ひょんな場所からこの本が出てきたので、昨夜、少し開いて、読んだ。
残雪の「かつて描かれたことのない境地」と、アナトーリイ・キムの「コサック・ダヴレート」。
いつだったか、読書雑記でLydwine.さんがこの岩波の「世界文学のフロンティア」シリーズ6巻の作品について度々書かれていたが、私は残雪の名を見てこの第3巻を買っただけで、しかもずっとどこかに仕舞ったままにしていた。
「かつて描かれたことのない境地」は今の私が読むと、ここに書かれている記述者が自分のことのように思えて暗澹たる気分に陥りそうではなはだよろしくないのだけど、いわゆる不可能性の文学という範疇で括られたメタフィクションとして読むと実に面白い。
「コサック・ダヴレート」は、なにかひょいひょいと身軽に人物の肩から肩へと乗り移るような塩梅で視点が移り変わってゆくのがそんなに不自然でなく、固定焦点レンズや三脚を固定したカメラで撮影されたような視点を固定した小説を胡散臭く感じている者には新鮮だった。実際、人間社会は人称の迷宮なのだろうし、あまりに理路整然とした捌き方より、こういう小説のような怪しい構造の小説に親近感を感じてしまう。
ちょっとこのシリーズを古書検索してみよう。
「コサック・ダヴレート」は驚きでした。
返信削除一人称がどんどん移行していくなんてことが、可能とは。あれは翻訳も、見事だったと思います。どこかで、そんなことはしちゃいけないんだ、とか、できるわけがない、とか、やっぱり固定観念に嵌まっているんですよね。“長篇”童話である「リス」もけっこうそんな感じですよ。通読はしていないのですが。
だいたい短い作品で視点を変えるなんていけないって言われるのが普通ですからね。
返信削除でも「コサック・ダヴレート」は一人称の上を実にうまく移動していますよね。まるで視点が一人称の上をその瞬間ごとに憑依しながら自在に渡り歩いている感じで。
自由間接話法とどこか似ていてどこか違っていて、でも面白い方法だなぁと感心しまくりです。