今日は、ある人物に付き添って病院へ。
ここも医師不足か、病院滞在時間何と4時間。
途中放擲して唯一未読だった「喜劇・レオンツェとレーナ」(「ゲオルク・ビューヒネル作品全集」青木重孝訳、白水社、昭和16年)をあっという間に読んでしまい、以後は「レンツ」のあちこちをめくりながら持参したiPodのなかの曲をずっと聴いていた。先日のPASTORALを繰り返し聴いてご機嫌。結石で苦しんでいる者がいるというのに、どこまでも脳天気である。
親しくしていただいているT屋さんの玄ソバ35kgの製粉を頼まれていたが、まとまった時間が取れないので、夕食後に少しずつ作業をし、三晩かかってようやく真空パック詰め作業まで終了(ほんとうは一気に挽いて篩い分けした方がいいに決まっているが)。
35Kgで歩留まり70%なら1kg入りで24,5袋のはずだが26袋と50gあった。丁寧に挽いたせいか? しかし、篩い分けが粉だらけになってタイヘンである。よほど親しい人以外は引き受けない方が良さそうだ。
それに粒子の細かい粉がいいのか、荒挽きがいいのか、きちんと明確に言える人でないと自家製粉の意味も価値もない。
それにしても、そういう余計なことに首を突っ込んでいるので、かんじんの蕎麦打ちの腕がまったく上達しない。
余計なことに首を突っ込んで、肝心の小説が書けないのとまったく同じで、これは生まれもった性格であります。
そういえば、昨日、葬式に行く時刻までと断りながら、どぶろく風に怪しく発泡する酒を手土産にわが家に寄った「髯面で長髪ちょんまげ風作務衣姿」のM君が、O原君と富倉へオヤマボクチ蕎麦を食べに行って来た、とか。
ふん。
次回は「へぎ蕎麦」を食べに行く予定だが行くか? と。
すっかりへそが曲がってしまった私は、行かない、と返答。
蕎麦は二八か十割に限る。妙なものを混ぜてはいけません。(ーー;)
0 件のコメント:
コメントを投稿