世界が現状のようにあることへの怒り、それゆえ世界を詩的に捉え直したいという欲望、そういう怒りと欲望があるかぎり、私は詩を書きつづける。
ある詩人の方が今夜、ご自分のブログでこう書き出されていて、思いがけず安堵した。ひとりでもこういう明確な意識を以って詩を書いているひとがいれば、見捨てたものでもない(もの、ね)。
つづいてボードレールの散文詩「不埒なガラス売り」のことが書かれている。この光景がなぜかフラナリー・オコナーの短編いくつかと重なった。ゼラニウムの鉢が落下する。その他、彼女の短編にしばしば特徴的に現われる「悪意」のmovement。
ああいう「悪意」のmovementを短編で書くのに魅かれます。私も書きたいのだけど......。
この頃ずっと、文芸誌とか同人誌のあり方を真剣に考えさせられている。
案外、ネット上だけにしか存在しないウェブ文芸誌もありかなと思い始めている。ネット接続が切れたり、ネットが崩壊するような事態に陥った時には消滅してしまう、砂上の楼閣ならぬネット上の楼閣としてのウェブ文芸誌。顔を合わせたこともない書き手たちの作品がウェブ上に並ぶ。
ただしつまらない作品は載せないとか、いろいろ条件を考えてゆくと成立しそうもない。
眠って起きたらパチンとはじけてしまう一夜の夢想。
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