2008年5月4日日曜日

気が遠くなる

 夜更かししておいて早起きというのが何日も続いているので、眠いというより気が遠くなる感じで本が読めない。今夜あたりは少し早寝しよう。
 といいながら、近藤直子さんのウェブサイトにいつの間にかアップロードされていた「長発の夢」を、横書きでは読みにくいのでダウンロードしてテキストファイルに変換、さらに一太郎のA4見開き2段組レイアウトに貼り付け、さらにPDFファイルに変換。

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 今朝も早朝に、昨日張った黒のポリマルチにoyamabokuchiの定植作業。株間60cmで植えていったら一通りに25本、二通りで50本植えられた。ということは、4列で100本!
 時間が少々あったので、ポリマルチをもう一列張った。

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 庭のwasabiも枝垂れモミジの葉が伸びてきたのでご機嫌で成長している。ただ、やや葉色がかなり薄緑になってきているのが気にかかる。畑に植えたものも、活着したものと枯死したものと、半々に分かれた。株分けして、根の量が極端に少なかったものは根付けなかったようだが、活着したものはまた子ができて増えるだろう。




 夕食後、Lydwine.さんのブログにお邪魔して5月1日の記事へのコメントを読んで、心臓が破裂するほどの強い衝撃を受けた。
 自分の青春の終わりを告げられたような気がした。やはり今は21世紀なのだと実感。
 ずいぶん遠くまで来てしまったような、文学もなにものかに呑みこまれてしまったような......。
 なにものかって?
 資本の論理? いや......。
 日本の文学は終わるのだろうか、終わることによって新しく始められるのだろうか? 限りなく前者のような気がして仕方ない。
 なぜか、「北斗の拳」の主人公の、あの決め台詞が甦ってきてしまう。
 「おまえはもう死んでいる」
 憤りと哀しみと、ほんのちょっぴりの頷き。

2 件のコメント:

  1. 「銀座線」の方からもコメントを頂戴しました。どうやら間違いなさそうです。私はちょっと勘違いしていましたが、先のコメントをちゃんと読めば、今年いっぱいなんですね。
    ついに文芸同人誌は「文学界」からも見放されたか、という思いです。すくなくとも一般の文芸の世界から、存在価値を否定されてしまったかな、と。
    一方で、Hさんによれば、西日本新聞が同人誌を紹介していくと言います。地方文化としての存在価値だけが、残された道、なのかなぁ・・・。

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  2. いや、どちらがどちらを見放したのか、判らないような気もしてきました。逆もまた真なりとか言いますし、私自身も昨年に数十年にわたる定期購読を止めたという責任のようなものを感じていますし。
     われわれも、あの場所に批評を期待していたというほかに、どの誌の第何号が発行になったというような、いわゆる情報を得る場所でもあった訳で、そういった側面は「文芸同人誌案内」が果たす役割が大きくなると思っています。
     批評については、先ず自己批評と、ごくわずかではありますが批評を寄せてくれる仲間との相互批評を頼りに書いてゆくほかありません。
     シビアに考えれば、同人雑誌評という批評装置自体がすでに時代の間尺に合わなくなっていて、その結果としての幕引きなのかもしれません。 
     でもショックですよね。
     電気が消えた真っ暗な部屋の中です。
     さて、気持ちを引き締めてLydwineさんの作品を読むことにしましょう。

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