2008年1月6日日曜日

あったことをあったように書く小説など読むに耐えない

 そういう考えを、私は不遜なことにすでに二十歳の頃から持っていた。

 当時、アリストテレスの「詩学」を読んで痛く感心したのは、(以前も書いた記憶があるが)、第9章の始まりの文章、
「以上に述べたことから、詩人の仕事は実際に起ったことを描くのではなく、起り得ること、即ち、蓋然、もしくは必然的に、可能なことを描くことである」
 それから、
「歴史家と詩人の差別は、韻文と散文との差別にあるのではなく、一方(歴史家)は実際にあったことを書き、他の一方(詩人)はあり得ることを描く点にある」
      (岩波文庫旧版・松浦嘉一訳より)
 ここで書かれている詩人というのは現代でいう詩人ではなく、古代ギリシア悲劇の劇作家である悲劇詩人のことであるが、小説家もその仕事の半分は演劇における叙事に負っているのだから、耳を傾けても罰は当たらないだろう。
 アリストテレスによれば、あったことをあったように書くのは詩人の仕事ではなく、ヘロドトスのような歴史家の仕事である、と。
 ただし、だからといって歴史家の仕事が詩人に劣るなどと考えるのは間違いで、実は、「あったことをあったように書く」のは先ずは不可能といっていいくらい難しいことなのである。
 近くは日本の歴史を振り返ってみても、あったことをあったように書いた歴史が見当たらないのである。
「南京虐殺はあった」
「なかった」
 どちらが本当なのですか?! と責任者がいるならば問い質したいくらい、歴史は視点がちょっとずれただけで異なる様相を呈してしまう。
 それが文学の地平でも起り得る。
 あったことをあったように書く小説はたとえばコテコテのリアリズム小説であったり、私が「生きた・感じた・考えた・悩んだ」といった、私(or=作家自身,and≠作家自身)の言動をありのままに書いたと言われる、いわゆる「私小説」と称される単なる小説の畸形であったりする。
 しかし、よくよく考えてみれば、私(=or,≠作家自身)の視点でさえも、可能性として無数に存在する視点のうちの、たったひとつの視点から書かれた実に扁平な物語にすぎないのである。残念ながら、「たったひとつの視点から書かれた実に扁平な物語」が文学的普遍性を獲得できるとは思えない。
 太宰治を私小説の作家と思う人がいたら、それこそお笑いである。
 彼は、作家として十二分に嘘つきであって、ありもしないことをさもあったように書いた稀有の作家だったのです。彼の作品は彼固有の視点から書かれた実に扁平な物語ではなく、むしろ誰にも共有できる、他者だけでなく自己をも偽る「嘘」という虚構的普遍性に満ちていた。
 だからこそ、太宰の作品は今日でも半ば恥じらいつつも秘かに多くの読者に支持されている。

 そういえば坂口安吾。かつて「現実と虚構の間に」という文章で彼の「FARCEについて」という方法論のことを書いたことがありますが、彼はそこでこう書いています。
単に、人生を描くためなら、地球に表紙をかぶせる のが一番正しい


 解りますか? 単に自分にあったことや自分固有の苦難(パッション=受苦)を書くだけだったら、そんなめんどくさい手続きを踏むよりも、あなた自身の額に題名を書いた表紙をかぶせて街を歩くのがいちばん手っ取り早いのです。

 M上H樹さん風に、「やれやれ」
 小説が書けない私。埴谷さんの「不可能性の文学」には到底及ばないまでも、せめて、私なりの「不可能性の文学論」を書かなくてはいけない。
 かつてEuripidesは、古代ギリシア悲劇に引導を渡した最後の悲劇詩人と貶されたことがあったが、すでに瀕死の現代文学に引導を渡すのは、誰?
 オンラインとオフラインの双方で存在をアピールするハイパー文芸誌などと気取って来ましたが、その双方を一挙に撤退するためにも、「不可能性の文学論」を書くべき時なのかもしれない。
 

4 件のコメント:

  1. 今さらになりますが、「新年あけましておめでとうございます」
    euripidesさんには遠くおよばないまでも、ブログを書き溜めるにつれ、文学の不可能性、不毛さがつのってくる気がします。まだ1年ちょっとしか書いていない私でさえそうなのだから、euripidesさんの肩に乗った荷物は相当なものだろうな、と想像します。
    「木曜日」は定期的に顔を合わせるお友だちで出している雑誌だということもあるでしょう。どこか、余所のことはいいよ、という声も聞こえてきます。こんなことを「文学」という大枠と一緒にするのは憚られますが・・・。
    かねてより、「文学なんかいつでもやめてやる。飽きたらとっととやめるさ」と言ってきた私です。ところが、やめていないのです。「書く! 書き続ける!」とはけして言う気がないのに、書き続けているのです。euripidesさんはやめられますか? だとしたら、羨ましくもあります。

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  2. わあ、眠っているはずの時刻に起きていて書いたものは、どうもムチャクチャでいけません。(三島について書いた部分は恥ずかしいので反射的に削除してしまいました)
     Lydwineさん、本年もよろしくお願いいたします。
     文学の不可能性について書き遂せられたら文学をやめられるでしょうが、そんなに簡単に書けるものでないと承知しています。
     むしろ、この文章は、不甲斐ない自分への屈折した笞打ちだとお考え下さい。

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  3. あけましておめでとうございます(遅い)
    今年もよろしくお願いします。
    あの、お手紙を、送ったのですが、届いていないと思います。料金不足で戻ってきました。なんの音沙汰もなく、すみません、滝汗。
    坂口安吾は太宰を理解してくれた、数少ない物書きのお友達のひとりでした。太宰は随分と助けられたと思います。そしてまたこちらでも「太宰治を私小説の作家と思う人がいたら、それこそお笑いである。」と、スパッと言ってもらい、太宰ファンの私は助けられた気持ちです。内面でばかり読まれてしまい、技術的な面で、もっと評価されてもいいと思うのですが…、そうです、太宰は嘘つきなのです。
    それと歴史家のお話ですが、うんうん、と頷いて読ませていただきました。テストで点数をとるためには、固定された歴史の死骸を暗記する必要がありますが、じつは流動的で、なんだかよく分からないのが歴史ですよね。歴史家は自分の歴史を作るのだと思います。
    太宰に反応して、ついコメントを入れてしまい、記事も書きました。ありがとうございます。euripidesさんにとって、良い年でありますように。

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  4. itu:kairouさん、いらっしゃい。ご無沙汰しています。今年もよろしくお願いいたします。手紙が還って行っちゃったんですか、ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
     コメントありがとうございます。タイトルが何ともあざとく「こけおどし」なので改題したいのですが……、また私小説をバカにするなと文句を言われそうだし。
     太宰をすごいと思うのは、視点が女性でも他人でも成りきれてしまう、描けてしまうという、物書きとしてニュートラルな点だと思います。女性とか、男性的でなく愚図愚図した優柔不断な男とか、どうしてこんなに描けるんだろうと驚嘆しました。だから太宰のような小説を書くのはやめよう、いや、書けないと二十歳の頃に思いました。
     それから井伏鱒二を待たせたことを檀一雄に非難された太宰が、「待つ身が辛いか、待たせる身が辛いか」と返したのは有名なエピソードですが、このように一瞬にして「待つ身」と「待たせる身」と相対化して見ることが出来るのも、太宰がただ単純に私事を書いて済ますような作家ではなかったからだと思います。太宰ほど自分を客観的に見ていた作家は少ないとも思います。

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