昨夜変更した分を読み返してみた。すごいことになっていました。よく解らないと不評を買うこと必定。
しかし、読みやすい小説や解りやすい小説を書こうとしているのではないので、それはまったく気にしない。
それにしても一夜でガラッと変わってしまって、この先どうしたらいいのやら。
そうだ、いつかNさんにお聞きした方法。思いっきりアナログに、鋏と糊。
書けるところはバンバンすべて書いてしまい、それをプリント・アウトしてシークエンスごとに鋏で切って入れ替えてみる。うーん、今回はこの方法がぴったりなのかもしれない。
ひと晩でいきなりグールドの「北の理念」っぽくなってきてしまった。
フリー・ジャズで押し通すほかないような気がする。
筋の統一とか、人称や視点の固定とか、面倒くさいし、意識的にこれを避けようとするとどうもね、怪しいものになりそうで、こんなもの掲載できないよ、という風に、まだ躓きそうな予感。
「これは小説ではありません」という断り書きを題名横に小さく入れておくというアイディアはいかがなものか、Wahhaha!
6つに分割アップロードされているGlenn Gould: The Russian Journey をすべてダウンロード。
しかし、こんなことばかりしているとHDが重くなって困るので、HD以外に移動させないと。
「Leci n'est pas une pipe.(これはパイプではない)」は、ルネ・マグリットですが、「これは小説ではない」というタイトルもよいですねぇ。あっ、でもそれって、「Leci n'est pas une image」ですね・・・。これはただ事ではない。
返信削除うううううむ、私は「これは私小説である」と横に添え書きしようかな。それじゃ、「空気頭」を私小説だと言った藤枝静男の真似か・・・。
「これは小説ではない」と書いても、「これは私小説である」と書いても、なぜか言い訳に堕してしまうような気がして、それで躊躇してしまいますね。
返信削除ドーンと開き直らないと書けないのかもしれません。
藤枝静男のように自在に反語を使えるようにならないと。