こういうことが以前にもあったので、ネットの場合はこれはと思う書き手の作品のファイル保存は欠かせない作業です。
中篇はHTMLのまま、短編はテキスト・ファイルで保存。ネット上で発見した読める小説はだいたいファイル保存して、それをWordの同人誌用テンプレートに流し込み、A4横見開き縦書き二段組に印刷してから読みます。
HTML横書きでは小説を読んでいる気がしない、どちらかといえば旧世代のどん尻です。とはいえ、手書きでなければ小説じゃないなどと旧弊なことを言うほどの旧世代でもなく、中途半端な世代ですね、ふう。
ネットで検索注文(また九州熊本。九州は古書価格が適正でうれしい)
「マルタン君物語」 ちくま文庫 マルセル・エーメ 江口清訳、筑摩書房、1冊、平2年 500円
また、7&Y自作自演書店に「マルセル・エメ短編傑作集」中公文庫を陳列し、オーダー。
不意に成長を始めるサーカス団のこびと、独軍占領下のパリの夜を行く闇屋、裏社会に身を投じる青年、場末の街路をさまよう浮浪者、上流階級の偽善、農婦が語る飼い犬たちの思い出…ユーモアとリアリズムとファンタジーによって“良識”を反転させる異貌の語り部エメの奇妙な魅力に満ちた世界を味わうための七つの短編。(マルセル・エメ短編傑作集)
マルセル・エメについては今年11月29日の記事ですでに書いているが、ボリス・ヴィアンの戯曲『屠殺屋入門』の解説の終りのあたりで、訳者、生田耕作氏が文学的想像力の領域でヴィアンに影響を与えた作家たちとして名前を挙げている、そのなかにあった。
アルフレッド・ジャリ『フォーストロール博士言行録』
レーモン・クノー『きびしい冬』
ピエール・マッコルラン『反吐の家』、『海賊の唄』、『冒険家の手引き』
フランツ・カフカ「流刑地にて」
マルセル・エーメ
セリーヌ
ド・パヴロウスキィ
ハリー・ディクソン
ウェルズ
そこでハリー・ディクソンも検索。作家だと思っていたらそうではなく、ベルギー人の幻想小説家ジャン・レイが創造した「アメリカのシャーロック・ホームズ」=名探偵ハリー・ディクソンのことでした。
そういえば、先の生田耕作氏の開設の末尾の文章も、おおいに気になります。
ヴィアン自身語るところによれば『日々の泡』は最初マッコルランの人物と生活態度を小説化するのが創作の直接的動機であったという。また『北京の秋』をはじめとする、ヴィアンの諸小説とマッコルランの『反吐の家』の類縁関係は注目に値する。ジャリの『フォーストロール博士言行録』とマッコルランの『恋する潜水艦』はすでに読みましたが、どなたか仏文の方『反吐の家』を翻訳してくれませんか?! レーモン・クノーの『きびしい冬』もです。
自棄になって、さらにフラナリー・オコナーの『烈しく攻むる者はこれを奪う』(佐伯彰一訳・新潮社、1971年)を検索。
10,000円、13,000円の2冊ヒット。おお、さすがに高いです。
そこで奥の手を使って検索したら、おおおおお、あった、735円のを一冊発見、と思ったら、2006年11月26日 21:59:21 のキャッシュに残っていたデータで、あわてて現在のページにアクセスしたらもう誰かに買われてしまってありませんでした、悔しい。
ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ って、ここまで来るとほとんど中途半端なネット古書店主みたいです。
さて気を落とさずに『秘儀と習俗』の続きを読みます。
早くこれを読了して小説の方を読みたいです。
明日は仕事で出たついでに市立図書館本館へ寄って「フォークナー全集11」を借り、A分館に回ってレーモン・クノー「文体練習」を借り出す予定。市立図書館の蔵書検索で旧A村の分館にあるのを突き止めたが、レーモン・クノーの「文体練習」がなぜあんな田舎図書館に? 隣に旧村営の日帰り温泉があるので、来月返却に行くときにはタオルを持っていこう。
これだけあったら年末年始、大丈夫だろう。テレビはうるさいだけなので本を読むしかないのです。準備怠りなく。
昔の雑文が目にとまった。
二十代の頃に、友人と思ってつきあっていた人物からある日いきなり「ぼくはきみを見損なっていた」と非難されて困惑したことがある。
彼がそんな言葉を口にした原因は今でも分からない。
ただ見損なわれるようなことをしたらしい自分が悪いのだろうと思った。
そして彼とは二度と会うことはなかった。
「見損なった」というのは要するに相手を責める言葉である。
見損なったという行為の主体は彼である。見損なわれた私は受動的体勢にあり、見損なうという行為の客体でしかない。
私が彼の思うような人間でなかったことは事実だが、それは初めから彼が見込み違いをしていただけのことで、自然体でつきあっていただけの私の責任ではないはずであるが。
見損なった彼が間違っていたのか、見損なわれた私が悪かったのか、今でも分からないままです。
どっちにしても見損なうという言葉を前にすると私は固まってしまい、思考停止判断停止状態になってしまうのです。
「文体練習」については、なにせ翻訳ということで、どうなのか、と手をこまねいておりました。読まれたら、ぜひとも読後感をお聞かせください。また、euripidesさんはマンガについてはどのようなスタンスなのかわかりかねますが、こんなもの(http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF-%E6%96%87%E4%BD%93%E7%B7%B4%E7%BF%92-%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%88-%E3%83%9E%E3%83%89%E3%83%B3/dp/4336048002/sr=1-1/qid=1166703110/ref=sr_1_1/503-6829009-2174316?ie=UTF8&s=books)が出ているそうで、これは私、買います。これを読んだら、本家のクノーも読みたくなりそうですけど。
返信削除あ、「コミック文体練習」ですね。
返信削除私も気持ちは動いたんですが、先ずは本家からと思いまして。
「ウンベルト・エーコの文体練習」というのもあって、これは古書で入手してあるんですが、まだ積読です。
ネット上でレーモン・クノーの「文体練習」の真似をした人がいるんですが、面白かったです。笑えました。
まだ読めるかな? 探してみます。
あ、ありました。
ここです。
「ちりぶみ」さんは、以前euripidesさんがこちらで紹介されていましたね。で、拝見しました。面白くて、友人たちにも教えまくりました。
返信削除エーコにもあるんですか・・・。それはしりませんでした。興味津々ですが、どうせ絶版なんでしょうねぇ。