2009年6月27日土曜日

ひわきゆりこ「運河」(「胡壷・KOKO」8号)

 書くのも読むのも十人十色。
 ということで、私の「運河」読後感を書かせていただきます。

 先ずは私が思わず鉛筆でマーキングしてしまった二ヶ所。

 ひとつは23頁上段の最終行から下段2行目までの描写。
 裕哉は立ち上がって大きく伸びをすると、行ってしまった。自分が、取り皿に残った天つゆや大根おろしと同じように扱われている気がした。

 自分が、取り皿に残った天つゆや大根おろしと同じように扱われている気がした。
 すごい表現ではありませんか。

 それから、30頁下段、後ろから9行目から3行目まで。
 夕方にシャワーを浴びていた私は黙って歩み寄り、彼の腰の辺りに腕をまわした。温かく湿り気のある胸に頬を密着させると、いい匂いがした。彼も私の背中に腕をまわして柔らかく抱きしめた。いくら待っても、彼の腕にそれ以上の力が加わることはない。私が力を抜くと、彼もゆっくり力を抜いて躰を離した。
「じゃあ、おやすみ」

 うーん、すごい。これこそが、微細でありつつ人間という存在を表現してやまない、力ある文学の言葉なのだと感心いたしました。
 一字一句、無駄もなく欠けるものもなく、私と裕哉という夫婦の間のリレイションを、必要十分、如実に表現していて、恐るべし。
 私はこのふたつのセンテンスが書かれているだけで、この「運河」という作品に99点をつけさせていただきます。
 マイナス1点は、結末がそれらの綻びを繕って雲散霧消してしまうような予定調和に終わっている点、でしょうか。


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