2008年2月18日月曜日

ハード・ディスクの奥底に

 ということで昔書いた詩をまとめたファイル(そのままPDFファイルに書き出せばいつでも詩集として出せる形のままハード・ディスクの奥底に沈んでいた)を開いてみたら、個人ウェブにもアップしてない詩が複数あった。
 これ、多分、二十代に書いたものかもしれない。
 当時のぼせていたジョン・ダンとポール・エリュアールの影響が露骨で、何とも気取っていて恥ずかしいけれど、懐かしくもあります。


ジョン・ダンを思い起こすための三つのソネット

     * ジョン・ダン......イギリスの詩人(1572~1631)

     ......覚えているんだ ぼくがきみに 何かをいい 何かを
     形見にあげるといったのを あの時のぼくは死んで 今の
     ぼくがぼくだけど そのぼくは 死んだぼくの遺言執行人
     そして形見の品は この今の僕......

     ジョン・ダン「形見」より
     (河村錠一郎訳『エレジー、唄とソネット』現代思潮社刊)所収
                      

    1 乾いた薔薇のソネット

君が薔薇を好きなのは知っていた だが
僕の目の中の庭では 薔薇はとうに枯れ果てていた
見えるはずのものが見えない悲しみと
見えないはずのものが見える悲しみのみを残して

君はまさに開かんとする薔薇を希望に譬えた だが
君が掴まえようとした希望とは
君の心のピストンの 単なる上死点にすぎなかった
絶望さえも 瞬間の下死点にすぎなかった

君は僕を乾いた花に譬えた だが
八方破れで生きてみせるわと言った君の
心神の花はすでに八方破れて穴だらけだった
あまりに希望と絶望を往復しすぎた君のいのちは擦り減ってしまい

そして 乾いた形ばかりの花は生き残り
生きた花の姿の君は もはや僕の目には見えない


    2 矛盾形容のソネット

たとえば 美しい君は美しいゆえに醜い
可愛い君は 可愛いゆえに小憎らしい
聡明な君は単に毛のないチンパンジー
と言明するのはあまりに奇矯だろうか

君への僕の この錯雑とした愛を
嘘も隠しもなく ありのまま君に伝えるには
矛盾を矛盾のまま だけど正確に伝えてくれる
誰もいまだかつて使ったことのない 両性具有の言語が必要だった

心の底から僕は君が愛(いと)おしかった
その上 困ったことにそれと同じくらい激しく
僕は君が厭(いと)わしかった
それというのも 君はあまりに僕に似すぎていた

だから僕は心のなかでひそかに呼んだのだ 君のことを
限りなくいとおわしいひと と

    3 四つの瞳のソネット

あなたが世界を正視してやらないから
世界もあなたの目の前で横向きに座っている
あなたがわたしを正視してくれないから
わたしもあなたに ふと背を向けてしまう

それから更に君は抗議した
あなたの瞳はわたしを見てはいない
あなたの視線はわたしの躰を透過してわたしの後ろを見ている
でも わたしの後ろにわたしは居ない

だからぼくも答えた 君の瞳もぼくを見てはいない
君の視線は ぼくのずっと手前に焦点を結んでいる
ぼくの手前にもぼくは居ない
そして四つの瞳は互いをみつめあうことをあきらめ

二度と会うこともなく
二度と話をすることもなかった


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