2007年3月23日金曜日

純文学は死んだ

 Nさんお勧めの文學界3月号所載『ナビゲーター』を確保しようと、確か発売日の一週間後だから3月14日か15日に市内の書店に行ったら、なぜかすでに文學界も新潮も群像もなく、あったのは「すばる」1冊のみ。
 三十数年間も月ぎめで購読しつづけた文學界だが、どちらがどちらを見放したのかさえも諒解できないままに、定期購読をやめた。高等学校文芸部を訪問する記事が登場した時に、こんな迷走はあかんと思って定期購読を解約した。
 その報いか罰か、思わず松田勇作風に、《文學界が本屋に無いなんて、前代未聞のなんじゃこりゃ~
 
 文學界も新潮も群像も、とにかく売れないのです。
 売れないから、書店でも多くは置けないのです。
 なぜ売れないのかだって?
 面白くないからさ
 (って、カフカの『国道のこどもたち』を完璧にパクッてますwi)

 佐々木基一さんの、純文学は死んだというエッセイを否応なく思い出させられてしまいましたwa。
 長野日報社が設営した「長野文学賞」の選考委員だった佐々木基一さんが第一回長野文学賞を公募した年の、元旦の記事に載せられたエッセイだった。
 このエッセイに反応して書いた短編で応募して、私は最初で最後、たった一度だけ佐々木基一さんとお会いした。それから歳月が過ぎ、静岡県沼津市千本浜の乗雲寺境内にあるお墓に、長野文学賞関係者と集団で、一度だけお参りした。
 戒名はなく、「佐々木基一の墓」とだけ刻まれていた。



 純文学は死んだ
 神は死んだ
 まるでローレライの妖しい歌声かサイレーンの響きのように
 このおぞましき無限カノンは
 永遠に
 つづくのかも
 知れない
 などと思いつつ
 なおも
 同人誌を編集発行し
 みずからも小説を書かなければならない矛盾
 あるいは天と地とに隔てられた
 齟齬
 

9 件のコメント:

  1. 例えばスタンダールの痛快なエンターテインメント性まで遡らなくても、夏目漱石などを見ても、いやいやもっと単純に、芥川賞と直木賞なんて区分けをしたのは、かの商人文士・菊池寛(なんて蔑んだら、某氏に怒られそうですが)。純文学という概念もじつのところ新しいものですよね。最近思うに、純文学が詰まらなくなったのは、大衆文学・エンターテインメントの粗雑さも原因ではないか? とも。大衆文学と純文学といった区分けが大衆文学を開き直らせてもいるのではないのかなぁ、などとまで思ってしまうわけです。
    柄谷行人が「近代文学の終わり」を書いて物議を醸したのはつい数年前ですが、調子に乗った「早稲田文学」が表紙に「The End of Literature」などと書き続けていました。いや、柄谷は「文学」ではなく、「近代文学」と言っていたのだ。かといって「現代文学」とはなにか? は示されなかったけれど、そこには、いまだ達成されないままの「近代の超克」(花田清輝)があったはずです。達成されずに終わろうとしている、と。
    そう考えると筒井康隆や山田詠美が芥川賞の選考委員になるといった大衆文学と純文学の越境は重要なのかもしれませんが、いかんせん、彼らも自分たちが越境して満足している感があり、賞そのものの境界を突き崩すところにいっているとは見えない。
    「エンターテインメントと純文学」という区分けを突き破りたい、などと夢想してしまいます。そうした小説を書くことなのでしょうが、この際、文芸誌なんてものをやめちゃったらどうでしょう? でも、かといって「en-TAXI」なども、読む気になれないんだよなぁ・・・。「YOM YOM」も・・・。
    長々ごめんなさい。今夜は、自分のところといい、こちらといい、コメント書きで、自分の記事はなしにします(苦笑)。

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  2. おはようございます。
     今日は一日忙しいので、先付けで書いてしまいました。
     同時進行で追わなければいけない作家なんてそうはいませんし、時代と並走する必要もない歳(!!)になりましたので、文芸誌をやめても差し支えありません。
     確かに、近代文学は終わっていますよね。
     純文学とエンターテインメント、芥川賞と直木賞、という風に文学を分業体制にしてしまったのは、良くなかったですね。おかげでますます純文学は、奥行きは異様に深いが間口は異様に狭い、ヘンなお家になってしまいましたし、エンターテインメントは芝居の書割みたいに間口は相当広く見えるが、奥行きが全くないお家が多かったりして……へへへ(^_^;)
     

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  3. こんばんわ〜いつも読み逃げしている私ですが、たまには足跡を残して行きたい..なんて..。
    私は何も知識がなくて、ただ、読ませていただいては
    「そうだよね〜」とか「そうなのか...」とか
    思っています。今日の日記読ませていただいて
    昨年、同人誌を作ろう!と思い立った思いが蘇りました。
    さて、今日照葉樹の垂水と3号の打ち合わせをしました。
    発行は5/15ですが..。
    ほっとしています。

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  4. おはようございます。ちょっと大げさな記事名でいけませんが……。
     私もryoさんのブログをRSSリーダーに登録してありますので、更新される度に、「見~てるだけ~」をしています。
     先日のかっこいいお父様と、当時の女優さんを思わせるようなお母様の写真、しばし呆然としていました。あのお母様の子であれば、さぞやryoさんもお美しいのではなどど……(*^_^*)。

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  5. 芝居の書割と京都風の鰻の寝床、見事な喩です。太秦が京都にあることを思い出しました。そして、間口と奥行きと考えたとき、「やっぱり村上龍には頑張ってもらいたい!」と・・・。彼が奥行きを身につけてくれたら、なにごとか足りうるかもしれないなぁ。
    いや、自分がそうあれ! と励ましてみる。せめて、芝居の書割でなく、中身は空っぽでも一応奥行きがちょっとはあるディズニーシーの景色のように・・・、って、全然駄目じゃん(泣)。
    こちらに書くのも変ですが、ryoさんのブログ、私も毎日読ませていただいてます。5月はeuripidesさんち、ryoさんち、そして私んち、一斉発行ですね。よい刺激を与え合えることを楽しみにしています。

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  6. えええっ!!嘘!本当!え......!
    euripidesさん..そしてlydwineさんも私のブログにいらしてたなんて...。かなり、首筋から背中にかけて汗が...。
    私は日常のくだらんことばかり、書いてますので、凄く今、恥ずかしく動揺してます。
    でも、背伸びしても、何にもない私です...。見捨てないでくださり、ありがとうございます。
    では、私もここで申しあげます。実はlydwineさんのブログ..ちゃんと見てますよ(^-^)、私もちゃんと「お気に入り」に
    入れてます。

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  7. Lydwineさん、ryoさん、おはようございます。
     昨夜は、午後十時くらいには寝てしまって、爆睡してしまいました。赤ちゃん睡眠です。
     村上龍、私も嫌いではありませんがどこか物足りなく、やはり奥行きの問題かなと思います。もうちょっと奥行きが感じられたら、すごいことになるでしょうけど。

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  8. そういえば、一時期「中間小説」なんてコトバが横行したことがありましたけど、最近、トンと聞きませんね。ちなみに「中間小説」って一体どんな小説のことを言っていたのだろう???

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  9. 中間小説。そういえば、ありましたね。
     当時のイメージから言うと「すばる」がそんな感じに近かったような気がします。

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