今年はまたこれまでになく花がぎっしり。もう何年咲かせているんだろう。
置き場所がないので、これ以上株分けは出来ない。
フォーレのノクターンを1番から11番まで全部聴いた。エリック・サティもだが、フォーレのピアノ曲にも純粋な音としての「音の滴」を感じる。
それは、小説に作家の「言葉の滴」を感じるのとおんなじだ。
今度書こうとしている主人公の耳にはいつでも音楽が鳴り響いている。
でも、その「音の滴」を、どうやって「言葉の滴」に置き換えるか?
多分また挫折するのだろうと、考えただけで気が遠くなる。
ということで、先日新たにした、音楽が流れる書き出しを結局は破棄。同じ音楽についてエッセイを書いてしまっているのを思い出したので、そちらを生かしたい。
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