2010年5月3日月曜日

インドメタシン様々

 昨年、共同栽培したソバ畑はTさんが別の地主から借りているものだが、Tさんがその半分ほどに別の作物を栽培することになった。残る面積を共同栽培するのか、Tさんが単独でソバを栽培するのか、Tさんがまだ何も言わない。
 ということで、共同栽培をやめてほかに空いている畑を借りて単独栽培すべきかと考え始めている。共同栽培というのはむずかしいもので、栽培の方法など意見が食い違うことがあり、どちらの意見が通るかで栽培結果も異なってくる。
 不耕作の畑は多いので、どなたかに借りて単独栽培に戻ろうか。ただしソバしか栽培しないのであまり多くの年貢は払えないのです。




 とうとう、久しぶりに、肩甲骨横の膏肓のあたりが凝り固まって極端に血の巡りが悪くなり、肩、首まで痛みが上ってきた。温湿布、経皮吸収型鎮痛消炎プラスター剤、インドメタシン塗布剤などを投入。今回はいちばん効くのはインドメタシン塗布剤で、ほかは張った部分が痒くなるだけ。
 今月は仕事に追われてダメだが、来月、再来月ふた月でまじめに書き通さなければならないので、体調は最高の状態を維持しなければならない。
 そうでなくても、体力で押して書くだけのへぼな書き手なのだから、体調を崩しては半頁も書けない。まさにインドメタシン様々です。

 題名も新しい筆名も決まっていて、ある程度作品の流れも決まっているのだけど、書くという行為の要は先ず細部の描写にあり、これはその時その時の体力、気力、思考のあり方、感性の活動の仕方などを総合した一種の生の呼吸に近く、いつでも書けるものではなく、その時しか書けない性質のものである。
 詩人は言葉という名の刃でもって一瞬の居合い斬りをするけど、散文で小説を書く者はそんなに切れてはいけない刃=言葉で延々&奄々と総体を描写しなければならないのです。
 などと、えらそうに~~ね 凹 (ーー;)

 これが書けたら死んでもいいのだけど、また無惨な結果に終わるのだろう。
 ああ、早く、宮沢賢治のように「下の畑にいます」という掲示を置いて雲隠れしたいものです。




 オヤマボクチとルバーブについて、個人的な研究記録として記事を別記事にし、非公開にすることにしました。種の問題を突きつめてゆくと、非常にデリケートな問題にも直面します。
 大袈裟に言えば国家間の戦略になる場合さえあるのですから、個人的戦略として公開できないことも生じて来ます。
  
 ということで、昨日のように、記事が無い日は非公開記事しか書かなかったということになります。オヤマボクチとルバーブについて検索で来られてウォッチングされている方、申し訳ありません。


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