2010年5月5日水曜日

他者になりきるための儀式

 例の試聴サイトへ行ってEnyaを検索したら、重複しているアルバムをふくめて26枚。2001年の「The celts」だけは持っているが、他のアルバムは聴いたことがなかったので少し試聴してみた。
 どうもしかし、パソコンにつないでいるロジクールのZ4のバス・コントロールが利きすぎるので、かなり絞って聴いている。



 飽きもせず聴き続けているこのオルガン曲をボリュームを上げて聴くと、あばら家の建具がビリビリ響いてしまうくらい重低音が利く。もともと重低音用のサブ・ウーファーが売り物なのだから仕方ないのだけど、骨壷を収める箱と同じくらいの大きさなので机の上には置けない。仕方なく足元に置いているが、ほんとうはもう少し高い位置の方がいい。
 
 そうそう、この曲も小説の中に登場するかもしれない。といって私小説ではありません。
 そうか、小説を書くという行為は、私にとっては他者になりきるための儀式なのかもしれない。
 それだけ、私は私でありたくないのだ。
 (なるほど)
 (自分で得心してしまって、どうする?)


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