といっても、19世紀の話で、またフロベールの遺作「プヴァールとペキュシェ」の主人公ふたりのことなのだが、第2章に入ってふたりはいよいよ農業、園芸、造園などを実際に行なうようになる。それもことごとく失敗。なぜか? 彼らは農業、園芸、造園の実際を知らず、研究(書物から知識を得て)試行しているだけなのである。だから失敗する。要するに収入が発生しないのである。
そのあげくに第2章の終わりでは「プヴァリーヌ」なる名前の蒸留酒を製造しようとして失敗、蒸留器が炸裂してしまう。
ペキュシェの第2章締めくくりの言葉。
「おそらくわしらに化学の知識がないからだろうよ」
ということで、次の第3章はふたりの化学のお勉強が待っているらしい。
このふたりの、真摯だが成功しない言動が、おおいに笑えて、同時に泣ける。
(今年、蕎麦栽培やoyamabokuchi精製に嵐のように夢中だった自分がプヴァールとやキュシェと重なって来て、もう一度笑えて泣けてしまうのですが……
もともとこの田舎暮らしはプヴァールの叔父の遺産が入ってきたことで現実化したものだが、遺産があるうちは収入が発生しない試行も結構だが、遺産がそう無制限にあるのでもない。どうなるのだろう。
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