2006年12月11日月曜日

晴れたら、相変わらずの風景

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 数日天候が悪くて雲ばかり眺めていたが、今日の午後になって雲が晴れた。いつもの光景。
 配偶者の親戚が兼業ながら林檎を栽培している。もう少し若い頃は着きすぎた実を落とす摘果作業や、秋の収穫を手伝ったこともあった。今でも箱単位で頂戴してくる。それを、今年は絶えてしなかった丸かじりで食べることがある。今も、キーボードを打ちながら林檎をかじる。林檎をかじりながら二年前と同じことを思い出し、考える。以下は二年前の文章。
ネットを始めた頃にひとつの詩のサイトを知った。その十七歳のサイト管理者のページに掲載された詩のなかに、以下に引用する詩があった。すごくいい詩だと思った。他の詩と並べられていたので、彼女の詩だと思って読んだのだが、しばらくしてそれが久坂葉子の詩であることを思い出した。多分、彼女もこの詩がとても好きだったのだろう。

りんご

りんごをかじりながらさむいみちをあるいた。
ゆうひがまっかになってしずむ。
きょうもいちにち。
のぞみももたず、ちからもわかず。
ただ、さみしさでいっぱいになって。
なにがそんなにさみしいのかわからぬままに。
まちかどにひがついた。
あたらしいとしがもうやってくるというのに。
あすさえもおそろしい。
――さみしさはますだろう。――
――くるしさにたえることができようか、――
わたしのこころに
「あすこそは」というかんじょうがわいてくれたら、
――わたしはうれしいが――
りんごのたねはくろくひかっていた。
はあとのついたしんを
おもいきりとおくへなげた。(一九四七年十二月三十日)
               久坂葉子詩集(六興出版)より

 そのサイトを運営していた17歳の少女は都内に住んでいるようだった。blue eyesというハンドルネームだったので、私は勝手に単純に「あおきひとみ=青木瞳」さんだと思っていた。
 食べたりんごの種を小さな植木鉢にまきましたというメールが届いた。
 真冬にりんごの種が植木鉢で発芽するはずもないが、そのことを彼女に言う気にはなれなかった。
 もう二十歳に近いはずの彼女は元気でいるだろうか? 

   ★   ★   ★

 「オンライン合評会」にすでに感想、批評を書き上げてあった同人から投稿が始まった。無論、合評会は来月後半と思って書いてない同人もいるだろうし(私自身がそう)、初めての試みでもあるから来月末頃までかけてゆっくりと、双方向で細かい部分まで意見交換しながらのオンライン合評会にしたい。

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