日本で小説を書こうとしたら逃れようもない私小説的リアリズムの呪縛からいとも簡単に飛翔して、難波田さんは、天上無窮の虚構を自由自在に構築されている。
こういう作品をここにアップロードできることはこの上ない喜びであり、プロではないからこそ現実的対価がまったく無くても書き続けることが出来る、純粋至上の創作行為がここにある。
また、こうして届いたばかりのテキストをすぐにアップロードできるのは、テキストをデータでいただけるからである。ワープロであれパソコンであれ、いったん入力されたテキスト・データは今や宝物である。
雑誌掲載であれ、単行本化であれ、ホームページ・アップロードであれ、デジタル・テキストさえあれば加工成形が実に簡単である。あんな小さなフラッシュ・メモリに入れて持ち歩くことも出来る。さらにウェブにアップロードすれば、アメリカ在住であれフランス在住であれ、日本語が読めるひとであってネット環境にさえあれば世界中のどこからでも読める。
こういう時代の恩恵にすなおに感謝したい。
「季刊遠近」は今は亡き久保田正文さんを師とする同人誌だが、久保田正文さんは飯田市出身であり、われらの信州文芸誌協会創設にかかわり、長く会長を務められた林俊さんの親友でもあられる。
また、佐々木基一さんが亡くなられた後、林さんとともに長野文学賞の最終選考委員を務められもし、一度、授賞式会場でお目にかかったこともある。
まさにわれらの父親の世代であり、反発しつつも抗えない精神性を所有していた世代であった。その世代の支えを失って、われらの文学はどこへ行こうとしているのだろうか?
「太陽が眠る刻」は、難波田さんの読者の方々からすると、もしかしたら、なぜこれ? と怒られるかもしれません。「読書人」に難波田さんの最近著「晩秋の秋」について書かれた中沢けいさんも、難波田さんの主婦の視点の鋭さを言っておられましたから。でも、「太陽が眠る刻」の視点も、ある意味、主婦ですよね。虚構の想像世界を書いてもなお立ち表れてしまう作者といったことを考えさせられますが、そのとき、宗教の問題、異教徒の理解(?)に踏み込む難波田さんの思索も、なかなか奥深いでしょ? しかし、推薦者としても、euripidesさんに喜んでもらえて嬉しいです。
返信削除推薦人として、この名まえで投稿します。
ほんとうにありがとうございました。
返信削除とにかく、こうしてひとつでも作品をアップしますと、この作者のほかの作品を読んでみたいとか、この同人誌を読んでみたいとか、そういう波及効果もあるのではないかと内心期待もしています。