2007年11月26日月曜日

精神が荒廃すると人間性は

 タルコフスキーの最後の映画(遺作)である「サクリファイス」だけが予告編しか見ることが出来ず、中古DVDは17,000円などという法外な値段が付いていて手も足も出ず、こんな田舎のレンタル・ショップにあろうはずもなく、明日にも一応、界隈のレンタル・ショップを片っ端にのぞいて見ようと思うのだけど、すでに自分がレンタル・ビデオ店に似つかわしくないという自意識の井戸に落ち込んでいるオジサンとしては、足も気持ちも重いことではあります。

 それにしてもです、この一作以外はすべてネット上にアップロードされているという事態をどう捉えたらいいのか?
 亡命者の著作権など、だれも保障してくれないのだろうか。いや、だからこそかえって、この遺作を除くすべての映画を、自宅に居ながらというはなはだ横着な状況で彼の映画を支障なくパソコンで鑑賞できるのだから、むしろこのアナーキーなインターネット世界に感謝すべきか。
 ただ一作見ることが出来ない遺作は、亡命先の資本主義体制化で製作されたので皮肉にも著作権でガードされている模様である。(先日も書いたが、つくづく、著作権などというのは資本主義世界ならではの怪しい権利ではあります)
タルコフスキー、『サクリファイス』を語る という文章を読んだ。―物質が荒廃しても生き延びられるが、精神が荒廃すると人間性は滅びる―というサブ・タイトルつきである。
 この文章はいい。ここで彼は自分が宗教的人間であることを率直に告白している。確かにそうだと思う。その上、少年時代に音楽家希望だった彼は、映画音楽にもその感受性を十二分に発揮している。
 私には、バッハ好きには無限定に共感してしまう悪い癖がある。
 タルコフスキーの映画にバッハの音楽が流れているだけで、私はタルコフスキーを全面的に支持してしまうのである。
 「惑星ソラリス」にはBWV639、 「サクリファイス」にはマタイ受難曲からBWV244Aria
 アンドレイ・タルコフスキーは、映画監督になる以前に宗教的人間であり、音楽的人間であったのですよね。

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