世界文学全集Ⅰ-06|月報|2008.8|河出書房新社
「社会の不条理と個人の魂」というのが、この、池澤夏樹氏個人編集になる全集の、なぜか発行が大幅に遅延した第一期6巻、その月報のタイトルである。
B6中綴じの裏表4頁立て。その2頁上段5行目~14行目。
別の言い方をすれば、人は自分と世界の間に一つの物語を想定して生きている。自分をあるストーリーの中に位置づけて生きている。大学を出て就職して......という古典的な人生のフレームを人はもう信じていないかもしれないが、それでも人生にフレームがあることを疑いはしないし、そのヴァリエーションとして人の数だけの物語が作られている。自己の物語化は人みなが共有する強い衝動であり、小説の原理でもある。
そうそう、「自己の物語化は人みなが共有する強い衝動であり、小説の原理でもある」のは間違いありません。これが「私小説」の原点でさえあるし、こんな世界や人生を生きねばならない我らが共有できる唯一の言語芸術であるのかもしれないのに、です!! おお、そうそう、そうなんです。池澤氏によれば、
「けれども、残雪の場合、世界は圧倒的に強く、人はその暴政に翻弄されるばかりで、物語は成立しない」
のだそうです。なるほど。
物語は成立しない。
そうです。
ストーリーが小説のもっとも大切なファクターであった時代は終わったはずなのに、前近代的に「私」の人生を物語る小説や、一人称に沿っただけ本当のようで実は嘘っぽいストーリーや物語が、なぜかいまだに認められたり、売れたりしている不思議。
ストーリーや物語が成立しない時代に、あえてストーリーや物語に依存せずに小説を書こうとするのはなぜ?
ふん!!
人間や、あなたや私に共通するストーリーや物語はすでに成立しないのです。
それでも、人間は存在するし、あなたも私も存在する。
ならば、その存在の様態を描けばいいのではありませんか。
物語に寄りかからない小説を書いてみたい。
そうは思いません?
思わない?
それなら、あなたと話をしない(って、これ坂口安吾の真似に過ぎなくて......泣)
(すなおに小説の物語性を受け入れたら楽になれますよ)