昨夜は、「黄色い雨」を残り25頁くらいにしてあえなく入眠、今朝5時ごろ目が覚めたので続行して朝のうちに読了。
やはり、主人公はまだ死者ではないが、この小説の時制ではベッドの上に横たわっているだけである。だから、ここに書かれていることは、最初から最後まで、彼の脳内で再生される過去から現在までの出来事なのである。外側からの客観的な視点から描かれているのではないので、死んだ人が亡霊となって部屋の暖炉の周りにいたりするが、主人公には亡霊が見えるのである。
山間の小さな村で、次々と村人が村を去り、残ったものは死に、最後まで主人公と残っていた妻は粉引き小屋で首をくくって死ね。ついに、雌犬と主人公だけの生活になるが、やがて主人公はその雌犬をも撃ち殺して、ほんとうに村でひとりだけの孤独な存在となり、迫り来る死を待っている。
昔、私は、主人公がベッドの上で寝ているだけの小説を書こうとして果たせなかった。
「黄色い雨」もまたそういう小説である。
小説は外側から人間の言動を描くのが一般的であるが、内側から精神の働きを描くだけで小説にならないかと考えた。いわゆる内的独白とは違う。人間の行動を描かず、精神の働きそのものが小説であるような内的ロマン、そういう小説。
そういう小説が書けないので、私は歌を忘れたカナリアになってしまった……??
意味も無く
Matthew Passion
意味も無く
みんな夢でありました
陰々滅々、聴いているだけで死にたくなるような、昔、昔の歌。
「黄色い雨」は強く印象に残っています。たまたま図書館で手に取って出だしを読んだら、止められなくなりました。ごく普通の世間一般に知られているような小説ばかり読んでます。そんな私がこの本に出会ったのは、ほんの偶然。しかしものすごいくショッキングでした。犬の描き方もすごいです。この方面に鍛えられていないので、きちんと言葉にできずすみません。
返信削除きのこがたくさんあって、いいですね。子どもの頃は近くの山に行くと採れていました。あれはムラサキシメジだったのでしょうか。祖母が瓶いっぱい塩漬けにしていました。汁が真っ黒になってました。佃煮にして美味しく食べていた記憶があります。
こういう、人間という存在をかなりネガティブな視点から書いた小説が、スペイン国内で評価され、また翻訳されて各国でも評価されたというのが、少し不思議ですね。私はこういう小説が存在することにかなり救われる思いもしました。
返信削除11月20日に、これより先に書かれた「狼たちの月」が出ますので、購入して読んでみようと思っています。
キノコは、今は車で毎日山に入っているひとたちがいますので、道路からすぐの山は採られてしまってあまり見つかりません。もうひと山、奥に入らないとダメです。
キノコがある場所に遭遇すると浮き浮きします。必ずデジカメ持参です。