圧倒されて言葉が出てこない。
スペイン内線は歴史的には1936年7月から1939年3月までとされている。が、この小説の第一部は1937年、第二部は1939年、第三部は11943年、第四部は1946年。この十年にわたる共和国軍兵士の敗残生活を静かに叙述している。
先日書いたアリストテレスの言葉を、またしても思い出さざるをえない。
「以上に述べたことから、詩人の仕事は実際に起ったことを描くのではなく、起り得ること、即ち、蓋然、もしくは必然的に、可能なことを描くことである」
「歴史家と詩人の差別は、韻文と散文との差別にあるのではなく、一方(歴史家)は実際にあったことを書き、他の一方(詩人)はあり得ることを描く点にある」
(岩波文庫旧版・松浦嘉一訳より)
以下はこの小説の終わりに近い部分の引用。
長い時間がたった後なので、光がぼくを傷つける。今生まれたばかりの悲しく凍った光が、真っ白な光と一緒になってぼくを傷つける。肌で雨、あるいは郷愁を感じるように肌で光を感じることがない日々が続いた。光がぼくを傷つける。五感は夜の闇のせいで暗さに慣れ、風のせいで吹き散らされ、きっともう二度と会うことはないだろうという思いを込めてぼくの背後で扉を閉めた妹の目の中で溺れ死んでしまった。その五感までが光に汚される。
たったひとり生き残りはしたものの隠れ家の洞窟を失い、妹夫婦の家の敷地内に掘った穴の中で生活していたぼく(アンヘル)が、ついに妹に「ここを出て行って」と言われ、国境を越えてこの地を去ろうとして駅へ向かう。暗い穴倉生活から出て駅へ向かうアンヘル自身の叙述である。
詩(ポエジー)が散文に入り混じってダイヤモンドダストのようにキラキラしている。
「黄色い雨」もそうであったが、この小説もまたその魅力は粗筋にあるのではない。粗筋を書いてちょこちょこっと感想を書いて、それで済むような小説ではないのであり、小説の魅力が叙述そのものにある。
私も読みました。読み出すと止まらなくなって。やはりスペイン内戦という凄まじい出来事があってこそ、かくも詩的で凄い表現が生きているのですね。
返信削除また、繰り返して読みたいと思います。
あまりにスペイン内線について知らなさ過ぎました。これを機会に少し知っておこうと思いました。
返信削除渡米していた日本人がひとり、国際旅団に義勇兵で参加して、戦死していますね。
大分前にスペイン人の老神父から、子供時代に経験した内戦の話を聴いたことがあります。「お父さんたちがまず連れて行かれました。そして広場で銃殺されました」カトリック信者であることも隠さないといけなかったそうですが、小さな子供たちのひそかな遊びが聖体拝領ごっこだったそうです。その話を聴いたときには分からなかったことを、この小説は深く教えてくれました。
返信削除スペイン内戦のお話でしたら、是非、ビクトル・エリセという映画監督に触れてください。『ミツバチのささやき』や『エル・スール』。たいへん寡作な映画監督で、けして内戦そのものは描かないのですが、その影は濃く流れている。とても素晴らしい映画です。
返信削除遅くなりました。
返信削除Nさん、そうでしたか、スペイン人の神父さんから直接お話しを聞かれましたか。
でもやはり小説の力はすごいですよね。
時空を越えて目の前に迫ります。
Lydwineさん、今、Google VideoでVíctor Ericeを検索して、短い動画を少し見てきました。
返信削除いいですね。
田舎では簡単には見ることが出来ないかもしれないですね。Amazonあたりの中古が結構すごい値段で驚きました。
もう少し検索してみます。