プラトンの洞窟カフェ
文学と非文学、あれこれ
2008年7月15日火曜日
自分の声が聞こえるよう
今夜、もう一度
Glenn Gould - Extasisを見直していて、12/12、つまり最終章
で以下の言葉に遭遇して大感激。
グールドは複数の旋律が絡み合う曲を好んだ。
形式が自己の形式を絶えず問うているからだ。
自分の声が聞こえるよう複数の声が必要だった。
実に、そうなのだ。「私」の声がひとつでは客観化できない。複数あってこそ「私」なのだ。
というか、客観化できない「私」は「私」ではない。
続けて、
Glenn Gould: The Alchemist
を見る。
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