一週間ほど、まとまった時間が取れないので、空いた時間にちょこちょこと行ってはT屋さんの畑と自分の菜園の隅に昨年植えたオヤマボクチの花茎の切除をしている。頭の蕾ひとつ取ればいいというものではなく、結構腋芽が多いのでハサミでパチパチ、時間がかかる。しかも、また後日腋芽が出てくるだろうから、また同じ作業をすることになるだろう。放っておけば花がたくさん咲いてにぎやかなのだが、花・種に栄養を取られてしまうので葉が大きくならなくなる。もう葉も要らないのだけど。

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 それにしても、花茎が立つのを切除する作業といい、種を播いても市販の野菜の種のように親の形質そのままにそろった苗が出来ないのも、オヤマボクチとルバーブはどこか似ている。前者は無論野生の種だが、後者も野生を残したままでいまだに形質が整ったハイブリッド(交雑)種が作り出されないというのも、かえって挑み甲斐があろうというもの。簡単に人智に征服されない野生種にはわくわくさせられます。

2009年7月24日金曜日

夢のなかで小説

 家人がジャンバッティスタ・ヴィーコ(Giambattista Vico, 1668年6月23日-1744年1月23日・イタリアの哲学者)のことを書いたある本が欲しいというので、日本の古本屋で検索したらヒットせず、スーパー源氏で1冊ヒットしたので、注文したのは一昨夜のこと。自動返信でスーパー源氏から注文確認メールが届いたが、かんじんの書店からはまったく昨日も今日も音沙汰なし。前金制の古書店なのが気に入らないにもかかわらず注文したのは自分の本じゃないから我慢したのだが、二日も注文確認メールが来ないのでキャンセル・メールを入れて他を当たろうと思っていたら、先ほど、在庫が見当たらない、という断りメール。
 これで古書検索の大所は二ヶ所とも無しということになったので、独自に検索したら、どちらにも参加していない独立系古書店に1冊あるのを突き止めたので、早速オーダーしようとしたら、ID
,パスワードを登録しなければオーダーできないし、また代金前金古書店だし......(ーー;)......でも何とか我慢してオーダーし、無事、注文確認の自動返信メールが返って来ました、めでたしめでたし。
 あれ? 古書じゃなくても、まだ新本があるじゃないですか。4095円!(汗...)。
 2200円だからよかった?

 「バカは夢を見ない」の譬え通り、若い頃はともかく、最近の私はまったく夢を見なくなった。
 それなのに、昨夜、妙な夢を見た。
 夢のなかで私は小説の構想を練り、1,2,3と章立てして、各場面を仔細に考えているのである。そして、その夢を見ながら、ああ、危ないな、このまま眠ってしまったら忘れてしまうので、このあたりでガバっと起き上がってメモしなければとも思っていた。にもかかわらず、ガバっと起きることが出来ず、やがて眠ってしまった。
 今日になって、その夢をまったく忘れてしまった訳ではなく、今でもだいぶ覚えているが、メモに書き付けるほど精細には覚えていない。
 内容は残雪研究掲載の小説の影響が大きく、章ごとに変な人物が現われて主人公が彼らに相対するのだが、とてもひと様に読んでいただけるような普通のリアリズム小説ではないのは確か。

 そろそろ、同人誌の締め切り月変更の案内を同人の皆さんに出さなければ。
 創刊以来44号までずっと、3月、9月締め切りで規則的に発行できたのは奇跡に近いのだが、私の個人的な都合で、3ヶ月ずらして6月と12月にさせていただくことにした。その方が編集上の大ポカが無くなるだろうと思って。



2009年7月23日木曜日

君は立派な共産主義者

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 この気温の高い時期に植えられても、緑にならず、健気に赤い君たち。
 期待してますので頑張ってね。
 以前の翻訳ソフトではYou are wonderfully red. が「君は立派な共産主義者です」 と翻訳されることが多かったが、今のソフトは「君は立派に赤い」と表示される。redの訳語の第一候補が共産主義者というのは凄過ぎでした。

2009年7月22日水曜日

最良の読者

 昨夜、ブログ記事を書いてから来年春播種用にSD種の30粒入り5袋の注文を出しておいた。 すると今朝9:32分にはI have posted the following item to you. You should be receiving it shortly.というメールが着信していた。何という早業。便利な時代です。

  残雪研究を読んだままドタバタしていて感想が書けない。書くとすれば再読しなければ書けない。いや、私にとって残雪の書くものを批評の対象ではありえず、読むという経験でしかないのかもしれない。彼女が書いた言葉を忠実に経験するだけで、あまり客観的に読んでいないのである。
「瓦の継ぎ目の雨だれ」はこういう書き出しである。
......「四月は雨の多い月だ」彼女はベッドに横になって思った。「四月が過ぎれば五月。わたしはもう大分よくなった」彼女の想像の中で、五月は美しいものだった。彼女は喘ぎながら、自分の肺をぼろぼろの魚網のようなものだと思った。壁のすみに縁が剥げた四つのほうろうの洗面器が横に並べて置いてある。雨が瓦の継ぎ目から漏れ、ポトンポトンと四つの洗面器の中に落ちて、水面に小さな泡が浮かんだ。
「三毛(サンマオ)」彼女は細く甲高い声で娘の名を呼んだ。「申立書を持ってきて」......
                         「残雪研究創刊号」(残雪研究会)

 一文、一文が実に解りやすいというか、すでにこの五行で私はただの読者に成り下がって彼女の言葉の一介の体験者となっている。残雪がこの主人公に添って書いたように、私もまたこの主人公に添ってしまうのである。
 かつて書店で偶然この本を手に取って立ち読みし、すぐに購入したこの本。
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 この時から残雪の作品にはもってこいの読者になってしまったのだった。そう、私は、彼女がつむぎ出す言葉をすべて無限定に受け入れ、読み=経験してしまう、最良の読者なのかもしれない。

2009年7月21日火曜日

深みにはまったまま

 相変わらずネットの深みにはまったまま、大学や州政府の農政部や個人ウェブの文書を収集し、翻訳ソフトにかけてはtxtファイルで保存といった作業を続けている。
 いろいろ大変なことがあるので、私も最近固有名詞を意識的に書かないで書き進めているのだけど、同じ国のなかであの州とあの島にはこの種は発送しませんという注意書きに、女王陛下の国でない国でも遭遇。
 北米の亜国の種苗会社のウェブサイトにも、隣の加国へは発送しないという注意書きがあった。種苗というのは結構、水面下でシビアな駆け引きがなされていることを実感。
 かくいう私が取り寄せた種のなかで注目した品種があって、追加注文してそれも無事届いたのだったが、1回目のものと2回目のものと、播種して観察していると別の品種ではないかと思いたくなるほど発色が異なる。2回目のものが薄く、1回目のような鮮やかな色が出ないのです。
 それは梅雨に入って日光が弱くなったせいかもしれないし、あるいは日本人にこの種を渡すのはあまり良くないと考えて別のどうでもいい品種を詰めて発送したか? (まさか?) あるいはこの植物の特性上、採種した株によって品種特性の発現に相当のばらつき(当たり外れ)がある?
 もう一度注文してみるのも面白いかな。
 いずれにしても、1回目のものを、狭い菜園の茎枯れ病で半死状態のアスパラガスを片付けた場所に2通り植えた、それが、この暑さにもかかわらず緑色にならずCrimsonな色合いのまま頑張っているので、彼らに一縷の望みを託して、種探しはこれでいったん休止。

 それにしてもやはり私は小説などを書くよりも生物学、植物学、化学の方が向いているのだと思わざるを得ません。そういえば、勉強しなくても生物学とか化学の成績がなぜか良かった。

2009年7月20日月曜日

観察は実に楽しい

 オンタリオ湖の近くに住んでいるN君からメールで、昨年春に私のために購入して家の裏の菜園に植えたあれが、花が咲かないので種が採種できなかった、と。
 確かに、その品種は滅多に花が咲かず、種茎が発達しない種類であるとさる大学の文献に書かれておりました。

 昨年、彼が近所の家の庭の品種名不明の株から採種して運んできてくれた種、それを播いて植えた苗の成長がどうも芳しくなかったのだけれど、そのうちの5株が今になって茎が赤くなってきた。
 こんな感じ
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 あれ? 葉の近くまで赤いではありませんか。
 ちょっと茎が短め......ではありますが、こういう観察は実に楽しいです。


2009年7月18日土曜日

PHと助色素と金属イオン

 このところずっとネット上でダウンロードした英文をワン・センテンスずつ翻訳ソフトにかけ、逐一確認する作業をしている。ウェブ・サービスの翻訳もあるがどうにもメチャクチャな感じがするので、まだ翻訳ソフトの方がましかなと思ってのことだが、これも一気に全文翻訳してしまうとどこが変か見過ごしてしまうので、結局、文章ひとつずつという形に落ち着いた。
 今はアメリカのある州の州立大学の学外・一般向けのExtension Serviceの文書を読んでいる。こんな田舎でこういう文書を居ながらにして読めるなんて、ありがたいことです。
 しかし、辞書をひいてもぴったりの日本語が見つからないことって、結構ありますね。

 それから、相変わらずアントシアニンに関する情報収集。
 この公開講座は解りやすい。
 アントシアニンの発色団はアントシアニジンという名前だが、その発色団が6種類しか存在しないというのも驚き。あとはPHと助色素と金属イオンの少々の差異だけで、発色にあれだけ変化があるなんて!!


 SD種の苗が植え頃になってきたので、2列20本植え付け。畦幅4~6フィート、株間2~3フィートとあるが、場所に余裕が無いため4,5フィート×2フィートとした。ほんとうに見込みのある株は5つくらい、いやひとつかもしれないが、小さいうちは判断がつかない面もあるので来年の今頃まで観察を続行することにして39株植えた、残りの1株はさる場所で入手した品種不明だが赤味が強いもの。

2009年7月16日木曜日

また怪しい作業

 梅雨明けだという。
 晴れて風が吹いたせいか、乾燥中のオヤマボクチの葉がバリバリに乾いて来た。例年だとこれを軽く手もみして、さらにフード・プロセッサーにかけ、フルイにかけたりするのだが、家庭用の機器ではちょっと多く容器に入れると停止してしまったりするので、何かもっと他にいい方法はないかと考えて、製粉機=粉砕機なのだからあれが使えないだろうかと機械を引っ張り出してみた。乾燥した葉をちょっと手で丸めて、ホッパーの入り口に引っかからない程度に少しずつ投入してみると、おお、葉だけでなく葉脈などの筋も粉々になって葉裏の茸毛(じょうもう)がふわふわしている。葉の表の葉緑素も粉々でまるで抹茶のようである。旧来の方法だと筋(葉脈)を除去するのが手作業でしかできず苦心したが、これだと筋(葉脈)も粉々になって形あるのは目的の茸毛(じょうもう)だけ。しかも半月くらいかけて手もみしていたものが一時間もかからない。これで、手もみという原始的作業から解放される。

 15日定例の赤提灯から帰宅して、暑苦しいのであるオルガン奏者のバッハの曲を中心に51曲録音しておいたのをiTuneでずっと流しながら、デジタル・カメラの露出優先モード、マニュアル撮影についての説明を読み直していた。

 



2009年7月15日水曜日

雪辱

 今朝、不意にT屋さんから携帯に電話があり、午後ソバ畑をトラクターで耕運するというので行ってみた。

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 南の隣地にD建託のアパートが建築され、ついに東西南北を住宅に囲まれて農地としての環境は最悪になってしまったが、今年も(というか、今年こそというべきか)ソバ播種まで一ヶ月以内となった。昨年は旱魃で発芽しないところへ鳩に種を食べられて散々だったので、今年は雪辱しなければ。


 同人誌掲載作への感想をようやく書き終えた。
 こんな短い寸評を書くのに、どうしてこんなに時間がかかってしまうのだろう?????

 大友裕子のCD「マイ・リコメンド」、今日、セブンイレブンで受領。18曲。

2009年7月14日火曜日

ごぶさたしていますが

 このところずっと、またGoogle片手にインターネット上の情報を検索し続けており、ブログ更新が滞っておりました。解らないことがある場合にネットは便利ですが、先へ先へとたどって行くうちに深みにはまって戻れなくなることが往々にしてあります。その上、案外、肝心な情報だけが見つからない(=隠されている)ものです。

 その間に、またイギリスの種子100粒入り3袋、OR種60粒入り5袋注文。イギリスのも写真があまりにも赤過ぎるし、どちらも相当に胡散臭い感じがするが、徒労や無駄を懼れていては何も進まない。千にひとつか万にひとつか、とにかく確率の問題であれば下手な鉄砲も無駄な鉄砲も、数を撃ってみるほかない。
 ただし、もう播種時期としては不適切なので、以後届いた種子はすべて来年春まで保管することになる。SD種ももう5袋くらい多くオーダーしておけばよかった。南半球産は、採種時期を終えて冬を迎えた今から数ヶ月間がもっとも入手しやすい時期だと思う。
 一昨年の秋にカナダのN君から頂戴した種、昨年春に播種し植えものだがあまり大きくならずパッとしなかった。そのなかから、今頃になって赤くなってきた株を発見。太いし、葉の近くまで赤い。これだけ気温が上がってきても発色するのは有望な徴候なのかもしれない。冬になって茎葉が枯れてしまうとどれがどれなのか判らなくなってしまうので、今のうちに目印を付けておくか、地図を描いておくべきだろう。

 アントシアニン、PH、金属イオン。気温、太陽光。


2009年7月9日木曜日

ペンが宙に浮いてしまって!!!!

 小説、3作読んで、あともう一作だがこれが長いので一晩で読めず。
 しかし、面白さを追求すると人物が薄っぺらになるというか、作者の操り人形めいてしまい、人間としてのシンパシーが薄れる。純文学はやはりその手の面白さを追うべきではない。人間という存在それ自体を描き出すべきなのだろうけど、それがなかなかうまくいかないので、ペンが宙に浮いてしまっている。
 小説もまた演劇同様に一種の時間芸術なのであって、存在それ自体の一瞬の相貌を描いただけでは単なる瞬間芸に過ぎなくて、それが小説であるとは、到底、言えない。小説という言語芸術は通常は一日なり三日なり、一週間なり一ヶ月なり、十年、百年なりの時間を必要とする。時の流れのなかで人間という訳の解らない存在がどのような言動をとるかを描いたものが小説であると考えるのが一般的であるけれど、時間の経緯を停めてしまったように一瞬を蜿蜒と描写しつづけるのもまた、小説で無い、とは言えない。
 蚕が糸を吐き続けてひとつの世界としての繭を形成するのと同様に、言葉でこの世を描写して時間を感じさせない言語芸術が可能だとしたら、それはあるいは、小説ではなくて散文詩にすぎないのだろうか?

 思えばかつて、同じ同人誌で長い月日を共にしたN・T君に、「エウリピデスさんの書くものの底には虚無主義(ニヒリズム)がどかっと腰を据えている」と評されたことがある。
 私が書くものは、よほど奇体(怪体)なのか、あまりまともに批評されたことはないのだけど、この言葉は今でも忘れずにいる。そう言ったN・T君もすでに同人誌から離脱して長い。

 ヨーゼフ・ロートといえばドイツロマン派の三流作家にすぎないのかもしれないが、彼の切羽詰ったエクリチュールをバカにしてはいけない。あるいはホフマンスタールの「レンツ」の、あの切迫した叙述法。あるいは残雪のすでにこの世から魂魄ほぼ離れてしまったような、私離れした私の文体(=三人称ながらも三人称離れしてしまった叙述法)、!!!!


 SD種、ほぼ発芽が揃った。6月29日に230粒播種して220粒くらい発芽している。脅威の発芽率。だがこれくらいの数では突然変異は見つからないだろう。気の長い作業で、見つかる前に死んでしまうかもしれない。
��北米に行って株をひとつ購入し、土を洗い流して根だけ新聞紙に包んでカバンに入れて持ち帰った方が効率的なのだけれど、植物防疫上の輸入禁止品でありますから、その行為は立派な犯罪であります)

 そういえば道楽用のパイプ・ハウス内に4本ずつ輪ゴムで束ねて洗濯ロープに干したオヤマボクチの葉、累計2326枚。壮観。こんなに干してどうするというのだ。度が過ぎているというか、常軌を逸してはいます。
 こんな葉っぱを干していると、「何やら栽培禁止植物を栽培している怪しい犯罪者」の雰囲気ではありませんか。裏のK根さんちのみなさんに怪しまれなければいいのだけど、(^_^;)

 ネット・オークションである中古機械をウォッチング中。
 510円でスタートしたものが今5250円。20000円までなら応札しようと考えているが、まだ入札はせず、ひたすらウォッチング。
 オークションというものは案外「忍耐」が肝要。じっと我慢して、ここぞという時に応札し、それでダメだったら潔く撤退。

2009年7月7日火曜日

きわめてバッハ

 残雪研究の論文2編と「残雪―夜の語り手」を一応、通読。しかし、頭の中はゴチャゴチャ。もう一度読み直ししないと、何も言葉が出てこない。

 自分の同人誌掲載作への感想、もうタイムリミットなので、今夜からほかのことをいっさい放擲してかかります。


090706rhubarb.jpg どうも、曇天が続くと赤みが薄れるような気がする。
 気のせい?
 晴天の方が赤みを増すとすれば、遮光してはならないことになる。
 やはり気温が問題か。
 アメリカ農務省のUSDA Plant Hardiness Zone Map なる地図を見てみたが、こちらは耐寒性で最低気温地図。
 そうではなくて、夏の平均気温がどれくらい低ければよいのか?
 華氏70度と書かれていたり75度と書かれていたりするが、この5度の温度差が微妙。




 久々にまたBWV639。PC用2,1chスピーカーの低音がちと利きすぎな感じ。
 これを聴くとまた否応なくタルコフスキーの「惑星ソラリス」を連想してしまう。
 「サクリファイス」で使われた『マタイ受難曲』の Erbarme dichにしても、タルコフスキーがどれほどバッハを好きだったかを思わず類推してしまう。ま、私だってバッハを聴いていると神を感じてしまうくらいだから、父が詩人で自分も音楽家になりたかったのになぜか映画監督になってしまったタルコフスキーが、映画の背景でバッハを流したのは当然のこと。
 というか、タルコフスキーの映画自体がきわめてバッハなのだ。

2009年7月6日月曜日

知っている人は知っている

 このブログのタイトルバックの写真はアメリカの女性写真家であるToni Frissellが生前にアメリカ国会図書館に著作権を寄贈してパブリック・ドメインとなった写真の一枚なのだが、実はJazz Pianoの神様、ビル・エヴァンスの「Undercurrent」というアルバムのジャケットにも使われている。
 その写真を恐れ多くもまた、先日ボランティア編集した詩誌の表紙に使った。
 ビル・エヴァンスのジャケットに使われていることを知っていた詩人2名。知らない人は知らないけれど、知っている人は知っている。侮るべからず。
 

2009年7月4日土曜日

あと一ヶ月

 ネットで40g・800円の「乾燥フノリ」を発見。軽いものなのでメール便で送ることができ、送料も100円。40gあったら当分使えるだろう。「乾燥フノリ」は新物よりも古いものの方が煮てどろどろに溶けやすいというので、少しストックしておいた方がよさそう。
 明日は、また自分のとT屋さんの畑の二ヶ所のオヤマボクチの葉を摘む予定。梅雨時の葉がぐんぐん大きくなる頃に収穫した方がいいと思うので。
 しかし、栽培した株でこれだけ採れるので、山に採集に行く気が失せて来た。気が向いたら行くかもしれないが、そんなに要らない。
 ソバの種まきまであと一ヶ月。


 「残雪―夜の語り手」、第1章の「残雪―夜の語り手・『曠野の中』を読む」を読む。
 短い作品なので作品も少しずつ分けながら全文掲載されていて、それを読みながら作品論を読んで行くことになる。短編だから出来ることであるが、作品に即して論を展開できてとてもいい。

2009年7月3日金曜日

目と頭の調子

 残雪研究の論文二編を読んでいて、この本を買ったまままだ読んでいないのを思い出し、探し出した。いい機会だから読んでおきたいが、どうも目と頭の調子がいまひとつ。昔は一晩に一冊、平気だったんですが。

 ちなみにこの本、「日本の古本屋」でもスーパー源氏でもヒットしないが、AMAZONに4点出品があり、2800円、2800円、5660円、6000円。ほかに送料が340円。前の2冊はまずまず安い方だろう。ただしここはクレジットカードが無いと注文できない。

2009年7月2日木曜日

大丈夫?

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 4年まえに植えた柿。春に強い霜に遭ったが半分ほどは花が咲き、いよいよ実が柿の形になってきた。母親は柿がなるまではとても生きていられないと言っていたが、どうです、生きている間に実がなったではありませんか。昔は「桃栗三年柿八年」だったでしょうが、今は「桃栗三年柿四年」です。なぜか? 昔は実生の苗でしたが、今は台木に接木している苗なので生育が早いんです。
 そういえば、昨年、豊作だった柿をご近所でたくさんいただいて干し柿にした。その干し柿になる一歩手前の柔らかい状態のものを冷凍庫に入れておいたのを思い出した。出して食べてみたら、冷たい干し柿のシャーベットで、暑い日にいただくと最高です。(あ、これで柿羊羹を作ってみる計画があった......)

 
 先日購入したばかりのテレビのエコポイントなるものが7月1日、今日から申請受付開始とのことで、早速エコポイント事務局のウェブをのぞいて見た。インターネットで申請できるというので申請画面に入ってみたら、案外簡単に申請が済んでしまった。テレビで12000点、リサイクル券で3000点、合計15000点=15000円であります。
 ちなみにそのポイントはさる企業グループの共通商品券と交換することにした。
 あとは郵送する申請書4枚セットをプリンタにかけ、氏名、住所、購入した品物の型番、製造番号など入力した情報はすでに表示されているので、製品の保証書、リサイクル券、領収書(レシート)を貼り付け、署名捺印して郵送するだけである。

 しかし、不況で税収が相当落ち込むはずなのに、定額給付金だのエコポイントだのエコカー減税だのと大判振る舞いして、日本の国家財政は大丈夫ですか? 素人が考えても危ない感じがいたしますが。それにしてもエコポイントだのエコカー減税だの、家電メーカーと自動車メーカーだけが助けられているような気がします、(ーー;)

 残雪研究、ちょっと長めの「少年小正」を飛ばして論文を読み始めたが、ちょっときつい。その次の論文がかなり面白そうなのだけど、我慢我慢。
 しかし、まだ自分の同人誌の掲載作について感想を書いていないのは問題です。明日からそちらに集中します。

2009年7月1日水曜日

貧者の表現媒体

 ウェブ用のPDFファイルの目次自体をPDF文書にして、そこからそれぞれの作品のPDFファイルにリンクを張ろうと、少し勉強。ようやく設定できるようになった。
 あとは、雑誌の表紙、目次、本文をそれぞれ個別のファイルで作成してリンクを張り、アップロードするのがいいのか、表紙、目次、本文をひとつのファイルにまとめてしまって、目次から書く作品の1頁目へ内部リンクを張っておく方がいいのか、どちらも一長一短。もう少し考えてみよう。
 それからもうひとつ、PDFファイルやAdobe Readerに慣れていなかったり拒否反応のあるひとがどれくらいいるか、あるいはPDFファイルを読むためのAdobe Readerがインストールされていないパソコンがどれくらいあるか? 
 それから、HTML版だとテキスト自体を好き勝手にコピー出来てしまうが、PDFだと印刷は出来てもテキストのコピーは出来ない設定でファイルを作成出来るとか、いわゆる電子版に必要不可欠な設定も勉強。
 デジタル文学館も、入り口で訪問者がHTML版とPDF版のいずれかを選択して入館できるような形に(今すぐには出来なくてもいずれは)手直ししたい。
 その上、いずれは個人の小説集を電子本の形でアップロードしたい。それも現在散見される有料ダウンロードするタイプではなく、無料で誰でもがモニター上で読めたり自宅のプリンタで印刷して読めるような形の電子本。
 何と言ってもインターネットは貧者の核、じゃなくて、貧者の表現媒体なのでありますから。