2009年1月5日月曜日

徒労と呼び水

 ここといって行くところもなく、これといってすることもないので、昨日から、たっぷり時間のかかるオヤマボクチ精製作業をした。昨年の最後に収集した葉を乾燥させたまま、簡単に揉んだだけの、前処理を省略したものを、年明けに流体選別法で精製する予定だった。
 しかし、すぐに気づいたのは、前処理して葉脈や葉の表の葉緑素のある部分などを除いたものは嵩が減っているが、前処理をしないものはとにかく嵩ばる。大鍋でも一回では無理と判った。それで結局二日がかり。その上、さすがに不要な茎葉が多いだけに流体選別法でも1回ではきれいにならないことが判明。
 前処理を丁寧にするか、最後の精製で手がかかるか、いずれにしても気の長いひとでないと務まりません。(オヤマボクチ蕎麦が気に入ったように打てないので情熱が冷めかけており、こんなに精製しても使わないかもしれないので、ほとんど徒労に近い作業なのですが)
 そういえば、今日は妻の次兄が実家に帰省する日と聞いていたので、朝のうちに二八で500gの蕎麦を打っておいて、午後、届けた。




 本日は昨日、一昨日と打って変わってパソコンの電源君のご機嫌はなはだよろしく、最終工程まで終わってデータをCD-Rに焼き、明日発送できるように荷造りまで済ませる。
 最後が電送ではなくアナログな宅配便というのが笑えるが、データだけでは間違いに気づかないので、プリントアウトしたものを出力見本として送らなければならないので、データを電送したとしても結局同じなのである。

 年末から坂口安吾の「風博士」、「霓博士の廃頽」、「木枯らしの酒倉から」、「竹薮の家」と、百閒先生の短いけどメビウスの輪のように捩じれ歪んでいる掌編をざっと再読。何となく、書かなければいけないと思っているものをイメージしての読書なので、要するに昔の手押しポンプの呼び水のようなもの。あまりに使わなかったポンプなので呼び水をしても無駄かもしれない。
 そういえば、Lydwine.さんが残雪の「天国の対話」の書評を書かれた。うーん、すごい。さすがに精密な読み。私などは読んで圧倒されて、ひとにはあまり読ませたくないので、その書き出し以外には言及しなかったのだけど。

2 件のコメント:

  1. euripidesさん、新年あけましておめでとうございます。
    「天国の対話」のこと、いやいや、すっかり手前勝手な読み方をしてしまいました。
    気もちが小説書きに向かわれたのですね。それはたのもしい。私は、昨年のものがそうであったように、今年浮かんでいたイメージもまた「天国の対話」のなかに出てきてしまっていて、すっかりしょげかえっています。

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  2. そういえば、新年のご挨拶もせず、失礼いたしました。
     あけましておめでとうございます。
     こんな、世界が壊れそうな様相を呈してきているのに、物書きは何も書けずに指をくわえて見ているだけなのでしょうか(って、新年早々ちょっと誇大妄想気味)
     あまり明晰な小説よりも、残雪のように靄がかかっていたり混乱していたりする小説にリアリティを感じてしまうのはなぜでしょう。
     ことしもよろしくおねがいいたします。

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