例年、5月の第三土曜日、日曜日は繁忙のピーク。昨夜は読むも書くもまったく意識が働かず、爆睡。
今夜は多少の余裕。
J・プレヴェールのシャンソン集から「割れた鏡」(イヴ・モンタン)、「葬式に行くカタツムリの唄」(リス・ゴーティ)、「恋歌 La romance」(ゼット)、「あんたがねてるとき」(エディット・ピアフ)、「私は私、このまんまなの」(ジュリエット・グレコ)をiTuneに登録......何とも豪華な歌手陣......、さらに、動画サイトからボリス・ヴィアンが唄う「脱走兵の唄」とAarnoud de Groen というオルガ二ストが演奏するバッハの "Ich ruf zu Dir, Herr Jesu Christ", BWV 639 、小椋佳の「めまい」、ビリーバンバンの「さよならをするために」などをダウンロードし、そのflvファイルからさらに音声だけを抜き出してMP3に変換してiTuneへドラック、iPodをパソコンに接続してMP3ファイルを移動。
朝食前に、自家菜園で作業している時にiPodのイヤホンを耳にしていると、実に効率的なのだ。
野良仕事をする私と、音楽を聴く私と、これこそがB・ヴィアンの並行人生ではないか。
彼ほど多重な人生を生きることは凡人である私には不可能だが、せめて、生きる自分と書く自分と、二つの時間くらいは並行して生きなければ、生きている甲斐も無いというもの。
それにしてもほんとうに20日に同人誌42号は届くのだろうか? Lydwineさんの木曜日が10日で出来たのだから、うちの雑誌も20日に出来るのかもしれない。データを送って10日で出来る。すごい時代に生きているのだな、私たちは。
一度も印刷屋さんの顔を見ずに、データだけが、見えないまま空間を飛んで、やがて本になる。それはまた同人たちにしてもそうで、郵便さえも介さない。書いているときから、実物がないまま、データだけが、飛び交っていく。考えてみれば、ちょっと気持ち悪くもありますね。
返信削除昔、長い小説をワープロで書いていて、ワープロだからフロッピーですが、それも長いと分割しないと保存できず、うっかりとそのうちのひとつのファイル、約20枚分を消してしまったことがあり、これこそバブルの崩壊だ、なんて思ったものでした。データってバブルだなぁって。そのくせ、今やそのバブルだけで同人誌を作り、ついでに仕事までそうだったりします。このままどこまでも便利に流されていってよいものか、と首を傾げるときもありますが、デジタル文学館を見れば、同人誌という実物さえなしに、ただひたすらに、データだけで、まだ見ぬ読者まで届けられているわけですから、進歩と捉え、進歩には喜んで追随していくだけだ、と思いましょう。
まったく、空恐ろしい状況ですよね。
返信削除進歩しているのはテクノロジーだけで、Humanのさまざまな心性や属性は原始時代や古代ギリシアから一歩も前へ進んでいなかったりして……
とほほのほ。
反射的にスタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」とか、J・オーウェルの小説「1984年」などを想起してしまいます。
ほんとうに、われわれは、どこから来て、どこへ行くのでしょう?