なぜかフォークナーの「エミリーに薔薇を」(『フォークナー短編集』新潮文庫)と、マルケスの「悦楽のマリア」(『十二の遍歴の物語』新潮社)を思い出させられた。
昔から言われているように、女性を書くのはむずかしい。しかし、老嬢を書くのはもっとむずかしいだろうに、この三人は見事に老いた女性を書いた。
続いて、「消えたカッサンドラ」。カッサンドラという名前がギリシャ悲劇を思い出させたりノサックの「カサンドラ」という小説を思い出させたりで、どうもイメージがつかめないうちに結末へ。ただし、最後の一行
だが、かの有名で偉大なる神々しいカッサンドラは、消えているが謎で読解不能。ただ単にサーカス団が出発してしまって、「カッサンドラは、消えている」のか?
ギリシャ悲劇のカッサンドラにひっかけているのだろうか。簡単には思い出せないが、トロイが落城してアガメムノンの戦勝奴隷としてミュケナイに連れて来られたトロイの王女カッサンドラは、結局は妻クリュタイムネストラとその情夫アイギストスに殺されるアガメムノンとともに殺される運命にあったが、Deus・ex・machinaによって救われた(消えた)ような気もするが、それはカッサンドラではなくヘレネであったような気も……だいぶ前の記憶など曖昧なものです。時間があったら調べてみましょう。
「汝、癒えんことを願うか」は、ファルスとなって雲散霧消する一歩手前でぐっと耐えて小説に踏みとどまった作品で、くすくす笑いながら読み、あるいはほくそえみながら通過した場所がこれまで読んだ作品のなかではもっとも多かった。
かれは白いあごひげをなでた。あごひげには食べた覚えのない食べ物のかけらが、しばしばくっついていた。この文章、可笑しいでしょう。
あるいはイェラスィモ神父が買って来たペンキの色にまつわる描写。笑わないではいられない。
そして車椅子のアレクサンドロが村を訪れた主教の前で立ち上がる奇跡。おお、私も思わず、ゲオルク・ビュヒナーの『レンツ』で、主人公レンツが死んだ少年の家を訪ねて行き、「起きて、歩け」と叫んだ、あの感激の一瞬を思い出してしまいました。
ところが何とこの奇跡は……。mmこれ以上は書けません。
この短編連作集、どの作品もとても猥雑で、不道徳で怪しい人物ばかりで、神父さえもそうなのですが、しかしこの神父の一生懸命加減がたまらない。
(やはり、このくらいのゆっくりペースで読むのがよさそうです)
★ ★
牧野信一電子文庫を発見。個人の方が運営されているらしい。
事情が書かれているが青空文庫より充実している模様。
「西部劇通信」と「ゼーロン」が好きな者としてはうれしいサイト。
毎号必ず読んで感想を送っていただいているS誌のM氏に葉書でお礼。「塩の柱」という作品を表のウェブサイトにアップロードしたいとお願いしたところ、快く承諾をいただいて、そのお礼も。「塩の柱」、とてもいい作品である。
ちょうど、フォークナーの「エミリーに薔薇を」を読み終わり、これは何度読んでも面白いなあ、と思っていたところでした。本当に,おっしゃるとおりです。あの時代の老嬢は、一癖ありますね。頑固で孤独で誇り高く、いったん手に入れた恋は、すべてをかけて必死に守る。現代でも、老いに踏み込んだ独り身の女の心は同じかもしれませんが、あの薄暗く厳しい時代、孤独さや一途さは、もっと強かったのではないでしょうか。
返信削除コルタサルは、「通りすがりの男」を読み、設定を意外に思い、次に「すべての火は火」を読んで、何という凄い短編だろう! と驚きました。ふたつの時代も空間も違う場面が重なって一気に結末に向かって進んでいく。二組の男女の心理状態が、見事に重なっており、非常に難しい技巧が凝らされているのに、読むほうには切羽詰っていくふたつの情景がわかり易く伝わってきて…。描写は綿密なのに、男っぽい作家ですね。
「カッサンドラ」の最後の1行、私も引っかかりました。少年の目から永遠に「消えてしまった」のだろう、と考えたのですが。
そうでしたか、うれしいですね。
返信削除フォークナーの短編は何度読んでもいいですね。
私が悔しいのは「サンクチュアリ」を読めずに投げ出したことです。いつか雪辱を果たしたいのですが、また負けそうな予感がして開くことが出来ません。フォークナーの長編を読む時には相当に体力・気力を充実させておかなければ負けてしまうんですね。
>「カッサンドラ」の最後の1行、私も引っかかりました。少年の目から永遠に「消えてしまった」のだろう、と考えたのですが。
このパノス・カルジネスという作家は、意識的に、この最後の一行みたいに、乱暴と思われるくらいポンと簡単な描写で済まそうとするところがありますよね。読者を試そうとするかのような、いたづら小僧めいた顔つきで。
カッサンドラですが、トロイの陥落を予言しながら誰にも信じてもらえなかった予言者、euripidesさんご指摘のとおり、アガメムノンとともにミケナイにいって、そこで殺されます。ちなみに予言者になったのも、だれにも信じてもらえなかったのも、彼女に求愛したアポロンによるものでした。
返信削除そして、ヘレネといえば、そのトロイ戦争勃発のまさに原因となった絶世の美女ですね。
カッサンドラやヘレネだけでなく、誰の人生、誰の物語でも元をたどって行くと人間ではなく神々の誰かがその原因を作っているんですよね。人間は神の操り人形みたいなもので。
返信削除それでいて「神をないがしろにした罰である」なんちゃって。