『水を掻く水母』桑村勝士 (「胡壷・KOKO]5号) 感想
四方八方を山に囲まれ、空の海の底みたいな小さな盆地に逼塞している身には、海辺の物語というだけで新鮮で、無許可操業の摘発という流れだけでも面白く読んでしまいました。
書き出しといい、全体といい、非常にスタンダードな小説の書き方で好感を覚えました。
監視から摘発に至る海の場面などは男のリアリズムというような気持ちのいい文章で書かれていますが、いったいに九州という土地柄は私小説的リアリズムではなく、現実を直視するという意味合いでのリアリズムの風土があるのではないかと漠然と感じていましたが、桑村さんの書き方はまさにその現実直視のリアリズムの、そのまたど真ん中をゆくオーソドックスではないかと思いました。
それはまた、ブログ「重力と恩寵」のLydwineさんが書かれていた「まじめ」にも通じるものですが、変化球で目をくらますのをあえて嫌って直球で勝負するまじめさ、潔さでもあり、わたしはこのまじめさ、潔さを買います。(九州の書き手は、皆さんまじめで潔くて真摯、という印象というか先入観があります)
さて、わたしは同人誌の小説を読ませていただいてすぐには感想を書けないのが普通なのですが、この作品についてももう拝読してから~日経過していて、何か腑に落ちない部分が腑に落ちるまで待たなければなりません。
『水を掻く水母』が全体としては気持ちよく読めたにしても、何か中途半端にひっかかっているものがある。それが何なのかは読後すぐには判らない。
それが今になって何か判って来たので書き始めました。
何が判ってきたか?
浅川は(岩田も)本来は水産研究者である。
が、現在は無許可操業、いわゆる密漁の摘発という警察官的役割を担っている。水産研究者には多分心外な業務であり、そのあたりの微妙な心理は読み手にもきちんと伝わって来る。
問題というか、不満を感じるのは、いよいよ摘発に至る「四」章以降に登場した密漁船の船頭、田中秀雄の扱い方、描き方である。この章では彼は岩田によってヒデさんとだけ言われているが、次の「五」章では田中秀雄とフルネームで書かれている。浅川は「ジェリーフィッシュ」で彼、田中秀雄と会う。ここから「六」章までの、浅川と田中の間に漂う空気の描き方が微妙に過ぎて中途半端、なのである。
というか、もっとはっきり言えば田中秀雄のキャラクターをもっと明確に、もっとメリハリをつけて書いていいのである。浅川の鬱屈が田中にまで伝染してしまって、この二つの章ではふたりのキャラクターが似てしまって面白くないのである。田中には田中のキャラクターを、ここでこそ最前面に出すべきであった。もっと柔軟で天真爛漫で海という厳しい自然を相手に仕事をしてきた田中の漁師としてのキャラクターを。
とここまで書いて、この願望は、海を知らない山彦の、海彦への単なる憧れにも似た願望に過ぎないのではないかという思いに至ってしまいましたので、ここで終わりにいたします。
桑村さん、Lydwineさんの厳密な批評とわたしの大雑把な感慨を足して二で割り、さらに三割くらい割り引いて読んで下されば幸いです。
次号の作品を強く期待いたします。
夕刻、7&Yより「石の葬式」が明日の午前十時には指定の7イレブンに入荷していますとのメール着信。
早!!。
書店にオーダーしてもこうはいかない。
時代は加速度的に進行しているのです。いつかどこかで時代の流れから振り落とされそうな気がいたします。
拙文に触れていただき恐縮です。
返信削除��九州という土地柄は私小説的リアリズムではなく、現実を直視するという意味合いでのリアリズムの風土
なるほど、石牟礼道子ら「サークル村」などの伝統があるのかもしれませんね。あるいは、そうした土地柄だから、「サークル村」のような活動も生まれたのかもしれない。
ふと、ヨーロッパの辺境でこそ生まれえたようにさえ思えるドストエフスキー、なんてことまで思い浮かべてしまいました。ガルシンの戦争物とか、ロシア文学にはそんな気配がありませんか? それがドストエフスキーやソルジェニーツィンのような突き詰めかたと同時に、ガルシンの狂気やゴーゴリみたいなところへいってしまう場合もある。それもまた楽しみ。
いいえ、あんな触れ方では失礼極まると反省しております。お許し下さいませ。
返信削除石牟礼道子さんもですが、詩人の松下竜一とか、とにかく現実直視派が多くて、それでいて夢野久作をも生むという土壌。
しかも、ことに福岡県の同人誌の数の多さと、それでいてそれぞれの同人誌の充実の度合いには感嘆せざるを得ません。
わが県内でも諏訪湖周辺は同人誌の密度が濃いのが不思議なのですが、文化的土壌というものが如実に現れているものと考えています。
それから、多分、辺境という自覚があればこそのエネルギーではないでしょうか。九州の書き手に期待してしまいます。
はじめまして。「胡壷」の桑村です。
返信削除ご批評、ありがとうございます。
「田中秀雄」については、他の方からも同じようなご意見をいただきました。「実際にあるように」書くことにこだわると人物や展開に起伏がなくなってしまう。「モデルにした現実」に吸い寄せられていくというか・・・。しかし、メリハリをきかせようとすると、なんだか嘘っぽくなってしまいそうで及び腰になってしまう。そのあたりのバランスが、書く途中も、書いてからも(今も)、自分の中でうまく噛み砕けていないように思います。「創作」に踏み込めていないのだろうな、です。ひとつひとつ勉強ですね。
Lydwineさんのブログにもコメントさせていただきましたが、このようなご意見をいただくことは、多くの気付きをもたらしてくれますから、本当にありがたいです。
これからもよろしくお願いいたします。
あ、桑村さん、いらっしゃいませ。
返信削除こちらそこへぼな読み方で……よろしくお願いいたします。
誰もが皆、偏向した読み方しか出来ないかもしれなくて、だから、みんなが共通して指摘する部分だけを「なるほど」と思った方がいいと思います。
人の言うことを聞くのと聞かないのと、両方必要なので、その加減がむずかしいですが。