早速返信したが、相手の方の名前と質問だけで、自己紹介はともかく、肝心のPDF作成ソフト、それ以前の文書の作成ソフトなどが書かれていないので、正確な返信が書けない。
先ずは、私が作成したPDFファイルのサイズが、ご自分が作成されるものより小さいことに触れ、どんなソフトでどんな方法でファイルサイズを小さくしているか、という質問だが、これに答えるにも、相手の方がどんなPDF作成ソフトを使っているかが判らなければ返答しようがない。
また、PDFファイルが見開き2頁で表示がされているが、どのようにして2頁をPDF化されているかという質問。これはPDF作成の方法やソフトの問題ではなく、Wordなり一太郎なりExcelといったアプリケーションでの「ページ設定」や「文書のスタイル」の設定で見開き2頁に設定しているのだから、やはり、どんなアプリケーション・ソフトを使っているか、教えてもらわなければ、解りやすい説明が出来ない。
つまり、通常の自己紹介など省かれても構わないが、どういうソフトを使ってPDFファイルを作成しようとしているのか、そういった質問者側の情報が隠されていては、実は答えようがないのだ。
メールの文章もしっかりされているこの方を非難するのでは決してないが、一般的には、ネット上では、こういう風に、自分に関する情報はマスキングしておいて、自分が必要な情報だけを要求して来ることが多い。
いつだったかもE・ムンクの「α & ω」について問い合わせがあったので、自分で訳した怪しい翻訳をPDFを添付ファイルとして返信したのだったが、その後、読んだともありがとうとも返信はなかった。
こんなことを考えていると、ネット上で無数の方とつながっているような、つながっていないような、暗い虚空に自分ひとりが浮遊しているイメージをたまたま見てしまう。電話線の向こうから微かにアリアが聴こえて来たりして、危ない幻視、幻聴である。
Helmut Walchaの、J.S.Bach Organ Works (Disc 1)と、Kurt Redel; Pro Arte OrchestraのMusikalisches opfer BWV1079を聴く。後者のCanon perpétuelは私の葬儀で流して欲しい曲と配偶者に言ったことがある。そしたら、あら、密葬でいいって言ったじゃない、って。無論、近親者だけの密葬でいいのですが、密葬で音楽をかけてはいけないということはないでしょう。演奏時間、たったの1分23秒だし、お願いしますだ。無論、他の指揮者やオーケストラではダメで、このKurt Redel; Pro Arte Orchestraでなければなりません、奥様。
弟が母に贈ったFairy eyeだが、日当たりの悪い部屋に置かれていたためにずいぶんピンク色があせてしまった。これではほとんど白のハイランドジアではないか。
この頃、「マダム・ボヴァリーは私だ」という、フロベールの有名な言葉を思い出してならない。今、私が苦しんで書こうとしている主人公は女性であるのだが、この異様にいびつな女性は、実は言葉の鏡に映っている私にすぎないのだ。こんなネガティブな小説をひとさまに読ませる訳にはいかない。そう思うと忽ち、いつもそうなのだが、この原稿ファイルを廃棄したい誘惑に駆られてしまう。
そういえばまだ『感情教育』を読んでいないのだけど、何と言っても『ブヴァールとペキュシェ』の方が大人の小説だ。
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