2009年1月20日火曜日

忘れていた青とうと冬瓜

 夕方、母が手芸店とスーパーマーケットへ連れていってほしいというので車を運転してゆく。この頃は郊外型の店だけになって町内の店が無くなってしまっているので、車を運転できない老人は難儀をする。手芸店とスーパーマーケット内を同行。毛糸って高いものですね。
 スーパーマーケットの野菜売り場を通過中、高知産の茗荷が目に入ったら瞬間的に夏の思い出が甦り、冷凍庫のなかでコチコチになっている激辛青とうがらしがフラッシュバックした。迷わず、茗荷、キュウリ、ナスを購入。
 帰宅して早速、それら4種類を刻んだものをタッパーに混ぜ、、昆布ダシに醤油、酒、味醂を適当に合わせたものを上からかけて冷蔵庫へ。ちょっとつまみ食いしてみたら、辛い、おいしい。
青とうがらしは手でじかに触らないようにしてできるだけ細かく刻んだ。刻みが粗いと舌が火傷したように熱く痛くなる。
 そういえば、夏に製造した南蛮味噌のことも、冬瓜のことも忘れていた。
 冬瓜は倉庫内でダンボール箱に入れ、使わなくなった布団や毛布をかけてあるので、存在さえも忘れていた。明日、出してみてよう。

 書きかけのもの、いったん放棄して、別のものを新たに始めることに決める。
 何でこんなにネガティブなのかなあと思うついでに、フォークナーの「サンクチュアリ」のあとがきを再読。時間はかかったが「八月の光」を読んだのだから、これも読めない訳はない。しかも結構会話が多く読むのに難渋な文体とかではなく、要するに「ポパイ」が受け入れられないだけなのかもしれない。短編の「あの夕陽」を読むつらさやフラナリー・オコナーの短編群を読む難渋感にも似ている。
 読者に強く何かを迫る小説。何を?




2 件のコメント:

  1. 今日も、畑係が収穫してきた大根と、保存していた冬瓜を、鶏肉と一緒に煮て、美味しく食べました。今年は冬瓜の保存方法を変えたら、どこも傷んでいません。例年は、お正月を過ぎるまで保たなかったのです。感激して食べているので美味しいです。
    激辛唐辛子はHさん経由で送ってくださったものを毎日いただいております。有り難うございます。テレビで、先日、佐久の風景が出ました。畑係に、この激辛唐辛子は、ここで育ったのよ、と何となく誇らしげに、説明しました。

    返信削除
  2. Nさん、わが家の冬瓜も無事でした。表皮に少し斑点が出始めている物もありましたが、皮を剥いてみたら中身は白く、大丈夫でした。夕食に早速「そぼろあんかけ」にして食べました。今回はダシと岩塩だけで醤油は一滴も使いませんでしたが、おいしかったです。次は鶏肉煮込みですね。傷まないうちにどんどん使ってみます。
     
     

    返信削除